第31話
朝になり、シルバーナが目を覚ますと、目の前にアキトの顔があった。
(うえあああ!)
シルバーナは驚きの余り叫んだつもりが、上手く声にならなかった。
(お、落ち着きなさい私!アキト様が起きてしまいます!)
なんとかアキトを起こさずに済んだため、シルバーナは今の状況を興奮しながら考える。
(そう言えば、私はアキト様にお願いして、一緒に寝て頂いたのでした…。ああ!なんて大胆な事を!何言っちゃってるんですか寝る前の私!恥ずかしくてアキト様の顔が見れません…。)
と思いつつも、彼女の視線は自然にアキトの顔に吸い寄せられる。
(ああ…、でも、アキト様の寝顔をこんなに近くで拝めたのですから。良かったのかも…っていけません!でも…、もう少し近くで、少しくらいなら…)
彼女は自らの煩悩に打ち負け、アキトの顔に近付く。良心に咎められながらも、アキトの無防備な寝顔をまじまじと見つめる。
(あと少し、あと少しだけ…。)
自身の良心に言い訳しながら、煩悩の望むままにアキトの顔との距離を縮める。
「ふあ…、ああ、よく寝られました…。」
「ふにゃあああああああ!」
しかし、アキトが急に目覚めたため、彼女は奇声を上げて飛び起きる。
「ああ、シルバーナ様。おはようございます。良く寝られましたか?おや、どうかなさったのですか?」
「い、いえ、な、何でもありません。た、大変良く眠れました。」
「?、そうですか、それは良かったです。」
早鐘のように動きまくる心臓の辺りを抑えながら、シルバーナは平静を装う。
(み、見られていませんよね?ああ…私の馬鹿…、何故あのような事を…。)
幾分か冷静になったシルバーナは、自身の行動を大いに反省し、後悔の為に身悶えた。
「ふう…、体も楽になりましたし、頭もハッキリしています。ヤクモさんのお陰ですね。」
アキトが挙動不審なシルバーナをよそに自身の状態を確認していると、戸がノックされた。
「アキト様、シルバーナ様、お目覚めでしょうか?」
「ああ、ヤクモさん。どうぞ中へ。」
戸が開きヤクモが入って来ると、アキトは礼を言う。
「ヤクモさん、ありがとうございます。お陰様で良く寝れました。」
「それはようございました。さて、お食事の準備は出来ております。今此方へ持って参りますので、少々お待ちを。その後シルバーナ様はお召し替え頂き、会見に向かって頂きますので、そのおつもりでお願いします。」
「…はい、わかりました。ありがとうございます、ヤクモ様。」
シルバーナは“会見”と言う言葉に、先ほどまでの弛んでいた気持ちを一気に引き締めた。その顔には使命感が滲み出ており、傍目にもとても緊張していると判る。
(シルバーナ様…、大丈夫でしょうか…。)
アキトはそんな彼女を心配する。すると、ヤクモが彼女にゆっくり近付き、またも耳元で囁く。
「シルバーナ様…、“寝心地”は如何でしたか?」
「は…、はうあっ!」
その言葉を聞いて、彼女はアキトの寝顔を思い出す。顔は赤くなり、鼓動は速くなり、別の意味で緊張する。先ほどの不安を上回る程の興奮であった。
「は…、はい…、とても…、良かったです…。」
「それは良かったです。ああ、それとアキト様、シルバーナ様が会見なさる際、あなた様もその横に立つことの許可が出ましたよ。キツネ様が色々手を回して下さったようです。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
学園長は共に行く事を許したが、警察が許可した訳ではない。アキトは、会見の時に、出来ればシルバーナの近くに居たいと懇願していた。それをキツネが警察に掛け合い、何とか了承を得たと言う事である。ヤクモの言葉にアキトは喜び、キツネに感謝をする。
(アキト様が…、一緒に…)
シルバーナは、自身の隣にアキトが立ち、共に会見に臨んでくれると聞いて、微かに残っていた不安も消えていくのがわかった。
