第8話
「大変お待たせ致しました。アキト様、シルバーナ様。」
アキトが、くっ付くシルバーナをあやしながら警官と話をしていると、ヤクモがやって来た。心なしか、肌がツヤツヤになっていた。アキトは苦笑いを浮かべる。
(ヤクモさん…、また愉しんできたのでしょうね…。あの人達も、御愁傷様ですね…。)
そんな事を思いながら、アキトはヤクモに感謝を述べ、頭を深く下げた。
「おかえりなさい、ヤクモさん。お疲れ様です。あと、守ってくださりありがとうございました。」
「ヤクモ様。アキトお兄さんを守ってくださってありがとうございます。」
「いえいえ、アキト様がご無事で何よりですよ。それに、中々お強かったでは有りませんか。思っていたより支援する必要が無くて驚きましたよ。もしかしたら、私の援護が無くても対処出来たのでは?」
「そ、そんな事有りませんよ!ヤクモさんの援護が無ければ、僕は今頃…。まだまだ僕は弱いですよ。」
実際、アキト単独では、正面からでは彼らを倒せなかったであろう。アキトの主な戦い方は不意打ちに罠や、相手の油断を利用した奇襲戦法であり、導術も初見殺し的な面が強く、威力は召喚対象物に依存する為、非常に不安定かつ警戒されると対処されやすい。アキトは、自分は戦いには向いていないと痛感する。
「そんな御謙遜を。植物があったからとて、敵が縁絶鋼製銃弾を大量に所持したあの場では、完全な勝利にはアキト様の頑張りが不可欠でした。もっと自信を持って良いですよ?」
「そうです!お兄さんは私も守って下さったではありませんか。アキト様はお強いです!」
「余り褒めないで下さい。思い上がってしまいます。」
アキトは謙遜しながら、そっと後ろ髪を弄る。
「ああ、そうです。ヤクモさん。」
「なんですか?」
「店に居た人達との転移召喚契約を解きたいのですよ。何処にいるか分からないので、連絡とって頂けますか?いきなり召喚して驚かせるのもいけないので。」
アキトは、逃がす為に契約をした人々に、必ず契約を解くという約束をしていた。それを忘れずに実行したいと申し出た。
「わかりました。少々お待ち下さい。」
ヤクモは植物でコチヤに連絡を入れる。どうやら最初に転送した学園の実習施設から動いていないらしい。ヤクモが連絡を終えると、アキトは人々を召喚して契約を全て破棄した。ついでにヤクモとの契約もこの時に切ろうとしたが、ヤクモはすぐに駆けつけられるからこのままで良いと断った。
(それにしても、やはり転移召喚を無理強いしたのは不味かったですか…。)
アキトは、転移契約を強要した人達が非常に怒っていた為、土下座して真摯に謝った。シルバーナも、必要無いのに土下座していた。人達の中にはアキトを心から憎く思う者もいたが、ヤクモが居る手前、アキトを罵る事が出来なかったらしい。しかし、示談金だけはしっかりと取ると宣言され、アキトは意気消沈する。
(転移契約を強要したから、仕方は無いんですが、この出費は痛いです…。)
転移契約の強要は犯罪である。今回は事が事であるため仕方の無い所もあったが、訴えられればアキトは確実に負ける。裁判沙汰にならず、示談金のみで済んだのはヤクモのお願い(脅迫)のお陰では有るが、お金の無いアキトには非常に手痛い出費となる。
(犯罪ですから保険金も降りません…。ああ、目眩がして来ました…。)
今のアキトにすぐに払える様な貯蓄は無く、頼みの保険金も降りるとは思えない。さらに、冷静になって来たアキトは、今回破壊した雑貨店の損害賠償の事に思い至り、遠い目をする。
「そう言えば…、店がこんなになってしまいました…。損害賠償、どれ位の額になるでしょうか…。払える額…だったら良いなぁ…。」
アキトは自分達が今回壊した物、火災で燃やし、ジープで踏み潰した商品、車爆弾で破壊したエスカレーター等の被害額を思って頭を抱える。示談金と併せ、アキトにはとても払える金額ではないだろう。
「道路や建物などの単純な造りの物なら、土導術の先生方にお願いして修繕して頂く事も可能ですが…。」
土導術は無機物であれば操作して作り変える事が可能である。なので、コウガが破壊した道路も学園の先生が、学園長命令で直していた。
