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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第17話

「ふが、ふが、ふがが!(一体何がどうなっているんだ⁉︎)」


ヤクモの操る木の根に捕まり、全身を拘束された警官は焦っていた。周りの木々が急に燃え出したからだ。


「が!ふがふ!があ!(このままじゃ焼け死んじまう!誰か助けてくれ!)」


声に出来ない叫びを木の根に響かせながら、警官はせめてもの抵抗とばかりに暴れる。しかし、木の根はビクともしない。


「が?ふがが?(な、何だありゃ?百足?)」


警官は木の根に悪戦苦闘しながら仲間の確認のために目を動かして辺りを確認すると、一匹の百足と目が合った。その百足は普通では考えられないくらいに紅く、その体も異様に長かった。


「が⁉︎(何ィ⁉︎)」


警官は目の前の状況に絶句する。百足が火を吹いたのだ。炎は木を焼き、火の勢いを加速させる。


「ぐがが!ふがふがふーー!(お前が犯人かーー!)」


警官は有りっ丈の声で叫んで百足を追い払おうとしたが、木の根に阻まれ声にならない。それにもしも大声が出せたとしても、その百足は放火を止めないであろう。とある男にそう命じられたからだ。


「が…がふ…があ……。(お願いだ…もう、もう止めてくれ……。)」


周りの炎と動けぬ状況に恐慌状態に落ち入りつつ、必死に警官は懇願する。しかし、その願いが聞き届けられる事はあり得なかった。百足は尚も執拗に炎を吐く。捕らえられて身動きの取れない警官達には全く攻撃せず、ただひたすら周辺の草木を焼いていた。


「がふ…、ふががふがあーー‼︎(誰か…、助けてくれーー‼︎)」


悲痛な警官の叫ぶ声が、ただ虚しく木の根に響いた。










「警官隊の皆さんには、念の為に“炎導術”を使うことが出来る百足型導虫、エンカイドをムカイドと共に寄生させておいたんだよ。今、そのエンカイドが彼らの身体から離れ、周囲の木々を焼いている所だ。警官たちを逃がそうにも、下手に拘束を解けば言わずもがな。木の根を操作して逃がそうとしたり、エンカイドを捕らえようとすれば、それをエンカイドは焼くだろうね。そう指示したし。」

「警官達を殺すつもりですか?」

「このまま放っておけば焼け死ぬだろう。ただ、エンカイド自身には警官達を攻撃しないように命じてある。生かすも殺すも君たち次第だ。今から急いで向かえば間に合うだろうね?」

「そう言う…事ですか…。」


アキトは目の前の男の狙いがわかった。アキト達の戦力の分断である。


(この状況では、警官達を守るには僕達の誰かが彼らの元に向かい、エンカイドを倒して火事を抑えなければならないという訳ですね…。)


アキトはヤクモを不安そうに見る。この状況では、全員で掛かってすぐに男を殺し、ムカイドやエンカイドの操作を解いてから助けに向かうのがセオリーであろう。しかし、目の前の男を即座に殺す事は恐らくかなり難しい。そして、それからでは間に合わない可能性が高い。


「如何致しましょうか?アキト様。この場は相手の策に乗らず、警官達を見殺しにして、あの男との戦いに専念する事が、一番勝率が高いと思われますが。」

「ヤクモさん…それでは…。」

「気にすることはありません。彼らを殺すのはエンカイドであり、彼らを拘束した私です。アキト様のせいではありません。」

「ヒヒヒヒヒ!それはそうだよねぇ!罪の無い彼らが死んでも君のせいじゃ無いものねぇ!」


男は面白そうに嗤う。アキトが無表情から急に困惑した顔を見せた事が余程面白かったらしい。もはや策が実らなくても別に構わないらしかった。


(ヤクモさんの言う事は尤もです…。)


ここで警官達を見捨てる事、それを平然と行う事は、おそらくアキトならば可能である。アキトはそう冷静に自己分析をする。コウガが人質に取られた時に、彼を見捨てる事も、シルバーナが反対しなければ恐らく断行していたであろう。アキトの理性は、自身が思っているよりもずっと非情で冷酷であると彼は良く理解できていた。