(これなら…、きっと大丈夫でしょう。)
ヤクモはシルバーナの様子を見て微笑んだ。
ヤクモが持ってきた料理は、野菜サラダに野菜たっぷりのスープ、大豆ハンバーグやフルーツの盛り合わせなどで、野菜が多かった。
特に生野菜は鮮度が良く、野菜自身の味がしっかりしていた為、ドレッシングの必要が無いほどに美味しく、元より野菜が好物のシルバーナはもちろん、アキトも普段大して食べれない為に、貪るように平らげていった。
「ふう…、久し振りにお腹一杯になりました。ヤクモさん、ありがとうございます。」
「ヤクモ様。この野菜、大変美味しかったです。後で宜しければ手に入れた場所を教えて頂きたいのですが…。」
シルバーナは食べた野菜に惚れ込んだ様子であった。
「ふふふっ、それはありがとうございます。実はこの野菜、私が作ったのですよ?」
「まあ!素晴らしいです!是非またの機会にヤクモ様の作った野菜を買わせて下さい!」
シルバーナは真剣な眼差しでヤクモに懇願した。
「ええ、それはもちろんよろしいですよ。寧ろ、お金を払って頂く必要もございません。」
「えっ!お金払わなくて良いんですか!?」
「そんな!こんなに美味しい野菜を代価無しに受け取るなんて、できません!」
ヤクモの発言にアキトは食い付き、シルバーナは遠慮する。
「元よりこれは私の趣味で作った家庭菜園で採れたものです。商売しようと思って作った訳では有りませんよ。それに、困ったことに大旦那様は肉ばかり食べて、野菜をちっとも食べないので、正直な所余って困っていた所なのです。
ですので、腐らせる位なら、いっそのことこの野菜の良さをわかって頂ける方に食べて頂くのが、この野菜達にとっても本望なのではないかと私は思いますので。」
「「是非その野菜を譲って下さい!」」
アキトとシルバーナは、思惑は違えど、同じ言葉でヤクモに懇願した。
食事が終わり、シルバーナの着替えの為にアキトとヤクモは家の外に出る。
「ヤクモさん、よろしいですか?」
「何でしょうか?」
「キツネさんは見当たりませんが、どちらへ?」
アキトは朝からキツネの顔が見えない事に不安を覚えていた。感謝はしているが、また何か企んでいるのではと、そう思えて仕方なかった。
「キツネ様でしたら、アキト様達が寝てしまわれた後、すぐに此処を発ちましたよ。何でも、色々やる事があるのだそうで。」
「色々…ですか…。」
アキトは自身の嫌な予感が外れる事を願う。
「コウガ先生の容態は如何でしょうか?」
「それは大丈夫ですよ。傷は深く、血も多く失いましたが、命に危険は有りません。ただ、呪毒の為に導術を使えないのと、怪我の療養の為に暫くは教鞭をとれないそうですね。」
「そうですか…。暫く教えを乞えなくなるのは残念ですが、生きていてくれて本当に良かった…。」
アキトは心底安心したようで、目に光る物を浮かべた。
「後、学園長達はどうなったのでしょうか?」
「ああ、それでしたら朗報が有ります。無事に浚われた生徒は奪還できたようです。今は警察で保護しています。」
「そうですか…、それは良かった…。」
アキトは胸をなで下ろした。
「それと犯人達は、例の密偵でした。警察に入国管理局、それに学園の関係者がそれぞれ拘束されています。」
「やはり、ですか…。」
アキトはある程度予想がついていた。誘拐犯は囮となるため、学園長達に捕まっても良いように、導族では無い方が良い。そして、もし囮にするなら、密偵としての役割を果たせない、顔が割れている人物をその役割に充てるだろうとアキトは考えていた。
「それと、やはり皆ムカイドに寄生されていたようです。まあ、学園長達が追いついた時には、既にムカイドに逃げられた後でしたが。」
ヤクモの話によると、密偵達は皆ここ数日の記憶が無く、また導術追跡機によって雷導術を使われた跡が発見されたそうである。
