第6話
一話まるまる会話回です。世界観の解説も入れているので、冗長になっています。
ウキは、挨拶代わりの軽い先制口撃を、アキトに予想外の方向へ切り返された為、動揺する。
「 だ、大好きとは何とも…。見た所、お嬢さんはまだ小学生か、良くて中学生位にしか見えないのだが…。もしかして君はそう言う趣味なのかね?だとしたら軽蔑せざるを得ない。」
「…何か盛大に勘違いしているようですが、僕は彼女をそう言う目で見ていませんからね?彼女の人柄を見て尊敬し、心からお護りしたい、そして成長していく姿を見届けたいと、そう思っているだけですからね?」
「む…私には違いがよく分からんが…。君はそのお嬢さんが好きなんだろう?」
「確かに僕は彼女が大好きですが、あなたのおそらく考えている事とは大いに違いますよ。…と言うか、あなたは僕にそんな事を聞くために呼び出したのですか?」
「い、いや、そうではなかったな。済まない。」
アキトに指摘されたウキは、変に狂わされた調子を戻す為に一度仕切り直す。一方その頃シルバーナは、アキトの背後で悶絶していた。
「取り敢えず、非礼を詫びよう。」
「…僕は別に気にして居ませんよ。寧ろ謝るのでしたら、あなたの行為の被害を被った、この病院に居る方達に言って下さい。」
「……そうだな。此処に集まった諸君には、大変申し訳ない事をしたとは思っている。その点についてはお詫びしよう。」
ウキの態度は、先程までと打って変わって下手な態度に、アキトは宣伝を兼ねているのだなと考える。
(誠実そうな印象付けを心掛けていますね…。主張を聞いて貰う為ですかね?見るからに凶悪で高圧的な態度では、世間から反感を買うばかりですからね。…僕も、演技力が欲しいですね。何かと役に立ちそうです。)
アキトは、ウキの役者振りをよく観察し、自分もまたこの様な猫被りの技を身につけたいなと思う。
「では早速、英雄殿にお尋ねしたいのだが。」
「…英雄殿という呼び方は止めていただけませんか?僕は唯の学生なんです。その呼び方は身に余ります。」
アキトは謙遜では無く、本心から懇願する。事実、キツネとバイドンによって持ち上げられたアキトは偽りの英雄で有り、実態はその虚像とはかけ離れた唯の学生である。それを良く理解している彼にとって、『英雄』の呼び名は身に余る物でしか無かった。
「…ふむ、中々謙虚なお方だ。では、アラカミ君で宜しいかな?」
「それで構いません。僕も、あなたをウキさんとお呼びしますね。」
「ああ、それで構わない。」
アキトは、ウキの“英雄”呼びに込められた皮肉を理解していたが、特に反応も無く対応する。
「では、改めて。私の質問に答えて貰えるかな?」
「…ええ、答えられる範囲で、お答えしますよ。」
「ふむ…“答えられる範囲”となると、都合の悪い事は答えないと言う意味かな?何か答えられない様な、疚しい事でもお有りかな?」
アキトが逃げ道を用意出来る様に発言すると、そこにウキが噛み付く。しかし、アキトは少しも動揺を見せない。
「僕は唯の学生ですよ?全知全能の神でも無いのですから、わからない事なんて、その辺にざらに有りますよ。」
「ああ……いや、済まない。そう言う意味では無いのだ。“正解を答えろ”という質問では無いのだよ。ただ、私の質問に対して、“君の考えを聞かせて欲しい”と、そう言う意味で言ったのだ。」
「そうですか。それなら構いませんよ。」
「では、これからの君の発言は、全て君の考えであると見做すが、宜しいかな?」
「……はい、わかりました。」
アキトは、ウキの誘いに乗る。罠である可能性は高いが、露骨に拒否するのはアキトの立場を悪くする。アキトは慎重に言葉を選ぶように注意する。
(かかったな。これで、ここから先の貴様の失言は、言い訳が立たないぞ?先程の様な勢い任せの口論では、余り印象は宜しく無かろう。一介の学生風情が、何処までボロを出さずに行けるかな?)
(恐らく、僕の発言の揚げ足を取って、非難するつもりですね。黙秘も封じられましたし、言葉を濁しても突かれるでしょう。嘘はなるべく避けて、誠実に答えるのが無難でしょうかね?ただ、少し工夫は必要かな…。)
アキトの警戒をウキは感じたのか、余裕の笑みを見せる。警戒されるという事は、それだけ自信が無い証拠になり得るからだ。
「ああ、そう警戒しないで欲しい。私の理念について、導術使いであり『導族を救った者』としての君がどう思ったのかについての率直な意見を参考として聞きたいのだよ。そこまで深く考える必要は無い。」
「…ええ、わかっていますよ。ただ、僕の意見はあくまで僕個人の考えです。そこは前提として踏まえて置いて下さい。」
「ふふふ、ああ…わかっているとも。」
何処までも予防線を張って来るアキトに、ウキは更に自信を深める。食って掛かってきた時とは比べられない程にしおらしいアキトの様子が、アキトの自信の無さを強調していた。
「では、質問だ。私は、導術は非常に危ない存在だと考えている。君はどう思うかね?」
「…導術使いである僕に、その質問をしますか…。僕の答えは『いいえ』です。」
「ははは、いや失敬。当たり前の事を聞いてしまったな。そうだろうとも、危険な物を好き好んで学び修める筈が無いものな?」
ウキは態とらしく嗤う。アキトは無表情を貫く。
「だが、考えても見て貰いたい。導術というのは、念じたり呪文を唱えたり、紋章を描いたりするだけで炎や風が発生する。つまり、非常に便利な事に、何時でも何処でも何も持たずとも、術者の任意に使用可能なのだ。しかも、訓練をすれば戦術的利用も可能と聞く。」
「才能次第では有りますが……ええ、そうですね。」
「アビス王国では、呪毒という術を用いて罪人の導術を封じると聞くが、あれは門外不出の技術として、周囲に漏れ出さない様にしていると言われている。まあ、確かに、導術を封じる術が広く知られれば、それを利用して牙を剥こうとする輩が現れるかも知れんからな。致し方無い面も有るだろう。」