(ルビィ…。)


アキトの脳裏に白い少女の凛々しい顔が浮かぶ。力を合わせて戦うと誓った。欲しい物を全て手に入れる為に、使える物を全て使ってでも欲張ると。譲歩何てしてやらない、妥協なんてしたくない。望みを全て叶える為に、アキトは強欲な己の心を解き放つ。


「ヤクモさん…この場をお願い出来ますか?」

「…少々、厳しいですね。」

「ヒッヒヒヒヒハア!」


男は笑い転げ、ヤクモは少し困った顔をする。しかし、それ以上に嬉しさが込み上げてくるのがわかった。アキトのその青さが堪らなく愛しくて嬉しくなったのである。


(ふふふっ、私も、随分と甘くなったものです。ですが、存外に悪くありませんね。)


ヤクモはアキトの意思に、自らの心に従う事にした。それがたとえ困難な道であろうとも、後悔だけはしない自信があった。ヤクモには、それで充分であった。


「わかりました。何とか保たせましょう。それと、コチヤ様はただ今到着致しましたので。」

「はい、わかりました。ありがとうございます!」

「援護はおそらく出来ません。お気を付けて…頼みましたよ?」

「はい!ヤクモさんに罪なんて負わせません!」


アキトはニコリと笑う。ヤクモも笑った。そしてアキトを蔦で縛り上げ、思い切り放り投げた。


「ヒッヒッヒッヒッハッハーー!やっぱり君って面白いねぇーー‼︎」


男の高らかな嗤い声が公園に木霊する中、アキトは蔦に丸まったまま空に弧を描き、蔦を幾つか撒き散らす程の勢いで飛んで行った。








「ふが…ふが…。(熱い…意識が…。)」


燃え盛る炎の熱に巻かれ、警官達は皆頭が朦朧としていた。もはや抵抗する気力も無い。落ちそうになる意識を必死に保たせ、仲間の到着を待ち望むが、それも長く保ちそうにない。


「ふ…ふが…。(クソ…ここまで…か…。)」


警官が諦めかけたその時、空から何かが落ちてくるのが見えた。


「ふ…、ふっぐ…あ…。(何だ…、あれ…。)」


薄れ行く意識の中、警官は何かにぐるぐる巻きにされた変な物体が真っ直ぐ突っ込んでくるのが見えた。









「召喚!頼みましたよ!ルビィ!ディア!」


燃え盛る炎の中にアキトは着地し、そのままシルバーナとディアを召喚する。


「任せてください!」

「キュピンルオガアアアアアアア!」


シルバーナはすぐに周囲の炎に導子引導を行い、特殊な炎を普通の炎に変える。ディアは土を食べてそれを周囲に吐き出すことで、警官達のそばの炎を消し止めた。


「ふごあ⁉︎」


木の根に捕まり身動きの取れない警官達は、まともに冷たい土を被る。お陰で近くの火は消え熱は冷めたが、代わりに土で視界が塞がれる。


「ふが、ふががふご!(誰かは知らないが助かった!)」


警官は身動きが取れないながらも救援にきた何者かに感謝をする。その人物が、自分達の標的であるとは夢にも思わない。


「ルビィ!無線は常に切らないで!これから避難場所に転送します!」

「ですが!」

「必要になればすぐに召喚します!常に導子引導が使えるように構えていて下さい!」」

「…はい!」


アキトは周囲への警戒を怠らないようにしながらシルバーナを学園の実習室へと転送する。シルバーナはアキトと共に戦う事を望んだが、狙われると却ってアキトの足を引っ張りかねない事、一瞬有れば導術の無効化が出来る事、アキトは必要になればすぐに呼ぶと明言した事で、一時退避に同意した。


『お兄さん!こちらは無事に到着しました!コチヤ様が側に居ますので、此方の事は心配なさらず!』

「わかりました。」


転送した後、すぐに無線から彼女の話し声が聞こえて来た。どうやら無事にコチヤと合流出来たらしい。アキトはほっとする。


「ディア!地面の下に潜って周囲を警戒していて下さい!何か有ったらすぐに知らせて!」

「キュキュ!」


ディアはアキトの命令に従い、地面の下に潜る。あの男から離れた事で恐怖が薄れ、幾分か調子を取り戻していた。


(良し、炎導術は威力がそこまで大きくなければ、土の中まで燃やせません。先の炎を見る限り、地面の下に潜って居れば、まずエンカイドの炎はディアに当たらないでしょう。相手も地中を潜られると厄介ですが、地中なら土導術が得意なディアの独壇場、遅れを取るとは思えませんね。)


