第30話
「そこまでですよ、お三方。」
突然、アキトの両手が何かに縛られ動かなくなる。拳銃の撃鉄にもそれは絡みつき、もはや引き金を引いても撃つことはできない。
「な、なんだこれは!?ぐおっ!?」
「くそ、取れねぇ!の…喉が…しま…。」
エミリオ達にもそれは絡みつき、体の自由を奪い、きつく縛り上げる。アキト達に絡みついたもの、それは植物の蔦であった。部屋の窓から侵入したらしく、複数の部屋からそれは伸びていた。そして何者かが近づく足音が聞こえてきた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。流石ですね、ヤクモさん。」
アキトが振り返ると、笑顔を浮かべた使用人がいた。
「良く頑張りましたね、と褒めてあげたい所ですが、詰めが甘いですよ。アキト様。」
「あはは…、申し訳有りません。あれが精一杯でした。」
アキトは安堵と反省の入り混じった声で答えた。
「アキト様!ご無事ですか!?どこか怪我をなさいませんでしたか!?」
重い甲冑のせいで上手く動けず、アキトをしっかり確認できないため、じたばたしながらシルバーナはアキトを心配する。
「ええ、ヤクモさんのおかげで助かりました。すみません、シルバーナ様、ご心配をお掛けしました。」
「いえ、良いのです…。アキト様が無事なら私は…。うぐっ、ひっぐ、良がっだよぉ、でっぎり、わだじを庇っで死んじゃっだのがど…。わだじ…ごわぐてごわぐて…。」
シルバーナは上手く動けないまま、安堵の為に泣き出す。
「本当にすみません…。あなたを危険な目に遭わせ、怖い思いをさせてしまいました…。」
「アキト様。シルバーナ様は自身が危ない目に遭ったから泣いている訳ではありません。これはあなた様を思って泣いているのですよ。あなた様の事を本当に心配して、この方は泣いていらっしゃるのです。」
「…そうですか…、僕には勿体ないことです。」
アキトはシルバーナを見て笑った。彼女を守れて本当に良かったと、心からそう思った。それにしても…
「ヤクモさん…。そろそろ解いて頂けませんか?シルバーナ様をお助けしたいのです。」
アキトは縛られた自身の両腕を見る。余り強く絡まれている訳では無いため、痛みは感じていなかったが、導術を上手く使えない感覚がある。ヤクモの導術には、拘束した相手の導子の流れに干渉して、相手の導術発動を邪魔する効果がある。そのため、今のアキトは導術が使えず、腕も動かせないため、もがいているシルバーナを助ける事が出来なかった。
「おやおや、これはこれは大変失礼。いやはや、四方やアキト様を縛る日がくるとは思いもしなかったもので、ついつい縛り心地を堪能してしまいました。ふふふっ。」
「あははは、ヤクモさんらしいですね…。」
アキトは乾いた笑い声を上げた。
ヤクモがアキトを縛っていた蔦を解くと、アキトはすぐシルバーナに被せた甲冑を転送した。
「アキト様ぁ!」
シルバーナは人目をはばからずアキトに抱きつき、アキトは優しく抱き返す。そのままシルバーナは、アキトの匂いを存分に堪能する。
「ふふふっ、微笑ましい光景ですね。」
ヤクモは2人の姿を優しく見つめていた。アキトはシルバーナをしばらく慰めあやした後、ヤクモに問う。
「そういえば、そろそろ解放してあげないと、本気でその人達死にますよ…?」
アキトは蔦に絡まったままのエミリオ達を見る。エミリオ達は蔦で首を縛られたために呼吸が上手くできず(辛うじて息ができる程度の隙間はある。)顔を真っ赤にしていた。
「ああ…これですか。失礼、すっかり失念しておりました。」
ヤクモは『ああ、そう言えばあったなそんなの』と言った風に興味なさげにエミリオの方を向き、その蔦を少し緩めた。
「がはっ!はーっ、はーっ、げほっ。」
エミリオはようやく満足に息ができた為、新鮮な空気をむせながら何度も飲み込む。首を絞められて気絶しかけたせいか、幾分か冷静になり、先ほどまでの怒りがなりを潜めていた。そして、息を整えて、ヤクモを睨みつけた。その目は敵意に満ちていた。
