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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
33/132

第32話

会場は驚きに包まれた。アビス王国外交官が殺されたと発表し、戦争の引き金になるであろう問題の人物が目の前に現れたからだ。バイドンは会場の騒ぎを抑え、弁明を始めた。


「まず早速、私の祖国の外交官が貴国に対して大変失礼な発言を発した事を、お詫び申し上げます。しかし、行方不明となり心配をかけてしまった私にも責任は有るでしょう。事の発端は、私が訪問の予定日を少し早めにしてしまった事です。護衛を付けず、自由にこの国を見てみたかったのです。」


バイドンは堂々と嘘をついた。アキトもそれはすぐにわかったが、会場に来ている人間には嘘であると見抜けた者はいなかった。


(徹底的に“ヨミ国テロリストのせい”にする為に、証拠を一切残さない敵の手際の良さが幸いしましたか。)


寮立てこもり事件の真相を知る者は、アキト達とキツネの関係者以外には居なかった。

捕縛した犯人の導族はヤクモが保管していた。

導族と戦った特殊部隊の人達は皆、キツネによりしっかり口止めされており、また自分たちを助けたアキト達に義理立てて、一切口外しないと誓っていた。

寮の生徒の中には導族の顔を見たものは居らず、反導族派のテロリストだと思い込んでいた。


故に、寮の事件で犯人が導族であると言う証言をする者は居なかったのである。


シラサギ達の関係は、アビス王国強硬派との繋がりを一切感じない部分のみを抽出して伝え、その上で話を膨らまし、今回の事件の首謀者に仕立て上げた。


「つまり、公爵が護衛を付けないでお忍びでやって来ていると聞きつけたシラサギ容疑者が、部下を使って公爵を襲い、焼く事で詳細をわからなくした偽物の骨を外交官に送りつけて挑発した。

そして、シルバーナ様を捕らえて尋問し、偽の自白をさせたが、身柄の確保に失敗してしまった。

そこでシルバーナ様を捕らえて偽りのスパイ疑惑をかけるため、そして炎導術使いの青年を確保して、偽物の犯人としてアビス王国に送りつけて戦争を焚き付けるために、昨夜の立てこもり事件を起こしたと。」

「はい、その通りです。」


エミリオ達の起こした事件は、全てシラサギの陰謀とした。多少無理ある部分もあったが、先程の発砲行為により、信頼が地の底まで落ちた彼らである。そんな彼らならどんな事もするだろうとの雰囲気が会場を支配しており、誰もが信じて疑わなかった。


(まさか…、此処まで上手く行くとは…。)


アキトは、何となく違和感を覚える。余りに上手く行き過ぎるているのだ。アキトは先ほどの男を思い出していた。


(そもそも、何故あの人はあんな事を……。)


シラサギの部下であるなら、シルバーナを尋問する様子の記録が、アキト達の手にある事は知っている筈である。そもそも、マスコミには公表していないが、警察や政府関係者の一部にはその記録の内容を伝えてある。

それなのに、男は証言した。すぐにその証言の信頼は瓦解するのにだ。これは余りに稚拙すぎる。

それに発砲行為も、余りにリスクが高すぎるように思えた。男が考えなしだとか、それほど切羽詰まっていたとか理由は考えられるが、どうにも腑に落ちない。


(もしかしたら…。)


アキトはある考えに至り、キツネを睨む。キツネは飄々として笑顔を崩さない。


(やはり、ヤラセでしたか……。)


アキトは心の中で溜め息をつく。あの男の行動がヤラセであるなら、全てに合点が行く。


(あの人はキツネさんの部下か、または懐柔したシラサギの部下ですかね…。あと、最初に裏切り者と叫んだ人はおそらくサクラでしょう…。)


生中継で全国にシラサギの汚名を拡散するには格好の舞台にて、最悪な醜態をさらさせ、事件の元凶として祭り上げる雰囲気を整える。 あの男のした事を恣意的に見れば、このように捉える事も可能である。


(ヤクモさんも一枚噛んでますね…。)


ヤクモの蔦を操る速度ならば、あの程度の距離などすぐに詰めて、男を拘束する事など造作もない。だが、男は発砲する余裕があった。これは、実際に発砲した方がインパクトがあったからであろう。事実、その衝撃的な光景のせいで未だに呆けているような人もいた。


