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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第22話

男が姿を消した後、アキトとシルバーナは悔しそうに項垂れた。


「まさか、あの人が転移契約をしていたとは…。考えが至りませんでした。僕の失態です…。」

「申し訳ありません…。私の術がもっと早く発動していれば…。」


シルバーナの導子引導は、発動状態であれば認識した導術を任意のタイミングで無効化する事が可能で有るが、一度術を解除するとまた発動するまでに少し時間が掛かる。勝負あったと見て警戒を解いていた為に、術を解除してしまっていたのだ。シルバーナは悔しさに唇を噛み締める。


(何と言う失態でしょうか!何も言い訳は出来ません!)


シルバーナは自身の導術が忌み嫌われている事を知ってから今まで、それを隠して使ってこなかった為、発動する鍛錬が足りていなかった。そして、その一瞬の隙を突かれてアサテに逃げられてしまったのである。シルバーナは今更ながら後悔していた。


(ああ…このままですと、いざと言う時に敵の導術からアキト様を守れないかもしれません…。そんなの嫌です!強くなりたいです!だ…、大好きな方を、守れる位に!もう、守られてばかりは嫌です…。)


そこに、ヤクモが優しく声を掛ける。悔しさを滲ませながらも、二人を気遣う様子が痛々しかった。


「まあまあ、過ぎた事を悔やんでも、仕方の無い事ですよ。幸い、召喚術の痕跡を探知機で調べれば、追う事は可能です。次に逃がさなければ良いだけの事なんですから。」

「…次に逃がさなければ、ですか…。」


アキトは考える。召喚術による逃亡を阻止する事は難しい。今のヨミ国の技術では、召喚先を追跡する事は可能だが、阻止する技術は未だ開発段階であり、現状では召喚を阻止する事が出来ないのである。それ故に、探知機の開発以前に起きた召喚術を悪用した誘拐事件は、当時非常に世間を騒がせ、召喚術を習わせる学園に対する批難も凄まじかったという。


その事件とは、犯人の元から逃げ出した人物が、警察に保護された直後のマスコミが取材している最中に人々の目の前で召喚され、そのまま後日死体となって発見された事件である。その犯人は未だに捕まっていない。


今では探査技術の発達や、導術使いの所在や能力を把握する為の登録制度が導入されたが為にその危険性は激減したと言われているが、かつての報道や、召喚術に批判的な団体の宣伝も有り、今の召喚術批判の風潮の原因の一つとなっている。


召喚主を倒す事が最も簡単で確実な方法であるが、召喚主が判明していない今、再びアサテを捕らえるには、先に導術追跡機で召喚主を探し当てる必要が出て来る。しかし、もしもアサテが今回使用した召喚術の使い手以外の召喚術使いに契約を変更していれば、それは無駄な行為に終わる。追跡機の事を知っていれば、その対策を取っている可能性は高い。


その為、アサテの召喚術による逃亡を防ぐのに一番確実なのは、シルバーナの導子引導により、召喚術を妨害し続ける事である。また、今回の戦いで、アサテの様な導術使い相手なら、シルバーナの力は充分に活躍出来る事もわかった為、シルバーナを前線に出す価値は非常に高い。


「…アキトお兄さん。」

「ええ、わかっていますよ、ルビィ。…僕はディアの両親を助けたい。危険ですが、あなたの力を借りたいです。手伝って頂けますか?」

「はい。ディアちゃんは私にとっても大切な家族です!何処に迷う必要など有りましょうか!」

「…有難う。」


アキトは、シルバーナの献身を心苦しく思った。自分が不甲斐なく、力が無いばかりに、目の前の少女に力を借りるほか無いという事が辛かった。


(だけど…もう、一人で抱えるつもりはありません。頼れる人皆に頼って、助けられる物全部助けます!…他人の手を借りるって言うのに、随分と図々しくなりましたね…。僕は一体何様でしょうか…。ですが、迷うつもりは有りません!)