「…はい。」
「危険な思想を持つ者に、危険な物を持たせる事は非常に危険だ。確かにこの国では、警察官や軍関係者、ライセンスを持つ者などは銃の携帯を許されてはいるだろう。だが、それは限られた人間のみであり、性格的に不適当な者は銃の所持は認められないし、危険と判断されればそれを取り上げれば良いだけだ。導術と違って、それだけで脅威は激減する。」
「……何を仰りたいのですか?」
アキトは、迂遠な言い回しのウキに対して、要点を示す様に催促する。相手の言いたい事をしっかりと誤り無く理解しなければ、頓珍漢な答えをしてしまう事や、失言と取られる様な発言をしてしまう可能性が有る為だ。
「わからないかね?現状、この国において導術は、使い手から取り上げる事が難しい。手錠などで使用を制限出来ても、それを外せばまた自由に使える。完全に使えなくさせるには、今現在の人族の技術ではロボトミー手術などの、非人道的な手段を用いて本人の自由意志を奪わねばならない。現状、その様な非人道的な行いは違法である為、導術使いの犯罪者から、その危険な武器を完全に奪う事が出来ない。」
「……なるほど。」
「ならば、君達導術使いが増えれば、確率的にその様な厄介な犯罪者が増える事になる。いや、別に君達全員が危険な人物だとは言わないぞ?殆どは善人であろう。だが、裾野が広がると言う事は、そこに危険思想を持つ者が紛れ込む可能性は高くなる。導術使いをいたずらに育成すれば、導術を用いる危険な犯罪者が、多く生まれてしまうかも知れないのだよ。」
「導術が犯罪の道具に使われる…と仰りたいのですね?」
「左様だ。」
事実、導術を使った犯罪は、ここ最近増えつつある。導術を教える学園が増え、導術を修めた者が大量に輩出され、各方面で様々な活躍をしている一方、ウキの言う様に、犯罪に手を染める者が増えて来ているのだ。
「どうだろうか?私は導術を『取り上げられない武器』と捉えている。持ち物検査にも引っ掛からず、しかし使おうと思えばその場ですぐに使え、手入れも要らず、弾の補給も休めば良いだけだ。こんな便利な武器は中々無い。つまり、導術の普及とは、それだけ便利な武器を誰彼構わず見境なくばら撒いているという事になる。……これは由々しき事態だとは思わないかね?」
「…だから、導術は危険だと?」
「ああ、少なくとも私はそう思っている。だが、君は違うと言うのだろう?それとも、私の意見を聞いて、君自身の意見を変えたくなったかな?」
ウキは嫌みたらしくアキトを見る。反論出来るならやって見ろと、そう言いたげな目であった。
「いいえ、僕の意見は変わりません。」
アキトは、ウキの挑発も軽く受け流し、平然とした表情で答える。それをアキトの強がりだと判断したウキは、彼を追い詰めるべく攻勢に出る。
「ほう…そうか。出来れば、理由をお聞かせ願えるかな?」
「その前に、あなたに一つ質問をします。構いませんか?」
「…良かろう、何かね?」
ウキに質問する事の許可を得たアキトは、少し考えてから口を開く。
「あなたは、包丁を危険だと思いますか?」
「…何の質問か良くわからないが…危険だな。」
「そうですか。僕は危険では無いと考えています。」
「ふむ…つまり、君は導術は『包丁』だと、そう言いたいのかね?」
「はい。」
アキトの意図を察したウキは、アキトを嘲るように鼻で笑う。
「ははっ、何を言い出すかと思えば…。導術が包丁と比べられるとでも思うのか?」
「本質は同じだと、僕は思いますよ?寧ろ、導術は包丁よりも安全だとも考えています。」
「何だと?」
ウキはアキトの言葉に眉を顰める。
「何を馬鹿な事を…。包丁は確かに便利で、しかも人を傷付けるが、導術と違って持ち運ばねばならないし、正統な理由も無く持っているだけで、銃刀法違反で捕まるではないか。導術とは比べられん。」
「そうですか?包丁は割と簡単に手に入りますし、隠そうと思えば隠せますし、いざとなれば捨てられますよ?」
「だから何なのだ?」
「僕が言いたいのは、導術を使った犯罪は、必ず犯人の身元がわかってしまうと言う事なんです。包丁を使った犯罪とかなら、犯罪に用いる包丁を何処かで買ったり、犯罪後にそれを隠すまたは破棄できますが、導術の場合はそうは行きません。必ず証拠が残ってしまいます。」
「……導術追跡機か。」
アキトは、導術を使った犯罪は、導術追跡機を用いれば必ず犯人がわかってしまうと言う事に着目した。
「自分が捕まりたいと思って、犯罪を行う者はそう居ません。…テロリストの様な方は別かも知れませんがね。そうなると、導術追跡機が開発され実用化している今、導術を用いて犯罪を行えば、必ずと言って良い程捕まります。寧ろほぼ完全に特定されてしまうので、包丁を用いた犯罪よりも、もしかしたら早期に事件が解決するかも知れません。」
「…だから、導術を犯罪に使う事は無いとでも?」
「そこまでの極論は言いませんよ。ただ、すぐに身元が割れるとわかっていて、それでも導術を用いて犯罪を犯す事は少ないとは思っています。導術は確かに『取り上げられない武器』ですが、同時に『捨てる事の出来ない証拠』でも有るのですから。」
「む……。」
導術追跡機の結果は、犯罪の証拠としての充分な能力を持つ。導術使いが導術を用いて犯罪を行えば、その結果のみで捕まえる事が可能である。更に、一人前の導術使いとして活動する際には、導紋を警察に登録する必要が有り、導術を用いて犯罪を行えばすぐに個人が特定されると言う制度も敷かれている。その為、導術使いが導術を使って犯罪を犯す時は、余程の事情が絡む場合が殆どである。
「それで次の質問ですが、あなたは包丁は危ないから、無くすべきだと思いますか?」
「……いや、そうは思わない。」
