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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第23話

「お願いします!お金が無いんです!今月も厳しいんです!家族に仕送りもしたいんです!支払いは、何十年ローンになるか分かりませんが、必ず働いて返しますから!」

「何が何やら良く分かりませんが、お兄さんが謝るなら私も謝ります!キツネ様!何卒お兄さんに寛大なる処置を!」

「キュンキュッキュイーー‼︎」


アキトの悲痛な叫びを耳にしたシルバーナとディアは、話に加わって居なかったために状況を良く理解していなかったが、取り敢えず急ぎアキトの元へ馳せ参じ、キツネに謝る事にした。シルバーナはアキトの右で同じく土下座し、ディアは左で平伏姿勢を取る。


「ア、アキト君?え、何?」


キツネはアキトの行動が当初、予想外で理解が追い付かず、困惑していた。しかし、段々理解して来たと同時に、呆れる。


(……ああ、なるほど、アサテとの戦いで、街に大きな被害を出したと。その被害を出してしまった間接的な要因は自分にあると。そしてその損害賠償は、アキト君の支払う分だけでもその額が膨大になりそうだから、支払いは暫く待つように頼んでくれと…。はぁ、心配して損しましたよ…。)


アキトにとって切実でも、キツネにとってはそうではない事が、態度の大きな温度差になっていた。話を聞いていたレンはアキトが何故街への損害賠償をするつもりなのか疑問に思う。


「アサテとか言う奴を捕まえて弁償させりゃ良いだろう?何でアキトがお金出す事になってんだよ?」

「若様、アキト様は責任を感じておられるのです。全く、本当にアキト様はどうしようも無くお人好しですね…。全て私に責を負わせれば良いものを態々…。」


ヤクモはアキトの考えを察して嘆く。その言葉を聞いたレンは更に疑問を深める。


「責任?何かアキトが悪い事でもしたっけか?」

「今回、主に街を破壊してしまった原因は、ひとえに私の至らなさ故にアサテに操られてしまった事にあります。その結果、若様と“鬼ごっこ”をして街の道路や家を大量に破壊してしまいました。」

「それが何か関係有るのか?」

「アサテと戦う際、アキト様は私がアサテと相性が悪い事を承知で、警官の方々を救うべくアサテとの戦いを私に任されました。結果、大変申し訳無い事ですが、私は負けてしまい、ムカイドに取り付かれて操られるという醜態を晒しました。

アキト様は、もしもアサテとの戦いに集中し、共に戦っていれば、私が操られるという事態を招かず、街を破壊する事も防げたと考えておられるのです。」

「……それってアキトの所為なのか?」

「大変不服では有りますが、そう見なされる可能性は有ります。」


アキトは、アサテとの戦いで、ムカイドの存在を知り、ヤクモとアサテの相性が最悪である事を理解した上で、警官を救う為にリスクのある行動を起こした。人としては正しいが、導術使いとしては、その行動によってもたらされる危険性を自覚しながらも危険な行動を起こし、結果その懸念が現実となってしまった時点で責任有りとされる。


「ええっ!マジかよ、酷ぇ!悪いの全部あいつじゃねぇかよ!俺たちゃ被害者だ!」

「導術は車と同じ、便利ですが危険な物です。故に注意義務が有り、導術を使って物を壊したり人に害を与えれば、例え悪意や直接的な非が無かったとしても罰を受けます。原因を間接的に作ったとしても同様です。

アサテが悪いのは勿論ですが、それと戦って被害を出した私達にも責任が有りますし、それを引き起こすキッカケとなったアキト様も導術使いですから、その責を問われるのです。」

