表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カベタス・サマナー  作者: 休眠熊
127/132

第28話

鹿の角を持つ男は、何本もの蔦をキツネに向けて放つ。それを見たムラクモは反射的に左足を素早く円を描く様に蹴り上げ、そして小さく跳んで同じ軌道を後追いする様に右足も蹴り上げた。その一連の行動で、彼が両足にまとっていた大量の水が勢い良く放たれる。


「水刀弍斬!」


その蛇の尾にも似た二振りの水流の鞭は岩すらも容易く切り裂く威力を持っていたが、男の放った木導術の蔦には相性が悪く、激突した際に跡形も無く霧散してしまった。しかし蔦の方も勢いだけは殺し切れず、その軌道を逸らされ狙いを外してしまう。その隙にキツネは一目散に逃げ出した。


「逃すか!狐目!」

「動くな!動けば撃つぞ!」


逃げるキツネ目掛け男は再び蔦を放とうとするが、ムラクモがそれを遮り、自身の銃で狙いを付けた。召喚された際に縁絶鋼製銃弾は失ったものの、彼は通常弾も所持しており、かつそれでも身体にダメージは通る。それを知る相手であれば、銃口を向けるだけで大概は動きが鈍る筈であった。


「退けい雑魚が!」


しかし男に気を留める素振りは全く無く、撃たれる事をも憚らずに何本もの蔦をけしかける。それに対してムラクモもやむ無く即座に発砲し、相手の腹部に見事命中させたが男は怯みもせず、逆に男の放った蔦により所持していた銃を弾かれてしまう。


(マジかよ⁉︎)


男は驚くムラクモを無視して、続く蔦で今度はムラクモ自身を攻撃しようとするも、そちらは彼の華麗なブリッジにより避けられる。更にムラクモは勢いそのままに足を振り上げてそこから水導術を素早く放ち、男の体にカウンターで命中させて男自身を弾く事で上手い事距離を取った。


「返刀地斬!あっぶねえ!」

「ぐ、おのれ小癪な…!」


先にムラクモを倒すべきかと考えを改めた男は、後方宙返りしている最中のムラクモに向けてその着地の隙を狙った追撃を放ったが、それが直撃する前に姿が消える。アキトの召喚術であった。逃がすまいと男がそちらを向いた時、丁度アキトの方から何かが外れる様な軽い金属音が聞こえた。


「この音…させるか!」


アキトがその何かを投げようとしたので、男はそれを妨害しようと蔦を放つ。だが、その隙を狙って男目掛けて高速で移動する物体で迫っていた。それはディアの放った大量の石弾であった。アキトが男の意識を引き付け、その死角に移動させたディアによって不意打ちを仕掛けさせたのだ。


「甘いわ!」

「ルガオウ⁉︎」


しかしその石弾を、男は見向きもせずに蔦で弾き落とす。そしてお返しにと放たれた蔦がディアを捉えようとするも、そちらもまたアキトの召喚により逃がされてしまう。上手く攻撃が決まらない事に男は苛立ちながら、アキトを再び攻撃しようとした次の瞬間、彼の足下に『それ』は現れる。


(手榴弾だと⁉︎)


反応する間も無く、強い閃光と強烈な爆音が男を襲う。ディアの放った石は、実は作った直後に所有権をアキトに譲渡する様に予め取り決めてあった。つまりディアの攻撃は単に男の行動を妨害するだけでは無く、そう見せかけて男の足元に石をばら撒き、交差召喚の起点とする為の『布石』でもあったのだ。


「ぐおおおお!」


そしてたじろぐ男に、ディアの放つ容赦の無い石の雨が降り注ぐ。それでも男は無理やりその雨を掻い潜り、何とかアキト達を捕らえようと向かって来る。かなりの速度の石がぶつかっているのにも関わらず大してダメージは無い様子であった。その頑丈さにアキトは少し驚くものの、即座に冷静さを取り戻す。


「…迎え撃ちます!警部殿、接近して攻撃を仕掛けて下さい!」

「合点承知!」


まずアキトは男の後方に散らばった石の一つとムラクモとを交差召喚し、彼に相手の背後を取らせる。同時に木導術に弱いディアをシルバーナ達の側に護衛として送って逃し、再び手榴弾を召喚してピンを抜くとすぐに男に投げつけ、また男の攻撃を回避する為の盾として巨大な鉄塊を目の前に召喚した。


「二度同じ手は食わんぞ!召喚使い!」


男は手榴弾を取る前に複数の蔦を使って周囲の石を残らず一掃し、それから手榴弾を別の方向へと投げ飛ばし、爆ぜるのを確認する。そしてそのまま蔦を繰り出そうとした時、背後からムラクモが銃を撃ちながら近付くのと同時に、鉄塊の向こう側で誰かが駆け出す音が聞こえる事に気付いた。


(この音、まさか奴め逃げ出したのか?そう言えばさっきから地竜の気配が無く、手榴弾のピンを抜く音も聞こえない。奴が迎撃と言ったのは俺を警戒させ、あえて反撃させる為の嘘だったか。)


ムラクモの主要な攻撃は水導術に銃撃のみ、つまり男に対する有効な攻撃手段を持たない。従って男を倒すのなら先程の様に連携して戦う必要があるのだが、ムラクモに対して軽く反撃して見ても一向にその様子が無い。そこで男は、これは闘争に見せかけた逃走では無いかと勘繰っていた。


(とすると鉄塊は逃走を視覚的に隠す為の壁、召喚で退避可能な水使いは時間を稼ぐ為の囮だな。ならば馬鹿正直に相手してやる意味は無い。先に奴を潰すのが正解だ!)


幸いアキトの位置はそこまで離れておらず、ムラクモを無視すれば逃す暇も無く捕らえられる程度しか距離が無い。そう概算した男は、近付くムラクモには牽制程度の蔦を放ち、アキトの方へと集中的に攻撃を仕掛ける。しかし、そう男が考える事こそが正にアキトが狙っていた物であった。


「掛かったな馬鹿め!」

「何…?」


男にかなり接近して来ていたムラクモが、丁度左手に召喚された石を投げて消える。更にその直後にその石と小さな物体とが入れ替わった。それは先程の閃光手榴弾でも普通の手榴弾でもない。男は急いでそれを弾き飛ばそうとしたが、その暇も無く即座に炸裂し、男に巨大な炎を噴きかけた。


「があああああああああ!?」


それは周囲に強烈な炎を撒き散らす『焼夷手榴弾』であった。しかも男に気取られないようにと鉄塊の背後で密かに、また音が出ない様に『ピンの抜けた状態』で再填召喚し、男が投げ返す暇も無い様にと炸裂するタイミングを調整した物である。


「上手く行きましたね。大使殿。」

「ええ。警部殿とカスミ先生の助力、それにマヒトさんの情報のお陰ですよ。」


銃の弾丸すらもたじろがない男であったが、炎は苦手であったのか酷く苦しそうに呻き、燃えながらのたうち回る。そんな燃える男を遠くから横目に見つつ、アキトはムラクモに礼を言った。すると、彼は少し苦々しそうな顔で答礼する。


「どう致しましてですよ。ただ…俺達に作戦の概要を全く知らせず、姐御の察しの良さだけに賭けるってのは、少しやり過ぎな気もしましたけど。」

「ああ…すみません、向こうに気取られる訳には行かなかったもので。それに、先生や警部殿だったら僕の浅知恵程度簡単に見抜いて、しっかり合わせてくれると信じてましたから。」

「んな無責任な…。大使殿って本当、変わっていると言うべきか何と言うべきか…。」


実は焼夷手榴弾の流れは、ムラクモ達に一切相談していなかった。アキトはただ鉄塊を召喚して隠れつつ、ピン付き焼夷手榴弾とそれと同等の大きさの石を召喚して、スライムに見せただけであった。それだけでカスミはアキトのやりたい事を察して、ムラクモに適切な指示を出したのである。


『御二人とも、もう少し緊張感をお持ちなさい。敵はまだやられてはおりませんわ。だのに、幾ら何でも気を抜き過ぎですわよ。』

「おおっといけない。さて、注意の引き付けと様子見はこれ位にして、我々も公女様の下へ向かいましょうか。事務次官殿も無事合流したみたいですし、早くしないと『次』が来てしまいます。」