念のため解放せず、コチヤを付けて警察に引き渡したそうだが、導術により利用されただけである事が証明されればすぐ解放されるとの事だった。彼らが起こした事による損害の補填や、事件内容の情報操作はキツネが引き受けたらしい。
「大旦那様は大層お怒りでした。『この俺をコケにしやがって、ぜってぇ許さねぇ。いつか思い知らせてやる!』と息巻いていましたよ。どうやら全然懲りていないみたいですね。」
学園長は、犯人達に良いように振り回され、学生寮は一部壊れているのと異臭の為(大体コウガとアキトのせいだが)に暫く使用不可、生徒達は命の危険に曝されたなどで、相当頭に来たらしく、近くの山を導術で形を変えてしまい警察の方から酷く怒られたそうである。
「あはは…、学園長らしいですね…。」
アキトが苦笑していると、ヤクモは真剣な顔付きになってアキトを見る。
「それと、これは重要な話なのですが…。」
アキトはただならぬヤクモの雰囲気に気を引き締める。
「…何でしょうか?」
「どうやらシラサギの手の者が、会見会場に潜んでいる可能性があるそうです。」
アキトは息を飲む。シラサギはアビス王国と戦争を起こそうとしていた人物である、その人物の手の者が居るという事は…。
「アビス王国と戦争を起こす為に、良からぬ行動をとってくるやも知れません。」
既に、シルバーナを尋問した記録はキツネが警察や政府関係者に回してある。よって、シルバーナの嘘の自白は使用されてもすぐに事実無根であると判明する。しかし、もしもシラサギの部下が暗殺者達の一部でも拘束し、その尋問内容が発表されれば、その内容はある意味(アビス王国強硬派にとっての)事実である。実際に、彼らは戦争したがっているのだから。
そうなれば、ヨミ国内の反導族派にとって追い風になる。アビス王国からの攻撃を警戒し、先に仕掛けるべしと良くない気運になるかもしれない。アビス王国も、ヨミ国がそのように警戒すれば、自衛の為に警戒するだろう。そんな緊張状態になれば、何かの弾みに戦端が開かれる可能性も高くなる。
「…あの人達は、其処までして戦争がしたいのですか…。」
「戦争自体を望んでいる訳では有りませんよ。戦争により彼ら自身に与えられる名誉や権力、富を望んでいるのです。」
アキトは同じ人族としてシラサギ達を恥じた。シルバーナに申し訳ないとも思った。
「恐らく、潜んでいる者はシルバーナ様の会見時にその内容を発表するつもりでしょう。」
緊急会見には多くの報道機関が集中するので、その宣伝効果は絶大である。そして、その内容をシルバーナは否定できない。
「何とかして、防ぎましょう。」
「ええ、私も協力しましょう。」
「それでは早速、ヤクモさんにお願いが有ります。念のために、用意して頂きたい物が有るのです。」
「もしかしてこちらですか?」
ヤクモは小さな箱を取り出し、アキトに見せる。アキトは中身を確認し、納得する。
「流石はヤクモさんですね。」
「いえいえ、こちらはキツネ様より託された物です。アキト様なら、きっと欲しいと思うだろうと。」
「はあ…、あの人には敵いませんね…。お見通しでしたか。」
アキトは小さく嘆息した。そして、その箱の中身の所有権が自分に移っているか転移召喚で確かめた。
「大変お待たせしました。」
着替えを終えたシルバーナが、ログハウスから出て来た。綺麗なドレスに身を包み、端正な顔は化粧により美しさに磨きがかかり、全体から気品が溢れていた。
「良くお似合いですよ。そう思いませんか?アキト様。」
「はい、とてもお綺麗ですよ。シルバーナ様。」
「は…、はい…、ありがとうございます…。」
シルバーナはアキトに誉められ非常に浮かれる。
「それでは行きましょうか。シルバーナ様、アキト様。」
ヤクモに促され、アキト達はヤクモの車に乗り込み、出発した。
「流石にテロリストに襲われたとあれば、厳戒態勢も敷かれますね。」
