第27話
公安捜査局の地下シェルターから四方に続く避難経路の中を、仲間と共に武装警察官が忙しなく移動している。彼は公安捜査局にアキトを狙ったテロリストの襲撃があったとの連絡を受けて救援に駆け付け、今まさに地下から局内へと続く扉を破って中に乗り込もうとしていた。
(上の奴らが手こずっているのを除けば、ここまではおおよそ予定通り。セキュリティ関係は未だ生きているが…やるしかないか。)
彼の所属する部隊は全員、サイギの息のかかった者達だけで固められていた。サイギは謎の人物と手を組んだ事により、本来ならばコシノ家の縄張りである筈の公安捜査局に介入する事が可能となったために、部下である彼等を派遣したのだ。
(まさかイズモ家に近しい俺達がここに入る事になるとはな…サイギ殿は一体、何をしたと言うんだ?しかもあんな奴らまで俺達の味方だと…?いや、今は余計な事を考えている余裕は無い。任務に集中だ。)
先ずはリード達が上で公安捜査局のセキュリティ破壊工作を行い、更に騒ぎを起こす事でアキト達の戦力を分断しつつ標的を地下に隠れさせる。その後、警官隊が地下から地上へ逃げる道を塞ぎながらシェルター内に突入し、これを殲滅するのが彼等の作戦であった。
(だが、転送されればいかに厳重な包囲網も意味を為さない。まずは件の奴から真っ先に消すのが重要だが、向こうもそれは理解している。そしてこちらに時間が無い事も。恐らく奴を守りつつ長期戦に持ち込む気だろう。)
アキトを首尾良く殺しても偽装するのには時間が要る。カスミを拘束するのにも限界があり、更に翌朝には防衛庁からの横槍が入る可能性があるとの不穏な情報も別の筋から入手している。要するに彼等には時間が無く、被害を厭わず相手を撃滅する『短期決戦』をせざるを得なかったのだ。
(問題は、そこで向こうがどう出るか…だな。相手も馬鹿じゃない、必ず何か罠を張っている。恐らく奴等が居るのは、四方の避難経路から最も遠い場所。そこに辿り着くまでには何かを仕掛けて来るだろうし、状況によっては上に逃げられる。)
彼の推測通り、アキト達はシェルターの中心部に居た。地下からの襲撃、つまり今まさに起きている状況に対抗する為にヒサメが提案した物であり、地上に戻る道も準備してあった。つまりリード達がヒサメに負け、上の安全が確保されればアキト達にそちらから逃げられる可能性が高いのだ。
(木導術使いの木の根による包囲網は完成したが…戦力としては心許ない。索敵もお察しで友軍誤射も有り得る。こちらの目視とセンサーによる情報でアシストしても、上手く標的を捉えられるかわからん。最悪、味方同士で消耗するだけになってしまう…か、辛い所だな。)
ヤクモの様な一部の例外を除き、大抵の木導術使いは主に目視によって敵の位置を知る。予め木の根を張って逃げ道を塞ぐ事は出来ても、そのまま敵を見つけて攻撃するのは非常に難しい。しかも水に強い彼等の攻撃は、下手をすれば味方側の攻撃を邪魔してしまう可能性もあり、故に前線に出る事は見送られていた。
(肝心なのは奴等の居るであろう場所と、そこから上に逃げる為の通路か。ここは多少無理をしてでも占領する他に無い。だが、その為に一体何人の犠牲者が出るだろうか…。水導術使いのムラクモ警部さえ居なければ、このシェルターを水攻めにしてやれたんだが…。)
彼が忌々しそうにシェルターへと続くトンネルの壁を叩くと、それはお返しにと鈍く冷たい痛みを彼の拳に跳ね返した。そしてその行為を仲間に咎められてしまう始末である。どんなに嘆いても状況は好転しない。その現実を厳しく教えてくれる現状に、男は肩をすくめて自らを嘲笑った。
(…やれやれ、俺もそろそろ年貢の納め時かな。そりゃそうだ。脅されていたとは言え、俺達は今まで多くの人間に濡れ衣を着せて消して来たんだ、それ相応の報いも受けるだろうさ。恐怖に流されちまった惰弱な俺の意思に、きっと罰が下ったんだろうな…。)
しかし過去を嘆く彼の目は死んでいなかった。例え打算と権威主義に基づいた利己的な決断であろうと、それらは全て自らの意思で決定した物である。ならば言い訳など言えない位にそれを突き通し、然るべき責を負うべきであろう。その決意こそが、彼の持つなけなしの誇りと勇気であった。
「……時間だ。これより十秒後、扉を破り建物内に突入する。準備は良いか?」
彼の所属する部隊の隊長から、尖兵である彼に指示が飛んだ。彼はただ覚悟を決め、黙って首肯する。そしてきっかり時間通りに扉の向けて強烈な水導術を放つと、それは意外にも簡単に破る事が出来たがために彼は面食らう。
(な、何だ…いやに軽過ぎないか…?だが、怯んでなどいられん!)