「はい、行きましょう。」


最早燃え尽きて動く事の無くなった男を尻目に、アキト達はシルバーナ達の待つ檻の有る方向へと走り出す。しかしすぐにその足は止まってしまう。ディアの作った土の道が割れ、そこから『木の根』が這い出してアキトの足を捕らえようと襲い掛かって来た為だ。


「大使殿!」

「僕は大丈夫です!警部は空を飛んで周囲の警戒を!」


アキトは素早く後ろに飛び退きつつ先程の鉄塊を召喚して、襲い来る木の根を押し潰し、その手前に机を召喚して踏み台とする事で素早く鉄塊の上に登る。そして跳躍しては下に鉄塊を召喚して足場にする事を繰り返して、無理やり先へと進み始める。すると、急に辺りが暗くなって来た。


「気を付けて下さい。どうやら、照明弾の明かりが奴の木導術によって次々と消されていっている様です。」

「やはりそう来ましたか。暗視装置をそちらに転送します。そのまま監視を続けて下さい。」


それは男がアキト達の移動を妨げようとしての行動であった。しかし生憎とコウガは複数の暗視装置まで用意している程に心配性な人物である。アキトは即座に暗視スコープを召喚し、装着した。すると先程までは暗くて良く見えなかった天井が少し見え易くなり、そこである異変に気付いた。


「…警部殿、天井の様子が少しおかしいみたいです。」

「少々お待ちを…ふむ、木の根が縦横に張り巡らされている様ですね。少し確認しただけですがかなりの密度の様です。」

「土導術による地盤破壊を封じて来ましたか。やはり、氷導術を警戒している様ですね。」


更に男は天井、つまり地下と地上との間の地層に木の根を張り巡らせる事で、ディアによる天井破壊を封じ、上で戦っているであろうヒサメの参戦を牽制していた。しかし上は上でリード達がヒサメをアキト達とは逆の方向に引き付けている為、そのままでの合流はかなり難しい様に思えた。


「カスミ先生、病院の方の安全は確認出来ましたか?せめてルビィ達だけは安全な場所に逃がして置きたいんですが。」

『残念ながら、サイギ刑事もその手は読んでいますわ。既に病院に奴の手の者が来ており、捜査と称して貴方の転送陣を見張っているとの事です。基本的に、ワタクシ達とその関係者の家にはほぼ全て捜査の手が入っていると見て宜しいかと。』

「ここで守り抜く方が寧ろ安全と言う事ですか…やってくれますね。」


召喚術による逃走は非常に便利であるが、転送する場所が特定されると待ち伏せされかねないと言う弱点が有る。今回は警察の権力と人海戦術により、アキトの用意したそれらが殆ど全て特定及び占拠されてしまっているが為に、転送で外に逃す手段を容易には使用出来ない状態であった。


「…わかりました。ではカスミ先生が自由に動ける様になるまで、ここで何とか耐え抜きましょうか。あの人形を操っていたであろう『本体』の方はまだ見付かりませんか?」

『ええ。少なくとも今この時点では、近くにはいらっしゃらない様ですわね。大方、そこらの土の中にでも潜んでいるのでしょう。そう言えば、キツネさんの見立てでは確か、あの方はアビス王国貴族所縁の方だとか。』

「はい、鹿型のロクドオン伯の関係者だそうです。恐らくはカゲロウさん達の偽装奴隷船に乗ってやって来た強硬派工作員の一人でしょう。だからキツネさんを狙っていたんだと思います。」


アキトは昼間のマヒトによるアビス王国の現状の説明を思い出す。その中の強硬派所属の導族の一つに、鹿型導族のロクドオン伯爵の名前も出ていた。彼等は木導術と音導術の使い手であり、精巧な木偶人形を作って遠くから操作する事、そして音による状況把握と遠距離攻撃とを得意とする導族である。


「マヒトさんの情報通り、かなり厄介な人形使いのようですね。」

『ええ。本物そっくりな人形を木導術で作る事は不可能ではありませんが、相当な技術を必要としますからね。そしてその自慢のお人形を見せびらかした結果、今の様に無様な姿を晒す程度には厄介な人物…これは確かに、お味方が可哀相ですわ。』

「いえ、そう言う意味で言ったつもりでは。」


つまり先程の男は『木導術製の木偶人形』であったため、水導術や通常弾に対して異常なまでのタフネスさを誇っていたのだ。しかし、その不自然さ故に人形であるとすぐに見破られ、ムラクモに対する油断を利用され、弱点である炎を使った攻撃を受けて行動不能になってしまった訳である。


『しかも、肝心の情報収集能力の方はそこまで高い実力ではありませんわ。今の攻め方が少し雑になっているのも、今まで人形の実力に頼り過ぎていた弊害ですわね。それが潰された所為か、攻撃の正確性が低下しています。』

「音を聴きながら戦う方は、余り得意じゃないと言う事ですか。」

『ええ。どうやら人形作りに力を注ぎ過ぎたのでしょう。今は慣れない戦い方で苦戦していると言った所かと。全く…だから簡単にキツネさんを取り逃がしてしまったのですわ。こんな方に負けたとあっては末代までの恥ですわね。』

「さらっとハードル上げるの止めて下さい。」


一応彼の名誉の為に言えば、彼自身の実力は決して低くは無い。寧ろ高い部類には入るのだが、故に慢心していたのはカスミの読み通りではあった。アキト側に炎や氷使いが居れば多少は用心したのだろうが、それらが居なかった事で完全に彼等を甘く見てしまったのだ。


(しかし幾ら上手く攻撃をいなせても、本体を倒さない限りはこちらがジリ貧。木導術なら地中も関係無く攻撃可能ですし、こちらが不利な事には変わりません。大量の縁絶鋼製銃弾を持って来てれば、状況もまた違って来たのでしょうが…。)


そこでアキトは首を振る。相手戦力の読み違えはいつでも起き得るのだ。大事なのはその時に如何に対応して切り抜けるかである。そして移動しながらすぐに気持ちを切り替え、更に知恵をも巡らせる彼の頭に、一つの案が浮かぶ。早速彼はカスミにそれが可能かと問うた。


『ふむ…少々難しいですが、やって出来ない事ではありませんわね。』

「そうですか!ですが、警部殿の負担が相当な物になるのでは…?」

『それが何か?例の物はワタクシの家にある物を全てアキトさんにお譲りします。ムラクモさんには良く言っておきますわね。』

「あ、はい。」


有無を言わさぬカスミの声と、予断を許さぬ今の状況に、贅沢な事は言っていられないのだとアキトは思い知った。そして上空で驚いているムラクモに対して心中で謝ると、すぐに気持ちを切り替え何かを召喚する。現れたのは何らかの液体が入ったポリタンクとライターであった。


「警部殿、行きますよ!」

「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!まだイメージの準備が!」

『構いません。おやりなさい。』


アキトはムラクモの掌の上にポリタンクの中身の液体だけを転送し、続いて火の付いたライターをそこに投げ付けつつ防火服を交差召喚して身に付け、また暗視装置を外す。すると直後、ムラクモの手から巨大な火柱が上がった。アキトが召喚した液体、その正体は『灯油』であったのだ。


「ああもう!こうなりゃヤケだ焼けクソだ!もうどうにでもなりやがれェエエエエ!」


ムラクモは緊張と炎の熱さに珠のような汗を流しながら、燃え盛る『灯油』を操作する。それは最初こそかなり不安定に見えたが、すぐに長い鞭の様な形を形成して、周囲を明るく照らして行く。そしてアキトに四方から迫りつつあった蔦を闇から露わにして、それをまとめて薙ぎ払った。


「どうだ見たか鹿野郎め!水導術がいつまでも木導術に弱いと思ってんじゃねえぞコルルア!悔しきゃいつまでも隠れてねえで、早よ出て来いやこのド畜生が!火が怖いなら畜生らしくなぁ…どうか尻尾巻いて逃げてくれやがれってんだ馬鹿野郎がアアア‼︎」


水導術は主に水を利用する術だが、導力開発学園で詳しく解析する内に、それが正確には『液体』を操る術である事が明らかとなった。それを思い出したアキトは擬似的に炎を操る方法を思い付き、ムラクモはそれを見事に成功させたのだ。