「貴様は…何者だ。盗賊の仲間か?」
「私は導力開発総合学園学園長の屋敷の使用人、ヤクモ・クロガネと申します。以後お見知り置く必要はございませんので、ただちに忘れて下さって結構です。私もあなた様の事に興味ありませんので、自己紹介はなさらないで下さい。」
「な……はあ!?」
エミリオはヤクモの失礼な物言いに唖然となったが、気を取り直す。
「き、貴様がヤクモか!何故貴様がここにいる!屋敷に向かったはずだ!屋敷についてすぐ戻って来たとしても、来るのが早すぎる!」
「やはり、あちらの方が我々の行動を知らせていたのですね?」
「貴様…、まさか気付いていたのか!?」
「確証は有りませんでしたが、予想はつきました。それ故に、油断させる為に一時その場を離れたのですよ。」
実はキツネも共謀していた。
マスコミ風の男がこちらを伺っていたため、密偵かどうか様子を見て、また密偵であればエミリオ達に偽の情報を流し、そして、敵のバックアップが有ればそちらに対応させるために、仕方ない振りをしてヤクモを一時現場から離れさせたのである。しかも、男に警戒されていないと勘違いさせる為に、アキトの作戦の種明かしをわざと行うという手の込み様である。
ヤクモの淡々と述べる話しの内容に、エミリオのみならずアキトも絶句する。
「…ちょっと待って下さい、ヤクモさん。それでは、ずっと見ていたのですか?」
「ええ、あなた様が危なくないか、ずっと木を通して見ていました。何かあればすぐに対応できるように、待機もしていました。」
「そう…、だったのですか…。」
アキトは力が抜ける。ここまで自分が頑張る必要は無かった事を知り、急に疲れを感じた。同時に、此処までして自分を助けてくれた彼らに感謝した。
「ですが…、だったら特殊部隊の人達を危険な目に遭わせる事は無かったのでは…?」
アキトは怪我をした特殊部隊の人達を思い出す。もしもヤクモがいたならば、もっと早く制圧でき、部隊の人達も怪我しなかったのではと考える。
「それは、あくまでも私は保険であったためです。無論、アキト様が助けに向かわない場合、本当に命の危険があったら助けるつもりでした。」
転移鎧の猫型導族は部隊の人間を殺すつもりは無く、エミリオは人質にするつもりで動いていると察したため、ヤクモは様子見に徹したらしい。敵にまだ仲間がいる可能性があったため、切り札であるヤクモはギリギリまで動けなかったのだそうだ。
「それに、キツネ様のお話では、あの部隊の方達は皆、導族に対してその力を楽観的に捉えている方の派閥に所属しているそうです。装備も対人族用の物でしたし、明らかに相手を嘗めていましたね。」
「はあ…、なるほど納得しました。」
導族の力を軽んじている人達に、その強さを身に沁みて感じてもらい、導族国家に対して強気に出ないように戒めるために今回の襲撃を利用したのだ。
「全て、キツネさんの掌の上だったのですか…。」
「流石に全て掌握できていた訳では無いでしょう…。」
「でもあの人なら可能だと思わされてしまいます…。」
アキトはため息をついた。
「僕は、無駄にシルバーナ様を危険な目に遭わせてしまいました…。此処までやらずとも、キツネさんの言う通り早めに逃げていれば良かったですね…。」
アキトは自嘲気味に反省する。ヤクモはそんな落ち込む彼を元気付けるために、彼には珍しく優しい言葉をかける。
「まあ、あなた様が彼の導術を封じていなければ、此処まで簡単に捕まらなかったでしょう。あなた様の頑張りは無駄ではありませんでしたよ。」
「そう言って頂けると有り難いです。」
アキトは頭の後ろを掻きながら礼を言う。シルバーナはアキトにしがみついたまま、安心して疲れが出たのかうつらうつらとする。
「おのれ…。」
エミリオは激怒していた。自分が騙され、縛られて見せ物のように晒され、それをあたかも路傍の石のように無視して会話する彼らに、彼のプライドは激しく傷つけられた。
(やれ…!)