車の近くには護衛としての警察車両が何台も併走している。道路には随所に警備員が配置されており、襲撃を警戒していた。
「それではシルバーナ様。時間は余り有りませんが、これから会見の内容について詰めましょう。」
アキトはシルバーナと共に車の後部座席に座りつつ、シルバーナと会見の内容について口裏を合わせ始める。
アキトは、この会見では、予定通り『外交官の言っている事には一部誤解があり、フェルミ公爵を襲った犯人は学園生徒では無く、アビス王国はヨミ国と戦争するつもりは無い』と主張するようにシルバーナに乞い、シルバーナも了承した。
現状、アビス王国外交官の主張は『ヨミ国が悪い』の一点張りで、証拠の骨も眉唾物であり、これはアビス王国が何かにかこつけてヨミ国を攻撃しようとしているためだとして、アビス王国に対する感情は冷えつつある。
しかし今、またはこれから公表される情報は、
『フェルミ公爵は現在実際に行方不明』
『シラサギ達が戦争を起こそうとしていた』
『寮立てこもり事件の犯人は人族のテロリスト』
である。(シラサギ達の関係は、内容が内容であるためマスコミには一部ぼかして伝えてある。)
つまり、圧倒的に人族が悪く思われる内容なのだ。
この状態ならば、犯人が人族であると思われるのは当然である。
だから、外交官が、“ヨミ国の一部の過激派”の存在により“フェルミ公爵が人族に襲われた”と“勘違い”してしまったとする。
そして、必ず外交官の“勘違い”を正して見せると主張するのである。(犯人については今はまだ調査中とするつもりである。)
「あの外交官に非が無いと言うのは、些か抵抗があります…。」
「仕方有りませんよ。“相手国の外交官が戦争を起こそうとしている”なんて事実を公表したら、
ヨミ国内の強硬派を勢い付けてしまうのですから…。」
今回の会見の最優先事項は、兎に角“戦争を防ぐ”事である。よって、ヨミ国内に対してはあくまでも“外交官が勘違いしたのは、ヨミ国内の強硬派のせい”とする事で、アビス王国への非難をヨミ国内強硬派に向けさせる必要があった。
「しかし、全て人族が悪いと言う事にするのは…。アビス王国内の強硬派に追い風となるのでは…。」
今回の会見内容はアビス王国にも伝わる。よって、ヨミ国内でのアビス王国への批判は抑えられても、その逆を誘発する恐れがある。何よりも、実際にフェルミ公爵が行方不明である今、その責を問われる可能性は充分ある。
「もちろん、フェルミ公爵襲撃犯まで人族にする事はしません。“盗賊”の導族タウロが強盗目的で襲って来たと発表するつもりです。」
エミリオ達が生徒を確保できなかったため、襲撃犯仕立て上げは防ぐ事はできた。更に、全国の炎導術使いの所在は既に調べ上げられ、誰も誘拐されていない事は既に判明していた。よって、誰か別の人族が犯人に仕立て上げられる可能性は今の所無い。タウロには逃げられた為、現時点でその犯行を証明する手段は無い。
しかし、接点が無いはずのシルバーナが強盗犯の特徴としてタウロのそれを事細かに述べれば、先にそちらに容疑が持たれる筈であるとアキトは言う。
「シラサギ達の件と立てこもり事件は、犠牲も無く、ヨミ国政府主導で早期に事件解決した事もありますので、真摯に謝れば余り叩かれる事も無いでしょう。」
やはり一番の課題はフェルミ公爵の事であった。シルバーナはその事に気付き、祖父を見捨てたこと、その結果アキトに迷惑をかけていることに非常に悲しくなる。
「ううう…、申し訳ありませんアキト様…。私があの時お祖父様を連れて逃げていたら…。」
「うわわ、泣かないで下さい!あなた様のせいでは有りませんから!」
アキトは慌ててシルバーナを慰める。
「それに、まだフェルミ公爵は生きているかも知れないのですから、諦めてはいけません。」
「…わかりました。取り乱して申し訳ありません…。」
