第21話
「ヒヒヒヒヒ!まさか、召喚術で機械化ムカイドを取り除けるなんてね。予想外だったよ、最高だ…!」
「テメェ!フラフラ飛んで避けんじゃねぇ!石が当んねぇじゃねぇか!」
男は恍惚とした表情でレンの石弾攻撃を避ける。撃ち出した石弾は落ちて来る所に土狼を待機させ、それをキャッチさせて投げ返させる事でより濃い弾幕を張る。
「レン君!ムカイドに取り付かれた警官さん達は⁉︎」
「大丈夫だ!導術が解かれる前に、土狼の腹ん中で手と口と耳を石で塞いだ状態にしておいたからな!自殺も他殺も出来ねぇ!」
「そうですか!良かった!」
土導術は、その作用が切れても土や石などの実体は残る。レンはそれを利用し、土狼の身体から石で出来た拘束具を形成して警官達に装着する事で、導術を封じられ土狼が唯の土になったとしても、ムカイドに取り付かれた警官達の自由を奪ったままにする事が出来たのだ。
「人質の心配が無くなった今、後は此奴を倒すだけだぜ!」
レンは、大事な友や父親の様な叔父を傷付けられた鬱憤を晴らすかの様に、大量の石を撃ち出す。しかし、男は相変わらず恍惚とした表情で避け続ける。空中をゆらゆらと漂う男を、中々捉えきれなかった。
「召喚。ルビィ、お願いします。」
「はい!お任せ下さい!」
「ヒヒヒヒ…ハ?」
そこで、アキトはシルバーナを召喚する。彼女の導術により、男は炎を消され、浮上できなくなった為に地上に落ちて背中を強打する。しかしすぐに立ち上がり、状況は不利と見て、態勢を立て直す為に急ぎ逃げ出す。
「逃がさねぇぞ!アキトに叔父さん、俺の大切な人達に手を出した事、思いっ切り後悔させてやらァ‼︎」
「レン様!私が彼奴めの導術を封じ続けます!存分にやって下さい!」
「おうともよ!恩に着るぜ嬢ちゃん!言われなくてもやってらぁな!」
「ルオオオオオオオオオオン!」
レンは土狼を一斉に男に襲い掛からせる。逃げようとする男の足元から小さめの土喰狼顎を造って足に噛みつかせ、動けなくさせた所に、狼達は殺到する。狼達は男の体のあちこちに噛みつき、骨を砕き、肉を裂く。
「ヒヒヒヒ!痛い、痛いイイイイ!」
男は炎導術を使って応戦しようとするも、すぐにシルバーナにより打ち消されてしまう。足元の地面を熱して土喰狼顎を焼き払っても、すぐに新たな狼顎が出来て男の足に噛みつく。逃げる事は難しいと判断した男は、全身からムカイドやエンカイド、ゼツカイドなどを出して狼達に応戦させ、何とか逃げる隙を作ろうと足掻く。
「ケッ!そんな虫に、俺の狼が負けるかァ!」
しかし、レンの狼達は動じない。逆に百足達に噛み付いて引き千切る。
「俺の狼にゃあな!取り付く脳味噌は無ぇんだよ!」
土狼には脳がない為ムカイドには取り付かれない。エンカイドの消えない炎に焼かれ、ゼツカイドの縁絶鋼を撃ち込まれても、表面の土が剥がれてそれを切り離す。男の百足達は、レンの土の狼達に手も足も出なかった。完全に相性が悪かったのだ。
「そこまでだ!それ以上動いたらこいつを殺すぞ!」
「うぐ、ひっぐ、だずげでぇ…。」
しかし、レンの狼達の猛攻も、一人の警官が現れる事で止まる。
「…まだ、居たのですか…!」
「ヒヒヒ!保険は大事だよ?ヒヒヒヒ!」
その警官は、一人の少女に包丁を突きつけながら向かって来ていた。ムカイドは公園に突入して来た警官達以外にの警官にも潜んでおり、その警官が新たな人質を用意して駆け付けたのだ。
「可能性は有りましたが…ここまで用意周到とは…。」
「ヒヒ!本当は情報操作や隠蔽に使いたかったんだけどね。使わざるを得ない状況だから仕方ないね。いやはや、お見事だよ。まさか君達が此処までやるなんてね。」
