第3部 第1話
続けて第3部です。と、言ってもまだ3日目なんですけどね。
「おはようございます。アキト様、シルバーナ様、ディア様。」
「ようアキト!昨日ぶりだな!」
意気消沈しているシルバーナに、アキトは訳がわからないながらも取り敢えず慰めていると、そこにヤクモとレンがやって来た。部屋の前で見張りをしていた土狼はレンの元に擦り寄り、レンに頭を撫でられ気持ち良さそうにしている。
「キュイキュイ!」
「ああ、撫でて欲しいんですか?」
「キュキュ!」
「おお良し良し。可愛いですね〜。」
「キュルキュル〜!」
その狼とレンのやりとりを見て羨ましくなったディアがアキトに甘えてくるので、アキトはそれを存分に甘やかす。ディアは気持ち良さそうに喉を鳴らし、嬉しそうに擦り寄る。
「朝食はいかがなされましたか?」
「あ、まだ食べていませんでした。」
「キュピィ!」
ヤクモの問いに、アキトは未だに自分たちが朝食を摂っていない事に気付く。
「では、私が準備致しますので、ここで朝食を摂りましょう。若様はもう先に済ませて頂きましたので、先にここの修理に取り掛かって下さい。」
「そりゃ無いぜ叔父さん!俺今来たばっかりで仕事かよ!」
「若様?」
「う、わ、わかったぜ…。」
不平をこぼすレンを、ヤクモは冷たい微笑で黙らせる。
「キュイキュイ!」
「それでしたら、朝食の準備が終わるまでの間、ディアに修理を手伝って貰いましょう。」
「宜しいのですか?」
「ええ、僕達も出来るだけ手伝いたいんです。…と言っても、この子頼りになってしまいますけれどね。」
「キュルキュルッピィ!」
アキトの言葉に『任せて』と言う様にディアは鳴く。その頼もしい姿にアキトは微笑む。
「そうですね。食事の準備をするのに少し時間が掛かりますし、食後は休憩しないといけませんからね。先に修理に取り掛かりましょう。十分後には準備を終わらせますので、その時に作業を中断してまたここに集まって下さい。残りは若様にやって頂きましょう。それと、何か有ればすぐに呼んで下さい。」
「わかりました。レン君、ディア、行きましょう。」
「おうよ!」
「キュキュ!」
そこで、未だに部屋の隅で体育座りして、ブツブツと独り言を言いながら沈んでいるシルバーナに、一応声を掛ける。
「ルビィはどうしますか?」
「ふえ?」
「もし体調が優れないのでしたら此処で休んでいて下さいね。」
「あ、いえ!私は大丈夫です!」
「そうですか?でも辛くなったらすぐに言って下さいね?では行きましょうか。」
アキトに置いて行かれたくないシルバーナは、何とか自身を奮い立たせ、部屋を出て行くアキト達に追随していった。
「ふふ、微笑ましいですね。…そう言えば、ディア様は何をお召し上がりになるのでしょうか?」
仲の良いアキト達の様子をにこやかに見守りながら、ヤクモはディアの好みを聴くことを忘れていたのを思い出していた。
「ま、地竜ですから、大方土辺りでしょうかね。上質な物を用意しておきましょう。」
ヤクモはすぐに正解の予想を立て、自身の所有する家庭菜園用の土地から、非常に肥えた上質な土を、その場所に有る木々を操り持って来させる様にした。この時ヤクモ操る木々が土を持って街中を歩いている光景に、少しばかり街が騒ぎになった事は言うまでも無い。
「グルオオオオ!」
「うおお、凄ぇ…!」
ディアとレンは、署内の穴の空いた場所を修復していた。土操導術では土その物は作れない。土を創る土生導術は禁止されている。その為に、ヤクモが夜の内に手配したコンクリート材料を操って穴を埋めるのである。既に材料の所有権をヤクモからアキトに移してある為、適量をアキトが召喚し、それをレンとディアに使って貰う方式を採っていた。
「レン君、何が凄いんですか?」
「アキト、こいつ天才だぜ。まさかこんなに早く上手に修復出来るなんて思わなかった。」
アキトが見ると、空いていた筈の穴は既に無かった。ディアはコンクリート材料を食べると、そのまま穴の所を塞ぐようにして吐き出しているのだ。アキト達の護衛の警察官も、興味津々にその光景を見ていた。