アキトとシルバーナはヤクモの方を向く。アキトに迷いは無かった。必ず、シルバーナと共にディアの両親を助け、ディアを幸せにして見せると誓っていた。


「ヤクモさん。僕達にもあの人の組織に用事が出来ました。」

「アキト様、シルバーナ様、大変危険ですよ?」

「覚悟の上です。ヤクモ様。」


ヤクモは二人の瞳を見つめる。そこに強い意思が宿って居るのを確認する。


(やれやれ…本当なら、ここで止めるのが良いのでしょうが…。私情に流される私に、アキト様達をとやかく言う事は出来ませんね。それに、アキト様が心のままに動こうとしているのです。その心を抑えつけたくはありませんからね。)


アキトやシルバーナは多少感情的になっても、説得すれば納得する程度の理性は持っている。しかし、ヤクモとしては、本当に身勝手と自ら分かっていたが、彼らの心を尊重したかった。その表情を見てコチヤとカスミはヤクモの心を察し、苦言を呈する。


「お兄様、まさか!」

「ヤクモさん、それは不味いのでは!」

「カスミ、コチヤ様、私も、大旦那様の悪い癖が移ったみたいです。それに、シルバーナ様の導子引導が無ければまた奴を逃してしまうでしょう。そして、アキト様なら、必要な時に私達を逃がしたり出来ますし、ムカイドの除去も可能です。

私としては、誠に勝手ながら、助力をお願いしようと思います。勿論、実力が伴わないと判断すれば、その限りではありません。加えてアキト様は最前線では無く、後方支援に徹していただきますが。」

「後方支援…ですか…。ルビィを前に出しておきながら、自分一人が安全な所に居ると言うのは…。」


召喚導術使いは、基本的に自分を守る事が不得手である。何かを召喚して盾にする事は出来ても、強力な導術が来れば守れないためである。故に、戦場においては後方から物資や人員を現地に運んだり、撤退する味方を回収したり、怪我人を病院に送ったりするのが主な役割となる。


創造召喚で幻獣を呼び出せたなら、仲間と共に戦う事も可能ではある。しかしその場合でも、自律機動出来る幻獣を前線に出せば良い為、自身を危険に晒す事は推奨されない。寧ろ、弱点となる召喚者自身が狙われ易くなるため、大変危険である。


アキトはその事を充分に理解しては居たが、術の関係で最前線に出さざるを得ないシルバーナの事を思うと、後方で安全にのさばる自分の姿に我慢ならなかった。


「アキト様、人には役割と言う物が有ります。アキト様が後方で何時でも私達を救い出せる状態で有れば、私達は安心して戦う事が出来ます。アキト様は、私達の命綱なのです。これは非常に重要な役割ですよ?」

「アキトお兄さんが帰る場所を守って下されば、私も安心して戦えます。それに、私も今回の様に必要な時に転送で送って下されば、危険も最小限で済みますから…。私の帰る場所は、お兄さんの所なのです。だから、お兄さんは御自身を御守り頂きたいのです!」


ヤクモの指摘通り、召喚導術使いが一人でも後方で支援している部隊における隊員の死亡率は、そうでない部隊のそれと比較して劇的に低くなる。『いつでも安全な所に撤退可能』と言うのは、隊員の精神衛生上にも良いとされ、お陰で冷静な判断が出来たといったケースもある。


シルバーナとしても、アキトが安全な場所に居るという事が保証されていれば、安心して戦いに集中する事が出来る。そのためアキトに対しては、彼女自身も余り危険ではないからと言って、引いて貰う様に懇願したのである。大事な人を危険な目に遭わせたくないという気持ちは、彼女にとっても同じであった。


「ヤクモさん…ルビィ…わかりました。だったら僕は、もっともっと努力して、素早く正確な召喚と転送が出来るように頑張ります!」

「はい!私も!今度こそあの方を逃がさない様に、もっともっと努力して、素早く強力な導子引導を使えるように頑張ります!」

「ルビィ…お互い頑張りましょう!」

「お兄さん…はい!」


アキトとシルバーナは抱き合って、一緒に戦う為に互いの努力を誓い合う。さりげなくシルバーナはアキトの匂いを呼吸する。


「そう言う事なら、俺も手伝うぜ!」

「レン君!でもこれは…。」

「水臭ぇぜアキト!お前の大事な奴の、そのまた大事な奴なんだろ?だったら俺の大事な奴と同義だぜ!それに、俺の大事な叔父さんを取り返してくれたんだ…。その礼くらいさせろよ!」


