第16話
先生が頑張ります。
タウロは、顔を隠す黒の布と帽子を取り素肌を晒す。そこには人の顔に大きな牛の角が生えていた。一目で牛型導族であるとみてとれた。
「はぁ~!やっぱり騎士といったら亜人共の汚ぇ飛び道具より、斧だよなぁ~。」
タウロは2メートルある巨体に相当するほどの大きさを誇る、得物の斧を構えてうっとりとする。
「では、最初から斧を使えばいいじゃないですか?」
極自然にコウガは訊いた。
「ケッ!使えりゃ最初から使っているぜ!それもこれも全て…」
「タウロ!」
「クッ、…すみません。」
タウロが何か喋りかけたが、エミリオがそれを止め、タウロは押し黙った。
(時間稼ぎ兼情報収集は失敗しましたか…。これ以上は口を割りそうにありませんね…。まあしかし、ある程度は察せられましたし、及第点でしょう。)
コウガが少し考えごとをしていると、気を取り直したタウロがコウガを睨みつけ、叫んだ。
「おい!テメェと俺で決闘だ!他の奴らは手を出すなよ。まさかテメェは複数で来たり卑怯な手を使うんじゃねぇだろうな?」
「いいでしょう、あなたと私の1対1、正々堂々勝負しましょう。」
「言ったな!騎士に二言はねぇぜ?」
すると他の暗殺者達が二人から離れ距離を取る。決闘の邪魔をしないためである。コウガもまた鎧達を引かせ、アキト達のいる車の周りに張り付かせて奇襲に備える様にする。
機を見計らい、エミリオは叫んだ。
「ではこれより、騎士タウロと、教師コウガの決闘を始める!立会人は私、騎士エミリオ・シルフブリードが務めさせて頂く。時間短縮の為諸々の儀礼は省略する。双方構え!」
エミリオはタウロと同じように顔を隠す布と帽子を外すと、耳の長い端正な顔が現れた。耳長導族の青年であった。
(牛型に耳長、最初に殴り飛ばした男は蛇型でしたか。様々な種族の混成部隊の様ですね。それにしても、やけに形式に拘りますね…。)
コウガがそんなことを考えながら構えていると、タウロが呼びかけてきた。
「オィ!テメェに武器を構える時間をやる。テメェの得意な武器を準備しな!」
コウガは他の甲冑達が剣と盾を装備しているのに対して、自身の鎧以外持っていない、いわゆる徒手空拳の状態だった。
「私の武器はこの拳です。不良生徒を校正するための愛の鞭は、昔から愛ある拳と相場が決まっていますからね。」
それを聞いたタウロは激怒した。
「んだとテメェ!神聖なる決闘をバカにしやがって!これ以上騎士を愚弄するなら容赦しねぇ!」
するとそれに応酬するようにコウガも叫んだ。
「何が騎士ですか!こんな戦争を引き起こす様な真似をして、罪のない民を危険に晒すような輩のどこが騎士ですか!騎士ならもっと民の為になるよう平和に尽力なさい!あなた達は騎士ではありません、只の犯罪者です!」
コウガは時間稼ぎの挑発の積もりで喋っていたが、その声には熱が籠もり、本音が一部漏れていた。
「テメェ!言うに事欠いて俺達を犯罪者だと…。」
「いい加減しろ!」
タウロとコウガの終わらぬ言い争いを見かねたエミリオが口を挟んだ。
「神聖なる決闘の前に、口汚く罵り合うのは止めろ!」
「…すみません、エミリオ様。」
「…少々熱くなりすぎました。(時間稼ぎは充分ですね。)」
エミリオの剣幕にコウガとタウロは共に押し黙るのを確認して、エミリオは叫んだ。
「それでは…、決闘開始!」
「ウオォォォォォォッ!!」
エミリオの合図と共にタウロが猛然とコウガに襲いかかる。コウガはそれを華麗に避け、距離を取る。
「逃げ足の速いヤツめ!」
タウロは逃げるコウガに悪態をつく。
「いえ、あなたが遅いのですよ。牛だけにね。」
負けじとコウガも皮肉を垂れる。
「!、クッ、ソがぁぁぁぁぁ!」
憤慨したタウロが今一度襲いかかるが、またも回避され、益々憤る。
「もう許さねえ!俺の本気を見せてやる!テメェなんか塵一つ残さねえ!」
目が血走り葉を剥き出しにしたまま吼えるタウロは、斧を構え直し、集中する。すると、斧の刃の部分が赤熱し、炎を帯びる。
「炎獄の門番に仕えし大斧よ。その身に宿せし灼熱の炎を以て、刃向かう罪人に裁きの責め苦を与えよ!炎生導術、業炎魔大斧!」
タウロの口上と共に、斧の刃に激しく燃え盛る赤い炎が纏わり付き、周辺の空気が揺れる。
「驚きました…、炎導術が使えるのですね…。」
アビス王国にヨミ語が広まる前、アビス王国内では導術は魔導と呼ばれていた。
当時の魔導は、種族特有の技術として各種族が独自に発展させていた。故に、他の種族の魔導を使うことは難しかった。しかし、デモロド王がヨミ語を持ち込み、王室付きの各種族の魔導使いがヨミ語で魔導を翻訳した結果、導術の基礎となる術式が形成されたと言われている。