「土導術は、何もない所に何かを新しく造るよりも、こんな風に壊れた一部分だけ直すのが難しいんだ。特に新しい部分と古い部分の間の接合部が難しくてな。上手くやらねぇと簡単に取れちまうんだ。でもこいつは凄ぇ頑丈に繋がってる。」
「そうなんですか。」
「それだけじゃねぇ。通常、建物の一部を修復する場合、上手く繋げても大体接合部はわかるんだ。舗装された道路の修理と同じでな。色が変わるし多少の凹凸は出来るんだ。継ぎ接ぎっぽくな。だがこれを見てくれ。何処までが修理した部分かが全然わからねぇ。これは相当の技術力を持った職人クラスでなきゃ出来ねぇ仕事だ。少なくとも俺は、爺ちゃん位しかここまで凄ぇ綺麗に修理出来る人間を知らねぇ!」
実際、土導術での修復の仕上がりは、個人の技量が大きく関わる。訓練を積めば、修復自体は問題無く行う事は出来るのだが、ディアの様に、繋ぎ目がわからない位に綺麗に修復するというのはかなり難しく、相当な才能と努力があって出来るような芸当なのだ。それを難なく行う事からも、ディアの技術力の高さがわかる。
「導物が特定の導術に特化しているとは聞いていましたが、本当に凄いんですね…。」
「ディアちゃん、凄いです!」
「キュフフ、キュイッキュ!」
アキトやシルバーナの言葉に、ディアは誇らし気に吼え、アキトとシルバーナに擦り寄る。褒めて欲しいのだと気付いたアキトやシルバーナが、ディアを誉めて撫でると、ディアは嬉しそうに声を出し、更に張り切って修理の続きに取り掛かる。
「この分だと、俺が居なくても良さそうだな…。と言うか、俺がやると仕上がりの差が酷くて文句言われちまうかも…。」
「そんなになんですか…?」
「ああ、俺もそこらの奴よりは多少、土導術の技術力は有るだろうって自負してんだが、その俺がかなり自信を無くす位には凄ぇぜ。」
自信を無くしたと言っている割に、レンは機嫌良く笑っていた。
「その割には元気ですね。」
「おうよ!舐めんな!俺は、多少自信を無くした位でメソメソする様な、そんな小せぇ男じゃねぇ。他の奴の実力に負けてたって、それは俺が悪ぃんだし、嘆いて実力が付くんなら苦労しねぇからな!嘆いている暇があったら訓練しろって叔父さんもよく言ってるぜ!」
「そうですね。その通りです。」
アキトの肯定に気を良くしたレンは親指を立ててウインクする。
「ガッハッハ!ディアに導術の実力で負けても、俺は寧ろ楽が出来てラッキーって奴だぜ!」
「それはレン君も訓練にならないんじゃ…。」
「大丈夫!上手い奴のやり方を見て学ぶのも、訓練の内だぜ!」
「そうかも知れませんが…なんか納得行きませんね…。まあ、此処は僕達が壊したから、僕達が直すのは道理なんですけどね。」
レンに上手く言い包められたアキトは、少し首を傾げる。
「そう言えば土導術の技術って、見ていて分かる物なのですか?僕の召喚導術は、転移召喚は発動が一瞬だし、創造召喚は人それぞれの個性が強く出るので、基本的に自分で繰り返し訓練して感覚を掴むしか無いんですが。」
「ああ、そうだな…。土の動かし方とかに術者の癖が出るんだ。導子の込め方や操作の仕方とかで、対象の鉱物の挙動が変化するからな。効率の良い土の固定化や流動化には、こんな動かし方が良い、とかが有るんだぜ。」
「なるほど…。ちなみに、ディアはどんな感じなんですか?」
アキトは、自身の分野外では有るが、土導術の事について勉強しようと思っていた。これからディアと一緒に暮らして、あわよくばディアの力で土木作業などのアルバイトをしようと企んでいたのだ。(別に悪い事では無く、導物使いであれば当然の考えである。)その為、参考のためにディアの力をよく知っておこうと、アキトはレンに尋ねた。すると、レンは少しばつが悪そうにアキトから視線を逸らす。
「…凄すぎて、逆にわかんねぇ。」
「え…?」
「いやな、俺も良く見ていたんだぜ?でもな、ディアは凄すぎて、俺にはその技術力を、その…なんだ…上手く説明出来ねぇんだ。」
「それじゃ、術を見て参考に…。」
