第23話
シルバーナは一瞬にして消え去った。シラサギはその事実にしばらく唖然としていたが、やがて一つの可能性に思い至る。
「まさか…、あの小僧…。」
それはアキトの転移導術であった。転移導術を用いれば、この場から一瞬にして移動することが可能である。
「しかし、どうやって…。まさかあの装置壊れていたのか…。」
シラサギや部下達は一様に黙り、思案を巡らせた。と、その時シラサギの携帯に着信があった。
「誰だ?こんな時に!」
シラサギが携帯を見ると、知らない番号であった。恐る恐る電話に出ると、向こう側から聞き慣れた、聞きたくもない声が聴こえてきた。
「こんばんは。私、外務事務官のキツネ・イズナと申します。シラサギ情報官殿の携帯で宜しいでしょうか?ンッフッフッフッフ。」
「き、貴様か、腹黒狐!貴様がこれをやったのか!?」
「これ、とは何の事でしょうねぇ。」
キツネは態とらしくしらを切る。その声にシラサギは益々腹を立てる。
「惚けるな!!アビス王国の貴族を会見会場に護送しようとしたのに、あのクソガキの導術であの娘を奪っただろうが!」
「おやおや、シルバーナ様の転移契約はあなたが解約させたではありませんか。」
キツネは、その様な事は出来るはずがないと返すが、シラサギは聞く耳を持たない。
「貴様が何か細工をしたのは間違い無い!一体どうやった!」
「それは私にはわかりませんねぇ。言ったでしょう?私は何も手出ししないって。転移に関しては本当にわからないのですよ。」
シラサギは、キツネと話すのは時間の無駄だと悟る。
「そんな事はこの際どうでもいい!それよりも一体何のつもりだ。これは重大な裏切り行為だ。そこで待っていろ、すぐ捕まえてやる!」
「裏切り行為、ねぇ…。」
すると電話の声の主が変わった。そこから聞こえてくるのはシラサギと会話をする感じの声ではなかった。
『な、何をするのですか!』
『うるさい黙れ!魔族のスパイめ!』
そのやりとりには覚えがあった。シラサギの顔から血の気が引く。
「なぜ…、確かに盗聴器らしきものは小娘から除去したはず…。」
「何故それだけしか盗聴器が無いと言い切れるのですか?」
「…まさか!」
シラサギの頭に最悪の予想が浮かぶ。
「ええ、その車の中にもう一つ仕掛けてあります。」
「そんな馬鹿な…!だが、この車は特別なカードキーを持たない者が近付けば警報が鳴る筈だ!それに車内カメラで見張っていたが車に何か細工をする様子はなく、車に近付く怪しい奴もいなかった!更に我々は複数台の車で来て、屋敷から出発する時ランダムでどの車に乗るかその場で決めたのだ。私の乗る車か分かる筈が無い!」
「案外頭悪いんですねぇ。何でカードキーを持つ『車の整備士』が『最初』から『車全て』に盗聴器を仕掛けて居たと思わないのですか?」
シラサギは絶句する。自分は最初から嵌められていたのだと漸く気付く。
「貴様まさかスパイを…。」
「ええ、あなた方が怪しい動きをし始めていた頃から、潜入させて細工をして頂いてました。
いやぁ、全ての車に盗聴器を仕掛けるのは苦労したと愚痴を零していましたよ。」
シラサギは引いていた血の気が一気に戻り、怒りで血管が切れそうな程に顔が真っ赤に染まる。
「上手く証拠を隠滅したりして、なかなか尻尾を掴ませないのは見事でしたが、詰めを誤りましたねぇ。先ほどの発信機も発見した際、喜んでしまい他に盗聴器が仕掛けられている可能性にまで思慮が至らなかった。」
「貴様…!」
「いやあ、見事な悪役っぷり。聞いていて実に腹が立ちました。さぞかし、マスコミ受けが良いでしょうねぇ。感謝致しますよ?お陰様で貴重な証拠が取れましたし、芋づる式に他の方まで捕らえることができますからねぇ。」
その言葉を聞いてシラサギは再び顔が真っ青になる。先ほど調子に乗って色々余計なことまで喋り過ぎたことを思い出したのだ。
「ああ、ちなみに、あなたが返した部下が“お客様”を連れて何故か舞い戻って来ましたので、ヤクモさんと“お話”して頂いた所、気を良くしたのか“色々”喋って下さいましたよ。いやあ、あなたも人の事腹黒と言えない位“真っ黒”じゃないですか。」