本当は学生寮も、直すだけなら生徒達が全員出て行った後にでもすぐに出来るのだが、テロリスト立て篭り事件を受けてセキュリティを不安に思う学生の保護者からの電話が相次いだ為に、防犯設備の見直しと検討をせざるを得ないらしく、再建には少し時間が掛かるとの事である。
「窓ガラスとかは直せますかね…。ですが、商品は…。」
「複雑な物は、恐らく無理でしょうね。」
導術を用いて複雑な造りの物を修繕するのは大変難しく、それに対しての損害賠償はほぼ確定となる。更に、店を休業させた分の損害賠償も請求されるのが確実である。
「僕の保険金で、何とかなります…かね…?」
「私のを合わせ、限度額一杯使っても、恐らく足りないでしょう…。残りは何とか自力で返して行くしかないですね…。」
アキトとヤクモは一応学園斡旋の割引きされた保険に入っているが、それでもとても払い切れる額ではない。支払えなかった分は、壊した本人である二人に弁償の請求が来るであろう。法律上、導術使いは不利な立場に置かれており、導術が原因で出した被害は、例え非が無かったとしても導術使いに請求される事が多い。
「うああ…。借金生活…、家計火の車…、学園中退でアルバイト…、就職出来ない…、家族養えない……。」
「アキトお兄さん、どうかお祖父様の支援金をお使いください!」
アキトの状態を見ていられなかったシルバーナは、バイドンを頼る様にアキトに進言する。
「……それは最後の手段です。僕の所為で出来た借金の為なんかに、閣下のお金を使う訳にはいきません。」
「そんな義理立てなど無用です!お兄さんが生活に困っていれば、お祖父様は気にせずお金を下さいます!」
「ルビィ…、しかし…。」
アキトはシルバーナの提案をすぐに受け入れる事は出来なかった。いくらバイドンが金銭的支援をしてくれると言っても、シルバーナの為の出費ならいざ知らず、自分の借金返済の為に利用するのは気が引けたのである。
「アキト様。キツネ様に何とかして頂きましょう。」
「……はあ、あの人にだけは借りを作りたくないんですけどね…。」
ヤクモの提案に、アキトは少し渋るが、背に腹は変えられないと思って受け入れる。
導族絡みの事件の後始末に関しては、あれ程の適材をアキトは他に知らない。恐らく今回の件も、キツネは大いに利用するに違いないとアキトは思い、少しくらいこちらを手伝って貰っても良いのではとも思っていた。
「まあ、そもそもあの組織の方々の行動が原因なのですから、あの組織に集まっていたお金で、示談金や雑貨店に対する弁償ができないか交渉して頂きましょう。私の方からそう伝えておきます。」
「それが一番ですかね。宜しくお願いします。」
アキトとして見れば、これからの生活に対する死活問題であったので、少し冷たいが是非ともテロリストのお金で補填して貰いたいと切に願っていた。
(結局、キツネさんに頼ってしまいますか…。後が怖いですが、仕方有りませんね……。)
支払いについて希望の光が差し込んで来た為、アキトは幾分か冷静になる。そして、先程警官と話していた内容をヤクモに伝える。
「さて、これからの話なのですが…。警察は、僕達を襲った組織である反導族団体、『日出づる処の天子』を壊滅し、安全が保障されるまで身柄を保護したいと言っています。」
ミナカタ達の団体、『日出づる処の天子』は、反導族団体としては余り過激な事をしない事で有名であり、警察も余り目を着けていなかった。無論、方々に賄賂を送ってコネを作って来たキタカタの努力の賜物である。
ちなみに、団体名は、導族達の住むナラカ大陸がヨミ国から見て東側の大洋に現れた為、朝日の出る方向を取り戻すという意味で付けられたもので、コードネームが東北と南西で部隊が分かれているのは、鬼門と裏鬼門を守ることで災厄からこの国を守るという意味があるらしい。
今回の事件の結果、それまで団体の取り締まりに消極的であった警察が、ようやく重い腰を上げて捜査する事になった。その際、自棄を起こした組織の構成員によって、標的であるアキトが襲われない様に、アキト達を警察で保護したいという申し出があったのである。