エミリオはマスコミ風の男に目で指示をする。マスコミ風の男は頷いて、アキトと話すヤクモに向けて、おもむろに口を開けた。
「ピギャーッ!」
突如、人の物とは思えないけたたましい鳴き声を上げて、何かが男の口から飛び出した。アキトも反応するのがやっとの速さで、それは一直線にヤクモの耳に向かう。そして、無防備なヤクモの耳の穴の中へそれは入り込む…
「なるほど、やはり“仕込まれ”ていましたか。」
事は無かった。それは耳の穴に届く直前に蔦に捕まり、そのまま潰さんばかりに締め上げられる。
「な、何なんですか!?この虫は…。」
「クソ…、失敗したか…。」
「ふあ…、何かあったのですか?アキト様…。」
アキトが目を見開きながら問い、エミリオは悔しそうに呻き、シルバーナは寝ぼけていた。それは血のように赤いムカデであった。
「人に取り付き、思考を支配する”寄精虫ムカイド“です。」
ヤクモが淡々とした口調で説明する。
寄精虫ムカイド。ナラカ大陸に生息する“導虫”である。その特徴は、生物に取り付き、雷導術を用いて脳に干渉し、宿主に自らの糧を用意させる事にある。自分で考えるのでは無く、宿主の思考を利用するため、知能の高い生物に取り付く程効率的に目的を達成することが可能である。
無意識下の宿主を操作して、自分の餌や寝床を準備させ、準備が整った所で宿主に気付かれないように離れ、そこで生活をするという回りくどいやり方で生きている。肉体的な被害は余り出ないが、夢遊病と勘違いされたり、気付いた時には謎の全身筋肉痛になっていたり、はたまた身に覚えの無い出費をしていたりと迷惑な存在である。
「何故…、そんなのが…。」
「これは、機械化する事で、人の命令を聞くように改造した物です。機械化ムカイドとも呼ばれます。」
ムカイドは機械の電気信号との親和性が高く、機械の信号に反応してそれが自分の意識だと勘違いする。そのため、ムカイドの脳を一部機械化して信号を送る事により、意のままに操る事が可能となる。そして、宿主に取り付いた後は、設定された人物の命令に従うように宿主の脳に意識を植え付けるのである。
「…それでは…。」
「ええ…この人は密偵に“されて”しまったのですよ。」
「だとしたら…今までの密偵の方達も…。」
「恐らくは。」
ヤクモは蔦を操り、宿主からムカイドを無理やり引きずり出すと、宿主の男は気を失った。引っ張り出されたムカイドは、引きちぎらんばかりにきつく蔦に縛り上げられる。
「ピギ…ピギャ…ピガ…。」
苦しそうな鳴き声をあげてムカイドは暴れる。
「ああ…虫をいたぶるのも…萌えます…。」
「あ、アキト様…怖いです…。」
シルバーナは、ムカイドよりも寧ろ、喜悦に恍惚とするヤクモに怯えている様であった。
「シルバーナ様、あちらを見てはいけません。あれは教育上宜しくない。」
「はう!近い!アキト様!顔が近いですぅ!」
怖がるシルバーナの視界からヤクモを完全に消し去るために、アキトは彼女の顔を固定して自分の顔に近づけた。シルバーナは嬉しさと恥ずかしさで一杯一杯となり、顔を真っ赤にして狼狽える。
「何なのだ…。一体お前たちは何なのだ…。」
エミリオそっちのけで勝手に盛り上がる三人を見て、エミリオはとてもやるせない気持ちになった。
「さて、余り長く此処に居ても仕方ありません。私も存分に縛れて満足しました。そろそろ、これらを連れてキツネ様の所に戻りま…。」
ヤクモが急に黙る。アキトはすぐに察してシルバーナを庇い、そのアキトを植物の蔦が守るように網を作る。一瞬、屋内に風が吹き抜ける。アキトは風に目を瞑り、シルバーナを抱きしめる。アキトは自身の肌に冷たい何かが近付いたような気がした。
「なかなかやりますね…。」
アキトが薄めを開けて周りを確認すると、蔦に捕まえられていたムカイドの頭が無くなり、エミリオが居なかった。彼を縛っていた蔦は鋭利な刃物で切ったかのように綺麗に切断されていた。
「ふう…何とか間に合ったみたいだね。エミリオさん、助けに来たよ。」
全身を黒い布で覆い隠し、顔も黒い鉄仮面で覆った青年が、窓の外にいた。その手にはムカイドの頭が握られ、すぐ横にはエミリオがいた。
「ぐう、すまないな。忌々しい呪毒さえ無ければこんな奴ら…。しかし、もっと揺らさず救出出来なかったのか?腹の傷が痛む…。」
エミリオは痛そうに腹を押さえつつ、少し責めるような目で青年を見る。
