第20話
「あれ?花の動きが…止まりました…。」
アキトは、ヤクモから貰った花が急に動きを止めたことを訝しむ。
「グルルルル!」
「ジコク、どうした?」
同じくレンの土狼、ジコクやその他の狼達も公園内に向けて威嚇する。周囲はまたも、狼達の威嚇に動揺する。
(まさか…、ヤクモさん!)
アキトはヤクモの事態を察し、手持ちの花をそれと無く寮に転送して、ディアに近寄る。その時、公園の土地から大量の木の根が現れ、アキト達に襲いかかった。
「転送!」
「畜生!冗談キツイぜ!」
「ルガオオ!」
「な、何だ一体!」
アキトはディアを学園に転送し、レンと共にジコクに乗り、ジコク及びその他の土狼達は地面を蹴って間一髪木の根を避ける。周囲の人々や警官達は皆パニックになり、我先にと逃げ惑う。そんな人々を無視して、木の根はアキト達目掛け殺到する。
「クソッ!早く逃げねぇと!叔父さんの木導術相手だと俺の土導術じゃ分が悪過ぎる!」
「待って下さい!ヤクモさんや警官さん達はどうするんですか⁉︎」
木の根がジコクを捕らえようと先回りする。ジコクは素早く方向を変えて避け、そのまま警察によって封鎖されていた人気の少ない広い道路をひた走る。先に進む他の土狼達は、人払いをしつつ、逃げ遅れた人を救出する。
「さっき戦ってわかっただろ!必要が無けりゃ好き好んで殺されねぇさ!それより狙いはアキトだ!だったら俺達が囮になりゃあ良い!なるべく人の居ない方向に逃げながら、攻撃の手をこっちに誘導する!」
「…わかりました。皆さん、ごめんなさい!」
レンの説得に、アキトは悔しさを顔に出しながら従う。
(ルビィだけでは…止めきれませんね。)
木導術により操作される木は、導子を奪われると動きが止まるが、再び導子を流せば動き出す。この場合、導子引導を使い続けないと木達を抑え込む事は出来ない。木そのものは消せないからであふ。つまり、シルバーナを召喚したとしても、そこで時間稼ぎは出来たとしても、次々と現れる後続に囲まれれば物量に押され、ジリ貧となるのは明らかだった。
(ディアは…学園にいて貰う他には無いですか…。)
また、土導術は木導術に対して効果が薄く、ディアやレンではかなり不利である。アキト達の戦力では相性が悪い事は明らかであった。立ち向かうのではなく、逃げ続けながら援軍を頼み、それまで時間稼ぎをする事に専念する事の方が現実的とアキト達は判断した。
『カスミ先生に急ぐように伝えます!シルバーナさん達には別の先生に護衛を頼み、私もすぐに向かいます!それまでなんとか持ち堪えて下さい!』
「コチヤ先生!お願いがあります!」
『出来れば手短にお願いします!』
「もし僕が操られたら、僕を殺して下さい!」
「はあ⁉︎何言ってんだよアキト!」
アキトの発言にレンは耳を疑ったが、アキトとしては当然であった。アキトがムカイドに取り付かれたら、シルバーナ達がどんなに逃げ隠れしようと召喚術により容易に捕まえられるからだ。
『……了解しました。』
「コチヤのオジキも何簡単に了解してんだよ!」
『アキト君はそれを本気で望んでいます。それにこれは最後の手段です。』
「だけどよ…。」
「レン君!僕はルビィ達を守り抜きたいんです!」
渋るレンに対して、アキトは縋るような目でレンに頼み込む。
「だけど僕は死にたくも有りません!だからお願いします!何とか逃げ抜く為に、生き残る為に手伝って下さい!」
「……おうよ!任せときやがれ!絶対にお前を死なせねぇからな!」
「有難う!頼りにしてるよ!」
『若様!時間稼ぎは任せましたよ!』
アキトに頼られ、やる気が出たレンは、親友に格好良い所を見せようと俄然張り切る。
「しっかり捕まっていろよアキト!クロ叔父さんからのイジメ(訓練)で鍛えられた乗狼術、見せてやる!」
左右の道路の傍から飛び出して襲いかかる木の根達に対し、ジコクは右側の木の根に近寄る。
「行くぜぇ!」
