表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
61/132

第24話

「さて、今日の所は、この辺りで解散しましょうか。」

「そうですね、もう夜も遅いですし。」


キツネの提案に、アキトは賛成する。自分達は大丈夫だが、シルバーナが少し眠そうにして来たのを見て、夜もかなり更けて来た事を感じていた。成長期における夜更かしは成長に悪影響を及ぼす為、早めにシルバーナを寝かしつけたいとアキトは思う。


「それでは、私はこれで失礼しますねぇ。ああそうです、シルバーナさんの導術の事がもしまた誰かにバレてしまった時は連絡を下さい。私の方でまた情報操作して揉み消しておきますので。ただ、私にも限界は有るので、なるべく頼り過ぎないで下さいね。」

「重ね重ね済みません。キツネさん、有難うございました。」


アキトは最早、苦言を呈さない。他人の事を言えないからである。キツネが先程見せた普通の笑顔は、もう既に胡散臭い笑顔に変わっていたが、アキトはもう以前程の嫌悪感を抱けなかった。


「キツネ様、余り御無理をなさらないで下さい。もし私の秘密が本国で公に知られ…アビス王国に戻れなくなってしまったとしても、その時には私はこの国で一生を過ごす覚悟ですので、大丈夫です。」

「ルビィ…。」

「お兄さん、私の事で心配なさらないで下さい。寧ろ…私の為に他の誰かが大変な思いをする方が耐えられません。」

「…わかりました。ですが、僕もあなたばかりに負担を与えたくは有りません。なるべく本国に帰る事が出来る様に、あなたの秘密を人の目に晒さないように心掛けますからね。」

「…はい!」


アキトとシルバーナは、互いの想いを汲み取った。互いに互いを想いやり、互いの為に苦労を分け合い、背負い合う覚悟を誓い合った。


「ンッフッフッフ。お二人共、お似合いのカップルですねぇ。結婚式には是非、私も呼んで下さいねぇ?」

「はあう⁉︎」

「キツネさん、揶揄わないで下さいよ。ルビィが困っているじゃ無いですか。」

「…はうぅ…。」


アキトの気の無い呆れた返事に、シルバーナは軽く凹む。キツネは思わず胡散臭い笑顔が崩れ、代わりに苦笑いを浮かべてしまう。


(やれやれ…とんだ鈍感天然すけこましですねぇ。はっきりと私から伝えるべきでしょうか?いえ、流石にこれ以上はお節介の焼き過ぎで逆効果でしょうねぇ…。シルバーナさん、あなたの頑張りにかかっています!ファイトですよ!)


キツネは心の中でシルバーナに声援を送りつつ、胡散臭い笑顔で全員に挨拶をすると、部屋を出て行った。そして、キツネが出て行くのを見送ると、今度はカスミが口を開く。


「ワタクシは、県警本部長にアサテもとい謎の襲撃者の追跡をお願いして来ますわ。深追いはせず、得られた情報はすぐにこちらへ回す様にして貰いますわね。今の警察でも、ワタクシの言いなりになるのは、精々半分位ですので、『上』には気取られぬ様に気を付けて行動致しますわ。」

「そうですね、お願いします。カスミ先生。」

「詳細で確実な情報が手に入るまで、先走った行動は控えてくださいますわね?」

「大丈夫です。身の程は弁えていますよ。ただ、ディアには謝らないと…ですね…。」


アキトとしては、ディアの両親を一刻も早く救出したいと思ってはいたが、自身の実力では彼の組織に敵わず、却って周囲に迷惑をかける事になるであろう。そのため、アキトは自重するつもりであった。しかし、それでは両親を一番助けたいであろうディアの気持ちを裏切る事になる為、苦渋の決断ではあった。


「え…ディアちゃん、御両親の事がわからないの?」

「何だって!」


しかし、その心配は、違う形で払拭される。ディアが両親の事を覚えて居ないのである。


「元々はどこに居たのかも…良くわからないの…?そんな…。」

「キュウ…。」

「記憶…喪失…。」


聞けば、ディアはアサテの研究所に居た頃の記憶も曖昧で、それ以前の事は全く覚えていないとの事であった。訳もわからず何者かによってアサテの居る研究所から外に連れ出され、そのまま行く当てもなく彷徨っていた所、導物密猟者に捕まったらしい。


縁絶鋼を創る事が出来るのを知った密猟者は、縁絶鋼を創ればエサをやると言ってディアを躾け、それをキタカタに高額で売ったのだそうだ。アサテの事もほとんど覚えていなかったが、その姿を見た途端に、とにかく恐怖が湧き出てきたのだと言う。


(おそらく、アサテの実験の所為でしょうね…。極度のストレスなどの心因性かもしくは…薬剤の影響による健忘症…。どちらにせよ、親も分からず、たった一人で、記憶もあやふやで…、そんな不安の中でディアは…。)