『日出づる処の天子』の構成員は今回の襲撃で殆どの主力戦闘員が捕まったため、組織はもう事実上の壊滅状態であり、アキト達に危険が及ぶ可能性はほぼ無い。しかし、それでもアキト達を保護したいと言うのは、今回の事件の対応が後手後手となり、相手に良いように動かされてしまった警察の不手際に対するせめてもの償いの為である。もちろん、何の役にも立たなかったなどという不名誉を回避する為に、何かをしたという実績を残す為の一面も含まれていた。
「そうですね。アキト様はどうなさりたいですか?」
「僕ですか…。僕としては、結構疲れましたし、もう日も暮れますし、一泊して行くのも良いかなと思いますが。」
これから学園長の屋敷に向かい、使える物を物色した後、引越し作業するのは、今のアキトには出来ない訳ではないが少々キツいように思えた。無理をして体力を落とし、明日からの生活に響かせてもいけないので、引越し作業は明日にしようとアキトは考えていた。後、少しだけではあるが、タダで御飯を貰えたり、寝床を用意して貰えるのを期待してもいた。
「シルバーナ様は如何ですか?」
「アキトお兄さんの居る所が、私の居る所です!」
ヤクモは一応確認の為にシルバーナの意思を問う。予想通りの答えが即返って来たため、ヤクモは苦笑した。
「それでは決まりですね。私は少し用事が出来ましたので、これで失礼します。また明日、警察署までお迎えに上がりますよ。何かあったら、アキト様に差し上げた花に知らせて下さい。何か質問はございますか?」
「ええと、質問と言いますか…。ヤクモさんから頂いた花以外の植物や人形、鋏や車をお返ししたいのですが…。」
アキトは今回の事件でアキトがヤクモから貰った物を返却したいと申し出た。
「それでしたら、アキト様にそのまま差し上げますよ?」
「そうですか、それは嬉しいのですが、置く場所が…。」
転移召喚は実物を召喚するので、その保管場所が無いと非常に不便である。アキトの新住居はかなり狭いので、最低限必要な物を置いておくだけで手一杯である。
「それなら、大旦那様の御屋敷にそのまま置いておいても構いません。」
「それはありがとうございます。何から何まですみません。」
アキトは、至れり尽せりの対応に深く感謝する。
「それと、車はもう廃車確定ですから、それはこちらで処分しましょう。他には何か?」
「いえ、これで大丈夫です。」
「そうですか、それでは私はこれで。木は現場を保存する為に必要らしいので残していきます。犯人達は警察に無事に引き渡しましたので、後は彼らに任せましょう。」
ヤクモは席を立ち、控えていた警官にアキト達の事を託して、何処かへと消えていった。
「さあ、着きましたよ。すぐに護衛の者が来るので、少し待っていてください。」
「ありがとうございます。」
辺りが暗くなる頃、アキトとシルバーナはソコネ県警察本部に来ていた。今朝一度来たので、来るのは本日二回目である。アキトは今朝の事を思い出す。
(あの時も同じ様な状態でしたね。)
今朝は、シルバーナの弁明の会見の為に来ていた。あの時は緊張して大変だったなとアキトは思う。
(今度は、ただ寝泊まりするためだけですけどね。)
しばらく車の中でじっとしていると、武装した警官数人が近寄ってきた。朝、アキト達の護衛として付いてくれた警官隊である。
「御二方ともご無事でなによりです。本日は我々が責任を持ってお守り致します。」
「宜しくお願いします。」
アキトはシルバーナと共に車を降りると、警官隊に形だけ守られながら署内に入って行く。と、そこに予想外の人物が居たため、アキトは驚く。
「あれ、カスミ先生。と、キツネさん⁉︎どうして此処に?」
「おや?アキト君にシルバーナさんではありませんか。奇遇ですねぇ。」
お昼に別れたばかりのキツネと、学園の水導術コースの教師であるカスミが居たのだ。白々しい態度のキツネがアキトに相変わらずの胡散臭い笑顔を向け、アキトは怪訝な顔になる。
「あら、キツネさんはアキトさんとお知り合いですの?」
「ええ、先日会ったばかりなのですが、とても仲良くなりましてねぇ。」
アキトは『何を勝手な事を』と内心思いながらも、キツネと言い争うのは時間の無駄である事を良く分かっていた為、まともに取り合わずに話を進める。
「キツネさん、状況の説明をお願いしたいのですが。僕達はテロリストから狙われない様に警察に保護されてここに来ました。キツネさんはどんな用件でここに?」