(あとは、反論や非難をし辛い雰囲気を作り出すのも狙ったと言う事ですかね…。)


会場に来ている人達の中には、“反導族”よりの人間も混ざっていた。しかし、彼らは今、公爵の弁明を唯々諾々と受け入れている。もし反抗的な事を言えば、シラサギ達の仲間として疑われるかもしれないとの不安が渦巻いていた。

会見の最初の方で、“反導族”を掲げる強硬派のシラサギの部下の凶行を見せられた為、“強硬派”が危険との認識が形成されつつあった。そのため、迂闊な行動は控えるようにしていたのである。


(全く、キツネさんには敵わない…。やり方は誉められたものではありませんが、シラサギ達を潰して欲しいと懇願したのは僕、責める資格はありませんね…。ただ、事前に話して欲しかったですね。まあ、演技がバレる可能性も無くはないですが…。)


アキトが自嘲の笑みを浮かべながらキツネ達を見やると、ヤクモが軽く会釈した。すみませんと謝っているようにも見えた。


「シラサギ容疑者の為、私達は危うく殺されかけ、戦争を起こすため、彼らの利益を得るための濡れ衣を着せられる所でした。

ヨミ国の中に、我々導族を嫌う方々がいらっしゃるのは、残念ながら耳にして知っていました。それなのに、護衛も付けず行動した私にも非は有ります。

幸いにして、私は軽い掠り傷程度で済みましたが、持ち物も何もかも失ってしまいました。そして、それを偶然見つけた優しい人族の方に保護されていました。

先に逃がした孫もそちらの人族の勇敢な騎士が保護して下さり、そのおかげで無事でした。聞けば、シラサギ容疑者の魔の手から見事助け出して見せたとの事です。

なので、今この場で彼に礼を申し上げたい。騎士殿、どうかこちらに来て頂きたい。シルバーナもこちらへ。」

「はい!わかりました、お祖父様。アキト様、行きましょう!」

「………はい?僕?」


アキトは指名された事に一瞬気付かず、また、呼ばれると思っていなかった為、間抜けな声を出す。そのままシルバーナに促され、恐る恐る壇上に登り、片膝を着いて深々と礼をする。


「そう謙遜なさるな。私に仕える者ではないのだ。その必要は有りませんぞ。」

「わ、わかりました。」


バイドンの言葉にアキトは恐る恐る顔を上げてゆっくりと立ち上がる。その顔は緊張で固まっていた。


「騎士殿、良くぞ私の孫娘を守って下さった。この場を借りてお礼を申し上げる。」

「アキト様、私からも心よりお礼申し上げます。」

「え、いえ、そんな、勿体ないお言葉です。」


アキトは多少混乱しながらも、キツネと公爵の意図を探る。


(もしかして、僕を英雄扱いにするつもりなのでしょうか…?)


今の光景は、テレビを通して中継されている。つまり、アビス王国にも流れていると言う事である。

今回の事件の責任を“人族”のシラサギ1人に押し付けた為、導族の人族に対する印象は現状では悪いのみである。しかし、そのシラサギ達から公爵達を守ったのも“人族”のアキトであるとする事で、良い印象を与え、先の悪い印象を幾分か中和するのを狙ったのであろう。


(発砲させて、それを僕に守らせる事も織り込み済みでしたか…。何て危険な事を…。いえ、ルビィを狙う振りして、最初から僕を撃つつもりだったのですね…。)


アキトがその身を呈してシルバーナを守った姿も、しっかりと中継されていた。人族が導族をその身を盾として守った、という構図をアビス王国に放送したのである。


(ならば…、今僕に求められていることは…。)


アキトは少し躊躇うが、すぐに、この偽りの英雄を演じる事を決意する。


「私は人として当然の事をしたまでです。シラサギ容疑者の事は残念でした。ですので、同じ人族としてこの場をお借りして、シラサギ達に代わりあなた方にお詫び申し上げます。この度の大変なるご無礼、誠に申し訳ありませんでした!」


アキトは大きな声で謝罪の言葉を述べ、深く頭を垂れた。


「頭を上げて下され、騎士殿。」


アキトはその言葉に頭を上げ、真っ直ぐにバイドンの目を真摯な眼差しで見る。


「奇特な方だ。あなたに非は全く無く、謝る必要などありますまいに。ですがその心、ありがたく受け取らせて頂きましょう。あなたの心に免じて、私はこの度のシラサギ容疑者達から受けた屈辱を全て水に流し、許す事をここに誓う。シルバーナもそれで良いな?」