「無茶言わないでよ…。僕もあの人に捕まらないようにエミリオさんを救出するので精一杯だったんだから。アキト達を守る蔦は全然切れなかったし…。本当ならサンプルの方も無傷で回収したかったんだけどね…。何とか頭の部分だけは回収したけど。」
青年は手に持ったムカイドの頭を見ながら嘆息する。
「あなたですね?私の城に盗みに入ろうとした不届き者は。」
ヤクモが薄く笑いながら青年を見る。その目には獣が獲物を見るような鋭い光が宿る。
「…そうだ!ニークはどうした?彼を助け出す事を任じていた筈だ!」
ニークとは、学園長の屋敷に忍び込み、ヤクモにあえなく捕まった男である。エミリオはヤクモを現場から遠ざけつつ、仲間を救出させる為にこの青年を学園長の屋敷に送り込んだらしい。
「無理無理!あんな所に捕まってちゃ、軍隊でもなきゃ救出なんて無理だって!蔦や弦はいくら切っても次々生えて襲って来るし、変な臭いがしたと思えば頭クラクラしてくるし、後少し留まってたらこっちまで捕まってた所だったんだよ!」
青年は激しく首を横に振りながら答えた。
「おやおやそれは残念。大人しく捕まって下されば、私の玩具にして差し上げたのに。」
「それは死んでも遠慮願うよ…。」
ヤクモの言葉に、心底嫌そうな声で青年は答える。
「さて、それじゃあここらで僕たちは退散させて貰うよ。」
「待て、まだ奴らを倒していない!悪魔だってそのままだ!このまま手ぶらで帰る訳には…。」
逃げる事に否定的なエミリオを見て、青年は頭を抑えながら溜め息をつく。
「はあ…、エミリオさん、現実見ようよ…。」
「な、何だと!?」
「今の僕ら2人があの人と戦って勝てると思う?もしもエミリオさんが万全だったとしても怪しいもんだよ?さっきだって、もしアキト達が居なければ、僕は捕まってたと思うし…。」
ヤクモが本気で戦えば、二人掛かりでも敵わないと青年は言う。ヤクモはアキト達を庇う事を優先したのである。
「それに、エミリオさんの蔦だけわざと切れやすくしていたでしょう?」
「おやおや、気付いていましたか。」
ヤクモは青年の目的を察して、わざと目的を達成し易くしたのである。もしも、青年が目的達成の為に外の人達を人質に取るような行動をすれば、厄介になると踏んだためだ。同時に、もし此処で引かないようであれば容赦しないとのメッセージも暗に込めていた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。」
そして一陣の風が吹き抜けた。次の瞬間、青年とエミリオは消えていた。
「行ってしまいましたか…。エミリオを取り逃してしまいましたね…。」
アキトが悔しそうに呻く。
「今、木を通して確認しましたが、どうやら捕らえた部下は全員そのままでした。あの青年も他の人達を抱えて逃げる事は出来なかったようですね。仲間もほぼ捕まり、自身もろくに戦えない、これではこの先当分は襲撃出来ないでしょう。この戦いは、私達の勝ちですよ。」
淡々と語るヤクモの言葉に、アキトはただ頷くしか出来なかった。
逃げたエミリオ達は、寮の裏山の反対側にある道路に停めてあった車の中にいた。
「ぐ…、クソ…。敵に情けをかけられ、おめおめと逃げてきたとはなんたる不覚!」
「まあまあ、命あってのなんとやら。時に恥に耐えて撤退する事も長生きの秘訣だよ。」
悔しそうに唸るエミリオに青年は諭す。
「俺は恥をかき、目的を捨ててまで自分の命を守りたいとは思わん!誇り高い騎士は生き恥を何より忌避するものだ!」
エミリオの頑固な意地に、青年はうんざりしたような声色になる。
「あのねぇ…。いいですか?僕はエミリオさんの協力者だけど部下じゃない。あなたの命に従う義理は無いんだよ?ここであなたを見捨てたっていいんだ。でもあなたは良いのかい?此処で死んだら、あなたの夢は永遠に叶わないんだ。それでも良いって言うなら好きにすれば良い。僕は止めないよ。」
青年の言葉にエミリオは困惑した顔になる。
「ぐ…、それは…。」
「それにさ、此処で失敗したのは“ヨミ国人のテロリスト”なんだよ?」
青年の言葉にエミリオはハッとする。
「そうか…、そうだな!“栄光ある騎士”が任務に失敗したのではない。ただのテロリストが目的を達せられなかっただけなのだ!私は“栄光ある騎士”だ。テロリストではない、よって失敗していない!フハッ、フハハハ!イテテテ!」
笑い声は腹の傷に効いたらしく、腹を抱えて悶絶する。エミリオの滅茶苦茶な理屈と無様な様子に、青年は心の中で苦笑する。
