表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
130/132

第31話

シェルターの地下深く、非常に頑丈で且つ精巧な隠し扉を越えた先に、その部屋はあった。そこには堅牢で対導術使い用の細工も施した特製金庫扉と、それを守護する為の最新式のセキュリティ装置が設置してあり、生半可な実力では到底突破出来ない様に作られていた。


「さて、さっさと開けて貰いましょうかな?」


しかし、そのセキュリティの解除方法を知るキツネを使えば簡単に突破する事が可能である。トースは嗤いながらキツネに目配せすると、彼は無言で部屋の壁の一部を触る。するとそこから声紋認証や顔認証、指静脈認証やカード、パスワード等々を確認する為の装置が現れた。


「…ここからは少し集中させて下さい。解除する順番や待機時間等を一度でも間違えると失敗してしまいますので。」

「ほう、そこまで気を配らねばならないとは中々に凝った造りですな。良いでしょう、しかし呉々も怪しい動きはなさいません様に。」


キツネは一つ深呼吸すると、機械の様に正確な動きでセキュリティを解除して行く。そして数分の後、額に汗を滲ませながらもキツネはロックの解除に成功し、トース達の目の前で重そうに扉が開いて行く。するとその中にはこれまた頑丈そうな金庫が、マトリョシカの如くに堂々と鎮座していた。


「…キツネ殿、一体どれ程の警戒をなさっていらっしゃるのですかな?」

「見ての通りですよ。貴方達アビス王国強硬派に対して大手を振って糾弾出来るであろう、大事な大事な証拠なのです。そんな簡単に手に入れられる構造になんてする訳が無いでしょう?」

「ぐぬ…それで、後どの位掛かるのですか?」

「まあ、そう長くは掛かりませんよ。パスワードこそ違いますが同じ事の繰り返しなので、後もう数分程度の時間さえ頂ければ充分でしょう。しかし、それは私の手元が狂わなければの話…ですがね。」


キツネはお返しとばかりにトースの方を向いてニヤリと嗤うと、今度は下腹部に鈍い痛みが走る。見ると、彼の股間をコースが蹴り上げていたのだ。その鈍痛にキツネが前のめりに倒れると、トースは彼の背中の服を掴み、そのまま片手でその体躯を軽々と持ち上げて下から顔を覗き込む。


「…おふざけは、その位にして頂きましょうか。でなければ次は本気で潰してしまいますよ?ナニがとは言いませんがね。」

「おお、怖い怖い。『人の未来』を絶ってやろうとは、打倒人族がモットーである強硬派導族の鑑ですね。これは致し方有りません。未来を守る為ならば多少の裏切り行為も許されるでしょう。さて、このままでは操作が出来ませんのでいい加減下ろしてくださいませんかね?」

「まだまだ余裕が有りそうですね…本当に大した方だ。少しばかり呆れてしまう程ですよ。その気概に免じてお望み通り、下ろして差し上げます…!」


トースは満面の笑みに青筋を立て、片手でキツネを勢い良く放り投げた。彼の身体は何回も回転しながら軽々と宙を舞い、そのまま頭からコンクリート製の床に激突する直前、そこに待ち構えていたコースによって受け止められる。そして姿勢を正された状態になる様にキツネはその場に立たされた。


「もしもまたふざけた真似をする様ならば、今度は受け止めません。そのまま冷たいコンクリートの床と熱い接吻をしながら昇天して頂きますので、そのおつもりで。」

「おおっと、これは中々に手厳しい。『二次元』が最期の相手とは、独り身の私には実に皮肉な結末ですね。畳の上では死ねないだろうと言う意味では、確かに反論は出来ませんが。精々肝に銘じて置きますよ。」

「相変わらず減らず口を…はぁ、もういいです。いい加減貴方の相手をするのも疲れました。さっさと解錠なさい。例の物さえ無事に回収する事さえ出来れば、貴方を解放する事もやぶさかでは有りません。」

「これは嬉しい朗報。それでは張り切って鍵を開けて差し上げましょうかね。」


キツネはわざとらしくも恭しく、執事の様な一礼をすると、再び先程と同様にセキュリティを解除して行く。その飄々とした態度を少しも隠そうとしないキツネの後ろ姿を忌々しそうに見ながら、しかし彼の身にこれから起こるであろう顛末を想像して、トースは心中で彼を嘲笑う。


(…フン。その嫌らしい笑みももうすぐ出来なくなる。本当ならお前を殺す必要など無かったのだが、私の協力者がお前に随分とご執心でな。是非ともその死に顔を拝見したいのだそうだ。これは自ら招いた結末、恨むなら恨まれる様な事ばかりして来た、自身の生き方を恨むがいい。)


トース達は始めからキツネを生かして帰すつもりは無かった。彼等の協力者の一人が、彼等への支援と引き換えにキツネの殺害を要求し、彼等はそれを承諾していたのだ。無論、件の証拠を確実に入手するまでキツネを殺すつもりは無かったが、それを入手次第彼を亡き者にする手筈は整えていた。


(潜んでいるであろうこいつの部下は結局誰なのかわからなかったが、全員捕らえてしまえば問題は無い。連絡をしている様子も履歴も無かったから、恐らくこの事は外部に漏れていないだろう。仲間面しながらの不意打ちや裏工作をされる心配も無い。)


状況的に考えて、キツネの仲間がここに居る事はまず間違い無いだろうとトースは考えていた。だから彼は先んじてサイギに許可を取り、彼の部下達諸共にシェルター付近の人間全てを何もさせないまま捕らえる事で、そこに潜んでいるであろう密偵が行動出来ない様にと手を打っていた。


(内側からの救援の望みが断たれ、上手い事ここで時間を稼いで外側からの救援でも待っているんだろうが、頼りの大使もまだ異変に気付いていない。しかも今更気付いたとして、もう何をしても最早手遅れだ。精々残り僅かな余生を、愚かな道化として振る舞いたまえ。)


キツネが案内した場所は、かなり交通のアクセスの悪い所にある。周囲を高い崖とダム湖に囲まれたそこへと至る為には、導術無しでは空からのヘリコプター位しか無いと言う、正に陸の中の孤島と言うべき場所であった。例え異変に気付き、急ぎ救援を派遣したとしても今からでは到底間に合うとは思えない。