アキトは、レンの真っ直ぐで偽りのない心に嬉しくなる。嬉しくなったが、気恥ずかしさを誤魔化す為に思わず冗談を言ってしまう。


「お礼だなんて…それは昨日の唐揚げで充分だよ!これ以上は貰いすぎだよ後が怖い!」

「安いなおい!てか俺がそんな悪質借金取りみてぇな事するわっきゃねぇだろ!」

「ふっ、あはは。」

「がっはっはっは!」


アキトとレンは肩を組んで笑い合う。アキトは、本当にレンと友達になれて良かったと、心の底から思う。空気を読んでさりげなくアキトから離れたシルバーナは、仲の良い二人を見て、少しだけ羨ましくなった。


(ああ…良いなぁ…。私も小さい頃は、お爺様のお孫様と、姉妹同然に育って、良く遊びましたね…。事故で…亡くなってしまう…までは…うぅ…。いけない、今そんな事を考えてはいけません!)


シルバーナは、かつての幸せな日々を思い出して切なくなったが、アキトに心配かけまいと無理やり平静を装う。幸い、アキトはレンとの会話を楽しんでいた為、シルバーナの様子に気付かない。


「まあ、冗談はこれ位にして、本気で俺はお前の助けになりてぇんだよ。」

「レン君…ありがとう。心強いよ!」

「へへっ、任せろ!俺とお前の仲じゃねぇか!」


アキトとレンは固い握手をして笑い合う。しかし、そんなレンにヤクモは苦言を呈する。ヤクモとしては、このような危険な事に、大事な主人の孫であり、自身の子供の様に心を砕き接して来たレンを巻き込みたくなかった。


「…若様、何を勝手な事を仰られているのですか?」

「叔父さん、止めないでくれ。俺はアキトの親友だ。」

「ふぅ…。段々、大旦那様に似て来ましたね…。嬉しいやら先が思いやられるやら…。良いですか?連れて行くのは土狼だけですからね?」

「ああ、それで良いぜ!」


ヤクモはなんだかんだ言いながら、レンの行動を容認していた。自分の敬愛する主人である学園長の血が、しっかりと受け継がれて居る事を自らの目で見れた事が、たまらなく嬉しかった。


(私は一度死んだも同然の身、もはや、この方達の為に命を差し出す事に微塵も躊躇はありません。必ずや守り抜きます。私の命に代えても。)


ヤクモは心に静かな決意を秘めて、青い二人を優しく見つめた。そのヤクモを見て、カスミも観念した様に首を振る。


「はぁ…わかりましたわ、お兄様。コチヤさんも、それでよろしいかしら?」

「はは、御二人が賛成なのに、私だけ反対ってのはありませんよ。実際に、シルバーナさんやアキト君、若様の力は、同世代の中でも飛び抜けて優秀な部分が有ります。上手く活用出来れば、貴重な戦力となりましょう。私は、前線に出るであろうシルバーナさんを精一杯護衛させて頂きますよ。」


コチヤも賛成した。彼もアキトとレンの二人の姿を見て当てられたらしく、口元が少し笑っていた。


「おやおや宜しいのですか?ここはあなたが反対意見を出して、その薄い存在を主張する所ではありませんか?このままでは、付和雷同の主体性のない仲間その五になってしまいますよ?」

「ヤクモさん…酷いですよぉ…。」

「まあまあ、冗談ですよ。そうお気を落とさず。」


コチヤを弄って満足したヤクモは、改めて神妙な面持ちでコチヤを見る。


「それに、あなた様には、冷静なままでいて頂きたいのです。それこそ、私が暴走してしまった時に、苦言を呈して止めて頂ける位に…。」

「ヤクモさん…。」

「この中では、恐らく一番あなた様が冷静で居られると思うのです…。私はきっと先程の様に、感情的になってしまう。アキト様もシルバーナ様も、ディア様の両親の事となれば、冷静で居られるかわかりません。若様もアキト様の為なら…とても友達思いで無鉄砲な方ですから。」