「はい!」

「…ありがとうございます!」


アキトは再び深くお辞儀をした。


「私は今回、非常にあなたに感謝をしています。よって、何か欲しい物が有れば仰って下さい。私に用意出来る物であれば、差し上げましょう。」


その言葉を聞いたアキトは、バイドンに向かい片膝を立てて跪く。


「それでは、どうか私の願いをお聞き届け下さい。

私は、ヨミ国とアビス王国とが、良好な関係を結ぶ事を望んでいます。ご存知の通り、かつて起きた悲劇の戦争の事もあり、人族と導族との間に未だ拭い去れぬ軋轢が、残念ながら有ります…。ヨミ国の中にも、シラサギ達のように、あなた方を良く思わない者も確かに居ります。しかし、あなた方との共栄を願う者が居るのも事実なのです!

だから、どうか人族を嫌いにならないで下さい!そして、どうか人族と手を取り合い共に繁栄するために、私達にお力をお貸し下さい!」


アキトが言い終えると、少しの間静寂が会場を支配した。

そして、バイドンはゆっくりと口を開く。


「それが…、あなたの願いなのですな…?」


試すような口振りにアキトは一瞬驚いたが、すぐに堂々と言い放つ。試されようとなんの事は無い。全て彼の本当の思いなのだから。


「…もちろんです!」


バイドンは数秒余り目を閉じて、また開く。その目は何かを決意したような目であった。


「わかりました。このバイドン・エル・フェルミ、身命を賭して、あなたの願いを叶えましょう!」

「ありがとうございます!」


アキトは本当に嬉しそうな顔をした。バイドンはその顔を見て、小さく呟く。


「…いえ、礼を言うのはこちらの方ですよ…。あなた様になら…」


その先は、誰にも聞こえなかった。




「ンッフッフッフッフ。上手く行きましたねぇ。」


キツネは会場の後ろの方でほくそ笑みながらその光景を見ていた。


「しかし、アキト君の演技はわざとらしいですねぇ。事前に計画を伝えなくて良かったですよ。」


キツネはアキトの狙いがわかっていた。

アキトは、“人族”の代表として持ち上げられた立場で、“導族”の代表であり被害者であるバイドンに謝罪し、許されるという事を、テレビを通じてアビス王国に放送させたのだ。


「アキト君とフェルミ公爵が和解したと言う事実を知らしめ、既に解決した事にする。それを蒸し返すのは、些か憚られますよねぇ。そして、今回の事件を口実に攻めようとするアビス王国の強硬派を牽制しようとしたと。

さらにフェルミ公爵に、ヨミ国とアビス王国の関係を良好なものにすると言う約束をさせました。

それを反故にしようとする者に対するこちらからの介入に対し、その行為に正当性を持たせましたか…。」


今までのバイドンが強硬派を否定した場合、バイドン自身は売国奴と揶揄される可能性が高かった。人族からの技術提供などで恩を感じていても、そこまで義理立てる理由が無かった為である。それ故バイドン自身は、穏健派代表ではあるが、公にヨミ国を擁護する事は出来なかった。


しかし、“恩のある人物との約束の為”と銘打てば、限度こそあれ、ある程度は堂々とヨミ国を擁護する事も可能となる。アビス王国の民には義理や恩を重んじる気風があり、また、その為に努力する者に対しては尊敬する、と言う性分を持つ者も多い。そのような民を味方に付ければ、容易にその行為を否定する事は出来ない。


「まあ、計算尽くの演技なのは最初の方だけで、後半の願いの部分は、計算なしの本音でしたねぇ。その分、“ここ”に響きました…。これが計算なしで出来るなら、末恐ろしいですねぇ。ンッフッフッフッフ。」


キツネは本当に愉快そうに笑う。

アキトは、アビス王国の民の気風までは知らなかった。故に、キツネの言った効果を狙って放った言葉では無かった。心の底から、何の計算も無く、ただひたすら純粋な願いであったのだ。その言葉に心響かせたのは、実はキツネだけでは無かった。