「全くならねぇ。」
「…駄目じゃん。」
レンに軽くツッコミを入れたアキトは、近くで項垂れる土狼を見る。その土狼はアキトに気付くと申し訳なさそうに鳴いた。不甲斐ない主人で申し訳無いと、そう言っているように見えた。
「ほら、あの子もなんか申し訳なさそうにしてますよ。」
「大丈夫だぜ。自慢じゃねぇが、こんなの日常茶飯事だからな!」
「それは自慢にならないですよ…。」
「クゥ〜ン…。」
土狼の嘆きが、ただ虚しく廊下に響いていた。
「まさか五分ちょっとで全ての修復が終わるとは…。」
「ディアってもしかして、かなり凄い?」
「ディアちゃんは凄いです!」
「キュルルキュイッピ!」
ディアの土導術は速く、的確に壊れた箇所を修復して行った。並の土導術使いなど目も当てられ無い位に直して行くので、レンの出る幕は全く無かった。そして、思っていたよりも早くに修復が終わってしまった為、一足早く元の部屋に戻る事にした。
「おや?もう終わりですか?」
「はい、ディアが頑張ってくれたので、思っていたより早く終わったんです。」
「それは良うございました。…その口振りからすると、やはり若様は役に立ちませんでしたか…。」
「え…いや、それは…。」
ヤクモの言葉に返す言葉を思い付かなかったアキトは言い淀む。ヤクモはこの結果を予想していたのか、態とらしく溜息をついた。
「それは違うぜ!俺が役に立たなかったんじゃねぇ!ディアが役に立ち過ぎたんだぜ!」
「若様?事実なのかも知れませんが、若様が胸張って言える事では有りませんよ?」
「友の活躍を心から喜べないなんて、そんな狭量な人間にゃなりたくないぜ!」
「はぁ…何時の間にこんな減らず口が叩けるようになってしまわれたのか…。」
レンの言葉に、教育方針を間違ってしまったのではと少しだけ後悔するヤクモであったが、気を取り直す。
「まあ、今回は宜しいでしょう。但し、若様?この後の街の修復ではしっかりと仕事して頂きますからね?そちらの方は、本当に私達が破壊してしまったのですから。」
「わ、わかってるぜ!」
「修復が終わったらすぐに訓練に移りますよ。覚悟していて下さいね?」
「うぐ…。だ、大丈夫だぜ…。」
ヤクモのスパルタ訓練を身に染みてわかっているレンは戦慄するが、自ら決めた事であり、何より大切な友の為と有れば、それを拒否するつもりは毛頭無かった。
「ディア様は若様と共に行動して引き続き街の修復をお願いします。本来なら、導物使いの資格を持たない若様のみでは、ディア様と一緒に行動すべきでは無いのですが、カスミの口添えで特別許可が降りましたので、心配は御座いません。」
「キュキュ!」
「さっすが叔母さん!権力最高!」
「…カスミ先生って、凄いなぁ…。」
アキトは、カスミの権力に呆れるばかりであった。
「ヤクモさん。ディアも街の修復に付き合って貰うとして、僕やルビィは…。」
「昨晩お話したように、アキト様とシルバーナ様は私と共に屋敷に移動し、生活に必要な物を選んで頂きます。その際にそれらの所有権を、アキト様にお譲り致します。」
「そうですね。そうしたら、後は召喚術で配置すれば良いだけですからね。」
召喚術は、狭い所に重い物を運び込む際に非常に役に立つ。本来なら解体しなければ通せない所も関係なく、持ち上げて運ぶ労力も要らない。召喚場所に充分な空きさえ在れば良いからだ。
偏見の目がある為に未だに少数派だが、召喚術を利用した引っ越し業者も有り、梱包要らず、トラック要らず、人手要らずの為に格安なサービスを提供出来るとして、偏見とかに構っていられない貧乏人の間では重用されている。アキトは転移召喚が得意である為、将来の就職先の候補に入れている。
しかし、全財産を一時的に他人に預ける必要がある為、導術追跡機が実用化される前には、それを悪用して人の財産を根刮ぎ奪う事件もあった。それもまた、召喚術が毛嫌いされる一因となっている。
「はあ〜やっぱ召喚術って便利だよなぁ…。」
「何度も言いますけど、夫々の導術に良い所が有るんですよ。僕だって、土導術は壊れた壁やガラスを直したり出来るから便利だなぁって思っていますよ?」