まるで彼等を誘うかの様にぽっかりと空いたその穴に一瞬怖気付くものの、彼は先陣を切ってすぐに中へと侵入する。そしてそこに敵が居ないか、または罠は無いか等の情報を得る為に周囲を見渡すと、直後にその場所の異常性に気付いた。
「な、何だこ…うっ!ガホッ、ゲホ⁉︎うえ…ペッ!す、砂⁉︎」
そこで彼が見たのは、非常に細かい砂が部屋の中に所狭しと漂う、赤味がかった幻想的な空間であった。部屋は明るい灯で照らされていたが、砂の所為で視界は数メートルも確保出来ない。急ぎ彼は携行した簡易ガスマスクを装着して呼吸を、ゴーグル型のサーマルスコープを着けて視界を確保すると、隊長に状況の説明を手短に行う。
(クソ…これは恐らく土導術使いの仕業だ。マスク無しでは上手く呼吸が出来ん。サーマルスコープ無しでは、部屋に罠が仕掛けられていても気付けない所か同士討ちすら…そうか!砂による目眩しはこれが狙いだったか…してやられた…。)
彼等に支給されているサーマルスコープは電子機器である為、機械をショートさせてしまう水導術に弱い。なるべく耐水性の高い物を選んでいるが、それでも強烈な水導術に耐える事は不可能と言っても良い。つまりこの状況で彼等の得意な水導術を下手に使おう物なら、自らの視界を遮ってしまう可能性があるのだ。
(警部の水導術を受ければ、スコープは確実に破壊される。マスクに水が侵入すれば窒息させられる…か。とにかくその前に、一刻も早く状況を確認せねば。なるべく多くの部屋と廊下の詳細を…せめて罠の有無位は突き止めないと、制圧速度が遅くなってしまう…!)
そして急いでシェルター内を移動しようとした彼の耳に、不意に若い男性の声が聞こえて来た。
『そこまでだ。それ以上こちらに近付けば、私は君達を敵と認定し、然るべき手段を以って迎撃させて貰う。良いか、これは警告だ。そして二度は言わん。次は予告無しで攻撃する。』
「その声…ムラクモ警部ですか?」
『その通りだ。君達も知っての通り、少し上の方が騒がしくてな。見ての通り、煙幕代わりに砂煙を充満させている。無論、これはただの砂などでは無いぞ。』
「ま、まさか毒⁉︎」
『安心してくれ、この砂に毒性は無い。大量に吸い込まなければ直ちに影響は無いだろう。だが、息苦しい上に視界は極度に悪くなる。土地勘の無い大勢の敵が入って来た場合には、有効な対抗手段だと思わないか?』
その男は彼の予想通り、ムラクモであった。急いでスコープ越しに声のした方向を確認したが、仲間以外に不審な人物は見当たらない。そして良く確認すると、その声は天井にあるスピーカーを通しての物である事がわかった。その付近には集音器付きの監視カメラらしき物も何となく見える。
(しかし何故だ?事ここに至れば、俺達が敵だと言うのは明白。問答無用で不意打ちをして来ると思っていたんだが…いや、きっとこれは大義の為だろう。)
例え彼等が裏でアキトの命を狙っていようと、表向きは警察から派遣された正式な救出部隊であった。それを正当な理由も無く攻撃すれば、非難されるのはアキト達の方である。それを避ける為にも、ムラクモの布告は必要な『手順』であったのだ。
(なら、今すぐ攻撃はして来ないと言う事。今の内に周囲の情報を入手出来る!)
