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カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
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第29話

エミリオは、一階の階段近くにいた。

彼の近くには怪我をして血を流し、痛みを必死に堪える特殊部隊員達がいた。


「そろそろ時間か…。」


苦しみ呻く隊員達を一瞥し、一人に狙いを定める。


「悪く思うな…。」

「…謝る位なら最初からこんな事をするべきでは無いぞ。」


隊員は覚悟を決めた目をしていた。見ると、他の隊員達も皆同じ目をしていた。エミリオは、亜人であろうと死の間際まで強い瞳でいられるこの人々を、心から尊敬した。そして、せめて痛みは少なく済むように、一撃で終わらせようと剣に導術を纏わせ、大きく振りかぶる。


「…さらば!」

「待て!!」


上から聞こえる声に、部隊員達は皆動揺し、階段の上を見る。ただ一人、エミリオだけは、長年待ち望んだ宿敵を見つけたかの様に、目や歯をむき出しにした怒りとも喜びともつかない顔でゆっくりと振り向いた。


「待ちくたびれたぞ?盗賊。」


階段の上から、肩で息をするアキトと、それを支えるシルバーナがゆっくりと降りてくるのが見えた。


「ハア、ハア、その人達に手を出さないで下さい。」

「盗賊がぁ!俺に指図するなぁあああ!」


エミリオの大きな声が辺りに響く。しかしアキトは動じず、息を整えながらゆっくりと階段を降りきる。


「フゥ、…わかりました。」

「ハァ、ハァ、最初から、そう素直であれば良いのだ。二度も神聖な決闘を汚したその罪、ここで存分に償わせてやろう…。」


そう言うと、剣を隊員の首に当てる。


「先ずは人質交換と行こう、姫様を返して貰おうか。勿論、姫様に施した呪いも解け。」

「…アキト様。」

「…大丈夫です。」


アキトはシルバーナとの契約を解き、ゆっくりエミリオの元に送る。


「姫様!ご無事でしたか!」

「…私は無事です。それよりも、早く人質を解放して下さいませんか?この方達が苦しんでいるのが、みていられ無いのです…。」


涙ながらに上目遣いに優しい姫を演じる。


「おお!なんと心お優しきお方!亜人共にすら心をお砕きになられるとは、その御心は大海よりも広く、その慈悲は深海よりも深いのですね!

ご安心下さい。ここに居る者達は皆亜人にしては気骨ある騎士達。国に忠誠を誓い、死を覚悟しても尚気高き心を保つ真の騎士。あの卑怯な盗賊などと比べるべくも有りません!ですので、殺すのは私としても偲びありませんでした…。お望み通り、解放致しましょう。姫様。」

「まあ!ありがとうございます!エミリオ様!あなた様こそ騎士の中の騎士!その人徳は大空よりも大きいのですね…。」


シルバーナは、アキトを侮蔑するエミリオに内心かなり苛立ちながら、顔はまるで頼もしい騎士にうっとりとする姫のように演じていた。顔が赤くなっているのは、惚れたためでなく怒りからだった。しかしそんな事に気付かないエミリオは気を良くし、廊下の入り口側を向いて叫ぶ。


「おい!聞いているか!これから此処に来るのを許す!この騎士達を助けるが良い!」


すると、入り口側で様子見していた警官達は急ぎ救急隊を連れて来て、負傷した隊員達を連れて行った。隊員達は皆アキトに申し訳なさそうにしており、アキトは優しい目で“気にしないで下さい”と伝えた。


ふと、アキトが入り口側を見ると、キツネがいた。彼は笑っていた。

しかしアキトにはわかっていた。彼は怒っている。非合理的で、努力を水泡に帰すような、そんな事をアキトはしたから。

だから、アキトは笑った。キツネに向かって笑った。ありがとうと、そう伝わるようにただ微笑んだ。

キツネは、まるで狐に摘まれたような顔をして、アキトを見た。その顔が本当におかしくて、アキトは笑った。キツネはやれやれと言った風に被りを振り、口を小さく動かした。


『アキト君のやりたいようにやってみなさい。』


その声は聞こえなかった。しかし、アキトにはそんな風に聞こえた気がした。そして深々とお辞儀した。顔を上げると、そこにキツネはいなかった。


「何をしている?この盗賊が。」


アキトは後ろから聞こえる声に、ゆっくりと振り向いた。


「僕の為に頑張ってくれている人達に、お礼をしていたのですよ。」


アキトは真正面からエミリオを見る。


「フン!お前の本性が詐欺師の盗賊だとわかっていたなら、彼らもお前を助けになど来ず、傷付くことは無かった。これは全てお前のせいだ。」


シルバーナは悔しさに手を強く握る。それでも架空の姫を演じ続ける。滑稽にも必死に、薄っぺらい笑顔を貼り付ける。アキトの為に立つのならと、ひたむきにただひたすらに、自分の心に嘘をつく。