土の中に隠れるのは、隠れようとする時に隙が出来て危ないが、一度潜ってしまえば土導術が使えないと掘り出すのは困難である。他系統の強力な導術や重機などを使用すれば、土を掘って探す事は可能であるが、本体が移動出来るので掘り当てるのが大変なのである。


(それにしても、ディアは僕の言う事を良く理解して聞いてくれます。本当に良い子ですね。必ず守り抜きます!)


アキトはライトを召喚して周囲を照らしながら警戒する。ディアに背後を見てもらおうとも思ったが、ディアの弱点を考えれば、地面の下に隠れて援護してもらう事が最善とアキトは考えていた。


「どうやらあちらも始めたみたいですね…。」


アキトが飛んできた方向を見ると、火の手が上がり、轟音が響いていた。ヤクモが男と戦っているのだと、すぐに分かった。


「さて、こちらも…頑張ります!」


アキトは自身を言い聞かせる様に呟く。エンカイドやムカイドの正確な数が分からない以上、この場を離れる訳には行かなかった。護衛が到着すれば、その者か自分達の何方かがヤクモの支援に向かう様にしようと決めていた。しかし、何時その護衛が辿り着くか、それが不安であった。


「キュイキュイ!」

「ディア?うわっ‼︎」


アキトは急に近くの地面から石が飛び出した為に驚く。それはディアが放った物であった。その石弾は少し離れた所に落ちる。急ぎ近づいて見ると、石の上で潰れかけのムカイドが痙攣していた。


「助かりました!お手柄ですディア!」

「キュッキュイーン!」


アキトはディアに礼を述べながらムカイドに止めを刺す。その時、近くの地面が凹む。どうやら地中を掘り進むムカイドに対してディアが土導術で地面を押し固めて潰したようで、ムカイドの欠片が少しだけ、凹んだ場所に転がっていた。


「土の中からでも敵の位置を確認して、それに正確に石をぶつけたり、地面を固めて潰すとは…。ディアの実力は想像以上ですね…。これならばいけるかも知れません!」


アキトは、思いがけず自分の予想が良い方向に外れたことに喜ぶ。


(やはり一番危惧すべき問題は、僕自身がムカイドに取り付かれる事ですか…。)


アキトの召喚術ならば、地面の中に隠れようと関係なく、問答無用でディアを引きずり出せる。どんなに遠く離れていても関係はない。アキトは自身の能力が一番仲間を危険に晒す事に改めて気付かされ、わかっていた事ではあるが、情けなくなる。


(だったら、絶対にムカイドに取り付かれません!警官の皆さんも、ディアもルビィもヤクモさんも!全員助けるんです‼︎)


ヤクモは、援護する事は難しいと言っていた為、アキトがもしもムカイドに取り付かれた時には、アキトを縛って拘束して貰う事に期待出来ない。自決する間もないであろう。自身の肩にかかる責任をひしひしと感じながら、それでもアキトは振り返らない。自分の心に従って、思うがままに動くと決めた、そんな自分を裏切らない為に。


「さあ、かかって来なさい。」


アキトは深呼吸して集中する。昨日の感覚を思い出す。恐怖も不安も剥がれ落ち、無色な自分が現れる。心は氷の様に冷たく透き通り、感情の色は薄くなり、唯の無機質な何かがアキトの脳を支配する。


「キュ、キュイ?」

「心配ありませんよ。必ずディアは守り抜きます。」

「キュ、キュキュ!」


ディアはアキトの変化に気付いて不安になるも、アキトの言葉には温かみが感じられた為、気の所為だと納得した。


「…誰か来ましたね。警官さんの仲間ですか?」


アキトは、遠くから多くの足音が近付くのを聞いて、縛られた警官の背後に隠れる。


「おい!そこに居るのは誰だ!」」


声のする方を見ると、警官の仲間が何十人とやって来ていた。火事を発見して、様子を見に来たのだ。彼らはアキトの格好を見て怪しい青年だと感じたが、誤射を恐れていきなりの発砲を控え、念の為に確認を取ったのだ。


