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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第2話

「お兄さん、此処は何を置きましょうか。」

「そうですね…。」


学園長の屋敷を出たアキト達は、アキトが契約したアパートに来ていた。引っ越しの為である。


「この辺りですかね…。召喚!ルビィ、そこに入れて下さい。」

「はい、わかりました。」


アキトは、様々な物を次々召喚してはルビィに指示して収納スペースに入れていく。この時、シルバーナにも手伝って貰う事で、何処に何が有るかを確認させると共に、収納の仕方をレクチャーする事も兼ねていた。


「よく使う小物は、この小箱にまとめると分かり易いですよ。」

「はい。」

「これは余り使わないので収納空間の奥に入れますが、わからなくなってしまわないように入り口に票を作りましょう。取り出すのは召喚術で簡単に出来ますが、ルビィでも取り出せるように、重い物は滑車付きの台の上に載せます。」

「わかりました。」

「この半透明の色の付いた箱は中身が見えて便利ですよ。これを重ねれば、収納空間を効率よく使えますし、色で分類が出来ます。」

「勉強になります。」


アキトの言葉を素直に聞いてテキパキと行動するシルバーナに、思わずアキトも饒舌になる。アキトは教える事が嫌いでは無い為、よく出来た生徒の様な真面目な態度のシルバーナに、ついつい教えたくなってしまう。なので、マコトの家庭教師のアルバイトも、実はかなり気に入っていた。


(ルビィは聡明で良い子ですね。手際も良いし、意外と器用ですし、これは将来が楽しみです。きちんと自立出来るまでは、どんなに時間が掛かっても面倒を見る気で居ましたが、これは僕の手を離れるのも早いかも知れませんね。そうなると…少し…寂しいです…。時々は…会える…でしょうかね…。)


アキトは、額に汗を滲ませながら頑張るシルバーナを微笑ましく見つめる。そして、気が思いっ切り早いが、独り立ちするシルバーナの後ろ姿を思い浮かべ、軽い空の巣症候群に陥りかける。


(お兄さんに精一杯恩返ししたい…。その為に今出来る事をしっかりと頑張ります!そしていつか私が一人前になったら、その時は、お…お兄さんの、お…お嫁、お嫁…さん…に…成れます…でしょうか…?)


そしてシルバーナは、心に密かに野望を抱いて、目の前の作業の為の活力にした。


「そうだ。転送陣も描いておかないと。」


アキトは新たな住居に転送陣を描く。描くといっても、直接壁や床や箱に陣を描くのでは無く、紙に描いた物を貼ったり敷いたりするだけである。敷金を返還して貰う為に、なるべく部屋は綺麗に、破損の無いようにして置く事を心掛ける様に、シルバーナにも教える。そして、粗方の作業を終えると、アキトはシルバーナの頭を撫でる。


「手伝って下さってありがとうございます。お陰でかなり早く作業が終わりました。」

「いえ、私はただお兄さんの指示に従ったまでです。」

「謙遜しなくて良いですよ。あなたが頑張る姿を見て、僕も頑張ろうと思えましたから。」

「は、はい!お、お兄さんのお役に立てて嬉しいです!」

「本当に良い子ですね。僕の自慢の家族ですよ。」

「そ、そんな!勿体無いです!」


優しい笑顔で頑張りを褒められたシルバーナは、だらしなくにやける顔を隠す様に背後を向く。


「あ、そう言えば…。ディアはどうしましょう…。」


そこでアキトは今更ながら、家族がシルバーナだけで無い事が問題であると気付く。


「そもそも、導物は、導物使いが責任持って管理しなければならないとあります。本来なら、学園の導物用の檻に入れておかねばなりませんが…。」


導物は危険な存在である為、常に共に居て監視すること、側を離れる際や就寝時は導術を阻害する首輪を嵌めて頑丈な檻に入れて置く事などが決められている。更に、通常のアパートではまず導物を預かる事は想定されては居ない。よって、ディアは必然的に学園の導物用の檻に入れる事になる。


「お兄さん…。」

「…何とか側に居たいですね…。」


ディアは記憶を無くし、両親も囚われたまま、不安な生活を強いられてきた。また孤独にしてしまいたく無いと言う強い思いが、アキトを悩ませる。すると、少し離れて見守っていたヤクモがアキト達に話し掛ける。