「アキト君、ノリが悪いですねぇ。」
「あなたのペースに乗せられたくありません。」
アキトは突き離すように冷たく言い放つ。
「あらあら、アキトさんにここまで嫌われるなんて、キツネさんも大概ですわね。」
「カスミさんまで…。何か皆さん、私に冷たくありませんかねぇ?」
「普段の行いを見る限り、それが当然だと僕は思います。」
キツネは態とらしく大きな溜め息をついた後、やれやれといった風に首を振り、護衛の警官隊には少し外して貰い、ここでは何だからと言って署内の一部屋を借りてそこに四人が入る。アキトがシルバーナをカスミに紹介した後、キツネは話し始めた。
「実は、アキト君達を襲った組織、『日出づる処の天子』の幹部、コードネームキタカタの捕縛依頼をカスミさんにお願いしていましてねぇ。標的を捕まえたという事で、受け取りに来たところなのですよ。」
「ええっ!カスミ先生、キツネさんの部下だったのですか⁉︎」
「そうではありませんわ。キツネさんとは学園長先生を通じて知り合いになりまして、個人的にお仕事を頂いたりしておりますの。こう見えてワタクシ、それなりの実力は有ると自負しておりますわ。」
アキトは驚く。カスミは一般の導術の教師だと思っていたからだ。
「そうだったのですか…、驚きました。それにしても、またキツネさんはそのキタカタって方を策に嵌めて利用しようとしていたのですか?」
「私は一体どんな人間だと思われているんでしょうかねぇ…。」
「キツネさんの想像の通りかと思いますわ。」
アキトとカスミの二人に冷たくされ、流石のキツネも少し凹む。
「策に嵌めようとはしていませんでしたよ。ただ、利用しようとは思っていましたがねぇ。私は、シラサギの関係していた団体を調べ上げ、密偵を送り込んでいました。シラサギを捕らえた暁には、恐らく芋蔓式に関係する団体に捜査が入る事は分かっていましたからねぇ。繋がりのある政府関係者を陥れる為の証拠を、隠滅される前に押さえておきたかったのですよ。」
キツネは、シラサギが裏で様々な組織と繋がりを持ち、またその組織が他の政府関係者と繋がっていることを、シラサギを調査している際に発見し、それを利用して繋がりのある人達を纏めて陥れるための計画を立てていた。もちろん、追い出した後のポストに自分の息がかかった者を入れる細工も抜かりない。
「その際、その組織に潜入させた密偵から連絡がありましてね。アキト君達を襲撃する計画が持ち上がっているとの事で、ヤクモさんにお願いしてアキト君の護衛をして貰ったのですよ。」
「それは…、ありがとうございました。」
アキトは素直にキツネに礼をの述べる。一応、アキトの心配もしてくれていたなら、御礼はすべきだと感じたからだ。
「どういたしまして。話の続きですが、それまでの調査により、その組織に不自然な金の動きがありましてね?」
「お金の…動き?」
「ええ、余りにも短期間で利益を上げ過ぎていたのですよ。殆どは、キタカタの懐に入り込んでいたみたいですがね。」
キツネの話によると、組織は武器の密売も手掛けていたそうなのだが、仕入れに対しての売り上げが余りに高過ぎたのだという。また、武器とは関係なさそうな物品の購入も秘密裏にあったらしい。
組織の仲間には気取られないように巧妙に隠し果せていたらしいが、キツネの部下はそれをキタカタに気取られずに暴いたのだそうだ。アキトは背筋に冷たいものが伝うのを感じた。
「それで、その首謀者であるキタカタを捕まえる事で、その内容を訊き出そうと思っていたのですが、襲撃のお陰で意図せずに内容が分かりました。」
「縁絶鋼…ですか。」
「良くお分かりですねぇ。」
縁絶鋼は、転移鎧に対しては効果が無くても、通常の導術使いならば天敵となり得る存在である。エミリオの風の鎧をも貫くし、体内に留まれば導術発動を阻害できるのだ。そのため、導族に敵対しようとする反導族組織にとっては喉から手が出るほどの代物である。
しかし、如何にせん入手し辛いという欠点がある。製造コストの為にグラム当たり数十万程度の値が付き、またその製造及び加工も厳しく制限されている為だ。