アキトは、優しくディアを抱き締める。その頬には小さな地竜を思う涙が伝う。ディアは心配そうにアキトの顔を舐める。


「ごめんなさい。僕が情けないばかりに…。」

「キュイッキュ!キュイッキュ!」

「お兄さん…なか…うぐっ、泣かないでって…ひっぐ、言っでます…。」


シルバーナもディアを思い、泣いていた。


「絶対に…絶対にあなたの御両親は助けます!約束します!いつか、あなたの記憶が戻ったなら、どうか御両親と幸せに…幸せになって…。」

「キュイキュイイ。」

「お兄ざん…あ、ありがどおっで…言っでまずぅ…。うあああああん!」


健気なディアに、シルバーナは堪え切れず、大声で泣き出してしまう。アキトはシルバーナをあやしつつ、ディアを優しく撫でる。


「僕はあなたを幸せにします。必ず。」

「キュイ?キュキュイ?」

「ひぐっ、どうじて、私なんがに、そごまでしてくでるのっで、言っでまずぅ…。」


ディアの悲しい質問に、アキトは優しい微笑みを湛えてディアを見つめる。


「あなたが大好きだからです。あなたは僕の家族です。大切な家族なんです。その家族の幸せを願うのは、当たり前でしょう?」

「キュウ…。」

「遠慮は要らないです。僕は大好きなディアの為に頑張りたいんです。」

「わだじも!わだじもがんばでぃまず!」

「キュ…キュイキュイ…。」


二人の優しさに触れた孤独な地竜は、心に温かい物が溢れてくるのが分かる。自然と、目から涙代わりの砂がサラサラと流れ落ちる。


「キュ!キューイキュイ!」

「はい!わだじもディアぢぁんは大好きでず!」

「僕も大好きです!ディア!」


二人と一匹は、固く固く抱き合った。ディアはアキトとシルバーナの顔を交互に舐める。とても愛おしそうに丁寧に舐めていた。その気遣いがアキトには申し訳が無く、辛かった。


「すみません…僕にもっと力が有れば…。アサテを逃さずに捕まえて、ディアの両親ももっと早くに救出を…。」

「それは…ひっぐ、わだしのぜいでず…。わだじに…もっど力が有れば…!」


アキトは自然と、先程アサテを逃してしまった自身の不甲斐なさに後悔の涙が湧き出てくる。場の空気は重苦しくなってしまう。


「…アキトさん、シルバーナさん。泣くのはお止しなさい。勿論、敵組織の情報が手に入り、準備が整い次第、すぐに行動は起こしますわ。先の言葉も、クロ兄様に向けての言葉であって、アキトさんに向けての言葉ではありませんわよ。発見にそんなに時間は掛からない筈ですし、ワタクシ自ら捜査を急かします。きっと大丈夫だと信じなさい?」

「……はい、カスミ先生。でも僕は、悔しいです…。」


空気を変えようとして放ったカスミの気休めの言葉も、余り功を奏さなかった。


「カスミ、私なら大丈夫ですよ。来たるべき『神淵ノ端求社』壊滅作戦の為に、アキト様や若様を鍛える、という使命が与えられましたからね。御二方共、最前線に出すつもりは毛頭ございませんが、少しでも技量を上げておけば、多少なりと戦いが有利となりましょう。」

「…え?あ、はい!お願いします!ヤクモさん!」


そこで、ヤクモはアキトを勇気付けようと、アキトを鍛えると宣言する。強くなってディアの両親を救う助けになりたいと願うアキトには、願ってもいない提案であった。(本来、導術使いは戦闘訓練を受けてはいけないと定められているが、『資格を持たない素人』が『道場などを使用せずに私的に鍛える』事はグレーゾーンとして黙認されている。)しかし、ヤクモがアキトを鍛えるという事に対して、レンは顔を顰める。


「うげっ!マジかよ…。叔父さん、アキトの心が折れない様に手加減してくれな?」

「心配なさらずとも、少なくとも若様よりは見込みが有りますので、大丈夫ですよ。」

「そうか!さっすが俺が見込んだ親友だぜ!」


レンは、自分よりもアキトの方が見込みが有ると言われたのにも関わらず、気にする素振りを全く見せなかった。


「若様、御自身がアキト様より下に見られているのに、その態度は…。」

「俺は気にしねぇぜ!」

「少しは気にして下さい!」


親指を立てて笑うレンに、ヤクモは頭を抱えるばかりであった。その様子を呆れながら見ていたカスミは時計を確認すると、口を開く。


「それではワタクシは失礼致しますわ。それでは皆さん、御機嫌よう。ディアさん、シルバーナさん、若様もお元気で。」

「キュッキュ!」

「はい!カスミ様、有難うございました!」

「またな!カスミお姉様!」


始めは怖がっていたディアも、すっかりカスミに慣れた模様であった。


「カスミ、帰り道は気をつけて下さいね。」

「先生、道中は用心してください。」

「お兄様もアキトさんも心配し過ぎですわ。ワタクシは子供ではありませんのよ?」


アキトとヤクモの心配の声は、カスミには些か過保護の様に聞こえて、彼女は少しばかり不平を告げる。


「幾つになっても妹は妹です。兄として心配なのですよ。」

「全くもって同感です。妹を心配しない兄は居ません。」

「はぁ…まあ、心配して頂けるのは純粋に嬉しいので、有難く受け取っておきますわ。」


アキトとヤクモの息ぴったりなシスコン発言に、カスミは何を言っても無駄と諦め、二人に御礼を述べて部屋を出て行った。


「ああ…やっぱり私、忘れられてます…。」


一人だけ挨拶出来なかったコチヤは、哀愁漂う雰囲気で、儚い溜息を一つついた。その溜息を、他の誰もが気付かなかった。









カスミが部屋を出て行った後、ディア以外の全員が一旦席に着き、アキトはヤクモとこれからについての話をする。眠そうなシルバーナを寝かしつけたいのは山々では有ったが、少しでもヤクモと話を詰めておいた方が色々と準備もし易いと考え、シルバーナには眠くなったら寝ても良いとアキトは伝え、ヤクモに向き直る。