「叔父さん…。へっ!あったり前よ!」

「別に褒めている訳では有りませんよ?若様。」

「俺にとっては褒め言葉だぜ!」


ヤクモは、レンの言葉に少し頭痛を覚えるも、口元は優しく笑っていた。


「だから、もしもそうなった時に、あなた様の視点から見て、行き過ぎだと思ったら、迷わず言って欲しいのです。必要とあらば、力尽くでも構いません。カスミも幾分か冷静で居られるとは思いますが、カスミの導術では、相性の関係で、恐らく私を止められる可能性は低いでしょう。だから、あなた様が頼りなのですよ。」

「はあ…わかりました。」

「申し訳ありません。あなた様には大変な役割を、押し付けてしまいますね…。」

「良いですよ。損な役回りには慣れてますから。」


コチヤは少し困った様に笑った。ヤクモは深く頭を下げた。


「さて、こんな所で長々と立ち話もなんでしょうから、一旦県警本部に移動しましょう。キツネ様にも事情を説明した方が宜しいでしょうし。」

「今、ソコネ県警の本部長に連絡を入れましたわ。すぐにこちらに車輌を送ってくださりますわ。」

「それは良いのですが、ムカイドに取り付かれた警察官の方は如何しましょう…。」


アキトは警官達の事を心配していた。カスミやレンの導術で身動き取れない状態に追い込んではいるが、解放すれば何をするかわからない。放って置くわけには行かなかった。


「それでしたら大丈夫ですわ。もう、ムカイド達は居りませんもの。」

「え?ムカイドを取り出せたんですか?」

「いえ、忽然と姿を消してしまったのですわ。アサテが居なくなった後すぐに、彼らの体内からムカイドの音が消えて、同時に全員気絶しましたの。つけ加えると、暴れていて拘束した導物の方も気絶しましたわ。」

「ああ、早速、召喚術でムカイドを回収しましたか。ムカイドを見捨てる事なく、別の機会に活用するために…。お陰でこちらも助かりますが、抜け目ないですね…。」


アサテは、早速得た知識を活用していた。今までの彼の認識であれば、ムカイドは一度宿主の体外に出さねば召喚により回収出来ないという認識であった。ムカイドが宿主と一体化するため、転移契約を結んでいない宿主と切り離して召喚する事が出来ないと考えられたからである。


故に、カスミに拘束されている人物から一旦離れさせねば、ムカイドを召喚して回収出来ない。しかし、その隙にカスミに捕らえられて破壊される可能性が高かった。だが、機械化ムカイドが宿主と別個体と認識されるなら、取り付いた状態からでも召喚する事で、体外に出す危険を冒さずにムカイドを回収出来るのである。


「ま、仕方の無いことをあれこれ悩んでも詮無いことですわ。今はただ、皆が無事であった事を喜びましょう。怪我人は出てしまいましたが、見た所全員軽傷で済みましたし。警官の方々も、大怪我なさった方は居りませんわ。」

「そうですね…。本当に、死者が出なくて良かったですよ…。」


アキトは深くため息をつく。とても疲れていたが、満足であった。自らが命を張ってでも成し遂げたかった事を、完遂出来た事がとても嬉しかった。


「それもこれも、アキト様の頑張りがあったからですよ。アキト様の召喚術が無ければ、私は今頃は…。改めて御礼申し上げます。」

「いえ!僕一人の力じゃ無いです。ヤクモさんにレン君、コチヤ先生にカスミ先生、それに、ルビィやディアが居たからです!皆さんの協力が無かったら、ちょっと召喚術が得意な学生に過ぎない僕に、何が出来ましょうか…。本当に、ありがとうございました!」


アキトは改めて頭を下げる。その真摯な姿は、その場に居る全員の頰を綻ばせた。その時、カスミがある事に気付く。


「あら、そう言えば、ディアさんは?」

「ああ!そうでした!学園に転送して其れっきりでした!」

「お兄さん!ディアちゃんが心配です!」

「任せてください!召喚!」


アキトは急いでディアを召喚するや否や、ディアはアキトに飛び付いた。アキトをそのまま押し倒すと、身体中を舐め回す。どうやら、アキト怪我がないか確認している様であった。