「それならば御安心を。既に大家様には許可を頂いております。ディア様を檻に入れ、更に決して騒ぎを起こさない事、周りに被害を出さない事、出したら弁償する事などを確約して頂ければ良いとの事です。」

「本当ですか⁉︎流石ヤクモさんです!」

「ヤクモ様!ありがとうございます!」

「いえいえ、お喜び頂けて何よりです。」


ヤクモは満面の笑みでアキト達を見る。ヤクモが大家に“お願い”した事は黙っていた。そして、その温かな笑顔からはアキト達はそれを想像する事は出来なかった。


「ディア様には檻に入り、専用の首輪をして頂く事にはなりますが、それは御了承を願います。」

「わかりました。…あと、檻の事でヤクモさんにお願いが有ります。」

「何でしょうか?」

「専用の檻を特別注文したいんです。」

「宜しいですよ。どのような檻が御所望ですか?」


アキトはニッコリと笑ってヤクモに答える。


「この部屋いっぱいの大きさの檻が欲しいです。」

「…はい?」


ヤクモは一瞬アキトが何を言っているのかわからなかった。しかし、すぐにその意図を察して笑い出す。


「プッ!フフフフ!」

「あれ?何か僕おかしな事言いました?」

「い、いえ、そ、そうでは…プフフッ!」

「ヤクモさん?」


ヤクモは何とか笑いを堪えてアキトに向き直る。


「成る程。アキト様は囚人プレイがお好きですか。」

「なっ!何をッ⁉︎」

「ぷれ?」

「ルビィ?何でもありませんよ?」

「は、はい…。」


シルバーナに変な知識を与えたく無いアキトは、笑顔でシルバーナの両肩を掴む。笑顔ではあったが、そこから滲み出る威圧感にシルバーナは怯む。


「何を言っているんですかヤクモさん!僕はただディアと一緒に居たいからってだけです!」


アキトはディアと近くにに居たい。そして、ディアは檻に入れなければならない。そこから、アキトは自分達が皆で大きな檻の中に入って暮らせば問題無いと考えたのだ。実際、檻の大きさは、容易に逃げ出せない様な造りになってさえいれば特に規定は無い。


「いえ、わかっては居るのですが、アキト様が檻の中に居る状態を思い浮かべて…つい…。」

「良いですよ…。どうせ僕は犯罪者ですよ…。いつか捕まるかも知れないですよ…。」


心当たりのあり過ぎるアキトは、反論が出来ない為に代わりにいじける。


「いえいえ、そう言う意味では無いのです。可愛いなと思いまして。」

「…可愛い?」

「失言でした。お忘れ下さい。」


アキトの怪訝な目に、調子に乗り過ぎたとヤクモは反省する。すると、アキトが捕まる下りを聞いたシルバーナが口を挟む。


「お兄さんが捕まるなら、私も一緒に!」

「ルビィ、気持ちは嬉しいですが、止めてくださいね?僕はあなたに犯罪者になって欲しくないですからね?」

「ですが、家族はいつも一緒に!」

「大体、捕まったら男女一緒の牢に入れる訳無いじゃないですか。」

「はうう…そうでした…。」


何やらトンチンカンなやりとりを始めたアキト達に、面白そうに思ったヤクモも調子に乗って加わる。


「大丈夫ですよ、シルバーナ様。この部屋に檻を入れれば、アキト様と一緒の牢に入れますよ。」

「そうです!お兄さんやディアちゃんと一緒です!嬉しいです!」

「一緒の檻に入って嬉しいって、何かおかしいですね。あれ?そういえば何故こんな話になっているんでしょう?」

「アキト様?そんな事を考えるより、今はこの話の流れを愉しみましょう。」


ふと我に帰るアキトにヤクモは釘を刺しつつ、シルバーナに質問する。柔らかい笑みではあったが、アキトには黒いオーラが立ち昇る幻影が見えた気がした。


「ところでシルバーナ様?男女が一緒の牢に入れられないのは、何故だと思いますか?」

「そう言えば、何故でしょう…?」

「檻の中と言うのは、抑圧される場所です。狭く、不自由で、暇で、とても鬱憤が溜まりやすいのです。だからこそ罰になります。」

「それは、そうですね…。」

「そんな中に、うら若く、色々と旺盛な男女が一緒に閉じ込められたら、一体どうなると思います?」

「え…あっ!」


ヤクモの言葉に、シルバーナは何かに気付く。耳年増な部分が有るシルバーナは、アブノーマルな物を除いて、既にある程度そう言う事に対する知識は有していた。アキトの、シルバーナを純粋なまま育てようとする努力は、実は割りと無駄な努力なのだ。


(わ、私と、アキト様が…あ…!)


