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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第4話

「せ、先生の奥さんって、導族の方だったんですか⁉︎」

「ええ、そうですよ。ああ、そう言えば、アキト君に彼女達の事を話した事は有りませんでしたか。」


アキトは驚きを隠せない。コウガの左手の薬指に指輪がはめてあった為に、コウガが既婚者である事は知っていたが、まさか導族と結婚していたとは思わなかったのだ。


「改めて紹介します。私の妻のアイビシア、娘のクロウリアです。」


コウガはアイビシアとクロウリアを順々に紹介すると、二人は深々とお辞儀をする。


(人族と導族の子…という事は、この少女は恐らく“半導人”ですね…。)


純粋な人族と導族とが結婚し、その間に子が成された場合、産まれて来る子は導族となる。これは、導族の因子が優性遺伝である為である。この様にして産まれた、人族の因子を持つ導族を“半導人”と呼ぶ。(因みに半導人同士の間に産まれた子供は、四分の一の確率で人族になる。)


「えっと…折角家族の方がいらしたんですし、僕達は席を外します。」

「あら?良いわよ。そんなに気を遣わなくても。」

「しかし、部外者が一緒では気を遣ってしまいます。僕の用事は後で良いので、家族水入らずでお話を為さっては如何でしょう。」

「アキト君、何もそこまでしなくても…。」

「先生、家族は大事です。家族の時間に水を差す様な事はしたく有りません。」


アイビシアやコウガは構わないと言っていたが、アキトは頑なであった。構わないとは言っても、他人が居れば必ず気を遣わせてしまうであろう事は、アキトにもわかっていたからだ。アキトは自身の家族を非常に大切にする為、他の家族の団欒を邪魔する様な事は出来ればしたくないと考えていた。


「そこまで言うのなら…お言葉に甘えましょう。」

「コウガさん、本当に良いの?」

「ここまで気を遣ってくれているのです。受け取るのもまた礼儀でしょう。」


コウガは、アキトの頑なさを知っていた。故に、無理にアキトの心遣いを固辞する事は逆効果であると分かっていた。アキトの気遣いを受け取って、彼の意思を尊重する事が適切であると判断したのだ。


「それでは、一旦僕達は此処を出ますね。」

「しかしアキト君、君に召喚術の技術を教える約束は…。」

「それは、先生がお暇な時にでも…。」

「それでは、間に合わないかも知れませんよ?」

「うっ…。」


しかし、余りに気を遣い過ぎて、本来の目的すら蔑ろにしそうになる事は、コウガは容認しなかった。


「アキト君、私が退院したら、そのまま一緒に私の家に行きましょう。召喚術の技術を纏めたノートや関連の本もアキト君に見せたいですし、私の家の位置がわかれば、また訪ねる事も容易いでしょうから。そこで時間を取るので、アキト君にはそこで技術を伝えましょう。」

「…宜しいのですか?」

「一度君は譲ってくれました。だから、今度は私が譲る番ですよ。」

「それは…はい…そうですね…。お言葉に甘えさせて頂きます。」


そして、一度アキトに気を遣わせた事で、今度はコウガ達が気を遣う順番である事を容認させ、自身の意見を通し易くしたのだ。アキトの律儀な性格を逆手に取った形である。


「それでは、私が退院する時間までは、二人で遊んで来て下さい。時間が来たら携帯に電話します。」

「はい、わかりました。」

「…今度はちゃんと充電して有りますか?」

「それなら大丈夫です。」


アキトは携帯を召喚し、確認してそれをコウガに見せる。電池が半分程度になっていた。一昨日の夜に充電して、それからそのままだったらしい。


「充電は…あれからしていないのですね…。」

「はい、電気代や電池の消耗が勿体無いので。」

「使えなくは無いのでしょうが…アキト君…。」


相変わらずケチ臭いアキトの言葉に、コウガは呆れと哀れみの目を向けてため息を吐いた。


「それじゃ、一旦僕達は退出しますね。」

「コウガ様、御家族の皆様、失礼致しました。」

「ええ、どうも有難うございます。」


アキトとシルバーナは挨拶すると、一旦部屋を出て行った。アキト達が部屋を去った後、アイビシアは何かを思い出した様に手を叩く。


「あ、そうだ!先王が亡くなった事でお悔やみを…。」

「ああ、大丈夫ですよ。シルバーナ様も大体の事情は承知していますから。…却ってその気遣いはシルバーナ様には負担となってしまいますよ。」


表向きには、アビス王国の先代国王のデモロドは、その息子または娘によって誅殺された事になっているが、実際の犯人は現王であるマクウィスの可能性が高い。そして、強硬派であるマクウィスが実権を握った今、穏健派筆頭であるバイドンの関係者であるシルバーナは、命を狙われやすい立場にある。間接的では有るが、シルバーナが祖国を出なければならない原因となった事件である為に、その事に対する言及その物が憚られたのだ。


「そう…先王陛下には、私も間接的にだけどお世話になったから…。ほら、あの子の義理の祖父のフェルミ卿って、確か先王の伯父に当る方じゃない?何も言わないのもどうかな、と思ったんだけどね。」