「如何でしょうフェルミ公爵、うちのアキト君は。なかなかに優良物件だと私は思いますがねぇ。ンッフッフッフッフッフッフ。」


キツネは細い目を壇上に向けた。そこに立つ紳士の目は、どこか生き生きとして見えた。










「はぁ…、疲れました…。」

「お疲れ様です。アキト様。」


アキトはヤクモの車に乗っていた。

会見は無事に終わり、シルバーナはバイドンとキツネと共に行ってしまった。シルバーナは名残惜しそうにしていたが、キツネから何か囁かれた後、急に元気になり、アキトに再会の約束をして去って行った。


「それにしても驚きました。フェルミ公爵が生きていると信じてはいましたが、あんなにも元気だったとは。」


車の中でアキトは呟く。アキトは、バイドンがもしも動ける状態であるならば、直ぐにでもシルバーナを助けに来るだろうと思っていた。故に、すぐに助けに来れないのは怪我をしていたからだと考えていた。


「ええ、私が聞いた話によれば、公爵閣下はタウロの炎導術をわざと受け、導術で作った偽物の自分の骨を焼かせながら自らは地面に身を隠したのだそうです。

そのまま捜索されていれば見つかる確率は高かったそうですが、キツネ様の部下の方が一般人の振りをしてタウロ達の近くをわざと通ってタウロ達を撤退させたのだそうです。そしてその後、敵を欺く為に暫く匿わせて欲しいとキツネ様が公爵と交渉したとの事でした。」


ヤクモがアキトの呟きに答える。バイドンは土導術を用いて体表を土で覆う為、導術を受けてから核である本体に導術が到達するまでに幾分か余裕が有る。その間に自らが死んだと思わせる工作をしたのである。そこにキツネの部下がフォローする形でバイドンを助けたのである。


「それにしても、キツネさんも人が悪いです…。フェルミ公爵が生きているなら、もっと早く教えて欲しかったですよ…。シルバーナ様もとても心配していて、見ていられませんでしたし…。」


アキトは、自身に話さないのはともかく、シルバーナにその事実を教えていなかった事に腹を立てていた。シルバーナは、バイドンの事をとても心配していたので、もっと早く彼女の心労をなくす事が出来ていればと、アキトは後悔していた。


「まあ、安全が確保されるまでは、公爵の生存情報を敵に渡す訳にはいかなかったのでしょうが…。」


恐らくそれだけではあるまい、とアキトは苦々しく思う。


「キツネさんの事だから、エサにしたのでしょうね…。シラサギやアビス王国外交官、それとエミリオ達を嵌める為に…。」


バイドンが行方不明となった事でシラサギ達は、後ろ盾を失ったシルバーナにスパイ容疑をかけるべく仕掛けてくる。それを見越して、キツネはわざとシラサギにシルバーナの位置情報をリークした上で罠を仕掛けていたのである。そして、シラサギ達の悪辣な行為の証拠を押さえ、それを以て彼らに今回の事件の責任を負わせたのだ。


さらに、アビス王国外交官は、恐らく功を焦ったタウロ辺りが、バイドンを仕留めた証拠として偽物の骨を提出した事からバイドンが無事に死んだと思い込み、ヨミ国に対して挑発的な姿勢を見せて来た。

しかし、本人が生きていた事と、ヨミ国のおかげで助かったと宣伝されたため、大人しく引き下がる他なくなった。それ所か、“勘違い”であろうと両国の間に仲違いを起こしかねなかった行為により、その責を問われるであろう。同時に、アビス王国はヨミ国に対して負い目を負う事になる。


またエミリオは、バイドンを銃で仕留められなかったため、シルバーナを代わりに殺し、確実に戦争を起こすための口実にすべく行動を起こした。その際、ヨミ国のせいでバイドン達が危害を加えられたという宣伝をするために、ヨミ国の強硬派のテロリストを装った。キツネはその汚名を逆に利用して、本当のヨミ国内の強硬派に対する風当たりを強めたのである。


それら全てを予期していた訳では無いだろうが、敵を油断させ、行動を起こさせ、それを利用するつもりだったのは間違いないであろう。


「今考えてみれば、シルバーナ様が敵に捕まらずに寮の裏山まで逃げられたのも、恐らくキツネさんの部下の助けがあったからなのでしょう。そんな事するくらいなら、もっと早く保護して貰いたかったですが。」