フェイントを織り交ぜつつ跳び上がり、側転宙返りしながら右側の木の根を避け、着地と同時にバックステップして左から迫る木の根を避ける。
「土操導術・石柱!」
続けてレンは導術により、左から近寄る木の根を邪魔するように地面から石の柱を伸ばす。木の根は構わずその柱に突撃すると、簡単にその柱は折れた。
「行くぜ!」
レンの合図にジコクはジャンプして、折れた柱に飛び乗ると、そのまま倒れる柱の上を疾走して跳び、付近の建物の屋根の上に飛び乗る。
「へへ、どうだ!伊達に何年も扱かれてねぇぜ!」
「レン君、後ろ!」
「っと、あぶねぇ!」
後ろから密かに迫る木の根に対してジコクが飛び上がって逃げると、それを待っていたかのように近くの木から枝が伸びてアキト達を襲う。
「召喚!」
アキトはすかさず剣を召喚して枝に当てる。切る事は叶わないが、その衝撃で自分達と木の枝の軌道を何とか変えて避ける事に成功する。
「腕に⁉︎…これしき!」
続けて腕に巻きつこうとして来た枝に対しては、アキトは甲冑の腕を召喚してそこに巻きつかせ、それを脱ぎ捨てる事で避ける。木の枝達の猛攻を凌いだアキト達はそのまま元の道路に着地する。
「サンキューアキト!」
「続けてきます!気を付けて!」
「いよっしゃ!飛ばすぜ!」
アキト達の居る所目掛け、向かって前方及び左右の三方向から木の枝が迫る。レンは周囲の建物に人が居らず、広い範囲で導術を使っても被害が出ない事を他の狼達で確認を取ると、土導術を使用する。
「土喰狼顎!」
目の前の木の枝の下の道路から巨大な狼の顔が表れ、木の枝に噛み付く。すぐに牙は破壊されるが、一瞬の隙が出来る。その隙に合わせてジコクは飛び掛かり、狼の顎の先を踏み台にして跳び上がる。空中に跳んだ隙だらけのジコクに、他の二本が上下からクロスするように迫り、捕らえようと狙う。
「ルオン!」
近くの建物の屋上に隠れていた他の土狼が、ジコク目掛けて勢い良く飛び掛かる。ジコクはその狼を踏み台にして更に跳び上がって上の枝を避け、下の枝は踏み台にされた狼が落ちながら噛み付いて引っ張り、動きを鈍らせる。
「土操導術・上行石連弾!」
レン達の居る所の真下の広い道路のコンクリートが割れ、そこから大量の、人の頭の3倍位の石が真上に向かって飛び出す。石は次々木の根にぶつかりそれらを牽制しつつ、ジコクはその飛び上がった石を器用に踏み台にして更に上へと跳び続ける。踏み台にした石は、跳躍時の反作用で蹴り飛ばして木の根に当てて、自身の移動と攻撃とを同時に行う。
「凄い…!」
「がははは!まだまだ行くぜ!落とされるなよ!」
と、その時ジコクの蹴った石が近くの建物に勢い良くぶつかる。中に人が居ない事はわかっていたが、建物は見事に壁に罅が入り、ガラスは割れる。
「やっべ!やっちまった!狙い損なった!」
「ああ…弁償額幾らになるんでしょうか…。」
「今そんな細けぇ事気にすんな!人には当ててねぇんだから!」
レンの言う事も尤もであったが、アキトにとっては重要な事であった。良く良く考えて見たら、レンと共に逃げ出してから、家や道路をかなり破壊して来ている。このままでは、お金が幾らあっても足りない。アキトの頭に真っ赤な家計簿が浮かぶ。アキトは意気消沈する。
「おい!それよりしっかり掴まってろよ!」
「え?」
「これから落ちる!」
「えええええええ⁉︎」
レンの指示に、ジコクは一際高く跳び上がる。夜闇に輝く月を背後に、綺麗な後方宙返りをすると、そのまま地面目掛けて落ちて行く。
「うおおおおおお!」
「ルオオオオオン!」
「うわあああああ⁉︎」
垂直に落ちようとするアキト達目掛け、木の枝は一斉に襲いかかる。
「喰らえ!操石弾!」
レンは近くを飛ぶ石の玉を操り、落ちていく先に待ち伏せる枝に向けて放つ。石が枝にぶつかると、その衝撃を利用して石を跳ね返させつつ足場にし、方向を変えながら落ちていく。
「レン君!後ろ!」
「任せとけ!」