「キタカタは何処から入手したのか、大量の縁絶鋼を所持していました。それを売買する事で、恐らく利益を上げていたのでしょうねぇ。
言い訳になってしまいますが、気付かれないように部下に余り深入りさせなかった事、縁絶鋼の存在を襲撃の直前まで隠し通されていた事、襲撃が余りに早過ぎた事などがあいまって、ヤクモさんに注意するのが遅れてしまいました。その点については謝ります。良くぞ生き残って下さいました。」
「いえいえ、縁絶鋼を大量に手に入れているなんて、そんな想定をするのは難しいですから仕方ないですよ。誰にも怪我が無かったのですから、それで良いではありませんか。」
深く頭を下げるキツネに面食らい、アキトは少し驚いていた。すると、カスミが口を挟む。
「まあ、ワタクシはクロお兄様が苦戦する姿なんて想像もしておりませんでしたわ。」
「えっ?クロ…お兄様?」
「あら、お兄様から伺っておりませんの?ワタクシは旧姓ヤクモ・カスミ、ヤクモ・クロガネの実の妹ですわ。イズモ家に嫁入りして、今の姓になりましたの。」
「ええええええっ⁉︎」
アキトは、大きな声を出して驚く。ヤクモと確かに雰囲気や顔立ちが何となく似ているとは思っていたが、まさか実の兄妹であるとは思わなかったのだ。
「あら、そこまで驚かなくても宜しいのではなくて?」
「ああ、す、すみません…。」
アキトはカスミに窘められて肩を竦めて謝る。カスミの目付きは確かにヤクモと似ているなとアキトは感じた。そこで、キツネが咳払いして話を戻す。
「それで、今度はどうやってそんなに多くの縁絶鋼を所持していたのかを探るべく、カスミさんにキタカタを捕らえて頂いて、ここに連れて来て頂いたのですよ。事件の首謀者ですから、事情を聞いた後ですぐに警察に突き出すのが筋ですからねぇ。
キタカタが逃亡用に船を購入していたのは調べがつきましたから、その船の所在を調べ、カスミさんにその船近くで待ち伏せして貰ったという訳です。」
「そういう事だったのですか…。」
「尤も、連れて来て頂いた時には、キタカタは酷い状態になっていて、とても尋問できる状態ではなかったので、実際にはまだ情報が得られていないのですがねぇ。」
「え?それってどう言う…、ああ、そう言う事ですか…。」
アキトはキツネに訊きかけて、キツネの目がカスミを少し責めるように見ているのに気付き、続けてカスミの満面の笑みを見て納得する。
(なるほど、確かにヤクモさんの妹という訳ですね…。)
アキトは、カスミを怒らせてはいけないと深く肝に銘じた。
「お察しの通りですよ。なので、キタカタが正気に戻るまで、何故縁絶鋼が大量に入手出来ていたのか分からないという訳です。このままここに居ても仕方がないので、彼が意識を取り戻すまで私は一旦別の仕事をします。ヤクモさんから事情は聞いていますので、お金の方はなんとかしましょう。」
「ありがとうございます。それにしても、忙しそうですね。」
「時間は有限、お金に代えられない大切な資源です。無駄遣いをする程、私は愚かではありません。」
アキトはキツネの真面目な言葉に、素直に感動する。
「その考えには賛同します。」
「まあ、アキト君は他の事は余り考えずに、是非ともシルバーナさんとの時間を大切にして下さい。それがあなたの仕事でもありますからねぇ。」
「言われるまでもありませんよ。」
キツネはアキトの言葉に満足気に頷く。カスミも目を細めて微笑んでいた。
「さて、それでは私はこれで。」
「ワタクシも、お仕事が終わりましたので、失礼致しますわ。」
「キツネさん、カスミ先生、ありがとうございました。」
「私もお礼申し上げます。」
アキトとシルバーナは二人に礼を述べ、見送りに外に出ようとした時、誰かの叫び声が聞こえた。
「危ない!避けろーー!」
「何事ですか⁉︎」
見ると、廊下の向こうから何かが物凄い勢いで駆けてくるのが見えた。それは廊下に居る人々の間を器用にすり抜けながら走り抜け、真っ直ぐにアキト達に向かっていた。
「ルガウオアアアアアアアアア!」
「地、地竜⁉︎何でこんな所に!」
アキトは急ぎシルバーナを転送しようとしたが、カスミに手で制される。
「カスミ先生⁉︎」
「大丈夫ですわ。」
カスミはアキト達の前にでると、地竜に向かって叫ぶ。
「止まりなさい!」
「キュキュイイ⁉︎」