(ルビィ…。ごめんなさい…。)


アキトも無表情の仮面を付けながら、悔しくて奥歯を噛む。シルバーナに嘘の笑顔を貼り付けたその張本人たる自分自身が、情けなくて不甲斐なくて、自然に自嘲の笑みがこぼれ落ちた。


「何を笑っている?今度は何を企んでいる!」


エミリオはアキトの不自然で不気味な笑い方に、何か企んでいるのではと勘ぐる。アキトは顔に触れ、初めて自分が笑っている事に気付く。


「ああ、いえ、あなたが言った『詐欺師』と言う言葉に、少し納得していただけです…。」


シルバーナを守ると誓ったのに、そんな彼女を危険な目に遭わせている。これを詐欺師と言わずに何という。そんな思いが起き上がる。


「フフフ、ハハハハ、ハーッハッハッハ!ついに認めたな盗賊よ!姫様、ご覧下さい!あの詐欺師の無様な姿を!これであなた様が騙されていたとお分かりでしょう!」

「…え、ええ…。そ、そうですわね…。」


シルバーナは悔しさに涙ぐんでいた。例え嘘でも演技でも、勝つために必要なのだとしても、大好きな人を罵る事に賛同する、そんな自分が嫌だった。そのために、演技は不自然な物になってしまう。


「ククククッ!さあ!私の後ろにお下がり下さい姫様!これよりあなた様を誘惑し騙し拐かした狡猾な盗賊を、見事討ち果たしてご覧に入れましょう!」


しかしエミリオは気付かない。シルバーナの涙も、盗賊に騙されていた事に対する悔し涙だと都合良く判断していた。

物語の中の騎士になりきり、シルバーナは自分の姫となったと思い込み、後はアキトを打ち倒して悠々と脱出するのみと、勝手にシナリオを描いて満足していた。


(…良いですよ。あなたがそんなに僕を盗賊にしたいのなら、なってあげますよ。あなたから愛しの姫を盗み去る盗賊に…。)


アキトはエミリオに恨みは無い。しかし、彼の思う通りにはさせる気はさらさら無い。

アキトは強欲である。欲しい物は何でも欲しがる。その為ならば、騙しもする、不意打ちもする、狐の手すらも借りる男である。

だからアキトは躊躇わない、目の前に有る欲しい物を、必ず手に入れるために。


「では行くぞ!名乗りは不要だ!一撃で葬り去ってくれる!」


エミリオは詠唱し、剣と鎧に導術を纏う。アキトはコウガからもらった丸い盾を左手に召喚し、真正面に構える。


「クハッハッハッハッハ!何だその粗末な盾は!そんな物で私の剣を防げると思ったのか?」


エミリオはアキトが構える盾を見て勝利を確信する。


「これはコウガ先生から頂いた大事なものです。悪口は止めて下さい。」


アキトはコウガの事を馬鹿にされたように思えて、少しだけ感情的になる。


「クフフッ!そうか、コウガ殿のか、これは失礼。だがまあ、どんな盾を用意しても、私の剣に斬れない物は無いのだから、大差は無い。」

「僕の方の武器はあなたに効かず、あなたの武器を防ぐ手だてはこちらに無い。これは少し、正々堂々の騎士道精神から外れるのでは?」


アキトは、装備の差の不公平をエミリオに訴える。


「おおっと、そうはいかんぞ盗賊。そうやって私に勝てるように持って行くつもりなのだろう?言っておくが、これは騎士同士の決闘では無い。騎士が盗賊を征伐する戦いだ。装備に不公平があるのは当然であろう?」