「大丈夫ですよ。あの方は気丈ですし、その様な事で気を悪くする様な方では有りません。自らの現状について理解しても怖気ず、立ち向かう強い心を持っていますしね。」

「そうね、それは私も感じたわ。」


コウガの言葉にアイビシアは小さく頷いた。


「それにアキト君も、しっかりしてそうだしね…色々と。」

「ふふ、お金の事となるとアレですから。それが玉に瑕なんですよね。」


コウガは肩を竦め、頬を綻ばせる。その顔を見たアイビシアもまた微笑む。


「……本当に良い子なのね、その子。」

「ええ、私の自慢の教え子です。」

「ふふ、今のあなた、とても好い顔してる。」

「え、そうですか?怖くは無いですか?」

「そんな事無いわよ。とっても素敵な顔。」

「…有難う、シア。」


アイビシアはコウガにそっと近寄り、コウガの頬に指を当てる。


「折角、あの子達が気を利かして私達だけにしてくれたんだし。少しコウガさんを補給させて?」

「ええ、良いですよ。ですが、程々にですよ?」

「言われなくても努力するわよ。…保証は出来ないけど。」


そして、アイビシアはコウガの厳つい顔を近くに寄せて深いキスをする。下の絡むキスの音が病室に響くと、クロウリアは思わず赤面し、特徴的な八重歯を剥き出しにして叫ぶ。


「お母さん!ここ病院!」

「あら、良いじゃないの。ここ個室だし、私達夫婦なんだし。それにあなたこそそんなに大声出すと、他の入院している皆さんに迷惑でしょう?」

「もう!節操無いんだから!」

「リアも、いつか私の気持ちがわかる様になる筈よ?本気で好きになった人に愛されるって、凄い事なんだから!」


クロウリアが熱い両親を見咎めて文句を言うも、二人だけの空間の中に居るおしどり夫婦はどこ吹く風である。


「愛しています、シア。」

「愛しているわ、コウガさん。」

「んんもう!恥ずかしくて聞いて居られないわよ!」


アイビシアの真っ赤な羽根の様に燃え上がる夫婦の前に、居心地の悪くなったクロウリアは病室をウロウロする。そして少し考えて、思い切って提案する。


「ねぇ。お邪魔なら、私出て行った方が良いかな?」

「そんな事…無いわよ…はふぅ。」

「やっぱり出て行くわ!私この場所に居られない!」

「でも…一人じゃ…ダメよ…ああぅん。」

「もう!いい加減にして!」


両親のディープなキスの音を聞かせられ、顔を真っ赤にしたクロウリアは机を叩く。クロウリアは目が見えない代わりに聴力が極めて発達しており、熱いキスの艶かしい音がまるですぐ側で生じているかの様に聞こえるのだ。


「んもう、今良い所なのに…。」

「…だったらもう少し大人しくしてよ…。何度も言うけど、ここ病院だよ…?」

「う〜ん…欲求不満!」

「だから、せめて家に帰ってからにして!」

「帰ったらアキト君にコウガさん取られちゃうじゃない。」


悪びれないアイビシアの言葉に、クロウリアは頭を抱える。


「お父さん!この人なんとかして!」

「リア、この状態のお母さんは、私なんかじゃ止められませんよ。」

「そうよリア、寧ろ止められれば却って燃え上がるわ!」

「……うん、知ってた。」


両親の仲睦まじさとその激しい熱愛振りは、毎夜の様に聞かされている為、言っても無駄だと言う事はクロウリアにもわかっていた。それでも言わずには居られなかったのである。


「んふふ、諦めてくれたかしら?」

「ああ、うん。わかっているわ…私の負けよ。でも、もしもまだ続けるつもりなら、やっぱり私は恥ずかしくてここには居られないわ。」

「そうねぇ、確かに子供には刺激が強過ぎるものねぇ。」

「わかっているなら、もう少し自重してくれないかな?お母さん達の“愛”を毎晩のように聞かされてる私の身にもなってよ…。」

「あら、あなただけ?側にナツト達も居るじゃない。」


ナツトとは、ミノリ家の長男でクロウリアの兄である。母親譲りの真紅の羽根と赤い髪、父親譲りの厳つい顔と立派な体格を持ち、それに似合わぬ程に純真で優しい少年である。


「妹達はまだよくわかっていない年頃だし…。お兄ちゃんは未だに良く意味をわかっていないみたいだし、気にせず寝てるし、なぜ寝れるし…。」

「それはあなたの耳が良過ぎる所為じゃ無いかしら。」

「それは…そうかもだけど…。その事はお母さん達だって良くわかっているじゃない?だから、もう少し私に気を遣ってくれても良いと思うのよ…。」


クロウリアは深い溜息を吐く。相当気が滅入っている様な溜息であった。


「それはごめんなさいね。だけど…やっぱり見せ付けたくなるのよ!愛ゆえに!」

「だからいい加減にして!あと私見えないから!」

「でも聞こえるでしょ?」

「だから嫌なのよ!」


クロウリアはいい加減、堪忍袋の緒が切れそうになっていた。アイビシアは、娘を存分に弄って満足したのか、ゆっくりとコウガから離れる。


「ゴメンゴメン、少しからかい過ぎたわね。それじゃコウガさん、続きは夜にね?」

「ええ、わかりました。楽しみにしてますよ。」

「うふ、任せといて。うんと楽しませてあげるから。」


最後に一回軽くキスして、やっと夫婦の熱暴走は終息した。


「もう…恥ずかしい台詞ばっかり…。仲良いのは良いけど、もう少し何とかならないの?」

「愛を確かめ合う事は、夫婦仲の潤滑剤よ?無いと油の無い歯車みたいにギスギスしちゃうわ。」

「お母さん達は油を差しすぎよ。差しすぎて愛が空回っちゃうわよ?」

「そんな事は無いわよ。まあ、サしてヌメるのはその通りだけどね!」

「トアリャーー!」


クロウリアの翼が羽撃いて、勢いのついた必殺の飛び蹴りがアイビシアに放たれる。すかさずアイビシアは空を舞い、その蹴りを華麗に避けて着地する。躱されたクロウリアも華麗に羽撃いて病室の別の場所に着地する。