捕らえた警官以外にも、ムカイドが潜んでいる可能性は考えられた。しかし、それを脅しに用いて来なかった為、もう居ないのだろうと考えていたアキトであったが、相手の準備は彼の予想以上であった。狼達が威嚇するも、少女が人質に取られているために迂闊に動けなかった。
「チィ!テメェ!卑怯だぞ!」
「ヒヒヒヒ、卑怯で結構。手段を選ぶ事は、目的の達成に対する枷になるんだよ?卑怯だろうと何だろうと、それで目的が果たされるなら別に良いと僕は考えるけどね。さて、その子の命が惜しければ、大人しく全員僕に従って貰おうか。」
レンは悔しさに顔を歪めながらも、大人しく狼達を土に戻す。アキトやシルバーナ、ヤクモや自分の命が掛かっていたが、目の前の無実で無垢な命を見殺しに出来るほど、彼は冷酷になれなかった。
「ぐ…クソ…!」
「ヒヒヒヒヒ!君達皆、本当に愚かだねぇ!折角の勝機を、みすみす逃すなんてねぇ!でも、その愚かさには感謝するよ?おかげで僕の勝ちだ。全員、僕の研究サンプルにしてあげるよ!」
シルバーナも術を止めた為、再び満足に導術を使えるようになった男は、怪我した部分を焼いて出血を止めた。
「…何も言い訳出来ねぇな。本当にすまねぇ…。」
「いいえ、レン君の責任では有りませんよ。」
「そうです、レン様に非は有りません。」
アキトとシルバーナはレンを責めなかった。例え自分が同じ立場に立たされても、同じ事をしていただろうと思ったからだ。
「それに、もう充分ですから。」
アキトはニッコリとレンに微笑みながら宥めた。その長い後ろ髪を、風が揺らしていた。狼達も何かに気付いたらしく、皆一様に怯え出している。
「この反応は…やっとか。」
「ヒヒヒ!一体、何が充分なのかな?」
「……“時間稼ぎ”…ですよ。」
レンが安堵し、アキトが笑顔を男に見せていると、その場に一陣の強風が舞い込んだ。
「があっ!」
「きゃあ!」
そして気付くと、ムカイドに取り付かれていた警官が、いつの間にか何者かに組み伏せられていた。人質の少女は無事に警官から解放されていた。
「有難うございます。思ったより早かったですね。コチヤ先生。」
「召喚術も無しにこの距離をこんな短時間で…本当にコチヤ様は凄いです!」
「ええ、何せ本当に急ぎましたから…。皆さん、御無事で何よりですよ。」
そこには、先程まで学園に居たはずのコチヤが居た。ヤクモが操られたとわかるや否や、シルバーナが気付かない程に素早く無線を返すと、彼女がわかった時には、すでに建物を飛び出していた。そして学園周辺の、ヤクモが操れる木々を次々伐採しながら、ヤクモアキト達の戦っている場所まで走って来たのである。流石に疲れたのか、肩で息をしていた。
「ピガアアアア!」
「危ない!」
組み敷かれた警官からムカイドが飛び出し、コチヤに迫る。コチヤを乗っ取ろうと飛び出したのだ。
「甘いですよ。」
コチヤは涼しい顔でムカイドの頭を掴むと、ムカイドの頭は音も無く取れる。断末魔の叫びすら無かった。
「これは…逃げようか。」
「何処に逃げると言うんですの?」
状況が圧倒的に不利と見た男は、シルバーナが自分から意識を外している隙に逃げ出そうとする。しかし、何かが体に纏わり付いて、彼の動きは封じられてしまう。急ぎ炎でその何かを焼き切ろうとするが、炎が消えてしまう。
「ぐ…これは…。」
「あなたの炎導術は、私の水導術とは相性がよろしくなくてよ?」
男の背後の風景が揺らぎ、女性が現れる。カスミであった。狼達は皆一様に萎縮する。
「やったぜ!さっすがカスミ叔母…。」
「若様?絞られたいのですか?」
「イエ、スミマセン、オウツクシイカスミオネイサマ。」
「うふふ、それでよろしくてよ。」
レンはカスミの冷たい笑顔に顔を強張らせる。失言を悟り、額から冷や汗が流れ落ちる。