アキトはエミリオの屁理屈に、ただただ無表情に呆れる。


「それに、貴様の師であるコウガ殿も言っていたぞ?『戦場とは、騎士道とは程遠く、卑怯と暴虐に満ちた物である』とな。恨むなら、そんな場所に引きずり出されるような事をした、過去の愚かな己を恨むが良い!」

「…そうですか、コウガ先生が…。良くわかりました…。」


アキトの顔は、盾に隠れて見えなかったが、横から見れば、アキトが薄く笑っているのがわかっただろう。


「さてと、では宣言通り一撃で葬ってやろう。その盾ごとな。」

「できるものなら、どうぞ、やってみて下さい。」

「フン!吠えたな盗賊め!望み通りにしてやろう!」


アキトはシルバーナに目配せする。シルバーナは覚悟を決めた目をしていた。


(今まで、私は足手まといでした…。しかし、今度こそ私はアキト様の役に立ちたい!)


シルバーナはアキトに召喚され頼られた時、心の底から喜びが溢れてきた。

そして、自分の力が初めて、大好きな人の役に立つのでは無いかと期待していた。

それが今だと彼女は感じ、集中する。彼女の目は、大好きな人を見つめていた。


「行くぞお!盗賊めがああああ!」


エミリオはすました顔のアキト目掛け、一気に距離を詰めてきた。逃がさないためである。

アキトは盾で頭を隠す。もちろん逃げる気なんて欠片も無い。


「これで終わりだあああああああ!」


エミリオの刃は真上から真っ直ぐにアキトに振り下ろされ、アキトの体を真っ二つに、


「ッ!? 」


出来なかった。

エミリオの必殺の剣は、コウガの盾に傷一つ与えられなかった。


「があっ!?」


エミリオは腹部に激しい痛みを感じた。同時に全身の導子が上手く動かせない感覚に陥った。

思わず剣を落としてしまい、落ちた剣はアキトに蹴られエミリオの後ろ側、シルバーナの方向へ滑って行く。激痛の場所を見やると、全てを避ける風の鎧を突き抜けて、華やかで綺麗な鎧の隙間を縫って、そこに深々と黒い刃のナイフが突き立っていた。


「な…、これは…、呪毒付の…、忌まわしきナイフ…!」


アキトはコウガを転送する際、コウガから『呪毒、縁絶鋼』と短く伝えられ、コウガに刺さった物の正体を察した。


そして、コウガを転送した際に、所有権が無い為に、また導術を無効化する為にその場に残されたナイフを、アキトは隠し持ち運んでいた。そして盾を召喚した時、盾に隠して構えていたのである。


縁絶鋼の効果で風の鎧を突き抜け、呪毒の効果でエミリオの導術を封じる。正にアキトにとってこれ以上ない必殺の剣であった。


「しかし…、何故…、私の剣を…。」


ナイフの導術無効化効果は、接触部位にしか効果が無いほど純度が低い。故に、最初のエミリオの必殺剣を盾で防ぐ事は不可能であった。


「しかし…あの感覚…、剣を振り下ろす一瞬、剣から導子が後ろに抜けたような…。まさか!」


エミリオはシルバーナを見やる。その形相は凄まじい物であった。


「あなた様が…、いや、貴様がやったのか!この悪魔めがああああ!」


エミリオは、自身の必殺剣を無効化した犯人であるシルバーナを睨み付け、叫んだ。


シルバーナは呪われた子である。生まれつき山羊型導族にしては白く、気味悪がられていた。加えて、導族としての誇りである導術が、ただ一つを除き使えなかったのだ。


呪導術・導子引導。導術の導子を奪い、自分または他の物に移す事が出来る導術である。


通常は奪う導子の量が少なく、また速度も遅いために、余り実用的ではないとされる。しかし、シルバーナのそれは、瞬時にして目的導術を無効化する程の速さと強さを兼ね備えていた。まさに、対『導術』専用の防御支援技である。


しかし、導族の誇りである導術を無効化してしまうと言う事が明るみになれば、蔑まれ目の敵にされる可能性が高かった。シルバーナを育てたフェルミ家こそ、彼女を軽蔑せず愛を以て接して来たが、それ以外では決してその導術を使う事はなかった。家族までまとめて差別の対象となるからだ。(大貴族であるフェルミ家の人間に対して露骨に嫌がらせはされないだろうが、陰口を叩かれる位の事はあり得る。)


