第10話
「縁絶鋼は、個人で製造または加工する事が禁じられています。もしも、この事が公になってしまったら、大変な事になります…。」
ディアが縁絶鋼を創っていた事が明らかとなり、アキトは難しい顔をしていた。
縁絶鋼を創る事自体がヨミ国では犯罪である為、その行為を行ったディアの所有者であるアキトには監督者としての責任が問われる事になる。更にディア自身は研究機関に送られ、研究対象として様々な実験及び解剖をされる可能性が高い。
加えて、導族が忌み嫌う縁絶鋼を大量生産していた事実が伝われば、アビス王国強硬派にヨミ国を攻撃する口実を与えてしまう。
「恐らく、餌を与える代わりに縁絶鋼を創る様に仕込まれたのでしょうね…。導族が忌み嫌う縁絶鋼の大量生産方法が、まさか導物の地竜を利用する物であったとは…。」
縁絶鋼は、人族がその開発に成功した物では有るが、これまでの研究で現在の人族の技術力では大量生産は不可能と結論付けられている。
しかし、実は導術を応用する事で少しだけ生産効率が上がる事が明らかとなっていた。そして、導物は特定の導術に特化する為、それを利用すれば更なる効率上昇が見込まれていた。
だが、導物では縁絶鋼の複雑な製造工程を再現する程の知能が無いために、その方法は無謀だと考えられていた。
「なるほど、ディアは高導物だから、高い知能と高度な土導術技術を持ち併せています。それで縁絶鋼を生産する事が出来たと…。縁絶鋼は導術を無効化するから、それを導術で創るのは至難の技、それを無理やり創るなら、相当な負担が強いられます。だからあんなにも苦しんでいたのですね…。全く、何て事を…!」
アキトは、ディアを調教した者に対して憤慨する。それは、アキトが犯罪の片棒を担がされたという事よりも、ディアが苦しむ様な事を強いさせた事に対する怒りであった。
「アキトお兄さん…。」
「キュウ〜…。」
アキトがいつにも無く難しい顔をしていた為に、シルバーナとディアは不安そうな顔をしていた。アキトは自身の行動が彼女達を不安がらせてしまった事に気付き、急ぎ柔和な顔を作る。なるべく安心させる様に、出来るだけ穏やかな声色で語りかける。
「大丈夫ですよ、ルビィ、ディア。」
「本当…ですか?」
「はい、もちろんですよ!」
などと言うが、アキト自身は内心どうしようかと酷く悩んでいた。実際の所、大人しくディアを警察に突き出し、自身の身の潔白を主張する他にアキトが自身を守る方法は無い。下手に隠そうとすれば、犯罪を隠蔽したという事で罪は重くなり、最悪シルバーナを養えなくなる。
(まあ、あり得ませんね…。僕もかなり悪くなってしまいました。まあ、自分で言うのもあれですが、僕はキツネさんに似てますからね…。もう、あの人の事を悪く言う資格は僕には有りません。)
アキトにとっても、最早ディアは掛け替えのない家族であり、見捨てるなんて気は毛頭無かった。
アキトの脳裏に耳障りな笑い声が聞こえて来る。腹の立つ薄っぺらな笑顔が目蓋を閉じれば鮮明に浮かぶ。アキトは素直に敗けを認め、黒い塊をポケットにしまう。
「ここは、キツネさんに相談しましょう。ルビィ、この事は他言無用、墓場まで秘密にして持って行きますよ。あと、ディアはもう金輪際、縁絶鋼を創ってはいけませんよ。」
「キュキュ!」
「わかりました。絶対に誰にも言いません!」
アキトは隠蔽する事にした。家族を守る為なら、嘘だって吐こう、そうアキトは心に決めた。
(もしもバレてしまった時は、全てを僕の所為にすればルビィを守れますかね。ルビィは未成年ですし、責任者は僕だから責任は問われないはず。ディアは…学園長先生にお願いして、研究すると称して学園で預かって貰いましょう。)
バレた時のシミュレーションをして、思い付く限りの対策を考える。他力本願になってしまうのには苦々しく思うが、それよりもシルバーナとディアが幸せになる事の方が大事であった。
