第5話
「さあ、どうする?貴様が導術を使ってそいつを治せば、また別の人間が苦痛に苛まれる事になる。」
ウキは部下達に指示し、受付に集まっている人々の一部を連れて来させた。騒ぎを聞き付けて、外に集まって来た警官達にも、下手に手を出せば人質を射殺すると宣言して牽制する。
「さあ、導術を使うか?」
「お前……!」
「貴様の行動がこの、何の罪も無い人達に苦痛を与える事になるのだ。それを良く考えて行動するんだな。」
ウキの狙いは、人質達にイナバの行動を非難させる事にあった。イナバが導術を使って怪我を治す事が、自分達が撃たれる事に繋がると認識させる事で、イナバに治療するなと訴えさせるのが目的であった。直接的な脅しの効果が薄いのならと、搦め手を用いる事にしたのだ。
「次、もしも導術を使えば、この者達の誰か一人の足や手の指を吹き飛ばす。歯を吹き飛ばしても良いかも知れないな?神経の集中している所は、かなりの痛みだと聞く。それこそ死んだ方が増しな位に…。大丈夫だ、貴様がすぐに治せば死にはしない。唯、それはただ死ぬよりももっと辛いかも知れないがな?」
「……そこまでするか…!」
「貴様が今にでも約束してくれるなら、こんな茶番はすぐにでも止める。我らとて鬼では無いからな。ただ、貴様が愚行を繰り返すなら、何度でもその結果を見せ付けるだけだ。ただ、止めるならなるべく早くしてくれよ?我々は人間、機械の様に正確では無い。間違って手元が狂う事だって有るのだからな?」
「クソが!堕ちる所まで堕ちたな卑怯者め‼︎」
「何とでも言うがいい。我々とて、己のしている事が何なのか位理解している。そして、卑劣な事をしてでも、成し遂げたい崇高な目的があるのだ。お前達、準備しろ。」
ウキは部下に指示して人質を銃で狙わせる。人質達は、これから自分達が拷問の様な責苦を受けるかも知れないと考え、顔が真っ青になる。そして、涙目にイナバを見つめる。口には出さなかったが、明らかにウキ達の言う通りにしてくれと訴えている目であった。イナバは動きが止まる。目の前で足を撃たれて苦しむ人の出血を手で抑えながらも、導術は発動しなかった。いや、出来なかったのだ。
「………チィ!」
「ククク、これでわかっただろう。導術が使えなくなった時に、貴様達は一体どうやって患者を治すのだ?」
「……お前達の懸念が当たった時にはこうなると、そう言いたいんだな?」
「ああ、そうだとも。もしも導術が使えなくなった時に、我々の本来の医療技術を使えなくなってしまっていたならば、貴様達は唯の木偶の坊と化す。それを手遅れになる前に教えてやっているのだ。感謝して貰いたいな。」
ウキは口元を歪め、嘲笑する。その笑い声を静かに見届けたイナバは、ゆっくり口を開く。
「…つまり、俺が導術を使わずにこいつを治療すれば良いんだな?」
「ああ、そうだ。しかし、導術に頼り切った治療ばかりして来た貴様にそれが出来るかな?」
「……ハッ!俺だって医者の端くれ、免許を取った際にその程度の事は簡単にこなせる様に訓練は受けている!おい、手術の準備をする様に他の先生に伝えろ。俺が直々に手術する!」
「ほう?」
「舐めるなよ小童共!導術使いはな?何時だって導力切れの危険性と隣り合わせで導術を使っているんだよ!特に患者の命を預かる医療現場なら、その責任は重大だ!導力切れで、何も出来ませんでしたなんて、そんな不甲斐ない奴が医者になれるとでも思うなよ!」
「む…。」
「もしも何らかの理由により導術が使えなくなってしまったなら、その時は自分達の手を使って患者を治す事も考慮している!何なら手術室まで付いて来るか?お前達の目の前で手術してやろう!」
イナバは、導術を使わずに手術して治して見せると啖呵を切る。其処には何のハッタリも無く、言葉には自信が滲む。
(導術が使えなくなった時にも対応出来る様にしているんですね。そこまで考えているなんて、やっぱり凄い…!)