(そうそう、自分に嘘をついてでも、屁理屈をこねてでも、やらなきゃいけない事ってあるよね…。)
青年は車の外を見る。空には大きな月が輝いている。
「アキト…、君だったらどう思うだろうか…。僕は…」
青年の独り言は、夜風に紛れ、掠れて消えた。
「無事でなによりです。アキト君、シルバーナ様。いやはや、危なかったですねぇ。」
寮の入り口から出たところで、何とも白々しい声が聞こえてきた。
「ご心配、ご迷惑お掛けして、申し訳ありませんでした。」
アキトは素直にその声の主、キツネに謝った。
今回、アキトはキツネの勧告を無視して、特殊部隊を助けるために危険な賭に出た。そして、ヤクモのサポートが無ければあの場で死んでいた為、賭は実質負けである。
特殊部隊を囮に送ったキツネにも非は有るかも知れないが、あの場で一番に優先すべきであったのはシルバーナの身の安全であり、その意味ではキツネは悪い事はしていない、寧ろその目的達成の為に努力したとも言える。
アキトは自分の心を優先した結果、本当に達成すべき目的を、危うく失敗する所だったのである。それ故にアキトはキツネに心から謝罪した。
「いえ、大丈夫ですよ。私は気にしていません。それに、アキト君の意志を尊重したのは私ですからねぇ。ンッフッフッフッフッフ。」
キツネは何がおかしいのか上機嫌に笑いながらアキトとシルバーナを見る。
「失礼ですが、何がおかしいのでしょうか?」
アキトはキツネが何で笑っているのか解らなかった。ただ、この笑い方は何かを企んでいる顔だなと漠然と感じ取り、怪訝な顔をしてキツネに聞いた。
「いえいえ、別におかしくて笑っている訳ではないですよ。ただ、アキト君が余りに格好良くて、嬉しくなってしまっただけなんですよねぇ。」
アキトはキツネの答えを聞いて首を振った。
「キツネさん…。僕はちっとも格好良くなんて有りませんよ…。皆さんに迷惑を掛けた挙げ句助けられた、ただの青瓢箪に過ぎません…。」
アキトは自らの非力を嘆きながら答える。
「そうでしょうか?シルバーナ様を必死に助ける姿は、正に騎士の様では有りませんか。シルバーナ様もそうは思いませんか?アキト君は、まさにあなた様の騎士の様であったと。」
シルバーナは急に話を振られて慌てる。
「ふぇ?あ、いえ、その、私も、アキト様はその…、格好良くて。でも、私なんかの騎士なんて、そんな、勿体ない…。」
シルバーナは喋りながら、自らの騎士となったアキトを想像し、そのアキトにお姫様抱っこされて愛を囁かれるのを妄想する。顔は真っ赤になり、両手で抑えて隠す。口元は我慢しているが少しにやけていた。アキトはシルバーナの反応を、『気を使ってくれている』と捉え、情けない自分を嘆きながらキツネを見る。
「僕がシルバーナ様の騎士だなんて、そんなの畏れ多いですよ…。僕はシルバーナ様のお力を借りて戦いました。何処の世界に姫に守られる騎士がいましょうか。その上でシルバーナ様を危険に晒してしまいました。僕は騎士では決して有りませんよ。」
キツネは笑顔を崩さず、アキトをその細い目で見据える。
「良いでは有りませんか、姫と助け合い共に戦う騎士!このご時世、男が女を守るだとかそんな考えは古いですよ。今の主流は男女平等!女性も活躍する時代です!アキト君もどんどん頼れば良いのです。シルバーナ様と共に戦えば良いのです!アキト君の出来る事にシルバーナ様の出来る事、両方が可能となりますよ!」
キツネの言葉にアキトの心は少し揺れた。シルバーナがアキトと共に協力して生き抜きたいと訴えた事を思い出したのである。キツネは尚もたたみかける。
「それにもし、シルバーナ様を守りきれないと思った時は、私を頼って下さい。ヤクモさんやコウガ殿もいます。犬はお薦めしませんが。とにかく、あなた一人で無理ならば、もっと沢山の大人を頼れば良いのです。あなたの力になってくれる人は、結構いますよ?」
「そう…、でしょうか…。」
「ええ、そうですとも。それにシルバーナ様も仰っていましたよ?一人では無理な事も、皆で協力すれば可能になると。だからアキト君は沢山の人を頼り協力して、更にシルバーナ様のお力を借りてでも何でもして、彼女をお守りする騎士になれば良いのですよ。」
アキトの胸にさきほどの思いが蘇る。勝つために、望む物を得るために、シルバーナの力を借りて戦う決意をした時の気持ちが鮮明に思い出された。