「キュルキュル〜!キュルキュル〜!」

「すみませんディア、一人で不安でしたね…。」

「キュキュ!キュッキュ!」

「お兄さんが無事で良かったって言ってます!」

「そうですか…。本当に、守れて良かった…。」


アキトはしっかりとディアを抱き寄せ、愛おしそうに頭を撫でた。ディアはそのアキトの顔を優しく舐める。その様子を見ていたシルバーナは、物欲しそうに眺める。すると、その様子を見たアキトが、シルバーナを招き寄せる。


「ほら、ルビィもおいで。遠慮は要りませんよ?僕達は家族なんですから。」

「え、あ…。は、はい!」

「キュイキュイ!」


アキトはシルバーナと共にディアを抱き抱える。腕の中の二つの温もりを確かに感じ、心が満たされていくのを感じる。同じ様にシルバーナもまた、幸せを噛み締めていた。


(ああ、ああ…温かい…幸せです…。ディアちゃんに…アキト様に出会えて良かった…。)


その様子を見守るヤクモ達にも、心に温かい物が溢れていくのを感じていた。ヤクモはそっとレンに近寄る。


「若様も混ざられてはいかがでしょう?」

「叔父さん、冗談は止してくれ。俺はあの輪の中に入れる程、野暮な性格はしちゃいねぇ。」

「ふふ、成長なさりましたね。本当は混ざりたくてしょうがないでしょうに。」

「へっ、うるせえよ。」


ヤクモは微笑んでレンの肩に手を置く。レンも笑いながらヤクモの肩に手を回す。ヤクモの方が背が高い為に少々不恰好な形になるが、その肩を組む様子は、正に親子であった。


「大好きだぜ、親父。」

「私もですよ、レン。」


仲の良い家族を、仲の良い親子が、優しく見つめていた。


「ふふ、妬けますわね。ワタクシも家に帰ったら、久方振りに家族を抱き絞りましょう。」


カスミは、二組の家族を見て、改めて家族の良さを実感していた。自然と笑みが溢れていた。


「家族…か…。私は…。」


コチヤは、何となく寂しそうに呟いた。その呟きは遠くから聞こえるサイレンの音に掻き消され、消えていった。










「いやはや、大変でしたねぇ…。こちらにアキト君達がテロリストだったなんて話が急に来た時は、本当に驚きましたよ…。誤解であるとそこら中説得に回って、ようやく沈静化出来ましたが。」


県警本部の一室で、アキト達の説明を聞いたキツネは溜息をついた。


「お手数かけまして済みません。ですが助かりました。あと、気になっていたのですが、僕が危害を与えてしまった警官の方は…。」

「大丈夫ですよ。体の彼方此方がかなり痛むと言っていましたが、事情を話して納得してもらいました。寧ろ、人殺しをせずに済んで感謝していると言ってましたよ。」

「そうですか…良かった…。それと、慰謝料は払わなくても良いんでしょうか?暴行容疑で逮捕されたりは?」

「……無いですよ。当たり前でしょう?」

「良かった!それが聞きたかったんです!」

「アキト君…あなたって人は……。」


部屋は広い割には機密性が高く、外から聞き耳を立てられず、監視カメラも無い上、導術の反応も検知出来る特殊な場所で、秘密の会話をするのに適していた。部屋の真ん中に用意された机と、それを挟んでソファーが二つ有り、それぞれにアキトとヤクモとコチヤ、カスミとキツネが向かい合うように座っている。シルバーナとディアは、共に部屋の角で戯れていた。レンも土狼と共にその遊び相手となっていた。