「…ムラクモさん、かなり荒れてますね…。」


炎の燃料である灯油を補充する為にとムラクモの手に定期的にそれを転送しながら、先程までとは別人の様に振る舞う彼の姿を見て、アキトはポツリと呟いた。すると、彼の手からスライムがにょっきりと現れる。


『ムラクモさんはあれが素ですのよ。余りに余裕が無くなって地が出たのでしょう。あんなに追い詰められたムラクモさんの声を聞いたのは久し振りですし。』

「ああ…やっぱりかなり無理してますよね、あれ。」

『ええ。勿論、想定通りの強い負荷がこれでもかと掛かっていますからね。これにはワタクシも評価せざるを得ません。流石はアキトさん、ナチュラルに発想が鬼畜。やはりそちらの才能がお有りの様ですわね!』

「先生って本当、ブレないですよね。」


しかし幾ら液体を操れると言えど、水導術は基本的に『水』を操る事を想定しているため、『油』を操るのはかなりの慣れを必要とする。普段水しか操っておらず、かつ同時に水を操って空を飛び続ける特殊な術を並行して使用している彼には、そのイレギュラーな状態は相当な負担であった。当然、彼の脳は悲鳴をあげ始める。


「あううキッツい!マジで比喩無く意識が落ちる!大使殿、もうそろそろ限界です!今見える範囲の蔦を粗方焼き払ったら、追撃が来る前に公女様達の下へ急いで向かって下さい!」

『あら、もう限界ですの?貴方ならまだ行けるでしょう?』

「流石に冗談キツいっすよ姐御!まだ終わっちゃいないのに俺がダウンする訳にゃ行かないでしょう⁉︎こんな状況でサドっ気出さないで!マジお願い!」

『ふふ、ではその必死さに免じましょう。と、その前にこれをお持ちなさいな。アキトさん、例の物を投げなさい。ムラクモさん、くれぐれも素手で受け取ってはいけませんわよ?』

「え…うわッ⁉︎」


泣き言を叫びながらも数十メートルはあるであろう巨大な炎の鞭を縦横無尽に振り回し、木の根や蔦で生い茂る辺り一帯を容赦なく炎の海に沈めて行くムラクモ目掛け、アキトが何かを投げる。ムラクモが慌てて片脚の膝裏で器用にキャッチしたそれは、黒い綺麗な石が嵌め込まれた『ペンダント』であった。


『貴方も一度は使ったのですから、それの扱い方と注意点はわかりますわね?そろそろ向こうも仕掛けて来ますわよ。』

「ああ…やっぱそうなるっすよね…。」

『ほら、グズグズしないでさっさと準備なさい?貴方の実力ならアレも可能な筈ですわ。』


嫌そうな表情を浮かべながらムラクモは溜息を吐き、灯油の制御を放棄して目を閉じ、何かに集中する。そしておもむろにペンダントを掲げた次の瞬間、何かが弾ける様な音が響いた。それは敵の音導術による遠隔攻撃を、縁絶鋼のペンダントで無効化した時に起きた物であった。


「ふう…どうやら上手く行きましたね。驚く奴の間抜け面が拝めそうです。」

『ええ。初期振動の制御も碌にせず音導術を使うなど言語道断。おかげで何処から撃って来たのかが丸わかりでしたわ。相手の方は本当に色々となっておりませんわね。』

「簡単に言いますけど、それってかなりの高等技術っすよ?相変わらず姐御は要求事項がパないっすね。」


ムラクモは目を開けて掲げた右手の方を向く。その視線の先には未だ燃えていない『壁面』に張り巡らされた木の根の網の隙間から、先程の男と同じ顔の、鹿の角を持つ人物が顔を出していた。それは正しく『本体』であり、音導術を無効化された事に動揺している様子だとムラクモは言う。


(音導術の初期振動を感じ取るなんて芸当も、かなりの高等技術の筈なんですけどね…。しかも水を使って望遠レンズを作るだなんて、地味に難しい事を平然と…流石は水導術使いの雄『イズモ』の血縁者と言う訳ですか。)


水導術には『液体』のわずかな振動を知覚する技がある。そこでムラクモは薄い水の膜を周囲に幾重にも展開し、音導術の『初期振動』ーー音導術の本体が通過する前に生じる小さな振動を捉え、ペンダントに付いている縁絶鋼部で男の音導術を防いだ訳である。


「それにしても、急に大人しくなりやがったな。用意した攻め筋が潰されて焦ったか?」

『少なくとも真正面から馬鹿正直に攻めても無駄だとは、無い頭でもやっとこさ悟れたのでしょうね。ここから攻めて来るとすれば、次は搦め手を絡めて来る可能性が高いですわね。』

「俺もかなり消耗して来たし、ここいらで大人しく帰ってくれると正直助かるんですが…ま、そうは問屋が卸さないですよね。」

『その通りですわ。となればさっさとキツネさん達と合流しましょう。とか言ってる内にほら、早速仕掛けて来ましたわよ?』


スライムが触手を伸ばし、ある方向を指し示す。その方向にはシルバーナ達が立て籠もる『檻』があるのだが、何やら様子がおかしい。どうやら男の放った蔦に巻き付かれている様子であった。それを見てアキトは、先程の攻撃は自分達を引き付ける為の囮であったのだと理解した。


「不味い…キツネさん!」

『お待ちなさいな。まだ中の方達は無事ですわ。幾ら木導術を使おうと若様の檻は簡単には壊れませんし、確か音導術にも対応出来る様にと導力を込めてあった筈です。』

「ですがそれにも限界は有ります。いざとなればルビィ達は召喚術で逃がせますけど、キツネさんとは契約を結んでいません。」

『なら、檻を破壊される前に何とかすれば良いだけです。あれは例えマグマに包まれようと内側温度は殆ど変化しませんし、酸素ボンベも転送可能。と来ればムラクモさん、出番ですわよ?』


カスミの嬉しそうな声に、ムラクモは嫌そうに溜息を吐く。そして再び油を操り蔦を焼き払おうとした時に、何かを感じたのか慌ててペンダントを掲げる。すると先程と同じ音が響いた。男が音導術による攻撃を仕掛けて来たのである。


「…なるほど、搦め手とはコレの事ですか。」

『うふふ、どうやらそれなりには考えて来た様ですわね。先程の行動で、ムラクモさんが音導術に対する防御と燃える油の操作、同時に出来ない事を見破られましたわ。』

「チッ…舐めた真似してくれるじゃねえか、あんにゃろう。ですがそれは向こうも同じじゃないですかね?系統違いの導術の同時使用は、相当に難しい芸当ですよ?」

『だからこそ檻の包囲網を先に完成させたのですわ。こちらが防御に専念すればその間に蔦で檻を攻撃、油を操ろうとすれば音で牽制と言う訳ですわね。これはムラクモさんだけでは突破は厳しいでしょうね。』


そう言いながら、スライムは頭(?)の部分をアキトの方に向ける。アキトが動かねば状況は悪くなる一方だろうと言っている様であった。最悪の場合は、導術を問答無用で無効化するシルバーナの動員で如何様にも出来るのだろうが、それはアキトの本懐では無い。そこで彼は彼女に頼らない方法を簡単にまとめて大きく頷く。


「警部殿。足下からの攻撃に備えて、僕を背負って飛んで下さい。僕が縁絶鋼を持って音導術を防ぎます。先生は僕に敵の攻撃を知らせて下さい。」

「はあ…やっぱりそれしか無いですか。それじゃあ俺はもう少しだけ踏ん張りましょう。」

『音感知の方は任されました。奴がこの程度の実力であれば、この姿でも訳有りませんわ。アキトさん、攻撃の方はアキトさんが先導なさい。』


一人で出来ない事ならば、三人で協力すれば良い。ムラクモは空を飛んで檻を囲む蔦に油を撒き散らし、彼に背負われるアキトはカスミの助言を得て音による攻撃を防ぎつつ、隙を見て放火する。それはシンプルな方法ながらも確実に蔦を焼き払い、遂には檻をそれから解放する事に成功する。


「良し、何とか上手く行きましたか。」

『ええ、こちらの方はそうですわね。ですがあちらの方は少し遅かった様です。ご覧なさい。』

「え…?あ、ああ!しまった、やられました‼︎」


アキトはカスミに言われた方向を向いて絶句した。正確にはその可能性も彼の頭の片隅にはあった。しかし『彼等』まで守り切る事は難しいと言う事で、無意識に切り捨てていたのかも知れない。だがいざ目の前でそれが実現してからでは手遅れである。アキトは自らの失策を嘆いた。