シルバーナは、悔いる事もまた迷惑となると察し、ただ今やるべき事に集中しようと努めた。
「少し、宜しいでしょうか?」
それまで運転に集中していたヤクモは、不意に話に入り込んで来た。
「確かに、アビス王国の方の強硬派の動きには懸念が残ります。しかし、そちらの方はキツネ様が何とかすると仰っていました。」
「キツネさんが…。」
アキトは胡散臭い薄っぺらな笑顔を思い出した。
「ですので、そちらはキツネ様に任せ、シルバーナ様は目の前の事に集中して頂きたいとの事です。」
「そう…、ですね…。キツネさんに頼るしか、有りませんからね…。」
実際、アビス王国へのヨミ国のスタンスを示し、外交交渉するのは、ヨミ国の外交官の仕事である。
今のアキト達が何か出来る訳では無く、出来ない事に悩むのは、ただの時間と精神力の無駄だと思われた。
アキトは切り替える事にした。大変不本意ながらも、彼なら何とかするだろうと、根拠の無い奇妙な自信がアキトの中に湧いて来ていた。
「そろそろ会見場所に到着致します。準備をお願い致します。」
「「はい!」」
ヤクモの声に気を引き締めた2人は、決意を胸に、はっきりとした口調で答えた。
ソコネ県警察本部の前には警官隊が待機していた。厳戒態勢の中、ヤクモが近くに車を停めると、すぐに警官の一人が駆け寄る。
「ご足労をおかけいたしました。私がここの警備隊の隊長を勤めております。
ここからは我々が護衛致します。付近は一般人は立ち入り禁止にして不審人物は無し、狙撃可能ポイントも全て抑えております。」
「わかりました。シルバーナ様達をよろしくお願いします。」
ヤクモは警備隊長に挨拶した後、アキトを見る。
「アキト様、私は車を移動しつつ、付近の見回りをしてから会場近くで待機します。私自身は直接護衛できません。シルバーナ様をよろしくお願いします。」
「わかりました。さあ、シルバーナ様、行きましょう。」
「はい、アキト様。」
アキトは先に車を降り、辺りを警戒しながらシルバーナに振り返る。
「シルバーナ様、お手を。」
「うあ…、は、はい…。」
差し出されたアキトの手を、恥ずかしそうにシルバーナは握りしめ、促されるまま車を降りた。
(ああ…、アキト様の手…。)
シルバーナはアキトと手を繋げた事に感動しながら、護衛に囲まれつつ会場に入って行った。
会場に入ると、既に何台ものテレビカメラが設置され、マスコミ各社、政府関係者が席に着いていた。
(この中に、シラサギの部下が居るのかも知れないのですね…。)
アキトは集まった人達を油断無く見回す。
(警備員の方々を疑う訳では有りませんが、どんな手を使って来るかわからない以上、警戒するに越した事はありません。)
アキトは警備員に守られながら、会見を行うステージの横に設けられた席(会場の人からは死角となり、また付近に人の隠れる場所は無い)にシルバーナと共に座った。
(ヤクモさんからの連絡では、ヤクモさん自身は部屋の外を見張るみたいですね…。会場の中は観葉植物を通して見張ると…。少々心細いですが、仕方ありませんね。)
キツネの口添えにより、アキトは同席する事は可能となったが、ヤクモは会場に入る事が叶わなかった。
元より、学園関係者を会見場所に入れる事は警察からの反発が強く、かなり無理をして頼み込んでいたため、コウガとアキトをねじ込むのが精一杯であったらしい。
故に、コウガが怪我をして離脱したからといって、新たにヤクモを会場に入れる事は憚られた。
そのかわりとして、会場の四隅には、キツネの部下が用意した植物が目立たないように置いてあり、それを通して中を見張るとの事であった。
しばらくすると、司会が現れ、集まった人々に対して挨拶を始めた。
シルバーナの顔に緊張の色が濃くなる。
「シルバーナ様。大丈夫ですよ。」
「………はい!」