アキトはイナバの姿を尊敬の眼差しで見つめる。実際、ウキの懸念については、アキトも納得している所があった。導術が非常に便利であり、また導力切れを起こしても少し休めばある程度回復する為、導術に頼り切りになる可能性は大いにあった。
しかし、イナバや院長の方針か、または学園長の方針か、この病院では下手すればお金の無駄とされかねない高価な最新の医療器具を取り揃え、時間と手間の掛かる手術の教育も抜かりなく行っていたのだ。ウキの言う事態が訪れても、最悪の事態を回避する術を用意していたのだ。
「いや、その必要には及ばない。」
「何?」
「貴様には、“今”、“この場で”、“何も使わず”治療をして貰う。さもなければここに居る人々を射殺する。」
「何だと⁉︎」
イナバは、ウキの無茶な発言に絶句する。
「何故だ!これはお前の言う『人類の技術』だろうが!使う分には、何の問題も無い筈だ!」
「いいや、問題は有る。」
「何がいけないと言うのだ!」
イナバは焦る。導術も手術も無しに怪我を治す事は、流石にイナバでも無理であった。
「私が言いたいのは、“導術でしか治療行為が出来なくなった場合に、導術無しで治療が出来るかどうか”なのだ。今この現状に於いて、まだ人類の技術は普遍的に存在しているし、少し調べれば分かる位には普及している。今、もしも導術が使えなくなったとしても、手術して治せるのは当たり前だ。それこそが私の目指す世界なのだからな。」
「詭弁だ!」
「伝統技術がどんなに拙い物かわかるか?繊細な技術は伝えるのが難しく、必要無しと断じられればすぐにでも忘れ去られ、外見だけが独り歩きし形骸化する可能性すら有るのだ!しかも、それをわざわざ後世に残そうとする殊勝な奴が、世の中に一体どれだけ居ると思っているのだ!」
「く……!」
「わかるか?…今なら引き返せるのだ。人類の技術がまだ残っている今なら、導術に頼り切りになる前の今なら!最悪の事態を防げるのだ!さあ!治して見せよ!手術もせず!導術も使わず!何の知識も無く!怪我人や病人を治して見せよ!」
「それは……。」
「出来ないか?ならばその姿を鏡で見るがいい。目の前の怪我人を、何も出来ずに唯見ているだけしか出来ない無力な人間が其処に居るはずだ!貴様達のやろうしている事は、ともすればその様な不甲斐ない医者を量産して、世界中の人々を無惨に死なせる未来を呼び込むかも知れないのだ!」
「ぐぬウオオオ!」
イナバは悔しそうに呻く。目の前で嗤う男を殴り飛ばしたかったが、手を出せない。目の前で苦しむ患者を救いたかったが、何も出来ない。この事態を引き起こしたのは彼では無いが、さりとて何の関係も無いと言い切り見棄てる程に、彼は冷徹にはなれない。
「ほら、どうした?ただ呻くだけか?呻いて怪我が治るのか?」
「ぐっ…!クソがァ!」
「早くしないと、感染症にかかるかも知れないな。だが、消毒はするなよ?それは人類の英知だ。それに頼れない事態を想定しているのだからな?敗血症にでもなったら、大変だな。下手をすれば死ぬぞ?」
「う…ガアアアア!」
イナバは顔を真っ赤にし、怒りの形相でウキを睨む。イナバは医者である。怪我人を見れば決して放って置く事の出来ない人間である。しかし今は、目の前の怪我人を救いたくても救えない。急所こそ外れている為すぐに死ぬ事は無いが、激痛と戦わねばならない。イナバはその姿を見ていると、心が大いに乱される。そのもどかしさに、頭が狂いそうになる。
「ククク…惨めだな。さあ、どうする?まだ意地を張るか?導術を金輪際使わないと誓うだけで、目の前の男を手術出来るのだ。命を救えるのだぞ?それとも、意地を貫き怪我人を見殺しにするか。下らぬ矜持に拘り患者を殺すか!とんだ藪医者だな!」
イナバは呼吸が荒くなる。自分が導術を使わないと誓えば、それで目の前の命を救える。下手に意地を張れば、目の前の命を失う可能性が大きくなる。その考えが頭の中に響き渡り、思考する力を奪う。イナバは、やはり何処まで行っても医者であった。目の前で苦しむ人を、放って置く事など、出来はしなかった。
「俺が…導術を金輪際使わないと誓えば、こいつを手術しても良いんだな…?」
「ああ、そうだ。目の前の命を救えるぞ?医者の本分を果たせるぞ?」
「俺は…医者だ…。どんな事をしても…命を守る…義務が…有る…。」
「そうだとも。あなたは医者だ。人を殺すのではなく、人を生かす医者だ。」
ウキの言葉は心地良く、甘美な響きでイナバの心に滑り込んでくる。
「その…為なら…。」
「その為なら?」
「お…俺は…金輪際…!」
「金輪際?」
「ど、導術を…!」