バイドンが襲われた後、シルバーナ一人で長い間、暗殺者達から逃げ続ける事が出来たのは、運が良かったにしても出来過ぎである。恐らく何らかの支援があり、彼女は寮の裏山まで逃げられたのであろう。


キツネは、自らの部下では無く、恐らく学園の生徒に彼女を保護させたかったのだろうとアキトは考える。

暗殺者達には複数の密偵がいた。シルバーナを保護したのがキツネの部下で、それを密偵が目撃すれば、そこからバイドンが存命である事が知られる可能性があった。

なので、キツネとは関係の無い学園の人物に彼女を保護させる。そこから学園に連絡が行けば、コウガやヤクモなどの実力者に彼女を保護させる事が容易となり、学園長の顔見知りであるキツネが介入しても怪しまれにくい。


「はあ…、結果としてフェルミ公爵やシルバーナ様が無事でしたから良いですけれども、綱渡りが過ぎませんかね…。」


アキトは、敵を嵌めるために大事な人をギリギリまで危険にさらして、最大の利益を得ようとするキツネの計画に今更ながらに難色を示した。


「過ぎた事を言っても仕方の無い事ですよ、アキト様。それよりも今後の事を考えましょう。」

「今後…、ですか…。」


アキトは憂鬱な顔をする。ヤクモは片眉を上げてアキトに問い掛ける。


「如何なさいました?」

「いえ…、先ほどの会見での事で…。果たしてあれで良かったのかと…。」

「アキト様は充分に役割を果たしましたよ。何を恐れているのですか?今更ながら大根役者振りを思い出して自らの醜態に悶絶しているのですか?」


ヤクモの言葉にアキトは若干顔を赤らめる。


「や、止めて下さいよヤクモさん。僕が役者に向いていないのは良くわかりましたから!僕が気にしているのは、あの男が流した内容が真実であった事ですよ。あの内容は、ヤクモさんが捕らえた導族の暗殺者を尋問した物ですね?あの情報の裏を取られれば、色々不味い事になるのではと…。」


アキトはその内容を嘘と断じて否定したが、実際には事実である。ヨミ国内の人ならわからないだろうが、アビス王国に居る導族ならば、事実であるとわかる筈である。シラサギの部下の言っていた事が本当は事実であると知られれば、ヨミ国の強硬派が勢い付く可能性が高かった。


「その可能性は無い訳では有りませんが、恐らく大丈夫でしょう。」

「…何故ですか?」

「あの男の放送した内容をアビス王国の人達が事実であると知っていれば、間違い無く既に暴動が起きてますよ。しかし、暴動が起きているという情報は入ってきていません。これは、巧妙に市民に隠している証拠ですよ。」


男が放送した内容は、事実では有るが、今のアビス王国国王マクウィスの悪事の一端を暴く物である。特に穏健派に対しては、それが事実と知られれば、より一層の対立を深める事になる。


「アビス王国の強硬派は、決して男の暴露した内容を事実と認めないでしょう。英雄であるアキト様自ら事実でないと断じているなら、尚更便乗してくるに違いありません。彼らが認めないならば、男の暴露した内容も、全て妄想の産物と断じられます。」

「そうでしょうか…。」

「ええ、そうですよ。それに、キツネ様は、それを敢えて放送する事により、アビス王国の強硬派に対して、『こちらはあなた方の秘密を握っている』と暗に彼らに伝え、脅しとしたかったのでしょう。」

「…なんて人です…、色んな意味で呆れました…。」


アキトは頭を抑える。すると、その様子を見ていたヤクモは話題を変える。


「そういえばアキト様。これからどう致しますか?」

「どう致しますとは?」

「本日は事件の関係で学園は臨時の休みとなりました。明後日位までは、整理の為に休みとなるでしょう。なのでアキト様を住まいに帰して差し上げたいのですが…。寮が使えなくなってしまったので、アキト様が帰る場所が無いのですよ。」

「ああっ!そう言えばそうでした!」


アキトは、自分達が壊した寮の事を思い出した。


「ご心配なさらずとも、寮の保険金がおりるので、学園長はそれで寮生達にアパートを斡旋する予定です。寮が再建出来次第、また入寮出来るようにも取り計らいます。学園長の屋敷も部屋が幾つか空いているので、男子生徒限定で受け入れるつもりです。ふふふっ、楽しみですね…。アキト様もどうですか?」

「謹んでお断り申し上げます。」


ヤクモの黒い笑顔のお誘いに、アキトは明るい笑顔で即断った。


(それにしても、どうしましょうか。実家からは遠くて通えないし、やはり学園斡旋のアパートを利用しますか…。)


アキトは明日からの生活に思いを馳せる。明日は良い日になるだろうか…。思えば昨日の夜から今日の午前中まで、とても大変であったとアキトはため息をつく。


(でも、ルビィに会えて良かったです!)