「ヒッヒヒヒヒ!いやぁ、負けちゃったねぇ。」
「あら、随分と余裕がお有りですのね。」
男は完全に拘束されているにも関わらず、余裕の表情を崩さなかった。
「ヒヒヒ!そりゃあ、まだ僕には人質が居るからねぇ!ムカイドを仕込んだ警官は、まだ…。」
「あら、それなら大丈夫ですわよ?」
「ヒ?」
「ムカイドに取り付かれた方達は、ワタクシの術で全員拘束いたしましたの。何かさせようとしても、動けませんわよ?」
カスミはヤクモと同じく水を遠隔操作でき、対象に纏わり付かせて動きを封じる事が可能である。その術を利用して、ムカイドに取り付かれた人々を拘束したのである。
「ヒヒヒ!全員だって?誰に取り付かれているかわからないのに、そんな事が可能なのかい?」
「うふふ、可能ですのよ。」
「ヒヒヒヒ!なら、その方法を教えてくれないかい?知りたいんだよ。」
「残念ながら、乙女の秘密ですわ。それを訊くのは、不粋ですわよ?」
カスミ操る水導術は、音を良く伝える。その性質を利用して、取り付かれた人の中に有るムカイドの生体音を感知したのだ。先に操られた導物と戦った時に、ムカイドの生体音を覚えており、カスミは取り敢えず警官達全員に術を使い、ムカイドを仕込まれているとわかるや否や、その者を問答無用で拘束したのである。
「ヒッヒッヒ!その余裕、どうやら本当らしいね。」
「観念して頂けたかしら?」
「ヒヒ、ま…非常に残念だけど、ここまで劣勢だと、地竜やお嬢ちゃんの回収は無理そうだね。」
男は名残惜しそうにシルバーナを見つめる。アキトはその視線を遮るように彼女の前に出る。
「あなたに、決してこの子達は渡しません!」
「ああ…お兄さん…。」
シルバーナは自らを庇い、守ろうとするアキトにさり気なく抱き着く。シルバーナが不安に思って抱きついて来ていると考えたアキトは、彼女を安心させるべく、優しく抱き寄せて頭を撫でる。
(ああ…気持ち良い…いい匂い…。こんな事してる場合じゃ無いですけど、もうちょっとだけ…。ああ、アキト様ぁ…。)
(可哀想に…。昨日に今日と命を狙われて、辛いのですね…。しっかり抱きしめて安心させてあげましょう。)
シルバーナはアキトに抱かれ撫でられ恍惚とし、思わず今の状況を忘れてしまいそうになる。一方アキトはそんな挙動不審なシルバーナを心配し、一刻も早くこの事件を終わらせようと考える。
「ヒヒヒ!見せ付けるねぇ。まあ良いや。ねぇ、それより君に訊きたい事が有るんだけどさぁ!」
「あら、発言を許した覚えは有りませんわよ?」
「ヒヒヒヒ!代わりに、君達の質問にも答えるよ。どうかな?」
「あらら、如何致しましょうか?拷問して聞き出すつもりでしたが、簡単に口を割られるとつまらないですわ…。」
カスミは拷問で情報を聞き出そうと思っていたが、先程から口の軽そうな男に、拷問のし甲斐を見出せず、興味が薄れていた。
「いや、拷問って…つまらないって…。カスミ先生…。」
「アキト…何言っても無駄だ。お姉様はクロ叔父さんと同じ、生粋のサディストだからな…。」
「さですと?」
「ルビィは知らなくて良い事です。あと、絶対に真似してはいけませんよ?」
「聞こえてますわよ?」
「「すみませんでしたァ!」」
アキトとレンはカスミの冷たい笑顔に恐怖して大声で謝る。
「ヒヒヒ!僕無視されてるねぇ。まあいっか、取り敢えず質問するよ。」
「はぁ…仕方ありませんわね。内容によっては答えませんわよ?アキトさんもよろしくて?」
「え?ああ、はい。答えたくなければ答えなくて良いんですよね?」
アキトは男の質問に答える事にした。この男は狂ってこそいるが、本質はただ知りたい、教えたいだけの男であると何と無く理解出来たため、上手く情報を引き出すには望み通り質問に答えることが早いだろうと判断したのだ。