(さて、どうしましょうか。ムカイドがまだ捕らわれている警官達の中に潜んでいる可能性があるから、木の根を切られて救出される訳にはいかないですね。)


アキトは警戒心むき出しの大勢に警官相手に怯むこと無く、冷静に状況を分析する。


(ムカイドに取り付かれると厄介ですね…気をつける様に言いますか。それに、僕等を攻撃出来ないような状況に仕向ければ、こちらを攻撃しようとする人物は不審に思われますし、そんな人物ならすぐに取り押さえられる筈です。

相手も愚かではありません。その状況でなら取り付く可能性は低いでしょうか?試しにやってみますか…。この辺りの火事自体は収まっていますし、恐らく状況的に僕等が犯人と思われるはず、ならば…。)


アキトは急に剣を召喚して、盾にした警官に突き付ける。


「全員動かないで下さい!この男の命が惜しくはないのですか!」

「ふふが⁉︎(ええええっ⁉︎)」

「貴様!テロリストか⁉︎」


警官達は事態を理解し、拳銃を抜いてアキトに狙いを付ける。しかし、アキトが盾にした男が邪魔で撃つことができない。


「一歩でも近付いたり、回り込もうとしたりして見なさい、この方の首は胴体とおさらばですよ?」

「わ、わかった!手荒な事はしないし、近付かない!だから其方も早まるな!」

「それは貴方がた次第です。何もして来なければこちらも手荒なことは致しません。」


アキトは平坦な声で受け答えする。まるで事務作業の様に脅迫するその姿に、警官達は皆恐怖を覚える。


(こ、こいつは、まるで人の命を虫ケラのように思っている…!ダメだ、こいつは人を殺せる!蚊を潰すように平然とやってのける!)


アキトとしては、警官を殺すつもりが全く無かったが為に、またその演技が下手であったが為に、棒読みな脅迫になってしまったのだが、この状況でそんな事が出来ることが警官達には考えられず、薄気味悪く感じられてしまったのだ。


(とにかく、警官達を救出させない様にしないと…。この状況でこちらの事情を詳しく言っても、信じて貰える可能性が低いんですよね…。)


テロリスト認定されてしまっているアキトの言う事を聞いて貰えるとは、始めから思っていなかった。だからこその脅迫であったが、そのせいで身動きが取れなくなってしまった。


「要求はなんだ!」

「こんな事しても親御さんが悲しむだけだぞ!」

「今ならまだ間に合う!大人しく投降するんだ!」


警官達は口々に、ドラマで使われる様な安易な台詞を放つ。その光景を見て、完全に犯罪者になってしまった事を嘆きつつ、アキトは棒な犯人役を演じる。


「周囲を警戒して、赤くて大きい百足を見つけたらすぐに始末してください!取り付かれない様に充分に気をつけて!あと、この人達を僕が良いと言うまで救出しないで下さい!それと、危ないので炎が見えるあっちには決して近付かないで下さい!」

「む、百足?わ、わかった、見つけ次第駆除しよう!あと、君が良いと言うまで仲間を救出しない!あちらにも仲間が向かっているが、それも引き返させよう!」


アキトのこれまた平坦な演技に更なる恐怖を感じた警官は、すぐにアキトの要望通り動き出した。アキトの目的が良くわからなかったが、とにかく言う通りにしようと行動する。その時、アキトのインカムにシルバーナの声が聞こえてくる。


『アキトお兄さん…大丈夫ですか?』

「ああ、ルビィ…聞いての通りですよ。警官隊の増援が到着しました。そちらは?」

『コチヤ様が周囲を警戒して下さっています。こちらに異常は有りません。』

「それは良かったです。ルビィの事が心配でしたから。」

『私の事はお気になさらないで下さい…それよりお兄さんの方が心配です…。』


シルバーナの声は震え、本気でアキトを心配していることが無線越しに伝わってきた。アキトは申し訳無く思いながらも、取り敢えず安全な場所が確保出来ている事に安堵した。


「ありがとうございます。こちらには頼もしいディアが居るので、苦戦する事は余り無いでしょう。警官隊にムカイドを注意するように脅迫もしました。ただ、エンカイドがまだ居るのが不安ですね…。準備は大丈夫ですか?」