「貴様まさか…自分の部下を使って私の部下を捕らえ、尋問を…。」
シラサギは、部下の体調を気遣った事が裏目に出てしまった事に頭を抱える。
「これもまた貴重な証言として存分に活用させて頂きますので。」
「ま…、待て!落ち着いて話合おう。要求は何だ?地位か?金か?私が出来ることなら何でもするから…。頼む!この通りだ!助けてくれぇ!」
必死に電話で懇願するシラサギの耳に聞こえてきたのは、白々しい感謝であった。
「いやぁ、本当に『ありがとうございました』。また機会が有りましたら会うこともあるでしょう。それではご機嫌よう、さようなら。ンッフッフッフッフ。」
悪魔の嘲笑がシラサギの心を芯まで凍らせたまま、電話は切られた。
「クソォ!」
シラサギは電話を叩きつけた。
「クソクソクソクソクソクソクソクソクソがああああああ!」
シラサギは駄々っ子のように地団太を踏み、携帯を踏み潰した。
「情報官殿!落ち着いて下さい!」
「ぐっ!そうだな。暴れても仕方ねぇ。それより次の手だ。」
一度は怒りに我を忘れたシラサギだったが、部下の言葉に冷静になった。そして車を降りて離れ、盗聴されないようにして部下に伝えた。
「屋敷付近に駐留させている別動部隊に通達!付近の通信を遮断してキツネがどこかに連絡する前に奴を捕らえろ!最悪殺しても構わん!」
「奴以外の人間はどうしましょう?」
「決まっている、殺せ!暗殺者と内通していたとか、暗殺者に襲撃されて死んだとか、理由は後でどうとでもできる!死人に口無しだ。生きて他人に合わせるな!娘は出来れば捕らえろ、だが無理なら殺せ!」
「…情報官殿…。」
別動部隊に連絡しようとしていた部下が青ざめている。
「どうした!」
「別動部隊の隊長と、連絡が取れません…。」
「クソォ!」
冷静になって考えて見れば、今までずっと盗聴してきたキツネが、別動部隊の存在を知らない筈も、何も手をうたない筈も無かった。
別動部隊が駄目となっては、今から自分達が急ぎ舞い戻っても間に合わない。
「我々は、この後一体どうすれば…。」
「狼狽えるな!」
シラサギは部下と、折れそうな自らの心を叱咤した。
「このまま予定通り暗殺者達と落ち合う。なんとしても奴らを捕らえ、証言させろ。その証言を使えば、少しはこちらの言い分が通るかも知れん。」
シルバーナの件の責任は免れないだろうが、アビス王国と戦争が始めればそんな悠長な事は言っていられず、うやむやにできるかも知れない。そんな事を考えながらシラサギは言った。
シラサギ達は元から暗殺者達と通じていた。両者共戦争を望み、利害が一致したためである。暗殺者達の密偵がシラサギ達に情報を伝える代わりに、シラサギ達がシルバーナを捕らえたら、彼女を引き渡す約束をしていた。また、タウロの逃亡の件にも一枚噛んでおり、暗殺者達に協力することもあった。
しかし、実際はシラサギは欠片も協力する気は無く、シルバーナを捕まえたらスパイ容疑をかけて戦争を始める動機付けに利用するのみで、暗殺者達に引渡すつもりは無かった。さらに言えば、自分達と繋がっていた事実を知る彼らを生かして返す気も毛頭無かった。
「しかし、我々だけで可能でしょうか?」
部下の一人が弱気になる。
シラサギは最初からシルバーナから証言を取った後、彼女を囮として暗殺者達を油断させ、今は捕まってしまった別動部隊と挟撃して暗殺者達を一網打尽にして、自らの手柄の1つにしようと計画していた。しかし、今はシルバーナも別動部隊も使えない。勝率が予定より大幅に下がってしまっている。この状態で暗殺者達に奇襲をかける事はリスクが高かった。
「うるせえ!もう後には引き返せねえんだ!なんとしてもここで手柄を立て、戦争を起こさなければ俺達は終わりなんだよ!いい加減腹括れぇ!」
「くう…、わかりました…。」
もし暗殺者を捕らえ証言を得られたとしても、それで戦争が起こる保証は無く、キツネの証拠による追求から免れる確証も無い。それでも突き進まければならない程に、シラサギは追い詰められていた。
「わかったなら行くぞ。散開した他の奴らに連絡を入れろ。これからこの国を狙う魔族のスパイを狩りに行く!」