狼狽えるシルバーナに、ヤクモはそっと近寄る。そして、やはり耳元に近付いて囁きかける。


「ご想像の通りです。距離の近過ぎる彼、彼女は、その有り余る衝動と情動とを、側に居る相手に思い切り吐き出したくなる物なのです。特に男性の方は、相手の女性がもしも嫌がったとしても、そういう事をしたくなります。だから、女性に為にも、男女は別の牢に入るものなのです。」

「あ…ああ…。」

「アキト様も男、ディア様が居ますが、狭い檻の中で果たしてどれ位歯止めが効くのでしょうか?男は狼なのです。お気をつけ下さい。純真な顔をしていても心の中は、狼が牙を剥く。そう言うものです。」

「は…はうう…あ…。」

「シルバーナ様は山羊ですからね。狼の大好物です。そんな狼と山羊を同じ檻に入れれば、結果は…わかりますね?だから、“食べられて”しまわない様に気を付けて下さいね。隙を見せたら、襲われるかも知れませんよ?」

「はう、あう、ああ…あ…。」


シルバーナは妄想する。隙を見せ、“狼”に襲われる自分を想像する。羞恥と恍惚に顔を真っ赤にしながら、思わず顔を手で隠してその場にしゃがみ込む。背中の蝙蝠の翼が勢い良く羽撃いていた。


「ヤクモさん…いい加減にしてくれませんか…。」


アキトは、ヤクモとシルバーナの何度目にもなるやりとりを見て、最早注意するだけ無駄かも知れないと諦めかけていた。


「フフフ、すみません、やっぱり止められないですね。」


そしてやはり、ヤクモは平常運転であった。アキトは溜息を吐く。


「ルビィ?大丈夫ですか?」

「ひゃ!ひゃいい⁉︎」

「何を言われたか知りませんが、ヤクモさんの冗談は、本気にしてはいけませんからね?」

「ひゃ、はい…。」


シルバーナは、急にアキトに話しかけられて驚くが、その衝撃により意識が現実に回帰し、正気を取り戻す。


「話を戻します。」

「アキト様はせっかちですね。せっかく面白くなって来たのに…。」

「戻します!」

「ふふふ、申し訳ございません。少々お茶目が過ぎてしまったようです。」


ヤクモの態度に頭痛を覚え始めたアキトは、兎に角話を戻し、今度こそ脱線しないようにと心に決める。


「それで、特注の檻なのですが…。」

「大丈夫ですよ。若様に造って頂きましょう。」

「レン君に?」

「ええ、若様は、ディア様程では無いでしょうが、土導術が得意ですからね。良い練習ともなりましょう。」


レンは、土導術の使い手としては実はかなり優秀であった。祖父と比べれば劣るが、それでも学園の土導術使いの中での実力はトップクラスであり、大抵の物は簡単に造る事が出来る。


「それって、認められるんですか?」

「学園の導物使いコースの先生に確認して頂いて、問題が無ければ大丈夫です。先生は許可証も持っていらっしゃるので、保証書の方も発行して貰いましょう。若様の実力なら、普通の檻よりも強固な物を造れます。堅い物を造る事は、若様の得意分野ですからね。この部屋の大きさギリギリの物を造り、それを召喚術で運び込む様にしましょう。」

「わかりました。」


レンは特に、強度の高い物を一度に複数造る事が得意である。技の多彩さや技術力ではディアに大きく劣るが、その部分はディアよりも実力を有していた為、多くの警官達を一気に拘束出来たのである。


「首輪はどうするんですか?」

「詳しい事は存じませんが、種族に応じて様々な物が有るそうです。それも後で私が調達して来ますよ。」

「これからの参考の為に、そのような導物使いの必需品を売っている所を教えて下さい。」

「学園の導物使い専用の購買部です。今回は私の伝で別ルートで入手しますが、通常ならそこで購入します。かなり専門的な物ばかりなので、当たり前ですが、普通の店では買えません。そもそも導物使い自体、かなり特殊な職業ですからね。」