イナバは、屈しようとしていた。患者を救いたいという強い気持ちを利用され、正常な思考を奪われ、ウキの望みを受け入れるしか無い様に誘導されてしまっていた。そして、イナバがウキの目の前で膝を折りそうになった時、病院内に大きな声が響き渡る。
「何を愚かな事をしているんですか‼︎」
それは、アキトの声であった。アキトは胸ポケットに花の飾りを差し、シルバーナへの射線を遮る様に彼女を背後に隠しながら伴い、何か有れば彼女自身を何時でも転送出来る様に気を付けながら、ウキ達に近寄って来ていた。
「貴様は…ほう、英雄殿ではないか。こんな所で会うとはな。運命とは面白い。」
ウキもまた先日の事件の報道を確認しており、導族の貴族を救い、戦争を回避する事に貢献したアキトの事を知っていた。そして、導術普及をアビス王国を初めとする導族国家の陰謀であると信じる彼にとって、導族の味方をしたアキトは至極、気に入らない人物であった。
「挨拶しないのは失礼では有りますが、事は人の生死に関わるのでこのままで失礼します。イナバ先生、早く導術でその方を治して下さい。」
「何だと?」
アキトはウキの言葉を無視して、イナバに導術を使う様に懇願した。ウキはその言葉に反応する。
「貴様…我々の話を聞いていなかったのか?」
「いいえ、しっかり聞いていましたよ。」
「では、何故導術を使って治せなどと仰るのかな?それが他の人の苦痛に繋がると言うのに。英雄殿はよっぽど冷酷か、それか話を理解出来ない大馬鹿者でいらっしゃるのかな?」
ウキはアキトを挑発する。アキトの事は、導族側に付いた裏切者の人間であると認識している為、何かしらで揚げ足を取って非難したいと考えていたのだ。だが、ウキの挑発にアキトは全く取り合わない。シルバーナが代わりに怒りそうになる事を目で制する余裕さえ見せた。
「あなた方こそ、本当に愚かですね。」
「何?」
「あなた達の行為は、唯のテロリスト行為です。ここでもしもこの方が死んでしまわれたら、その責任はイナバ先生では無く、あなた達に有る事が分からないのですか?全く呆れますね。そこまであなた方は愚かなのですね。」
アキトは、キツネ直伝(別に教わった訳では無い)の相手の感情を逆撫でる笑顔を造る。その効果は抜群であった。余裕の表情を一気に崩して、ウキはアキトににじり寄る。『サカキ』の一団の注意が全員アキトに集中する中でも、アキトは変わらぬ笑みを続ける。そして、さり気なくシルバーナをイナバの元へ移動させる。
「貴様…!」
「反論も出来ませんか?当たり前でしょう。銃で無実の人を撃ち、医者に医療行為をさせず、無理矢理自分の価値観を押し付ける。これの何処がテロリストじゃないと言うんですか?」
「…我々の崇高な目的も理解出来ない愚か者が、偉そうな口を効くんじゃ無い!」
「どんなに崇高な目的が在ろうと、その実現する手段がこれで、世間が納得出来ますか?あなたは同じ事をされて、相手の意見に納得出来るんですか⁉︎」
「くっ…この事態を招いたのは、導術を使うのを止めないこの医者の…。」
「他ならぬあなた達でしょうが!他人に責任を擦りつけるつもりですか?本当にどうしようもない愚か者ですね!」
アキトは怒りの形相をして捲し立てる。相手のペースに乗せられれば、飲み込まれる事はイナバとウキの遣り取りで理解した。ならば、自分のペースに引き摺り込んで掻きまわせば良い。アキトは矢継ぎ早に相手を非難し、話をさせる余裕を与えない。
「おのれ…言わせておけば!」
「それよりも早く、イナバ先生の治療を認めなさい!あの人が死んでしまったら、それを引き起こした原因はイナバ先生では有りません!実際に銃で撃ち、満足な治療も受けさせなかったあなただ!」
「む…。」
「そうしたら、誰が殺人鬼の主張を諸手を上げて賛同すると思うのですか!それに、人質が殺されたとなれば、他の人質の安否を心配した警察が、あなたとの交渉を待たずに強行突入して来るかも知れないのですよ?そうなると、あなただって困るでしょう!」
アキトの勢いに飲まれたウキが返答に困っていると、アキトは諭す様な口調に変える。
「わかりませんか?今ならまだ間に合うんですよ。あなたの主張は、確かに納得出来る部分は有ります。ですが、その主張の為に本当に誰かを殺してしまったら…一線を超えてしまったら、その言葉は唯の犯罪者の戯言になります。誰も聞きはしませんよ。そうなる事があなたの目的なのですか?」
「馬鹿な!何をどう考えればそう…。」
「今、正に人の命を奪おうとしているでは有りませんか!その結果を求めている様にしか僕は思えませんよ!もう一度問います!あなたは自分の主義主張を世間に知らしめたいのですか?それとも、ただ人殺しをしたいだけなのですか?」