「うわぁ…俺たちの立場弱ぇ…。」


レンは、導術使いの立場の弱さを思い知って、顔を顰める。


「導術使いには、それだけの責任感を持つ事が求められているのですよ。ところで若様?この内容は以前に勉強した筈ですが?」

「え?あー…いや、そうだったっけっか?」

「はぁ…そんなですから座学の成績が中々伸びないのですね…。」


レンはヤクモの苦言にもあっけらかんとしており、ヤクモは先が思いやられると頭を押さえた。一方カスミは、アキト達の行動に困っているキツネを更に困らせるべく、弄る。


「あらあら、偉そうに踏ん反り返った御自分と、その他の皆様が見ている目の前で立場の弱い方を、しかも一人は幼気な淑女を地べたに這いつくばらせて床を舐めさせ、借金を盾にして許しを乞わさせるなんて、中々に良いご趣味ですこと。キツネさんも、意外とやりますわね。見直しましたわ。」

「いや!私にそんな趣味は無いですから!」


カスミの弄りに慌てふためくキツネの様子を見て、面白そうに感じたヤクモはレンへの説教を止め、キツネ弄りに参加する。


「おやおや、キツネ様もそのようなご趣味が?私でも憚られるような、純真無垢な未成年に対する中々に高度な謝罪プレイ、大変お見それ致しました。どうですか?今度その手の話で一晩中朝まで私と熱い熱い語り合いを…。」

「しませんからねぇ⁉︎」


キツネは、二人の弄りに辟易とする。


(まさかこれは…、自身がへりくだることで相手に周りからの批難の目を集め、居た堪れなくなった相手に自身の望みを通させ易くする高等交渉技術『負けるが勝ち』!シルバーナさんを一緒に謝らせる事で私の悪辣さを強調して周囲からの同情を集め、更にヤクモさんやカスミさんのドエス心を刺激して私を弄らせる事で、この私を四面楚歌状態に追い込むとは…。おのれ策士アキト、やりますねぇ!)


アキトは決して狙ってやっている訳では無かった。しかし、キツネはアキトの思惑(?)を知り、逆に彼に恩を売る絶好の機会と捉え、腰を落としてアキトと目線を合わせて話を切り出す。


「アキト君、頭を上げてください。大丈夫ですよ、あの犬に直させますから。それでしたら修繕費は殆ど必要ありません。後は破壊された小物の弁償と、周辺住民への慰謝料程度で済みます。それは公爵閣下から頂いた金銭の内、あなたに対する感謝の気持ちとして渡す分が有るので、それで補填しましょう。」

「……学園長先生に直して頂くのですか?」

「ええ、犬はあんなのでも優秀な土導術使い。若い頃は持ち前の無鉄砲さであちこち破壊しては、罰としてその修復を散々させられていた様でしたからねぇ。物を直す事にかけては、彼の右に出る者はそう居ないでしょう。彼なら、無機物で出来ている物であれば、殆どの物を直せますよ。」


犬という言葉と学園長のイメージを直結させる事は、学園長に対する冒涜であったが、そんな事を気にしていられる余裕を、今のアキトは持ち併せていなかった。さらにそれとなく、公爵からの援助資金を慰謝料として回されることにされていたが、それにはアキトも納得していた。


「…ですが、当事者でも無い学園長先生に押し付けるのは…。」

「良いですかアキト君。今回の街への被害は近くの公園、道路、付近の家屋やここの損壊が主です。そして、ここを除けば、大体はレン君と操られたヤクモさん。つまり、犬の使用人と孫息子が破壊しました。なら、家長として犬に責任をとって貰うのは当然です。私があなたの為に犬を説得致しましょう。それとも、アキト君が直しますか?」

「出来うる限りの事はします。ですが、全てを直すのは…厳しいです…。」


アキトは召喚術の使い手である。物を直す事に長ける土導術使いでも無い彼が、単独で街を全て直す事は不可能に近い。そんなアキトに、キツネはまるで悪魔の誘惑のような囁きをかける。