「ええ、僕もあなたの意見に賛成です。扱いを間違えれば怪我をしますが、訓練をし、上手く扱える様になれば、料理するのに便利ですから。」
「詭弁だな。導術と包丁は違う。」
ウキは、アキトの言葉を鼻で笑った。しかし、アキトは至って冷静であった。
「ええ、そうです。寧ろ、訓練を受けなければ真面に使えず、しかも才能が乏しければ戦闘に応用するのも難しい導術の方が、訓練せずとも使え、安定した殺傷能力を持つ包丁や銃よりも、余程安全だと思っています。」
「何を馬鹿な事を…!」
「導術や包丁は飽くまでも『道具』に過ぎず、人を害する意思が無ければ、勝手に人を傷付ける事は有りません。寧ろ、何かの手違いで無意識に何かを傷付ける様な事も滅多に無いですから、安全装置が常に作動していると思えば、導術の安全性はかなり高いと思いますよ。」
「…ああ、そうかも知れんな。だが、先も言った様に、危険思想を持つ奴がそれを学べば、途端に危険な武器へと変わる。取り扱いの上での安全性など、大した問題では無い。」
ウキは熱くなり過ぎないようにと自身を戒め、アキトの言葉に冷静に反論する。
「それならば、君はここ最近増加している導術使いの犯罪者の事についてはどう思うのかね?導術を用いた犯罪だぞ?」
「ええ、大変嘆かわしい事に、導術を使って犯罪を行う方は皆無では有りません。ですが、導術使いの導術を用いての犯罪率は、この国全体の犯罪率に対して未だにかなり低いですし、その犯罪の殆どはすぐに解決しています。」
「ああ、それは知っている。だが、その様な者が起こす事件では、大体は専門の特殊部隊が出て来て解決している。それだけ重大事件だと言う事であり、導術を使う事への危険性を間接的に示していると言う事では無いのかね?」
ウキは矢継ぎ早に質問する事で、アキトの息切れを狙っていた。しかし、アキトは強かに粘る。
「それは少し言葉が足りません。その理由も有りますが、普通の警察官の場合では、犯罪を犯した導術使いは危険だからと、導術使いを問答無用で射殺する場合が殆どだからです。導術使いだって生身の人間、大勢に遠くから集中砲火を受ければ一溜まりもありませんよ。特殊部隊は寧ろ、導術使いを殺害せずに捕らえるという目的で動いているんです。」
「ぬぅ……。だが、そもそも導術自体無ければ、この様な問題は無かったのでは無いか?」
「ええ、それはそうかも知れませんね。ですが、それは導術それ自体が悪い訳では無いと思うのですよ。導術が無くなれば『犯罪』が無くなる…とは言えません。やはり、そこには先に誰かを害したいと言う人の意思が有るんです。導術が有るから犯罪をしたくなる、という訳では無いのです。」
「わからんぞ?人は技術を持てば使いたくなる物だからな。魔が差すやも知れんぞ?」
「それにはリスクが大き過ぎますよ。導術使いは、導術を使って重大事件を起こせば、殺されたって文句を言えません。言い訳も言う暇も与えられずに射殺された方だっています。そんな状況なのに、わざわざそんな真似をするなんて、自殺志願者じゃないかと思ってしまいますよ。」
導術使いは、強盗や殺人などの重大事件を起こした場合、逮捕を拒絶して抵抗するなら即時射殺許可が降りる。それは導術使いの間では周知の事実であり、例え相手の勘違いでも間違いでも、公には絶対に楯突かない事が暗黙の了解となっている。アキトが警官隊を脅したのは、実は結構危ない賭けではあったのだ。
「しかし、確率で言えばゼロでは無いだろう?」
「ええ。ですが、それは言ってみれば『刃物』が普及しているから『刺殺事件』が起きると言っているのと同じ事なんです。危険思想を持つ方が、それを他人に知らせずに市販の刃物を買い、それで殺人事件を起こす事と余り変わりありません。『導術を使えるから犯罪を犯す』と短絡的に決め付けるのは正確な表現では無いと思います。」
「む…そうか…。」
アキトは曖昧な表現を用いながら、やんわりと相手を刺激しない様に反論する。余りに手応えを感じられないウキは、逆にアキトの主張の極論を用いて揚げ足を取ろうと画策する。
「なるほど、つまり君の見解では、飽くまで危ないのは『人の意思』であり、道具でしか無い『導術』それ自体には、危険性は無いと…そう言う事で宜しいかな?」
「全く危険では無いとは言い切りません。ただ、それは僕に言わせれば、『包丁は手を切る可能性あるから危ない』程度の認識です。導術を学ぶ事は殺人術を学ぶ事では無く、包丁の使い方を学んで調理技術を磨く事に近いと思っています。」
「むむ…。」
「勿論、悪用しようとする方への対策は取られるべきですし、危険思想が有ると分かれば学ばせない事も重要です。そう言う法整備も少しづつ進んでいますし、それ用の技術発展もして行くべきでしょう。ただ、だからと言って導術を全てを禁止にすると言うのは、僕には些か極論過ぎると思うのですよ。」
アキトは、真っ直ぐウキの目を見つめ、言葉に濁りも無く言い切った。自信が有ると見せ掛ける事には段々と慣れて来たらしく、アキトは不安な心中を押し隠しつつ自信たっぷりに見せ掛ける。その演技は、ウキには見破れ無かず、これ以上引き延ばすのは愚策と断じた彼は、別の話題へと切り替える事にする。
「ふむ、君の考えはよくわかった。今後の参考としよう。では、今度は導術を『道具』として見た場合における問題点について、私の意見を聞いて貰いたい。」
「わかりました。」
アキトの涼しい顔に、ウキは少し警戒した。
(思っていたより手強いな。てっきり、勢いで押してくるだけかと思ったのだが…。余り細かい所をしつこく突いても、重箱の隅をつつくようでは見栄えが悪いからな…。ここは別の話で攻めるか。)
(ふぅ…何とか納得してくれましたか。中々突っ込み所がある論理展開では無いかと不安に思いましたが…。意外と有情ですね。)
一方のアキトは、自身の荒削りな論理にかなりの不安を感じていたので、ウキが大人しく引いてくれた事に安堵した。