ジコクは下から飛んで来る石弾を錐揉みで避ける。すると、すぐ背後まで迫っていた枝にぶつかり枝の動きを鈍らせる。そのままその石を操り、今度はその石を自分達に向けて飛ばす。
「飛ばすぜぇえええええ!」
「ルオオオオオン!」
ジコクは逆さまのまま石に着地、その勢いと重力、自身の脚力を合わせた力で地面に向かって墜落する様に跳躍する。輝く月を真下に、天上の地面に向かって跳び上がる。
「う…わあああああああああ⁉︎」
最初の方で打ち上げられた石は落下を始め、下からは未だ続けて石が飛び出し、更にそこに木の枝が入り乱れる最中にアキト達は突っ込む。ジコクは錐揉みしながら、近寄る石を土台に方向転換を何度も行い、木の枝を避け続ける。
「ぶ、ぶつかりますよ!」
「任せとけぃ!土狼ノ巣!」
アキト達が地面に落ちる寸前、その地面に穴が空いてそこにアキト達は綺麗に入り込む。穴の中は緩やかなカーブを描いており、ジコクは上手く穴の壁に着地してそのまま穴の中を疾走する。
「地面の中は!」
「わかってる!」
土の中は通常ならば土導術使いにとって有利な場所である。しかし、地面を突き破る木の根を自由に操るヤクモには、それで出し抜く事は不可能である。逆に逃げ道が少ない分、追い込まれやすい。
「このまま上に登る!外には何が有るかわからねぇ!気をつけろよ!」
「わかりました!」
穴はやがて上に向かう。そして地上の道路に辿り着き周囲を確認すると、そこは見事に木の枝に囲まれていた。
「こ、これは、どうしましょう…。」
「クゥ〜ン…。」
「あー、悪いアキト。俺、今まで叔父さんと鬼ごっこして一度も逃げ切れた事ねぇんだわ。叔父さん、何故か俺の行く先がわかるみたいでさ!」
「流石はヤクモさんですね…。」
唖然とするアキト達に目掛け、木の枝は一斉に飛び掛かる。アキトは我にかえって急ぎ召喚を行う。
「ルビィ、お願いします!レン君、導術を!」
「お兄さんには手出しさせません!」
「合点だ!石貫錐撃!」
シルバーナの導子引導で木の根は動きを止め、すかさずレンの足元から飛び出した三角錐型の石弾がその強度の落ちた木の枝の網を突き破る。続けてシルバーナが導術で木の枝を動かさない様にしている間に、レンとアキトを乗せたジコクが網の穴から抜け出す。
「召喚!転送!」
木の枝の網の中に未だ残るシルバーナは、アキトの召喚からの転送で学園に戻す。安全を考えて彼女にはまた学園で待機させる他に無かったのだ。シルバーナもそれには納得しており、無線から『また何か有ればすぐに呼んで下さい!』と張り切る声が聞こえてきた。
「話にゃ聞いていたが、やっぱ凄ぇな!俺の導術だけじゃ、あの木の枝の包囲網は突き破れなかった!」
「ええ!僕の自慢の妹ですから!」
「いよっし!このまま逃げ抜いてやるぜぁ!」
「ルオオオオン!」
シルバーナの協力が有れば、苦手な木導術にも勝機が有ると分かり、俄然やる気の出たレンは速度を上げて飛ばす。しかし、そんな彼らを嘲笑うかの様に、冷ややかな声が響き渡る。
「木生導術・不随花粉。」
「不味い!息を吸うな!目を閉じろ!」
アキト達を乗せたジコクが角を曲がると、そこには黄色い粉が大量に降り注ぎ、視界不良になる。ヤクモの十八番、毒霧攻撃であった。この霧は敵の男を動けなくした物と同じ効果で、一息でも吸えば一瞬で昏倒する。更に目を刺激する効果の霧も混じって入る為、禄に目も開けられない。
「くうっ⁉︎」
土狼であるジコクには効果は薄いが、レンやアキトを動けなくするには充分過ぎる攻撃であった。シルバーナを召喚しても、彼女が導術を使う前に昏倒してしまう可能性がある為、迂闊に呼べない。注意を送るには喋らなければならない為、その時にアキトが霧を吸ってしまう可能性が高い。
(流石ですね…。わかっていましたが、敵に回すと非常に厄介です…。)
レンの忠告も有って、アキトは何とか気絶せずに霧を抜ける。しかし、霧をやっと抜けたと思った時、そこには待ち受けたかのように木の枝の網があった。
「ルオオア⁉︎」
「どうした⁉︎ぐあ!」