義理の家族からは『そんなことは気にしない、好きにして良いよ。』と暖かい言葉を貰っていたが、その優しさが返って彼女自身を頑なにさせた。彼女も家族が大好きであるため、その家族が自分のせいで悪く言われるのが堪らなく嫌だった。従って、今までは導術が全く使えないと、家族以外の人物にはそう伝えて生きて来たのである。(導術が使えない事は、落ちこぼれだと見下されこそすれ、憎まれる程ではなかった。)


「はい…、私があなたの剣に纏った導術を打ち消しました。」


そんな状況で育った彼女であったため、今まで家族以外の導族にひた隠しにして来た忌まわしき事実を、今回家族以外の導族に初めて明らかにした。『誇りある導族』と宣いながら、その肝心の誇りである導術をひた隠しにしなければならず、どの口が言うのかと自己嫌悪に陥りながら耐えてきた。その努力と忍耐の成果である嘘の自分を、今回初めて壊したのである。


(あれ…思ったより大丈夫…。)


シルバーナは、自分が予想していたよりも動揺していない事に気付く。悪魔と呼ばれ、憎しみの目を同朋から向けられても、心には平然としていた。


(きっと…アキト様のお陰…。)


シルバーナはアキトに自分の秘密を告げる間際、非常に迷っていた。事実を知ってアキトが自分を嫌いにならないか。または、必要ないと言われ拒否されないか。そんな不安が渦巻いて、シルバーナを躊躇させた。しかし、シルバーナは打ち明けた。アキトの助けとなる可能性があるのなら、例え嫌われても構わない。そんな思いが勝ったからだ。


(あの時、アキト様に打ち明けて本当に良かった…。)


そして、シルバーナの一世一代の告白は、あっけない程簡単に受け入れられた。アキトは嫌う素振りは欠片も無く、シルバーナは自分の心配は杞憂と知った。それどころか自分の力が必要だと言ってくれて、天にも登る気持ちであった。


(今なら、きっと、この力に感謝できます。大嫌いだった自分を、少しだけ好きになれます。)


そして、シルバーナは自分の力で大好きな人を助けた。今まで足手まといだった自分が初めて役に立った。その真実が、彼女の呪われた力という事実を塗りつぶし、彼女に自信を与えた。今まで自己嫌悪し続けた無色な自分が、今では少しだけ色付いたように思えた。


(アキト様…、本当に、本当に…、ありがとう…ございます!)


シルバーナは潤んだ瞳でアキトを見つめる。アキトはそれに気付くと、エミリオに向けていた無表情な顔に、優しい色を付けて彼女を見つめ返した。シルバーナは全身が赤くなり、体温が高く、鼓動は苦しい程に速くなる。エミリオの言葉など、全く覚えてなどいなかった。


「この…、私を騙していたのかぁ!そうか!貴様だな盗賊!私の姫を悪魔と取り替えたな!どこに隠した!返せ!この卑怯者めがぁ!」


シルバーナが忌み嫌われる力を持っていた事で、エミリオの理想の姫像は脆くも崩れ去り、居もしない本物の姫を探しわめき散らす。


「どこに居られるのですか!姫様!」


エミリオにとっては、自らの英雄物語の為には“姫”は大切な要素である。その姫が“悪魔”であっては、その悪魔の為に戦う自分は騎士ではなく、ただの“道化”として笑われてしまうのみである。姫が自らを慕い幸せになるにせよ悲劇的に死ぬにせよ、“本物”である事が彼には必要であった。


(…本当にくだらない…。)


アキトは無様に喚く目の前の男に、ただ憐れみの情を抱くのみであった。アキトは気付いていた。エミリオは、本当は気付いている事に。自らが認め、慕い、騎士にして貰おうとした姫が、本当は彼の言う“悪魔”である事を知って、その道化な行動を無かった事にする為に嘘を重ねている事に。しかし、その行動こそがまさに“道化であることに、エミリオは気付かなかった。