「私は、導術が非常に便利である事を知っている。しかし、それに頼り切りになってしまったら、私達は将来苦労するかも知れない可能性を危惧している。」
「先程話していた、導子が何時まで有るかわからないという話ですか。」
「…そうだ。導子はそもそも、あの大陸が運んできた物だと考えられている。急に手に入った物だから、急に手放さねばならなくなる可能性は大いに有る。そうなった時に、社会が導術に頼り切りになっていたら、我々は生活するのに非常に困ると思うのだ。」
「その為に、導術に頼らない社会を維持すべきと。」
「うむ、話が早くて助かる。しかし、導術は便利すぎる。その存在は、我々を堕落させるに充分だ。導術が存在していれば、人は必ずそれに頼りたくなる。故に、導術を学ぶ事を止め、それに頼れなくする事で、人の技術である『科学』を発展させる事が重要だと思うのだ。」
「なるほど、確かに科学を発展させる事は重要ですね。」
思ったよりも好感触なアキトの返答に、ウキは気を良くする。
「そうか、わかってくれるか。」
「ですが、その為に導術を禁止すべきと言うのも、些か極端過ぎる気はします。」
「…何故だ?便利で有れば、それに頼ろうとするのは当然ではないか。故に、頼れない様にするには禁止する他には無い筈だ。導術の存在は科学の発展を邪魔するだろう。」
「そうでしょうか。僕はそうは思いません。導術は『科学の発展を邪魔しない』と思います。」
アキトの考えを聞いたウキは、訝しむ顔をする。
「邪魔をしないだと?」
「ええ、これは、あくまで僕の意見ですがね。」
「理由を伺っても良いかな?」
「はい。」
ウキは、アキトの出方を見て、粗を探そうと注意する。
「導術は便利です。しかし、僕達の今の生活を便利にすると言うよりも、エネルギーや食糧を格安で手に入れられる存在としての価値が大きいです。医療や建築などでは、確かに今の科学技術よりも遥かに便利な所が有るのは認めますが、それにしたって基礎となる理論は科学に由来し、依存します。」
「まあ…そう言う面は、確かに有る。」
「ですので、人の暮らしを便利にする機械や、建築理論、病気の原因の探求などは、人の科学の発展頼みになります。つまり、基礎には人の科学が有り、それを応用して思いのままに実現する為の道具として、導術は今日まで発展したのです。」
導術は、アビス王国が発祥ではあったが、それを今日の形にしたのはヨミ国である。導術はイメージが確かな程に正確に、導力の無駄なく導術を使う事が出来る。現象を具体的に明らかにする科学と組み合わせる事で、イメージが正確になり、より効率的になったのだ。
「ですから、基礎理論などは、やはり科学技術の発展が鍵なのです。だから科学を蔑ろにはすべきでは無いのは賛成です。しかし、導術がそれを邪魔するとは僕は考えられません。」
「…しかし、導術ばかりが持て囃されれば、其方にばかり注力してしまうのではないか?」
「導術の発展には、科学の発展が大事な位置を占めるんです。導術を発展させようと思えば、科学を発展させる事が重要ですから、科学の発展にも注力すべきである筈なんです。それがしっかりと理解されていれば、そんな事態にはなりませんよ。」
アキトは、科学と導術は共存出来ると説く。導術は、応用方法としては良いが、その土台となる理論的な部分が弱い。念じれば出来るが、何故出来るかはわからない。一応形にはなるが、どんな形がベストなのかわからない。そのような特性を持っていた。故に、何故出来るのか、どうすれば更に効率良くなるかを追求する科学との相性は良いのだと主張する。
「だが、応用手段としての導術の利便性は非常に高い。それこそ、現状存在する機械などよりも便利な部分が有る。発展すれば更にそれに頼るだろう。しかし、それに頼り切ってしまったら、いざ無くなった時に苦労するのでは無いか?」
「工場での製品の大量生産などでは、恐らく人に頼るより機械の方が良いとは思いますが…。部分的にはそう言う事も有るでしょうね。」
「では、それは如何するつもりか?」
「如何するも何も、そう言う時に対して備えるしか無いですね。機械や医療技術の発達を続け、導術が使えなくなっても切り替えが出来る様に、技術継承をして備えるんです。」
アキトはウキの質問に少し苦しい言葉で返す。すかさず、ウキは其処を指摘する。
「それでは間に合わないと、私は思っている。考えても見たまえ?電気に頼り切った我々が、急に電気が使えなくなったからと言って、それ以前の生活に戻れると思うかね?」
「ええ、そうですね。大変だと思います。ですから、導術は必要なんだと思います。」
「何?」
ウキは、アキトの言っている意味がよくわからず、聞き返す。
「導術が無くなったらの話をしているのに、導術が必要とは…おかしくないかね?」
「そういう意味では有りません。僕は、導術を使う事で、石油や石炭などの資源を節約出来ると言っているんです。結果的に、資源が枯渇するのを先延ばしに出来ています。電気の有る生活を出来るだけ長く続ける為に欠かせない資源を、導術は守っているんです。」
「ぬ…。」
「導術は、エネルギーを上手く使う事に長けています。そのお陰で、今のこの国は外国からの資源に頼らず生活出来ています。もしも導術を使っていなかったら、未だにこの国は外国からエネルギーを輸入していたでしょう。」
導術で消費されるエネルギーは、広い範囲の中から少しずつ回収される。つまり、地球全体の熱や光、運動エネルギーを少しずつ集めているとされている。その為、石油資源は消費されず、温室効果ガスも発生せず、地球温暖化対策に一役買っていたりする。
「資源は有限です。使っていけば、いつか無くなります。しかも、導術を使わずにその資源を消費していけば、導術を使っている時より早く無くなります。いつか導術が無くなってしまっても、その時まで資源を温存出来れば、それは意味が有りますよ。」