そして、尚も反論しようとするウキの出鼻を挫き、強い口調で攻め立てる。極端な二択を相手に押し付け、自らの願う方向へと誘導する。
「人殺しなど!私は将来の人類の為を想って…。」
「なら、今目の前の人の命を導術で助ける事を認めなさい!今生きている人々がこれからの未来を紡いで行くのです!未来を作る人々の、その命を蔑ろにして、何が将来の人類の為ですか!」
「そ、それは…必要な…。」
「口説いです!言っている事とやっている事が伴って無いんですよ!そんな事よりも、まだあの人は助かります!導術を使う事を許可しなさい!それとも、ここであなたの矜持を守って、罪無き人を殺す気ですか?とんだ犯罪者ですね。何が崇高な目的ですか聞いて呆れる‼︎」
「ぐ…ぬう…。」
アキトは論点をずらし、相手の言葉を潰し、自分の有利になる様な状況を作り上げる。ウキも、攻めている時は強かったが、押され気味になると脆い部分があった。
「だが、ここで引けば、私の理念に反する…!」
「こちらも、何もあなた方の主張を頭ごなしに否定するつもりは有りませんよ。ただ、あなた方が人を殺してしまえば、僕は全く聞く気を無くしますが。」
「…ならば、こいつが導術を使わないと誓えば良いのだ。そうすれば、手術をする許可を与えると言っている!」
「話になりませんね。」
アキトはまたも笑顔を造る。何処までも相手を小馬鹿にするような、酷く腹立つ胡散臭い笑顔を作る。ウキは又も心が怒りに支配されそうになり、しかしそれでは益が無いという事に気付いてそれを必死に抑え、更に精神を消耗する。
「良いですか?良く聞きなさい。これはチャンスなのですよ?」
「チャンス…だと?」
「ええ、御覧なさい。ここで私達が口論している間に、この方の状況は更に悪くなっています。今から準備をして、手術しても、少々危ないかも知れませんね?」
ウキはアキトに促され、自身が撃った男を見る。血を大量に失って顔色が悪くなっており、今にも死にそうな土気色の顔をしていた。
「まさかそんな…急所は外した筈…!こんなに症状が一気に悪化するなど!」
「あなたの所為ですよ!あなたがさっさと手術を許可しなかったから、この方の症状はこんなにも悪くなってしまわれたのです!…この責任、どう取るおつもりか!」
「何だと!貴様が…口出ししなければ…!」
「見苦しいですよ!あなたがそもそも撃たなければ、こんな事態にはならなかった!この人を今から手術しても、もしも間に合わず死んでしまったり、助かっても後遺症が残ってしまったりしたら、全てはあなたの責任ですからね!」
ウキはアキトから目を逸らし、イナバを見る。イナバは恨みがましくウキを睨んでいた。さも、こうなったのはお前の所為だと、そう言いたいかの様な目であった。ウキはその目にたじろぐ。
「ぐ…私は…。」
「こうなったら、もう導術で治す他に有りません。イナバ先生程の名医なら、この状態からでも無事にこの方を全快に出来るでしょう。それほどに導術の治療が効果的な事は、他ならぬあなたが言った事ですよ?」
「くう…!」
「さあ!導術による治療を許可しなさい!この人を無事に救うには、それしか有りません!それとも、ここで人殺しに成り下がりますか?侮蔑の目で見られながら、聞いても貰えない哀しい主張を、壊れた人形の様に五月蝿く繰り返す、そんな世にも愚かな犯罪者になりたいのですか!」
ウキは悔しさに顔を歪める。最早真面に反論出来る程の冷静さは、残されていなかった。
「………わかった。導術による治療を認めよう。」
「先生!」
「わかっている!」
イナバは待ってましたとばかりに導術で怪我の治療を始める。すると、見る見る内に怪我は塞がり、顔色は良くなり、元気を取り戻す。それを確認したアキトは、イナバに頼んでその怪我人を連れて下がって貰った。
「…ありがとよ、恩に着るぜ少年。それに嬢ちゃんもな。」
「いえ、礼には及びませんよ。」
「はい、どういたしまして。」
立ち去り際にイナバは、アキトとシルバーナに礼を言った。二人ははそれに笑顔で応えた。
「全く…忌々しい小僧だ…。あのまま口出しなどしなければ、普通に外科手術で助かった物を…。口論で時間を稼いで、怪我人の容態を悪化させ、導術を使わざるを得ない事態に持って行くとは…。何と卑劣な…!」
ウキは、自らの主張を曲げる結果になった事に、苦虫を噛み潰した様な顔をする。しかし、予定外の殺人を犯す事は確かに忌避すべき事態であった。アキトの言う事はウキも理解しており、それ故、急所は外してある筈の怪我人の容態が急変した際はウキも驚いた。