「それでは、明日から早速鍛錬を始めしょう。本当なら、召喚導術の事はコウガ先生に鍛えて頂くのが一番手っ取り早いんですけれど…。」

「入院なさっているコウガ様に無理をさせるのは気が引けると?ですが、もう傷は治癒系気導術でかなり良くなった筈です。呪毒の為に導術を使う事は叶いませんが、教えを乞う事くらいなら、コウガ様は喜んで協力して下さいますよ。」

「そうですね。お見舞いにも行きたいですし、その時に召喚導術で強くなる為のコツとか、有れば教えて貰おうと思います。」


コウガは、支援が主となる召喚導術の使い手ながら、最前線で戦える程の力を持っている。それはリビングアーマーの特徴(使い手が着込んで防御や攻撃ができる)の為に可能な事では有るが、通常の召喚術を用いて戦う際にも何か役に立つ技術を知っている可能性が有る。


現状、保持導子量が極端に低いアキトでは、消費導子量が非常に大きい創造召喚は不可能である為、通常の転移召喚のみで作戦に参加する事になる。その場合ではやはり運搬が主な仕事となる為、戦闘技術は重要とはならない。しかし、知っていて損は無いとアキトは考えていた。


(皆さんに頼ってばかりではいられませんからね。それに、ルビィと約束しました。必ず、強くなると。強くなって、ルビィやディアと一緒に生き抜くんです!)


アキトは心の中で決意を固める。その時、眠そうな顔を必死に直して、シルバーナが発言する。


「あの!私も強くなりたいです!私も鍛えて頂けませんか?」

「シルバーナ様をですか?そうですね…。」


ヤクモはシルバーナの願いに少し考え込む。シルバーナの得意導術、導子引導はかなり特殊な呪導術である。使い手も研究者も少ない為に情報が少なく、どうしたら鍛えられるかヤクモは見当が付かなかったのである。


「私は、導術を消す事は出来ますが、それ以外はからきし駄目です。ですので、体術を教えて頂きたいのです。」

「体術を?あなた様が?」


しかし、シルバーナの提案は、彼女の導術を鍛える事では無かった。アキトはその提案を聞いて怪訝に思う。


「ルビィ、まさかとは思いますが、自ら戦うつもりでは…!」

「……必要であれば、そのつもりです。」

「そんな!危険です!」


アキトはシルバーナの考えに反対した。幾ら敵の導術を封じる事が出来ても、まだまだ小柄な少女が、体格の違う大人の男性等とまともに戦うのは余りに無謀である。


「……私は、エミリオとの戦いの時、操られていた方に捕まって、アキトお兄さんの足を引っ張りました。」

「あれは僕の判断ミスです!あなたの所為では有りません!」

「『日出ヅル処ノ天子』との戦いでは、足手纏いになる為に、一人で先に逃げざるを得ませんでした。」

「それは、相性の問題で……。」


シルバーナは、これまでの戦いにおいて、蚊帳の外に居ざるを得ない状況があった事を後悔していた。導術を防ぐ事は可能であるが、それでも相手の体は動く。そして、力で劣るシルバーナは、簡単に組み伏せられ導術を使わずとも殺される。アキトの召喚術で逃がせば良い事では有るが、一瞬でもタイミングを逃がせば、手遅れになる可能性は充分にある。


「もし、私がこの体で戦う事が出来たなら、もっと状況は変わったかも知れません…。」

「ルビィ…。」

「敵を倒すとまでは言いません!ただ、少しでも攻撃から身を守る事が出来たり、時間を稼げたり、逃げたり出来れば、アキトお兄さんはもっとやり易くなると思うんです!」


アキトは考え込む。確かに、シルバーナ自身が強くなる事で、彼女の安全を気にかける必要が少なくなる。導術の特性上、どうしても最前線に出なければならない彼女は、危険な目に遭う可能性が高い。少しでも自分を守る技術、逃げる技術を覚えておく事が、アキトの召喚を間に合わせる時間を稼ぐ事に繫がるのである。


(わかっては…いました。ルビィが自衛が出来れば、いざという時に召喚が間に合う可能性が高くなります。でもそれは…今まで以上に危険な事を、彼女に強いさせる事に…。)


アキトはシルバーナと自身を利用したキツネの顔を思い出す。シルバーナ自身が強くなる事、それは即ち彼女の利用価値が高まり、より危険な任務にも駆り出される可能性が高まる事を示す。よりギリギリな状態で戦う事を強いられる事も、無いとは言い切れないだろう。


(ヤクモさん達が、そんな事をするとは思っていませんが…。)


ヤクモ達がそのような危険な目に、シルバーナを進んで晒すだろうとは思わない。しかし、もしもヤクモ達が窮地に陥った時、シルバーナが危険を冒せば助けられる可能性がある時、自分は果たして、ヤクモ達を見捨てられるかと疑問に思う。


(他ならぬ、僕自身が…ルビィを…!)