「それは…そう…だが…。」
「更に、代替資源を発見し、それを十分に活用出来る技術発展を遂げるまでの時間稼ぎにもなりましょう。導術の存在は、増え続けるエネルギー需要を一時的に賄う為の繋ぎとして、最適だと僕は考えます。」
「…しかし、技術の継承は…。」
「それは、政府にお願いするしか有りません。ですが、導術使いが格安のエネルギーや食料を供給出来るなら、かなりのコストカットにはなっている筈です。その分で技術継承者支援の為の予算を組んで貰う様に一緒にお願いしましょう。…これは僕達が共に手を取り協力すべき事です。そうは思いませんか?ウキさん。」
「う、うむ…そう…か?」
ウキは、アキトの提案に納得仕掛けたが、慌てて自分を取り戻す。論点をずらされた事には気付いて居なかった。
「ま、まあ、それはそうだな。アラカミ君の言う事も一理有る。」
「そうですか。それは有難うございます。」
アキトは心の中で安堵する。相手の本来提示していた問題に対しての解決策としてアキトが提示した内容はかなり弱く、仕方が無い為に論点をずらした。それが指摘されてしまうのではないかと不安で仕様がなかったのだ。
「だが、それでも、まだ私は納得出来ない。」
「他に何か問題が?」
アキトは、不安な気持ちをポーカーフェイスで押し隠す。
「これは…君にとっては少々不愉快な話かも知れないが、宜しいか?」
「程度にも拠りますが…何でしょうか?」
「もしもの話だが、導族と人族とが争った時、一般的な導術の勝負では人族が不利となる事は、承知かな?」
「……ええ、導術は本来、導族の技術ですからね。扱い方はそちらの方が上でしょう。」
導術は、習得速度も技術も威力も、平均的には導族の方が高くなり易い。人族では、一部の突出した才能を持つ者以外は、導族と同じように導術を習得しても、同じレベルに到達出来ないとされている。故に、人族と導族とが導術で正面から戦った際には、人族は押し負ける事が多い。
「そうした場合、導術の開発は彼らの技術に…いや、オブラートに包むのは止めよう。彼らの戦力の底上げに繋がる。そして人族の技術開発は、導術の開発の為の時間や経費の分だけ、それを行わない時と比べてやはり遅れてしまう。つまり、導術の開発は導族の戦力を高め、人族の戦力の発展の遅れを引き起こすと私は思う。」
「…まるで、彼らが僕らを攻めてくるかの様な口振りですね。」
「もしもの話と言った筈だがね。しかし、全く可能性が無いわけではあるまい?実際に先日、アビス王国が戦争を起こしかけたではないか。…原因はあの防衛庁のシラ何某かも知れないが、戦争が起こってしまったら、そんな事は言っては居られない筈だ。アビス王国の方も、何かと不審な動きは有ると聞いているしな。」
「今のこの時に、そのデリケートな問題を出しますか…。もう少し配慮をお願いしたいです。」
アキトは、実際にはアビス王国側の強硬派も裏で手を回していた事を知っていた為、かなり危うい状態になりつつある事を知っていたが、それはおくびにも出さない。
「僕は、戦争は起きて欲しくないです。公爵閣下ともお約束しましたし、僕もそうならない様に努力します。戦争にならない為に、双方が弛まぬ努力を心掛ける事が必要ですから、僕達ヨミ国側も歩み寄りを見せる事が大事だと思います。」
「それはそうかも知れないな。だが、今問題にしているのは、もしも“起こってしまったら”の話だよ。発展した導術が、そのまま彼らの戦力になる。そうなったら、私達はかなり不利な戦いを強いられるのだ。導族の力になるだろう導術は、このままヨミ国で開発を続けるべきだろうか?」
「……ヨミ国では、戦闘用の導術の開発は原則禁じられています。そこまで懸念する事では無いかと思いますが。」
「いや、戦争は何も、直接的な戦闘のみが全てでは無い。その戦線を維持する、後方からの支援物資もまた重要だ。その物資を効率良く生産する技術は国力の底上げに寄与し、それはそのまま戦力拡充を支える基盤となる。効率的な生産技術を開発するだけでも、充分相手に力を与えてしまっているのだ。」
ヨミ国で開発した導術の技術は、公には平和利用目的の物のみ開発し、アビス王国にも輸出して来た。代わりにアビス王国からも導術の技術の一部を輸入し、新たな導術開発に応用していた。そのお陰か、特にここ10年の導術の発展速度は凄まじく、ヨミ国及びアビス王国両国の導術による生産能力は右肩上がりに上昇しており、両国共に国力はかなり伸びて来ていた。
(生産力の向上が、そんなに悪い事なんでしょうか…?自国民を養うだけの生産が無ければ、それはそれで略奪の為に戦争は起きます…。ですが力が強大になった時に、野心を抱く方が出てこないとは言い切れないですね…。確かに、導術の急速な発展はパワーバランスを崩す可能性は有りますか…。)
アキトは悩むが、揺らぐ事は許されない。心の中で気合を入れ直し、頭を回転させる。
「…相手に真似出来るのがいけない、と言う事でしょうか?」
「そう言う面も有るな。そしてそれは、此方も相手の技術を利用出来るメリットでも有る。……全世界で導術が使えるなら。或いは公平だったやも知れぬ。」
「それは…!」
アキトは、自分の発言を利用された事に気付く。アキトの考えていた『科学技術』と『導術』の関係性は、人族側では『ヨミ国』という特殊な環境でのみ成り立つ。『ヨミ国』対『アビス王国』の構図だと思っていたアキトは、ウキがいつの間にか『人族国家』対『導族国家』の話に変えていたのに気付かなかった。
「気付いたかな?そうだ、導術は彼らと『この国』の専売特許だ。人族の大体が、導術を満足に使う事は出来ない。」
「…導術は、ヨミ語が母国語で無いと使えない、ですからね…。才能が有れば、ヨミ語が母国語でなくても使えはしますが…。」