アキトはシルバーナの手をしっかりと握りしめ、微笑む。その笑顔とアキトの体温に勇気を貰う。震えは、止まった。
「それでは、シルバーナ・フェルミ様、壇上にお願いします。」
警備員に促され、シルバーナはアキトと共にに壇上に立つ。会場の人々は、会見する導族がまだ小さな少女である事、そして、学生風の青年が共に壇上に上がったのを見てどよめく。しかし、アキト達は全く動じなかった。シルバーナは背が低い為に用意された台に立ち、そして口を開いた。
「お初にお目にかかります、親愛なるヨミ国民の皆様。只今ご紹介に預かりました、シルバーナ・フェルミです。アビス王国貴族、フェルミ公爵の代理として、卑賤なるこの身なれど、大役を仰せつかりまして、この場に参上致しました。皆々様方、お会いできて大変光栄です。」
シルバーナは堂々とした口調で挨拶をした。その気品溢れる話し振りに会場の人々は静まり返る。
それを確認した彼女は、アキトと打ち合わせた通りの弁明を始めようとした。
「待て!皆騙されるな!こいつはアビス王国のスパイだ!」
しかし、シルバーナの弁明が始まる前に大きな声が会場に響いた。
(くっ…。やはり潜んでいましたか…。まさかスタッフの中に紛れ込んでいたとは…。)
会場の後ろに居たスタッフの男性が、急に大きな声をあげ、シルバーナを非難し始めた。
「私を捕まえたければ捕まえるが良い!私は決して抵抗しない!だが、その前に私の言い分を聞いてくれ!」
男は必死で懇願する。司会の人は困り果て、シルバーナを見る。シルバーナも困ったので、アキトを見た。
(此処で捕まえてしまうのは簡単ですが…。何か疚しい事があると変に勘ぐられてしまいますか…。抵抗しないと宣言した手前、手荒な事はして来ないとは思いますが、逆にこちらも手を出し辛い…。テレビカメラも回って居ますし、確か生中継であったはず…。余り印象の悪くなるような行動は抑えなければ…。)
本来ならば、その様な人物を会場入りさせてはいけなかった。そのような人物が居れば、会見前に見つけて拘束する必要があったのである。
しかし、アキト達は会場に入って来た人達を注意深く観察してはいたが、スタッフを良く検分していなかった。キツネが手配したから大丈夫であろうと高を括ってしまったのである。
普通ならば中継を切り、男を拘束して仕切り直しを図るべきであるが、一度中継をしてしまった為、疑いの目を摘むのは難しくなるであろう。
(ここはやはり、正面から彼の言い分を聞き、それを否定する方がまだ良いですか…。)
アキトは自らの判断をシルバーナに伝えた。シルバーナは了承し、男に発言を許した。
「では私が入手した証拠を、アビス王国がヨミ国に対して戦争をしようとして、その口実を作るために何をしたかについての証言をお聞き下さい。」
男は壇上に上がり、シルバーナはアキトと共に控えの席に戻る。
男は懐から録音機を取り出すと、マイクにセットして再生を始めた。
「なっ!これは…。」
そこから流れてきたのは、聞いた事の無い男の声であったが、その自白内容は今回のフェルミ公爵襲撃事件のあらましを伝えていた。
つまり、アビス王国の王の暗殺や、戦争を起こそうとするアビス王国の強硬派の暗躍について、アキトも知らないような情報が入った証言である。シルバーナがスパイであるという嘘以外は、まさに今回の事件の“真相”であった。
これを完全に否定するには、余りに辻褄が合いすぎていた。
(まさか…、本当にエミリオの部下を拘束して吐かせたのですか…。いや、最初から奴らと結託していたのかも知れませんね…。)
アキトは信じられなかったが、導族とて、人族と比べて導術がより上手く使え、多少体が強い程度の違いしか無い。武装し、訓練を積んだ者が複数でかかれば、一人位は捕まえられる可能性もある。また、エミリオ達と繋がっていれば、このような証言を用意する事も簡単であるとアキトは判断する。録音機の再生が終わると、男は口を開いた。