(最も忌避すべき事態は、ここが偽の保管場所であった場合だ。しかし二日前、公女様の避難場所候補の視察と言う理由で、ここに外務省関係者が出入りしたと言う情報もある。それにこの設備…偽の保管場所としてはいささか厳重に過ぎようもの。まず間違いは無いと見て良いだろう。)


そんな事を考えていると、どうやらキツネが解錠に成功したらしい。再び重そうな扉が開き始めたので、トースはコースに目配せして何時でもキツネを殺せる様に準備をさせた。そしてキツネを先頭に立たせて意気揚々とその金庫の中へと入った時、彼等はある異変に気付いた。


「…ん?これは一体…どう言う事だ?」


そこは非常に殺風景な場所であった。それもその筈、白色に統一された壁に囲まれた四角四面の部屋の中には、淡白な灯りを静かに放つ電灯以外に何も見当たらない。そう『何も置いてはいなかった』のだ。予想外の事態に、トースは思わず声を荒らげた。


「おい!これは何の冗談だ!証拠は…あの証拠は何処にある!まさか貴様…我等を騙したな‼︎」


トースは自身の腕から鋭利な刃を持つレイピアを形成すると、キツネの顎下から上に向けて突き付けた。余程怒っているのかはたまた動揺しているのか、レイピアを持つ彼の手が震え、その刃先が細かく振動している。しかし当のキツネは何処吹く風で、とぼけた様な表情を作りトースを見下げた。


「騙した?何を仰いますのやら。私は貴方との約束通り、ちゃあんと証拠の『保管場所』に連れて来ましたよ?」

「な…⁉︎馬鹿な!だったら証拠は何処に有ると言うのだ!さっさと出さないか!」

「まあまあ、そう焦らず。どうせアキト君達が私を助けに来る事なんて全く期待出来ないんですから、少し位は私の話を聞く余裕はあるのでしょう?ちゃんと証拠が何処に行ってしまったのかを教えますから、ね?」

「き、貴様…!く…良いだろう。だが、余りに下らない内容だったら即刻、その素っ首を叩き斬るから覚悟しておけ!」


怒りの形相そのままに、トースはキツネに向けていたレイピアを変形させて腕にしまう。そしてコースにキツネを頑丈な拘束具で両手足とも動けなくする様にと命じ、自身はキツネから少し離れて振り返る。それで少し頭に上った血が引いたのか、彼は幾分か冷静さを取り戻していた。


「…それで、これは一体どう言う事なのだ?」

「その前に一つ弁明を。ここは確かについ先程まで、件の証拠の保管場所でした。それは間違い有りません。だから貴方達がここへやって来る前に、その証拠を他の場所に移したのですよ。ある導術を使いましてね。」

「導術?馬鹿な。貴様は無能亜人で導術は使えないと聞いている。それにここに来るまで貴様が怪しい動きをしている素振りは無かったし、我等はその余裕も与えなかった筈だ。」

「ええ、私の状況に関して言えばその通りです。ですが、私以外の人物がここから証拠を持ち去っていたとしたら…如何です?」


キツネの言う通り、トース達が監視していたのは『キツネだけ』である。彼の仲間をしっかりとした監視下に置いている訳では無い。彼等の知らない所でキツネの仲間の何者かが密かに動き、この金庫の中から証拠を盗み出したと言う事なら辻褄は合う。


「だが、この金庫には何も細工された跡が無い。我等は土導術の使い手だからすぐにわかったが、この金庫を破壊するのは例え導術を使っても容易では無い。ましてや証拠を持ち出した後に痕跡も残さず修復するなど時間と労力が余りに掛かり過ぎる。その話は現実的では無い。」

「いいえ、一つだけ有るではありませんか。遠く離れた所から一瞬にして、堅牢に閉ざされた密室の中から、他の何をも傷付けずして対象のみを自らの手元に引き寄せ、また瞬時にして別の場所に移してしまう、夢の様な素晴らしい技術が。」

「……ま、まさか『召喚導術』⁉︎」


トースの驚く顔に向けて、キツネは非常に嫌らしい笑みを浮かべる。


「その通りです。私は用心には用心を重ねるタイプでしてね?こんな時の為にと、証拠の『所有権だけ』をある召喚術使いさんに予め譲渡して置いたんですよ。もしもの時に、彼がこの場所から召喚術で証拠を持ち去れる様にとね。」

「そ、そんな筈は無い!大使に不審な動きは無かった!我等を怪しむ素振りもだぞ!」

「別にアキト君が貴方達を怪しむ必要なんてありませんよ。ただ緊急事態である事を知らせれば良いだけなんですから。それに貴方の部下達とて、彼をずっと監視していた訳でも無いでしょう?そう…例えばイガルダ伯の刺客が襲って来た後なんかは特に。」

「ぐ…まさか、あの時に既に…。会話をさせて欲しいと言ったのは、その為か…会話の中にその指示を遂行する様にとの暗号を混ぜていたんだな?あの状況を逆手に取ったのか…!」


鳥型導族のダカル達が襲撃して来た時、トース達はキツネを拉致する為に、また交戦に巻き込まれない様にと全員がキツネの乗る車に乗ってしまっていた。つまりその間はアキト達の側に監視役が居なかった事になる。その時に例の証拠を召喚して別の場所に移せば、トース達はそれに気付く事は無い。


「しかし、ならば何故大使は我等にその事を話さなかった?まだ我等が敵だとわかっていない筈だろう。味方ならそんな重要な情報を共有しないのはおかしい。」

「ンッフッフ…召喚術とは本当に便利な技術でしてね?提供者側さえその詳細を理解して、それを譲渡すると伝えれば、召喚主は例え対象物を目視等で確認してなくてもそれを召喚する事が可能になるんですよ。」

「む…?だから何だと言うのだ。」

「わかりませんか?つまり『それが重要な証拠である』だなんて知る必要は無いんです。アキト君は話こそ聞いていますが、その証拠の詳細に関しては全く知りませんからね。そして何か別の適当な理由を付け、貴方達を含めた誰にも口外しないようにと言い含めれば…後はご想像の通り。」

「…そうか!大使がそれを証拠と知らなければ、我等に話す必要も無い。お前の指示通りに動いても、その行為の真の意味がわからない。不用意に情報を漏らさない為に、貴様は仲間である大使すらも欺いていたのか…クソ!言え!大使は一体何処へ証拠を転送したのだ!」

「さあ?アキト君に対して、私は特に転送場所は指定していませんからね。それは彼の裁量次第としか言えません。と言いますか、それを私が知っていたらこんな策を弄した意味が無いですし。」