「ヒヒヒ!それで良いよ。じゃあ召喚術使いの君、何で召喚術で木導術使いの彼を助けられたんだい?」
「え?」
しかし、その質問はアキトの意表を突いた。男は、召喚術でヤクモを助けられた事が不思議だったらしい。アキトは困惑しながら答える。
「召喚術が、所有権の有無で召喚対象が規制されるのはご存知ですよね?」
「ああ、知ってるとも。」
「ヤクモさんは僕と転移契約を結んでいますが、ムカイドはあなたのでしょう?なら、ヤクモさんを召喚すれば、ムカイドを分離出来るのではと踏んだんです。」
「ふむ…やはりそうか。だから、召喚術を君に使わせる様に僕を誘導したのか。」
「ええ。」
アキトは、ナイフの刺さったコウガを転送した際、その場に縁絶鋼製ナイフが残されたのを思い出していた。あれは縁絶鋼の影響もあって転移しないのもあったが、所有権がアキトやコウガに移転していない時点で、何方にしろ転移する筈は無かったのだ。あのナイフがその場に残って、結果的ににコウガからナイフが抜けたという事をヒントに、アキトはムカイドの除去方法を思い付いたのである。
「ヒヒヒ!なら、さっさとムカイドを君に仕込んでおけば良かった訳か。」
「その時は、先に言った通り殺して貰うつもりでしたけどね。」
「ヒヒ!やっぱり狂っているねぇ。」
「それはどうも。」
アキトは、男の発言を軽く受け流す。
「ヒヒヒ。そして君は、時間が無いと言いつつ、お嬢ちゃんの意思で召喚術を防ぐ事が可能であると僕に教えた。それによって、嬢ちゃんの意思で召喚術を防げると知った僕に、お嬢ちゃんとの取引をさせたね?」
「ええ、この子の意思を無視すれば、あなたは欲しい物を手に入れられなくなると、そう思い込まさせました。まあ、実際に事実ではあったんですけどね。其処から先は、賭けでした。この子が僕にムカイドを取り付かせない事を確約してくれなければ、僕はやはりムカイドに取り付かれていたでしょう。」
「そうだね、僕も君にムカイドを仕込む気満々だったからね。彼女の取引条件次第では、それを行っていただろう。」
アキトは今更ながら冷や汗をかく。かなり危ない橋を渡っていたのだと、今ようやく実感する。
「でも、僕はこの子を信じていました。優しい子ですからね。僕やレン君に危害を及ぼさない事を条件に出してくれると、そう思っていました。」
「当たり前です!お兄さん達には、絶対に無事に生きていて欲しかったんですから!」
「ええ、本当にありがとう。あなたを信じて本当に良かったですよ。」
アキトは慈しむようにシルバーナを抱き締め、耳元で優しく礼を述べる。シルバーナは再び顔がにやけるが、周囲の視線に気付いて急ぎ平静を取り繕う。
「ヒヒヒ!そして僕は、まんまとそれに乗せられたって訳かい。君の焦った仕草も、演技だったのかな?」
「半分は本当でした。幾ら僕の思惑通りでも、やはりこの子を危ない目に遭わせる事は非常に辛かったので。心から出た行動でしたよ。」
「成る程、通りで見破れない訳だね。」
アキトは自分が演技が下手な事は知っていた。しかし、ポーカーフェイスだけは得意であり、そしてシルバーナを心配する想いも本物であった。直前までポーカーフェイスを貫き、シルバーナを心配する時にだけ其れを解く事で、自然な流れを作ったのである。
「しっかしよ、アキト。そんなんだったら最初から、俺たちが捕まる前に叔父さんを召喚すりゃ良かったんじゃねぇか?だったら、そんな危険な事する必要無かったんじゃ?」
「ええ、今にして思えば、確かにそうですね。ですが、さっきまでは確証が持てなかったんです。もしも、ムカイドが宿主と一体化するとかだと、おそらく一緒に転移されます。そうしたら、ヤクモさんをムカイドから解放できませんでした。その辺りの裁定が、僕には判断つかなかったので、最後の手段にと思っていたんですよ。」