アキトの気持ちは全てを願う。誰かを切り捨てるなんて、考えられない。故に、シルバーナが危険な目に遭う事と、ヤクモ達の命とを天秤に載せて、恐らくヤクモ達の命の方に傾かない事は無い。そしてそれは、シルバーナも同じであろう。見知らぬ寮生達の命の為に、自身の命を懸ける様な事を平然とやってのけたのだから。


「アキトお兄さん…。」


辛そうな顔をするアキトを労わる様に、シルバーナはアキトの手をとって、自身の手と重ねる。


「ルビィ…。」

「お願いします…。私は強くなりたいのです。お兄さんの役に立ちたいのです。お兄さんと一緒に戦って、一緒に生き抜きたいのです!」

「……あなたが強くなれば、それだけ危険な目に遭う事が、いえ…僕があなたを危険な目に遭わせる事が増えるのかも…知れないのですよ?」

「構いません。その様な状況になった時に、生き残る為に強くなりたいのです。そして、それだけの危険を冒せると言う事が、他ならぬお兄さんの役に立つというのなら……私は本望です。」


アキトはシルバーナの綺麗な瞳を見つめた。シルバーナはアキトに至近距離から見られて興奮するが、紅潮しながらも視線を外す事は無かった。その決意の固さを、アキトに知って欲しかったのだ。


(はぁ、やっぱり弱いなぁ…僕は…。頼ってばっかりです…。)


アキトはシルバーナの意思に負けた。薄々気付いてはいたが、アキトは自身が思った以上にシルバーナに対して甘い事を認めざるを得なかった。


「わかりました。僕の負けです。」

「お兄さん…。有難うございます!」

「いえ、礼を言うのは僕の方です。有難う、ルビィ、大好きです。」

「ひゃい⁉︎わ、私も大好き!って、ひゃわあああ⁉︎」


アキトはゆっくりとシルバーナを抱き寄せ、しっかりと強く抱き締める。シルバーナは思わぬ至福に奇声をあげつつ、顔はだらしなくにやける。アキトからは見えないので、にやけ放題であった。思わず告白気味の返答をする程に混乱していたが、すぐにそんな事はどうでも良くなった。


「キュピッキュキュー!」

「ディア?」

「……は!昏倒しかけていました!」


ディアがアキトに話かけて来た事で、意識が向こう側へ行きかけていたシルバーナは正気を取り戻す。


「キュッキュ、キュッキュ、ピッピ、ピキュー!」

「ディアちゃんも強くなって、御両親を助けたいそうです!」

「ありがとう、ディア。お言葉に甘えますね。それではどうしましょうか…ディアは土導術が得意ですよね…。」


ディアは地竜である為、土導術に対する適正が非常に高い。土導術の使い手と聞いて、真っ先にレンの事を思い付くが、彼も強くなろうとしているのに、迷惑はかけられないなとアキトは考える。そんなアキトの様子に気付いたレンが、おもむろにアキトに話しかける。


「もしかしてアキト。お前、まぁ〜た俺に遠慮してんじゃねぇだろうな?」

「だって…レン君だって自分の鍛錬が有るのに…。」

「だぁってもさってもねぇぜ!俺は構わねぇよ。むしろ、導術の練習相手が欲しかったんだ。地竜だったら不足ねぇぜ!」

「……有難う、レン君。」

「気にすんな。俺とお前の仲じゃねぇか。」


レンの心遣いが嬉しくて、アキトは微笑む。レンは歯を見せて笑いながらウインクした。


「キュピッピキュ!」

「レン様、ディアちゃんがよろしくお願いしますって言ってます!」

「おうよ!宜しくなディア!あと、嬢ちゃんも俺の事は様付けじゃ無くて良いぜ!レン兄ちゃんって呼んでくれ!」

「え?あ、えっと…。」


レンの言葉に、シルバーナは少し遠慮する。どうしようか迷って、アキトを見る。


「ルビィ、大丈夫ですよ。」

「は、はい!宜しくお願いします!レンお兄さん!私もルビィで構いません!」

「がはは、おうよ、そう来なくっちゃ。これから宜しくな、ルビィちゃん。」


レンはシルバーナとしっかりと握手を交わした。


「しっかし、アキトもそうだが、ルビィちゃんも堅いなぁ。もっと子供らしくしようぜ?」

「え?いえ、それは…。」


レンは、シルバーナの喋り方が小学生位の子供にしては堅い口調である事を気にしていた。しかし、シルバーナとしては、年上の人の対して無礼な言葉を使う事は憚られた。バイドンは礼儀作法に拘らなかったが、将来公の場で余り無礼の無いように言葉遣いだけは気をつけるよう様に教育していたのである。