(そうでした…、僕は強欲で卑怯で非力な人間です。自分一人でルビィを守ろうだなんて烏滸がましい…。僕は卑怯で非力な人間らしく、頼れるものは頼り、使えるものは使って全力でお守りすれば良いんですね…)
アキトは意を決する。他人の力を使ってでも、目的を達成する強かさを持って見せると。
「わかりました。でも、やはり僕が騎士は言い過ぎですよ。そういうのは、やはりキチンと姫を助ける位の実力がついている方が適任です。今の僕は弱いから、不適切だと思います。姫様におんぶに抱っこでは、助け合いとは程遠いですからね。」
(やれやれ…、なかなかアキト君も頑固ですねぇ。)
アキトは淡々と述べ、キツネはため息をついた。シルバーナは妄想しながら呆けていた。
「まあまあ、今回の件でアキト様は以前よりもお強くなられましたよ。」
謙遜ばかりするアキトを見かねて、ヤクモが声をかける。
「強くなっただなんてそんな…。僕は全然弱いですよ…。今回身に沁みて感じました。」
「だからこそ強くなったのです。」
ヤクモは言う。強くなる為にはまず負けを知る事、そしてその負けから教訓を得る努力をする事が重要だと。
「教訓…ですか…。」
「今回の戦いで、普段ではわからない自分の欠点や、気づけなかった事に気づいた筈です。」
アキトは戦いを思い返す。
「僕の詰めの甘さですね…。」
アキトはエミリオ達を全て制圧できたと思い込み、密偵の事について失念していた。エミリオを動けなくした時点で、急ぎシルバーナを保護しなければならなかったのに、油断してしまったのだ。
「それもそうですが、私的には、今回の事でもっとアキト様に気付いて頂きたい事が有りました。」
「……最後のエミリオとの戦いについての事でしょうか?」
アキトは漠然とその時の戦いが引っかかっていた。あの時は訳も分からず夢中だったので、かなり粗のある雑な戦い方であった。
「はい。それでは一つヒントを差し上げます。アキト様はエミリオがシルバーナ様に襲いかかった時に、反応が遅れましたね?」
「ああ…、はい…、確かに…。」
「アキト様は相手が合理的に動くものと考え、行動していました。故に、エミリオの非合理的な行動に理解が及ばず、行動が一歩遅れてしまった。」
アキトは黙ったまま頷く。
「それに、あなた様はシルバーナ様が襲われそうになった時、後先考えず突撃しました。」
「あの時は、ひたすら必死でした…、お恥ずかしい限りです…。」
アキトは自身の行動を反省する。
「いえ、別に責めている訳では有りませんよ。それにあの時、それまでの動きと比較して驚く程アキト様の動きは速くなっていました。火事場の馬鹿力というものでしょうね。」
「…はい…。」
アキトはその時の事を思い出す。その時の彼の中には、『絶対に助ける』ただその想いだけが有り、そこに計算や自己保身の気持ちの介在する余地はなかった。
「僕は唯々、シルバーナ様を助けたいという気持ちだけで動いていました。」
「ええ、その通りです。」
ヤクモはアキトの目を見る。まるで我が子を優しく諭す父親のような眼差しで。
そして自分の胸の真ん中を親指で指す。
「結局は、皆“ここ”で動いているのですよ。それは人族も導族も関係有りません。そして、その心に従って行動した時、その者は最も力を発揮できるのです。善も悪も関係なく、ですがね。」
その言葉は、アキトの中に溶けるように入り込んでいった。
「はい…、よくわかりました。」
「それが理解できたのでしたら、今回は“収穫有り”と言う事です。アキト様、本当によく頑張りましたね。」
「ヤクモさん…、ありがとうございます!」
アキトは顔を明るくして、ヤクモに礼を言った。
「どう致しまして。改めまして、アキト様、シルバーナ様、お疲れ様でした。ですが、お疲れの所誠に申し訳有りませんが、会見に向かわねばなりません。しかし、少し時間をずらして頂いたので、それまで少しお休み下さい。休憩所はあちらになります。」
ヤクモが恭しく指し示す方には、何故か在るはずのないログハウスがあった。
「ヤクモさん…、もしかしてあれは…。」
「はい、私の木導術で作ったものです。中にはベッドが用意してあります。勿論、木を通して不審者が来ないか監視も致しますので、危険も少ないはずです。そちらで少し横になられていればよろしいかと。」
「あははは…流石ですね。何から何までありがとうございます、ヤクモさん。さあ、シルバーナ様、行きましょう。」