「ンッフッフ、前にも言った様に、あなたは頼れば良いのです。遠慮する事は有りませんよ?」

「頼る?押し付けるでは無く…?」

「ええ、そうです。頼るのです。適材適所、出来ない事は、出来る人に“お願い”するのが非常に効率的なのです。その代わり、借りの出来たあなたは、彼や“私”の出来ない事を代わりにしてくれれば良い。世の中、持ちつ持たれつですからねぇ。ンーッフッフッフッフッフ!」

「え?あ…そ、そうなんでしょう…か…?」


キツネは、面倒な事は学園長に丸投げしつつ、最小限の労力と費用で、アキトにキツネに対する大きな借りを造ったと思い込ませることを画策していた。その狙いは見事に嵌り、アキトはまるで天使を見るかのようなキラキラした目でキツネを見ていた。借金しなくても良いという大きなエサが、彼の正常な思考を奪っていたのだ。


「アキト様。修繕でしたら、炎上した森林公園の木々は私が直しますし、家や道路、ここの修復は若様にして頂きます。ですので、キツネ様に恩義に感じる必要は有りませんよ?キツネ様は何もしないのですから。」

「うぇ、叔父さん!そんなの聞いてな…。」

「若様?格好つけようとして、親友を危険な目に遭わせたのは何処の何方でしょうか?」

「うぐ…わ、わかったぜ。アキトの為だもんな!」


そこで、見兼ねたヤクモが話に割り込んでくる。文句を言おうとしたレンを笑顔で脅しつつ、キツネを牽制する。さりげなく、ディアが破壊した県警本部の修復も、レンに押し付けていた。


「ヤクモさん…ですが…。」

「アキト様。今回の被害の大きさは私の至らなさが主な原因です。私と若様で何とかします。大旦那様にお手数をお掛けするのは偲びありません。」

「はい…。そう…ですよね…。」


アキトは、ヤクモの言葉に少し冷静さを取り戻す。キツネは少し残念そうに肩をすくめる。


「キュッキュイ!キュルルキュ、キュルルピピ!」

「ディアちゃんも手伝うって言ってます。」

「え、ディアはそんな事も出来るんですか?」

「キュキュ!」


土導術で物を直す事を、導物に行わせるのは難しい。その物体の構造を良く理解出来ていない為とされており、訓練しなければ似て非なる物が出来てしまう可能性が高いのだ。しかし、ディアはそれが可能と主張していた。


(考えてみれば、製造工程が難しい縁絶鋼を創る事が出来るくらいなんです。確かに可能かもしれませんね。さすが高導物といった所ですか。)


アキトは改めてディアの有能さに感嘆する。そして、ディアの力を借りれば街を直すのに自分も貢献出来るのではないかと考える。レンが直すと言っても、その量が膨大である為、なるべくアキトも手伝いたかったのだ。


「わかりました。では、ディアも僕と一緒に、街を直すのを手伝って下さいね。」

「キュキュ!」

「本当に良い子ですね。大好きですよ、ディア。」

「キュ、キュピール!」


微笑みながら屈んでディアの頭を撫でつつ、その精悍な瞳を優しく見つめる。ディアはアキトの言葉に少し照れている様子で、上機嫌にアキトの顔を舐めた。


「アキトお兄さん!私も手伝います!」

「ありがとう、ルビィ。お言葉に甘えますね。あなたも大好きですよ。」

「は…はひ…。」


シルバーナは、アキトがディアに『大好き』と言った事に触発され、自身もアキトにその言葉を言われたいと思って宣言する。しかし、思惑通りの言葉が予想外にあっさりと与えられた事に面食らい、顔を真っ赤にして俯く。にやけ顏を隠す為であった。


(大好きって…大好きって言われましたーー!キャーーーーー‼︎)