人殺しは飽くまでも最終手段である。最初の発砲も、虚仮威しで無いことを周知する為であり、怪我した警備員も、導術使いの医者が無能である事を宣伝した上で自分達が応急処置する予定であったのだ。
(ふぅ…何とか上手く行きました…。)
アキトは、訝しむウキに油断無く作り笑顔を見せながら、心の中で安堵する。
(イナバ先生、有難うございます。『怪我人の容態が酷く悪化した様に見せ掛ける』なんて言う、僕の無茶振りに上手く対応して下さいましたね。)
実は、足を撃たれた怪我人の容態が怪我によって悪化したと言うのは嘘であった。アキトがシルバーナの掌にメッセージを描き、それをそれと無くイナバに見せる事でその内容を伝え、イナバは目立たない様に隠蔽した気導術で怪我人の顔色や呼吸を酷く見せ掛けたのである。
導術で怪我を治す事ばかりが印象にあった為、怪我が悪化した(様に見えた)原因が導術にあるとは思い至らず、ウキ達は偽装工作だと気付けなかった。勿論、その工作の際には注意がアキトに集中する様に、アキトは大袈裟で矢継ぎ早にウキ達を捲し立てる様に話す工夫もしていた。
(気導術には、対象の体の血流や呼吸を操作する技術が有りますからね。先生程の腕前を持ち、また多くの重傷患者を診てきた経験が有るなら、酷い怪我人の状況に似せる事も可能と踏みましたが、予想が当たって良かった…。怪我を負った方の表情、本当に鬼気迫る物がありましたね…。あれなら完全に騙せたでしょう。)
アキトの予想通り、ウキは怪我人の症状の不自然な程に速い悪化の速度を微塵も疑っていなかった。ウキは医者では無く、また怪我した場所をまじまじと確認する事も無かった為、その怪我がそこまで重傷でない事に気付かず、運悪く当たりどころが酷かったと勘違いしてしまったのだ。
(少々、危険でしたかね。相手が殺人を犯す気が余り感じられなかったので、少しばかり出しゃばってしまいました…。まあ、お陰で相手の武器や配置、人数も良くわかりましたからね。花を通して、ヤクモさんには情報が伝わったでしょう。序でに、相手の注意を少し惹きつけて置きますか。)
アキトは胡散臭い笑顔のまま、シルバーナを庇いながらウキに話し掛ける。
「良くぞ許可を下さいましたね。賢明なご判断でした。」
「からかっているのか?くだらん。もう貴様のペースには乗らぬ。」
「被害者を出さないなら、それで結構ですよ。」
「くっ……まあいい。本当の目的は、別にある。」
ウキは部下に指示して、人質の中から身振りの良い外国人、主にヘルヘイムやタルタロスなどの国の出身の人々を連れて来させた。急に連れて来られた外国人達は訳も分からず混乱していた。
「なるほど、狙いは教育機関ですか。政府を脅しますか?」
「…………。」
ウキは、アキトの言葉に沈黙を貫く。何が何でもアキトのペースには乗せられまいとしていた。
「沈黙は肯定と看做しますよ?」
「どうとでも言うが良い。」
「…なるほど、図星ですね?」
「ええい!全く忌々しい餓鬼だ!」
ウキはアキトににじり寄り、拳銃を頭に突き付ける。しかしアキトは無表情のまま怯まない。いきり立とうとするシルバーナを抑えつつも、その堂々とした態度を続けるアキトに、ウキは益々警戒する。
「頭を吹き飛ばされたく無かったら、大人しくその良く回る口を噤み、ここから離れろ。」
「……わかりました。」
「おい、誰か奴を見張れ。油断しない様にしっかりと監視し、変な動きを見せればすぐに押さえつけろ。その際に多少痛い目に遭わせても構わん。」
ウキの部下の一人がアキトの側に付くと、アキトは困った様な顔を作って肩を竦める。さも、その行動が自分にとって不利益であるかの様に偽装した。
(見張りは…一人ですか。まあ、妥当な所でしょう。これで少しでも戦力や注意が分散出来れば…。)
アキトはシルバーナを引き連れ、同じく射線から彼女を庇いながらウキ達から離れて座る。近くには、三人の撃たれた人達と、彼らの状態を確認するイナバが居た。アキトとシルバーナは軽く会釈だけすると、イナバも多くは語らず作業に戻る。イナバも、下手な会話は監視に聞かれると不味い事はわかっていた。
「良くやってくれた。」
「有難うございます。」
故に、軽く礼を言い合うだけでその場は留めた。
「良し、犯行声明を出すぞ。この様子をマスコミに中継させる。」
「了解しました!」
アキト達が離れた事を確認すると、ウキは一人の部下にアキト達の監視を任せ、自身は改めて予定していた作戦行動に移る。丁度周辺には、騒ぎを聞き付けたマスコミ関係者も集まって来ていた。そして、それを確認したウキは一人の人質を連れて病院の入り口に仁王立ちする。