霧は、アキト達に目の前を見えなくし、網を発見させにくくするのを狙って放った物であった。霧の臭いでジコクの鼻を効かなくしつつ、アキト達を霧の中から早く抜け出させるために急ぎ駆け抜けさせ、そのまま罠を張る場所に誘導する事で、確実にアキト達を捕まえに来たのだ。
「しまった⁉︎」
結果、勢いのついたジコクは、網に気付いた時にはもう止まれず、上に乗っていた二人も目を閉じて息を止めるのに必死であったため対応が遅れ、見事に網に捕まる。網は一瞬で解けてアキトとレンを拘束する。幸い花粉の領域からは逃れた為に花粉を吸わずに済み、体は動く。
「くっ!導術が!」
『お兄さん!大丈夫ですか⁉︎』
「ル…オオ…ン…。」
しかし、ヤクモの蔦に捕まったと言う事は、導術が使えなくなる事を示す。ジコクは崩れて土に帰る。シルバーナやディアを呼んで援護してもらうことも出来ない。
「万事休す…ですか。」
「アキト!諦めんな!何とか時間稼ぎをして、叔母さん達が来るまで耐えるんだ!」
『そうです!諦めないで下さい!』
「レン君…ルビィ…わかりました!こんな所でやられる訳には行きません!」
アキトとレンは必死に枝を引き千切ろうと足掻くが、ビクともしない。そこにゆっくりと一人の人物が近付く。木の根を伝って辿り着いたヤクモであった。
「ふふっ、中々頑張りましたね。記録更新ですよ。ですが、まだまだ私から逃げ切るまでには到りませんね。若様。」
「叔父さん……。チィ!中身は変わんねぇのかよ!操られてんならもう少し弱体化しやがれってんだ!本気の叔父さん相手に敵うかってんだよ!」
ヤクモの言葉にレンは毒吐く。操られていないんじゃないかと疑う位に、ヤクモの笑みは自然である事に、レンの心は激しく掻き乱された。レンは行き場の無い怒りと叶わない願いをヤクモにぶつける。
「おやおや、最初から諦めるのは感心しませんね。そんな風に育てた覚えは有りませんよ?若様にはいつか私を超えて頂きたいのですから。」
「なら、そんな百足なんかに負けてんじゃねぇよ!叔父さんにはまだまだ教えて貰いたい事が沢山有るんだよ!」
レンは半泣きになりながら叫ぶ。自分の親代わりとなって厳しく育ててくれた恩人を、失いたくなかった。その一心で叫び続けた。
「申し訳ありません。私はもう、大旦那様には仕えることが出来ないのですよ。ですので若様、これが最後の鬼ごっこです。残念ながら最後も私の勝ちですが、若様ならいつかきっと私を越えられます。これからも精進なさって下さい。私からの最後のお願いです。」
「そんな…事…言うんじゃねぇよ…。馬鹿叔父ぃ!」
レンは涙を堪えながらヤクモを睨み付ける。ヤクモは困ったような笑顔を浮かべる。
「本当に…操られているんですか?まるでヤクモさんそのものじゃ無いですか…。」
「ヒヒヒヒ!そうだよ?当たり前じゃあないか。」
アキトの疑問に答えるように声が聞こえた。例の男であった。男は火を纏って飛んで来ていた。
「テメェか!叔父さんを操っているのは!許さねぇぞ!」
「当たり前って、一体どういう事ですか!」
「ヒヒヒヒ!良いねぇ、疑問に思うことは良いことだよ?ヒヒ!特別に教えてあげよう。ムカイドは基本的に、宿主の言動を模倣するんだ。だから本人が動いているのと変わりは殆ど無いんだよ。ヒヒヒヒ!どうだい?密偵に最適だろう?」
レンの威嚇を無視しつつ、アキトの疑問に対して男は得意げに語り出す。元から説明好きな面があるらしい。加えて、非常に上機嫌である事もそれを後押しした。アキトは図らずも時間稼ぎが出来た事にそっとほくそ笑み、説明を続けさせる。
「じゃあ、レン君との会話は、本当のヤクモさんの願う行動という事ですか…。」
「ヒヒ!そうだよ。僕は彼に、部下になって君達を捕らえろとは命じたが、それ以外の事は指定していない。だから、最低限僕の命令は守るけど、それ以外の所では本物の望むように動くのさ。先のお涙頂戴の下らない会話の内容も、彼が本当に望んでいる事なんだよ。」
「そんな…叔父さん…畜生!」