シルバーナは心の中で大はしゃぎしていた。人目が無かったなら床を転げ回って喜びを全身で表現したかった。


「さて、シルバーナ様の念願が叶った所で話を戻します。」

「はう!うあ⁉︎」


そこで放たれたヤクモの言葉に、シルバーナは向こうの世界に飛んでいきそうだったその意識を無理やり現実に引き戻されたため、驚いて変な声が出てしまう。


「だ、大丈夫ですか…?ルビィ。」

「キュルキュル?」

「い、いえ、な、何でもございまっせん!」

「ふふふ、シルバーナ様はやはり反応がグッドです。」


挙動不審なシルバーナの無様な姿を観察して、満足したヤクモは真面目な話に戻る。


「お手伝いの申し出は感謝致します。有難く受けさせて頂きますね。正直、若様では少々荷が勝ちすぎではないかと心配だったのですよ。」

「舐めんじゃねぇぜ!俺の実力だったらあの程度!」

「なら、お一人で全部直されますか?」

「アキト!助太刀感謝するぜ!」

「若様……。」


ヤクモは、親指を立てて笑うレンと、その様子を苦笑しながらもどこか嬉しそうに見るアキトの様子を交互に見る。調子の良いレンへの呆れ半分、良い友達が出来て良かったと言う嬉しさ半分のなんとも言えない感情が湧き出て、自然と口元が緩む。


「それから、慰謝料の件に関しましては、本来なら破壊した本人である私が支払うべき物、それをアキト様に支払わせる訳には参りません。アキト様は何も悪くないのですから。」

「しかし、僕にも責任が…。」

「だとしたら、これは、私を助けて下さったお礼とお思い下さい。私は今回、アサテの下僕となる屈辱を受けました。その屈辱から救って下さったアキト様に、恩返しをしたいのです。」

「そう言う事なら、俺も礼をしたい!叔父さんを救ってくれたんだからな!」


ヤクモは、自身がアキトに救われた事を強調し、自身がアキトの手助けをする事は当然であると説いた。レンも、ヤクモを助けた事に対する礼をしたいと主張する。


「ヤクモさん…レン君…。」

「アキト様。今回の件は“ここに居る私達”で解決します。そして、私や若様があなた様を助けるのは、あなた様に対する“御礼”なのです。あなた様が誰かに対して負債に思う事は有りません。良いですね?」

「はい…有難うございます!」


ヤクモは、恩返しと称してアキトの負債を自身が背負う事で、アキトにある程度の納得をさせつつ、キツネへの負債は無いという事を強調する。アキトも段々調子を取り戻し、キツネへの感謝が、今ではレンとヤクモへの感謝に変わっていた。


「ンッフッフ、仲が大変宜しいようで何よりですねぇ。」

「ええ、ヤクモさんもレン君も、僕の大事な人達ですから!」

「へへっ照れるぜ!」

「勿体無いお言葉です。アキト様。」


アキトは、ヤクモやレンに対する感謝の気持ちで笑顔が溢れる。その様子を見て、キツネも大丈夫そうだなと判断した。


「ヤクモさん、レン君、これからもアキト君の事を宜しくお願いしますね。」

「…キツネ様、まさか最初から…?」

「ンッフッフッフ、さぁ?何の事でしょうかねぇ?」


愉快そうに笑うキツネに、ヤクモは眉を顰めた。そしてヤクモは、キツネがアキトを自然に自分達に庇わせる為に、態と敵役を買って出たのだと理解した。一人で抱え込み易いアキトがこれからヤクモ達を信じて頼れる様に、頼る事を経験をさせたのである。


学園長を引き合いに出したのは、一度無関係そうな人に大変な事を背負わせるような、少し無理のある状態にしてから、改めて関係のあるヤクモ達に庇わせる事で、ヤクモ達が背負う事に対するアキトの忌避感を狂わせたのだ。


(アキト様は、頭でわかっていても、本当に切羽詰らねば人を頼るのに踏ん切りがつかない頑固でお人好しな方ですからね…。シルバーナ様の事も一人で抱え込もうとしましたし、人を頼るより先に、御自身の命を掛けてしまう事も有ります。確かに、手遅れになってからでは遅いからですからね。今回も、若様がもしも間に合わなければ…。)