「そうだ。基本的に導術は、ヨミ語が母国語の様に使えなければ使えない。アビス王国は、先代の王の治世の時、第二母国語としてヨミ語を浸透させ、殆どの国民はヨミ語を話せるようになった。その結果、随分と導術が普及したそうじゃないか。かつて、各種族がそれぞれの得意とする魔導しか扱えなかったのに、今では様々な導術を使い熟す者が多くなって来たと聞く。」
導族は、それぞれの種族に特徴的な魔導には特化していたが、逆に言えばその他の魔導は身に付ける術を持たなかった。ヨミ語が普及し、ヨミ語で使う導術が発達した結果、種族の垣根を越えて様々な種類の魔導を身に付ける事が可能になった。別の種族の得意とする技を、例え劣化版であっても扱えると言うのは大きなメリットが有り、自身の得意な導術と組み合わせて戦略の幅を拡げる事に役立っている。
「それに対して、人族側はヨミ語を母国語とするのは、この国のみ。あとの国には、最初から導術を使える才能有る人間がちらほらと居るだけだな。だから、導術の開発は、人族側の戦力拡充には繋がりにくいのだ。」
「しかし、あちらとてヨミ語が浸透しているのは、アビス王国とその周辺国家のみ、それ以外の導族国家では…。」
「そうだな。だが、人族国家側はヨミ国だけ、しかもそのヨミ国も毎年軍隊は縮小され、戦争なんて大嫌いで先の戦いも最後まで中立を貫いた国だ。一方向こうは、導族の最大国家であるアビス王国に、更にその周辺の小さくも無い、そしてかつての戦争を乗り越えた国々だ。発展の速度は比べるべくも無い。」
「…そうですね。」
アキトはウキの言葉を肯定する。人族と導族の括りで言えば、確かにその発展の平均速度は、導族の方が速かった。それは周知の事実であり、否定する事は敵わない。
(クククッ…反論出来ないでいるな?よし、このままプロパガンダといくか。)
ウキはアキトの反応に満足し、更に話を大きくする。
「そして、ここで更に問題がある。我々人族が培って来た科学技術は、導族は問題無く扱えるのだ。科学技術は、普遍的で世界共通だ。技術は言葉じゃない。言葉の壁など簡単に超える。つまり、人族側の技術と導術の両方とを、向こうは好きに活用出来るのだ!」
「それはそうです。ですが!人族の技術の提供で、アビス王国や周辺国の新生児の死亡率や、餓死率は大幅に下がったんです!それは悪いことじゃ無い筈です!」
かつて、アビス王国では砂漠化が大きな問題となっており、植物を主食とする種族を始め、多くの種族が空腹に喘いでいた。そこで、ヨミ国は食料支援を始め、効率の良い緑化の方法とその為の機械、及び人手を人道支援として送る事で、その問題を解決する手助けに一役買っていた。
そして今日では、アビス王国の餓死率はかつての半分以下にまで下がっている。その功績もまた、ヨミ国に対する国民感情をかなり良くし、また穏健派の基盤にもなっていた。
「だが、伝わったのはそれだけでは有るまい?銃を始めとする、武器の技術なども伝わった筈だ。」
「それは、そうですが…。」
「仕方がない。この国に来れば、ヨミ語の技術書が沢山あるのだ。時折やって来るアビス王国の使節団や、アビス王国の商人などは、情報を持ち帰り放題だ。この国の軍事兵器の内容を、具に知られてしまっているな。」
「………。」
「これは由々しき事態だ。この国はアビス王国を始めとする導族国家に、人族の科学技術を盗まれ、活用されている。もしもこれで彼の国が再び人族と戦争になったらどうなるかなど、火を見るより明らかだろう!こうなったのは他でも無い、ヨミ国政府の責任だ!情報管理の怠慢が招いた事だ!政府がアビス王国に技術を売ったのだ!これは売国奴と言わざるを得ない!そうは思わないかね?」
ウキはアキトを捲し立てる。アキトは変わらず沈黙を守る。
(ここでの発言は、慎重に行かないと…。)
アキトは今や親導族派の看板であり、導族貴族を救った英雄である。ここでウキに同調すれば、それらを裏切る事になる。だから、アキトはウキに同調する気は無かった。しかし、余りに導族寄りの発言も、それはそれで問題がある。アキトは少し黙って考えたすえ、ゆっくりと口を開く。
「僕は、そうは思いません。」
「何?では君も、ヨミ国を導族に売る売国奴の仲間と言う事か。ククク、ようやく本性を現したな?導族貴族助けたのも、その方が都合が良い物な?」
ウキは、アキトを売国奴と言って蔑む。だが、アキトは動じない。
「導術の開発が、導族国家の力を上げる。これに異存は有りません。更に人族の技術が導族国家に提供されている事も認めましょう。ですが、それが何なのですか?」
「開き直ったか?見苦しいな。君はアビス王国に戦争で勝って欲しいと言っている様なものなのだぞ?」
「いいえ、僕は一言もそんな事は言っていませんよ。僕はヨミ国もアビス王国も、もっと言えば、全世界で戦争が起きなければ良いなと思っていますから。そもそも、戦争が起こったらなんて想定はしていないんです。…起きたらその時点で終わりだと思っていますし。」
アキトはシルバーナの方を見つつ、ウキが提示した『戦争が起きたら』という前提その物を否定した。
「ははっ!苦し紛れに、議論を放棄したか!」
「別に放棄はしていませんよ。そもそも前提が疑問です。どうして導術の普及で戦争が起きるのですか?導術の普及がそのまま戦争に繋がるとは、僕には思えません。」
「何?」
「戦争の理由は、幾つか有ります。貧困、宗教や民族的な価値観の違い、政治的な問題など。しかし、大量破壊兵器以外の技術が、直接的な原因であるとは言えません。導術の発達は、戦争が起きた時には問題になるかも知れませんが、戦争を起こす理由にはなりません。寧ろ、貧困を解決して平和に暮らせるのに、何でそれで争うのか僕にはわかりません。」
「笑止。国力が勝れば、相手を侵略しようと考える者が出てくるやも知れぬでは無いか。」