「…あちらの方が、本命でしたか…。」


それはサイギに見捨てられ、アキト達によって救われた警官達が木の根に捕まっている光景であった。ディアの作った即席の檻では、男の木導術を防ぎ切れない。アキト達がシルバーナ達を助けようとしていた時に、もう一つの檻を秘密裏に下から木の根で破壊して彼等を捕縛していたのだ。


『それは恐らく違いますわ。彼等はワタクシ達にとっての敵、先程は成り行きで助けたとは言えども、ワタクシ達に対する人質にするには不安要素が多い。状況が劣勢と見て、一か八か作戦を切り替えたと見るのが自然です。』

「しかし、僕はその作戦を読み切れなかった。僕の負けですよ…。」

『確かにそうですわね。若様の檻は、まだ持ち堪える事が出来ました。先に彼等の方を助けていれば、貴方なら全員を無傷で守り切る事も出来たでしょう。少しばかり安全策に走り過ぎたと言わざるを得ませんわ。』

「く……。」


アキトにとって最優先はシルバーナ達の安全であり、例えレンの作った檻がどんなに頑丈であろうと不確定要素はなるべく早く除去したいと考えていた。その結果として『一番』大事なシルバーナ達を守れて、『二番以下』である彼等を守れなかったのは必然であったのだろう。カスミの冷静な指摘に、アキトは悔しそうに俯いた。


「ですが大使殿、奴も彼等を人質とするのなら余り手荒な事はしないでしょう。そしてこちらが手をこまねいていると言う事が向こうに伝われば、奴は自身の作戦が成就したと考える。そこに付け入る隙が生まれませんかね?」

「聴こえているぞ!水使い!」


ムラクモがアキトを励まそうとした時、何処からともなく声が聞こえて来ると共に蔦が飛び掛かって来る。ムラクモがそれを回避してそちらの方を向くと、ピンと張った蔦の上を綱渡りの要領でゆっくりと歩いて来る鹿の角を持つ男の姿が、周囲の炎の明かりに照らされながら現れる。


「どうした?お前が出て来いと言うからこうして出て来てやったのに、挨拶も無しか?」

「ケッ、何を余裕ぶっこいてやがる。人形使ってテメエ自身は散々逃げ隠れしておいて、有利になったから顔を見せに来たってか?性根が腐ってんだよ鹿野郎!」

「弱い犬程良く吠えると言うが、その吠え方では哀れ過ぎて野生の鹿すら逃げ出さんだろうな。さて、お前には悪いが相手をしてやる暇は無いのだ。さっさとあの狐目男をこちらに引き渡して貰おうか。さもなくば…。」


男はパチンと指を鳴らす。すると、蔦に捕まっている警官達が一斉に悲鳴を上げ出した。蔦がキツく締まり、彼等の内臓を強く圧迫している様であった。地面を抉る力で締め付ければ、人の体など簡単に破壊されてしまう。それをしないのは無論、彼等を利用する為に他ならなかった。


「テメエ!」

「吠えるな雑魚が。まだ誰も死んではおらぬわ。だが次何か口答えすれば一人絞め潰し、辺りに五臓六腑を吐き散らかせてやる。時間稼ぎをしようとしても同様だ。わかったら少し黙っていろ。」

「…卑怯者め…。」


ムラクモは悔しがる表情を見せながらも、そのまま押し黙る。例え人質がサイギの部下の警官達であり、自分達の命を狙って来た者達であろうと、救える命をみすみす見捨てるのは彼の警察官としての誇りが許さなかった。その顔を見た男は対照的に、満足そうな笑みを浮かべる。


「さて、そっちの召喚使い。あのやけに硬い囲いの中から狐目男を連れ出して来て貰おうか。炎はまだ燻っているが、防火服があるから大丈夫だろう?言うまでも無いが、怪しい動きを見せたり不自然に時間を掛ければ人質を殺すからな。」

「何故僕に言うんですか?新たに蔦を巻き付けて力を込めれば、いつかは壊せますよ。その役を他人の、しかも敵に任せる方が危険だとは思いませんか?」

「……フン。その誘う様な口振り、やはり怪しいな。大方、俺の気を逸らしている間に何かする気だったんだろう?だがその手には乗らん。俺は惑わされんぞ。貴様の話など聞いてやるものか!」

「そうですか、それは至極残念です。」

「そのうるさい口を閉じろ!いい加減耳障りだ!いいか?二度は言わん。その水使いを別の場所に転送し、然る後に速やかに奴を連れて来い。俺はいつでも人質を殺せると言う事を忘れるな!」


男は明らかに怒りながらアキトを睨む。これ以上何か言おうものなら人質の一人や二人、軽く殺されてしまうだろう。その形相は彼の本気を知らしめるのに充分であった。それを見たアキトは捕まっている警官達、そして檻の中に隠れているキツネ達の方を見て、何かを諦めた様に首を振る。


「…わかりました。警部殿、僕を下ろして下さい。あの人の望み通り、キツネさんをあの檻から出して来ます。貴方も別の場所に転送しますので、準備の方をお願いします。」

「しかし!」

「大丈夫。キツネさんもヒサメさんも、きっとわかってくれますよ。僕が保証します。警部も先生も、それで構いませんよね?」

『ええ、致し方ありませんわね。』


ムラクモはアキトの言葉から何かを感じ取り、彼の言う通りゆっくりとアキトと共に燃えていない地面に降り立つと彼をそこに下ろす。そしてそのアキト達の姿を見下ろすして、勝ち誇った様に笑う男をアキトは真っ直ぐに見上げながら、ムラクモの肩を軽く掴むと小さく呟く。


「…どうやら僕はここまでの様です。後は頼みます、ヒサメさん。」


結局は他人に頼る事しか出来ない。そんな非力な自分が情けない。しかしどんなに嘆いても事態が変わらないのが現実である。だからこそアキトは、ためらわずに頼ろうと考えていた。それが彼の出来る精一杯であるのなら、それこそが彼のすべき事なのだと『最初から』わかっていたのだ。









時は少しさかのぼる。アキト達が地下で突入して来た警官隊に応戦している時、地上ではリードとヒサメが戦っていた。リードの部下の広範囲導術により氷導術を封じられてしまったヒサメは、縁絶鋼製銃弾を主に使用して何とかリードの攻撃をいなし続けていた。


「…よもや、導術無しでここまで俺と渡り合うとはな。貴君の実力には恐れ入る。」

「世辞は要らん。それに俺はそこまで強くはないぞ。ただ単に縁絶鋼製銃弾が強いだけだ。」


ヒサメと対峙するリードは、既に幾つもの炎を連続してヒサメに放っていた。しかし、ヒサメの的確な射撃により彼に当たる炎だけを上手い事消され、未だに決定打を打つ事が出来ずにいた。だがヒサメの方も貴重な銃弾を消耗させられる為、ゆっくりとだが着実に追い詰められていた。


「謙遜だな。縁絶鋼は確かに強いが、扱い方が上手くなければ脅威にはならぬよ。貴君の射撃能力に状況分析の正確さが無ければ、貴君は今頃消し炭になっていてもおかしくは無いのだからな!」


リードは再び幾つもの炎の玉を吐き出す。それは周囲に展開されている特殊な炎の影響を受け、何倍もの大きさにまで膨張しながらヒサメに襲い来る。


「貴様が慎重過ぎるんだよ。だから俺もこうして未だに持ち堪えていられるのだ。貴様はこちらの弾切れを狙っているんだろうが、そんな悠長な事をしていて後悔しても知らんぞ!」


対するヒサメは縁絶鋼製銃弾を炎に向けて撃ち込む。しかもただ撃つのでは無く、銃弾の軌道や炎の玉の軌道、リードの位置等を考慮して撃つ事で、たった一発で防御と攻撃とを両立させる。しかし炎こそ消せたものの、その先にリードは居なかった。炎に隠れて何処かに移動していたのだ。


(この炎の揺らめきのパターンは…右だ!)