クロウリアは音導術で超音波を放つ事が出来る。そして、その反射音を優れた聴力で捉える事で、人物や物体の位置を把握する事が出来る。文字こそ良くは読めないが、日常で不便になる事は、通常の視覚障害者より遥かに少ない。


「しつこいのよ!胸焼けするのよ!ベトベトなのよ!」

「あら、上手い事言うわね。」

「褒められても別に嬉しくないから!あと下ネタ禁止!」

「今のを理解出来るあなたも中々に…流石は私の子。それにしても、しつこく胸焼けする位ベットでベットリしたいだなんて大胆ね〜。将来の旦那様はさぞ大変でしょうね…主に夜の方面で!」

「キエエエエイ!」


またもクロウリアは鋭い蹴りを放つ。力強い羽撃きにより錐揉み回転をかけて更に威力を増した飛び蹴りは、アイビシアの顔面目掛け螺旋を描く銃弾の様に迫る。


「まだまだね。」


すると、今度はアイビシアも足を突き出してそれを受け止める。二人の蹴りが真正面からぶつかり合い、激しい摩擦の音が部屋に響く。そして、押し切れなかったクロウリアは、すぐに後方に宙返りし華麗に着地する。


「私はお母さんみたいにベタベタしないわよ!」

「あらあら、そうかしら。分からないわよ〜?女ってね、好きな男の前では乱れて爛れて花咲き誇るモノなんだから!」

「それはお母さんだけだから!私やその他世間一般の淑女の皆様方はそんな事しないもん!」


アイビシアの言葉を、クロウリアは顔を真っ赤にして否定する。


「ふふ、それはどうかしらね?特にあなたはね〜。何を隠そうこの私の子だから!」

「そんな訳無いから!なんなら賭けても良いわよ!私が負けたら何でも言う事聞いてあげるわ!」

「何でもって言ったわね?同じ条件で私もその賭けに乗ったわ。ふふふ、今から楽しみね。私に負けた事に対する悔しさと、愛しい人への愛の悦びに震える、発情した可愛い女の顔が目に浮かぶ様よ。」

「絶ーーっ対無い!」

「ふふふ。」


アイビシアは可笑しそうに笑う。実はアイビシアの両親も、かなりのおしどり夫婦で未だに仲睦まじく、幼い頃のアイビシアはその熱愛振りに辟易していたと言う過去を持つ。その昔の自分の顔に、クロウリアがそっくりであったからだ。


(懐かしいわね…昔は私も、お母さんにああ言ったっけ。結局、お母さんの言った通りになっちゃったなぁ…。)


アイビシアはコウガの方を向く。コウガが微笑み返すと、アイビシアの心臓ははち切れそうに成る程に鼓動が速くなる。未だに、コウガへの愛は燃え続けていたし、これからも燃え続けるだろう。そう言い切れる程の自信があった。


(ま、悔しさよりも、愛しさの方が何千倍も何万倍も大きかったけどね。)


そして目の前に居る、昔の自分にして、愛しい娘の幼くあどけない怒り顔を見る。


(きっと、貴女にも見付かるわ…。命を賭けても愛し抜きたい大切な人が…。)


そして、大事な娘の幸せを、心から願った。


「二人共、流石にこれ以上騒ぎを大きくすると苦情が来ますので、その位にして下さいね?」

「は〜い!」

「もう…最初からそう注意してくれれば良いのに…。」


コウガのやんわりとした注意に、アイビシアは素直に頷く。その態度の変わり様に、クロウリアは自らの苦労は何だったのかと項垂れる。


「ふふ、親子仲が良くて、私はとても嬉しいですよ。」

「さっきの様子を見て、平然とそう言えるお父さんの神経を疑うわよ。」

「いえいえ、喧嘩する程仲が良いと言いますしね。」


コウガはクロウリアを宥めていると、アイビシアがそれに便乗して来る。


「そうよリア、これはスキンシップ!親子愛を確かめ合っていたのよ!」

「訓練でも無しに蹴りが飛び合うスキンシップって何よ…。生傷増える“確かめ愛”はお断りよ!」

「そうね。キズモノにしちゃ、将来の旦那様に申し訳立たないからね。大好きな人には、綺麗な身体をお捧げしたいもんね〜!そして大好きな人に愛されて、そこで初めてを迎えキズモノに…。」

「お母さん!もうその話題は止めて!」


クロウリアは又も顔を真っ赤にして抗議するが、アイビシアは一向に気にしない。


「あら、我が子の(女の)幸せを願う母親心が分からないのかしら?」

「そんな変な方向に全力疾走で突き進む母親心は要らないから!全くもってどうでも良い様なお節介を焼きすぎよ!」

「あら、手厳しいわね〜。でも、母親として本当に心配なのよ。あなたって、ちょっと見た感じしっかりしてそうだけど、結構抜けてる所も有るから。騙されて、悪い男に引っ掛かってしまうんじゃないかと思うと私は…。」