ヤクモがムカイドと共に移動すれば、ムカイドの支配は続いたままである。例えそのまま遠くに転送出来たとしても、植物を遠隔操作出来るヤクモでは、再びアキトを拘束し、見せしめにレンを絞め殺す事も容易であった。
「うえ…。じゃあ、さっきの召喚も、一か八かだったのか…。」
「ええ、ですから君に謝ったんですよ。君の命が掛かっているのに、そんな賭けに出たのですからね。」
「へへ、気にすんな。叔父さんを取り戻せる可能性があるってんなら、俺の命くれぇ簡単に賭けてやらぁ!そんでもって実際に叔父さんを取り戻せたんだ。感謝するぜアキト!」
レンは嬉しそうにアキトと肩を組む。彼の嬉しそうな顔に、思わずアキトも嬉しくなる。シルバーナは、相変わらずアキトに抱きついて匂いを嗅いでいた。
「…若様、お気持ちは大変嬉しいのですが、私の為に命を賭ける事はお止めください…。若様に何かあったら、大旦那様に申し訳が立ちませんので…。」
「ヤクモさん!気が付いたんですか⁉︎」
「叔父さん!何言ってんだ、この俺の爺さんだったら叔父さんを見捨てて助かれなんて言う訳がねぇ!次同じ状態になっても、間違いなく俺は命を賭ける!」
「ふふふ、勿体無いお言葉です。若様。」
ヤクモが目を覚まし、ゆっくりと立ち上がった。その顔はとても申し訳なさそうな顔をしており、普段の余裕たっぷりな顔とのギャップにアキトは少し驚いた。
「あら、お兄様。らしくありませんわよ?」
「ええ、自分でもそう思いますよ。年をとって、心が脆くなったのかも知れませんね…。ですが、意外と良いものですね、これも。」
ヤクモはゆっくりと立ち上がり、優しそうな笑顔を浮かべ、そして深々とお辞儀をした。
「若様、カスミ、コチヤ様、そしてアキト様。危ないところを助けて下さり、このヤクモ、恐悦至極にございます。この御恩は一生忘れません。」
「いえいえ、そんな大袈裟な。それより、御無事で何よりです。ヤクモさん。」
「そうさ!皆無事だったんだ。湿っぽいのは無しだぜ!」
アキト達がほのぼのとしていると、ブツブツと考え事をしていた男が顔を上げる。
「ヒヒヒ!しかし、これは盲点だったよ。」
「召喚術の事ですか?」
「ヒヒ!全く、思い込みはいけないって、あれ程肝に命じたのにね。参っちゃうよ。ところで、その口振りからすると君は、野生のムカイドが取り付いた人間は、召喚術でもムカイドが分離できないのは知らないんじゃないかい?」
「ええ!そうだったんですか⁉︎」
アキトは、男の発言に驚く。男の言葉が本当なら、ヤクモからムカイドを召喚で分離出来なかった筈である。
「ヒヒヒヒ!やっぱり知らなかったか。」
「…あなたは、知っていたのですか。それで、僕に召喚術を使うのを簡単に許したんですね…。」
「ヒヒヒ!文献で見ただけで、実際に試してはいなかったけどね。お陰で、こんな失態をやらかしてしまったよ。知識を蓄えるのも良いけど、それに踊らされちゃいけないね。ウンウン、教訓になったよ。」
「なら、その文献が間違っていたと?」
アキトは純粋な興味で尋ねる。目の前の男は敵ではあったが、アキトも自身の力をもっと良く知りたかったのだ。
「いや、これは僕の推測だが、恐らくそのムカイドは機械化されていなかった事が原因だったんだろうね。野生のムカイドは、取り付いた状態では、宿主の一部または持ち物であると認識されるんだ。一方、機械なんて物は、自然界に無い。誰かが作らなきゃ存在しない。誰かが造ったのなら、それは造った誰かの物だ。だから、宿主と一体化しているとは見做されなかったんじゃ無いかな?」
「…知らなかったとは言え、僕はとんでもない賭けをしていたんですね…。」