炎に紛れて接近するリードの気配を感じ取ったヒサメは、急に横に跳びつつその方向に向けて銃を撃つ。すると丁度そこに現れたリードの左腕に見事、銃弾が命中する。同時に彼の吐いた炎が全て消え失せ、炎による推進力を失った彼はバランスを崩しながら着地する。


(良し!これで奴は導術が使えな…い⁉︎)


リードの炎導術が縁絶鋼で封じれたとヒサメが考えた次の瞬間、リードは前回り受け身からの立ち上がり様に、強烈な炎を吐き出した。慌ててヒサメは炎を避けつつ何が起きたのかとリードの左腕を見ると、そこには大きく肉が抉れ、更に炎でその傷が潰された跡があった。


「くははは!危ない危ない、読まれるとは思わなんだ。貴君に対して少しでも油断を見せればほら、この通りだからな。これは慎重にならざるを得んよ。」

「まさか肉を噛み千切って縁絶鋼を除去するとは…その豪胆さ、やはり凄まじいな。それほどまでに上司が怖いのか?それともそれだけの重責を背負わされているのか?」

「何方もだ。その質問、やはり貴君もまた我等と同じ立場の者であったか。だが同情は要らぬよ。今はそれ以上に楽しくもあるのだ。貴君の様な手練れと、こうして真正面から本気で戦う事が出来るのだからな!」


リードは攻撃的な笑みを浮かべながら再び巨大な炎を吐くと、それと同時にあちこちで爆炎が上がる。ヒサメは彼の居る方に向けて銃弾を一発放って炎を消しながら突撃すると、そこにあったのは喰い千切られた彼の腕の肉片だけで、やはり彼は居ない。すぐに周囲を見渡したが彼が突撃して来る様子は無い。


(先の爆炎は、飛んだ方向をカモフラージュするための物か。奴め、何を企んでいる?)


ヒサメが再び周囲を見渡すと、彼の後方から大きな炎が噴き上がるのが見えた。それは二つの巨大な壁となって、左右の斜め後ろ方向から挟み込む様にしてヒサメに襲い掛かって来る。


(これ以上の銃弾の浪費は避けたい。ここは避けるか。)


残弾数が心許無くなって来ていたヒサメは銃撃で炎の壁を消す事はせず、炎の無い前方へと走り出す。するとそれを見計らったかの様にそこに炎の壁が現れ、彼の行く手を遮った。ヒサメは三つの炎の壁に見事、囲まれてしまったのだ。


「だろうな!見え見えなんだよ!」


それはヒサメを倒す為の攻撃では無かった。リードはヒサメに避け切れない攻撃を放ち、強制的に銃弾を消費させようとしていたのだ。無理に攻めるよりも隙は無く、ヒサメの側もリードを捉え切れない。このまま長期戦に持ち込んで、弾切れを起こさせる気だろうとヒサメは考える。


「これでどうだ!」


だから、ヒサメは銃を撃たなかった。その代わりに真っ赤な塊を炎の壁に軽く投げ付ける。それは山なりの放物線を描きながら壁にぶつかり、一瞬焦げた臭いを放ったかと思いきや、直後になんと炎の壁を綺麗に消してしまった。ヒサメが投げた物、それは先程リードが吐き捨てた、『縁絶鋼製銃弾』入りの肉片であったのだ。


「対導術防御用に使えるだろうと、さっき拾っておいて正解だったな。だが、余り持っていて気持ち良い物では無いな、これは。」


炎が消えた直後に跳躍し、空中で肉片をキャッチしたヒサメは着地した後、反対側から迫る壁にも同様に投げてそれを消す。そして同じく焦げている自身の左手で肉片を嫌そうに握り締めると、軽く溜息を吐いた。


「そして、まんまとお前達にアレを回収させる隙を与えてしまった訳か。お前達の持って来た銃は先程のどさくさに紛れ、残らず破壊したつもりだったのだがな。してやられたよ。」


直後、ヒサメは横に跳んで近くの物陰に隠れる。その次の瞬間、彼の隠れた場所の近くに何かが勢い良くぶつかる音が響く。それは『縁絶鋼製銃弾』であった。ヒサメが身を隠しながらも弾の飛んで来た方向を見ると、そこには『ヒサメが持つ物と型が同じ』拳銃を右手で構えるリードがいた。


「抜け目ないな。建物に残した部下を使ってウチのを盗んで来たのか。つまりさっきの攻撃の真の目的は、それを受け取りに戻る時間を稼ぐ為か。」

「左様だ。だがこちらも驚いたよ。銃弾を消費させるつもりが、まさか俺の吐き捨てた物をそんな形で利用されるとはな。しかし、それを握っていたままでは他の導術も使えないぞ?」


語るリードの足目掛け、ヒサメが発砲する。リードはフワリとそれを避けて発砲し返すが、不安定な空中での片手撃ちではヒサメを上手く狙えないのか、彼から少し離れた場所に着弾した。


「悪いがコシノは頑固な家でな。氷導術しか使わせて貰えんのだよ。そして俺は使えない物に拘るつもりは無い。導術に拘らなければ、これは効果的な防御手段となる。ならば使うべきだろう?」


ヒサメの言葉に、リードは納得する様に首肯する。導族は基本的に自らの導術に誇りを持ち、日々研鑽するのが常識である。そんな彼等からすれば、飽くまで導術を手段の一つにしか捉えない人族の考えは、自らの力に自信の無い軟弱な生き方とも捉えられ、見下す理由の一つとなっていた。


「ふむ。導術自体に拘らないと言う姿勢…俺には解せんが、それこそが君達の強みなのだろうな。見習うべき点は大いに有ると言うべきか。」


しかし一つの事を突き詰めないと言う事は、複数の選択肢を持てると言う事でもある。導術で勝てないのなら、別の技術でその不足分を補えば良いのだ。その柔軟性は導族側(一部除く)には無い物であり、リードが今回身に染みて感じた物でもあった。


「それならば貴様はもう実践している。その手に持っている物がその証拠だ。」

「笑止。こんな物、所詮は付け焼き刃よ。貴君の腕前とは比べ物にはなるまい。」


リードは再び発砲する。偏差を考えたそれは先程よりもヒサメに近い場所に着弾したが、それでも正確な射撃とは言えなかった。そして、リードは何かを諦めるかの様に首を横に振った。撃ち返そうかとヒサメは考えたが、銃弾の節約の方が優先と考え、様子見に留める。


「その割には、警官のフリしていた時の射撃の腕は中々だったがな。だが今の射撃を見る限り、やはり宙に浮きながら片手で狙いを付けるのは難しいとも見える。」

「…当てる当てないは然程の問題では無い。下手な鉄砲であろうと、数撃てばそれは立派な牽制となるのだ。しかも弾数的にはこちらが有利、加えて我々にはまだ炎導術がある。この意味、貴君には良くわかる筈だ。」


現在、ヒサメは氷導術が使えない上に、頼みの銃も弾丸を相当数消費している。そんな彼が今まで持ち堪えていられたのは、ひとえにリードが炎導術『しか』使っていなかったからに他ならない。ここで彼に銃と言うサブウェポンが渡った事で、その攻撃は更に厄介となる事は明らかであった。


「わかったとしても、その程度では俺が折れる理由にはならんな。必ず貴様達を捕まえてやるから覚悟しておけ!」


だがヒサメは怯まない。命の危機を常に感じながら何年も生き抜いて来た彼にとって、この程度の危機など大した事では無いのだ。そしてそこから解放してくれた恩を返す為にも、彼がこの戦いを諦める事など有り得なかった。彼の覚悟と言葉を聞いたリードは、心から嬉しそうに笑う。


「流石だヒサメ殿。その強く誇り高き精神、誠に恐れ入った。だからこそ貴君への敬意、我が本気を以て表させて頂く!行くぞ!」


リードはヒサメに向けて炎を吹き掛ける。その火炎放射により炙り出されたヒサメに向けて、彼を仕留めるべく複数の銃弾が迫って来たので、再びヒサメは物陰に隠れざるを得ない。速度が遅くとも広範囲である炎導術と、ピンポイントだが速い銃弾の組み合わせはやはり厄介で、ヒサメは防戦一方となってしまう。


(クソ…炎で邪魔で銃が見えん。これでは引金を引くタイミングも銃口の方向もわからん。奴からも俺の位置を正確には見えないのだろうが、これは銃声だけでもキツイな。なるほど、牽制とは言い得て妙だ。)


そして炎による攻撃と目隠しの両立は、不正確な銃の効果を高めていた。元より正確に狙えないのならばと、逆にその狙いを絞らせない事でヒサメへの圧力としていたのだ。少しでも掠れば動きを鈍らせるのに充分な威力を持つ銃と言う存在は、着実にヒサメの足を鈍らせる。


「…隙あり!」


ヒサメの動きが鈍った所に目掛け、リードが炎を吐きながら突進を仕掛けた。幾つもの炎がヒサメに襲い掛かるも、それらは全てヒサメが投げ付けた肉片で消される。そして迎撃の為にとヒサメが銃を向けると、リードは何と至近距離から発砲した。それは相打ち覚悟の特攻であった。


(何が牽制だ!当てる気満々だろうが!)