導物使いは、通常の導術使いと違い、導術を導物に使わせる。自分の意思で導術を使えない事は、実はかなりリスクが高い。自分の意思と違う行動をとる可能性があるからだ。故に導物使いはそこまで余り多くは居らず、その専門の器具は導物を扱う学園や研究機関の様な場所でしか手に入らない。


例え洗脳導術を駆使しても、術の行使者と対象の導物とで知能の差がある為、術者の言葉を理解出来ずに困る事が多いとされる。故に、導物使いの授業の大半は自身の導物を如何に上手く操るか、心を通わせるかに時間を費やすと言っても過言では無い。(高導物が重宝されるのは、偏に術者の言葉を理解出来る為に他ならない。)


「首輪や檻は勿論、調教器具なども豊富に取り揃えていますので、私やカスミの御用達です。」

「ああ…なるほど…。」

「お兄さん、私には理由がわかりかねるのですが…。」

「大丈夫です。あなたは知らなくて良い事ですから。」

「は…はい。でも、気になってしまいます…。」


アキトはまたも笑顔でシルバーナを怯えさせる。アキトとしてはシルバーナを卑猥な事から遠ざけようと必死なだけなのだが、シルバーナにして見れば、その拒絶は却って興味が唆られるだけであった。


「大丈夫ですよ。いつかシルバーナ様にもわかる日が来ますよ。」

「ヤクモ様、本当ですか?」

「ヤクモさん?まさか…。」

「いえ、私では無く、アキト様に指導と実践をして頂き、シルバーナ様を調教…。」

「しないですからね⁉︎」


アキトの鋭いツッコミがヤクモに炸裂すると、ヤクモは満足そうに頷く。


「なるほど、アキト様は責められる方がお好みと。」

「いや、違いますから!」

「では、責めたいと?気が合いますね〜。」

「いい加減この話題から離れて下さい!」


ツッコミ疲れが見え始めたアキトの様子を見て、ヤクモは漸く真面目な態度に戻る。忘れかけていた、アキト達をゆっくり休ませるという目的を思い出したのだ。


「いやはや、失礼致しました。」

「本当ですよもう…。」

「ですが、良いリフレッシュになったのでは有りませんか?」

「それはヤクモさんだけです…。」


アキトは力無く座り込む。余程疲れたと見えて、目が少し虚ろになっていた。


「ささ、私も手伝いますので、早く引っ越しを済ませてコウガ様のお見舞いに行きましょう。お昼になってしまいますからね。」

「だったら話を脱線させないで下さいよ…。はぁ…何かもう、疲れました。」

「何を仰っているのです?まだお若いのに、そんなに体力が無いのですか?それでは夜の方も保ちませんよ?」

「精神的に疲れたんです!」


アキトの声がアパートに響き渡った。他の部屋の入居者から苦情が来たのは言うまでもない。








「此処がコウガ先生の入院している病院ですか。凄い混んでいますね。」

「ええ、そうです。アキト様は初めてですか?」

「はい、『怪我や病気は、手当して食って寝てれば治る!』という事で、お金が掛かる病院に来た事が無くて…。」

「病院自体が初めてなんですか…。それにしても、苦労なさったのですね…。」


アキト達はコウガの入院する病院に来ていた。数年前に完成したばかりの新しい病院であり、内装も外観も余り汚れが目立たない。辺りには治療を受ける為に来た人で混雑しており、沢山の警備員が誘導している。


「この病院は学園と提携しており、導術を医療に応用する事を目的として建てられた物です。全国に先駆けて試験的に導術を用いて治療を行い、その効果を確かめ、治療データを蓄積しています。ここで効果が実証された導術は、正式な治療法として認可されます。学園の保健室の先生も、ここに勤めているんですよ。」

「研究と治療を一緒に行っているんですか。」

「はい、動物実験で効果の認められた物を、ここに来る方に被験者として効果を実証する手伝いをして頂いています。試験的な物なので費用は無し、又は殆ど掛かりません。場合によっては謝礼を出します。」

「タダ⁉︎謝礼⁉︎」


やはりアキトは、費用の事に食い付いた。謝礼が出るかも知れないと聞いて、医療試験データ収集の為の被験者になろうかなと思い、そのアルバイトを探そうと真剣に考える。そして、出来るなら自身とシルバーナ、可能ならディアの病気や怪我の治療にも活用しようと心に決めた。