シラサギは車に戻りながら、アキト達のいる屋敷の方向の夜空を睨みつける。
「俺はこんな所で終われねえ、終わらせてたまるか。待ってろよ、必ず俺は戻ってくる。あのクソ狐共を必ず血祭りにあげてやる…!」
シラサギ達を乗せた車は夜の闇に溶けるように消えて行った。
一方その頃、学園長の屋敷では、アキトがシルバーナを抱きしめていた。
「すみません!あなたを守るといいながら、あなたを傷つけてしまいました!」
アキトは泣いていた。シルバーナはまだ少し痺れる体を何とか動かし、顔をアキトから離そうとした。
「アキト様、私は、大丈夫ですから…。泣かない、でください…。それより、服が…。」
シルバーナの顔は涙と鼻水で汚れていたがアキトに抱きしめられたため、アキトの服にそれをこすりつけてしまっていた。シルバーナはそれを申し訳なく、また恥ずかしく思っていたが、アキトはそんなのお構いなしであった。
「大丈夫な訳無いでしょう!盗聴器からあなたの悲鳴が聞こえた時、僕はすぐ転移させようと思ったんですよ!どうしてすぐ証言をしなかったのですか!」
アキトの口調はシルバーナを責めるようであったが、その声には純粋な心配の色しか無かった。
シルバーナはそれを感じとり、朗らかに笑う。
「もしもすぐに素直に従ってしまったら、きっと怪しまれると思いました。少し痛い目にあってから従った方が、より真実味がでると思いましたから。それに…」
シルバーナは愛おしそうにアキトの涙を拭う。
「例え嘘だとしても、大好きなアキト様の祖国を侵略したいだなんて、軽々しく言いたく無かったのです。」
「…!、うう…、ルビィ…。」
アキトはシルバーナの気高い心に感動し、再び涙した。シルバーナは暖かいアキトの体に自らの身を寄せ、更に近くにアキトを感じた。
(ああ…、良かった。私、アキト様のお役に立てました…。痛かったけど、アキト様に抱きしめられたらそんなの吹き飛んでしまいました。本当に…、この方に出逢えて良かった…。)
しばらく2人は抱き合っていたが、アキトの後ろから足音が聞こえて来たため彼は振り返る。
「いやぁ、お二人共お熱いですねぇ。見てるこちらが恥ずかしくなりますよ。」
キツネであった。アキトはシルバーナを背後に隠し、キツネを睨む。
「もう、こんな作戦にシルバーナ様を関わらせないで下さい!」
「それは努力しましょう。ただ、保証は出来ませんねぇ。」
キツネの言葉に、更に強く睨むアキト。そんなアキトにキツネは語りかける。
「まあ、なるべくなら危険な目にあって欲しくないというのは、私の思いでもあります。しかし、時には多少のリスクを負ってでも得たいものもある、そんな風にも私は思うのです。あなたもそう思うでしょう?」
アキトは沈黙した。真っ向からキツネを否定することが出来なかったからだ。
アキトはシルバーナが悲鳴を上げた時、急ぎ転移導術を発動させて彼女を逃がそうとしたが、キツネに止められた。重要な証言をまだ得られて居なかったからだ。
しかし、アキトならば制止を振り切り転移導術を使う事も可能であった。だが、それをしなかった。それは、アキトの心はすぐにシルバーナを助けたい衝動に駆られたが、理性ではまだ逃がすべきでは無いと感じていたためである。
証言をシラサギ自身から引き出し、反撃不可能となるまで追い詰めないと、彼がまた権力を用いて復帰し、復讐してくるかも知れないと理性は告げており、心が揺らいでしまったのだ。 結果彼は、キツネにとって理想的なタイミングで彼女を逃がしたのである。
(結局僕は、キツネと同じ人間でした。僕に彼を責める資格はありません…。増してや、ルビィを守るだなんて…おこがましいにも程があります…。)
アキトはシルバーナの方に向き直り、土下座した。突然のアキトの行動にシルバーナは慌てふためく。
「お、お辞め下さいアキト様!アキト様が何故そのような事をなさる必要があるのでしょう!」
「いいえ、僕は謝らなければなりません!僕はあなた様を守ると誓ったのに、その誓いを反故にしました。暗殺者達と同じであなた様を利用しようとしたのです!どうして平然としていられましょうか!どんな罰でも受けます。どうか許して下さい!」