トースの狼狽える姿を見ながら、キツネはニヤリと嗤った。その嫌らしい笑みを見て思わずトースはキレそうになったが、ペースを奪われまいとして無理やり平静を装う。しかしやはり心中穏やかでは無く、一刻も早くアキトから証拠を取り戻さねばとの焦燥感が彼の心を支配して行く。


「ギース、大使の様子はどうだ?」

「現在、公女様らと共に導力開発総合学園附属病院特別棟の一室にて待機中。ボウサ、フウサ両名が交代で監視しておりますが、特段変わった様子は無いそうです。」

「そうか…ならば大使を殺害する件は一時保留だ。彼から何とかして証拠を奪い取る必要が有る。だが、あからさまな事をこちらから訊いて、変に怪しまれる事態はなるべく避けたい。お前に何か良い考えはあるか?」

「それでしたら我等とは別の誰かを使って人質を取り、それで脅迫する手が良いかと。大使は少々頭は回りますが、敵であるサイギ刑事派の警官すら助けようとする程に甘いお人好しで、そこに漬け込む隙があります。他者の命と引き換えならば、証拠を差し出す可能性は高いと思われます。」


ギースの提言に、トースはすぐに軽く頷いた。彼もまたギースと同様の見解であり、また余り悠長に時間を掛けていられない状況から、手っ取り早く証拠を奪える可能性が高いその方法を支持したのだ。


「ならば特別棟内に収容されている者達を人質に使おう。丁度、サイギ刑事もキタカタとか言う奴の命も狙っている。それ以外にも警察にとって邪魔な存在はそこに多く居る筈だ。彼等を人質として利用した後に殺害すれば、刑事に恩も売れるだろう。」

「その罪は全て大使に押し付ければ宜しいですか?」

「可能であればな。だが無理はするな。そして交渉が上手く行った暁には躊躇わず大使を殺せ。彼が生きている限り召喚術で幾らでも場所を移せてしまう。後は上手く行かなかった場合に備え、彼の転送陣の在るであろう場所を、サイギ刑事と協力してしらみつぶしに探せる態勢を整えよ。」

「了解。急ぎその旨を二人に伝えて参ります。」


そしてギースは再び連絡の為にと部屋を出て行った。それを見送ったトースは、キツネの方を向いてわざとらしく首を振る。


「やれやれ。残念ですが、大使を殺さなければいけない事態になってしまいましたね。何処かの誰かさんが素直に証拠を提出して下さらず、また自らの策に彼を利用してしまったばっかりに…何ともお可哀想な事だ。」

「ンッフッフ…ハナから殺す気満々の癖によく言いますよ。それにアキト君の首をそんな簡単に取れると考えているのなら、それは大きな間違いです。何せ彼は、ここ数日の修羅場を見事に潜り抜けて来ていますからね。」


キツネの自信満々な言葉を聞いたトースは、それを笑い飛ばすかの様にフンと鼻を鳴らした。


「だが、それもこれも彼の仲間が優秀であったが故だ。しかし今の彼を守るのは、導術で簡単に倒せてしまう地竜のみ。そして彼自身の実力は、昼間の私の不意の一撃にも全く対応出来ない程の未熟者で、かつ戦闘力に乏しい召喚導術使いと来た。殺す事など造作も無い。」

「え…。何の反応も?」

「左様。無論、始めから寸止めにはするつもりだった。だがもしあれがの本気の一撃だったら、彼は間違い無く死んでいた。あのコウガとか言う強面の大男が、その見てくれに似合わない程の機敏な動きで防いでいなければな。私はあれで、彼ではなく彼を守る護衛が優秀なのだと確信した。」

「…それで、ヒサメさんを引き剥がしたと言う訳ですか。」

「そうだ。我が部下を迂闊にも信用してしまった為に、大使はヒサメと言う強力な護衛を自ら手放した。最早彼を充分に守り切れる戦力など側には無く、またこちらからは好きな様に不意打ちも出来る状態。これを絶体絶命と言わずして何と言うのだ?」


トースの質問に対してキツネは、急に押し黙ってしまった。彼の口元は少し歪み、また苦しそうに何かを我慢しながら遂には顔を下に向けてしまった。その反応を見て、トースは勝ち誇ったかのように満足気に笑った。


「はっはっは!何も答えられないか。その反応…やはり図星であった様だな。」


一歩一歩踊る様にしてトースはキツネに近付きつつ、わざとらしく丁寧な言葉でキツネを煽る。


「事務次官殿、ここまで我等を翻弄した貴方は大したお方でした。だが読みは甘かった様ですね。色々と託すには、大使殿は未熟過ぎました。それに気付かず彼を活用した策を講じ、ペラペラと自慢気にそのネタを明かすから、こうやって鼻を明かされるのですよ?」


そして悔しがるキツネの顔をまじまじと見てやろうと下から覗き込んだ時、トースの笑顔は凍り付いた。何故ならキツネは悔しがってなど居らず、寧ろそれを見たトースがゾッとする程の笑顔をしていたからだ。先程彼が苦しそうに俯いたのは、こみ上げる笑いを堪える為であったのだ。


「き、貴様…何がおかしい!」


トースは恐怖に駆られ、思わず即座に後方へと跳んで距離を取ってしまったが、すぐに気を取り直してキツネを睨み付け、歯をむき出して威嚇した。少々過剰なまでの大声を出してしまったのは、言いし得ぬ不安を振り払う為であったのだろう。その様は何処か怯えている様にも見えた。


「ンッフッフッフ…いや失敬。ですが余りに貴方の読みが甘かったもので、つい我慢出来なくなってしまいましてねぇ。」

「私の読みが甘い…だと?」

「だってそうでしょう?召喚導術使いが戦闘能力に乏しいだなんて、そんな物は分かり易過ぎる程の明確な弱点です。だのにそれに対して私が全く対策してないだなんて、本気で考えているのですか?」

「何を言うかと思えばそんな強がりを。その為に貴様が用意したのが、あのコシノ・ヒサメであった筈だ。ハッタリで私達を動揺させ操ろうとしているのだろうが、そうは行かんぞ!」

「さぁ、それはどうでしょうかねぇ?何れにせよこれがハッタリかどうかはもうすぐわかると思いますよ…と、噂をすれば言う奴ですかねぇ。ほら、貴方の部下からの急ぎの報せですよ?」