「ヒヒヒ!その無知の行動が、時に予想外な結果を呼び込むのさ。今までの常識が、これからも常識だなんて限らない。僕は今までの常識に踊らされ、思い込みに負けたのさ。ヒヒヒ、楽しいねぇ!」
「…本当に変わっていますね。ですが、これは僕にも勉強になりました。」
アキトは純粋な気持ちで男に礼を言う。
「ヒヒヒヒ!どうだい?知らなかった事を知って、脳神経がイキイキしてるかい?最高だろう?」
「え…ええ、恐らく…あなた程では無いでしょうが…。」
「ヒヒヒ!良し、いい感じに知識欲が湧いてきた所で、今度は君の質問に答えよう。」
「え?ああ、はい。」
アキトは、男から聞かれる内容が(アキトにとっては)大した事でなかった事に拍子抜けし、段々テンションの上がる男の勢いに押され気味になる。
「それでは、質問します。あなたは、一体何処の誰なんですか?さっきは大した事じゃないと言っていましたが、僕は知りたいです。」
アキトは、男の素性について知りたかった。興味というよりは、この男が単独の気違いなのか、それとも何処かの集団に所属する気違いなのかを判断したかったのだ。前者ならここで男を捕まえれば事件は解決する。しかし、後者であった場合、更なる襲撃に備えて対策を立てねばならない。何れにせよ、情報が欲しかった。
「ヒヒ!良いよ。僕もさっきまでは君に興味無かったけれど、今は興味が湧いたからね。僕の名前はアサテ、“神淵ノ端求社”所属のしがない研究者さ。知は深める物じゃあ無く、上下左右前後に無限に広がる物。神の知識の淵、その端を際限無く追い求める、それが僕達の共通の目的さ。」
「何⁉︎」
「ヤクモさん?どうしたんですか?何か心当たりでも?」
男改めアサテの言葉に、ヤクモが驚愕の表情をする。コチヤやカスミも同様であった。
「一つお伺いします。あなたはキノウという人物を知っていますか?」
「おや?彼の事を知っているのかい?」
「知っているも何も…、十年以上前に、あなたの所属する組織を、我々は急襲しましたからね。」
「えええええ⁉︎」
「叔父さん!どう言う事だよ!」
ヤクモの発言に、アサテは少し考えた後、腑に落ちた様な顔をする。
「ヒ?ああ!彼が言ってた襲撃者!君達だったのかい?これは奇遇だなぁ!」
「何を抜け抜けと…!ずっと、ずっと探しておりました…。やっと見つけましたよ!さあ、アジトの場所を吐きなさい!」
「ヤクモ様…怖いです…。」
ヤクモは怒りの形相で蔦を伸ばすと、アサテの首に巻いて締め上げる。シルバーナは驚き、アキトに力一杯しがみつく。カスミは術で蔦を弾こうとするも、水導術は木導術に相性が悪く、振りほどけない。
「ヒヒ…ぐあ…。」
「お兄様!落ち着いてくださいませ!」
「カスミ、止めないでください。これは大旦那様の…私の悲願であるのです!」
「殺してしまっては情報を引き出せませんわ!お気持ちはわかりますが、ここは手をお引き下さいませ!」
「ぐぬぅ…わかりました…。少々頭に血が上ってしまった様です。申し訳ありません。」
カスミの言葉に、ヤクモは悔しそうな顔で蔦を解く。息が出来る様になったアサテは咳き込みながら呼吸をする。
「げほ…ヒヒ、そうか、あの時に返り討ちにされた復讐か。」
「ええ、本当ならここで絞め殺したい位ですがね。ここは法治国家、大人しく裁判を受けてもらいましょう。その前に、しっかり情報を吐いていただきますが。」
ヤクモが何とか落ち着きを取り戻すと、アサテは再び口を開く。男は飽くまで、アキトに興味があった。
「ヒヒ、それは僕の気分次第だね。取り敢えず今は、召喚術の君の名前を聞きたいね。」
「僕ですか?僕の名前はアラカミ・アキト。唯の学生です。」