「レン君。今までずっとこの調子で話していたんです。それを急に変えるのは大変ですよ。」

「そうかぁ?」

「ええ、そうです。段々慣れて行けば良いんですよ。」

「ふ〜ん、そんなもんかねぇ。」


釈然としないレンに対して、ヤクモは逆にレンに対してその言葉遣いを注意する。


「若様は、逆に余りに馴れ馴れし過ぎです。もう少しアキト様達を見習っては如何ですか?」

「叔父さん。俺は言葉遣いなんて言う、人の表面を取り繕うだけの技術に興味はねぇ。」

「はあ…変な所まで大旦那様に似てしまわれて、嘆かわしいですよ…。」

「ちゃんと場所は弁えるさ。別に好き好んで相手を不快にさせる気はねぇよ。ただ、それで相手を誤魔化せるなんて言う、馬鹿げた妄想を信じていないだけだぜ。」

「レン君…。」


アキトはレンの考え方に感心した。レンは、偽りでは無い、剥き出しの自分を見せる事が、相手への敬意であると考えているのだ。それが正解かどうかはわからないが、少なくともアキトはそれに共感出来た。


「俺は俺だ、誰かじゃねぇ。架空の誰かを相手に見せて、見栄を張るのは面倒臭ぇ。それでなければ付き合えねぇ、そんな関係なんざ真っ平だ。本当の俺を見てくれて、それでも付き合える殊勝な奴と、友で居れりゃあそれで充分だぜ。」

「そうですね。確かに、嘘を付かないと維持出来ない関係は、大変ですよね。」

「そうだろう?アキトは俺を見て不快か?」

「いいえ。僕はレン君の親友です。全然不快なんかじゃないですよ!」


アキトの笑顔の即答に、レンは誇らしげに胸を張る。


「がははは!それでこそ俺の親友だぜ!俺もアキトの親友になれて良かったぜ!」

「アキト様…余り若様を甘やかさないで下さい。すぐ調子に乗ってしまうので。」

「あはは…まあ、そこがレン君の良い所ですから。」


レンの様子を呆れた目で見ながら嘆くヤクモに、アキトは苦笑いを浮かべていた。


「では、決まりですね。ディア様は若様と訓練を、アキト様はシルバーナ様と共に私が練習相手を務めましょう。」


ヤクモの言葉に、アキト達全員が頷く。そして、ディアとレンは早速明日以降の練習内容について話し合う。レンとディアは直接は会話出来ないが、土狼を通訳にして会話出来る事がさっき遊んでいる時に判明したらしい。


「それでは、僕も早速明日から…。」

「アキト様、少々お待ちを。」

「何ですか?」

「明日は色々と忙しいでしょう。アキト様とシルバーナ様はお引越しにコウガ様のお見舞い、レン様とディア様は街中の壊した所の修理を、私は全焼した自然公園を修復せねばなりませんからね。訓練は明後日からで宜しいでは無いでしょうか?」

「そ、それもそうですが…。」


アキトは、自分が引っ越しの最中であった事や、街中の壊した箇所を修復する作業が有るのを思い出す。しかし、少しでも強くなっておきたいアキトは難色を示す。


「…なるべく急いで僕の方の用事は早めに終わらせます。ですので、訓練を…。」

「アキト様。少し宜しいですか?」


逸るアキトに対して、ヤクモは優しいながらも少しキツめの口調で諭す。


「アキト様。焦る気持ちはわかります。しかし、アキト様が御自身の生活を蔑ろに為されてはなりません。」

「そんな、僕は別に自分を蔑ろになんて…。」


アキトにして見れば、ディアを幸せにする事が自分の為になる、という意識である。その為の努力で、自分を蔑ろにしているという感覚は無かったが故に、ヤクモの言葉に困惑する。


「シルバーナ様やディア様と共に幸せに過ごす事がアキト様の最上の喜び、でございますよね?」

「はい!勿論です!だから、その為に僕は!」

「ならば、尚更です。これからの日常を快適に過ごす為の準備を、アキト様は怠ってはなりません。シルバーナ様やディア様と共に過ごして行かれるのでしょう?彼女達の生活をも蔑ろにするおつもりですか?」

「え?あ!」


アキトは、そこまで言われて漸く気付く。アキトは、これからシルバーナ達と一緒に過ごすのである。強くなりたいが為に、日常生活の準備を時間節約の為に怠れば、それは共に生活をする彼女達に不便させる事に繋がるのである。


(そうですよ…。僕は一人で暮らす訳では無いのです。家族が居るんです。ルビィやディアを不自由させて、辛い思いをさせる訳には…!)


アキトは自分の浅はかさに辟易とする。こんな簡単で単純な事に気付かない位に、アキト自身の心は焦っていたのである。


「すみませんでした。強くなる事ばかり考えていて、ルビィ達の生活の事を忘れていました。彼女達を不便させる訳には行きませんからね。」

「そんな…私はアキトお兄さんが居て下さればそれで充分ですから!」


ヤクモは、遠慮するシルバーナに対しても釘を刺す。


「いいえ、シルバーナ様。アキト様の言う通りです。」

「ヤクモ様?」

「もしも、あなた様が不自由で無いと主張したとしても、側から見て大変そうに思えば、アキト様は必ず心を痛められます。シルバーナ様もアキト様を傷付けたくは無いでしょう?」

「それは…はい…。」

「それに、あなた様はこれから慣れない異国の地で生活し、また強くなる為の訓練もなさるのですよ。これは大変な負担です。どんなに心は強くあっても、必ずや何処かに無理を生じましょう。そして倒れられては、他ならぬアキト様にご迷惑をお掛けするのですよ?」

「そんな!」

「それを防ぐ為には、まず生活の基盤を盤石な物にし、日々の疲れを癒せる様に準備する事が大切なのです。その方が訓練にも身が入り易いですし、心身への負担も減ります。結果的に、より良い結果に結び付くのですよ。」