銀髪の美しい少女の可愛らしい笑顔を思い浮かべ、アキトは思わず慈母のような笑みを浮かべる。


(ですが、ルビィとはしばらくお別れですね。)


シルバーナは恐らく、バイドンと共に行ってしまうだろう。彼が本当の、本来の保護者であるからだ。しかしアキトは寂しくはなかった。

バイドンはヨミ国とアビス王国両国が手を取り合える様に尽力すると言っていた。険しい道かも知れないが、彼の瞳に強い意志をアキトは感じていた。きっと彼なら実現できるだろうと、アキトは期待していた。

もしも、これから両国の間の関係が改善され、もっと交流が活発になれば、またシルバーナに会える機会もあるかも知れないであろう。


(いつか、ルビィの成長した姿を一目でも見れれば、僕はそれで満足です!)


その時には、この国がより良い国になって居るように、自分も頑張ろうとアキトは心に誓った。


「それではヤクモさん!早速不動産屋さんに…。」

「ああ、その前に少し時間を頂きます。アキト様に寄って頂きたい所が有るのです。」

「え?、ああ、はい。わかりました。」


アキトは取り敢えず今やるべき事に取り掛かろうと、ヤクモに行き先を指定しようとした。しかし、ヤクモから急に妙な提案を出され困惑する。疑問符を浮かべながらも、アキトはヤクモの言葉に従った。


ヤクモは車を港に走らせ、そこの入国審査所の近くに止めた。


(こんな所になんの用があるんでしょうか?)


アキトはヤクモに促されるまま、車を降りる。すると、すぐに良く知った声が聞こえてきた。


「ああ!アキト様!」

「え?シルバーナ様、どうしてここに?それに、フェルミ公爵にキツネさんまで…。」


シルバーナの側には、バイドンとキツネがいた。

バイドンはこちらを見て軽く会釈し、キツネは相変わらず胡散臭い笑みをしていた。


「やあ、アキト君。待っていましたよ。」

「公爵閣下。先程の非礼をどうかお赦しください。拙僧は礼儀知らずで無知蒙昧な若輩者故、閣下に対して短慮で無遠慮で無礼千万な立ち居振舞いを晒してしまうという失態をしてしまいました。この通り心より平に謝罪致しますれば何卒ご容赦を懇願致します。」


キツネの言葉を無視して、アキトはバイドンに対して臣下の礼をとる。バイドンはいきなりのアキトの行動に少し面食らう。


「よ、止して下され。アビス王国では礼儀などあって無いような物、それに儂も礼儀については少々疎い。多少の無礼があったとて、気になどせぬよ。」


アビス王国には様々な種類の導族が暮らしている。そしてやはりその文化も様々である。故に、ある種族では礼儀正しい行為でも、他の種族から見て失礼に当たる行為という物も多い。その為、様々な種族が一堂に会する場では、礼儀が原因で決闘に至った事もあった。


そこで先の王である故デモロド国王は、各種族における特有の礼儀作法を公の場で禁止、最低限、態度を弁えていればそれで良しとする法案を提出した。当初、臣下の者達には『下々の者達に侮られる』と反対されたが、デモロド王は『民は家族であり、家族の中で堅苦し過ぎるのは壁を作るようで嫌なのだ』といって押し切った。バイドンもその考えに賛同し、法案を承認させるのに一役買ったという経緯が有る。


「それに、余りに堅苦しいのは儂も適わぬ。むず痒くて仕様がない。」

「閣下が仰るのでしたら…。」

「出来れば言葉遣いも普通にしてもらえぬか?」

「…わかりました。普段通りに喋ります。」

(何かまだ硬い気がするが、これ以上はしつこ過ぎるかの。)