「ヒ?アラカミ?アラカミって言った?まさか…、君の父親はアラカミ・アルトじゃないかい?」
「アルト?いえ、僕の父はアラカミ・ゼンキです。アラカミ・アルトなんて人は聞いた事も有りません。」
男は予想が外れた事には、特に興味を示さなかった。
「そっか、人違いか、まあ良いや。」
「その人がどうかしたのですか?」
「いやね、僕の所じゃ無いんだけど、そう言う名前の研究者が、別の組織にいたなぁってね。中々面白そうだったから、何と無く憶えていたんだよ。」
アキトは、自分と同じ名字の人物が、アサテのような人物の所属するような組織に居る事をしって、何と無く気分が悪くなる。
「組織…それってやっぱり、非合法な…。」
「ヒヒヒ!まあね、法に則ってなんかいたら、人道や倫理なんて言う害悪に研究を邪魔されちゃうからねぇ!」
「…なら、やっぱり僕の父ではありませんね。僕の自慢の父は、そんな事をする方では有りませんから!」
アキトは少しだけ語気を強める。敬愛する父が、勘違いとは言え、非人道的な行いをする人物と思われた事が、アキトには辛かった。
「ヒヒヒ!なんとなく、君に似てなくも無いかななんて思ったんだけどねぇ。まあ、それはそれとして、君からの質問はもう無いのかな?」
「有ります、大事な事が。」
「何かな?」
「あなたが……研究していた、“僕達の”地竜はどこで捕まえたのですか?あの子の両親とかの情報を知りませんか?」
「アキトお兄さん…!」
アキトは、ディアの事について知ろうとした。ディアがこの男に捕らわれていた事がわかったため、アサテならディアの両親について知っている可能性があると考えたのだ。シルバーナは、アキトがディアを想う思いに心打たれ、先程まで自らの欲に従っていた自分を恥じた。
「ヒヒ!なんだ、随分とあの地竜に入れ込んでいるねぇ。アキト君。」
「僕の家族だから当然です。それより、知っているなら答えて下さい!」
「ああ、良いよ。」
アキトとシルバーナは、アサテの言葉に集中する。
「はっきり言って、あの地竜が何処で捕まったかについては知らないね。僕はそこには興味が湧かなかったから。捕まえた人に問い質したりもしなかったしね。」
「そう…ですか…。」
「お兄さん…。」
アキトは悔しそうな表情で俯く。シルバーナはアキトを心配そうに見上げる。不安そうに見つめる彼女を安心させようと、アキトは力無く笑顔を造る。
「ヒヒヒ!でも、あの子の両親は知っているよ。」
「な!それは本当ですか⁉︎」
「ああ、何せ、あの子と一緒に僕の所に連れてこられたからね。」
「ええ⁉︎じゃあ、今は…。」
「そ、僕の研究所に居るよ。」
アキトは絶句し、喜んだ。ディアの両親の居場所のヒントだけでも知っていれば僥倖程度にしか考えていなかったが、まさか本命にいきなり当たるとは思わなかったのだ。しかし、同時に不安にもなった。この男にどんな研究をされているのかが分からないからだ。
「酷いことはしていませんか⁉︎」
「ん?ああ、大事なサンプルだからね。殺さない様に注意してはいるよ。僕の地竜ちゃんを逃した時は、どうしてやろうか考えたけど。怒りに任せてサンプルを壊すのは頂けないからね。」
「良かった…生きているんですね?」
「ヒヒ、まあね。地竜ちゃんに縁絶鋼を造らせる為に手伝ってもらったのもあるしね。取り敢えず幽閉して自由を奪う位に留めておいてあるよ。」
アキトは、アサテの“手伝ってもらった”発言を訝しむ。ディアは人の言葉が分かる高導物である。アサテの言う事を、理解した上で素直に聞かなかったが為に、両親を利用したのではとアキトは考えた。
「まさかとは思いますが…その両親を…。」