「…わかりました。ご教授有難うございます。」


シルバーナもヤクモの説得に納得した。ヤクモとしては、アキト達が無理をして訓練する事は望んでいない。アキト達には幸せな日常を過ごして貰う事が一番で有り、強くなる事を一番の目的にして貰いたく無かったのだ。


(シルバーナ様も、アキト様に負けず劣らず、お人好しですからね。無理しない様に助言しつつ、しっかりと支えて差し上げないと。ディア様の御両親を救うのは、私が頑張れば宜しいでしょう。)


ヤクモはアキト達の幸せを願っていた。故に、強くなる事に拘り過ぎてしまわない様に、少々強引な理屈ながらも、アキトとシルバーナを説得したのである。


「そう言う訳で、訓練の方も無理をさせません。無理をして体を壊せば、気導術で表面上は治せても、場合によっては古傷として残る可能性が有りますからね。アキト様もシルバーナ様も、呉々もご無理なさらない様にお願いします。」

「わかりました。ヤクモさん。」

「それと、シルバーナ様の体術の訓練には、アキト様もお手伝い願えますか?」

「え…?僕が…ですか?」

「お兄さんが?やった!是非お願いします !」


アキトは、ヤクモの提案を不思議に思う。一方、シルバーナは、アキトが自分の訓練に付き合ってくれるという提案に喜ぶ。


「ええ、そうです。見た所、アキト様は体術の心得が有るのでは?私は体術に関しては素人も同然なので、シルバーナ様への稽古をつけて頂こうかと思いまして。」

「心得だなんて、そんな大した物では有りませんよ。僕は母上から体術を教わったのですが、母上のも自己流と言いますか、適当な武術を見聞きしたのを真似ただけの、型も何もない物なのです。人に教えれるような大層な物では…。」


アキトは、少しばかり戦う技術を心得ているが、それは彼の母直伝の適当武術である。道場で習った訳でもなんでも無く、増してや段位など有りもしない。故に、学園の入学条件に引っ掛からなかったのである。申し訳無さそうな顔をするアキトに、ヤクモはシルバーナをアキトが稽古をつける事の必要性を説く。


「そうですか…。しかし、だとしても、アキト様がシルバーナ様の訓練の手伝いをして頂くのは必要だと思います。その方が、連携の練習になりますから。」

「そうですね。一緒に訓練すれば、お互いのリズムや呼吸を合わせ易くなりそうですしね。」

「ええ、そうです。アキト様とシルバーナ様は、これから互いに協力して戦う事を想定して訓練すべきです。互いの長所を活かしつつ、互いの隙を守り合う、そんな戦い方を心掛けて頂きたいのです。」


アキトは、アサテとの戦いでのシルバーナとの連携を思い出す。必要な時にシルバーナを呼び出し、そう出ない時は逃がして置く。これが基本となるが、どうしても召喚直後は、事態を把握するのに少し時間が掛かる。幾ら音声で状況を伝えても、実際には確認の為に一瞬の隙は出来てしまうのだ。


「上手く連携出来れば、実力が高い導術使いにも有利に戦う事が出来ますし、逆にその連携が失敗すれば、御二方共に窮地に陥ってしまいます。そうならない為にも、あらゆる事態を想定しての訓練が必要となるのです。」

「そうですね。わかりました。ルビィ、それで構いませんか?」

「はい!勿論です!こちらからお願いしたい位ですから!」


歓喜するシルバーナをニヤニヤ笑いながら、ヤクモは続ける。


「良かったですね、シルバーナ様。アキト様に手取り足取り教えて頂けますよ。」

「え…?あ!」

「訓練には手合わせもあるでしょうから、アキト様と密着する事も有りますし、アキト様があなた様の体のあちこちを触ってしまうでしょう。ええ、それこそ色んな所を…。」

「う、うあ…。」

「距離が近いので、お互いの荒い息遣いが聞こえますし、火照る体をぶつけ合うのでしょうね。互いの上気する顔を見つめ合い、掴み合い、絡み合って…。」

「あう、あうあうあう…。」


シルバーナは妄想する。妄想して恥ずかしくなるが、止められない止まらない。呆れたアキトが話に割り込む。


「ヤクモさん!ルビィが困って居るじゃ無いですか!止めて下さい!」

「キュッキュ⁉︎」

「どうしたアキト?」


アキトの声に、部屋の角で会話していたレンとディアは驚き、何事かと気になりやって来る。


「レン君、ディア、騒いですみません。いえね、ヤクモさんがルビィを苛めるんで、我慢出来なくなったんですよ。」

「何だ、いつもの叔父さんじゃん。」

「レン君…。」


レンは何時もヤクモに弄られている為か、気に止める素振りなど全く無かった。そんな彼に話した所で意味が無い事を悟ったアキトは、改めてヤクモに向き直る。


「と言いますか、何でそんな発想に至ったのですか?」

「いえ、先日や今日の戦いで、アキト様は投げ技や固め技を使用していたので、てっきり柔術のような技を教えて下さるのかと思いまして。」

「だとしても言い方が有るでしょう!何なんですかその卑猥な表現は!それではまるで僕がルビィにセクハラしてるみたいでは無いですか!そんな下心はこれっぽっちも有りませんから!」