「まあ、隣の芝生は青く見えるって奴だぜ。それに、これからはディアが居るから、単純な構造物なら壊れた物も直して貰えるじゃねぇか。」
「ああ、ディアに直して貰えば良いんですね!盲点でした!」
アキトはレンに指摘されて、ディアの土導術が非常に高性能である事、高導物であるから人の言う事を理解し、直したい物を直せるだけの知能を有している事を思い出す。
導術使いは、ライセンスが有れば導術を使ってお金を稼ぐ事が出来る。今は学生である為、勝手な商売は禁止されてはいるが、自身の所有物を修復する程度の事に導術を使う事は禁止されてはいない。なので、アキトはディアに命じて物の修復をさせる事が可能である。
「ディア!僕は君に会えて本当に良かったですよ!これからもずっと僕達の側に居てください!」
「キュキュ!」
「ありがとう!大好きですよ!」
「キュイキュイ〜!」
アキトは思わずディアに抱き着き、頬擦りをする。ディアは嬉しそうにアキトの顔を舐める。
(お金が節約出来るからって、その態度の変わり様はどうかと思うぜ…アキト…。)
レンはアキトのあからさまな態度に若干呆れていた。
「アキト様?お話の続きをしても宜しいでしょうか?」
「ああ、すみません。つい、舞い上がってしまいました。」
ヤクモの言葉に、アキトは正気を取り戻し、また話の続きを始める。
「引っ越し作業が終わりましたら、次はコウガ様の入院している病院に行きましょう。」
「そうですね。先生のお見舞いと、後は強くなる為にどうしたら良いか聞かないと、ですね。」
「私も、あれからコウガ様に御礼を申しておりませんので、この機会にしっかりと御礼を述べたいです。」
ヤクモの言葉に、アキトとシルバーナは頷く。
「それが終わりましたら、今日はアキト様やシルバーナ様は良くお休みになられて下さい。昨日も一昨日も大変でしたからね。訓練は明日から、若様がいつも訓練なさる場所が有るので、そこで行いましょう。」
「わかりました。」
「無理は禁物、良いですね?」
ヤクモは念を押す。アキトやシルバーナが無理をし易い事は良くわかっているので、少ししつこい位が良いと判断していたのである。
「学園が始まったらどうしましょうか。」
「そうですね…。取り敢えず、学業は疎かにしないで下さい。訓練も大事かも知れませんが、アキト様の将来の為にも、そこは犠牲にして頂きたく有りません。」
「そうですか。じゃあ、訓練する時間の為に…アルバイトも全部辞めますね。」
「カスミも言っていましたが、費用の事は此方で何とかしますので、アキト様は学生の本分を全うして下さい。」
「わかりました。今日にも辞める事を伝えて来ます。」
本当は、マコトの家庭教師のアルバイト位は残しておきたかったが、学業に加えて自身が強くなる訓練、シルバーナやディアの面倒を見る事などを行いながらは流石に厳しいと感じていた為、この機会に全てのアルバイトを辞める事に決めた。
(寂しくなりますね…。)
アキトは、マコトとその母のヒョウカには少しの間ではあるが非常に良くして貰っていた為、会えなくなる事を非常に残念に思うが、家族の為と割り切る。
「それでは、準備が終わりましたので、そろそろ食事にしましょう。アキト様とシルバーナ様には野菜のフルコース料理を、ディア様には腐葉土を用意しています。」
「ディアの食糧の内容を伝えていないのに、よくわかりましたね。」
「なんとなく、そうなのではないかなと思いましたので。」
「流石です。とにかく、食事の用意ありがとうございます!」
アキトはヤクモに感謝した。タダで御飯にありつけるからである。
「ヤクモ様の野菜、楽しみです!」
「キュイキュイ!」
シルバーナとディアも感謝した。純粋に好物だからである。
「…野菜ばっかなのに、良くそんなに嬉しそうだよな…。確かに、叔父さんの育てた野菜は市販のより断然美味いけどさ…。」
「若様はもっとアキト様を見習って、好き嫌いを無くして下さい。大旦那様に似てお肉が好きなのはわかりますが、栄養が偏りすぎですよ。」