「お母さん…。」

「夜も碌に眠れないわ…。主に夫婦の営みの所為で!」

「台無しだよ!」


病室にクロウリアの叫び声が響くと、流石に苦情が届いたのか、看護士が注意しに来た。そこで、ミノリ一家は全員で誠心誠意謝った。


「ああ、もう…やっぱり怒られた…。」

「リア、あなた叫び過ぎよ?」

「誰の所為だと思ってるのよ…。」


流石に注意されたばかりで叫ぶほど、クロウリアは愚かでは無かったし、またその気力も尽きていた。


「うふふふ、ごめんなさいね。あなたったら、本当に反応が面白いんですもの。」

「子供を玩具にしないでよ…。それは母親としてどうなの?」


クロウリアは疲れた声でアイビシアに返す。そこで、愛しの妻であるアイビシアの為に、コウガが彼女のフォローをする。


「リア、お母さんはあなたをしっかり愛していますよ。」

「お父さん…。」

「お母さんはただ悪戯が好きなだけです。好きな子にはちょっかいかけたくなるって言う、あれなんですよ。」


そして、そこにアイビシアが悪ノリで乗っかる。


「ふふふ、今一番悪戯したいのはコウガさんだけどね〜!」

「シア、夜まで我慢ですよ?」

「は〜い!わかってま〜す!」


慰められていた筈が、いつの間にか惚気に変わっていた会話に、クロウリアは呆れを禁じ得ない。


「だから惚気ないでよ…。それに、そんな思春期真っ盛りの男の子と、立派な大人の筈のお母さんが同じ精神年齢なの…?なんか悲しくなって来た…。」


クロウリアは膝を抱えて蹲る。アイビシアの悪ふざけにツッコむ気すら起きない様であった。


「ほらほら、何蹲っているのよ。」

「お母さんの不甲斐なさに、娘として嘆いているのよ…。」

「あら、そうなの?何か悪いわね〜。」

「……ああ、もうなんか私ばかり気にして馬鹿みたい…。」


アイビシアの気の無い反応に、クロウリアは落ち込む事すら馬鹿らしく感じてしまう。


「ほ〜らっ、気にしたってしょうが無いわよ。気にして何が変わる訳でも無いし。」

「そうですよ、リア。あなたが気に病む必要はありません。それに、そこが私の愛する妻であり、あなたのお母さんであるシアの良い所なんですからね。」

「そんな…愛しているわ、コウガさん…。」

「私もです。愛していますよ、シア…。」

「………だからさぁ……子供放ったらかしにして、勝手にイチャイチャし始めないでよ……。」


そして、またも勝手に盛り上がる二人に、クロウリアは心底疲れ切った声で弱々しく抗議する他には、何も出来はしなかった。








「さて、僕達はコウガ先生の退院手続きが済むまで、一旦ここを離れましょうか。」

「あう…はい…お兄さん。」


コウガの病室を後にしたアキト達は、このまま病院に居てもしょうが無いと、一度病院から出て周囲を見て回る為に外に向かっていた。途中で飲み物を買って休憩しつつ、混雑する廊下を逸れない様に手を繋いで歩く。相変わらず注目を集めていたが、気にしない様に努めていた。


(ヤクモさんにはコウガ先生の家に行く事を連絡しましたし、後はルビィにこの街の色々な所を案内しましょうか。これから暫くは過ごす町ですからね。地理に詳しくなっておいて損は無いでしょう。)

(ああ…お兄さんの手…温かい…はうう…。)


アキトは、この機会にシルバーナに様々な場所を紹介するつもりであった。まだ単独で動くには危ないかも知れないが、いつまでも自分が四六時中付きっ切りで付いて回れるとは思っておらず、独り立ちする為の社会勉強の必要性を感じていた。


(経験に勝る勉強無しって言いますし、無理強いはしませんが、興味が有れば何事も挑戦させる事が大事ですね。ルビィの命が狙われ無くなったら、一人でお使いなんかも良いですかね?)

(ああ…今私、お兄さんと二人っきりで行動してる…って、え?これってもしかして…あのいわゆる噂の伝説の…逢引⁉︎あ、アキト様と、わ、私がァ⁉︎そんな畏れ多い!でも嬉しい‼︎)


アキトのシルバーナの教育方針は、基本的に本人のチャレンジ精神をバックアップする事にしていた。シルバーナの積極性が何処から来るのかは勘違いしていたが、その積極性自体はアキトにもしっかりと理解出来ていたのだ。


(ルビィは良く出来た子ですからね。さっきの引っ越し作業でもそうでしたが、やる気も能力も充分です。興味有る分野に一生懸命取り組めば、きっと成果を出せるでしょう。)

(逢引…と来たら次は…逢瀬⁉︎って何を考えているんですか私はァアアアアアアア‼︎‼︎)


そして、積極性が有るなら、それを活かす事が最も本人の力を伸ばすのに良いだろうとアキトは考える。もしも失敗しても、それはそれで良い経験になるだろう。アキトはシルバーナのこれからの成長に大いに期待を寄せる。


(でも、期待を掛け過ぎて潰してしまわない様に気を付けないと…。努力する過程を中心に褒めて、例え失敗してもしっかり抱き締め慰めて、励まして元気付ける様にして行きましょう。ふふ、どう成長するのか、今から楽しみです。)

(ああ…でも…いつかは…あ、アキト様と…。そ、その…で、出来たら…良いなぁ…。アイビシア様に、人族の方とお付き合いするコツを、後でお聞き出来るでしょうか…。)


アキトは過度の期待でシルバーナを潰す事だけは避けたいと思っていたが、それでも期待せずにはいられなかった。将来立派に成長したシルバーナの姿に想いを馳せ、微笑む。その顔は、まるで愛娘を慈しむ、親バカな父親の顔であった。


(ですが、現実的な問題も考えないと…。導族が勤められる場所は限られていますし、その扱いは余り良くないですからね…。なんなら、カスミ先生にお願いして、ルビィを導族特別枠で警察官に推薦して貰うのも有りですね。ルビィの導術を一番活かせる職場は恐らく、警察でしょうし。カスミ先生の口添えが有れば、そこまで酷い目には逢わない筈…。)

(そしていつか…アキト様の…お、奥様になって…こ、ここここ、子供を…!コウガ様とアイビシア様の様に…うああ!はうう!いけない!妄想が止まりません!正気になりなさい私!まずはアキト様に釣り合う淑女に成れないとお話になりません!)