なに食わぬ顔でしれっと言い訳するヤクモに、アキトは呆れを隠さずに反論する。


「ルビィ、大丈夫ですよ。僕はあなたをそんな目で見る事は絶対に無いので、変に意識せずに、訓練を頑張りましょうね。」

「え…?あ…は、はい…。」


そして、シルバーナに弁明をするが、シルバーナとしては寧ろ残念であった。そんなシルバーナに、ヤクモはゆっくり近付いて耳元で唆すような声で囁く。


「シルバーナ様、アキト様はああ仰っていますが、遠慮する事はありませんよ?あなた様からアキト様に触れれば良いのです。体のあちこちを、そうあんな所やこんな所をアキト様に擦り付ければ良いのです。」

「う、あ、あああ…。」

「アキト様は意識しないと仰っているので、心置きなく密着出来ますよ?アキト様が嫌がる事も無いですよ?幾らでも絡み付けますよ?それで、もしもアキト様があなた様の事を意識し出したら…。」

「あ、あ、ああああ…。」

「……あなた様の勝利です。」

「ひ、ひゃああああああ!」


シルバーナの頭の中の訓練内容が変な方向に行きそうな所になって、ようやくシルバーナの気絶していた理性が目を覚まし、その余りの羞恥に思わず叫んでしまう。


「ヤクモさん!いい加減にして下さい!」

「うふふ、すみません。余りに反応が面白いもので、つい…。」

「もう…余りルビィをいじめないで下さいよ…。」


さしものアキトも、本気で怒りそうになって来た為、ヤクモは満足した顔でシルバーナから離れる。アキトは、顔を真っ赤にして狼狽えるシルバーナを慰め様と、頭を撫でる。


「ひゃ、ひゃあう!」

「ルビィ?大丈夫ですか?一体ヤクモさんに何て言われたのですか?」

「い、いえ!だ、大丈…夫です!大丈夫ですから!何も言われていませんから!」

「そ、そうですか…?なら、良いのですが。」


シルバーナの思わぬ反応にアキトは困惑したが、本人が大丈夫と言うなら、大丈夫だと納得する他に無かった。


(ど、どどど、どうしましょう!心臓が、と、止まりません!)


実際に止まっては死んでしまうが、そんな基本的な事に気付かない程にシルバーナは混乱していた。アキトの顔を見るだけで頭がおかしくなりそうになる。心臓が壊れてしまうのではと懸念する程に、その鼓動は速かった。ヤクモはその様子をニヤニヤと眺めつつ、アキトに話し掛ける。


「アキト様。」

「…今度は何ですか。」

「そう怖い顔で怒らないで下さい。ほんの冗談では有りませんか。」

「その冗談でルビィがこんな状態になっているのですよ?」


アキトはジト目でヤクモを睨む。それをヤクモは面白そうに眺める。その様子を見たアキトは、呆れを通り越して疲れて果ててしまい、口論する気力を失う。


「まま、気をお鎮めください。アキト様。」

「はぁ…わかりました。それで、僕に何か?」

「今日もまた、随分とお疲れでしょう。この花をどうぞ。精神を落ち着かせ、体力を回復させる効果を持つ香りを発します。寝る時に使用すれば、効果は高いでしょう。」


そう言ってヤクモは、自身の手から綺麗な花を創り出し、アキトに手渡す。確かに、その花からは微かに心地良い香りが放たれており、心が落ち着いて行くのがわかる。その匂いを嗅いだシルバーナも、動悸が落ち着くと共に、先程までの醜態を冷静に思い出し、酷く落ち込む。


(催淫作用の有る香りを出して、シルバーナ様にアキト様を襲わせても良いですが、流石に少し冗談が過ぎますね。そこは成り行きに任せましょう。これからのシルバーナ様に期待ですね。ふふ。)


黒い考えを少しも漏らさずヤクモは優しい微笑みを絶やさない。幸い、アキトはヤクモのその考えに気付かない。


「はぁ…良い匂いです。ヤクモさん、有難うございます。早速活用させて貰いますね。」

「いえいえ、これ位、雑作も無いですよ。」

「この花はどう置いておけば良いですか?」

「あちらに花瓶を用意して頂いておりますので、それに活けて飾りましょう。」


ヤクモは蔦を用いて部屋の角に置いてある花瓶を取り、そこに花を活けて飾る。落ち着きを取り戻したシルバーナは、眠気に急に襲われて意識が朦朧として来る。


「ふああ…。」

「ルビィ、辛そうですね。もう遅いですし、署のシャワーを借りて体を洗い、歯を磨いて寝ましょう。一人でシャワーは浴びれそうですか?」

「ふ、ふぁい…。」

「ヤクモさん、ルビィの着替えって有りましたっけ?警察で用意して頂いたのは、人族用でルビィには合わなくて…。」


ウシオは始めからアキト達を嵌めるべく行動を起こしていた為、シルバーナに対する配慮が色々と足りていなかった。アキトは少し文句を言いたかったが、今は事情聴取中で面会は出来ない。