地竜はカスミに気付き、急に失速してアキト達の目の前に止まる。そのまま首を竦めて縮こまってしまった。明らかにカスミに恐怖している様子であった。
「カスミ先生、この地竜は…。」
「キタカタが所持していた物ですわ。キタカタを捕まえて連れてくるついでに、警察まで連れて来ていましたの。先程まで大人しくしていたのに、どうしたのかしら?」
アキトとカスミは地竜を見る。地竜は怯えながら、チラチラとシルバーナを見ていた。スンスンと鼻を鳴らして、シルバーナの匂いを嗅いでいる様であった。
「もしかして、ルビィが目的?」
「シルバーナさん、この子をご存知ですの?」
「い、いいえ、私はこの子は知りません。確かに、お祖父様は地竜の種族ですが…。」
シルバーナは恐る恐る地竜に近付き、頭を撫でる。地竜は気持ち良さそうに喉を鳴らす。
「恐らくですがこの子は“導物”(導術を使える動物)でしょう。もしも導族でしたら、喋れますし、もっと人の形に似ています。お爺様がそうでした。」
地竜には、導族と導物の二種類がいる。導族であれば基本状態の人間に戻れる事が一番の見分け方になるが、変身状態でも一般的には人に近い形になるとされる。バイドンは種族の中では割と竜に近い形をとっていたが、それでも人型と分かる造形をしていた。
一方、目の前の地竜は完全なドラゴンの形をしていた。これは、明らかに導物である証拠だとシルバーナは語る。そして、これまでシルバーナは導物の地竜と知り合ったことはなかった。
「取り敢えず部屋に入りましょう。ここで立ち話もなんですし。」
キツネの言葉に納得し、全員が元の部屋に戻る。地竜も大人しく付いてきていた。シルバーナにベッタリとくっ付いている。
「もしかしたら、お祖父様の匂いに気付いたのかも知れないですね。お祖父様は、地竜族の中でも特に導物に近く、実力も高かったため、恐らく先祖返りではないかと仰られていましたから。この子はお祖父様の匂いで私の事を仲間だと思ったのかも知れません。」
導族は、モチーフとなった種族と人間が交わり生まれたとされている。(飽くまで伝説であり、科学的根拠は無い。)故に、その種族の姿や特徴を変身により色濃く現す事が出来る者を“先祖返り”と呼んでおり、特に実力が有る存在として尊敬されている。
「可哀想に、一人で心細かったのですね。ですが、私はあなたの家族ではありませんよ?出来れば、本当の家族の元に返してあげたいのですが…。今の私には、これが精一杯です。」
シルバーナは愛おしそうに地竜を抱き締める。地竜の皮膚は石で出来ており、余り強く抱き締めると痛いはずなのだが、それを意に介さず強く強く抱き締める。アキトが、一人で不安に思うシルバーナを抱き締めて安心させたように、目の前の可哀想な地竜を、今度は自分が慰めてあげたいと強く思ったのだ。
「ルビィ…。キツネさん、何とかなりませんか?」
「難しいでしょうねぇ。恐らくこの地竜はアビス王国で密猟されてこの国に売られてきた物。何処で密猟されたか分かれば手を打てない事もないですが…。フェルミ公爵に頼む訳にも行きませんしねぇ。」
アビス王国では、導物の密猟に対しての意識がまだまだ低く、取り締まりが緩い。よって、様々な密猟者が様々な導物を狩り、様々なルートを介して売買している。無数の可能性の中から一匹の導物の家族を探す事はいくらキツネであっても難しい事であった。
加えて、表面上では密猟は禁止されている行為であるため、その密猟された導物を所持する事はアビス王国では犯罪であり、バイドンに預けると要らぬ角が立つ。ヨミ国ならいざ知らず、アビス王国での隠蔽工作は今のキツネにはまだ難しく、更に今は重要な時期であるため、その様なリスクとなる行為はなるべく避けたいとキツネは言う。
「じゃあ、この子はこれからどうなるのでしょうか。」
「導物を管理している団体に行くか、導物用の特殊保健所行き、最悪処分されますねぇ…。」
「そ、そんな…。」
導物は、導術を使えるために一般的な動物と比べて扱いが難しい。人への危険が大き過ぎるのだ。犬でも噛み付く程度の傷害事件を起こすが、導物は導術を使える分、その被害も甚大なものになり易いためである。