アキトは例え此処で罵られようと、殴られようと構わなかった。それで拒絶されても影から見守り、必ずシルバーナを守り抜くと心に誓っていた。
「お願いですから…、顔を上げて下さい…。」
そんなアキトにかけられた言葉は、涙声であった。
「シルバーナ様!?どうしたのですか?どこか痛いのですか?すみません!すぐに手当てを…。」
「私の方こそ、ごめんなさい…。」
アキトは混乱した、罵倒され殴られることは覚悟していたが、まさか泣いて謝られるとは思わなかったからである。
「わた…しが…、アキト様の…、ヒック、お役に…、立ちたいばかりに…、ウッ、勝手に…、無茶したから…、わた…しの…、せいなのぉ…、ヒック、だから…、あやまらないでぇ…。」
「シルバーナ様…。」
シルバーナは後悔していた。最初からアキトの言った通りシラサギに刃向かう振りをしなければ、痛い目に遭わず、アキトに心配をかけなかった可能性は高い。
それを自分の身勝手な行為によってアキトに心労をかけさせ、追い詰めて自分に謝らせているという状況が、堪らなく嫌だった。
「大丈夫です、大丈夫ですから。」
アキトは自分の行為がシルバーナに自責の念を抱かせてしまった事を深く後悔し、シルバーナを抱き締めて頭を撫でた。しばらくして少し落ち着いたシルバーナはゆっくりとアキトから離れる。
「お見苦しいところをお見せしました。」
「シルバーナ様…。僕の方こそすみません…。」
「ふふっ、じゃあおあいこですね。」
申し訳なさそうに俯くアキトにシルバーナは優しく微笑む。
「そう言えば、私も疑問でしたねぇ。何故シラサギに刃向かったのです?彼は単純ですから、そんな演技をしなくても簡単に信じたでしょうに。」
そんな2人の空気も読まずにキツネが質問を投げかける。
「あれは、その、アキト様の祖国を攻めたいだなんて、言いたくなくて…。」
「どうして?」
「あの…、その…、アキト様に、その…、嫌われるんじゃ、ない、かと…。」
「なるほど、あなたはアキト君に嫌われるんじゃないかと不安で、演技をしたと。」
「う…、は、はい…。」
「あなたは本当にアキト君が大好きなのですねぇ。」
「は…、はうう…。」
シルバーナは顔を真っ赤にしてうずくまる。
「キツネさん!それ以上シルバーナ様を苛めるのは止めて下さい!頼りに出来る味方が数少ないのです。少ない味方を大事に思うのは当たり前でしょう!
大丈夫ですか、シルバーナ様?」
アキトはうずくまるシルバーナを抱き寄せ、顔を覗き込む。
「あ、アキト様!?近っ!近いです!顔が近いですぅ!」
急にアキトの顔が目の前に現れて、シルバーナの心臓は早鐘のように脈打ち、体温は急上昇して正常な思考が出来なくなる。
(ああ…、ああ…。私、どうしちゃったんだろう?とっても苦しいのに…、なんか心地良い…。
もっとアキト様の近くに居たいのに、アキト様の顔を見たいのに、胸が苦しくてできない、でも、なんだかとっても…。)
シルバーナが呆けていると、アキトはきっと疲れてしまったんだろうと思った。
「キツネさん、シルバーナ様はとても疲れているご様子です。会見を明日に引き伸ばせないでしょうか…。」
「それは残念ながら厳しいですねぇ。こういう事はまず何より早さが大事です。遅ければその分心証が悪くなりますから。それに、シルバーナ様なら大丈夫ですよ。あれは疲れて呆けている訳ではありませんから。」
「本当に…大丈夫でしょうか…。」
(私は寧ろ、アキト君の感性が心配ですよ。)
顔はにこやかなまま、キツネは心で呆れた。
やがてコウガとヤクモが、アキト達のいる居間に戻って来た。コウガはリビングアーマーを召喚しており、複数の鎧がその手に軍人を抱えていた。全てシラサギの別動部隊であった。
「“掃除”は終わったようですね。」
「ええ、恙無く。」
キツネとヤクモが不敵な笑みを浮かべる。
「ああ、それと…。」
何かを思い出したらしいヤクモが隣の部屋を開ける。
そこには蔓で縛られた導族がいた。例の暗殺者の一人の蛇男であった。