ヨミ語により作られた導術は汎用導術と呼ばれ、ヨミ語を使える者ならば訓練次第で誰でも使えるという特徴を持っていた。結果、ヨミ語の普及に従って今まで他の魔導に疎かった種族にも、ヨミ語の導術が急速に広まる事になった。
タウロが属する牛型導族は、元々は肉体強化系導術の気導術の使い手で、他の種族が使う炎導術には無縁であったが、ヨミ語を習う事でタウロは炎導術を学ぶ事ができたのである。
「ハッハァ!どうだ!あの『地竜皇帝』を燃やし尽くした炎だ!これでテメェも灰にしてやる!」
「…タウロのヤツめ、余計な事をベラベラと…。」
(こいつが公爵殺しの犯人ですか!。)
タウロの得意気な言葉に、エミリオは眉を顰め、コウガは驚き一瞬目を見開き、動きが止まる。
様々な情報から学生が犯人では無く、暗殺者が犯人であることはわかっていたが、証拠がなかったためコウガは不安であった。しかし、タウロの発言でその確証を得たため、安堵すると共に怒りが湧いてきた。
タウロの斧の炎が激しく燃え盛るのに対してその怒りの炎は、実在すれば一瞬冷たいと錯覚する位に静かに研ぎ澄まされたものであった。
「一撃で決めてやる!ウラアァァァァァ!」
その硬直を恐怖ととり、隙を逃さず攻め切ろうと、タウロはいきり立ってコウガに襲いかかった。
「ふぅ…。」
コウガは両手を八の字に構え、ゆっくりと深く息を吐き出し、腰を落として右足を一歩後ろに引く。その目はしっかりと相手を見据え、心は驚く程静かであった。
「喰らえェェェァァァァァァ!」
勢い良く斧を振り下ろす時、斧の刃の背後で爆発が起き、その爆風を受けて振り下ろしのスピードが上がる。目にも止まらぬ速さに加速された斧の軌跡がコウガを捉えようとしてーー
「!!、な、何ィ!?」
コウガに事もなげに受け止められた。
「ば、バカな…。」
うろたえるタウロに対して、コウガは平坦な声で語り掛ける。
「まず炎の温度が低い。酸素濃度の調節が甘くて不完全燃焼を起こしていますよ。次に爆発の精度が低い。指向性が無いために推進力が発散して、本来のスピードが発揮できていません。そして最後にーー」
コウガはタウロの斧を掴む右手と、斧の柄の部分をそれぞれ掴み、捕らえていた。
「技の精度が低い。この技は柄の部分は使用者が掴むために加熱されず炎も出ません。つまりそこを捕まえれば受け止められます。相手との相対距離、相手の動きに応じて爆発の推進力と方向を変えられるようでなければ、少し熟練した者なら簡単に捕らえられますよ。」
「な…、あ…。」
コウガの説明に、上手く反応出来ずしどろもどろになるタウロ。
「さて、技の講義についてはこの位にして…、次はお待ちかねの教育的指導の時間です。」
一瞬普段通りの雰囲気の声の中に潜む、得体の知れない何かに心を凍らされたタウロは硬直する。
そして目の前の恐怖から逃げ出そうと激しく身を捩る。
「があ!?」
直後、斧を掴んでいた右手に激痛が走る。見ると、コウガに捻られた右手があらぬ方向に向いていた。そのままコウガに斧を奪われ、後ろに投げられた。
「グフッ!」
続けてコウガはタウロの右手を自らの左手で掴んで引き、腰を落として右足を出し、右肘鉄をタウロの鳩尾に鋭くねじ込む。
体をくの字に折ったタウロの頭の角を右手で掴んで下へ引くと同時に、全身のバネを利用して右膝を持ち上げ、タウロの顎に膝蹴りを加える。
そして持ち上げた右足を、仰け反った相手の体の後ろに回して足を引っ掛け、タウロの右腕をコウガの右肩に回して首と肩で固定し、右手で首を掴み締めながら、タウロの後頭部をコンクリートの地面に勢い良く投げ落とした。
「くあ…。」
衝撃で意識が朦朧とするタウロに、コウガは語り掛ける。
「あなたは私の誇りを傷つけた…。」
「ほ…、誇り?」
定まらぬ意識の中、タウロはそれでもなんとか反応する。
「私の生徒たちの事です!あなた達は私の生徒に罪をなすりつけ、あまつさえ手に掛けようとした。それが私には赦せない!」
するとコウガはタウロの耳元に近づき囁いた。
「騎士の誇りを傷つけたら…どうなるんでしたっけ?」
「あ…、あ…。」
コウガの言葉に自身の発言を思い出し、タウロは怖れおののく。
「泣いて謝っても…許してあげませんよ。」
「ヒィィィィ!」
タウロが恐る恐るコウガの顔を見ると、顔を覆うヘルムの覗き穴から、悪魔も泣いて逃げ出すような凶悪な笑みを湛えた瞳がこちらを覗き込んでいた。
先生はとっても善良なお方です。(震え声)