キツネが顎で指し示すと、そこには仲間に連絡する為に部屋を出て行っていたギースが居た。彼は肩で息をしており、キツネの言う通り急いで戻って来た様子であった。その只ならぬ様子にトースは一抹の不安を覚えたが、努めて冷静にギースに話し掛けた。


「どうしたギース、何をそんなに急いでいる。」

「ハァ…ハァ…す、すみません。ですが、ハァ…急ぎトース様にご指示を仰ぎたく…。」

「前置きはいい。時間が無いなら手短に要件を伝えよ。」

「は、はい。実は特別棟に居る筈の囚人達が、残らず別の人物と入れ替わっているとの報告を受けました。例のキタカタと言う人物も何処にも居ないとの事です。」

「何?それは本当か?」

「はい、間違い御座いません。しかもボウサの見立てでは、恐らく入れ替わった後の者達全員がそれなりの実力を持つ導術使い達だろうと。このままでは彼等を人質にとる所か、返り討ちにされてしまう可能性が非常に高いとの事で…。」


ギースに落ち着けと言ったトースであったが、その報告を受けて彼自身酷く動揺した。人質に取ろうと考えていた弱者達が、実は襲撃者を撃退する為の強者であると判明したのだから、その驚きも一入である。トースは相変わらず嫌らしく嗤っているキツネを睨み付けた。


「…これが、貴様の策か。一体何をした⁉︎いつの間に囚人達を護衛と入れ替えるなど!」

「うーむ、余り人に訊いてばかりいないで、少しは自分で考えた方が良いと思いますよ?ですのでここは一つ大ヒントを差し上げましょう。ヒントは『ムラクモ警部』です。彼は一体、今までどこで何をしていたでしょうか?」

「ムラクモ警部だと…ん?ま、まさか!」


トースはムラクモが一足先に病院に転送されていた事を思い出した。病院の安全を確保する為とキツネは言っていたが、その間に特別棟の囚人達とキツネが秘密裏に用意した護衛とを、サイギに知られない様にひっそりと入れ替えていたのだ。彼の権限はイズモ家出身と言うのもあってかなり強く、その程度の行為は独断で遂行出来るのである。


「ンッフッフッフ…あの病院が元々狙われ易いと言う事はわかっていました。そんな場所にアキト君達を向かわせ、そこで己の身を守れと言ったのはこの私です。まさかこの程度の準備もしないで向かわせたとでも思っていたのですか?」

「く…貴様、何処まで我等の邪魔をすれば気が済むのだ!」

「何処までと言われましてもねぇ?戦争を望む輩の邪魔立てなんて、際限無く行ってもまだまだ足りない位だと思いますがねぇ。さて、それでこれから貴方はどうします?私としてはここらで負けを認め、潔く投降して下さると嬉しいのですが。」

「ふ…ふざけるな!誰が亜人共に対して敗北を認めると言うのだ!我等は負けん…絶対に負けん!失敗は決して許されないのだ‼︎ギース!別働隊に任務の遂行を急げと、ボウサ達には作戦を変更すると伝えよ!更に『彼』に協力を求めるのだ‼︎」


トースはまるで自らを必死に鼓舞するかの様に高らかに叫ぶと、ギースに向けて変更後の作戦内容を話し始める。そしてそれが終わるとギースを先に地上に向かわせ、再びキツネの方を向いた。


「目的の物が無いこの場に、最早これ以上の長居は無用。事務次官殿、共に地上に来て頂こう。貴方にはもう少しだけ働いて貰う事になる。」

「ンッフッフッフ…良いでしょう、どうぞご随意に。」


キツネは嗤う。トース達の狙いが、他ならぬキツネを人質として利用する事であるのは話の内容から明らかであったのだが、それでも面白そうに只々嗤う。薄気味悪い程のその余裕にまだ何か仕組んでいるのではないかとトースは疑うが、彼がそれを知る事は『まだ』出来なかった。









「大使殿、折り入って相談したい事が御座います。少し宜しいでしょうか?」


その頃ボウサはトースからの指示通り、部屋で待機しているアキトに接触していた。特別棟の囚人達もとい護衛達に作戦の邪魔をされると敵わないので、彼等に気取られない様にごく自然にアキトを外に連れ出し、護衛達から距離を置かせる事が狙いであった。


「ええ、構いませんよ。何の相談ですか?」


当然アキトはここで身を守る様に言われているので、自らここから離れる事は決して無い。それ故に、彼が外に出ざるを得ない理由を用意しなければならない。そこでボウサはシルバーナ達の方を一瞥し、それをそれとなくアピールしつつアキトに小声で話し掛ける。


「……ここでは少し話し辛い内容なのです。出来れば場所を移したいのですが。」

「…それは、僕だけじゃなきゃいけない内容なんですね?理由は話せないんですね?」

「お察しの通りに御座います。御心配なさらずとも、公女様達は我が同胞であるフウサが守り抜きますので。どうか私めの願いを聞き届けては頂けないでしょうか…?」


哀願する瞳で必死に訴える姿は、見た目相応の幼気な少女の様に見えた。これはお人好しでロリコンである(と側に訳あり少女二名を侍らす現状から判断出来る)アキトに対して承諾を得る為に、彼が好みそうな振る舞いを狙って行っていた。それが功を奏したのか、アキトはすぐに頷いた。


「えっと…ちょっとだけ待っていて下さいね。シルバーナ様、少し私用で席を外したいのですが構いませんか?」

「ええ、構いません。」

「有難う御座います。ディア、シルバーナ様を頼みましたよ。アズちゃんの方も大丈夫ですか?」

「……はい、大丈夫なのです。気を付けて行ってらっしゃいです。」


アズは少々不安そうではあったが、アキトの笑顔を見て決心し、力強く頷く。そして右翼手をヒラヒラと縦にゆっくりと手を振る様に扇いで、部屋を出て行くアキト達を見送った。


「それで、どこまで行かれるのですか?まさか病院の外とか?余りここから離れる訳には行かないのですが。」


部屋を出てから少しして特別棟の玄関近くまでやって来た時、アキトは前を行くボウサに話し掛けた。彼が現在の行動に疑念を抱いている様に見えたボウサは、付近を良く見回した後、アキトをしゃがませその耳元で小さく囁く。


「驚かずに聞いて下さい。実はここに収監されている者達の中に、サイギの手の者が紛れている可能性があるとの報告を受けたのです。このままここに居るのは危険と思い、少々勝手ながら大使殿を連れ出させて頂きました。」