ヤクモも、アキトの強情さを良く理解していた。自分達を頼る様に言っても、今度も一人で何とかしようとしていたのだ。そんなアキトを人に頼れる人物にするには、人を頼る経験を何度も繰り返させ、少しずつ慣れさせねばならないのである。


「…キツネ様、有難うございます。」

「ンッフッフ。アキト君を守って下されば、それで良いですよ。」


御礼を述べるヤクモに対して、キツネはその顔に胡散臭い笑顔を貼り付けた。明らかに照れ隠しであった。


「…キツネさん、有難うございました。」

「おや?これは意外です。まさかアキト君から御礼されるなんてねぇ。」

「…これも、あなたの計画通りなんでしょうね…。」

「ンッフッフッフ、ご想像にお任せしますよ。」


アキトもまた礼をした。その反応は予想外だったのか、キツネは胡散臭い笑顔の下で、少しだけ驚いていた。塩らしいアキトはそのまま話を続ける。


「それと、申し訳無いのですが、キツネさんにはもう一つ頼みたい事が有ります。」

「…幾ら欲しいのですか?」

「違いますよ!キツネさんに借りたらどんなに高い利子を払わされるかわかったものでは無いです!利子を払うだけしか出来ず、元金が減らないなんて、そんな絶望的な生活は送りたくありません!絶対にあなたにお金は借りないので大丈夫ですから!」

「酷いですねぇ…。私がそんな悪徳金融の様に見え…」

「見えます!」

「本当に酷いですねぇ…。」


勢い良く即答するアキトに、キツネは自身の信用の無さを痛感する。実際には、アキトがお金に困って頼って来れば、資金援助程度の事はキツネは躊躇無くするつもりであった。それだけの価値を、アキトに見出していた。


シルバーナを将来のアビス王国の女王に据え、その彼女を虜にして裏から操る為にアキトをその王配にし、更にその間に産まれた子供をその後の王に仕立て上げる計画を立てているキツネにとって、その程度の事は安い投資であるのだ。なおその場合、借金を盾にアキトにシルバーナと婚姻する事を暗に強制するつもりではある。


「話を戻します。キツネさんに頼みたい事、というか謝らねばならない事になりますか…。」

「…一体、何でしょう?」

「僕は、ディアの両親を取り返す為に、ルビィの力を借りようと思っています。勿論、安全には充分に留意するつもりです。ですが、それでもルビィを危険な目に遭わせる可能性が有ります…。だから、予めキツネさんに伝えて、出来れば許可を得たかったんです…。」

「アキトお兄さん…。」


アキトは、キツネが昨晩、エミリオ達の要望を聞いてそれに従おうとするシルバーナの行動に対して怒っていた所を思い出す。キツネが怒った理由、それは、彼女の身勝手な行動によってアビス王国とヨミ国とが戦争する可能性があった為であった。そして、それはこれから彼女が危険な目に遭って、それがヨミ国の責任であると見做されても同じである。


キツネならば、そのような危険を了承する筈がないとアキトは思っていたが、それでも彼に嘘を吐いて騙すような事をしたく無かった。正々堂々正直に話して、その上で反対されたとしても、説得出来なかったとしても、自分の意思を突き通して行くつもりであったのである。


「ふむ…あなたの考えはわかりました。認めましょう。」

「えっ!良いんですか⁉︎」

「キツネ様!有難うございます!」


しかし、アキトの予想を裏切るように、キツネの口から出た言葉はアキトの行動に対する容認であった。アキトは驚き、シルバーナは感謝をする。


「どうせ、ここで私が反対しても、あなたはそれを聞くつもりは無いでしょう?」

「うっ!そ、それは…否定しません…。」


図星を突かれ、更にキツネの呆れるような視線に居た堪れず、アキトは視線を下げる。


「なら、反対するだけ無駄という物ですよ。口論する事が益となるなら、それもまた良いかも知れませんがねぇ。ただ、呉々も気を付けて下さい。命が危険となったならすぐに退いてくださいね。」