そして、早速アキトは携帯電話を召喚し、学園長に連絡してキツネの携帯電話番号を聞こうとする。
「動くな!怪しい動きを見せれば手足を撃つぞ!」
「何事ですか⁉︎」
しかし、その行為は、突然の襲撃者により止められる。武装した警察官が複数人、アキト達が居る部屋に突入して来たのである。警察官はアキトやディアに銃を向けていた。アキトは努めて冷静を装い、警察官達に向き合う。
「アラカミ・アキト!貴様を拘束する!」
「それ以上は近付かないで貰いましょうか。」
アキトは、自身を拘束しようと近付く警官達を制して、手に持った丸い物を見せた。
「手榴弾!武装は解除させなかったのか⁉︎」
「それ以上近づけば爆破します。」
手榴弾は召喚術を使用して取り出した物であるが、警官達はアキトの導術の事を知らなかったらしく、突然出てきた武器に驚いていた。アキトの平然とした顔による脅迫が予想外だったのか、警官達は明らかに動揺する。
「貴様…!警察を脅迫する気か!公務執行妨害で逮捕するぞ!」
「それが無くても拘束するつもりだったではありませんか。それに、あなた方が警察である保障は有りません。こちらはテロリストの襲撃で気が立っているんです。そんな所に急に銃を向けて押し寄せてくるのですから、この位は当然でしょう?」
アキトは押し寄せてきたのが本物の警察官であるとわかっていたが、牽制のためにわざとらしく疑惑の目を向けた。警官達の代表者が、自身の警察手帳を離れた所から広げる。
「ほら、この通りだ。」
「なるほど、確かにあなた方は警察官のようですね。」
「そうだ。だから大人しくその手榴弾をこちらに寄越せ!」
「あなた方が無闇に近付かなければ爆破しませんよ。」
アキトは警官の催促を軽く受け流しつつ、手榴弾を構えながらゆっくりと移動する。
「それより、いきなり部屋に押し掛けて何ですか?しかも土足で。失礼ですよ?ほら、ルビィやディアが怖がって動けないで居るじゃないですか。よしよし、僕が居ますからね、怖がる事は有りませんよ?」
「勝手に動くな!」
「彼女達の側に居たいだけです!それより本当に何なんですかあなた達は!」
アキトは、部屋の隅にいるディアとシルバーナを銃口から庇うように彼女らの前に移動する。銃口は一斉にアキトに向けられていたが、それを全く意に介さない。
「ルビィ、さっきまで遊んで疲れたでしょう。立っているのが辛いなら、座っていなさい。」
「……はい、わかりました。お兄さん。」
シルバーナはアキトの言葉に少しの逡巡の後に素直に従い、その場に体育座りをする。丈の長いスカートなので、不埒な輩に中を覗かれる心配はない。
アキトはそれを確認すると警官達に向き直り、手榴弾のピンを抜かずにゆっくりと警官側に転がす。実際には、召喚術で何時でもアキトの手元に戻せる為、飽くまでも攻撃をしないアピールをする為の行動であった。
警官は恐る恐る手榴弾に近付き、仕掛けがされていない事を確認して回収する。
「御覧の通り、そちらに害意が無ければこちらも攻撃しません。ですが気をつけて下さい。まだ手榴弾は有りますからね。理由もなく無理やり拘束しようとすれば、分かっていますね?」
「こちらには、貴様を拘束する正当な理由がある!」
アキトはシルバーナの目の前に立ち、彼女を庇うように立つ。そして後ろで手を組み、手榴弾を持っている振りをして、威嚇するように声を荒らげる。
「一体何の理由があってこのような事をするのですか‼︎」
「アラカミ・アキト!お前を特殊鋼材製造法違反の容疑者として現行犯逮捕する!そこの地竜を使って、指定特殊鋼材である縁絶鋼を違法に製造しただろう!」
「なっ⁉︎」
アキトは絶句する。ディアが縁絶鋼を創れると知ったのはついさっきの事である。テロリストの組織が不自然な程に大量の縁絶鋼を所持していた事は警察も知る所であるが、キツネが知らなかった『地竜が縁絶鋼を創っていた』と言う話は知る由も無い筈である。こんなにも早くに警察がそれを知り、アキトを捕まえに来るのは、不自然な程の早さであった。