「…なるほど。公女様達を残したのは、敵に異変を察知され難くする為でしたか。僕なら彼女達を全員召喚で逃がせますし。」

「左様に御座います。外の安全は既に確認を終えて居りますので、どうぞご安心を。このまま別の場所に用意した避難場所にお連れ致します。それまではどうかお静かに。」


ボウサの話を思ったよりも都合良く受け取ったアキトに、彼女は安堵した。そして周囲を再び見回すが、まだ囚人扮する護衛達は異変に気付かない様で、何の変化も起きていない。未だに彼等は小人達の事を仲間だと思っているのだろうとボウサは思う。


(フウサから異常を知らせる通信は無い。未だに動く気配が無いのなら、私達はまだ信用されていると言う事。フウサも上手く騙せているみたいだし、これならこちらは上手く行きそうね。後は別働隊が上手くやってくれれば良いのだけれど…。)


本来ならば今頃証拠類を全て回収、破壊し、アキトに濡れ衣を着せて抹殺している筈であった。しかし度重なる襲撃作戦の失敗、アキトやキツネが予想以上に強かであった事で、既に筋書きは大きく外れてしまっている。しかしボウサはその不安を振り払う様に頬を軽く叩き、気合を入れた。


「では大使殿、これより病院の外へ出ます。流石に奴等も異変に気付くでしょうし、爆弾騒動で出動中の警官達の中にはサイギ派の者も潜んでいますので、気持ち急ぎめでお願いします。」

「わかりました。先導をお願いします。」


そしてボウサがアキトを伴い病院の玄関横の非常口から、暗闇の支配する空の下へと出ると、ひんやりとした風が彼女の頬をそっと撫でた。その刹那、彼女の背筋に少しだけ悪寒が走る。その不穏な予感に、何事かと急いで周囲を観察したが、その原因と思わしき物は全く見当たらない。


「ボウサさん?大丈夫ですか?敵が居たんですか?」

「…あ。いえ、少し寒気がしただけです。ですが周囲に敵影は無く、至って平穏でした。先を急ぎましょう。」


アキトの声に正気を取り戻したボウサは、悪寒は気の所為だと断じて思考を切り替えると、周囲を警戒しながらも広い、そして誰も居ない駐車場を横切った。そしてそこに停めてあるボウサ達が用意したと言う車の近くまで来た時、急にアキトの足が止まった。


「大使殿?どうかなされたのですか?」

「…ちょっと待って下さい。何かおかしくありませんか?」

「え…。おかしい…ですか?」

「ええ。サイギ派の人間がここに潜んでいると言う事は、僕達の行動は相手に筒抜けの筈。だったら僕達が病院の外に出て車に乗ろうとすれば、何かしらの動きがあって然るべしです。だのに、何故まだ何も無いのでしょう。」

「ああ…なるほど。それはフウサが上手く敵を誤魔化しているからですよ。さあ、早く移動しましょう。折角稼げた時間を無駄にしてしまいます。」


ボウサは一瞬、自分達が敵である事がバレてしまったのかと焦ったが、アキトは『彼女の行動』では無く彼女の話す『敵の行動』に対して怪しんでいた。それに安堵し改めてアキトを急かそうとしたが、彼はそれを拒絶して首を横に振る。


「それだけでは有りません。実は囚人を口封じから守る為に、この周辺の狙撃に適した場所は全て潰されているんです。不意打ち出来ないのならせめて、病院の近くに誰かしら監視役を置いておく筈。なのにそれらしき影も無いと先程貴女は言いました。それについてはどう思いますか?」

「どう…と言われましても。」

「サイギ刑事のこれまでの手腕を見るに、用意周到に物事を進める人物だと推察されます。ですが今の状況は余りに敵の行動が稚拙ですし、また簡単に事が進み過ぎている。これが同一人物の手法とは思えません。いえ、寧ろこれこそが向こうの狙いなのかも知れない。」

「む…う…。」


アキトの言葉にボウサは口ごもる。サイギが狙って来ているにしては『何も無さ過ぎる』と言う彼の主張は尤もであった。何せ手っ取り早くアキトを誘拐する為に何も起きない様にと、ボウサが裏で手を回していたからである。しかし、それがかえってアキトを疑わせてしまったのだ。


「…それでは、大使殿はこの状況をどうお考えで?」

「これは罠です。明らかに僕達はここを出て行く様に誘導されています。ここに居ると攻め難いから、外に追い出そうとしているんですよ。」

「し、しかしここには敵が潜んで居ると…。」

「それは何処からの情報ですか?出所は信頼出来ますか?もし信頼出来る所だとしてもまだ不安ですよ。僕が刑事の立場ならわざと情報を漏し、焦った標的が無防備に頭を出した所を狙い撃つ事も考えますからね。」

「それは流石に深読みし過ぎでは…。」

「そんな事は有りません。敵がどんな手を使って来るのかわからない以上、様々な事態を想定すべきです。そして今、こんな見晴らしの良い所で無防備に会話をしていても何も起こる気配が無い。未だにこの状況なのは明らかに異常ですよ。」


ボウサはそこで初めて、アキトがわざと時間稼ぎをしている事を知った。ボウサ達ではなくサイギの行動を疑った結果だが、それが結果的に彼女にとって望ましくない状況を呼び込んでいた。ボウサはかなり焦っていたが、然りとてここで無理矢理連れ出そうとすればアキトに疑われかねない。彼女は努めて平静を装った。


「ならば如何致しましょう。流石にここにずっと立ち続ける訳にも行かないと思いますが。」

「そうですね…ここは素直にムラクモ警部に相談しましょう。」

「え…今、何と…?」

「ムラクモ警部ですよ。あの人は今、巷のテロリスト騒ぎの為に動いていますが、例のテロリストは僕の命を狙っています。だからそれを大義名分として、警部に頼んでカスミ先生が所属する派閥の警官を応援として呼ぶんです。」


しかし続くアキトの発言に、ボウサの平静は脆くも崩れ去る。アキトを孤立させるのが目的の行動であったのに、更に戦力を補充されてしまう方向に話が進んでいるのだからそれも無理は無い。望まぬ状況から来る焦りは彼女の思考を狭め、判断力を着実に奪って行く。


(どうする…どうしたら良いの…?このままでは不味い…逃げ切られてしまう!別働隊からも連絡は無いし、トース様に相談している暇も無い…かくなる上は…‼︎)