例え狙いは不正確であろうと、近くから撃てば当たる確率は大きくなる。炎が消されるのなら銃を撃てば良い。それは合理的な判断と反撃を恐れない強靭な精神のなせる技であった。ヒサメは慌てて身を伏せて銃弾を避けるが、直後に空中で姿勢を直したリードにより、再び銃弾が放たれる。


「貰ったァ!」


不安定な体勢から銃を向けられないヒサメは、無理やり身体を捩って何とか銃弾を避ける。しかしその直後に放たれたリードの蹴りは流石に避けられず、銃を遠くに蹴り飛ばされてしまう。そして仰向けに転がったヒサメの側にリードが降り立つと、彼に銃口を向けた。


「ここからなら流石に外さんぞ?勝負あったな。だが、先程貴君が発砲していれば恐らく俺は死んでいただろう。だのに撃たなかったのは、やはり俺を生きたまま捕らえる為か?」

「…それを知ってどうする。」

「決まっている。貴君を殺さずにおくのだよ。さぞや悔しかろうな?殺さずに捕らえると宣った相手に生かされ、恥をかかされるなど。」

「フッ…確かにな。だが良く覚えておけよ?慈悲と慢心は紙一重だ。その扱い方をロクに知らない奴が、それを無闇に振りかざすとな…?」


ヒサメは不敵に笑いながら『地面』を掴む。その次の瞬間、リードは驚きの表情を見せた。彼の立っている真下の地面が、突然大きく隆起した為だ。その所為で射線からヒサメが外れてしまい、その隙に体勢を立て直したヒサメは、地面を隆起して壁を作りながら銃を回収しに走り出した。


「『足下』を掬われ易いんだよ!こんな風にな!」

「な…まさか土導術か⁉︎いや…これは!」


隆起した土はそれから何も動きを見せない。不審に思ったリードがそれを炎で吹き飛ばすと、その下から現れたのは何と、巨大な『氷塊』であった。その不自然な氷は、ヒサメが作り出した物である事に間違いは無い。それを見て、リードは感嘆しながら呟いた。


「…我等が術の『領域』、まさかこんな短時間に見破られるとは…天晴れなり。」


リードの部下が使用した範囲型炎導術『炎界城』は、範囲内の炎導術を強化しつつそれを弱点とする導術を妨害する強力な効果を持つ。しかし、最初に噴き出した炎に囲まれた中の『地上だけ』にしか効力を発揮出来ないと言う制約があったのだ。


「そこまで難しい推論ではない。下で戦う者達の導術を妨害してしまっては、元も子もないだろうからな。地下に戦力を引き込もうとするにしては、おかしな戦術だと考えた。そして密かに色々と試して見て、確信を得ただけの話だ。」


そこに銃を回収したヒサメが戻って来る。実は彼は『炎界城』が発動してから、密かに導術を使い続けていた。リード達にバレない様に気を付けるのが大変であったらしいが、確信を得た後は縁絶鋼を素手で持つ事で、完全に導術による戦闘を諦めたとリード達に錯覚させた訳である。


「俺と戦いながらそのような事をしていたのか…これはしてやられた。まんまと騙されたよ。だが地上では相変わらず氷は使えん。精々が今の様に、擬似的な土導術を再現出来る程度だ。」

「そうだろうな。しかし地面が複雑に隆起すると言う事はどう言う事か…その意味、貴様ならばわかるだろう?」


ヒサメは幾つもの土の塊を地面から隆起させ、そこに隠れながら隙を見せずに移動する。地形を自身の有利になる様に変えながらやって来る彼のその姿は、一見して土導術使いの様にも見えた。


「銃が当たりにくい、突進がしにくい、そして足下からの不意打ちか。なるほど、これは確かに厄介だ。だが、その程度では俺が折れる理由にはならないぞ?それならばそれで戦い様も有ると言う物だ。我等『屠影』の戦法、とくと御覧じるが良い!」

「良いだろう掛かって来い。返り討ちにしてやる!」

「はっはっは!それでこそ貴君だ。その言葉、のしつけて返してやろうぞ!」


そう言うと、リードは何を思ったのか隆起した土の壁にぴったりと張り付く。するとなんと彼の姿が陽炎の様に揺らぎ始め、ついには見えなくなってしまった。炎の燃える音のみが支配する、そんな不気味な世界に一人取り残されたヒサメであったが、しかし冷静にリードの術を解析していた。


「…変身系導術の応用か。他人になりすますばかりでなく、環境にまで化けるとは驚いた。」


それはリード達が得意とする『変身』であった。しかしただの変身では無く、寧ろカメレオンの様な『保護色』に近い使い方で、不意打ちや逃走に便利なそれは正に『隠密衆』である彼等らしい戦術でもあった。


(だが、代わりに炎導術が使えない筈だ。わざわざ攻撃手段の一つを犠牲にしてまでやるべき事なのだろうか?何か理由が有る筈だ。)


ヒサメは警戒しながら周囲を確認する。しかし攻撃を避ける為にと作った地形は、彼の視界や銃の有効範囲を制限してしまっていた。かと言って下手に平らにしようものなら、何処かに隠れたリードから狙われ易くなるだろう。自身が作り上げた状況が、かえって彼を戦い辛くしていた。


(…余り慣れない事はすべきでは無かったか。恐らく奴は隆起した土か何かに擬態しているんだろうが、何処にいるかまではわからない。地形を全て元に戻せば自ずと判明するが、奴に先制を許してしまう上、銃弾を防ぐ盾も少なくなる…か。)


彼はその場を動かずにジッとして耳を研ぎ澄ませ、リードの発するわずかな音を聞き取ろうと構える。しかし炎の燃える音は存外に大きく、小さな音程度は掻き乱されて聴こえなくなってしまう。ヒサメは音で敵の位置を判別する事を早々に諦めた。


(クソ…だからこそこの戦術だったか。気配も炎の熱気に紛らせて上手い事隠しているな。組み合わせでここまで厄介になるとは、流石に奴等の得意とする術なだけはある。しかし見えない敵か…ん?見えない…?)


そこでヒサメは何を思ったのか急に移動を始める。周囲を警戒しながらも、どうやら何処かを目指している様子であった。すると、彼を追う様にしてその背後から付け狙う者が居た。


(良し、ここからなら後ろから狙える。だが、撃てば確実にこちらの位置が知られるな。機会は恐らく一度切りだろう。慎重に動かねば。)


それはヒサメの予想通り、隆起した地面に化けたリードであった。銃も勿論、土を付けて偽装してある。ヒサメと違って相手の位置を知る事が出来る彼は、密かにヒサメの裏を取っていたのだ。やはり片手による銃撃では命中率に不安が残ってしまう為、なるべく接近しようと考えていた。


(もう少し…もう少し…。)


時折振り向くヒサメに注意しながら、しかし確実に彼との間合いを詰めるリードは、ようやく充分に狙えるだろう距離にまで接近した。と、その時不思議な事が起きた。ある大きな土塊の周囲をグルリとヒサメが廻ったと思いきや、急に彼の姿が『見えなくなった』のだ。


(何!一体何処に消えた⁉︎まさか我等と同じ術を⁉︎)


急にヒサメの姿を見失ったリードは、警戒しつつもヒサメが消えた地点へと急ぐ。そして彼が見えなくなった場所に来た時、彼は大いに驚いた。そこにあったのは、地面に出来た大きな『穴』だったのだ。そして次の瞬間、彼は自身が罠に嵌められた事を悟った。