「…炭水化物と野菜ばかりもどうかと思うぜ?」
「植物性たんぱく質の豊富な大豆を存分に使っていますし、胚芽付き米と雑穀を合わせて炊いた御飯は炭水化物以外の栄養素も豊富なのです。バランスもちゃんとわかって作っていますからね?」
「精進料理は力が入らないんだぜ…。」
レンは力無く肩を落とす。肉が大好きなのだが、ヤクモが親代わりなので、その食生活は野菜が多い。それでも何とか強請って肉料理を作って貰ってはいるが、その分野菜を多く食べる事を強要されるために、少々野菜に辟易していた。
(はぁ…美味しそうな野菜です…。)
目の前に用意されていく料理に目移りしながら、はしたないと必死に堪えていたシルバーナではあったが、いい加減腹の虫がパレードを起こしそうになって来ていた為に、ヤクモを懇願するように見上げる。
「あの…ヤクモ様。…もう頂いても宜しいでしょうか?」
「ああ、はい。シルバーナ様、どうぞお召し上がり下さい。アキト様とディア様もどうぞ。」
「「いただきます」」
「キュルピピィ!」
ヤクモの許可を得たアキト達は一斉に食事を始める。シルバーナやディアは、食事の美味しさに顔をだらしなく弛緩させていた。アキトは勿論、お腹一杯に野菜を詰め込み、少しでも食費を浮かせる事に腐心していた。
「「ご馳走様でした。」」
「キュキュルッピ!」
「お些末様です。」
アキト達が十二分に食事を堪能すると、ヤクモは後片付けを始め、すぐに終わる。木導術を利用するそれは、複数の植物を利用する事により、まるで何人もの手伝いがいるかの如き速さで片付けを行えるのである。
「さて、それでは食後休憩の後に行動を始めましょう。ディア様と若様はこの地図に印の有る所を直して下さい。材料は木に運ばせますので、受け取ってそれを使ってください。」
「わかったぜ!」
「キュキュ!」
ヤクモの言葉にレンは元気よく肯定する。
「連絡は怠り無くお願いします。今度はしっかり働いて下さいね、若様?」
「善処するぜ!」
「キュキュイッピ!」
「…少々不安ですが、仕方ありませんね…。」
調子の良いレンに、ヤクモは苦笑いを浮かべる他になかった。
「アキト様とシルバーナ様は、私と共に大旦那様の御屋敷に来て頂きます。」
「わかりました。」
「よろしくおねがします。ヤクモ様。」
ヤクモは、アキト達の返事には満足そうに頷いた。
「アキト様とシルバーナ様の言葉には、私は不安を抱きませんね。」
「それ、遠回しに俺が頼りねぇって言ってねぇ?」
「正にその通りですよ。若様。」
「ひでぇ……。」
ヤクモの言葉に、レンは大袈裟に落ち込む振りをする。
「演技しなくても良いですよ。どうせ全然堪えて無いのでしょう?」
「ま、叔父さん相手じゃ流石にバレるか。」
「当たり前です。何年あなたの父親を務めていると思っているのですか?ただ、若様にはもう少し堪えて頂きたい所なんですけれどね…。どうしてそう気にせずにいられるのか…。」
「しょうがねぇぜ!そいつが俺だぜ!気にしたらそこで負けだぜ!」
ヤクモは本気で溜息を吐く他に無かった。
「おい、あれ見ろよ。」
「お?噂の英雄殿と姫様じゃねぇか。」
「英雄殿ねぇ…。召喚術使いで導族貴族守っただなんて、あいつアビス王国の手下かスパイなんじゃねぇの?」
レン、ディアと別れたアキトは、ヤクモとシルバーナと共に学園長の屋敷に来ていた。周囲からはヒソヒソと話し声が聞こえる。
「チッ!昼間っからイチャイチャしやがって全く羨ましい!」
「何、お前あんなのが趣味なの?」
「お前には獣娘の良さがわからんのか…嘆かわしい…。」
「いや、獣娘って言う割には獣成分は角と羽と尾だけじゃね?ケモナーレベル低すぎだぜ。俺はもっと毛深くて動物顏じゃ無いと萌えないんだが。」
「そっち⁉︎まさかの上級者⁉︎」
学園長は私用で家を空けていたが、寮生が既に何人か引っ越して来ており、彼らがやって来たアキト達の事を噂していたのだ。中には心無い言葉を放つ者も居た。それを聞き付けたヤクモはアキトに問う。
「アキト様、注意致しましょうか?」