「食い付きが凄すぎますよ?動物実験で安全で効果有りとされた物ですが、人間に効果が有ると保証するには、やはり実際に人に試してみないとわかりませんからね。言い方は悪いですが、実験台にするのです。その位は当然でしょう。」

「実験……。」

「御心配なさらずとも、今まで問題が起きた事は御座いません。怪我を治す導術などはアビス王国では一般的な物を使っているので、その効果は既に実証済みです。寧ろ、難病に掛かって他の病院で匙を投げられた方が、この病院での治療で全快したという事例すら有ります。」


導術の医療に対する応用は多岐に渡る。新陳代謝を活性化する事による怪我や病気の治癒、壊死した内臓や細胞の復活、衰えた筋力や骨密度の改善、全く切らずに極小の患部のみを破壊する手術などが有り、最近の研究で癌や認知症にも効果が有る事が報告されている。


その為、実験的な治療で有るはずの医療系導術を受ける為だけに、遠い外国から遥々治療を受けに来る者が後を絶たない。出資者である学園長の意向で、難病患者や命の危機にある急患が優先して入院を許可され、そしてその殆どを非常に少ない金額で治してしまった為、その名声に拍車が掛かっている。


「それって…凄くないですか…?」

「ええ、凄過ぎて方々から反感を買っています。沢山の難病の方々を殆ど無料で治してしまっているのですからね。その反響は良い意味でも、悪い意味でも大きいのです。」

「治療行為をしているのに…。」

「仕方が有りません。お金を取れない行為で、大きな結果を出してしまっているのです。…この治療法が認可されれば、多くの人々が救われます。導術を利用した治療は、金銭的に安く済み、治療時間も短く手間が少なく、それでいて現在の科学的な治療よりも遥かに効果が高いですからね。そして、それにより多くの患者が導術による治療を受けようとすればその分、既存の医療の市場を破壊してしまうのですよ。」

「市場破壊…ですか。」

「分不相応に低価格で、想像以上に有効な治療法が確立されれば、薬品会社や医療従事者への需要の多くを奪います。導術使いしかその医療に携われないのも、問題ですね。……そこに既得権益を持っている方からすれば、面白くはないでしょう。現に、脅迫状の様な物が大旦那様や、この病院の院長や関係者宛に届いています。」


革新的な手法が開発されれば、既存の手法で稼ぐ人々から利益を根刮ぎ奪う事になる。そこに影響力を持っている人物からすれば、大事な収入源を奪われるのだから、軋轢が生じるのも無理の無い話であった。


「必然的に、質の良い導術使いを多く輩出する、大旦那様の学園への入学希望者が増加しています。実際に、学園の卒業者で、導術を使った医療に従事する者も多く居り、何れも評判はかなり良いとの事です。」

「そ、それは凄いですね…。」

「昨今の導術の急速な普及により、優秀な導術使いの需要が高まると共に、そうでは無い人に対する需要は少なくなり、就職もかなり厳しい物になりつつあります。故に、大旦那様の陰謀だとか、根も葉も無い噂も巷では流されています。」

「酷い…。」

「そうですね。ですが、大旦那様は全く気になさって居りません。それこそ周りが逆に気にしてしまう位ですよ。それに、大旦那様にも全く非が無い訳ではないのです。…何時でも、急激な変化は痛みを伴います。無理に突き進めば、反感を生む事も充分に予想出来ましたからね。」

「わかっていたのに…ですか。」

「ええ。しかし、それを承知で、それでも大旦那は優秀な導術使いを育て、人の役に立つ導術を開発する事を選んだのです。周囲には懸念を示す方も居りましたが、大旦那様は『救える命が其処に居て、救わねぇバカが何処に居る!』と言って一蹴なされましたよ。」

「学園長先生って…素晴らしい人ですね…。」

「ええ、非常に支え甲斐のある、私の自慢の主人です。その様な方にお仕え出来る事は、私の誇りですよ。」


そう言って微笑むヤクモの顔は、とても朗らかであった。


「さあ、つまらない話はここまでです。早くコウガ様の所に顔を見せてあげて下さいませ。私はこのまま色々と用事を済ませて来ますので、お帰りの際は連絡下されば迎えに参ります。」

「はい。」

「受付の方にお伺いして頂ければ、すぐに病室まで案内して下さる筈です。大旦那様の図らいで、コウガ様は個室に入って居りますので、他の方を気にせずに相談が出来ます。これからの訓練の為にも、しっかりと召喚術使いの戦い方の指導を受けて来て下さい。」