「うおおあ⁉︎」


突然、彼の足下の地面が崩壊する。何と彼の居る場所の下には大きな『空洞』が空いていたのだ。そしてそこに居たのは勿論、空洞を作り上げた犯人ことヒサメであった。彼は地面を隆起させるのと同じ要領で今度は『下』に向けて氷を成長させ、それを消す事で簡単な『落とし穴』を作ったのである。


「ヤクモ殿直伝の技だ!どうだ予想外だろ!」

「なにくそ、この程度!」


ヒサメの銃が火を噴く。それは崩れる地盤の間を綺麗に縫って、リードに真っ直ぐ向かって行く。しかしリードも負けてはいない。彼は即座に変身を解いて炎を放ち、その勢いですんでの所で銃弾を避けると、そのまま空中に逃げようとする。距離を取る事で仕切り直しを図ろうとしたのだ。


「逃しはせん!これでも喰らえ‼︎」


ヒサメはリードの位置を確認しながら地面に手を当てた。すると彼の居る場所から少し離れた位置で勢い良く『水』が噴き出す。それは公安捜査局に繋がる太い『水道管』が、ヒサメの氷導術により破裂して吐き出した物であった。リードをこの位置に誘導したのは、これが狙いであったのだ。


「な、何だと⁉︎」


その予想外の攻撃には、さしものリードも驚きを隠せない。直後にヒサメは再び水道管を凍らせた為に水は噴き出なくなったが、既に放出された水が彼を襲う。幸い彼の目の前を通り過ぎたが為に直撃はしなかったものの、彼の注意を逸らすのには充分過ぎる程の効果があった。


「隙ありだ!」

「ぐぬうお⁉︎」


空中で無防備に漂うリードの右太腿裏に、ヒサメの狙い澄ました銃撃が容赦無く噛み付いた。炎を噴き出せなくなった彼の足は、最早どんなに掻いても虚しく空を切るのみである。撃たれた場所が場所なだけに肉を噛み千切るのが困難で、またその暇も余裕も無い。


「う、うおおおおおお⁉︎」


何も出来ずに、リードは背中から地面に落ちて行く。そんな彼を追い討ちするかの様に、ヒサメが彼の真下の地面を隆起させた。だが、それは決してリードを殺す為ではなかった。落下位置を上昇させて位置エネルギーを緩和する事で、彼を落下死から救おうとしたのだ。


「ぐふッ!がはッ!げほッ!」


しかし誰もソフトに救うとは言っていない。ハードな地面に背中から落ちて強打した彼を待っていたのは、段階的に起きる地盤沈下とそれに伴う小刻みなフリーフォールであった。まるで階段を転げ落ちて行く様な感覚に陥りながらも、無事(?)地面に降りたリードは何とか体勢を立て直して銃を構える。


「ま、まだだ…俺は、まだ…!」


だが、フラフラになっている男の背後を取る事などヒサメには雑作も無い。銃をリードの頭に突き付け、そのまま彼の銃を奪い取って拘束する。導術も使えず、片手片足が上手く動かず、銃をも取られた男には最早抵抗する術など無い。完全に武装解除させられたリードであったが、しかしまだ彼は諦めてはいなかった。


「戦いは俺の負け…か。その見事な手並み、感服致した。だが…勝負は『我等』の勝ちだ。」


リードが不敵に笑う。その時、ヒサメは四方八方から複数の『殺気』が迫っている事に気付いた。何事かと周囲に土壁を作ってそれを確認すると、それはリードと同じ赤髪や角、牙を持つ『蜥蜴型導族』である事がわかる。完全武装した彼等はゆっくりとだが着実に包囲網を狭めて行く。


「援軍か…貴様、これをわかっていたな?あれは、先に大使殿に近付こうとした奴等か。」

「左様。どうやらとても親切な方が、我が同胞を解放してここに連れて来てくれた様だな。貴君をここに釘付けにした甲斐があったと言う物だよ。」

「チッ…サイギの奴め、相変わらず見境い無く好き放題やっているな。これはカスミ殿やムラクモの奴が怒る訳だ。」


ヒサメは大きく溜息を吐く。自らも決して他人の事を言えない為それ以上の言及は避けたが、彼自身もサイギ刑事の事は気に入らなかった。彼の大嫌いな『かつての』上司を思い起こす為だ。そして今もまたサイギの行動によって追い詰められている事に、彼は不快感を隠せない。


「予め知らせておくが、俺を人質や盾にしても無駄だ。俺もそう教育を受けて来たし、彼等にも故郷に残した大切な家族が居る。俺ごと貴君を殺す事に躊躇は無い。多対一と言う卑怯なやり方で貴君には申し訳ないが、ここは我等の勝利を優先させて貰う。」

「ああ…そうだろうな、わかっていたさ…。しかし胸糞悪い話だよ全く、お前は本当にそれで良いのか?」

「仕方あるまい。どうせ任務が失敗すれば、俺は責めを負って自死せねばならないのだ。ならばせめて部下達の為に、例え自らがここで朽ち果てようと、勝ち筋を残すのが隊長としての務め。自らの尻拭いをさせてしまうのは、甚だ不甲斐の無い話だがな。」

「………。」


似た様な話を嫌と言う程知っているヒサメにとって、それは馴染み深い物でありまた決して相容れない物でもあった。一歩一歩近付いて来る武装集団との距離と反比例するかのように、彼の顔は次第に険しくなる。


「そんな顔をするな、我が好敵手よ。最期に貴君と戦えた事、我が誇りとして地獄まで持って逝けるのだ。後悔はしていない。ただ出来るのならば、貴君にはここで降参して貰いたい。貴君の様な御仁を失うのは余りに惜しいのだ。俺の命に代えてでも助けて見せる。」

「余り俺を舐めるな。俺にも手放せない物がある。それは俺が俺自身に誇れる願いだ。俺は己が誇りを掛けて戦っている。なのにそれを放棄するなど出来るものか!人の誇りを奪う事が貴様のやりたい事なのか?」

「フッ…ハハハハ!これは俺とした事が酷い失言だな。貴君を侮る様な事を偉そうに宣った事、深く謝罪致そう。そして改めて貴君と出会えた天運に感謝するとしよう。俺は地獄で貴君を待つ。そこでまた存分に死合おうぞ、コシノ・ヒサメ。」


リードの声は清々しく、また表情も柔らかかった。死を覚悟しているとは思えない程の態度に、ヒサメは昨日の自分を重ねていた。ヤクモが必死になって助けようとしてヒサメは救われた。リードもまた、ある意味では救われたのだろうか。そう考えて、ヒサメは改めて『糞食らえ』と感じた。


「嫌なこっただよ、この戦闘狂が。死ぬ事が出来るのなら死ぬ気で足掻け。この世もあの世もどうせ地獄だ。生きても死んでも変わりは無いさ。ならば生きろリード・アドレイ!そんなに戦いたいのなら、この世で生きて最期まで、誇りを持って戦い抜け‼︎」


それは昨日までの自分を叱責する、ヒサメの心からの叫びであった。そして彼のその叫びと呼応するかの様に、リードの部下達から容赦の無い攻撃が始まった。四方八方からの銃撃は全て隆起した土壁で防げるが、上空からは防ぎ切れない。だからヒサメは一部斜めに土壁を隆起させ、天井を塞ぐ形でトーチカを築く。


「銃弾では埒が開かん!炎だ!奴を炎で蒸し殺せ!地面の下も忘れるな!」


蜥蜴の男達は次々に巨大な炎を吹き出し、トーチカを焼く。そのまま酸欠もしくは熱気によりヒサメを殺害するつもりであった。地下から逃げるのを防ぐ為にと、既に強力な爆炎でヒサメ達の周囲を深く掘っており、更に警察から借りた導術探知機まで利用している徹底振りである。


「導術反応あり!どうやらかなり大規模な氷導術を使おうとしている模様です!」

「下から逃げる気だ!絶対に逃がすな!」


ヒサメの氷導術の反応に、いよいよもって逃げようとしているのだと男達は考える。逃すまいとして全力で地下を警戒した時、そこで思い掛けない事が起きた。トーチカが急に破壊されたと思いきや、そこから二本の『水の鞭』が現れ、スプリンクラーの様に回って八方を薙ぎ払ったのだ。