アキトはシルバーナを促す。シルバーナは休憩の為に横になると聞いて、少し躊躇いながらヤクモに尋ねる。
「あの…、ヤクモ様。少しお聞きしたい事が…。」
「何でしょうか?」
「もしかしてべ…、ベッドは、一つ…、なのでしょうか?」
ヤクモはシルバーナの問いに、笑顔で答える。
「いえ、ご心配せずとも、キチンと2つ、ご用意致しております。」
「あ…、ああ!そ…、そうですよね!」
「ああ勿論、落ちにくいようにベッドは大きめの物を用意しておりますよ?あなた様とアキト様位ならば、余裕で同じベッドで寝れるでしょうね。」
「え?いえそんな!私はアキト様とそんな…。」
シルバーナは顔を真っ赤にして狼狽する。ヤクモは満面の笑みで更に続ける。
「おやおや、どうなさったのですか?私はただベッドの大きさを教えて差し上げただけですよ?」
「あ…、ああ!そうですよね!申し訳有りません、私大変な失礼を…。」
あたふたするシルバーナにヤクモは近づき、耳元で囁く。シルバーナからは見えないが、非常に悪い笑みを浮かべていた。
「それと…、アキト様でしたら、頼めば喜んであなた様と一緒に寝て下さいますよ?」
「ひぇ?ひゃわ!?ひえ!」
ヤクモの囁きに、シルバーナは声にならない叫びを上げた。
「ヤクモさん…、シルバーナ様を虐めるのは止めて下さい。」
見かねたアキトがヤクモを止めにかかる。
「虐めるだなんてそんな…、人聞きの悪い事仰らないで下さいよ、アキト様。」
ヤクモは悪戯がバレた子供のような顔をした。
「はあ…、全く、平常運転ですねヤクモさんは。さあ、シルバーナ様、時間が惜しいです。少しでも長く休む為にも、早く行きましょう。」
「あ、ああはい、すみません…。」
「シルバーナ様は何も悪く有りませんよ、ですから謝らないで下さい…。」
アキトが悲しそうな顔をしたため、シルバーナは慌てて元気な風を装う。
「わ、私は大丈夫です!さあ、早く行きましょう!」
「ああ、シルバーナ様、僕も行きますから!」
シルバーナは率先してログハウスに向かい、アキトはシルバーナが一人にならないように急いで追いかけた。
「いやあ、お見事でした。流石はヤクモさんですねぇ。」
アキト達が離れると、キツネがヤクモに話しかけてきた。その顔は『我が意を得たり』といった風ににこやかであった。
「…はて、何のことでしょう?」
「アキト君を元気付けてくれた事ですよ。私はどうも、人を励ます事は苦手らしいですねぇ。」
キツネは両腕を広げ、やれやれといったポーズを取る。
「キツネ様には似つかわしくない行為ですからね。それも当然でしょう。」
「辛辣ですねぇ…。あなたも人の事言えないでしょうに。ところで、尋常じゃない驚きようでしたが、シルバーナ様に何言ったのですか?まあ、ある程度は察せますが。」
「ふふふっ、シルバーナ様は良い反応をなさるので、ついつい…。」
「はあ…、本当にぶれない方だ…。」
キツネは大きなため息を一つついた。
ログハウスに着いたアキト達は、早速戸を開ける。中は広く、ヤクモの言った通りの大きなベッドが2つあった。布団はふかふかで、辺りには木の良い匂いが立ち込めていた。
「流石ですね…、ここまでとは…。これなら疲れが取れそうです。シルバーナ様、休みましょう。
どちらのベッドが良いですか?僕は余った方を使います。」
「あ…、アキト様…、少し、よろしいでしょうか…?」
「はい、何でしょうか?」
シルバーナは深呼吸して息を整え、意を決して口を開く。
「わ…、私と一緒にぃ!ね、寝て頂けませんでしょうか…?」
彼女の声は最初は大きかったが、次第に勢いを無くし小さくなっていった。
(ああ…、そうですよね…。ルビィは今、とても不安なんですね…。敵ではない誰かが側にいた方が、安心して休めると言うものです。配慮が足りませんでした。)
アキトはシルバーナを元気付けようと決意した。
「あの…、やっぱり…、駄目ですよね…。」
「そんな事は有りませんよ。僕なんかで宜しければ、幾らでもご一緒致します。ですが本当に僕で宜しいのですか?」
「はい!勿論です!是非お願いします!」
アキトはシルバーナが元気になったのを見て安堵した。
(やはり一人で居るのが不安なんですね。僕なんかでは余り安心出来ないかも知れませんが、せめてしっかり抱きしめて差し上げましょう。)
(あああああアキト様と、いいいい一緒に、ひ、一つのベッドでえええええ!!)