「…“あなたにとって”の姫ならば、確かにこの場にはいませんね…。」


アキトは盾を構えつつ召喚した銃で、油断無くエミリオを狙いつつ、小さく呟いた。


「そうか!やはりそうか!フハハ!貴様のような卑怯者が大人しく姫を渡す筈が無かったのだ!」


エミリオはアキトの皮肉を自分の都合の良いように解釈した。そしてアキトをただただ詰る。


「本当に貴様は卑怯だな盗賊!偽物の人質に禁忌の武器、囚人に施すような導術を用いてまでして、そこまでして勝利が欲しいか!」

「ええ…、欲しいですね。それに僕は盗賊ですから、卑怯な手だって使いますよ。加えて僕の師であるコウガ先生は言っています。『戦場とは、騎士道とは程遠い、卑怯と暴虐に満ちた物である』と。」

「おのれ…、このクソ盗賊がぁ…!絶対に後悔させてやるからなぁ!」


エミリオはアキトを睨み付け、悔しそうに歯軋りする。アキトは興味無さそうに受け流し、エミリオに向かう。


「さあ、もうすぐ仲間が来ますので、ここで大人しくしていて下さい。少しでも抵抗すれば手足を撃ちますので。」


アキトはエミリオの行動に注視した。少しの動きも見逃さないように集中した。


…それ故に、アキトの意識に隙間が出来てしまった。


「きゃあ!?」


アキトが異変に気付いた時には既に遅く、シルバーナが男に捕らえられ、首にナイフが当てられている光景を目の当たりにする。


「密偵ですか!まだいたのですか!」


その男は事件の取材に来ていたマスコミの一人であった。


(報道機関にわざわざ情報を漏らしたのは、密偵を紛れ込ませる為の人集めも目的でしたか…!)


アキトはシルバーナを連れてエミリオの元へ行く前に、一度急ぎ屋上に出ており、そこにあったヘリコプターには導族がいなかったため、もはや仲間は居ない物と考えていた。事実、“導族”の仲間はもう居なかった。全てアキト達に捕まるか撤退させられていた。


「少しでも怪しい動きをすれば、この娘を殺す。」

「アキト様!どうか私に構わず!」

「うるさい!」

「かはっ!?」


抵抗しようとしたシルバーナは男に頬を殴られ、口から血を流す。


「わかりました!わかりましたからその方に手を出さないで下さい!」


アキトは急ぎ武器を転送して、両手を頭の後ろに回す。


「クフッ、クハハハハハ!形成逆転だな盗賊!どうした?仲間の悪魔を質に取られて手も出せないか!?フン!いい気味だな。オラァ!」

「がはっ!?」

「アキト様ァ!」


アキトはエミリオに思い切り腹部を蹴られて転がる。


「ぐっ!腹の傷に響く!だが少し気が晴れた。忌々しいナイフだが、出血を抑える為には抜かない方が良いか…。」


エミリオは傷を庇いながら、仲間の男から投げられた剣を拾い上げる。


「貴様を殺してやろう。抵抗するなよ?すれば悪魔を殺すからな。」

「……わかり、ました…。」


アキトは悔しそうに歯を噛む。エミリオはそんなアキトの様子に満足する。


「クフハハハハ!見よ!正義は最後には必ず勝つのだ!悪は大人しく滅ぼされていれば良いのだ!」


エミリオは無抵抗なアキトの目の前に立ち、剣を振り上げる。


「お止めなさい!この痴れ者め!」

「…何だと…!?」


廊下に響き渡る威厳ある声にエミリオは反応する。


「痴れ者と言ったのです!人質を取り、無抵抗で無実な相手を殺そうとするのに、何が正義ですか!恥を知りなさい!」

(駄目ですルビィ!挑発しては!)

「黙れ黙れェ!この悪魔めが!姫様の振りをするなァ!」


エミリオは自分が非難された事よりも、自分が悪魔の為に戦っていたという事を思い知らされて、激しくプライドを傷つける。


「そんなに早く死にたいのか!良いだろう!お前から、俺自ら殺してやる!」


エミリオは激怒し、アキトに背を向けシルバーナに向かう。


(僕がまだ動けるのに、先にルビィを攻撃するのですか!?)


アキトは、エミリオの非合理的で後先考えない行動には予想外だったらしく、反応が遅れる。


「アキト様!今ですお逃げを!」


アキトがシルバーナの声に彼女を見ると、彼女は彼に微笑む。その目は『ありがとう』と言っていた。


アキトの脳裏にかつての情景が浮かぶ。

自らの血まみれの手、泣き叫ぶ赤子、自分にお礼を述べる少女の優しい顔。

悔やんでも悔やみ切れない過去の無力な自分への嫌悪感が、アキトの心を支配する。


(ダメだ…ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだあァァァァァァ!)