「これが事件の真相です!この女は、アビス王国がヨミ国を攻める口実作りの為に派遣されたのです!そして、偽物の弁明をして我々ヨミ国の人々を騙し、警戒を幾分か解いた上で、騙し討ちのように攻める機会を得ようとしているのです!さあ、スパイよ!否定出来るなら否定して見よ!」
男は最後にシルバーナを睨み付けた後、壇の反対側の控え場所に下がった。
シルバーナはアキトを心配そうに見ると、アキトは彼女に小さく『大丈夫』と囁いた。
そしてアキトはシルバーナと共に壇上に上がり、大きな声で喋りだした。
「私は、導力総合開発学園所属の学生アラカミ・アキトと申します。僭越ながら、発言をお許し願います。」
会場はどよめく。男は怒って大声を出す。
「ふざけるな!俺はそっちのスパイに聞いているのだ!何故貴様のような何処の馬の骨ともつかないガキが答弁するのだ!」
男の叫び声にも冷静な表情を崩さず、アキトは答える。
「何処かの馬の骨とは失礼ですね。僕は人間です。あなたこそ、どこのどなたなのですか?私はキチンと名乗りましたよ?」
「それは…。」
男は言い淀む。シラサギの部下である事を明かすのが憚られたのだ。
「おや?答えられないのですか?言って置きますが、すぐに調べはつきますよ?あなたが防衛庁のシラサギ情報官の部下であると。」
会場の人々がどよめく。シラサギと言えば、ヨミ国とアビス王国を戦争させようと画策して、今身柄の確保の為に公安が動いている渦中の人物である。
「そのシラサギ情報官の部下であるなら、誰か適当な導族の方を脅して、“偽物”の証言を得るのも簡単でしょう?」
アキトは論点をすり替えつつ嘘をつく。男の素性が怪しい為にその証言は“偽物”であるとしたのだ。男は怒りで真っ赤になる。
「ふざけるな!これは真実だ!」
「とても信じられませんねぇ。」
アキトはキツネの真似をした。思っていたより上手く出来て彼自身も内心驚いた。
「何故信じられない!理由を話せ!」
「だって、あなた方はこんな事をする方達なんですよ?」
アキトは小さな箱を召喚し、その中に入っていた記録端子を取り出し再生する。
「な、これは…」
会場の人々は絶句する。再生された内容は、シラサギがシルバーナに尋問し、偽物の自白をさせ、そしてシラサギが戦争を起こすと宣言する内容であった。
「皆様、聞いて下さい。シラサギ達はこのような方法で無実のシルバーナ様を脅し、偽物の自白をさせました。そして、彼らは戦争を起こす事で利益を得ようとしている!」
アキトの言葉は少しずつ熱を帯び、大袈裟な動作で演説を続ける。
「彼らはこのような人達なのです!そんな彼らの用意した証言に、何の説得力が有るでしょうか!」
「だ、騙されるな!コイツは嘘をついている!コイツはアビス王国の内通者だ!」
「私は内通者では有りません!それは調べればわかるでしょう!好きなだけ調べなさい!しかし、私は無実だ!その上で宣言しよう!こちらのシルバーナ様は全くの無実であると!私は命を懸けて保証する!」
アキトの言葉に淀みはなかった。何故なら全てアキトにとっての真実であったから。
会場は一度静まり返った後、次第に騒ぎ出した。
信頼は、裏切られれば容易には回復できない。シラサギ達はヨミ国に対して明確な裏切り行為を働いた。そんな彼らが真実を語ろうと、耳を貸す者は少ないであろう。
無実のアキトの嘘は、有罪の男の話す真実を灰色の疑惑で塗りつぶす。
「この裏切り者!」
誰かが言った。それを皮切りに、会場の人々が男に対して批判を始めた。
「ま、待ってくれ!俺は嘘はついていない!」
確かに男は全てではないが、真実を言ったのだろう。しかし、信じて貰うには、余りに信用を失いすぎた。もはや趨勢は決した、そう判断したアキトが警備員に男を捕らえるように言う。
「うああああ!」