ヨミ国では、一般的に導族が公務員になる事は出来ない。しかし、ヨミ国籍を取得し、優れた能力が有り、尚且つ一部の限られた職業である場合、特別に導族が雇われるケースが有る。警察官はその一つで、凶悪犯罪に対する特別チームに入る事が許可されている。(余り人族がやりたがらない危険な仕事を押し付けているとも言える。)


導族は、基本的に人族よりも導術の扱いが上手であり、そして法律上安価で雇う事が出来る為、企業では積極的に雇い入れる事が増加して来ている。しかし、その扱いは余り良くなく、また給料が安い割に労働時間が長く、体力の多い導族だからこそ保っていると言う所もある。


人族と違い、導族にはヨミ国での導術使用許可の年齢制限が無いのだが、それは導族が導術を使う職業以外に就き難いが為の措置である。導術は訓練がモノを言う為、幼い頃から親の元で訓練を積ませて置く事で、高い技能を持つ導術使いを安価で雇い入れると言う算段でもあった。


その事を知っているアキトは、シルバーナを出来れば導族にも(政策上仕方ない為では有るが)かなり待遇が良いとされる公務員にしようと考えていた。シルバーナの導術の性能を良く知っていた為、導術犯罪に対して活躍出来るシルバーナならば充分に通用すると考えており、実際にその通りであった。


(まあ、一番は…祖国のアビス王国で暮らす事なのでしょうがね…。公爵閣下が上手く動いて下されば、もしかしたら…。いえ、変に希望を持つのは止めましょう。今はルビィが一人でもこの国でも生きて行ける様に準備しないと。……全くもって、ルビィには申し訳が立ちません…。)

(ああ…でも…アキト様と、わ、私の…こ、子供……きっと、可愛いでしょうね……。お祖父様にも見せたら、きっとお喜びになられますし…。が、頑張ります!)


バイドンは、シルバーナが上手く公爵の地位を受け継げれる様に努力すると言っていたが、エミリオにシルバーナの秘密を知られた今、アビス王国の強硬派がシルバーナを糾弾する為にそれを利用しない訳がない。アキトはシルバーナに自身の悔恨を気取られない様に笑顔を続けるが、心の中では自分の愚行を悔やんでいた。


(…止めましょう。過ぎた事で悩んでもキリが有りません。ルビィに不安を移してしまいます…。)

(うふふ、アキト様の子供なら、きっと綺麗な黒髪でしょうね…。例え私に似たとしても…もう、大丈夫です。きっと…心から、愛せます。アキト様が大好きだと言ってくれた、この銀の髪を受け継いでくれたなら…。うふふ!)


アキトは心を切り替える。過去を省みて未来に活かせるならまだしも、ただ悔やむだけなら寧ろマイナスとなる。ただ己の心を傷付ける、それだけであれば利益は無い。それに時間を費やして、無駄にするのは愚の骨頂である。『悩む暇が有るならば、その時間でバイトする』を信条とするアキトは、過ぎた過去に拘って動けなくなる位なら、その過去を切り捨ててでも前を向くべきと考える。


「さて…と、そろそろ正面玄関に…。先ずは外に出て周囲を歩いて…。」


アキト達が病院の玄関付近に近付く。すると、丁度病院内に入って来る十人近くの一団を目にする。


「ん…?何でしょうか…あれ…。」

「お兄さん、如何なさいました?」


嫌な予感を覚えたアキトはそれとなく廊下の壁の柱に身を寄せ、シルバーナに忠告する。


「…ルビィ、僕の背後に隠れていて下さい。大きな声は出さずに。」

「!……はい。」


シルバーナが、一団の誰から見ても目の届かない位置に隠れると同時に、その一団はまるで玄関を塞ぐ様に整列した。その所為で患者は其処を通れなくなる。見兼ねた一人の警備員がその一団に近付く。


「あの…他の皆様のご迷惑になるので…。」

「ああ、それはわかっている。」

「でしたら、すぐに其処を…。」

「退かぬよ。」

「……えっ?」


一団の代表者であろう男が、警備員にゆっくり近付くと、その場に乾いた音が鳴り響いた。


「あ…が…!」

「き、キャアアアアアアア!」


警備員の男は崩れ落ち、床に横たわる。その足からは血が噴き出していた。非常事態に気付いた患者の一人が大きな声で叫ぶと、辺りは騒然となった。そして、男は拳銃を真上に向けて何発も発射し、受け付けに集まっていた人々を恐怖で委縮させる。