「……それは、お互い様でしょう?」
アキトは意地悪そうにウキを見る。人族側がもし大きく国力を上げた場合でも、導族国家に戦争を仕掛けるだろうと、そう言いたげな目であった。ウキは憤る。
「貴様!やはり導族に組する売国奴だな!」
「失礼ですよ。僕は、戦争を起こす事それ自体が嫌だと言っているんです。お互いに争わないのに、どうして何方かの味方だと言えるんです?僕は両方の味方で在りたいです。それとも、あなたは人族と導族の『強硬派』の、どちらかに組みせよとでも言いたいのですか?戦争を起こす輩と組めと言いたいんですか?」
「そんな事は言っていない!」
「なら、僕は『穏健派』の味方です。人族だろうと導族だろうと関係ない!戦争を起こそうとしない方の味方です!だから、失礼な事しても許してくださったシルバーナ様やフェルミ公爵閣下は大好きですし、戦争を起こそうとした『強硬派』のシラサギ容疑者は大嫌いです!僕の立場はそう言う位置です!」
アキトは、ウキの言う『人族』と『導族』の枠組みを否定し、戦争を起こそうとするかしないかに枠組みを変えた。ウキの言う前提では勝てないので、アキトは自らの前提を提示したのだ。そして、『強硬派』と『穏健派』の枠組みでは、強硬派の印象は昨日の会見で最悪になっていた為、アキトに反対する事は『強硬派』の枠に入る事になり、ウキは圧倒的に不利である。それに気付いたウキは焦る。
「わ、私は強硬派では無い!」
「そうでしょうか?どうも、あなたの発言を聞いていると、戦争が起きてほしいかの様に聞こえてしまうのです。導族の国が攻めてくると決めつけ、それに対策する為に軍事力を上げようと扇動する。僕には、あなたが対立を煽っている様にしか聞こえないです。」
アキトは更に畳掛ける。しかし、『強硬派』のレッテルを貼られたく無いウキは必死に弁明する。
「馬鹿な!私は戦争など起きて欲しいとは思わない!ただ最悪の事態を想定していただけだ!」
「ですが、起きたら人族に勝って欲しいのでしょう?」
「戦争が起きたとしたら、人に勝って欲しいのは当たり前ではないか!貴様は導族に勝って欲しいとでも言うのか!」
「いいえ、僕はなるべく被害が少なく済めば良いと考えます。どちらかが勝つとか関係無く、双方の被害が最小になるように働きかけます。そして、そもそも戦争自体が起きない様に頑張ります。あなたは僕の意見には反対ですか?」
アキトは、飽くまで戦争を起こしたいか否かに論点を縛るように持って行く。反対する訳には行かないウキは、苦々しく思いながらも、肯定せざるを得ない。
「…いや、別に戦争を起こさない努力は否定しない。被害を抑える事にも賛成だが…。」
「…なら、徒らに相手が戦争を起こすと決めつけないで下さい。その考えが、相手を刺激するかも知れないんですよ。例え心の中でそう思ったとしても、大勢の人の前で大声で叫ぶべき内容じゃ有りません。これが全国に放送されていると言う事を自覚して下さい。」
「だ、だが…もしもの為の想定は、無駄ではない。確実に導族が攻めてくるとは言わないが、その危険思想を持つ者が台頭する可能性とて、無くはない。そして、その時に彼らと我らに歴然とした力の差が出来てしまってからでは、最早遅いのだ!」
アキトに刺すような目線で睨まれたウキは怯むが、食い下がる。事態の深刻さを説き、力の均衡を保つ為には仕方が無いと主張する。アキトとウキの口論は、平行線を辿ったままお互いに譲らない。
(さて…そろそろ頃合いですか。このまま時間稼ぎを続けても良いですが、もう少しばかり相手の注意を此方に向けて置きましょうかね。)
アキトは、胸元の花が僅かに動いて合図を出している事を確認すると、少し大きめの声でウキに話し掛ける。
「飽くまで仮定、で宜しいんですか?」
「ああ、それで良い!そして話を戻すが、今ならまだ戦力はこちらが上!だがこれ以上はパワーバランスが崩れる!今からならまだ間に合うんだ!導族の戦力を高める導術の開発を止めて、人族の戦力の為に科学を発達させねばならない!」
「そうですか。では一旦僕は、戦争が起きたらと言う仮定で話します。ここから先の『僕』の発言は、戦争をそもそも起こさないとした本来の立場である僕の発言にはなりません。つまり、非公式です。それで宜しいですか?」
「ん?…ああ、構わん。その場合での君はどう思う!」
「わかりました。では、カメラは一旦止めて下さい。それと、これから僕の発言はオフレコと言う事でお願いします。」
アキトも要請に、ウキは渋々カメラを止めさせる。ウキは、とにかく自分の土俵での議論を欲した。アキトの揚げ足を取れなくても、自身の言い分を一部でも認めさせたかった。その為の対価ならば、と了解したのだ。
「もう…手遅れですね。」
そしてアキトは開口一番で、ウキの主張を冷ややかな目で一蹴した。
「手遅れ…だと?」
ウキは、アキトの言葉に思わず目を丸くする。
「はい。導術の開発の仕方も、科学技術も、アビス王国にしっかりと伝わってしまいましたからね。もし今からヨミ国が国交を断絶しても、アビス王国は自身で科学を利用し導術を開発し、国力を高められます。……もう、アビス王国は止まらないんですよ。」
「ぐ……こうなったのは…。」
「あなたの言った通り、“ヨミ国の所為”ですよ。」
そして、アキトは感情が抜け落ちた目でウキを見据える。冷たい目で見られたウキは、背中に嫌な汗をかく。背後に居る男達にも、明らかな動揺が走る。
「こうなったのは、ヨミ国の所為です。政府では有りません。“この国”がしてきた事なんですよ。この意味、わかりますよね?」
「な…そんな事は!」
「ありますよ。だって、導術を発展させたのも、科学技術を伝えたのもこの国なんですから。全部全部全部…この国がした事ですよ。中立を保ってアビス王国に気に入られ、ヨミ語を輸出し導術を造る切っ掛けを与え、技術を輸出し、導術を発展させ、今日のアビス王国を形成する重要な役割を担った…。」