レンは、自身の事を本当に想っていてくれたヤクモの本心を、自身の望まぬ形で教えられた事に、悔しさがこみ上げる。何とかして彼を取り返したいと強く願い、何か出来ないかと必死に考える。
「叔父さん…本当にこんな奴の言いなりになっちまったのかよ!なぁ、正気に戻ってくれよ!そんな奴に引き裂かれちまう程、俺たちの絆って脆いもんなのかよ!」
しかし、導術や身動きを封じられた今、レンに出来ることは、奇跡を信じ、ヤクモを信じて心に訴える事だけであった。
「ヒヒヒヒ!無駄無駄。本物の彼は夢の中。今の彼は彼であって彼じゃない。そんな言葉は届かないよ。届かないんだから、響く訳がない。」
「るっせぇ!テメェは黙ってろ!」
レンは男の言葉に耳を貸す気は無かった。無視された男は不機嫌になる。
「…少し五月蝿いね。」
「承知致しました。」
「があああああ!」
「レン君⁉︎」
男の指示に、ヤクモはレンの拘束を強める。骨が軋み、胸や腹を押さえつけられて呼吸が上手くできなくなる。
「やめて下さい!お願いします!」
「ヒヒヒ!どうしようかな?」
「ア、アキトォ!こ、こんな奴に、こ、懇願すんじゃねぇ…!お、俺は…大丈夫だ!こんなの…慣れっこだァ!散々…叔父さんに、お仕置きされて…来たからなァ!舐めんじゃねェエエ!」
レンは強がっていたが、無理をしているのは明らかであった。アキトは何とか出来ないか思案に暮れる。その間にも、レンの拘束は更に強くなり、彼の叫び声が道路に響く。
「ダメです!やっぱり君の苦しむ姿なんて見ていられません!」
「ぐ…が…、アキ…ト…や…め…。」
「ヒヒヒ!どうするのかな?」
アキトは更に考える。レンを、ヤクモを助ける為に、この男が何を望むのかを考え、ある賭けに出る決意をする。
「いい加減にしないと、あなたの望む物は手に入らなくなりますよ。」
アキトは意識を集中し、無表情に男を見据える。男は一瞬顔を顰めたが、すぐに余裕の表情を取り戻す。
「ヒヒ!僕の望む物とは、あのお嬢ちゃんと地竜ちゃんの事かな?」
「そうです。あなたは、こんな所で下らない事にかまけている時間なんて無いんですよ。目的を達成するには、本当なら早く本命を捕まえに行くべきだったのです。全く、愚かな事をしましたね。」
アキトは嘲笑するかのように少し口角を上げ、男を挑発する。
「彼女達の居る場所は、学園です。しかし、ここからでは辿り着くまで時間が掛かりますし、その間に逃げる事も可能です。護衛の方も付いています。早く捕まえに行かないと更に増援が来て、目的を達成する事が難しくなるでしょう。」
「…そうなのかい?」
男は近くのヤクモに問う。
「大変申し訳有りませんが、学園の木々達は皆、昼間に別の場所に移してしまいましたので、今から木を操って捕まえるには、確かに時間が掛かります。あなた様なら空を飛んで向かう事も可能ですが、飛んでいる最中に導術を阻害されて落とされる可能性があります。」
「君の全力でも難しいのかい?」
「出来ない事も有りませんが、護衛が居ると難しくなりましょう。既に大きな騒ぎになってしまいましたし、この騒ぎを聞き付け、更なる増援が来れば、アキト様の仰る通りシルバーナ様達の捕縛はかなり厳しい物となります。」
ヤクモは周辺を確認する。辺りにまだ人影は見えないが、遠くにパトカーのサイレンの音がする。県警本部で騒ぎを起こしたのだから、多少の混乱があったとしても、既に充分に緊急事態である事は周知されている事だろう。
導術関係であるため、学園にも即連絡が行く。ヤクモの事が知られれば、必ず学園長は動く。そして、もしも学園長や他の先生が一斉に攻撃を仕掛けてくるなら、さしものヤクモも苦戦は必至である。
「でも、君はお嬢ちゃん達を召喚できるのだろう?」
「ええ、そうです。」
「なら、話は簡単だね。今すぐお嬢ちゃん達をここに召喚すれば良い。すぐに捕まえられる。その為に君を無傷で捕らえるようにお願いしたんだからね。例え君が拒否しようとも、君にムカイドを仕込んで支配して召喚させれば良いだけの話じゃないか。」