大体の導物は、研究機関に行くか他の管理している団体に預けられ、そこでも受け入れられない場合、殺処分になる。一般人が個人的にペットのように持つことは禁じられ、勝手に所持すると犯罪になる。
「一体、どうしたら…。」
アキトは悩む。シルバーナは、アキトに迷惑が掛からない様に遠慮しているが、明らかにこの地竜を心配している。敬愛するバイドンと同じ種族であり、また、遠い異国で独りきりという自身と同じ状況に、同情を禁じ得ないようであった。出来ればシルバーナの為にもこの地竜を助けたいとアキトは思う。
「あら、では導物使いになられては?」
「え?導物使い?」
悩むアキトに、あっけらかんとした表情でカスミは言う。
導物使いとは、文字通り導物を使役する職業である。導物は導術を扱える為、上手く利用すれば人間の導術使いよりも使い勝手が良いとされる。導物は得意な導術に特化しているのに加え、死んでも問題になりにくく危険な場所に派遣できる為である。この職業に着く者は、例外として個人的に導物を持つことが許されている。
導物使いには、洗脳系導術により支配するタイプと、通常の動物を手懐ける様に飼い慣らすタイプが有り、前者には専門の導術の才が必要であるが、後者には必要無いのでアキトにもなることが可能である。ただし、導物が出した被害はその所有者が全責任を負うため、完全統制が難しい後者を好んで選ぶ者はまず居ない。
導物の密猟及び密輸入が無くならないのは、導物使いに需要がある為である。特に、強い導物や珍しい導物はかなり良い値段が付くのだ。
「僕が…ですか?」
「あら、あなた以外に誰が居りますの?」
自身の無さそうなアキトに、カスミは何も問題ないかのように尋ね返す。
「ワタクシとしても、気に入っているこの子が処分されるのは本意ではありません。それに、この子はシルバーナさんにとても懐いているご様子、これを無理矢理引き離す程、ワタクシは非情ではありませんわ。」
「だから、僕が導物使いになってこの子を所有しろ…と。」
「ええ、その通りですわ。」
カスミの言っている事は尤もであった。アキトが導物使いとなって地竜を所有すれば、シルバーナと離れ離れにもならず、また、問題を起こさない限り処分される可能性は無い。
学園には導物使い養成コースも有り、更に言えばそこには他のコースからの途中編入若しくは掛け持ちが可能であった。これは、導術の才能が乏しい者でも、導物を使えば通常の導術使い並みに活躍する事が可能となる為、一種の救済措置としての意味合いがある。もちろん、導物と深い信頼で結ばれた上で、その導物の力を遺憾無く発揮出来ればという条件付きではあるが。
「それが出来れば良いのですが…。掛け持ちは学費二倍になりますし、共通項目以外の学業の増加を踏まえると、今以上にアルバイトする時間が無くなってしまいます。」
アキトとしては、召喚導術コースの学業とアルバイト、シルバーナの世話と、やる事が既に手一杯であったため、これ以上の負担ははっきり言って厳しかった。
「それでしたら心配有りませんわ。これはワタクシのお願いですの。ですから費用はこちらから出させて貰いますわ。アキトさんは学業に専念なさい。今までアキトさんが稼いでいた分、増加する学費の分、更に言えばその地竜の子を扶養する為の経費はワタクシのポケットマネーで補填いたしますわ。」
「え、えええええええええええええええ⁉︎」
アキトはカスミの提案に心の底から驚いた。カスミが、アキトの学費やら、アルバイトやら、地竜の養育費まで全て払うと言って来たのだから。
「そ、そんな、勿体無いですよ!」
「あら、ワタクシの依頼、受けて頂けませんの?何なら、依頼料という事でお給金をお出し致しますわよ?」
「あ、え…?」
アキトは思わぬ好待遇に言葉を失い、少し考えた後、キツネに向かう。
「キツネさん、いかがでしょうか。僕が導物使いになってこの子を預かっても、問題ありませんか?」
アキトは、自分が密輸入された導物を手に入れる事が犯罪にならないかをキツネに聞いた。アキトとしては、犯罪行為に手を染める事は出来れば避けたかった。経歴に前科がついて就職に響くからである。
(おお…、これは、アキト君の印象アップチャーンス!下がり過ぎた私への印象を、ここで改善してみせましょう!)