「何やら天井に潜んでいたので、ついでに捕まえておきました。」
「暗殺者ですか…。」
「はい、どうやらシルバーナ様が召喚される隙を狙っていた様子。」
「それは危なかったですね…。」
「なかなか隠れるのは得意の様ですが、この屋敷の中に入った時点で私には居場所が分かっていましたからね。」
「まあ…、流石としか言いようがありません。」
ヤクモは土導術系統の派生である木導術の使い手である。
この屋敷の木造部分や庭の木は全てヤクモの支配下にあり、思うままに操ることができる。本人いわく『庭師要らず』とのことで、木々は常に最高の状態で保たれている。さらに、屋敷の木の部分も修復が可能である。
また、木の中なら音もなく自由に移動出来、木の側での話声ならその内容を把握することもできる。そして、木の近くに何か不審な人物がいればすぐに気付き、木を操り捕縛することが出来る。まさに文字通り“お庭番”であった。
「この人達は後でしっかり“説教”して情報を話して頂きますのでご安心を。」
そう言うとヤクモは部屋の柱から蔓を伸ばし、暗殺者やシラサギの部下達を奥の部屋の方に押し込めた。
そこは全面板張りの部屋であり、あちらこちらから蔓が伸びてまるで蜘蛛の巣のようであった。
その中に蔓でぐるぐる巻きにされたシラサギの部下が一人、グッタリとした様子で垂れ下がっていた。
「ふふっ、楽しみですね。この人達はどんな声を聞かせてくれるのでしょうか。さっきの人は余り堪え性が無くて、すぐ伸びてしまいましたからね。もう少し歯ごたえがあると私、萌えれるのですが。」
そう言って笑うヤクモの顔は、新しい玩具を買ってもらった子供のウキウキ顔に似ていた。
「あ~、ヤクモさん、くれぐれもお手柔らかにお願いしますよ?」
コウガが頭を抑えて釘を差す。ヤクモが振り返ると、アキトはシルバーナを目隠しして別の部屋に退散し、キツネは笑っていたが幾分か引きつっていた。
「おやこれは失敬。顔に出ていましたか。心配なさらずとも、壊しはしませんよ。ただちょっとの間だけ、植物を見ると恐慌状態に陥るかも知れませんがね。」
「はぁ…、せめて社会復帰出来るようにはして下さい。こんな人達を養う為に税金は使いたくないですからね…。」
「おやおや、なかなかに辛辣なお言葉、ゾクゾクしちゃいますね。」
「辞めて下さい、私はあなた側の人間ではありませんから。」
するとキツネが小さく呟く。
「タウロなどを見ていると、ミノリ殿には充分その素養があると思いますがねぇ。」
「何か言いました…?」
「いえ、何も。」
コウガの冷たい視線に冷や汗をかきつつ、キツネは続ける。
「それより、この人達を保管したら、居間に行きましょう。アキト君達も交えて、これからについて話が有りますので。」
キツネの言葉にコウガは頷き、ヤクモは捕縛した人達を大事そうに蔦に絡ませ吊すと、厳重に木の扉を閉めた。
居間に集まったアキト達にキツネは話を始めた。
「さて、とりあえず一段落ですねぇ。先ほどシラサギやその部下から得られた証言を警察に提出しましたので、今頃公安部が動いて調査している筈ですねぇ。これで一先ず内通者の一部を無力化できた訳です。」
「一部…ですか。」
アキトは嘆息した。暗殺者も居るのに、内通者もまだ居るとなればシルバーナは気が抜けない。彼女の精神の疲労が心配だと考え、横で座っているシルバーナを見た。
シルバーナは呆けていた。先ほどアキトに目を塞がれ、耳元にアキトの声が聞こえて来た時、その刺激に頭が真っ白になり、心臓が破裂しそうな程であったが、しばらくして落ち着いて来た時、またあの刺激が欲しいと思ってしまっていた。だけど恥ずかしい為言い出せず、仕方無く妄想の中でアキトに目隠しして貰っていた。
そんなシルバーナがアキトの視線に気付くと、わかるはずが無いのに妄想の内容を知られたような気分になり、背徳心と羞恥心に顔を真っ赤にして俯く。アキトはそんなシルバーナを見て、普通に心配する。
(大分疲れているようですね…。早く安心して眠れるようにしないと…。成長期の過度のストレスは、体の成長に影響しますから、シルバーナ様の健やかな生活の為にも頑張らないと!)