「良く聞け!この病院は、我らが占拠した。中には大勢の人々が居り、全員我らの人質だ!まだ誰も死んではいないが、貴様達の出方次第では、この病院の中に死体の山が築かれるだろう!下手な真似は決してしようとはしない事だ!特に導術使いは絶対に近付けてはならない!」
大きな声で叫ぶウキに対し、警官隊の部隊長らしき人物が応対する。
「お前達の要求は何だ!」
「我々の要求は一つ!導術使いの教育の一切を恒常的に止める法案を制定せよ!それを確約出来るなら、我々は無傷で人質を解放する事を約束する!それは我々の誇りにかけて誓おう!既に調べが付いているかも知れないが、一応知らせて置こう。我々の人質の中には、遥々遠い外国からやって来た者達も居る!もしも、この者達が死んでしまったら、国際的な大問題になるだろう!三時間以内に返答されたし!諸君らの英断に期待する!」
ウキの真の狙いは、導力開発総合学園を始めとする、次世代の導術使いを教育する機関の撤廃であった。一部の天才的な才能を持つ者以外は、基本的に専門的な教育を受けねば、導術を満足に扱えない。その教育機関が無くなれば、優秀な導術使いは充分な数を輩出出来ず、従って導術に頼らない社会を作らざるを得ない。
(…なるほど、導術使いの増加に起因する就職難の問題が国会で槍玉に上がっている、今の時期を狙いましたか…。外国人が沢山居るだろう病院を狙ったのも、外国からの批判を受け易くする状況を作る事が目的ですね…。こちらの落ち度で外国人を死なせるなどしたら、ただでさえ国際的に孤立しかけている現状から、更に孤立しますからね…。)
ヨミ国と、ヨミ国から派遣される導術使いに依存しつつある国を除いた人族国家では、導術は仮想敵国である導族国家の技術である。例え導術使いの派遣により多大な恩恵を受けようと、それを公的に認める事は建前上難しかった。
その為、ヨミ国政府に対しては、強い口調では無いが、導術使いの養成をなるべく控える様に勧告していた。そして、人類の仮想敵である導族と見掛け上親密になっている現状に加え、導術の絡みでもしも自国の民が被害に逢おう物なら、その批判は決定的になる。
(恐らく、政府内外からの批判を集中させる時と場所を検討して、僕がルビィを助けた報道が為された次の日に、大勢の外国人が来ているこの病院を占拠したと言う感じですか。確かに、導族は助けて、人族は助けないのかという批判が来るに違い有りませんからね。)
アキトがシルバーナを助けた事は、世界的に報道されている。アビス王国ではアキトに対する評価がかなり良くなった一方、反導族を掲げる人族国家では、アキトは人類の裏切者として宣伝されていた。その現状をアキトは知り得なかったが、確かに、導族を助けて、人族を助けないのは不公平だなとは感じていた。
(…彼らは、多分誰も殺すつもりは無いでしょう。少なくとも外国の方はまず殺さないですね。国際的にヨミ国が孤立してしまえば、開き直って、寧ろ導術に頼り切りになる可能性が有りますからね…。それは彼等も避けたい筈…。)
ヨミ国は、最早導術無しには生活が苦しくなる位にまで導術に依存しつつあった。逆に導術を充分に活用すれば、外国との貿易無しでも自国内だけで経済を回し、それでもなお、お釣りが充分に残る位には導術は優秀であった。もしも決定的に外国に敵対され、貿易封鎖をされれば、導術使いを更に増加させる事態になる事は充分に予想出来る。
(となると、政府内に協力者が居て、導術使いの養成を禁止する事を確約する算段を付けていると見て良いでしょう。その切っ掛けとなる事件を起こす事自体が、彼らの目的。…法案可決とかには時間が短すぎますから、口約束だけにはなるのでしょうが、政府がそれを公的に認めたという事実が重要と言うことですね。)
アキトは、ウキ達のその手際の良さから、これが計画性の有るテロ活動で有ると踏んでいた。勝算が無いまま、一時の感情で動いたにしては、ウキ達は余りに冷静であった。
(そして、目的が果たされたなら、彼らは皆抵抗せず投降し、人質も皆無事に解放し、政府の面目を立てて国際的な孤立を避ける…と。そうなると、捕える側の警察も一枚噛んでいるかも知れませんね。)
アキトは頭の中で推論する。そして、被害者は出ないだろうという結論に至って一先ず安堵する。昨日の事もあって、警察まで疑いの目を向ける様になってしまった事には、アキトは思わず少しだけ苦笑した。
(まあ…三時間ですか…。ヤクモさん達なら、それだけ時間が有れば解決出来ますね。後はその際に誰かを助けるパフォーマンスの準備をして置きますか…。僕への風当たりが強くなり過ぎると、ルビィにも被害が及ぶかも知れませんからね。ここで媚びを売っておきましょう。)