そしてシルバーナは恐る恐るベッドに上がり、アキトに向いて正座でお辞儀をした。
「あ、アキト様…、よ、よろしくお願いします…。」
「はい、シルバーナ様。」
そしてアキトはシルバーナを優しく抱きかかえ、しっかり抱きしめながら布団に入る。
(ああああアキト様!そんなに密着されては!は、恥ずかしくてどうにかなりそうですぅ!)
シルバーナは緊張の余り小刻みに震える。
(可哀想に…、こんなに震えて…。大丈夫ですよルビィ、僕は何があってもあなたを守りますからね…。)
アキトは優しくシルバーナを抱きしめながら頭を撫で、微笑んだ。シルバーナはアキトの笑みを見て、正常な思考が出来なくなる。
(…もう、どうにかなってもいいかも…知れません…。)
開き直ったシルバーナは、思い切りアキトに抱き付き、匂いを嗅ぎ、体温を感じ、鼓動を聞いて、アキトの全てを感じとろうとした。
(はあ…、全然体は休めそうに有りませんが、幸せなのでこれで良いです…。)
シルバーナはうっとりしながら、アキトの腕の中の感触を楽しんでいた。
しばらくすると、アキトの腕の中から小さな寝息が聞こえて来た。先ほどまで興奮していたシルバーナであったが、あれからすぐに寝付き、今はとても幸せそうな寝顔を見せていた。
(良かった…。なんとか寝る事が出来たようです。もしかしたら、不安の余り休めないのではと考えていましたが、杞憂だったようですね…。それにしても、可愛い寝顔ですね…。願わくば、これからルビィが安心して生きていけるように、いつまでもこの寝顔のように安らかな生活を営めますように…。)
アキトはシルバーナの幸福を願い、自身もまた眠りについた。
「ふむ…どうやら無事に寝れた様ですね。」
ヤクモは木を通してアキト達の様子を窺っていた。
「おやおや、覗きとは関心しませんが、便利ですねぇ。ヤクモさんの導術は。」
近くに居たキツネはヤクモの言葉に反応した。
「失礼ですね。私をキツネ様と一緒になさらないで下さい。」
「私がそんな事する訳ないじゃ有りませんか!それにしても、いくら疲れているとはいえ、良くぐっすり寝られましたね。不安や別のナニカで寝られないのでは無いか心配だったのですよ。」
キツネの感心するような声にヤクモは答える。
「ええ、あの家の中には、睡眠を誘い体を回復する気体を放出する植物を、観賞用として置いてましたからね。しっかり深い眠りにつけますし、疲労回復も見込めますよ。」
「なるほど流石ですね。ところで、その植物は媚薬や興奮剤を放つ事は可能ですか?」
キツネは悪い顔をする。
「可能では在りますが、アキト様達に何をさせるおつもりですか?」
「そんなの、言わなくてもわかるでしょう?」
「休むのが目的なのに疲れさせてどうするのですか。それにシルバーナ様が相手では、アキト様は小児性愛者になってしまいますよ。まあ、それならそれで、面白いから私的には有りですが。」
「あ…有りなんですか…。」
キツネは、我が道を行くヤクモをある意味で尊敬した。