「静まれぃ!抵抗しなければ危害は加えぬ!我らは『サカキ』、我が名はウキ!我らはこの悪魔の巣窟を破壊し、人々を悪魔の業から解放しに来たのだ!」


男はウキと名乗った。カミキは静寂する病院内に響く大声で続ける。ウキの仲間も一斉に銃を構え、玄関の外と内とを警戒する。


「他の入り口も我等が同志が占拠した。諸君らには申し訳ないが、ここで大人しくしていて貰おう。下手に逃げ出そうとするな!もし逃げた者を確認すれば、それは悪魔に加担する者とみなし、その者のみならず、連帯責任としてその者の家族や、諸君らの誰かが死ぬだろう!」


アキトは、もしも彼らが近付けば、すぐにでもシルバーナを転送する準備をする。そして、後ろ手に連絡用の花を召喚して、相手から見えない様にヤクモと連絡を取る。


「此処は病院だぞ!悪魔の巣窟とは何だ!兎に角その警備員をこちらに見せろ!早く止血しなければ死んでしまう!」


そこに、アキト達をから見て、一団を挟んで向こう側から、壮年の白髪が目立つ医師が現れる。


「貴様は?」

「俺はこの病院の副院長を務めている、イナバ・ハクトだ。」

「そうか…ならば貴様は悪魔に魂を売った、我らの敵と言う事だな?」

「何ぃ⁉︎」


悪魔呼ばわりされたイナバは、額に青筋を立てる。怒りを隠そうともしていない。


「一体何を以って俺が悪魔だと言うのだ!」

「お前だけでは無い!ここに務める医師の全てが、悪魔の手先だ!」

「何だと…俺だけならいざ知らず!俺の友まで愚弄する気か!」


イナバは部下の医療従事者の事も悪魔と呼ばれた事に、更に憤慨する。


「愚弄しているのは何方だ!貴様らの使う導術による治療は、導族の技術だ!それを広め、人族が培って来た医療技術を駆逐しようとする行為!これを悪魔に所業と言わずして何とする!」

「ええい!埒があかん!とにかく早くその負傷した警備員を渡せ!」


イナバは銃口を向けられているのにも関わらず、平然と倒れている警備員に近付く。


「近寄るな!近付くと貴様を撃つぞ!」

「やってみろこの偽善野郎共!人様の命を危険に晒して!よっぽどお前達の方が悪魔だろうが!」

「何だと!」

「俺は悪魔では無い!医者だ!怪我人を治すのが仕事だ!怪我人を増やすお前らなんかに、悪魔呼ばわりされる筋合いは無いんだよ!」

「この野郎!」


ウキの仲間の一人が逆上し、イナバに向けて発砲した。銃弾はイナバの腹部に命中し、そこから血が噴き出す。


「ハッ!片腹痛いわ!」

「何⁉︎」


しかし、次の瞬間には撃たれた筈の腹部からの出血は治まっていた。よく見ると、撃たれた痕が既に塞がりかけているのがわかる。アキトは少し離れた所からその様子を見ていた。


(あれは…治療系気導術の一種ですか。まあ確かに、この病院に勤めている医者の方なら、使えて当たり前ですからね。)


治療系気導術・塞傷。負傷した部分の細胞を修復し、大きな血管を中心に修復する治療系の導術である。訓練を積んで熟達すれば、例え大怪我であろうと立ち所に傷を塞ぎ、一日も経てば完全回復する事も可能である。


(でも…凄いです。きっとかなり痛かった筈なのに、なに食わぬ顔で導術を使っていました…。)


導術の使用にはイメージが重要である。故に、強烈な痛みなどで集中力を乱されると、発動が難しくなる。特に、集中力を必要とする治療系導術では、使い手が手酷く負傷してしまうと、痛み止めを使わない限り、自分も相手も治せなくなってしまうのが常識であった。


(恐らく…痛みに対する耐性が強いのと、後は導術の練度が非常に高いのでしょうね。僕も見習いたいです!)


アキトは今の状況を一瞬忘れ、イナバの術に見惚れてしまっていた。一方のイナバは、更なる怒りを露わにしていた。


「あと俺に発砲するのは良いが、後方に他の奴がいない事、弾が貫通した先に人が居ない事を確認しやがれ!今回は俺に当たって貫通しなかったから良かった物を!怪我人をこれ以上増やすんじゃ無い!」

「チィ!やはり悪魔の業だ!命を弄ぶ狂人共め!悪魔に魂を売って不死の身体を手に入れたつもりか!なんと悍ましい!」

「くだらん!悪魔の業とは何だ世迷言を!お前達の行動こそ、苦しむ人間を増やしているのがわからないのか!」

「貴様こそ!その悪魔の技術が、人間が長年培って来た技術を駆逐し、我々人類を弱体化しているのがわからないのか!これが策略であると、何故気付かない!」


イナバはウキと口論しながらも、脅しを無視してそのまま倒れた警備員の側まで行くと、出血した部分に手を当てる。すると、出血が直ぐに止まる。そして、イナバの手には摘出された銃弾が握られていた。痛みが薄くなった警備員は、何とか自力で立ち上がると、イナバに肩を借りて近くの椅子に座る。


「あ、有難うございます…。」

「無理するな。結構な量の血を失ったんだ。ここで大人しくしていろ。」


イナバは、負傷した警備員に優しく声をかけてから、カミキ達に向き直る。一先ず怪我人を治療出来た為か、その声は少し穏やかになっていた。


「おい、お前達の目的を聞かせろ。」

「知れた事よ。外法の業、導術を駆逐する事だ。」

「導術を使って何が悪い。それで多くの人々が実際に助かっているんだぞ。医療行為は兎に角時間との勝負だ。導術ならば、大した手間も時間も掛けずに命を繋ぎ止める事が可能だ。それにより手遅れになる確率が大幅に減り、今までなら助けられなかった多くの命を助けられたのだ!」