男はこれ幸いと、侵入出来た範囲内での詳細な情報を仲間に収集させた。監視カメラもサーマル付きなので、砂煙の中でもある程度は見えるが、それでも死角は発生する。その隙を狙わせつつ、男はムラクモの注意を自分に引き付けようと話し続ける。
「その言い方ですと、我々がまるでその敵の様ですね。ですが私達はあなた方の味方です。その事はくれぐれも誤解なさらない様に願います。」
『それはどうだろうな。君達も既に洗脳兵器の事は聞き及んでいる筈だ。だから外部から来た者はそれが例え身内だろうと疑惑の目を向ける。別に何もおかしく無い対応だろう?』
「確かにそれは一理有ります。ですが、今はそんな事を言っていられる状況では有りません。上で今まさにその敵による攻撃が行われているのですよ!」
『そうやって味方のフリをして近付き、不意を打つ算段かも知れないだろう?何にせよ油断しないに越した事は無い。君達ははっきり言って信用ならないのだ。私達の事は私達だけで解決しよう。だから君達は大人しく、そのまま御退場頂きたい。』
相変わらず冷然たる態度を崩さないムラクモを他所に、警察官達は周囲の状況を確認して行く。どうやら目立った罠は無いようである。しかし、だからこそ進めるのに進めない今の状況はもどかしい。何とか先に進む口実を見つけねばと、男は思案しつつムラクモと会話を続ける。
「わかりました。では、その代わりに上の不届き者があなた方に接近出来ないよう、そこに至る通路上に私の仲間の精鋭を数名配置する事をお許し下さいませんか?それ以上は決して近付きませんので。」
『それも無理な話だな。信用ならないと言っただろう?上に逃げる通路を塞がれては敵わないのだよ。それでも大使殿をどうにかお助けしたいと言うのなら、外回りであの不届き者達を捕まえて来てはくれないか?』
「そちらには既に別の部隊を派遣しています。ただ、周囲への影響を最小限に抑える為にも大規模な戦闘は避けざるを得ず、今は注意深く機会を伺っているとの事です。そんな所に我々が大挙して向かった所で、出来る事などほぼ無いでしょう。」
『そうか。では、そちらの結果をここで座して待とうでは無いか。良い報告を期待しているよ。』
ムラクモの言葉には、男の言葉をせせら笑っているかのような響きがあった。無論、彼の嘘を完全に見抜いているからに他ならない。さもありなんと男はムラクモの説得を諦めると、隊長へと密かに通信を入れて判断を仰いだ。するとすぐに暗号化された指令が返って来る。
(…プランCか。ま、そうなるよな。痛いのは嫌だが、上の命令には逆らえんよ。)
男は小さく溜息を吐くと、密かに移動しながら拳銃を構えた。アキト達からの先制攻撃を物ともせずに突撃するのがプランAならば、攻撃を受けたと偽装しそれを口実に突撃するのがプランBである。今回は更にその変化形ーー部隊内に敵が潜んでいると吹聴し、混乱を装って混戦に持ち込む作戦であった。
(俺はその為の人柱だ。やれやれ、喜んで良いのやら哀しんで良いのやら…。)
彼はこれから自身の足を撃ち、被害者を装って裏切り者が居ると大声で叫ぶ事になる。そして戦力外となり、仲間の邪魔にならない様に即座に退散する事になる為、ある意味では最も安全な位置に移るのだ。その事に安堵している自分の弱い心に舌打ちをして、彼は引き金に一気に力を込めた。
「ん…どうした…?」
そこで彼はある異変に気付いた。引き金がまるで何かに邪魔されているかの様に動きが渋く、幾ら力を込めても一向にそれが弾けないのだ。良く確認して見ると、拳銃のあちらこちらに不自然に砂が付着しており、それが稼動部に挟まり挙動をおかしくしていた事がわかった。
(クソ…!こんな時に勘弁してくれ!)
男は急いで銃を叩いて砂を取ろうとするが、それは磁石に近付いた砂鉄の様にしっかりとくっ付いて離れない。指で強くえぐると簡単に砂は移動するが、すぐに別の砂が同じ場所に取り付いてしまう。その気味の悪い現象に、男は小さな虫がそこら中に這いずり回っている様な錯覚を覚えた。
『どうやら、君達は私達の敵だったようだな。』
それを見計らったかの様に、ムラクモの声が聞こえて来た。その嫌らしい響きを持つ声に男は思わず身体を震わせるが、努めて平静を装う。そして周囲の仲間にはさり気無く銃が使えない事を身振り手振りで伝えつつ、ムラクモの言葉に疑問を返した。
「はて、何の事でしょうか?」
『とぼけるな。君は今、自身の右足太腿を狙って拳銃を撃とうとしただろう。しかし銃の稼動部に砂が挟まっていて作動不良を起こした。そこで銃を叩いたり指で砂を取ろうとしたが、それも出来なかった。違うか?』
そして、続くムラクモの言葉に男は絶句する。正に一言一句違わずに行動を言い当てられた為だ。彼の一連の行動は監視カメラの死角に移動してから起こした物であり、近くに居ないであろうムラクモには知り得ない筈の情報が伝わっている事に、男は言いし得ない恐怖を感じていた。