『はい!いつでも行けます!』


シルバーナの気合の入った返事が聞こえてきた。アキトは頼もしく思い、思わず無表情な顔が少しだけ綻んだ。


(良し、このまま護衛の方が着いたら、すぐにヤクモさんの援護に行って貰いましょう。ここでなら、僕でも時間稼ぎが出来ますからね。ただ、スナイパーが怖いですか…。)


アキトは、注意深く警官隊を見据える。律儀に約束を守ってくれているらしい。辺りを捜索して百足を探している。そして、アキトがムカイドやエンカイドを警戒して周囲を見回していた時、異変が起きた。


「貴様!何をするんだ!」

「そいつを早く抑えろ!」


警官の一人が、囚われの警官が間に居るのにも関わらず、急にアキトに発砲して来たのだ。距離が遠く弾は外れたが、明らかに殺意を持った銃撃であった。慌てて周りの警官がその警官を取り押さえる。アキトはすぐにその原因がわかった為、警官隊に警告をする。


「気をつけて下さい!その人の中に洗脳導術を使う虫が入り込んでいます!」

「な?うわ‼︎」

「ピギイイイイイ!」


取り押さえられた警官の口からムカイドが飛び出し、別の警官の中に入り込む。その警官は拳銃を抜き、再びアキトを狙う。


「召喚!」


アキトは盾とした警官の前に壊れた冷蔵庫を召喚し、彼の盾とする。


「そんな事をしても無駄だ!貴様が出て来なければ、周囲の警官を撃つ!」

「な⁉︎」


アキトはムカイドに取り付かれた警官の言葉に驚く。そして、あの男がムカイドに指示していた『他人を殺せ、出来なくば自害しろ。』という命令を思い出し、急ぎ甲冑を着て飛び出す。警官隊が取り付かれた警官を取り押さえても、次々ムカイドは宿主を変えて行く為、警官隊は翻弄されていた。


(くぅ!思慮が足りなかったです!ムカイドの対処が、ここまで難しいとは!)


アキトは自身の考えが至らなかった事に後悔した。思えば、ムカイドの取り付きを防ぐ事は、その動きを読めていなければ難しい。事情をよく知らない警官隊では、その対処が上手くいかないのも仕方のない事であった。とにかく一刻も早くムカイドを止めるべく走る。


「ルガアアアアアアア!」


ディアもムカイドの意図を理解し、阻止せんとして地上に現れ導術を発動する。


「うわ!」

「ぬお!」

「ぎゃあ!」


ディアは土導術により警官隊の足元の地面を揺らして身動きを止め、砂を吐いて目眩ましと銃の作動不良を狙う。すかさずムカイドはまだ無事な警官に取り付き、再びアキト達を狙い撃つ。


(まんまと釣り出されましたか…。)


アキトは、ムカイドが警官を狙わず、自身のみを狙って撃ってきている事に気付き、先の発言は自分を誘い出す為の言葉であったと判断する。男の狙いはあくまでディアとシルバーナであり、警官は殺してもそうで無くてもどちらでも良い。そのため、アキトが釣り出されれば其方に全力で仕掛けてくるのが道理であった。


(むしろ好都合です!)


しかし、自分が向かう限り他の人を狙わないという姿勢は、アキトとしては都合が良かった。警官達を殺されない様に、アキト自身を危険に晒せば良いだけなのだから。恐らく相手もそれはわかっているだろう。だからアキトはその誘いに乗る。


「キュッキュ!」

「ディア⁉︎」


ディアが地面から飛び出し、アキトを庇う様に前に立ち塞がる。警官の発砲した弾は全てディアが受け止める。


「ピガアアア!」

「キュイピ⁉︎」

「しまった!」


近くに潜んでいたエンカイドがディア目掛け炎を放つ。ディアがアキトを守るように飛び出すのを狙っていたのだ。急ぎディアを召喚で逃がそうとするも、炎の延びる先に木の根に縛られた警官が居るのを見て、即座に判断を変える。