アキトはチラリとすぐ後ろに居るシルバーナにアイコンタクトをとる。シルバーナは目で合図をアキトに返し、ディアを自身に近寄らせる。
「証拠は有るのですか?僕がこの子を使って縁絶鋼を創らせたという証拠は。」
アキトは、警察官達を試すような口調で挑発する。足元のシルバーナはアキトに縋るようにジーンズを引っ張る。
「何だと?証拠だと?笑わせるな!今、正にお前が証拠を持っているではないか!」
警官の一人が声を荒らげながら、アキトのポケットに有る黒い塊を指して言い放つ。アキトは後手に組んだ手を片方使って黒い塊を取り出す。
「へえ、そうなんですか、これは縁絶鋼なんですか。本当ですね、導術が使えません。」
「何を白々しい!」
「ですが、あなた方はどうしてこれが縁絶鋼だとわかったのですか?」
アキトは塊を部屋の別の隅に放りながら警官達に質問すると、警官達は押し黙る。彼らは、証拠の現場さえ押さえれば反論できないと踏んでいた。アキトを唯の学生だと侮った結果、思わぬ反撃を受けた為に警官達は困惑する。
縁絶鋼は、傍目では唯の黒い金属であるため、それを見分けるには導術を当てたり、持って導術を使ったりしなければならない。ディアが創り出してから、この塊を持って導術を使ったのはアキトのみであり、今しがた突入して来た警官達がこれが縁絶鋼だと即時判断する事は不可能であった。
「キタカタが意識を取り戻し、証言したのだ!その地竜を使って縁絶鋼を創ったのだと!だから我々は、その金属を縁絶鋼であると判断したのだ!」
警官の一人が声を上げた。理由としては少々弱いが、疑うには充分であると主張した。アキトは考え込む。
(キタカタが目を覚ましたとして、すぐにディアの事を喋るとは思えませんが…。尋問して吐かせるとしても、誘導しなければ難しいでしょうね。やはり最初から知っていましたか…。)
アキトはチラリと横目でシルバーナを確認する。彼女は警官達と目を合わさないようにアキトの背中をジッと見ていた。アキトは少し悩みながら、反論する。
「なるほど。ですが、本当にこの子は縁絶鋼を創れるのでしょうか?」
「何だと?」
「ご存知ありませんか?縁絶鋼を製造するのは非常に難しいと。導物が縁絶鋼を創った何て事、今まで有りましたかね?」
警察官達は再び黙り込む。縁絶鋼の事に関してそこまで知らなかったらしい。普段関わる事はまず無い為、それも仕方のない事であった。
「導術関連のお仕事をしていらっしゃらない皆様には縁遠い話なので、知らないのは無理ありませんよ。ご存知無いようでしたらお教えしましょう。導物の知能では、縁絶鋼の製造方法を再現する事は不可能であるとされているのですよ。」
アキトの堂々とした切り返しに対して、警官は別の切り口でアキトを攻める。
「ならば…、お前は何処でその金属を手に入れたのだ?」
「…この子が吐き出したので、それを拾いました。」
アキトの言葉に、尋ねた警官はしてやったりの顔をする。
「それ見たことか!やはりその地竜が創ったのではないか!」
「僕は“吐き出した”と、言いました。“創った”だなんて、一言も言っていませんよ?」
「な、何が違うと言うのだ!」
アキトは、キツネ直伝の人の感情を逆撫でるような薄っぺらな笑顔を貼り付ける。その頃、シルバーナはディアの顔を抱き寄せ、不安を和らげる様に撫でる。
「大いに違いますよ。この子は縁絶鋼を創ったのでは無く、キタカタが所持していた縁絶鋼を誤って食べてしまったのですよ。」
「何?」
「地竜は金属や土を食べます。先ほど、この子に餌として腐葉土を与えましたが、中々に良い食べっぷりでした。可哀想に、どうやらキタカタはこの子に充分な餌を与えず、相当お腹を空かせていたのでしょうね。
だから、キタカタの元で彼の所持する縁絶鋼を食べてしまった。しかし、導術を無効化してしまう縁絶鋼は消化出来なかったので、先ほど吐いてしまったという訳ですね。」