アキトは引きちぎれんばかりに、長い後ろ髪を引っ張り、離す。

痛みが頭を支配して、未だに冷静な自らの理性をひっぱたく。

後ろに引っ張る力が無くなると、弾かれたように前に飛び出す。


「うああああああああああ!」


射線上付近にシルバーナがいる上、狙う時間も無いために銃は使えない。

それよりも一刻も早くエミリオに追い付いて止めつつ、続けてマスコミ風の男を倒さねばならない。無謀だと理性は告げる。しかしアキトは無視して無策に走る。


(絶対!助ける!)


ただその心からの願いだけが走っていた。



エミリオは傷を庇いながらの為、足は遅かったが、それでももうすぐシルバーナに辿り着く。取材班風の男は、エミリオに向かってシルバーナを投げ、それを見たエミリオは剣を振りかぶる。


「間に、合えエエエエアアアアア!」

「貴様も、いい加減ウザイんだよ!クソがアアアアア!」


エミリオは剣を振り上げたまま体を右に半回転させ、そのままアキトに向けて剣を振り下ろす。

後ろから追い掛けて来るアキトの意表を突こうとした攻撃であった。しかし、傷を庇いながらの為か、コウガと戦った時程の速度も力もなかった。


(…寧ろ好都合です!)


アキトは盾を召喚しながら右斜め前にジャンプする。エミリオの剣を盾の表面で滑らせ、振り抜かせる。


「舐めるなァ!」


エミリオは返す剣でアキトを斬ろうとしたが、それよりも早く、盾を捨てたアキトの体当たりがエミリオを襲う。


「ごあはっ!」


アキトはエミリオの左足を取りつつ、左肩で腹部に突撃、勢いそのままにエミリオと共に転がる。


「うがあ!」


エミリオの腹部のナイフがアキトの体当たりにより更に深く入ったらしく、痛みの余り叫ぶ。アキトは転がりながら体勢を整え、マスコミ風の男に突撃する。


「この野郎!人質がどうなってもいいんだな!?」


マスコミ風の男が手に持つナイフでシルバーナに斬りかかる。


(ルビィから離れてくれた事には感謝しますよ!)


アキトは男より一瞬早くシルバーナに辿り着き、彼女を抱え庇いながら盾を召喚し、男のナイフを受ける。


「つうっ!?」


アキトを思い切りナイフで刺そうとしたため、突然現れた盾を切りつけてしまい、腕が弾かれる。


「死ねええええ!盗賊がああああ!」

(まさか!こんなに早く復帰するなんて!)


アキトが振り向くと、目を充血させ、鬼の形相で襲い掛かってくるエミリオがいた。痛みの為しばらくは動けないはずと予想していたアキトは、完全に不意を突かれてしまう。


マスコミ風の男も未だ健在で、もう体勢を立て直している。2人に挟み撃ちされれば、シルバーナを守り切れない。


(どうすれば…)


アキトは一瞬、腕の中で縮こまる美しい少女を見る。この子を守るためならば…


「ッ!アキト様!?」


アキトはシルバーナに被るようにコウガの甲冑を召喚、彼女を装甲で纏い、凶刃から守る様にする。そして盾を転送、二丁の拳銃を両手に召喚し2人に狙いを付ける。


「イヤァアアアアアアアア!」


シルバーナは、アキトが差し違えてでも2人を倒し、自分を救おうとしている事を察し、そんな事はして欲しく無いと叫び、アキトにすがりつく。


(どうか幸せになって下さい…。)


アキトは重くて大きな甲冑に守られたシルバーナに申し訳無さそうに微笑んだ。そして、勝利を確信し、喜悦に歪んだエミリオの顔を無表情に見つめた。


エミリオの凶刃が前からアキトの首を狙い、マスコミ風の男のナイフが背後からアキトの心臓を狙う。アキトは冷静にその様子を見つめながら、銃の狙いをつける。


(あなた方も道連れです。)


そして、まさにアキトの命が刈り取られそうになった時、


『ンッフッフッフッフッフ。』


聞こえないはずの笑い声が、キツネの嘲笑うかの様な声が、アキトには聞こえたような気がした。


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