イナバの言う通り、導術治療の一番の利点はその高い利便性であった。糸も針も使わずに傷を塞ぎ、細菌感染も患者の免疫力を活性化する事で防ぎ、神経が集中する様な難しい場所の手術も切らずに治せる為に手術の後遺症もほぼ無い。


煩雑で難しい作業を、ただ念じるだけで全てクリアしてしまう導術の効果は凄まじく、爆発事故で緊急の患者が一度に何十人と運び込まれて来た時も、その時の当直の数人の医師のみで全て捌き切り、全員を残らず救った事もあった。


「何を言い出すかと思えば、そんな戯言を。」

「なんだと?」

「わからないか?なら教えてやろう。貴様達がその技術を広く世界的に伝えたとしよう。そうなると、既存の医療行為は恐らくその殆どが駆逐される。それ程にお前達の操る術は効果が高い。」

「……ああ、そ、そうか。」


イナバは、ウキの言葉に困惑する。貶されると予想していたが、意外と高評価な言葉に意表を突かれたのだ。


「だが、それによって今まで人類が培って来た技術は失われるのだ。」

「大袈裟だな。そんなに大層な事なのか?」

「貴様はわかっていない。貴様達の操る術は、革新的だ。それこそ、今の人類の技術では到底辿り着けぬ域にまで達している。」

「お、おう…。」

「そして、貴様達の操る術が治療行為の上で主流となれば、必然的に今までの技術は廃れる。受け継ぐ者は少なくなり、予算は削られ、研究は滞る。ただの伝統技術にまで成り下がるだろう。」


ウキの言う事は、的を射ていた。かつて機械の開発により、多くの手工業従事者の仕事を無くし、手作業による技術の多くを失った様に、導術の普及が、今までの医療技術を廃れさせる可能性は充分に考えられた。


「何時の時代も、人類は新たな技術を得て、旧来の技術を捨てて来た。それ自体は否定はしない。古いままが良いとは思わんからな。だが、今回の革新だけは絶対に容認してはならない。」

「理由は何だ?ただ単に導族の、かつての敵国の技術だからって否定しているのなら、話にならんぞ。」

「それも有るのは認めよう。だが、それだけでは無い。」


ウキは声を張り、受け付けに集まった人々に言い聞かせる様に告げる。


「今までの革新は、飽くまでも『科学』の発展の先にあった。故に、しっかり自分達の技術としての土台が出来ており、安定性があった。だが、『導術』は違う!三十年程前に、あの大陸が出現してから、急に人類が使える様になった術だ!」

「ああ、それはわかっている。」

「ならば、貴様にも分かる筈だ!この術は、あの大陸が運んで来た、この世界とは違う世界に存在する術だ!つまり、本来この世界には存在しない筈の術だ!」

「……そうだな。」


次第にウキの言いたい事を理解して来たイナバの言葉から、刺々しさが無くなって行く。やり方は認められないが、相手は人類の将来を危惧しての行動であるとわかって来たのだ。


「ならば問おう!貴様達は、永遠にこの術が使えると思っているのか?その確証は在るのか!我々の生活が導術無しには成り立たなくなって、嘗て持っていた技術の殆どが歴史の本の文字に変わってしまってから、急に導術が使えなくなったら如何する気なのか!」


イナバは押し黙る。嘗て人類が電気を手に入れ、生活が電気無しに成り立たなくなってしまった様に、導術によって便利になった世界では、導術の存在が必要不可欠となる。電気は造る事が出来るが、導術は『導子』という未だ得体の知れない存在、しかもこことは別の世界から持ち込まれたと考えられる存在に由来する。その導子が何時までもこの世界に存在していると言う確証は、無い。


「答えられないか?そうだろう、導子自体が未だにその詳細が殆どわかっていない、怪しい存在だからな。お前達の術は確かに便利だ。だがしかし!もしも急にその術が使えなくなってしまったら、それはそれは大変な事になるだろう!依存してしまってからでは遅いのだ!」

「だが…それは、俺達が依存しなければ良い事では無いか?」

「甘いな。人間とは、常に楽をする生き物だ。楽をしようとして、技術を発達させて来た。考えて見たまえ。もしも今急に電気が使えなくなってしまったら、我々はすぐに旧世紀以前の暮らしに戻れると思うか?」

「む…。」


イナバは又も押し黙る。便利な生活に慣れてしまったら、昔の生活に戻る事は非常に難しい。もしもそれを強いられる事態になれば、少なからぬ混乱が起きるだろう事は、容易に想像できた。


「どうだ?反論出来まい。」

「ああ…お前の言う通りだ。…だが、導術が無くなるという保証も無いんじゃ無いのか?」

「そうだな、それはその通りだ。何時までも残る可能性は在るだろう。しかしその場合でも、やはり導術の普及を認める訳には行かぬ。」


イナバの苦しい反論にも、ウキは余裕で切り返す。


「考えても見ろ。導術は、本来は導族の技術だ。つまり、この国で導術が発展すれば、それだけアビス王国に代表する導族国家の導術発展に貢献するのだ。」

「…それは…そうだ。」

「そして、我々の本来の武器である、科学技術の発展は阻止される。科学技術の発展に回す予算を、導術開発に回すのだから当然だ。つまり、奴らの技術が向上し、我らの技術が廃れる。そして、導術対決なら奴らの得意な分野だ。これが何を意味するのか、わからない程貴様は愚かではあるまい?」