「昨日に今日とこんなに事件に巻き込まれるなんて、アキト君には死神かなんか付いているのでは無いですか?」

「昨日と今日とで、キツネさんが一切関与しない事件が一件だけなんですが?」

「私は死神なんかじゃ有りませんよ。別に私は好き好んでアキト君を関わらせた訳では無いんですけどねぇ…。」


アキトもキツネの言い分はわかっていた。しかし、キツネはいつも何か企んでいて、今回の事件もそのしわ寄せが来たのではと、アキトはついつい訝しんでしまっていた。


「まあ、アキト様に死神が付いているのは確かでしょうね。ね?コチヤ様。」

「や、止めてくださいよヤクモさん!私は死神なんかじゃ無いですよ!それにあの渾名は嫌いなんですから、それで弄らないで下さい!」

「ああ、そう言えば、コチヤさんの特殊部隊時代の渾名が『幻影死神』でしたかねぇ。」

「キツネ様、『空気な死神』ですよ。」

「そうでしたねぇ、これは大変失礼しました。」

「やめて下さいー‼︎」


コチヤは顔を真っ赤にして怒る。しかし、いかんせん迫力がない。非常に印象に残らない。


「ああ、やっぱり空気ですねぇ。」

「うう…もう良いですよ…。私の事は放っておいて下さい…。」


コチヤはいじけて、部屋の隅に屈みこんでしまった。床に『の』の字を描いている。


「ああ、もう…コチヤ先生いじけてしまったではないですか。ヤクモさんもキツネさんも、人が悪いですよ。」

「ふふ、すみません。面白くてつい。」

「ンッフッフッフッフ。これが中々愉しいんですよねぇ。」

「この人達は…。」


アキトはジト目で二人を睨む。レン達は落ち込むコチヤを宥めていた。


「まあまあ、話を元に戻しましょう。今回の件は、『神淵ノ端求社』の仕業で宜しいのですね?」

「ええ、確かに、あのアサテとか言う男の人は、そう名乗っていました。」


キツネの確認の問いに、アキトは確信を持って答える。


「ンッフッフッフ、これであの犬も念願が叶いますねぇ。」

「ええ、今度こそ逃がしません。」

「ワタクシも、持てる力を全て使って追い込んでやりますわ。」


キツネの言葉に、ヤクモとカスミが静かに答える。静かながらも、その声には怒りが篭っていた。


「取り敢えず今回は、あの組織が関わっていた事は私達だけの秘密にしましょう。」

「ええ、異論は有りません。」

「え?何でですか?全国的に指名手配した方が良いんじゃ…。」


キツネとヤクモの会話を聞いたアキトは、素朴な疑問を呈する。


「ンッフッフ。アキト君、この件は中々複雑なんですよ。」

「複雑って?」

「簡単に言えば、彼らと『上』が繋がっているんですねぇ。そこから当時圧力が掛かって、あの組織の捜査が打ち切られてしまったんです。犬はそれはそれはもう激怒したそうですよ?本気で警察庁を壊しそうな位に。すんでの所でヤクモさんが止めたそうですが。」

「本当なら、私も止めたくは有りませんでした。しかし、犯罪者として捕まってしまえば、あの組織を追い詰める所では無くなってしまいますからね。」


ヤクモは笑顔ではあったが、声には怒りが篭っていた。


「ですが、カスミ先生は警察にも強い影響を持っていたのでは?」

「当時のワタクシは、まだそこまででは有りませんでしたわ。それに警察も…いえ、イズモ家も一枚岩では無い…と言う事ですの。捜査を無理矢理打ち切りにした当時の長官様も、私達が追求しようとした際に逃げられ、間も無く自殺死体として発見されましたわ。恐らく…用済みと言う事で消されたのでしょうけど。」

「それで…ですか。」

「御察しの通りですよ。ただ、その証拠は隠滅されてしまいましたし。その『上』で怪しそうな方も、今の私には手出し出来ないんですよねぇ。だからあの犬やヤクモさん達は特殊部隊を解散して、情報を収集する為に学園の教師をやっているんです。『上』に邪魔をされない様に、独自に情報を集めて、あの組織を追い詰める為に。」