「ルビィ!」

「はい!」


アキトは自身の背後にシルバーナを召喚し、シルバーナはエンカイドの導術をディアに届く前に瞬時に打ち消す。ディアは隙だらけのエンカイドを石弾で粉々に吹き飛ばす。


「ピガアアア!」

「まだ居たのですか⁉︎」


今度は二方向から二匹のエンカイドがクロスするように交互に炎を放つ。すかさずシルバーナは導子引導を放とうとするが、そんなシルバーナ目掛け背後から何かが飛び出すのをアキトは見つけた。ムカイドであった。


(エンカイドは囮でしたか!)


導子引導は、発動の為に対象の導術を認識する必要が有る。アキトが召喚でシルバーナを移動させれば、一瞬では有るがエンカイドの炎の認識が外れ、発動に遅れが生じる。この状況でシルバーナの導術発動が遅れれば、ディアに炎が当たる可能性がかなり高くなる。


(かくなる上は!)


シルバーナを逃がせば炎がディアに当たる。更に言えば、ムカイドの飛び出す方向にはアキトも居るため、彼女を逃がせても自身が取り付かれる可能性がある。かといって逃がさなければシルバーナはムカイドに取り付かれてしまう。


(ルビィ!)


アキトはシルバーナの状態を確認する。彼女は導子引導を使いながら右手で首を抑えている。そんな隙だらけな彼女にムカイドは取り付こうとした時、アキトは叫ぶ。


「転送!」

「ギピアアアア⁉︎」


シルバーナの頭に甲冑のヘルムが現れ、彼女の頭を覆い隠す。勢いを殺せないムカイドは思い切りそこにぶつかって怯む。アキトは自身の頭に着けていたヘルムを、目の部分を開けた状態でシルバーナの右手のひらに転送したのだ。


(念の為に打ち合わせておいて良かった!)


アキトはシルバーナに、右手で首を抑えながら行動する様に伝えていた。ムカイドの侵入経路は口や耳なので、もし侵入されそうになった時にヘルムで邪魔出来るようにする為であった。目を隠す部分は開けた状態で転送したため、導子引導の発動の邪魔をする事は無く、山羊の角はそこまで大きくない為、大人用のヘルムで充分頭を覆い隠せたのだ。


「逃がしませんよ!」


アキトは逃げようとするムカイドの頭を掴み、鞭の様にしならせ地面に叩きつけつつ尾の方を踏みつけ、体を引き延ばしつつ召喚した剣で切り裂く。その間に、二匹のエンカイドはディアが石弾で始末した。炎導術の使えないエンカイドはただの大きな百足であるため、倒す事は難しくない。


「ルビィ!大丈夫ですか!」

「は、はいい⁉︎」


シルバーナを後ろに匿いつつ、アキトは周囲を警戒しながらシルバーナの身を案じる。シルバーナは、アキトが先程まで被っていたために、彼の匂いが充満していたヘルムを被された事に非常に興奮するも、理性で抑え込んでいた。一方アキトは、冷静ながらも焦りを感じていた。ムカイド達の連携が想像以上に手強いのだ。


「不味いです。かなり計画的に追い込まれて来ていますね…。」


アキトがヘルムを元に戻し、シルバーナを転送すると、辺りに大きな声が響く。ムカイドに取り付かれた警官の声であった。


「動くな!動けばこいつの命は無い!」

「な、人質⁉︎」


アキトは声のする方を向くと、警官の一人が他の警官を人質にしていた。辺りの警官は皆気絶している。ムカイドは、取り付いた相手から離れる際に、一時的に宿主を気絶させる性質を持つ。それを利用して、最後の一人になるまで取り付きと離脱を繰り返したのである。これで、今彼を抑えられる警官は居ない。


(まさか、エンカイド達の攻撃すら、増援の警官を全て気絶させるまでの時間稼ぎに利用するとは…やられました…。自由に動ける警官と、人質用の警官を複数人手に入れられてしまいました…。)