ボウサはそれとなく髪を右手の手櫛で梳く。実は彼女の使用する髪染めには毒が含まれており、手で梳くとそこに毒が付着して一時的に『毒手』となるのだ。彼女達『小人型導族』の体表面は薄い金属で覆われているので彼女自身に毒の影響は出ず、またそれを尖らせる事で確実に標的に突き刺す事を可能にする、ボウサの得意技であった。


(土操導術・死具手。大使殿…貴方にはここで死んで頂きます。)


トースからは証拠を手に入れるまでは殺害しない様にと言われていたが、最悪の場合にはそれも許可される。状況が悪化して取り返しの付かない事態になる前に、最低限の仕事は遂行しようと彼女は判断したのだ。そんな彼女を他所に、アキトは無警戒にペラペラと自らの考えを話して行く。


「敵にこの場所がバレている以上、僕の居場所を今更開示しても特に問題有りません。ヒサメさんが出て行った時点で僕を襲って来ないなら、潜む敵の数は決定力がある程多くは無いのでしょう。ボウサさん達が警戒しているだけで充分に時間は稼げる筈ですよ。」

「し、しかし…何もそんな危険を冒す必要は…。」

「司法機関が敵である以上、危険でない場所なんて有りはしませんよ。既に街中に警官達は展開していますしね。ならば敢えてここは動かず、逆に味方を増やして敵を返り討ちにしましょう。死中に活を求めるって奴ですね。ボウサさんはそれで構いませんか?」

「うぐ…は、はい…。」

「ちょっと待って下さいね。今警部に電話をしますので。その間ボウサさんは周囲の警戒を頼みます。」


そしてアキトが携帯を召喚してムラクモに電話をしようと、無警戒にボウサに背後を見せた時、彼女は今が好機と見て動き出した。そろりそろりと音も無く背後からアキトに近寄り、毒に塗れた五本の棒をアキトの背中に真っ直ぐ突き立てようと、小さく身構える。


(お命…頂戴‼︎)


鋭い突きの勢いが乗った毒手が今まさにアキトの身体へと放たれる直前、彼女の目の前に不意に何かが飛んで来る。それはアキトの携帯であった。不測の事態に思わず毒を塗っていない方の手でそれを弾くと、今度はその手に何かが触れる。その瞬間、彼女は驚いた。何と彼女の身体が急に動かなくなったのだ。


「な、何⁉︎」

「…それはこちらの台詞ですよ、ボウサさん。この手は何ですか?これで一体何をしようとしていたのですか?」


それは他ならぬアキトの仕業であった。彼はコウガから貰った小型カメラと受像機を秘密裏に召喚し、油断すると見せかけてボウサの行動を監視していたのだ。背中を向けたのは彼女を油断させつつ身体で受像機等を隠す為であり、携帯は掛ける振りでそのまま投げるつもりで居たのである。


「黙りですか。ですが、僕を殺そうとしていたのは明らかですよね。」

「む…ぐう…。」


右手で携帯を投げ付けてボウサが怯んだ瞬間、アキトは受像機を転送すると同時に即座に後ろを振り向き、その回転の勢いのまま手袋を付けた左手でボウサの左手を払いつつそれを取った。そしてその時に左掌の中に隠した『ある物』がボウサに接触し、その動きを封じたのだ。


「問題は何故貴女がこんな事をしたのか…ですが、簡単に話して貰えるとも思っていないのでそのままでも結構です。なので貴女にはここで暫くの間、大人しくしていて…」


その刹那、アキトは何かに気付いて背後に跳び、『檻』を召喚してその中に隠れた。直後コンクリート製の地面が割れ、中から『細い紐』の様な物が勢い良く飛び出した。それは近くの車を簡単に破壊し、そのままアキトが立て籠もる『檻』に巻き付いて破壊しようと締め付けたが、ビクともしない。


「とんだ失態ね、ボウサ。」

「…返す言葉も無いわね。」


続いてコンクリートの割れ目から現れた人物は、もう一人の小人型導族であるフウサ・ノモースであった。彼女は自身を覆う鉄板を細く引き延ばす技を得意としており、それを複雑に編み込んで作った殺傷性の高い金属製の紐を鞭の様に自在に操り攻撃する『斬縫紐』の使い手である。


「反省したなら次は気合いを入れなさい。失敗は連帯責任、私までお叱りを受けるのは勘弁願いたいのよ。」

「わかってるわよ、でも気を付けて。奴は『縁絶鋼』を持っているし、それを躊躇なく『使って来た』の。」


アキトが離れた事で漸く動ける様になったボウサは、自身が動けなくなった原因をフウサに話す。通常、土導術使いは縁絶鋼に対して有利と言われる。それは実体の有る『土』の防壁を縁絶鋼が貫けず素肌に触れる事が出来ない為に、接触した部分以外に作用する導術を妨害出来ない為である。


「…私達の弱点は知られているって訳ね。」


しかし小人型導族の体表を覆う金属は、彼等の『第二の皮膚』とも言うべき物であった。それを精巧に操る事で高い防御力と機動力、そして怪力を実現せしめているのだが、余りに見事に一体化し過ぎている所為で、縁絶鋼の影響を受ける範囲が広い。それこそ身体を覆う全ての金属が固まってしまい、自身を逆に拘束してしまう程であった。


「二人して掛かれば奴も対応し切れないだろうけど、あの様子じゃあの中から出て来る気なんて皆無でしょうね。フウサ、貴女の得意技で何とかなりそう?」

「出来なくも無いけど、時間が足りないわ。かなり傷んでは来てるけど、触った感じまだまだ壊れそうに無い。化物みたいな代物よ、アレ。ここは一度撤退して別働隊の成果を期待すべきね。」

「……口惜しいわね。」


ボウサは毒手でない方の左手の親指の爪を強く噛み、隠す気の無い悔しさを表現する。しかし一度逃げ出すと決めたのなら、即座に撤退するのが吉。彼女達はすぐに地面に潜って逃げ出そうとしたが、それをアキトがみすみす見逃す筈も無い。


「ディア!思いっ切りやりなさい!」

「ルガオオオオオオオオオオオオ!」


アキトはディアを召喚し、その強力な土導術によりボウサ達の居る真下の地面を空高く突き上げ、直後に元に戻した。ダメージこそ無いが地面から大きく離されてしまった彼女達は、神秘的な夜空を舞いながら墜落して来る。アキトはディアを『檻』の外に出し、地中から彼女達に向けて石弾を撃たせた。