そしてそんなアキトを見て、キツネは呆れて嘆息した。
「まあ、一番影響の強そうな内通者はシラサギでしたので、彼を排除出来たのは大きいですねぇ。」
「他の内通者は…」
「入国審査の担当者と地元警察の内通者は、未だに見つかっていませんが、まあこの人達は余り心配しなくて良いでしょう。」
面の割れた内通者はもはや内通者としての役割を果たさない。彼らは警察が責任持って捕まえてくれるだろうとキツネは言った。
「後は学園側の内通者ですが、ミノリ殿はもう見当がついているのではありませんか?」
「ええ…、私が学園長から連絡を受けた時、学園長は学園の固定電話を使っていました。おそらくそこに盗聴器が仕掛けられていたのでしょう。恐らく事務の方の誰かが細工をした可能性が高いですね。」
「なるほど、学園長とあなたしか知らないアキト君の転移導術の事はそこから漏れましたか。」
「申し訳無いです。あの時はまさか内通者が学園に居るとは私も学園長は思いませんでしたから…。私は学園に居るときはいつも携帯を切っているので、普段学園長は私への連絡に学園の電話を使っているのですよ。」
「それにしても、あの犬も不用心過ぎます。電話でベラベラ喋る内容でも無いでしょうに。」
「返す言葉もありません。」
コウガは申し訳なさそうに答える。その落ち込みようは、大きいコウガの体が、今は小さく縮んでしまったかのような錯覚を覚える程であった。
「まあ過ぎた事はしょうがないですよ。それよりもこれからの方が大事ですから…ね?。」
落ち込むコウガをアキトは優しく慰める。シルバーナはそれを羨ましそうに見ていた。
「はあ…、まあいいでしょう。アキト君の言う通りこれからが大事ですからねぇ。今さっき緊急会見の会場にも連絡を入れました。今集まった人達に説得をして貰い終わった所です。まあシラサギの事も有り、何とか納得して貰いましたよ。寧ろ、防衛庁のスキャンダルの方が興味津々だったそうですよ?ンッフッフッフッフ。」
キツネは愉快そうに笑って続けた。
「それで、まあ会場の設営も急いで行ったため何かと不備が多いそうですので、丁度良いのでこの時間を利用して準備を整えると言う報告を受けました。まあ、また連絡が有るまで、この場で待機ですねぇ。」
「先に会場入りしないのは、やはり密偵の為ですか?」
「ええ、密偵がさっき話した人物だけとは言えないですからねぇ。下手に人混みの中に入ると、危険なのですよ。」
アキトは悔しそうに目を閉じた。もし会見により戦争が回避されても、密偵が居る限りシルバーナは身の危険に晒され続ける。しかし、アキトは密偵を探し出す力も、常に密偵からシルバーナを守り続ける自信も、今のアキトにはなかった。
「そして今は少し時間が有るわけですねぇ。普通なら会見の打ち合わせを行うのでしょうが…」
そんなアキトの雰囲気を壊すように、キツネはわざと明るい調子で喋る。
「何でアキト君が転移導術でシルバーナ様を連れ戻すことができたのか凄く気になっているので、私に是非種明かしをお願いしたいんですがねぇ。」
会見の事ばかり考えて煮詰まっていても滅入るだけだから切り替えなさい、そんな意図が感じられる言葉に思わずアキトは苦笑する。
「…はい、わかりました。」
そういうアキトの声は幾分か明るくなっていた。
(そうですよアキト君。君はこんな事で弱気になるような弱い人間ではありません。私の計画の為にも、君にはもっと強くなって貰います。その為ならば私は出来る限りの手助けをしましょう。)
アキトが話始める様子を、キツネは薄く笑って見つめていた。
なんで出てる人達は皆キャラがおかしくなっていくのでしょうか。