そしてアキトは、打算的な事を考えながらウキ達の行動を注視していた。
政府への要求を終えたウキは、仲間と共に人質を盾にしてその場で陣取る。
「良し…取り敢えず我らのやれる事は終えた。後は周囲の警戒を怠らずに、朗報を待つだけだ。」
「ウキ殿、大丈夫でしょうか。近くの学園の教師は、導術使いとして優秀と聞きます。彼らがもしも出張って来たら…。」
「心配するな。彼らが如何に強かろうと、広い病院の全ての入口に、多人数がバラバラに配置されている我々全員を、一度に捕える事は難しい。何処かで誰か侵入者があればすぐに警報がなる様に準備してあるし、警察にもその様な人物は近付けない様に言い含めてある。」
「しかし、過信は…。」
「勿論しては居ない。だが、危ない事をして人質を危険に晒せば、奴等とて非難されるのは目に見えているからな。分別さえ有れば、そのような無茶はするまい。」
不安を吐露する部下を、ウキは励ます。根拠は無かったが、リーダーである自分が不安を見せれば、それは士気に関わるため、ウキは努めて自信を見せる。
(それに、既に導術反対派議員が結託し、裏で取引した官僚が総理に詰め寄っている筈…。今回の事件のみでは、すぐには法案成立とまでは行くまい。我らは予定通りに捕まるだろう。だが、現在の様々な問題に加え、我が同志が今後も似た事件を起こし、議員や官僚と組んで再び訴えれば、必ずや我々の要求を呑まざるを得ない状況になる筈だ。)
ウキは、今回の事件で初めから全て上手く行くとは思ってはいなかった。しかし、『サカキ』は今回ウキが率いた者のみの勢力では無く、他にも複数の協力者が居る。例え今回ウキが率いる者達全員が捕まっても、別の所で別の仲間が訴えを起こす算段になっていた。そして、導術使いの問題点を仲間を使って繰り返し訴えつつ、導術反対派議員や官僚に根回しし、政府に導術を禁止する法案を可決させる事こそが、彼等の最終目標であった。
(その為には、極力人は殺さず、さりとてその気になれば殺す事も出来るという事を知らしめなければならない。唯の人殺し集団であれば、その要求を呑む事に対しては、世論の反発は高いだろうからな。かと言って、舐められてしまっても有耶無耶にされかねない。バランスが難しいが、挑戦する価値は有る。)
最初の印象は、後まで大きく尾を引く。今回の行動でかなり過激的な手段を採ったのも、ハッタリでは無い事を印象付ける意味合いがあった。更に言えば、もう余り時間が無い事も、彼らを過激的な行動を起こさせる動機になっていた。
(これ以上導術が普及すれば、元の生活に戻るのは相当厳しい物になる。そうなれば、幾ら過激な行動をしても、受け入れられないだろう。生活が掛かっているのに、その生活を維持する術を簡単に捨てられる程に、人は強くない…。導術は本当にタチの悪い、悪魔の術だ。引き返すなら、今しか無いのだ…。)
ウキの懸念は、ヨミ国経済やヨミ国民の生活が、最早導術無しには成り立たなく成りつつある事であった。インフラや医療を始め、電力や農業に至るまで、ありとあらゆる分野で導術使いは活躍し、その存在感を強めている。何しろ念じるだけで良いのだ。その利便性は計り知れない。
(だが、もう少しだ…。もう少しで我らが大願が成就するのだ…。)
ウキは、早くから導術に対して批判的な考えを持っていた。しかし、力も何も無い一人の男性であった彼が、幾ら何かを訴えても誰も聞きはしなかった。だから、彼は同じ様な思想を持つ団体の『サカキ』に入団し、精力的な活動で幹部に昇進したのだ。そして、様々な根回しをして行動を起こし、今に至る。
(さて、どうしようか。捕まる予定まではもう少し時間が有るな…。出来れば、少しでも導術推進派の力を削ぐ様なパフォーマンスをして置きたい。これで我々が捕まった後は、同志に全てを託す他に無いからな…。今動ける内に、やれる事をやっておきたい…。)
そして、やるべき事をやり終え、少し手持ち無沙汰になってしまったウキは、残された時間で、自分達の計画を更に進め易くする為の更なる一手を打とうと考える。しかし、今の状況では出来る事は殆ど無い。そして、それでも何か無いか悩んでいると、不意にアキトの顔が浮かぶ。
(そうだ…あの忌々しいガキ!あいつを取材陣の目の前で非難してやろう!あの導族に味方する、裏切者の偽英雄の鼻を明かして、下らない人間を持ち上げていた奴等に恥をかかせてやる!さっきはしてやられたが、良く良く考えて見れば、彼奴はただ我々の行為を詰っただけで、我々の理念には反論しなかった…いや、出来なかったのだ!それはそうだ、我々の考えは間違ってなどいないのだからな!)