「いえ、僕の勝手で此処に居るんです。その上、変に注意すれば更なる反感を買います。多少変な噂をされる位、僕は気にしませんよ。ルビィは大丈夫ですか?」
「私には、お兄さんが居ますから。」
アキトはシルバーナが大変であればお願いしようと思ったが、シルバーナはアキトさえ居ればどんな罵詈雑言も馬耳東風が如く気にしない自信があった。その堂々たる顔を見たアキトは、彼女が強くなった事を喜ばしく思う。
「なら、大丈夫です。」
「アキト様もシルバーナ様も、お強いですね。」
「いえ、レン君には負けますよ。」
「…それはそうかもしれませんね。」
アキトの冗談に、ヤクモはなんとも言えない微妙な表情を浮かべる。
「さあ、早く行きましょう。時間が勿体無いです。」
「承知しました、アキト様。」
ヤクモは屋敷の奥に進み、アキト達を案内した。そして、倉庫に辿り着くと、そこに貯蔵して有る物を全て取り出し、部屋に広げる。それなりに値が張りそうな、かなり良い状態の様々な家具や器具が、所狭しと並んだ。
「さあ、ここから好きな物を好きなだけ選んで下さい。その全てを差し上げます。」
「え……これ全部、貰って構わない物なんですか……?」
「ええ、どうぞ。」
「ええ……本気ですか……信じられない……まだどれも……新しそうなのに……。」
アキトはヤクモの言葉に目を丸くする。今までアキトは実家の近場の不法投棄場所から辛うじて使える物、殆ど壊れかけのゴミのような物を嬉々とし漁っていたのだ。つまり、タダで得る物イコール壊れかけの使い古しの物だと思っていたアキトにとって、新品同様の物を貰うと言う事自体が信じられないのだ。
「こんな……こんな事って……うう……。」
「お兄さん!お気を確かに!」
「ええ⁉︎どうかなさったのですか?何か問題が⁉︎」
アキトは泣いていた。感動の余り泣き崩れたのだ。こんなにも沢山の新品同様の物をあげると言ってくれるヤクモが、まるで天使の様に見えた。既に上質な布団も貰う約束もしているアキトは、何とかしてこの礼をしたいと強く思う。
「あ、有難うございますヤクモさんーーーー!」
「はい?」
「まさか、まさか新品同様の物がこんなにも、タダで!タダで!ターダーで!貰えるなんて!感動と感謝で言葉に出来ません!」
「え?な、何故?」
「うう……。僕は、僕は今まで、壊れかけの使い古しの物しか、自分の物を得た事が無かったんです!だから、嬉しくて、嬉しくてーーーー!」
「ああ成る程…って、何ですかその酷い状況は…。」
「だから!何か御礼をさせて下さい!何か手伝わせて下さい!こんなに沢山の物をタダで貰うのは美味しい話過ぎて却って怪しいですーーーー!」
「アキト様、取り敢えず落ち着きましょうね。」
「うぐ、ひっぐ、はい…。」
余りの(アキトにとっては)衝撃的過ぎる内容に、錯乱して泣き出したアキトをヤクモは宥める。シルバーナはどうしたら良いか分からず、ただオロオロし、目に涙を浮かべる。ヤクモは、予想外すぎる不意打ち修羅場に、顔には出さないがかなり困惑していた。
「ほら、しっかりして下さい。シルバーナ様が困って泣き出しそうですよ。」
「あ…ああ、はい、そ…そうですね。すみません、取り乱しました…。」
「お兄さん…うう…大丈夫ですかぁ…?」
シルバーナの泣き顔を見て、シスコンパワーで何とか復活したアキトは、取り敢えず深呼吸して気分を落ち着かせる。
「心配かけて済みませんでした…。何分、予想外過ぎて…。」
「…そんなにも、物を貰う事に感動したのですか?」
「はい。何の対価も支払わず、一度にこんなに物を貰える機会なんてあり得ないって思っていましたから…。そうじゃ無くても、あの布団を貰えるだけでも感動していた所なのに、その上こんなにも…。」
アキトは再び目を潤ませる。ヤクモはまた泣かれるのは不味いと感じる。
「アキト様、大丈夫ですよ。これは御礼も兼ねているのですから。アキト様に差し上げたいって思った物なのです。アキト様は受け取って当然なのですよ。」
「御礼…。」