しかし、警備員が男を捕らえようと近付くと、男は叫んで急に銃を取り出した。
「このスパイがあああああああ!」
アキトは辺りを見た。ヤクモの植物の蔦は向かって来ているが、ギリギリ一発位は発射できる余裕が有る。ならば…
「うおおおおお!」
アキトはシルバーナの前に躍り出ると、大文字のように手を広げる。シルバーナは自身を守る為の行動であるとすぐに察する。
「アキト様ァ!」
「…召喚!!」
大きな発砲音と共に男は蔦に捕まり取り押さえられる。
シルバーナは発砲音に目を瞑った後、恐る恐る目を開き、目の前の光景に絶句する。
「ああ…、ああ…、アキト様…。」
ヤクモは植物を通してアキトを見て微笑み、呟く。
「おやおやアキト様、あなた様は自身を騎士に相応しくないと仰いましたが、そんな事はありませんよ…。」
そして、ヤクモは自分の目でアキトを見るため会場の扉を開ける。
「もう…、あなた様は立派な“騎士”なのですから。」
そこには騎士がいた。全身を甲冑で身を包み、美しい姫をその命を懸けてお守りする、気高き魂を持つ真の騎士が、そこにはいた。
「はあ…、はあ…。」
シルバーナは自身の胸を押さえていた。壊れてしまうのではないかと思う程にそれは動いていた。頭の中はアキトの事で一杯になり、他に何も考えられない。
(アキト…様…、私の…、騎士様…。)
まるで物語の中の姫のような気持ちになる。それが烏滸がましいと理性は言うが、心は聞く耳なんて持っていない。
目の前の騎士がゆっくり動いて自分を見る。それだけで全身に電気が走るような感覚を覚える。
(アキト様…、アキト様…、アキト様…、アキト様…!)
シルバーナは熱に浮かされ、切なさに目を潤ませ、何かを求めるように手を伸ばす。
「シルバーナ様!大丈夫でしたか!怪我はありませんか?」
「ひゃい!?」
しかし、シルバーナはアキトの声に驚いて、現実に引き戻されてしまい、途端に理性が息を吹き返した。
(ああああああ!な、何考えてるんですか私ぃいいいいい!)
自身の妄想を思い出し、耳まで真っ赤に染めて、顔を抑えてその場にうずくまる。アキトはそんなシルバーナを心配する。
「大丈夫ですか!どこかに怪我を!?」
「い、いえ!大丈夫です!あ、ありがとうございました!?」
「そうですか、良かった…。」
アキトは安堵の為にため息をつき、男を見る。男はヤクモの蔦に縛られもがきながら、ゆっくり会場の外へと運ばれていく所であった。
「これで…、もう、大丈夫でしょうか…。」
アキトはコウガから貰った甲冑を転送し、シルバーナの手を取り立ち上げる。
「さて、会見はどうしましょうか…。」
命を狙われたばかりのシルバーナに、すぐ会見を再開させるのは酷に思えた。
「此処は一度仕切り直して…。」
「その必要は無いぞ、騎士殿。」
会場に大きな声が響きわたった。声のした方、つまり入り口の方を見ると、ヤクモと共に2人の人物がいた。
「あれはキツネさん!それにその横の方は…?」
「あ……、ああ……、まさか……。」
キツネと共に現れた紳士風の老人に、アキトは首を傾げるが、シルバーナは言葉を失う。
「生きて居られたのですね……、信じていました……。」
「え、まさか!」
アキトはシルバーナの反応を見て理解した。
(なるほど、キツネさん。任せて置けとはそう言う事でしたか…。)
アキトはキツネの笑顔を見てため息をつき、完敗ですと首を振る。
「……お爺様!!」
シルバーナの喜びの叫びに紳士風の老人は笑顔で答える。
「心配をかけて済まなかったな、我が自慢の孫娘よ。そしてヨミ国の国民の皆様、お初にお目にかかります。会見に遅れた非礼を平にお詫び申し上げます。」
老人は良く通る威厳ある声を会場に響かせる。
「アビス王国貴族、バイドン・エル・フェルミ。只今参上致しました。」
シルバーナが慕って止まない“地竜皇帝”が、自慢の宝を守る為に、その真の姿を表した。