「直ぐにお持ち致します。それまではコチヤ様に護衛に付いて頂きましょう。その後は、若様の土狼に監視をお願いしておきます。」

「お願いします。」


アキトの要請を受け、ヤクモは直ぐに行動を起こす。コチヤにアキト達の護衛を任せ、レンに土狼を造らせてから家に帰らせる。そして自身もまた、バイドンから預かったシルバーナの着替えを取りに学園長の屋敷に戻る。


「ディアも眠そうですね。こちらにおいで、身体を綺麗にします。そして、先にお休みなさい。」

「キュ…キュアッキュフゥ…。」


ディアもまた眠気に襲われていた為、一先ず先に寝かしつける為に体をタオルで綺麗に拭いて、畳の上にうつ伏せにして寝かせる。


「ふぁああ…。」

「辛そうですね。ですが、もう少し我慢してください。」

「ひえ…わだしは…らいじょおうれ…ふああ。」

「せめて、歯磨き位はして置きたいですね。」


余りにシルバーナが辛そうであった為、アキトは自身の予備の歯ブラシを召喚した。そして、半分寝ているシルバーナを、胡座をかいた自身の太腿の上に座らせ、子供に行う様に丁寧に、シルバーナの歯を磨く。


シルバーナは寝ぼけて居るため、通常なら興奮で気絶する所を、ごく自然に為すがままにされていた。アキトは、舟を漕ぎそうになるシルバーナの頭を優しく支え、垂れる涎を拭きながらも、丁寧に歯磨きを終えてうがいをさせる。それでもまだ眠そうであった。


「この調子では、シャワーは厳しそうですね。仕方有りません、自分が一緒に入るのは憚られますし、明日の朝、シャワーを浴びて貰いましょう。」


アキトがディアの寝ている側に布団を用意し、そこにシルバーナをゆっくり運んで寝かしつけると、すぐにシルバーナは心地好さそうな寝息を立てる。


「ふふ、可愛いですね。やっぱり、気持ち良さそうな寝顔は見ていて和みます。」


アキトが嬉しそうにシルバーナを見つめていると、部屋の戸がノックされる。ヤクモが着替えを持って到着したのだ。


「アキト様。お待たせしました。」

「有難うございます。ヤクモさん。」

「おやおや、シルバーナ様はもうご就寝ですか。仕方有りませんね、随分と眠そうでしたからね。」

「ええ、シャワーは諦めます。明日の朝、目が覚めてから浴びてもらいます。」


ヤクモはアキトにシルバーナの着替えを手渡すと、笑いながらアキトに話しかける。


「アキト様が御一緒にシャワーを浴びてシルバーナ様を洗って差し上げたら如何ですか?」

「それも考えましたが、昨日も同じ事をしようとして嫌がられましたので、止めておきます。」

「おや?中々に積極的ですね。」

「念の為に言っておきますけど、下心はこれっぽっちも有りませんでしたからね?」

「ふふ…まあ、そうでしょうね。」


アキトは、ヤクモの弄りに平然と対応していた。下手に反応すると喜ぶと悟ったのである。


(これは難攻不落です。シルバーナ様、頑張って下さいね。)


ヤクモはキツネの様に、心の中で密かにシルバーナにエールを送った。


「さて、それでは、後は若い方達に任せて、年寄りの私達はそろそろ退散しましょうか。コチヤ様?」

「ヤクモさん、そんな言い方ばかりしているからアキト君に怒られるんですよ?」

「ふふふ、すみません。」


相変わらずのヤクモに対し、コチヤもまた素っ気なく返す。アキトを見倣ったのである。


「コチヤ先生、護衛有難うございました。」

「いえいえ、この位。気にしなくて良いですよ。」

「ヤクモさんも、有難うございました。」

「ふふ、構いませんよ。もし何か有れば、遠慮無く召喚して下さい。それと、外に土狼も待機していますので。異変が有ればすぐに知らせてくれるでしょう。」


完全に寝てしまったシルバーナを起こさない様に、小さな声で挨拶したヤクモ達は、静かに部屋を出て行った。アキトはそれを見送ると、部屋に鍵をかける。部屋の外には、レンの土狼が微動だにせず待機しているのが見えた。


「有難う、レン君。皆さん…。」


アキトは、自分の周りの人達を、自分を愛し助けてくれる人達に心からの感謝をする。


「ルビィ…ディア…。」


そして、愛する家族を優しく見つめ、この幸せな日常を守り抜く決意をする。


「有難う。そして、必ず僕はあなた達を…。」


アキトは、小さくて愛しい二つの温もりに包まれるように、自身の温もりがその二つの温もりを温める様に寄り添い、体を横にして布団を被る。そして、ディアとシルバーナの手を握る。


「明日も、良い日で有りますように…。おやすみなさい。」


アキトのちっぽけで、それでいて何処までも大きな欲望を、アキトはただひたすらに求める。自らの手の内にある温もりを、その純粋な願いを、自身の心の赴くままに、精一杯守り抜くと心に誓って。

アキトは本当にロリコンな主人公です。手を出す事は全く考えませんが、そもそも価値観が一般人と結構ズレているので、かなり際どい事は平然と行えてしまいます。


後々説明しますが、アキトがかなりのシスコンでかつ、アキトの妹がかなりのブラコンである為に、アキトと妹とのスキンシップは通常のそれとはかけ離れています。少々デリカシーの無い事も当たり前の様に出来てしまうのも、その影響が相当有ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