「ふふ、それはどうでしょう?」
無表情なアキトは更に口角を上げる。非常に不敵で不自然な笑顔であった。
「ヒヒヒ!理由を聞こうか?」
「理由は彼女の術にあります。」
「ヒヒ!導子引導がどうかしたのかい?」
男は興味深そうな顔でアキトを見る。アキトがどの様な説明をするのか興味があったのだ。
「召喚時に召喚対象に集まる、召喚術の導子を取り除くように術を使えば、僕の召喚に応じない事が可能です。なので、僕にムカイドを仕込んだと分かれば、その後からの召喚術を妨害し続けられます。」
「何?そんなにも彼女の術は優秀なのかい?」
「ええ、そうです。特に来るとわかっている、良く知っている導術なら、その発動は例え一瞬であろうと妨害が可能です。」
シルバーナの導子引導は、召喚術も妨害が可能である。召喚術は対象全体を召喚する為、目に見えるが為に妨害が可能であるのだ。自身とディアを常に視界に収め、アキトの召喚術に警戒し続ける事で、召喚を拒絶し続けられるのである。
「ヒヒヒヒ!それが本当なら、素晴らしいじゃないか‼︎」
召喚する一瞬が有れば発動阻止が出来ると言うのは、通常の導子引導では出来ない芸当で有るが、シルバーナの実力なら可能であった。召喚術自体の必要導子が小さい為に、打ち消すのが容易という面もあった。転移鎧を装備した敵と戦った際も、本来ならば、シルバーナの導術で転移を封じた状態で戦うつもりで彼女は言っていたのだ。
「ヒヒヒ!益々持って面白い!研究したい手に入れたい!でも、流石に四六時中使い続ける事は不可能だろう?」
「ええ、ですが、暫くの間は防げるでしょう。それこそ数時間くらいは。そして、それだけの時間が有れば、僕が殺される事が可能です。僕が死ねば、彼女達は召喚出来ない。」
『お兄…さん…。』
シルバーナの集中力がどの位保つかについては完全にアキトの推測である。しかし、自信満々で答えるその姿は、シルバーナには嘘とわかっても、事情を知らない目の前の男を騙すのに充分であった。
「もうすぐ僕の仲間がここに二名来ます。とても実力の高い方達で、貧弱な僕を殺す事など雑作も有りません。その方達は任務に忠実で、僕が敵とわかれば躊躇無く殺してくれます。そのようにお願いしていますしね。」
「ヒヒヒ!ハッタリじゃ無いのかい?」
「本当にそう思いますか?」
アキトは淡々と言い放つ。その仕草に嘘と言い切る自信の無くなった男は、確認の為にヤクモに問い掛ける。
「君はどう思う?」
「私の知る限りでは、カスミ達が職務に忠実である事は事実です。アキト様も、本当に必要と思えば、恐らく殺せるでしょう。しかし、アキト様が御自分を殺す様に二人に願ったと言うのは初耳ですね。」
「当たり前ですよ。さっき、ヤクモさんに襲われている時にお願いしたのですから。」
アキトは何か言いたそうなレンを目で制しながら淡々と述べる。実際には『操られたら』という前提がある為、ムカイドを仕込まれたりしなければすぐにアキトを殺害する可能性は低いが、殺害を依頼したのは本当である為、自信を持って言い切る。
「ヒヒヒヒヒ!だとしたら、君は自分を殺すように願ったという訳か。本当に狂っているねぇ!」
「ええ、その通りですよ。」
さも自分が殺されるのは当然であるかのように、無表情で淡々と言い切るその姿は異様であった。男は改めてアキトが狂っている事を再認識しつつ、その言葉に少しだけ揺らぐ。
(もしかして、本当に…?待てよ、あり得なくないか?いや、想定外の事はあり得るんだ、さっき学んだばかりじゃないか。それに、彼は本当に狂っているんだ。自身の命を簡単に捨てれるのだから、これもあり得るか。
…もしも、サンプル達を呼べないまま彼が殺されると、捕まえるのに苦労する事になる…。そして、サンプル達が保護され警戒されれば、取り返すのが更に大変になる…。実験する時間が無くなってしまう!それは嫌だ!)