「そうですよ。だから、アキト様は別にこれに対して負債に思う事は何も有りませんよ。」
「はい…本当に、有難うございます…。」
アキトは溢れる涙を堪えつつ、唯々ヤクモに感謝した。ヤクモは唯々困っていた。
「とにかく、欲しい物をお選び下さい。時間を無駄には出来ませんよ。ここに有る物よりも、お金で買えない時間の方が貴重なのですからね。」
「…そうですね。わかりました、有難うございます。」
やっとの事で納得したアキトは、シルバーナと共に物色を始める。有難や有難やと拝みつつ、時折ヤクモに御礼を述べながら物色する姿は異様であった。そして半刻の後、アキトは貰う物を粗方決め、ヤクモに向き直りお辞儀をする。
「本当に、有難うございました。こんなにも沢山の物を頂いてしまって…。」
「私からも御礼を申し上げます。ヤクモ様、本当に有難うございました。」
「もう充分に感謝の気持ちは伝わりましたから…。お願いしますからもうお止め下さい。」
もう何度目になるかわからない御礼を述べるアキトに、ヤクモもまた何度目になるかわからない懇願を返す。
(本当なら、ここに有るの全部差し上げても構わないのですが…。)
ヤクモはアキトの選んだ物を確認する。生活必需品を最低限しか揃えず、なるべく古そうで安そうな物ばかりを選んでいるのを見て、ヤクモは心の底からアキトを憐れんでいた。
(もし全部差し上げるなんて言ったら、アキト様が失神なさるやも知れませんね…。何か御礼をしたいとアキト様が言うのも、やっとの事で抑えて頂いたんですから、これ以上は何も言わない方が良いでしょうね…。)
アキトは兎に角、自分が得する事に慣れていない。何か利益が有れば、何かで返さねばならないのが当然と考える。だから、返す事が難しく成る程の高額の物は、貰う事に対してかなりの心労を伴う為、新品の様な物を貰うことに忌避感を感じるのだ。
今回、先に貰う事を確約した布団と合わせ、かなりの高額(飽くまでアキトにとって)の物を新品同様な状態で貰えるという事で、アキトの頭は既にショート寸前であった。目の焦点が合っていない程である。
(まさか、物を差し上げるのにここまで苦労するとは、思っても見ませんでしたよ…。アキト様が貧乏である事はわかっていましたが、価値観がおかしくなる程とは…。)
ヤクモは心の中で溜息を吐く。アキトがまるで盲目に崇拝するかのような虚ろな目で見つめてくるため、逆に居た堪れなくなっていた。
「アキト様。何度も言いますが、時間を無駄には出来ません。私は充分にアキト様の感謝の言葉を受け取っております。これ以上御礼をされても却って逆効果ですし、時間が勿体無いですよ。」
「あ…はい…。」
「もしも、本当に私に御礼をしたいのであれば、私の頼みを聞いて下さいますね?」
「勿論ですよ!それは何ですか?」
「あなた方が早く引っ越しとお見舞いを終え、ゆっくりと休んで体調を整え、明日からしっかりと訓練をして頂く事です。宜しいですね?」
「……はい!有難うございます!」
ヤクモはアキトを柔らかく諭す。その笑顔はとても優しく、口調は穏やかであった。アキトはヤクモの気遣いに心からの感謝を述べ、笑顔を見せた。その顔を見て、ヤクモは満足そうに頷いた。
「それでは次の行動に移りましょう。昨日決めたアパートに引っ越しの作業を行いに行きますよ。」
「はい!」
「私も頑張ってお手伝い致します!」
ヤクモの声に、アキトとシルバーナは元気よく返事をした。
アキトは貧乏学生設定ですが、少々度が過ぎてしまったのでは無いかと今更ながら後悔しています。
学園の費用は、基本的に奨学金制度を利用し、更に幾つもアルバイトを掛け持ちして保たせて来ました。普段から節約を意識し、余ったお金は実家に送ると言う生活をしているので、貯金はほぼ零、ギリギリの生活を強いられている…と言う事ですが、バイドンやカスミから支援金が入って来るのと、食料はヤクモから恵んで貰えるので、貧乏描写自体はもうこれからは無くなります。
ただ、アキトは根っからの貧乏性なので、色々な所でそのケチ根性を発揮する事になって行きます。