「わかりました。どうも有難うございます。」


アキトとシルバーナは、病院の入り口近くで降ろして貰うと、ヤクモの車を見送った後、病院の中に入って行った。そして、病院の受付の所に向かう途中、見知った顔から声が掛かる。


「ん…あれ?アキトンじゃん!イエーイ、元気してるぅ〜?」

「え、ハルト君?」


アキトに声を掛けた人物、それはハルトであった。相変わらず変なテンションでアキトに話掛けてくる。病院内で騒ぐのは良くないと感じたアキトは、シルバーナとハルトを伴って外に出る。


「お兄さん…。えっと、此方の方は何方様でしょう…。」

「ああ、そうですね。紹介します。僕の友達の、ツクシノ・ハルト君です。」

「おお!可愛いお嬢ちゃん!こいつは将来が楽しみだぜぃ!」


ハルトは、アキトの紹介が終わるや否やシルバーナの手を取り、その顔を至近距離から見つめる。シルバーナは、急によく知らない素行の怪しい男性の顔が急接近した為に、少々の嫌悪感と共に狼狽える。


「うあ…あの…。」

「ハルト君?」

「うおお、怖いよ!笑顔で睨むなよ!冗談だって!」


ハルトのセクハラ紛いの行為に、アキトは凄みを効かせた笑顔で牽制する。ハルトはすぐにシルバーナの手を離し、焦った顔で謝罪する。


「悪かったって。安心してくれ、誰もアキトンの女を取ろうだなんて思っちゃ居ないぜぃ!」

「あなたは何を言っているんですか?」

「お、お兄さんの…お、女!はうう!」


“アキトの女”という言葉にシルバーナは反応し、顔に両手を当てて真っ赤になる。口元が弛みそうになるのを必死で堪えていた。


「良いですか、ルビィは僕の妹ですからね?疚しい事は全く無いですし、それは犯罪です。」

「そうなの?じゃあ俺っちが頂いても…。」

「ハルト君?」

「わかったって、だからそんな怖い笑顔で睨まないでくれよん。」


ハルトはアキトを宥める様に肩を叩く。アキトの笑顔は相変わらず威圧感を放っていた。


「はぁ…まあ、もう良いですけれど。」

「このお嬢ちゃんが、例のアキトンが助けたって言う、導族貴族様かな?」

「はい、シルバーナ・フェルミと申します。ハルト様、以後お見知りおきを。」

「宜しくね。」


シルバーナとハルトの挨拶が終わると、アキトが口を開く。


「そう言えば、ハルト君、何処か具合でも悪いのですか?」

「ん?ああ、違う違う。俺っちの親戚が入院したって聞いて、様子見に来たんだぜぃ。丁度今さっき様子を見て来たんで、これから帰る所だったんだよ。」

「ハルト君の親戚の方が?それは大変ですね…。」

「んにゃ、大した怪我じゃ無いって事で、すぐにでも退院出来んだけどね。」

「そうですか…それは良かったです。」


アキトはハルトの親戚の事を本気で心配していた。この病院に入院する事は即ち大変な状態である事が多い為、重大な病気かまたは重症の怪我をしたのか心配したのだ。


「お?心配してくれんの?あんがとな。」

「いえ、友達として心配するのは当然ですよ。」

「はは、やっぱ持つべき者は友だよな!」


ハルトは嬉しそうにアキトと肩を組む。アキトも笑顔で肩を組む。


「んじゃ、そろそろ俺っちは行くから。じゃあなアキトン、いつかゲーム持って遊びに行くぜぃ。また新しい引越し先の住所教えてな〜。」

「はい、また学園で会いましょう。」

「ハルト様、御機嫌よう。」


去っていくハルトに手を振って見送ると、アキトとシルバーナは再び病院の中に入って行った。

男は狼なの〜よ〜、気を付けなさ〜い〜。

年頃に〜なったな〜ら〜、慎みなさ〜い〜。

羊の顔していて〜も〜、心の中〜は〜、

狼が〜牙を剥〜く〜、そういうもの〜よ〜。


自分は、NHKの子供向け番組で初めてこの曲を知りました。明るめな曲調が気に入っています。当時は全く意味を理解していませんでしたが、今ではしっかりわかってしまいます。しかし、何でこの曲を子供向け番組で使ったのかは、未だに全くわかりません。

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