男にとって、実験と考察は非常に大事な物であった。実験用のサンプルは欲しくても、採取の為だけに貴重な時間を消費し続けるのは、男にとって苦痛以外の何物でも無かったのだ。そして、その可能性が有るとわかれば、何とかしてそれを払拭しようとするのも当然であった。
「ねぇ、君は彼の増援から彼を守りきれるかい?」
「難しいかと存じます。カスミもコチヤ様もかなりの使い手、二人掛かりで本気でアキト様を殺そうとなされば、それを防ぎ切る事は至難の技でしょう。」
「僕や、ムカイドで支配された彼等を利用しても?」
「アキト様を集中的に狙われれば、それでも難しいかと。」
ヤクモの淀みない言葉に、アサテは考え込む。その考える事すら、時間稼ぎに利用されているとは気付いていたが、急いては事を仕損じると自身を戒め、落ち着いて考える事に努める。
(どうしたら良いかな?…そうか、あのお嬢ちゃんだ。あの子にムカイドを取り付かせれば、導術で増援を邪魔できる。導術使い相手なら、あの高性能な導子引導はかなり役に立つね。それに僕と、この木導術使い君とを併せれば、返り討ちも難しくないかな?
そして、彼女を支配してから召喚術の彼を支配すれば、地竜ちゃんの召喚も阻止されない…と。そして、彼女は彼を大事に想っていると。…そうかその手だ!ヒヒヒ!上手く考えた様だけど、甘いよ!)
男は、無表情なアキトに向かって言い放つ。
「ヒヒヒ!じゃあ、あの嬢ちゃんを今すぐここに呼んで貰おうか。そして、ムカイドに取り付かれるまで大人しくしている様に言うんだ。さもないと、君の大事な友人が死ぬ事になる。」
「なっ⁉︎」
アキトは一瞬驚いた様な表情を見せた。しかし、すぐに無表情になる。
「何を言っているのですか?もし僕があなたの言う事を聞いて、彼女を召喚しようとしても、彼女はきっと応じませんよ?」
「ヒヒヒ!果たしてそれはどうかな?」
男はゆっくりとアキトに近寄る。炎が熱かったが、アキトは平然としていた。
「聞こえるかい?お嬢ちゃん、もし、君が僕の言う通り召喚に応じ、ムカイドの支配を受け容れてくれれば、地竜も、彼も、彼が大事にしている友人も、皆見逃してあげよう。」
『…それは、本当ですか?お兄さん達に、ムカイドを取り付かせたりもしませんか?』
「ああ、本当だよ。約束しよう。」
「ルビィ!騙されてはいけません!この人は…が、ああああ!」
アキトは、蔦の締め付けが強くなった事で、言葉を上手く紡げなくなる。痛みで無表情な顔が苦悶に歪む。
『お兄さん!わかりました!従います!従いますからもう止めて!』
「ヒヒヒ!良い子だ。」
『ただ、お兄さんにムカイドを取り付かせたとわかれば、私は決して従いません!無線を取り上げるのも無しです!それを約束して頂けるなら、私は自身の誇りにかけて、抵抗せずにあなた様に素直に従うと誓います…。』
「ヒヒヒヒ!まあ、それ位は約束しよう。」
男は、ここで更に脅迫しようかとも考えたが、流石に先に自分から言い出した約束まで反故にすれば、相手が開き直る可能性があるとも考え、この辺りが落とし所と判断した。
(まあ、君にムカイドを取り付かせた後は、そんな約束守る必要無くなるんだけどねぇ!)