「そうだったんですね…。」


アキトは、コウガやコチヤなどの学園の教師が何故、いずれも元特殊部隊隊員であったのか疑問であったが、それの答えが漸くわかり、納得した。


「それでは、今回の件はどう処理するんですか?口裏を合わせるなら、その辺りの情報共有をしっかりしておきたいのですが。」

「おやおや?アキト君が偽装にノリノリとは、どういう風の吹きまわしでしょうねぇ?」

「僕が協力しなくても良いのと言うなら、それで構いません。」


キツネの顔に少しだけ不愉快な気分になったアキトは、素っ気ない振りをする。


「冗談ですよ。是非、私に協力して下さい。既にマスコミ各社には私の“友人”に“お願い”して、口裏合わせして有ります。後は私達だけですよ。」

「相変わらず準備が良いですね…。と言うか、マスコミにまで影響力を持っているって…道理で先日の会見の時も融通が効いた訳ですね…。キツネさんなら天下取れるんじゃ無いですか…?」

「ンッフッフッフ。私はそんな柄じゃ無いですよ。それに、影響力が有ると言っても、幾ら何でも有る事無い事色んな事を、際限無くは吹聴出来ません。飽くまで事実をもみ消したり、誇張するのが手一杯ですねぇ。報道関係全部を掌握出来ている訳では無いですし、余りに目立つと目を付けられます。ここぞという時に、程々に使うのが良いのですよ。」

「それでも充分過ぎますよ…はぁ…。」


アキトの溜息に、キツネは怪しく嗤いながら、今回の事件の処理について語る。


「今回の件は、シラサギと繋がりの有る正体不明の反導族団体の仕業とします。逃げられてしまったが為に、名称は明らかになっていないという事にします。キタカタが所持する縁絶鋼の大量生産方法を探しつつ、アキト君を殺害しに来たとします。」

「シラサギと繋がりが有る…ですか。またあの人に被けるんですね…。」

「行方不明者に口無しですよ。」


シラサギ一派は今、全員が行方不明または懐柔済みなので、言いたい放題、偽り放題、責任押し付け放題である。


「しかし、アサテは僕らに名前を伝えた事を知っている筈です。その嘘はバレ易く有りませんか?」

「バレても良いのですよ。私達が嘘を吐いたとわかると言う事は、その方はアサテと繋がりが有ると見て間違い有りません。その情報元を辿る事が出来れば、彼らの発見に繋がります。もしそのような情報提供が有れば、すぐ連絡するようにも言い含めておきました。もし彼らが愚かじゃ無ければ嘘はバレません。どっちにしても利用出来ます。今度は『上』にも介入させませんよ。」

「なるほど、確かに。」


アキトは、キツネの嘘情報がエサであるとわかって納得した。そのエサが罠と見破られれば彼らが引っかからない代わりに、此方の嘘もバレないという算段である。バレたら大々的に、バレ無ければ秘密裏に捜査を行うつもりであったのだ。


「ディアさんの縁絶鋼の件は伏せるので、キタカタは何処かで手に入れた特殊な技術で縁絶鋼を大量生産していたとします。あとで何者かがディアさんの事を告げ口しても、導物が縁絶鋼を創れる筈がないと突っぱね、ウシオ達はキタカタに騙されたという事にします。」

「それは、僕も考えていました。」

「ンッフッフ、段々私に似てきましたねぇ。」

「残念ながら、認めざるを得ない部分も有りますよ…。」


アキトは嫌そうな顔をしながらキツネを見る。負けを認めてはいたが、なるべくキツネの様に成りたくは無かった。キツネは少し得意になって続ける。


「そして、キタカタが警察に捕まってしまった事から、その技術を奪う為に警察官をムカイドで操って、警察署を調べた。だが、無かった為に、所持している可能性があり、ついでに標的でもあるアキト君達を、警官を利用し、また自身も炎導術を使って襲って来た。

更にヤクモさんがムカイドに取り付かれて操られ、絶体絶命の窮地に陥るも、“先生方”のお陰で無事にヤクモさんをムカイドから解放し、逆に襲撃者を追い詰めた。しかし、隙をつかれて逃げられた。というストーリーです。」

「ほとんどは事実ですね。」

「ほとんど事実な所に、少しだけ嘘を混ぜるのが、上手に騙すコツですよ。」


キツネの悪い笑顔に、アキトは苦笑いを返す。


「その技術はアキト君は所持していないという事にします。その詳細も不明でアキト君も知らず、実はキタカタのアジトにあって、ウシオがうっかり燃やして消してしまったと考えられる、としましょう。」