実際は、アキトは導物が縁絶鋼を食べたらどうなるかなど知らない。しかし、それは警察官達も知る筈がないので、とにかく自信を持って堂々と、さも当たり前であるかのように宣言する。
「なら、何故キタカタは大量に縁絶鋼を所持していたのだ!」
「それは僕にもわかりません。大体、キタカタの事についてよく知らない僕が、知っているわけないじゃないですか。」
アキトは、ディアが縁絶鋼を製造出来ないという事にして話を作った。実際、導物が縁絶鋼を創ったと言うのは前代未聞であるため、事情を知る者ならば、寧ろアキトの言い分を支持したであろう。
警察官は事情をよく知っていなかったが為に、余り納得の行かない顔をしていたが、アキトの言う事は実は至極真っ当な物であった。
ディアの知能であれば、縁絶鋼を創れない振り、人の言葉が分からない振りをする事が可能であろう。そしてそうなれば、ディアが創ったという証拠が不充分となり、咎めを避ける事も可能性として見えてくる。
キタカタがどうやって縁絶鋼を手に入れたのかについては、キツネに頼んで偽装して貰おうとアキトは考えていた。
「ええい!小賢しい!その地竜が縁絶鋼を創れるかどうかは、研究所に連れて行けば分かる!」
「ディアを無理やり連れて行く気ですか!」
「当たり前だ!貴様こそ、この地竜を庇い立てするなら容赦しないぞ!ただでさえ、貴様にはこの地竜を使って縁絶鋼を違法に作った容疑がかけられているのだからな!」
アキトは黙り込む。強行手段を使ってくる事はわかっていたが、下手に抵抗すると発砲されかねない。(導術使いは武器となる導術を自由意志で使用できる為、何も持たずとも武装した一般人として扱われる。そのため、警察官は自衛の為なら、導術使い相手への発砲及び殺害が許可されている。)
飽くまで言葉で反論するに留める事で、警察官達に手荒な真似をさせないようにアキトは気を付けていたが、それも限界に近付いていた。
「そこまでだ。見ていて不愉快だから止め給え。」
部屋に男の声が響く。見ると、警官達が別れて道を作り、間から一人の中年男性が現れる。
「申し訳ありません。ウシオ警視殿。思ったよりも彼が反抗するもので、説得に時間が掛かってしまいました。」
「言い訳は要らん。ただ、命じられた事を遂行しろ。」
「はっ!」
ウシオと呼ばれた男性は警官達を睨む。警官は銃をアキトにむけたままアキトに近寄る。アキトは最早脅しは悪手と見て、観念したかのように両手を上げる。
「手榴弾はハッタリだったか…。舐めた真似を…。」
警官は苦々しげに吐き捨てつつ、アキトの両手に導術を封じる手錠を付け、そのまま身体を調べ、携帯などは取り上げた。続けて、警官達はディアにも近寄り、これを拘束しようとする。
「ルオガアアアアアアア!」
「な、抵抗するなこの地竜!」
ディアは、警察官がアキトに酷い事をすると思い、アキトの為に抵抗しようとする。警官達は一斉にディアに銃で狙いを付ける。
「ディア!止めなさい!」
「キュピィ⁉︎」
しかし、アキトがそれを止めた。ディアは困惑するが、大人しくなり、口に拘束具を着けられる。
地竜は、通常の銃程度なら皮膚を傷つける事すら敵わない為、導術も使えず、銃しか持たない警官達にはディアに勝てる見込みは無い。しかし、ここで抵抗して警官達を傷付けてしまうと、今度こそディアは確実に処分されてしまう。アキトはそれを懸念しディアを止めた。
「フン!よく躾けて有るじゃないか。本当は前からこいつはお前の物だったんじゃ無いのか?」
アキトは警官を睨む。警官は勝ち誇ったような顔をしていた。ディアが大人しくなり、アキトが手錠をされて両腕を警官達に掴まれて動けなくなった所で、ウシオがアキトに近付く。
「アラカミ・アキト。君を逮捕させて貰おうか。」
「もうしてるでしょうに…。失礼ですがどなたでしょうか?それと、僕を拘束する理由を伺っても宜しいですか?」