「くっ⁉︎」

「舐めんじゃ無いわよ!」


しかし土導術を得意とする彼女達に、同じ属性の石弾は効果が薄い。二人は全身を更に硬化させ、ディアの石弾を全て弾きながら、地面に到達するまで耐えようとする。地面の中に入りさえすればディアしか相手が出来ず、二対一であるが故に圧倒的有利に立ち回れる為だ。


「交差召喚!」

「キャア⁉︎」


だがその狙いはアキトに見透かされていた。彼はディアの放ったある石弾がフウサに近付いた時、それを『檻』と交差召喚したのだ。それによりフウサは『檻』の中に閉じ込められてしまった。しかしボウサはそれが逆にチャンスだと考える。


「フウサ!そのまま『檻』を破壊して!私は奴を仕留めるわ!」

「了解よ!気を付けて!」


現在のアキトは無防備である。フウサを閉じ込めている限り、アキトは防御の為に『檻』を召喚出来ない。更にフウサがそれを破壊すれば二度と防御に利用出来なくなるのだ。アキトは一対一ならボウサと戦えると踏んだのだろうと彼女は考察し、その調子に乗った思い上がりを潰してやろうと構える。


(私が接近戦しか出来ないと考えているのなら、それは大きな間違いよ!)


ボウサは毒手の右手をアキトに向けた。実は彼女の指を覆う金属は分離可能で、しかも高速で飛ばす事が可能であり、その威力は厚い鉄板すらも貫く。『檻』なら容易に防げるだろうが、それをすればフウサが解放される。自分が攻めている側だと思い込んでいるのなら、その不意の攻撃に対応出来ないだろうとボウサは予想する。


(殺れれば御の字、そうでなくてもこっちは逃げられるわ。例え一矢だろうと報いてやる!土操導術・徹甲弾指!)


そして、より先端が細長く尖った棒状弾に変形した指に力を加え、連続で発射しようとした時、アキトは逸早くそれに気付いて『檻』を召喚した。仕留められないと悟ったボウサは攻撃を中断し、ディアの石弾を近寄らせない様にと長い棒を作って高速回転、執拗に飛んで来るそれらを全て弾いて行く。


「このまま接地したら、地中から一気に地竜を叩くわよ!フウサ、準備して!…フウサ?どうしたの?」


ボウサが呼び掛けても、フウサは何も反応しない。不審に思ってフウサの方を向くと、何故か微動だにしないのだ。地面に近付いても体勢を整えない事から何か問題があったのだろうと考えたボウサは、徹甲弾指を発射してその反作用で彼女に近寄り受け止める。すると彼女が完全に気を失っているのに気が付いた。


(一体何をされたの?まさかあの『檻』の中で何かあったの⁉︎ああもう!考えていてもキリが無いわ!今は逃げる事に集中よ!)


幸いフウサは息をしている。このまま彼女を抱えて行ったとしても、一目散に逃げれば地竜相手でも逃げ切れる可能性は高い。結局一矢も報いれなかったが、それでも撤退さえ出来れば態勢を整える事は出来る。ボウサは悔しさに檻とその中に居るであろうアキトを睨み付けた。


(覚えてなさいよ小僧!この借りは必ず…暴利を付けて返してやるんだから!)


そしてディアの石弾が撒き散らされている地面に棒を投げ付ける。その棒は横に向いて着地し勢い良く回転して散らばった石弾を弾き飛ばし、綺麗に掃除された地面を露出させた。更に地面を操られない様にと別の棒を投げ付け地面に突き立て、そこに導力を込めて地面を操る権利を占有する。


「良し、上手く行…って、ええええ⁉︎」


ようやく地面に到達し、そして取るものも取り敢えず地中に潜った彼女は、次の瞬間驚愕した。そこにあったのは『土』では無く、アキトがディアに用意させた巨大な『空洞』であったのだ。地面の中で再び空へと投げ出されてしまった彼女を待っていたのは勿論、ディアによる狙い澄ました一発の石弾である。


「あ…駄目…!」


地中に潜る体勢を整えていたボウサがそれを弾き飛ばすには、少々用意が足りなかった。地中なら自由に動ける小人も、空中では自由に動けない。防ぐ事も避ける事も叶わず、石弾の接近を許してしまった彼女は、下から自身を照らすライトの持ち主を見て自らの失態と敗北を悟った。


「何で…!」

「…交差召喚。」


どこまでも冷静な声が、ライトで照らされた空洞の中で小さく響く。その少し後、二人の小人を閉じ込めた『檻』が、大きな音を立てて『彼』の目の前に落ちて来た。『彼』はその中に確かに標的を閉じ込めた事を窓から覗いて確認すると、一つ溜息を吐く。


「どうやら上手く行った様ですね。有難う、ディア。お陰で助かりましたよ。」

「キュイキュイ!」

「さて、後は片付けですね。折角作ってくれた空間ですが、このまま放置すると怒られてしまうんです。すみませんが、また埋め戻してはくれませんか?」

「キュイキュイーン!」

「そうですか、有難う。御礼に後で上質な腐葉土を沢山ご馳走しますからね。」


上機嫌に吼えるディアを撫でるのは、勿論アキトである。彼はボウサから徹甲弾指を受けそうになった時に『檻』を召喚したが、実はその中に隠れてなど居なかった。その影に作らせた穴から地中に先に潜り、様々な準備をしつつボウサが潜って来る瞬間を待ち構えていたのである。









「さあ、話して下さい。貴女達が言っていた『別働隊』とは何ですか?一体何を企んでいるんですか?」


地上に出たアキトはディアに地中の修復と監視を頼むと、囚人に扮していた護衛達と合流し、彼等と転移契約を結ぶと付近の監視を依頼する。そして共に地上にもって来た『檻』の中に閉じ込めたボウサ達の尋問を始めた。


「さあ?何の事かしら。それにもし私がそれを知っていたとしても、貴方に素直に話すとでも思うの?」

「どうあっても話さないと?」

「それは貴方の態度次第ね。どうする?私達の片割れでも殺して脅す?私は構わないわよ。どうせ死ぬのは操られている『身体』の方だけだし。」

「つまり貴女達は洗脳されている。だから情報を聞き出そうとしても無駄だと?」

「ふふふ、そう言う事。残念だったわね。でも…条件次第では話して上げなくもないわよ?」


思わせ振りな事を言っているが、ボウサは無論、本当の事は何も話す気など無い。それどころかアキトが手荒な事をしないのを良い事に気絶したフウサを堂々と起こし、『檻』を破壊しようと試みる程に反抗的であった。更に言えばアキトが地上に出て来た事で、彼女達は勝機すらも見出していた。