あの男は、アキト達の行動の観察から、何者かを人質を取ると言う方法が一番であると判断したのだ。そして、ムカイドとエンカイドの連携により、今まさに彼の描いた図が完成した。


(ここまで読んでいた…。いえ、一つ一つ理にかなう手を打ちつつ、様々な策を臨機応変に使ったという所ですか…。)


アキトは内心相手の手腕に舌を巻く。相手の攻撃に対して後手後手に対応せざるを得ず、完全に相手の罠にはまってしまったのだ。アキトは両手をあげたまま警官に向き直る。そして小声でディアに囁く。


「ディア、警官の皆さんを一度に全て土で身動き出来なくさせられますか?」

「キュ、キュウ…。」


ディアは自信なさ気に鳴いた。アキトはそれで悟った。


「気にしないでください。ディアの所為じゃ無いんですから。」

「キュウ……。」


申し訳無さそうに頭を下げるディアを、アキトは優しく慰める。


(一度に全員と言うのは、無茶振り過ぎましたね…。ディアもダメとなると、僕にはもう手は有りませんね…。警官の皆さんを見殺しに…出来るわけ有りません。万事休す、覚悟を決めますか…。)


ここでアキトが何か手を打とうとしても、警官が人質を撃つのが早いだろう。それに、ムカイドもあれが最後とは限らない。アキトは、自らの負けを悟った。


「降参です!警官の方達を撃たないでください!」

『お兄さん!諦めないで下さい!私を召喚して下さい!あの男の狙いが私なら…。』

「良し、そのまま動くなよ?動いたらこの警官を殺すからな。まだこちらには何人も人質がいる事を忘れるな。」


警官が合図を送ると、遠くで縛られていた警官の一人からゆっくりとムカイドが抜け出てくる。ディアはムカイドを威嚇するが、アキトがそれを制する。


(やはり、僕が狙いですか…。僕に取り付けば、ルビィもディアも思いのままですもんね…。逆に言えば、僕が死ねばあの警官の人を人質にしたり、殺す意味は無くなります。腹いせに殺す可能性も有りますが、あの男はそんな無駄な事をするとは思えません。ヤクモさんに脅しが通用するとは思えませんし、そんな事をする暇が有るなら、ルビィやディアを探しに行くでしょうね。)


アキトは、今まさにこれからムカイドに取り付かれようとしているのにも関わらず、少しも恐怖を感じなかった。しかし、寂しさだけは感じていた。


(公爵閣下との約束、守れませんね…。勝手に諦めるのは非常に無責任ですが、僕はあの人達を殺してまで自身を生かしたいとは思えません…。後の事は、ヤクモさん、カスミ先生やコチヤ先生にお願いしましょう。もう少しだけ、ルビィやディアと居たかったなぁ…。)


アキトは覚悟を決め、家族や今まで世話になった人達に心の中でお礼をした。自身の見通しの甘さを嘆きはしたが、心のままに動いた事に後悔は無かった。


「ディア、ルビィと仲良く幸せにね?」

「キュ?キュイキュキュ!キュイキュイイイ!」


ディアはアキトの願いを理解した。しかし、それでもアキトを説得しようと、アキトと共に居たいと、ズボンの裾を懸命に引っ張って主張しながら鳴く。


「ルビィ。」

『………私は嫌です。』


シルバーナは、アキトの言いたい事を理解していた。泣きそうな声をしていた。


『私の…所為なのですか…?私が、全員助けようと言わなければ…。私に…もっと力があれば!』


シルバーナは後悔していた。エミリオ達から寮の学生やコウガを見捨てずに、力を合わせて助けようとアキトに言った事を。その事で彼の考えを変え、結果的に今、彼を殺してしまいそうになっているのだと彼女は思っていた。


(警官様の事は諦めて、逃げて生きて下さいなんて、そんな事は言えません…。)


全員助けようと言ったその言葉を覆す事は、その言葉に殉じようとする彼に対する侮辱であると彼女は考えてしまう。自分を召喚して囮にしてでも生きて欲しいと思ったが、そんな事をアキトは決して許さない。しかし、侮辱でも構わない、罵られてもいいと考えを改めて、アキトに逃げるように懇願しようとした時、アキトの優しい声が聞こえて来た。