キツネは、アキトに特別好かれたいとは思っていなかったが、計画に支障が出る位に嫌われるのも問題だと感じていた。そこで、悪くなり過ぎた印象を少しでも改善するようにと気張る。
「問題が無いとは言いませんが、アビス王国内ではいざ知らず、ヨミ国内でしたらそこまでではありませんよ。この国では、導物使いが密猟導物を所持していたとしても、キチンと管理しているならば、注意と罰金程度で済みます。だからこそ、密輸入が絶えないんですけどねぇ。」
「そうですか、その程度で済むなら…。しかし、罰金を支払う必要が出てしまいますか…。」
アキトは経歴に傷がそこまで付かない事にホッとしたが、罰金と聞いて意気消沈する。しかし、ローンは余り組みたく無いが、シルバーナの為なら多少の無理はしようと、一応罰金の額を尋ねようとした時、キツネは怪しい笑みを浮かべてアキトに迫る。
「ですが、私に任せておけば何にも心配有りませんよ?上手く罰金を回避する方法を“アキト君の為に”お教えしましょう。」
「…罰金を払わなくて良いんですか…?」
アキトは、お金を払わずに済むならそれに越した事は無いと、少しの期待を込めてキツネを見る。キツネは得意になって話を続ける。
「ええ、地竜の身元保証書を新たに造り、輸入業者と口裏を合わせて、警察に届け出ます。これで、この地竜が密猟された物だなんて誰にも分かりません。密猟されていないのだから、罰金なんてそもそも発生しません。」
「…大丈夫なんですか、それって…。」
しかし、雲行きが怪しくなって来た為にアキトは怪訝そうな顔をする。キツネはアキトが犯罪行為自体を懸念しているのに対して、偽装がバレる心配をしているのだと勘違いする。
「ンッフッフッフ。私を誰だと思っているのです?隠蔽工作、偽装工作、欺瞞に詐称、流言に吹聴、なんでもござれのキツネですよ?この程度の工作なんて造作もありませんし、上手い事手を回して、絶対にバレないようにして見せます。アキト君は大船に乗った気分でいて下さい!ンーッフッフッフッフッフッフッフ!」
そこまで得意になって話し終わると、キツネはアキトが物凄く冷たい視線を自身に向けているのにようやく気付く。口は笑っていたが、明らかに目が笑っていなかった。
「キツネさん、僕やっぱり罰金払います。この程度の事に、後ろ暗い事に手を染めてまでしてお金を節約する気は有りません。」
アキトは、『義兄弟も家族の内だから携帯の割引きが効くかな?』と考える様なセコい男であるが、余程の事情がない限り犯罪を犯す気は無かった。バイドンの資金援助は法の穴を利用した方法であり、一応違法では無いと言う事で承諾した部分も有る。
「罰金の件に関しましても、ワタクシから支援致しますわ。」
「何から何まですみません。カスミ先生。」
「いえいえ、お気になさらず。」
アキトの冷たい対応に、キツネは困惑する。
(あれ?私何か間違ってしまいましたかねぇ?もしかして、アキト君は偽装工作が好きじゃない⁉︎そんな!会見の時はあんなにノリノリで偽装していたのに!)
キツネはようやく間違いに気付いて反省する。
(仕方ありませんねぇ。次はアキト君が気付かないように隠蔽された隠蔽工作を提案しましょう。)
しかし、根本的な間違いには気付かなかった。
そんなキツネを無視してアキトは悩む。大体の懸念は払拭されたが、ここまで良条件を提示されて逆に尻込みしてしまっていたのだ。
(如何しましょうか、ここまで支援してくれるのなら、僕に断る理由は在りません。ですが、何か裏があるのではと勘繰ってしまうのは、些かひねくれ過ぎでしょうか…?)
アキトは、不安そうにこちらを見るシルバーナを見る。その目には期待の色が映っていた。その目を見た瞬間、アキトはあっさりと覚悟を決めた。
「わかりました。その依頼、お受け致します。」
「そう言うと思いましたわ。」
「アキトお兄さん…。ありがとうございます!」
「キュキュルピピィ!」
アキトの返事にカスミは満足し、シルバーナは喜び、地竜ははしゃいでいた。
「ただ、給金はいいです。」
「あら、どうしてですの?迷惑料と思えば、受け取るのは当然でしょう?」
「僕は、迷惑だなんて思っていません。」
アキトはシルバーナを見る。地竜と抱き合い、喜んでいる少女の横顔を見る。そこには、笑顔が咲いていた。
「だって、ルビィの心からの笑顔が見れましたから!」
アキトは笑う。まるで子供の幸せな姿を見て喜ぶ親のような顔で笑う。その笑顔はとても美しかった。
「あらあら、あなたもとっても良い子ですわね。ワタクシ、大変気に入っちゃいましたわ。何か不都合な事があれば遠慮無く仰いなさい?出来る限り援助致しますわ。」
カスミもアキトの笑顔を見て笑う。その笑顔はとても自然で、彼女にとっての心からの笑顔であった。