「はい!勿論です!ルビィもディアも、僕の命に代えてでも守り抜きます!」

「……駄目ですねぇ。まるでわかっていない…。」


キツネの可哀想な物を見るような、それでいて責めるような視線に、アキトは困惑する。


「何でしょうか…僕何か失言でも…?導族貴族の方を守り抜けば、アビス王国から攻めてくる口実は無いはずです…。」

「あなたの隣を見なさい。それがその答えですよ。」


アキトは隣を見る。そこには、今にも泣きそうなシルバーナが居た。ディアも、精悍な顔が心なしか悲しそうに見えた。


「ルビィ…ディア…。」

「私は…アキト様を犠牲にしてまで生きたいとは思いません!アキト様がもしも私の所為で亡くなってしまわれたら…私もすぐに服毒してアキト様の後を追います!」

「ルビィ!何を言っているのですか⁉︎」


涙を流しながら叫ぶシルバーナの心中宣言に、アキトはかなり驚く。


「おいおい、お嬢ちゃん。それはいくら何でも…。」

「若様、ここは抑えて下さい。」

「叔父さん!だけどよ…。」

「ここはキツネ様に任せましょう。」


シルバーナの余りの言葉に、レンは苦言を呈そうとするも、ヤクモがそれを止めた。一方、アキトは、シルバーナを説得しようとする。責める気は全く無かったが、心配のあまり言葉が少し強くなってしまう。


「意味をわかって言っているのですか⁉︎あなたがもし死んでしまわれたら、公爵閣下も悲しまれますし、アビス王国がそれで戦争でも仕掛けようなら、多くの民を苦しめる事になるのですよ!」

「今の私は…アキト様の家族です!大切な家族を殺しておいて、私一人がのうのうと生きるつもりは有りません!その責が私にあるのなら、罪を償うのは私の務めです!

お祖父様には大変申し訳ありませんが、もし私が死んでしまったとしても、病死として処理して貰えればそれで済みます!キツネ様にもそうお願いして有りますし、お祖父様にも了解は得ています!」

「そんな…。」


シルバーナの無茶苦茶な理屈にアキトは更に困惑する。キツネはアキトの顔を見て、話を続ける。


「アキト君。シルバーナさんの言っている事は事実です。ここでもし、シルバーナさんが死んでしまったとしても、それを上手く処理して問題にしない様に、既に手を回しています。」

「そんな事って…!」

「異国の地、しかも決して友好的とは言えない勢力が存在する中で、ずっと安寧で何も無いとお思いですか?いつか何か有ると考え、何かあった時に被害が拡大しない様に手を回しておく事は、当り前ではありませんか?」

「それは…そうかも知れませんが…。」


キツネは午前中、アキトと別れた後でバイドン話し合い、もしも何らかの理由でシルバーナが死んでしまったなら、病が原因として処理するつもりであった。シルバーナもそれを知っており、更にアキトの為に戦う事もバイドンを説得して、了承して貰っていた。


バイドンは彼女を貴族の表舞台に立たせる事は殆ど無かった。それは、彼女が山羊型導族にしては大変珍しい白い姿である事や、導術が公式には使えないとしている事の為に、彼女が苛められるのを防ぐ為であった。


それをキツネは、病の所為であるとして、利用する事にした。自由に暮らして見たい事、外国に憧れがある事などの彼女の要望を聞き入れてヨミ国にホームステイさせた事にした上で、もしも死んでしまったら病気が悪化した為と嘯くのである。それによってもしもヨミ国内で死んでも、死因を偽装した上でその死は彼女の本望とする事で批判を避ける事を画策し、またその為の手配も行っていた。