ウキは、これはアビス王国の策略だと説いた。便利な術を伝え、それに依存させる事により、人類本来の技術発展を阻止して力を奪い、代わりに導族本来の技術である導術の発展に寄与させる。人の欲を利用した、狡猾な作戦だと力説した。


「これで良くわかっただろう。これはエサだ。我々人類を釣る為のな。」

「釣る…だと?」

「ああ、奴らが何故我々に導術を伝えたと思う?この術に依存させる為だと考えれば、納得がいかんか?」

「………。」

「そして、奴らは機を見て我らを滅ぼしに来るであろう。皮肉にも、我らが開発した導術を引っ提げて、自分達のアイデンティティーである科学技術を蔑ろにした人類を嘲笑ってな。今度こそ我々は敗北する!そうならない為にも導術は廃止し、我々の本来の技術を発展させねばならぬのだ!」


イナバは完全に押し黙る。ウキは勝利を確信した。


「さあ、これで諸君等も目が醒めたであろう。目が醒めたのなら、我等の同志だ。悪魔の術を棄て、代わりに私の手を取るが良い。人類本来の医療を発展させる為に尽力するのだ。」


ウキは下を向くイナバに手を差し伸べる。まるで悪魔から迷える仔羊を救い出す、天の御使いであるかの様に、朗らかな笑顔を浮かべる。


「…だらねぇ…。」

「何?」


しかし、その手はイナバに乱暴に払い除けられる。


「くだらねぇって言ってんだ!」

「なっ⁉︎貴様…!」


イナバは怒りの形相そのままに、ウキに噛み付くかの様に捲し立てる。


「何が悪魔だ陰謀だ!全くくだらねぇ!俺は医者だ!政は仕事じゃ無い!その有難い御高説は、お偉い政治家様にでも聞かせるんだな!」

「何だと!」

「導術が“何時まで”使えるかなんて俺は知らねぇ!だが“今”使えるのは知っている!そして“今”命の危険に晒されている奴等が、俺達の治療を待ち望んでいる事も知っている!だったら俺は導術を使う!使って“今”死にそうな奴等を助ける!『救える命がそこに居るのに、救わねぇバカがどこに居る!』」


アキトは驚いた。正に学園長が周囲の反対を押し切ったのと、同じ台詞をイナバが叫んだのだ。


「貴様…その短絡的な、刹那主義的な考えが、将来のこの国を滅ぼすのだと何故分からない!」

「知るか!今にも死にそうな奴にとっちゃなぁ、“今”しか無いんだよ!お前は言えるのか?正に今、死にそうな奴に、『将来この国が滅ぶかも知れないから、救えるけど救いません』ってよォ!」

「それは…必要な犠牲だ!」


『必要な犠牲』と言う言葉に、イナバは額に青筋を立てて激怒する。アキトも不快を示す。


「それこそ下らん!話にならん!俺は医者だ!命を救うのが仕事だ!そして俺はこの仕事に誇りを持ってる!目の前に助けを求める人間が居たら、迷わず助けるのが俺の当たり前だ!必要な犠牲だと?それが免罪符にでもなると、本気で思っているのか!だとしたら、本気で精神科か脳神経外科に受診した方が良いな!」

「おのれ…我らを愚弄する気か!心まで悪魔に絆されたか!」

「愚弄してるのはどっちだ!医者に、その時に可能な最善の治療をさせねぇで、徒らに患者にリスクを与えて…。それこそ愚弄だ!バカにするな!将来導術が使えなくなっちまったら、そこから又出来る事をすれば良い!伝統だろうと今の医療を知識として伝えていけば、何も出来ないっつう最悪の事態は免れる筈だ!医療のイの字も知らねぇ童が、偉そうな顔して説教垂れるな!顔を洗って一昨日来やがれ!」


病院内にイナバの叫びが木霊する。その気迫に、ウキ以外の『サカキ』のメンバーは一様に萎縮する。


「…言葉遣いは荒いけど…凄いなぁ…。」


アキトはイナバを心から尊敬した。言葉遣い以外は、見習いたいと本気で感じた。


「そうか…どうあっても、導術を使い続けると。」

「…ああ、それが俺の道だ。」

「…ならば、致し方ない。」


ウキは徐に拳銃を取り出し、近くで萎縮していた患者の足を撃ち抜いた。


「ぎ、ギャアアアアア⁉︎」

「な⁉︎」


イナバはすぐに患者に駆け寄り、導術で癒す。すると、又も発砲音が鳴り響き、別の患者が悶え苦しむ。


「この野郎…!」

「貴様が導術で一人の患者を治せば、その度にまた一人の患者を撃つ。お前の行動が、罪無き患者を苦しめる。お前の所為で、罪無き人々は痛い目に遭わねばならないのだ。」

「何を馬鹿な事をいってやがる!」

「もしも金輪際、お前が導術を使った治療を行わないと誓うなら、撃つのは止めておいてやろう。念のために言っておくが、直接私を止めようとすれば、部下が患者の頭を撃ち抜く。流石に、即死してしまっては治せまい?尤も、治療系導術に特化した貴様に、私達全員を同時に止めれるだけの戦闘力があるとは思えんが。」

「こんの…卑怯者がァ‼︎」


イナバは、悔しさに顔を歪め、怒り漲る目でウキを睨み付けた。

コウガ夫妻は、見た目的にはコウガの方が野獣ですが、夜はアイビシアの方が野獣(野鳥)だったりします。下らない下ネタで済みません。

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