(もうすぐ異変に気付いたウパカル殿が到着する筈。騒動を聞いて駆け付けた護衛の奴等もこの辺りから離れている。このままこいつを外に出させ続けていれば、空からの雷撃で仕留める事も可能ね。)


ボウサ達は元々、アキトを避難させる名目である廃屋に誘導する予定であった。そこには彼女達の仲間であるウパカルが潜み、何かあった際のバックアップを担当する事になっていたのだ。しかし約束の時間はとっくに過ぎているので、ウパカルが異常事態に気付いて様子を見に来るだろうと考えていた。


(フウサの話だとこの『檻』の中に閉じ込められた時、何かする前に怪しい煙に包まれたとか。恐らく内側に描いた転送陣を利用して、小型の睡眠ガス発生装置か何かでも送り込んだのね。でももうその陣は破壊したし、今の私達に何かするには『檻』を退かすしか無い。)


もしアキトが痺れを切らして彼女達に干渉しようとすれば、その隙を突いて攻撃する事も狙える。とは言え、不用意に動く事が少ない彼はそんな真似はしないだろう。だが『檻』が破壊出来ればその余裕も無くなる。それを監視させる為に、敢えて『檻』を攻撃し続けていた。


(ウパカル殿が到着するまでの間、こいつを外に出させて置くにはただ暴れるだけでは不充分ね。他の何かで惹きつける必要が有るけど…どうしようかしら?偽の情報でも流そうかしらね。)


そんな事を考えていると、窓から見える遠くので小さく一瞬、稲光が光った気がした。十中八九ウパカルだろうとボウサは思い、後もう少しの辛抱だと考えて、アキトの注意を空から逸らさせる為に話し掛けた。


「ねえ、どうする?このままだとこの檻、壊れちゃうわよ?そうなると殺すか殺されるしかないわね。坊やはどうしたいの?」

「殺したくもないですし、殺されたくもありません。貴女達を傷付けこそすれ、生きたままトース卿の下に返すと約束しましたからね。」

「あら嬉しい。そんな可愛い顔して意外と義理堅いのね坊や。嫌いじゃないわ。寧ろ好きよ、そう言うの。」

「冗談は結構です。」

「あらあら、つれないのね。お姉さん、見事に振られちゃったわ。義理堅いのは良いけど、お堅過ぎるのは考え物ね。そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」

「…大きなお世話ですよ。」


くだらないやり取りをしながら時間を稼ぐ。今か今かとウパカルの到着を信じて。しかしそれにも限界はあった。やがて取り留めの無い会話に付き合い切れないと、アキトの方から話を切る。


「…ボウサさん、もう結構でしょう。いい加減諦めて下さい。」

「諦める?何を?」

「……援軍の到着ですよ。貴女、さっきからわざとらしく時間稼ぎしていますし。待っているんでしょう?味方がやって来るのを。」


図星を突かれ、ボウサは押し黙る。しかし諦めてなどは居なかった。アキトは援軍の到着とは言ったが、それが空から来る物とは言っていない。つまり地上からの援軍を警戒しているのであり、故に護衛達に周辺を監視に行かせているのである。ボウサは心の中でほくそ笑む。


(ふふ…完全に私達に打つ手なしと考えているわね。でもその油断が命取りよ。さあ、後悔する暇も無くあの世に行きなさい…!)


稲光が見えてから経過した時間的に考えて、もうウパカルは到着している筈である。そして完全に油断し切っているアキトの背後に、何者かが音も無く降り立った。それを見たボウサは、もうどうしようもない程に驚いた。


「嘘…そ、そんな…!」


彼女の視線の先に居たのは、確かに紛う事無くウパカルであった。しかし、今の彼は一人では無かった。しかも彼自身は情けなく気絶して伸びており、その身体を何者かに抱えられていたのだ。それは明らかに『やられて捕まった』状態と言う他に表現のしようが無かった。


「何で…!どうしてここにいるのよ⁉︎」


そのウパカルを倒した人物は、現在『モトノ・マヒト』の護衛をしていてこの場には居ない筈の人物にして、『幻影死神』の異名を持つ元『神月』幹部の風導術使いこと『コチヤ・ドウシン』であった。彼はウパカルをその場に置いてアキトの方を見ると、アキトはボウサからそちらに視線を移す。


「僕は知っていますが、貴女に話す義理は有りませんね。」


ボウサの嘆きにも似た質問を、アキトは後ろ向きでバッサリと切り捨てた。実はヒサメが外務省に連絡したのはマヒトに情報を伝える為であったのだ。その目的の一つは彼を護衛するコチヤを呼ぶ事であり、ボウサがアキトを連れ出す際に彼がアズに質問した本当の意味は、コチヤが到着したかの確認であった訳である。


「コチヤ先生、お疲れ様でした。」

「いえ、そこまで疲れても居ませんよ。この方目は良い筈なのに、先に空に居た私に全然気付かなかったんですからね。簡単に仕留められました。」

「…流石、と言うべきなんでしょうか。」

「……余り気を遣わなくて良いですよ。かえって気不味くなるだけですから。」


微妙な雰囲気にアキトが困って苦笑いをすると、コチヤは申し訳無さそうに会釈した。そしてこれで今度こそやっと終わりか、今日も一日中大変だったなと溜息を吐いた…その刹那であった。


「…アキト君、危ない‼︎があッ⁉︎」

「コチヤ先生⁉︎」


突如として、それはやって来た。まるで目に見えない死神に刈り取られたかの様に、コチヤの意識が無くなってしまったのだ。急いでアキトがコチヤの状態を確認しようとした時、彼の長い黒髪を僅かな風が撫でると共に、最早聞き慣れてしまった涼しい声が聞こえて来た。


「やれやれ。全く世話の焼ける小人さん達だね、本当に。」

「貴方は…まさか!」


それは黒い虎の鉄仮面を被る青年にして、今まで何度もアキトの敵の手伝いをして来た人物、そして現在はトースに雇われボウサ達を助けに来た『ソヨカゼ』であった。そんな彼の襲来に、アキトは再び溜息を吐く。それは勿論、安堵の溜息などでは決して無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