アキトはゆっくりと立ち上がり、バイドンをしっかりと見つめる。


「ちょっとちょっと。無視しないでくださいよ。」


キツネは慌ててアキトに声をかけると、アキトは心底嫌そうな顔をキツネに向けて、冷たい視線で睨み付けて来た。


「傷付きますねぇ。そんなに警戒しないで下さいよ。そんなに私は怪しいですか?」

「はい、もちろんです。」


アキトは笑顔で即答した。


「どうしましょう。真面目に傷付きます…。」


キツネは珍しくしょぼくれるが、アキトにはそれが演技にしか見えなかった。


「キツネさん。茶番に付き合う時間がもったいないです。早く要件を仰って下さい。」

「つれないですねぇ。そんな態度では、交渉で相手に不快感を与えますよ?」

「この態度はキツネさんに対してだけですのでご安心を。そして、あなたにだけは言われたくありません。」


キツネは深いため息をついた。


「まあ、ここで立ち話も何でしょう。移動してから話ませんか?隠れた名店と噂の喫茶店を知っているのですよ。そこで紅茶を飲んだり昼食を摂りながら話をしましょう。」


アキトは難色を示した。


「もちろん、代金は此方が持ちますよ?」


アキトの心は激しく揺さぶられた。


「アキト様、私からもお願いします。」

「儂からも頼もう。」


アキトは折れるしかなかった。決して、タダで紅茶が飲めるからとか、食事が出来るからとか、そんな不純な動機では無いと自分に言い訳をした。


アキト達は歩きながら、キツネの言う喫茶店まで向かう。

朝の放送を見た人達から、ひそひそと噂されたり、写真撮られたりと、余り良い気分ではなかった。


「予想はしていましたが、やはりこうなりますよね…。」

「いやあ、一躍有名人になりましたねぇ。アキト君。」

「誰のせいでこうなってしまったとお考えですか?」

「私はお膳立てはしましたが、実行したのはあなたです。私はあなたに何も指示はしていませんよ?それなのに注目を集める行為をあなたは自身の考えのもとで実行した。これはその結果です。だからあなたのせいでしょう?」

「はあ…、正論なので反対する気はありませんが、学園長の気持ちが少しわかりました…。」


アキトは軽い頭痛を覚えながら、キツネの誘導のまま路地裏に入り、そこにある小さな喫茶店に入って行った。


「マスター、お邪魔しますよ?」

「ああ、キツネさん。いつも御贔屓に。」


先導役であるキツネが中に入ると、壮年の男性が挨拶をして来た。険のない優しそうな顔がとても印象的であった。


「少しばかり部屋をお借りしても?この方達と静かに“お話”したいのです。」

「ええ、大丈夫ですよ。いつものお部屋で宜しいでしょうか?」

「それでお願いしますよ。」


キツネは男性と軽く会話した後、アキト達を招き入れた。

キツネがマスターに『本日のおすすめ』と紅茶を人数分頼み、マスターは了承してアキト達を部屋に案内した。そして、『他にも御用が御座いましたら、何なりとお申し付け下さい。』と言って静かに部屋を出て行った。


「あの方も、キツネ様の部下ですね?」


ヤクモは足音が消えたのを確認した後、キツネに言った。


「おや、わかりましたか?」

「ええ、気配をとても上手に隠されておりますので。」


アキトもなるほどと感じた。キツネが話をしたいという事は、他人には余り聞かれたくない話である可能性が高い。ならば、彼の息が掛かった店にアキト達を連れて来るだろう。


「やはり、また何か良からぬ事を考えていますね?」


アキトは冷めた目でキツネを見る。


「そんな事はありませんよ?まあ、これから話す内容をどう捉えるかは、あなた次第ですがね。」


キツネは意味深な笑顔を浮かべる。


(一体何を考えているのでしょうか?)


アキトはキツネの考えが読めず、困惑する。そんなアキトを無視して、キツネは話を切り出した。


「それでは早速、アキト君を此処に連れてきた要件を伝えましょう。」


アキトは緊張した面持ちになる。


「此方のフェルミ公爵のお孫さんの、シルバーナ・フェルミ様をあなたの所で預かって頂きたいのです。」

「……………はい?」


アキトはただただ、呆けた顔をしていた。

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