「アキト君。君は、生きなければなりません。それが貴方の責務です。」

「…僕は別に死ぬつもりなんて…。」

「いざとなれば簡単に死ぬつもりでしょう?」

「………最悪の場合は…ですよ。」


実際には死なない事が最も良い事ではあるが、例え死んだとしても、バイドンはどんな手段を使っても、戦争を起こさない努力をすると誓っていた。キツネも、シルバーナを何としても次の女王に据えたい訳ではなく、数ある策の中の一つが使えなくなる程度の事でしかない。最早、キツネの中では、シルバーナは絶対に守り抜かなければならない保護対象などでは無く、生きて活用出来たなら有用となるであろう手駒でしか無い。


故に今のキツネは、何としてもシルバーナ単独を生かすのでは無く、なるべくアキトと共に生き抜く事をアキトに求めていた。シルバーナが生き残っても、それを虜にするアキトが生きて居なければ、キツネの計画に支障をきたすからである。その為ならば、例え柄にも無い事であったとしても、キツネは簡単に宣うことが出来る。


「あなたの存在は、もはや彼女、いえ、ディアさんにレン君やヤクモさんも含め、多くの人達にとって重要なんですよ。それなのに、当の本人であるあなたが、その様に自分自身の命を軽んじる。これを見て、彼女達が不愉快にならないとでも思いますか?そんなに彼女達が非情に見えるんですか?」

「そんな事は…。」

「シルバーナさんの宣言は確かに行き過ぎであり、決して褒められた物では有りません。しかし、あなたが自身を軽んじる事が、あなたを愛する方をどんなに苦しめるのか、それをあなたがわかっていないから、彼女はそれを身を以て示したのです。ここまで彼女を追い詰めたのは、他ならぬあなたなのですよ。」

「僕は…そんなつもりは…。」

「なら、ここに誓いなさい。必ず『皆で無事に生き残る』と。いざとなれば、あなたが犠牲になれば済むなんて、そんな甘い考えはここで捨てなさい。『自分の命に代えても守る』では無く、『自分も共に生き残る』とするのです。そして、その為に皆を頼り、協力を仰ぎなさい。それが、あなたを愛してくれている皆に対する、あなた自身の果たすべき責任です。」

「キツネさん…。」


キツネの目は、真剣で有りながらも何故か何処か温かみがあった。


(そうです。僕はルビィの家族なんです!家族が死ねば、悲しいのは当然なんです!扶養できる人が居なくなれば、生活も苦しくなります!…わかっていた筈なのに、その痛みを知っているのに…、僕はルビィにその痛みを平然と押し付けようとしていたのですね…。)


アキトは、自身を想ってくれている人達の顔を思い出す。そして、自分が亡くなった時に、悲しんでくれている光景を思い浮かべる。自分を想ってくれている事に嬉しさが込み上げると共に、そんな人達を悲しませている事に堪らなくなる。その痛みを、平気で少女に背負わせようとしていた自分に腹が立つ。そして、それを気付かせてくれたキツネとシルバーナに対して、申し訳ない気持ちがこみ上げる。


「すみません…。僕が間違っていました。」

「いえいえ、あなたのその優しさは、あなたの掛け替えのない長所であるのです。それを否定するつもりは有りません。」

「………。」

「ですが、行き過ぎればそれも短所と成り得ます。わかりますね?」

「……はい。」


アキトの心にキツネの言葉が沁み渡る。そして、伏せ目がちに涙目のシルバーナに向き直る。


「ルビィ、すみませんでした。あなたと協力して戦うと言っておきながら、まだあなたを一方的に守るつもりでいたみたいです。あなたの気持ちも考えず…。」

「いえ、私の方こそ…。先程は、卑怯な事を言って取り乱したりして、本当にすみませんでした…。」


アキトは、シルバーナの涙を手で優しく拭う。赤く腫れた少女の目が、アキトを愛おしそうに見つめる。アキトはその視線を申し訳無さそうに見つめ返す。


「ですが、もしも僕が死んでしまっても…。僕はやっぱり、あなたに生きていて欲しいです…。さっきあなたが僕の後を追うと聞いた時、僕はとても悲しくなりました…。」

「アキト様…。」

「勿論、最後まで足掻きます。格好悪くても、狡くても、あなたと共に生きて行く事を諦めるつもりは有りません。ですが、それでも、どうしようも無くなったら、僕はきっとあなたを助けて死を選びます。」