「ヒヒッ!僕の所に来たばかりの頃の地竜ちゃんは、反抗的だったからねぇ!でも、頭は良かったから、ちょっとばかり目の前で親を甚振ってあげたら、素直に言う事を聞くようになったんだよ!ヒヒヒ、頭が良いって便利だねぇ!」
「あなたは‼︎」
「酷い!何て事を!」
アキトとシルバーナは怒りを露わにする。レンも胸糞悪そうに顔を顰め、ヤクモやカスミも冷ややかな視線をアサテに送っていた。アサテはそんな視線も気にせず言葉を続ける。
「ヒヒヒ!だってしょうがないじゃないか。ムカイドを取り付かせても良かったけど、そうすると新しい事が出来なくなるんだ。ムカイドは飽くまで取り付いた時点“まで”の行動しかできない。脳神経が成長しないんだよ。新たな発想が湧かないんだ!」
アキトは、自らの視線の熱が段々無くなっていくのを感じた。
「でもそれじゃあ駄目だ。僕はあの子の可能性を見たかった。不可能とされた、導術による縁絶鋼の大量生産方法に、あの子ならきっと辿り着ける。そう思って、僕はあの子の両親を痛めつけた。僕の言う事を素直に聞いて、必死に頑張る姿はとても健気だったよ。」
シルバーナは強く歯を食い縛り、自らの激情を律した。
「そして見事、あの子は成し遂げた!いやぁ、あの時の感動ったら無かったなぁ!まあ、完全に嫌われて怖がられてしまったけどねぇ!イーッヒハア!」
「…そんな事のために…!」
アキトは湧き上がる怒りを抑えつけると、その後に冷静な自分が出て来るのがわかった。そして顔から表情を消して向き直る。
「…その両親、解放して頂けませんか?」
「ヒヒ!ダメダメ!大事なサンプルだって言っただろう?簡単に手離す訳がない。」
「…そう言うと思いましたよ。では、閉じ込めてある場所を教えて下さい。」
「ヒヒヒ!自ら奪いに行こうってかい?」
「ええ、そうさせて頂きます。」
アキトは無表情ながら、その冷たい瞳に強い意思を宿していた。
「ヒヒヒヒ!大事なサンプルを奪いに来るって分かってて、態々喋る程の愚者ではないよ。」
「…カスミ先生、ヤクモさん。」
「ええ、必ずや、この方からアジトの場所を訊き出しましょう。」
「ふふっ、ワタクシの拷問は辛いですわよ?何時間保つかしらね。」
ヤクモとカスミは、心なしかイキイキとしていた。アサテはその顔を面白そうに見ていた。相変わらず、余裕の表情を崩さなかった。
「ヒヒ!怖いねぇ!でも、そろそろ時間切れだ。いやぁ、愉しい時間をありがとう。心配しなくても、あの地竜ちゃんの両親には手を出さないさ。そんな事したら、人質にならないからね。それに僕は今、ムカイドの更なる改造をしたいんだ!今度は、召喚術でも除去できないようにねぇ!ああ、試したい…試したいよ!これも君のお陰さアラカミ・アキト君、感謝するよ!」
「…どう言う事ですか?」
「ヒヒヒヒ!僕が、何かあった時の為に、脱出手段を用意していないと思ったのかい?」
「どうやって逃げるつもりですか?」
「ヒヒヒ!君なら分かると思うんだけどなぁ。」
「まさか!」
アキトは、召喚術によって逃げ果せた転移鎧の男を思い出す。
「ルビィ!」
「はい!」
しかし、シルバーナの導子引導が発動して召喚術を阻害する直前に、一歩早くアシタは別の場所に召喚された。
「じゃあね、アキト君。また会いに来るよ。」
去り際にアシタが残した言葉は、闇夜に溶けて消え散った。そして後には、ゼツカイドの縁絶鋼のみが残されていた。
良く戦隊物とかで、敵が退散する際に消える様に居なくなり、次の瞬間にはアジトに帰っている表現が有りますね。アレが有るなら、奇襲攻撃し放題な気がします。
ヒットアンドアウェイ方式で、更にその数の多さに任せ、徐々にヒーロー側を疲弊させるように絶え間なく攻撃する事も可能なのでしょうが、流石に面白くは無いですね。やはりそれはタブーなのだろうと思います。