「…水操導術・天地開脚八泉蹴‼︎」

「ぐあああああああ!」


それは男達の炎導術の炎をいとも容易く鎮火して、『炎界城』を円形に黒く刈り取る。それだけで無く、男達を水流に巻き込んで散々に振り回し、あちらこちらに叩き付けて次々に気絶させて行った。その暴れ方はさながら怒り狂う大蛇の様で、その凄惨な光景に男達は恐怖する。


「こ、これは水導術⁉︎何故…!奴は氷導術しか使えんのでは無かったのか⁉︎」

「そんなに知りたいのなら教えてやるよ!蜥蜴供!」


偶々巻き込まれずに済んだ男が状況に困惑しながらも退避すると、崩れたトーチカの中に開脚しながら片手で逆立ちする男が居るのを発見する。それは彼等が戦っていたヒサメとは明らかに別人だった。そしてそれは紛れもなく今ここには居ない筈であり、また居て欲しく無い人物でもあった。


「イズモの名前で爆裂昇進!ソコネ県警随一の出世頭な問題児!刑事部第四課所属の不良警部こと『イズモ・ムラクモ』只今見参!俺のダチに喧嘩を売った事、思いっ切り後悔させてやるぜ!」

「ム、ムラクモだと⁉︎馬鹿な!お前は地下で戦っていた筈だ!いつの間に⁉︎」

「だーれが教えるかってんだバーカ!そのまま勝手に悩みまくって、知恵熱出して逆上せてやがれってんだこの変温動物供が!」


イズモ・ムラクモ。それは地下のアキトの側で鹿型導族の男と戦っていた人物であり、男に脅されたアキトによって『何処かに』転送された筈の男であった。そして彼の側には驚くリードが居るだけであり、肝心の『ヒサメ』の姿は何処にも無かったのである。






「ぐ…はあ…!」


同時刻、地下でもまた戦局は大きく動いていた。アキト達を追い詰めたと思っていた鹿型導族の男が、次の瞬間には凍り付けになって地面に落下していたのだ。しかもそれだけでは無い。警官を捕らえていた蔦も凍らされ、最早少しも動かす事が出来なかった。


「な…ぜ…。何…が…?」


男は寒さで動きの鈍る頭で、必死に何が起こったのかを思い出していた。確かアキトがムラクモの肩に手を掛け、彼を何処かに転送した瞬間は覚えている。だがその直後、何かがその場に現れた。そこまで思い出して自身に何が起きたのかを悟りかけて来た時、ライトを持った二人の人物が近付いて来た。


「やあ。アキト君との約束通り、貴方に会いに来てあげましたよ。しかもアポ無しと言う特別待遇です。是非感謝して欲しいですねぇ。ところで、まだ生きていますかねぇ?」

「キツネさん、そっちは人形です。この人は本当に用心深いですよ。最後まで僕達の側に近寄らなかったんですから。本体は向こうの土壁の中で凍っているらしいです。」

「ええ、わかっていますよ?だって、向こうまでわざわざ行くのはとても面倒ですからねぇ。これに話し掛ければ、一応相手に伝わるのでしょう?」


それはキツネとアキトであった。男は混乱する頭で必死に状況を理解しようとしたが、今の彼にわかる事実はただ一つ。彼はアキトに騙されたと言う事のみであった。凍った表情筋を無理矢理動かしながら、男を模した人形はアキトを睨み付ける。


「貴…様…!一体…何を…!」

「何って、貴方の言う通り警部殿を転送したんですよ。そのついでにと言っては何ですが、援軍も呼ばせて貰いましたけどね。」

「え、援軍…だと…?」

「ええ、そろそろその方が本体の方にも着く頃だと思いますよ。余り大きな怪我をさせたく無いので、抵抗はしないで下さいね。」

「な…何を…言って…うぐ⁉︎」


人形は急に叫ぶと、そのまま完全に固まった様に動かなくなってしまった。それは本体が気絶した事による影響であった。つまり、彼は完全に無力化された事を示していた。それを確認して、キツネはアキトの方に向いて彼に拍手を送る。


「いやはや、相変わらず鮮やかな手並みの召喚術でしたねぇアキト君。流石はあのコウガ殿が太鼓判を押すだけの事はあります。」

「お世辞は結構です。それに結局、僕は人を頼っただけで大した事はしていません。それよりも僕は警官の皆さんの無事を確認しないと。もう蔦は動きませんけど、直前に強く腹部を圧迫されていましたからね。もしもそれで内臓が損傷していたら大変ですし。」

「おや、心配性ですねぇ。ま、良いでしょう。ですがシルバーナさんやアズちゃんも貴方の事を心配して待っていますから、余り彼女達を放って置かない様にお願いしますねぇ?」

「言われずともわかっています。キツネさんの方も気を付けて下さいね。」


アキトがその場を離れると、キツネはしゃがんで再び人形に語り掛け始める。その表情はとても嫌らしい笑みであり、もしも彼がまだ意識を保っていたのなら、恐らく頭の血管の数十本は切れていただろう事は確実であった。


「いやぁ、惜しかったですねぇ。実に良い所まで行ったんですけどねぇ。ですが、私を捕獲するにはあと二手も三手も足りませんでしたねぇ。ンッフッフッフッフ。」


キツネはそのまま視線を移動する。彼の視線の先には、気絶した男の本体を氷で拘束し、滑らせながら運搬して戻って来る『ヒサメ』が居た。実は、ヒサメは昨日から忙しくてアキトとの転移契約をまだ解除して居なかった。それを利用してアキトはムラクモとヒサメを交差召喚したのだ。


「しかしアキト君も人が悪いですよねぇ。だってそうでしょう?貴方を利用して自身の力量を試そうとしたんですよ?まあ、実際作戦は上手く行きかけてましたし、何処までの情報が流出しているのかを探ってもいたんでしょうがねぇ。」


最初からヒサメとムラクモを交差召喚していれば、互いに導術の相性が良い相手となる為に、戦いは簡単に終わっていた筈であった。キツネもきっとそうなるだろうと考えていたのだが、予想に反してアキトはギリギリまでそれをしなかった。それが余りに安直過ぎて、寧ろ罠を疑ったのだ。


「勘の良い彼の事です。ヒサメさんが公安捜査局に居た時点で、彼を利用して戦えと言う私からのメッセージはしっかりと理解していた筈。その上で敢えて最後まで切り札として残したのは、あるいは私への反発から来た物だったのかも知れませんねぇ。」


ヒサメはやはり偶然では無く、キツネによって公安捜査局に居るように仕向けられていた。しかしアキトは彼を巻き込む事を良しとせず、またそれを平気で行うようなキツネの策に対して決して肯定的な立場に立てなかった。そこでキツネの用意した策を利用しない事で、ささやかな反抗をしようとした訳である。


「ですが結果的に、貴方の行動やら他の様々な情報から総合的に判断して、私の考えていた方法での勝利を選んで成功させた。与えられた選択肢をただ鵜呑みにするのでは無く、吟味した上で呑み込んだんですよ。これは素晴らしい成長だとは思いませんか?あら、興味ない?そうですか。」


キツネは自身の予想が外れた事を、寧ろ喜んでいた。アキトが自身の判断で『選んだ』と言う事は彼はキツネの言い成りでは無い事、彼の思うようには動かない事を示すのにも関わらずである。しかし、だからこそ彼は嬉しかった。アキトの成長は、彼の手駒が強化される事と同義だからだ。


「ああ、もうこんな時間です。さて、そろそろ面会は終わりですよ、名も知る価値の無い鹿型導族さん。次もし何処かで会う機会が有れば、今度こそ私が名を聞ける人物になって下さいねぇ。でなければ、また門前払いされても文句は言えませんよ?」


キツネはゆっくりと立ち上がり、男の人形を見下ろす。しかし一瞥くれただけで、もうキツネは彼に対する興味などとうに失せていた。そして踵を返すと、アキト達の居る方向へと歩き出す。


「尤も今の貴方には、私の言葉を聞く耳なんて、有りはしないのでしょうけどねぇ。ンーッフッフッフッフッフッフ‼︎」


そしてキツネはひたすらに不気味で耳障りな嗤い声だけを、置き土産としてその場に残した。糸が切れて動かなくなった哀れな人形は、例えどんなにそれが不快だと感じたとしても、ただジッと耐えてそれを聞き続ける事しか出来はしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