男は心の中でほくそ笑みつつ、ヤクモに指示してアキトの締め付けを緩めさせる。アキトは締め付けが緩くなった事で少しだけ余裕を取り戻し、男を睨みつける。
「おおっと、君も、もし友人が殺されたくないなら、大人しくお嬢ちゃんを呼ぶんだ。」
「アキ…ト…、ダメ…だ…!」
「君は黙っててよ。」
「がああああああああああ!」
レンは更に締め付けが強くなり、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。手足の一本や二本、折れてもおかしくないほどの力が加わっていた。
「わかりました!わかりましたから!」
「ヒヒヒヒヒ!もう良いよ。」
「畏まりました。」
ヤクモは男の指示に、レンの締め付けを緩める。レンは息も絶え絶えに男を睨む。そして、アキトに対しては、申し訳なさそうな顔を少しだけ向ける。シルバーナの身柄を明け渡す事の引き換えに、自身の締め付けが緩くなって助かった事が、彼には辛かった。
「いいかい?もしも変な事をしたら、彼は絞め殺される。その事は良くわかっているかい?」
「…ええ。」
「時間稼ぎも駄目だよ。増援が来ちゃうからね。」
「…わかっていますよ。」
「ヒヒ!じゃあ、早速お願いしようかな?」
男はヤクモに言って、アキトの拘束を解かせた。これで、アキトは導術を再び使える様になった。しかし、あくまで導術が使える様になっただけで、シルバーナを召喚すれば、彼女とアキトをすぐにまた捕まえられる位置に蔦は待機している。
アキトが銃を召喚して撃つことも考えられた為、男は念のため、ヤクモを盾にして背後に下がる。召喚されたシルバーナが導子引導を使って来る事も考えられたが、レンやアキトを庇いながらヤクモの攻撃を全て防ぎ切る事は不可能である。
(チャンスは一回、危険な賭けです。失敗すれば、僕は勿論、レン君も…。)
アキトにはある考えがあった。しかしそれは確証が無く、危険で試す事もできなかった為に、ぶっつけ本番の賭けとなる。失敗すれば、アキトもレンもどうなるかわからない。自身が死ぬのは構わないが、友人まで道連れにしてしまうのは偲びなかった。
「ごめんなさい、レン君。」
「…良いって事よ。俺とお前の仲じゃねぇか。」
アキトは、レンに謝罪をした。そして、レンはアキトを許した。謝罪には、レンの言う事に従わなかった事、これからの賭けに彼の命が掛かる事の意味が含まれていた。その意味をどれ程レンが気付いていたのかはわからなかったが、どんな結果になろうと、アキトを責めないという心意気は感じられた。
(ありがとう、レン君。僕はやっぱり、どこまでも強欲ですから…。)
アキトは諦めていなかった。望むものを全て手に入れたいという強欲な心を、隠すつもりも騙すつもりも無かった。アキトは目を閉じて集中する。
「召喚!」
アキトは手を地面に向けて伸ばす。その手に己の望みを乗せて、この手に願いを掴む為に。そして、気付くと地面に何者かが横たわる様に倒れている状態で召喚されていた。
「何⁉︎」
「マジかよ!」
男は、予想外の人物がアキトに召喚された事に驚き、歓喜する。レンもまた歓喜する。その人物は、勿論、シルバーナでもディアでも無かった。
「レン君!今です!」
「おうよ!」
「ルオオオオン!」
アキトの側には仰向けに倒れ、気絶したヤクモが居た。そして、先ほどまでヤクモがいた所には、“ムカイド”が取り残されていた。
術主であるヤクモが気絶したため、ヤクモに拘束されていたレンは再び導術が使えるようになる。そして彼は瞬時に何匹もの狼を造り、男にけしかける。ヤクモに取り付いていたムカイドは噛み殺されたが、男は空中に飛んで上手く狼達から逃げる。そして、笑いながらアキトに問いかける。
「ヒヒヒヒ!面白い!一体何をしたんだい?」
状況が一変したのにも関わらず、男は狂喜していた。一方、アキトは静かに安堵の笑みを造りながら屈み込み、気絶しているヤクモの頭を優しく起こして抱き抱える。
「何って、力尽くで奪い返したんですよ。僕達の大切な人を。」
アキトは男の方を見ていなかった。その代わりに腕に中のヤクモの顔を、優しい笑みで見つめていた。
ヤクモさん救出回でした。
召喚術で呼び寄せて解決です。簡単でしたね。
初期から召喚術による異物排除の構想は有りましたので、このオチは考えていたのですが、『だったら操られたとわかった時に早くやれよ』と言うツッコミが入りそうですね。一応そのフォローは入れるつもりですが、ご都合主義なのは勘弁下さい。