「ルビィ、これは僕の意思です。僕の責任です。貴女のせいではありませんよ…。それに、僕は嬉しいんです…心のままに動けたことが。これはあなたに出会えたお陰です。」

『ア、アキト…様…。わ、私…は…。』


シルバーナはその声に喉を詰まらせる。アキトは、当たり前だが、彼女を全く責めていなかった。むしろ感謝すらしていたのだ。彼女はアキトの覚悟を感じ取り、掛ける言葉を失う。


「申し訳ありません。それと、本当にありがとう。」

『イヤアアアアア‼︎アキト様アアアアア‼︎』


アキトはシルバーナの願いを振り切ると、ムカイドが自身に辿り着く前に、ディアをシルバーナの元に転送、同時に通常の拳銃を召喚、自身のこめかみに押し付ける。その冷たい眼差しは、自身の命を奪う事に対する躊躇を全く写さなかった。


「さようなら。」








「土操導術・土喰狼顎!」


突如、アキトの周囲が土の壁に覆われた。続いて壁から石が飛び出し、アキトの手に持つ拳銃を正確に叩き落す。


「こ、これは…、土導術?」

『…アキト様?ご無事ですかァ⁉︎』

『キュッキュピイ⁉︎』

「ええ、心配かけてすみません。ルビィ、ディア、幸いに無責任なことに、僕はまだ生きていますよ。…本当に、御免なさい。」

『よ…よがっだあああ!』

『ギュピィイイイイイ!』


無線から聞こえてくるシルバーナとディアの泣き声に受け答えしつつ、アキトは何が起こったのか考える。そして、すぐに護衛がアキトを守る為に行ったという事に気付き、安堵すると共に警官の事やムカイドの事を急ぎ知らせようと土壁に向かい叫ぶ。


「百足に気をつけて下さい!炎を吐いたり、洗脳導術を使ってきます!警官にも取り付いています!人質は大丈夫ですか⁉︎」

「ああ、そいつは大丈夫だ。目に見える百足は片付けたし、取り付かれた警官は土の牢獄に閉じ込めて身動きが取れなくなってる所だ。人質は皆無事だぜ。」

「ああ…良かったです。心配だったんですよ…誰だかわかりませんが、有難うございます!」


アキトは土壁に向かって御礼を述べる。外から聞こえてくる声に何処かで聞き覚えが有ったが、土壁が邪魔しているのと、それ以外の事が気になっていたが為に相手の正体に気付かない。


「そうです!ヤクモさんが戦っているんです!急いで助けに向かわないと…。相手は炎導術使いで、かなりの実力者です!助けに向かいたいので、僕を此処から出してください!」

「はあ…相変わらず、自分の事は二の次なんだな。少しは自分の体も心配しろよ?見てるこっちが心配になってくるっての…。それに何だ?旗色がちょっと悪いからって諦めて、簡単に自決しようとしやがって…。親友のピンチに颯爽と格好良く現れて助太刀したかったのに、かなり焦っちまったじゃねぇか!」

「あれ?その声…。え、まさか!」


アキトは声の主の正体にようやく気付く。その時、目の前の土の壁が二つに割れて外が見えた。そして、アキトのよく知る人物が苦笑いしながら現れる。アキトは驚きに目を見開く。


「ようやく気付いたか…ったく、親友の声を忘れんじゃねぇよ。なあ、アキト?」

「レン君!ヤクモさんの言っていた護衛って君なの⁉︎確かに学園長先生に似てますけど、予想外ですよ!」


アキトの親友にして、頼もしい土導術使い、そしてオオカミ学園長の孫こと、オオカミ・レンがそこに居た。

安易な自己犠牲に走ってしまうのは、主人公としてどうなのでしょうかね。


今回アキトが簡単に自殺しようとしたのは、自分が死ぬ事と、自分が逃げて人質の警官達が殺される事とを比較して、自分が死んだ方が全体の被害が少なくなるだろうと考えての行動でした。少々短絡的過ぎだったかも知れません。


本当なら、アキト自身の夢や、遺される家族の生活費の為にももう少し足掻いても良かったのですが、アキトの異常性の一端を描写出来るかなと判断しました。



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