「私はソコネ県警察本部捜査二課課長のウシオ、階級は警視だ。それと、君を拘束する理由は君自身が一番よくわかっていると思うのだが?」
アキトは身に覚えが無いと言った風に肩をすくめる。
「ほう?この私に刃向かうとは良い度胸ではないか。唯の学生の分際で、身の程を弁え給え。君の将来が華やかな学園生活か、それとも刑務所での労働生活かを左右する人物が、今目の前に居るのだよ?」
「…そうですか。」
アキトは臆せずに真っ直ぐにウシオの目を見る。
「何、別に今すぐ君をどうこうするつもりは無い。先程は少々手荒な真似をしてしまったが、君がどういう人物か分からない以上、細心の注意を以って事に当たらねばならないと判断した結果だ。裏を取る暇が無かった為、取り敢えず縁絶鋼違法製造の現行犯という形で逮捕させてもらった。本当なら、こんな乱暴な事はしたく無かったのだが…。」
「僕が、危険な人物だと?」
「その可能性も無くは有るまい?君はテロリスト集団を相手に大立ち回りを演じたのだ。もし暴れられたら危険だからな。それに、君はキタカタと裏で繋がっていた可能性があると判断したのも有るのだよ。」
「なっ!キタカタと僕が?」
アキトは驚く。キタカタとの面識など、当然ながら全く無かった。
「何を根拠にそんなデタラメを。」
「キタカタはシラサギや君と共謀して一連の事件を引き起こしたと考えれば、合点が行くのだよ。何せ、この事件では偶然が重なり過ぎである上、他ならぬ君が一番得をしている。」
ウシオ曰く、キタカタ、シラサギ、そして地竜の本来の持ち主であるアキトは共謀してフェルミ公爵襲撃事件を起こしたという。理由はアビス王国との戦争により縁絶鋼の需要が増え、結果多大な利益が得られると考えたからとの事である。
しかし、キタカタが地竜を奪い、縁絶鋼を独り占めにした為にアキトは怒り、襲撃事件を知っていたアキトはシラサギを嵌めてこれを失脚させた。続けて彼と繋がりのあるキタカタの組織も警察に捜査させ、キタカタも捕まえさせる。そして捕獲された地竜を、導物使いとして取り返した。
全てを知っていたから、シルバーナをタイミング良く救ったりシラサギやキタカタの襲撃に対応できたし、地竜もこんなにも懐いていたのだという。
(なるほど、そう言う見方も出来ますか…。)
シラサギからシルバーナを守った為に、アキトは名声とフェルミ公爵の支援を手に入れた。一度犯罪組織が地竜を奪ったが為に、存在を隠して地竜を飼っていたアキトは、堂々とそれを入手し直す事が出来た。更に、有力な導族貴族のシルバーナと懇意になったため、将来人族と導族間で戦争が起きても、有利な方につく蝙蝠のような立ち回りが可能になったとウシオは語る。
(確かに僕が一番得をしているように聞こえますね…。そんな実感は欠片も感じませんが。)
シルバーナは真実を知っていた為に怒りに肩を震わせるが、アキトが目でそれを制す。
「事実無根ですね。」
「そうかな?考えられなくも無いだろう?少しの可能性を切り捨てるのは、場合によっては必要であろう。しかし、時としてその少しの可能性に足元を掬われるのだ。あらゆる事態を想定しなければならない。私には責任があるのだ。」
「なら、もっと穏やかに事を進めるべきですよ?要らぬ暴力は、要らぬ反抗を生みます。鼠は、追い詰められたら猫だって噛むのですから。」
「耳に痛いな。だが、悠長な事をしていては、大事な証拠を消される可能性がある。少々手荒で拙速であろうと、犯罪の証拠を掴み検挙する。それが我々の仕事だ。」
「……。」
アキトは再び黙り込む。実際、アキトは証拠物品を隠してディアを庇おうとしている。痛い所を突かれていた。
「ですが、本当に僕は何も知りません。」
「まあ、其処から先は取調べの時に聞くとしよう。何にしろ、君には重要参考人として同行して貰う。そこの地竜も同様だ。あと、そこの縁絶鋼は証拠品として押収させて貰おう。」