「そんな…。」

「もしそうなってしまっても、どうか生きて下さい…。自分勝手ですが、それが僕の願いです。譲る気は……有りません。」

「本当に…勝手です…。」


アキトの悲壮な決意を、シルバーナは今度は否定できなかった。彼女が彼に対して抱いているのと同じか、それ以上の想いを彼が彼女に抱いている事がわかったからである。だから彼女は、アキトの決意を受け止めて、その上でアキトを生かす為の誓いを立てる。


「だったら!私は強くなります!お兄さんを守る為に!お兄さんと一緒に生きる為に!」

「ルビィ…。ええ、僕も頑張ります!あなたと共に生きる為に…。」

「キュッキュキュッピ、キュッピッピガーー!」

「ディアちゃんも頑張るって言ってます!」

「ディア…有難う…。」


シルバーナとディアの気持ちに、アキトは嬉しくなって頰が綻ぶ。シルバーナはそのアキトの表情に感極まってアキトに抱き着く。ディアもアキトに擦り寄る。二つの温もりを、アキトは両手で優しく抱き抱えた。


「アキト!俺も強くなるぜ!親友を守るのは親友の勤めだからな!」

「アキト様、私も精進致します。」

「アキトさん、ワタクシも頼りなさいね?」

「アキト君、私も微力ながら、お手伝いしますよ。」


シルバーナやディアを見て、レン達も皆、アキトに力を貸すのに賛成した。キツネはその様子を見て、少し呆れながらも微笑む。アキトはシルバーナとディアを抱きながら、キツネの目を真っ直ぐに見つめる。


「やれやれ、アキト君…君は相当頑固ですねぇ。」

「すみません、キツネさん。やっぱり僕は…。」

「良いですよ。それがあなたの良い所、ですからねぇ。」


アキトは生き残る為の努力は惜しまないとしたが、最後はやはり『自分を犠牲にしてでも守る』という意思を変える事は無かった。キツネの忠告を無視した形となる。しかし、キツネはそれを気にしては居なかった。


「私はあなたが、余りに簡単に自分を切り捨てる気であったので、それを危惧したのですよ。」

「それは…そうかも知れませんね…。」

「しかし、今のあなたはそうでは無い。最後の最後まで汚く足掻いてでも生きようとして、それでも敵わないとわかったなら、そこで初めて自分を捨てて大事な人を守る覚悟です。今のあなたならば、そう簡単には死なないでしょう。」

「…はい。」

「その意思を、想いを、忘れないで下さい。何よりも誰よりも、あなたを大切に想う、あなたの大切な人達の為に…ね?」

「はい!」


キツネは柄にも無く自然な笑みをアキトに見せた。その笑顔がとても似合っていると、素直にアキトは思ったのだった。

自己犠牲系主人公は、個人的には好きな部類に入ります。ただ、やはり自己満足な善意の押し付けになったりし易いので、その加減が難しいと思います。


強欲なアキトは、大事な人は誰一人失いたく無いと考えており、その気持ちを隠すつもりは少しも有りません。なので彼は今回、例え自己満足だとしても、どうしようも無ければ自己犠牲を選ぶと宣い、それを他者に押し付ける選択をしました。


それが例え『善意の押し付け』だろうと、傲慢にも、此れからもその気持ちを曲げずに突き進んで行きます。

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