「ち、違う!貴様、この国を世界から孤立させるつもりか!」
ウキはアキトの意図を察した。アキトは、『ヨミ国』を他の『人族国家』から攻撃されるように持って行こうとしているのだ。元々、アビス王国を支援した事を苦々しく思っていた各国も、ヨミ国が導術使いによる各国への支援を行っているからこそ黙認している所があった。しかし、アキトの発言は、ヨミ国がアビス王国の躍進を引き起こしたと、明確にした。これは今まで公の場で濁してきた内容であり、爆弾発言であった。
「違うんだ!いけないのは今の政府だ!この国では無い!」
ウキは焦る。ヨミ国が他の人族国家から孤立すれば、逆に尚更導術に頼らざるを得なくなる。彼の目的は、完全に達成出来なくなる。それ故、必死でヨミ国自体の責任を否定する。
「何を焦っているんですか?」
「この…!貴様、戦争を起こしたくないなどとほざいておいて!この病院には外国の方達も居るのだぞ!」
「これは非公式な発言ですよ?本来の僕の立場から言えば、戦争を起こしたくなどありません。それは変わりませんよ。僕にとっては導族国家も人族国家も争う相手ではありません。友の国を支援して何がいけないんですか?あなたはアビス王国が敵だとでも言いたいんですか?」
「違う!だが、これ以上の支援は余りに不公平だと言いたいのだ!」
「…不公平?」
アキトは腑に落ちないと言った感じに、無表情に首をかしげる。
「そうだ!アビス王国に科学技術を提供し!導術の開発をする!これでは余りに導族国家に肩入れし過ぎだろう!人族国家にも、この国は貢献して然るべきだ!」
「…そうですか。なら、尚更導術の開発を頑張らないと行けませんね。」
「何故そうなる⁉︎」
「…この国からアビス王国へ科学技術や導術の発展形を伝えた様に、この国から人族の各国に科学技術や導術を伝えろと、そう言いたいんですよね?これなら公平ですよ。これにしましょう。」
アキトは、名案を思い付いたというように手を叩く。ウキは額に青筋を立てて怒る。
「ふざけるな!導術の開発で益を受け易いのは導族の方ではないか!」
「…ええ、だとしても、人族国家で満足に導術を扱える国はここだけです。この国が開発しなければ、導族国家に遅れを取り、あなたの言う様にパワーバランスが崩れますよ?」
「く……!」
「導術は非常に便利、それはあなたが言った事です。そして、武器としても優秀、これもあなたが言った事です。これをむざむざ放棄して、導族国家に独占させれば、その利益は全て彼らの物…。もう、手遅れなんですよ。今更導術開発を止めたって、わざわざ国力で追い抜いて下さいと言っているような物です。」
今度はウキが押し黙る。
「それに、転移鎧はどうするんです?戦争を起こす前提なので大変気に食わないですが、もしも戦争が起きたら、あの鎧を突破する必要が出てきます。導術も無しに、あの転移による回避を防げるとでも?」
「科学が発達すれば!」
「“今”は無理ですよね?今、戦争が起きたらどうするんです?導術無しに戦いますか?それとも、その様な画期的な技術が開発されるまで、相手が悠長に待っていてくれるとでも?戦争している相手なのに?」
「それは……。」
「導術に頼るしか…有りませんよね?かつての戦争も、天然の導術使いが連携した事で、やっとの事で痛み分けに出来たんですから。それが無かったら今頃…どうなっていたんでしょうね?」
アキトの猛攻に、ウキはしどろもどろになる。
「あなたの懸念は尤もですが、事態は最早、後戻り出来ない所まで来ているんですよ。パワーバランスを崩したく無いなら、寧ろヨミ国はもっと努力して導術開発をすべきなんです。」
「いや、そんな筈は…。」
「では、教えて下さい。あなたが言うように、科学を駆逐する位に便利な導術を、相手に独占させながら、自分達の科学力の発達のみで、どうやって国力を拮抗状態にするのか!しかも、相手には既に科学が伝わっているこの現状で!この国で開発した物は、例え科学技術であろうとアビス王国に伝わってしまう可能性が大きいのに!」
「ぬ…う…。」
アキトの問いに、ウキは答えられなかった。導術に頼り切りになってはいけない、その主張の理由は間違ってはいなかった。しかし肝心の、その主張が通った先にある未来で発生する、新たな懸念についての考察を怠っていたのだ。相手を攻撃する材料ばかりに目が眩み、自分の主張の弱い所に対する防御を軽んじた、そのツケを支払わされた形になる。
(勢いばかりは…私の方だったか…!)
今更ながら、ウキは後悔する。必ず攻め切れると意気込んだ先がこの失態である。しかし、後戻りは出来なかった。ウキは更に、導術に頼った場合における更なる問題点を指摘し、少しでも勢いを取り戻そうと躍起になる。
「は、はは…確かに、そうだな。そう言う考え方も有るだろう。しかし、まだまだ導術が普及する事でのデメリットは有る。今問題になっている、非導術使いの就職率の極端な悪化について…。」
「ああ、そうです。ちょっと宜しいでしょうか。」
「な…何かね?」
アキトの横槍な発言に、ウキは少し驚きながらもアキトを見る。
「少々、僕との話に集中し過ぎです。」
「えっ?」
次の瞬間、ウキの身体は宙に舞い、轟音と共に床に叩きつけられた。
「かはっ⁉︎な、何が…。」
「私の大事な生徒に…何をしている?」
「ヒイイイイイイイ!」
そして、ウキを倒した世にも恐ろしい形相の大男に睨まれ、大声で叫んで失神してしまったのだった。
以上、テロリストと主人公の口論回でした。
結論ありきで書いていると、負ける予定の側がどうしても間抜けっぽくなってしまいますね。かと言って優秀過ぎると、勝たせるのが難しいです。匙加減が大変ですね。
色々とツッコミ所があったかと思いますが、どうか許して下さい。