アキトは、導族国家との戦争を防いだ英雄として持ち上げられている。特にキツネなどが所属する、導術を推進する派閥では、アビス王国との親交を深め、導術の講師としての導族を多く招致する為に、アキトを最大限利用しようとする動きを見せていた。そして、その事もキツネはアキトにそれと無く伝えており、アキトは渋々了承していた。
シルバーナをアキトの元にホームステイさせると言った事も、表向きにはその活動の一環であった。コウガ夫妻の例は有るが、導族が人族と結婚したりするのはかなり少数派であり、未だ人族と導族とが一緒に暮らす事は難しいとされていた。そこで、キツネはアキトとシルバーナをその代表的な反例として祀り上げるつもりであったのだ。
そんな立場に居るアキトが、もしも『導術否定派』のウキの言葉に屈せば、『導術推進派』の看板が屈したという事実を全国的に広める事に繋がる。それで全てが変わる訳では無いが、推進派の足を大きく引っ張る事は間違いなかった。
また、ウキ自身、アキトに良いようにやられた事を根に持っている部分も有り、その報復も兼ねてアキトを公衆の面前で言い負かす事を画策していた。そして、部下に命じて、取材陣のカメラだけは、指定した場所のみを撮影すると誓えば、中に入って良いと告げさせた。
「これで良し…。さて、英雄殿。此方に来て貰おうか?」
「…良いですよ。ただし、この子に手出ししないと誓って頂けますね?」
「ああ、構わないとも。」
アキトは、ウキの要請の対し、シルバーナの安全を確約すれば応じると答え、ウキはそれを了承した。シルバーナは心配そうにアキトを見上げる。
「…お兄さん…。」
「ルビィ、大丈夫です。別に彼らは僕を殺そうとはしていませんから。」
「ですがこれは…。」
「わかっています。信じて下さい。」
「……はい、わかりました。」
シルバーナもまた、カメラが入って来た事や、アキトが呼ばれた事でその思惑を感じ取り、アキトを心配したが、アキトに心配するなと言われれば、それに従う他には無かった。アキトはゆっくりその場を立つと、見張りに連れられ、ウキの近くに寄る。
「ふむ…随分と、君は其方のお嬢さんに絆されている様だね。」
まるで、シルバーナにアキトが操られているとでも言いたいかの様なニュアンスを持たせ、ウキはアキトに先制口撃を仕掛ける。
「ええ、僕はシルバーナ様が大好きですからね。そう見えてしまっても仕方無い事です。」
「は?」
「はあうあ⁉︎」
そして、恥ずかしげも無く恥ずかしい事を言い切るアキトに、逆にウキは意表を突かれ、シルバーナはやっぱり顔を真っ赤にして悶絶する。最初の言葉の応酬で、一番動揺してしまったのが、当事者の二人では無いという奇妙な形で、ウキとアキトの論争(口喧嘩)は始まった。
アキトは、最初は演技が下手と言う設定でしたが、この二日でかなり上達して来ました。今までは経験が無い為に下手だったと言う所も有り、経験を積んだら案外上手く出来る事がわかって来たと言った所ですね。
次回は論争と言う名の口喧嘩回です。国語力の無い自分が書くので、恐らく色々と拙い部分が出て来ると思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。