「あの件をそう利用しますか…。」

「使えるモノは何でも使いますよ。」


強かなキツネに、アキトは呆れながら感心する。


「ムカイドについても仔細を公表し、その組織が開発した物と考えられる、とします。昨日のシラサギの事件に使用されたとすれば、繋がりが有るという話に真実味が出ますからねぇ。取り付かれた警官達とシラサギ事件の被害者が皆記憶喪失であるので、それを証拠として活用しましょう。重要な部分も覚えていないので、そこはこちらの都合の良い様に改竄します。」

「改竄…キツネさんの十八番ですね…。ムカイドの存在は公表するんですか?」

「ええ、多少世間が騒ぎになるかも知れませんが、警戒をして頂くに越した事はありません。それに、ムカイドの事がわかって居れば、説明がし易いでしょうしねぇ。アキト君もまた同じ目に逢いたくは無いでしょう?」

「確かに…。」


アキトは、県警本部での騒動を思い出す。相手に正確な事情が伝わって居れば、もう少し穏便に事は進んだのでは無いかとも考えられた。


「縁絶鋼の生産方法は、テロリスト組織が開発した物であり、政府は一切関わっていないとアビス王国に向けては発信します。同時に、責任を持って総力を上げてそのテロリスト組織を撲滅すると確約する事で、実際の反導族団体をまとめて逮捕する口実としましょう。」

「アビス王国に誠意を持って対応しつつ、ヨミ国内の不穏分子に言い掛かりを付けてまとめて捕まえるんですね…。戦争回避の為には、仕方ありませんか…。」

「ええ、ついでに大掃除も出来ますねぇ。腕がなりますよ。」

「キツネさんの場合、そちらの方が本命でしょう?僕が言うのも何ですが、お手柔らかにお願いします。」


キツネは、数多の反導族団体を捕まえつつ、その団体と繋がっている政府高官も纏めて告発するつもりでいた。捕まえた功績は“友人”に送り、高官のポストには自身の子飼いをねじ込むために。その為の根回しは既に整いつつ有り、後は大々的に動く大義名分を得るだけであった。


ミナカタ達の襲撃から連なる今回の事件は、表向きアビス王国と協調路線を採ろうとするヨミ国にとっては重大な問題である。アキトが公的に謝罪してから間もない内に、貴族令嬢のシルバーナが襲われ、導族にとって忌まわしき金属である縁絶鋼が、導族に仇なすテロリストによって生産されていた事実がわかったのだから。その解決のためなら、少々強引な手段も許容されるであろう。そのための根回しも既に準備出来ている。


更に、ムカイドという脅威や、テロリストの過激さがマスコミにより全国遍く知れ渡るであろう今、世論は反導族団体への恐怖、反発に傾いている。その団体と繋がっている人物も激しく糾弾されるであろう。取り締まるには絶好の機会であった。


キツネが悪い笑顔で陰謀を頭の中で巡らせている時、アキトからまたキツネに話しかける。その顔は真剣であった為、キツネも思わず真剣な顔になる。


「キツネさん、折り入って相談が有ります。」

「何でしょう?改まって。そんなに大事な話なのですか?」

「ええ、僕の命に関わります。」


キツネは細い目を少しだけ開いてアキトを見る。とても真剣な眼差しであった。


「…伺いましょう。」


アキトも鬼気迫る顔でキツネを見る。とても切実な顔であった。そして、席を立ってキツネの横に来ると、意を決して口を開く。


「…県警本部や自然公園、道路や民家その他諸々の破損に対する弁償は、どうか!どうか!どーうーか!勘弁して下さいィイイイイイイ‼︎」

「……………はい?」


土下座姿勢に瞬時に移行しつつ、繰り出されるアキトの悲痛な懇願は、キツネの予想を遥かに下回っていた。そしてキツネは、再び、狐に摘まれた様な間抜けた顔を晒してしまっていた。

主人公は基本的に守銭奴です。お金の事になると目の色が変わります。


さすがにお金で誰かを売る事はしませんが、かなり動揺し易い性格をしています。


だから、主人公を追い詰めるのに一番有効な手段は、実は経済的な制裁だったりします。

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