「ルビィは関係無いのでしょう?彼女には手を出さないで下さい。」
「ああ、元よりそのつもりだ。そんな事をすれば国際問題になる。我々はあくまで、君と地竜に用があるからな。」
アキトはウシオの言葉に少しほっとする。ウシオ達の目的はアビス王国との戦争ではないらしいからだ。ウシオが嘘を付いている可能性もあるが、今のアキトには何も出来ない。ウシオの言葉を信じる他なかった。
「アキトお兄さん…。」
「僕は大丈夫です。ディアも、きっとすぐに疑いは晴れますよ。ルビィは、安心してここで待っていて下さい。」
「疑いが晴れると決まった訳ではないがな。お嬢さんは大事な保護対象、テロリストの襲撃に備え、この部屋の警備と監視はしっかりと強化しておこう。
それと、予め言っておくが、この事を誰かに連絡してはいけない。もしこの少年が有罪であれば、仲間に証拠を消すように仕向けられては敵わんからな。事情聴取が済み、有罪であれば証拠を押さえ、仲間を全て検挙するまでは大人しくしていて貰おう。その間の生活は保証する。しかし、怪しい動きを見せれば君も共犯者として拘束しなければならない。」
「うっ…わかりました…。」
シルバーナは座ったまま悔しそうな顔をする。ここで抵抗してもアキトの立場を悪くするだけだと悟り、心を冷静に保とうと努力する。しかし、またアキトの役に立てないでいる自分が不甲斐なく、自らの非力さにどうしようも無く心が掻き乱される。
(狙いは僕またはディア、若しくは両方ですか。どうもこの人は、僕を犯人にしたいらしいですね。ディアに対しては、恐らく縁絶鋼が目的でしょうか…。)
一方アキトは、冷静に現状を分析しつつ、ウシオの言動を見守る。ウシオは部下一人を部屋に残すことにして、彼をシルバーナの護衛兼監視役に任じた。
「さて、そろそろ行こうか。今は時間が惜しい。お嬢さんの事は頼んだぞ?」
「了解しました。」
アキトとディアは静かに付き従い、部屋には座るシルバーナと警官が一人残された。部屋を出る際、最後にアキトはシルバーナに笑顔を見せて、なるべく安心出来るように気遣った。
「それにしても、警視自ら捜査するのですか?部下に任せる物だと思っていました。」
「ああ、そうだ。私は現場上がりだからな。捜査の事はよく分かっている。部下に任せるのも良いが、私自ら動く事ですぐに部下に的確な指示が出せるのだよ。
私は数々の凶悪犯を検挙した実績がある。この立場に登れたのも私の実力故だ。そのノウハウを活かして後進に捜査の指導を行いつつ、更に犯人も検挙するのが私の使命だと思っている。机に座って指示していれば良いとは、私は思わない。」
アキトは警官隊に囲まれながら、廊下を歩く。その行く先は、どうやら署の外の様であった。
「何処へ連れて行くつもりですか?取調室は外には無いでしょう?」
「取調べは何も、部屋で行わなければいけない訳ではない。時間が無いと言ったろう?君の仲間に気付かれて証拠を隠滅しに動かれる前に、現場を捜索しなければならないのだ。君にはそれに付き合って貰う。取調べは車の中でも出来る。」
ウシオはアキトの質問に答えながら前を歩く。
「まるで僕が犯人であると決め付けているような口振りですね。」
「灰色であるなら、黒と思って行動する。白だと思えば黒も白になってしまうからな。私の信条だ。」
アキトはウシオの背中を静かに見ながら歩く。
「よく訴えられませんね。」
「ああ、何せ私が疑いをかけた灰色は、皆黒かったからな。訴えなど起こせないし、起こさせはしない。私は勘が良いのだよ。」
そのままアキト達は警察の車両に向かう。アキトはディアと別々の車に乗せられ、それは静かに発進した。
アキトを乗せた車が発進すると、近くの建物の物陰から一つの影が現れる。
「イヒヒヒッ!やっと見つけたよ。僕の地竜ちゃん。」
不気味な笑顔を湛えた男は、静かに物陰に消えていった。