「で…出任せを言わないで下さい!」
『出任せでは無いさ。言っただろう?それはただの砂煙じゃない。その中に居る者の動きを、かなりの精度で察知する事が出来る便利な代物なんだそうだ。しかも、ある程度動きを制御する事も可能なんだとさ。』
「察知…制御…まさか!」
『そう。君の銃の稼動部に砂が挟まったのは、偶然なんかじゃないんだよ。』
この砂煙は地下に先行したディアが予め撒いた物であり、先程コチヤ相手に使用した物にアキトのアイディアを組み合わせた発展形であった。ディアの得意導術『金属誘導』の応用で、銃器等の金属に砂が集まるように工夫を凝らし、そこで更に砂を操作して銃に作動不良を起こさせたのだ。
『さて、これで君達は銃が使えなくなった訳だが、別に今ここで撃つ必要は無いから別に構わんよな?それよりも、何故こんな場所で自傷行為をしようとするのか…納得の行く説明はして貰えるんだろうな。』
「そ、それは…ただ、銃の動作確認をしようとしただけでして…他意は無いのです。この砂煙ですし、万が一があればいけないと…。」
『確かに銃の手入れは大事だな。だが、それなら砂の無い外に場所を移してからすべきだろう。しかも銃口を自身の足に向けて行うなど以ての外だ。言い訳が苦し過ぎるな。もう少し冷静に考えて話した方が良いぞ。』
ムラクモは不敵に嗤いながら、スピーカーを通して男に語り掛ける。男は何とか上手い言い訳をと必死に思案するが、言えば言う程ボロが出てしまう状況に口数は減る一方であった。そしてそれを見かねたのか、彼の上司である隊長から再び暗号の指令が来ると、彼は内心溜息を吐く。
(プランD…問答無用の強行突破か。最早、形振り構っていられる時間も無いと。)
それは、早く結果を出せと上からせっつかれる、中間管理職たる現場指揮官の悲哀と本音を多分に含んだ督促状であった。末端である彼にはその気苦労を知る事は出来ないが、少なくとも限界が近い事だけは痛い程に理解出来た。彼はタイミングを隊長に委ね、水導術の準備に取り掛かる。
「……突貫!」
隊長からの突撃指示が突入した部隊全員に一斉に送られる。直後、警官達は事前に示し合わせていた通り、随所に設置された監視カメラを一斉に水導術で破壊する事で、それをアキト達に対する宣戦布告の代わりとした。そしてとにかく一歩でも前へと勇み足で大勢の警官達が走り出した瞬間…
「「「のわああああああ⁉︎」」」
その殆どが盛大にすっ転んでしまった。先程の男も例外ではない。彼はすぐに立ち上がろうとしたが、再び足が滑ってうつ伏せに倒れてしまう。そこでようやく、この安っぽいコントのようなふざけた仕掛けの正体を見つける事が出来た。
「気を付けろ!砂が足を滑らせているんだ!」
それは床一面に薄く積もった砂であった。この砂も勿論、ディアの意思で自由自在に動かせる。警官達が走り出そうと踏み締めた砂を滑らせる事でバランスを崩させ、彼等を転けさせたのだ。
「水だ!足元に水を撒いて邪魔な砂を固めてしまえ!」
男の指示で、彼の仲間が水導術を使用して周囲に水を撒く。すると彼の予想通り砂の動きが鈍くなり、しっかりと踏み締める事が可能となった。
「よし、やはり土には水が効く!次はこの邪魔な砂煙だ!」
この成果に気を良くし、更に砂煙も消してしまおうと空中にも水を撒く。それにより一瞬だけ視界が確保出来たが、こちらはすぐに奥から新しい砂煙が補充されてしまう為に効果が薄い。更に動かなくなった銃も水で洗って見たが、しっかりと稼動部に食い込んだ砂は水で流しても上手く除去出来なかった。
(チィ…流石にそう簡単には行かないか。だが、突破口は見えた!)
男は使えない銃を懐にしまうと、慎重になって動けない周囲の仲間に先んじて走り出した。
「銃を水で覆って持ち込むべしと後詰めに連絡!銃が使えない者は導術による戦闘を主軸とし、カメラやセンサー等を片っ端から破壊しつつ、足下にも水を撒きながら全力で前進!急げ、時間がないぞ!」
男は一息に方針を仲間に伝えると、他の罠に気を配りつつも標的の居るであろう場所に向けて突き進んで行く。そしてそのまま曲がり角を曲がろうとした時、不意に死角から何かが横殴りに飛んで来た。
「ぬうっ⁉︎」
すんでの所で異変に気付いた男が屈んでそれを避けると、それは彼の真上すれすれを素早く飛んで行く。そしてその後彼が見たのは、彼の後ろを随行していた仲間の男の盾にそれが勢い良くぶつかり、彼を吹っ飛ばして更に後ろに付いて来ていた他の男達を巻き込む光景であった。
「こなくそ!」
男がヤケクソ気味に水導術を使用すると、偶然にも襲撃して来たその何かに当たる。するとそれは嫌がる様にくねくねと動き、砂煙の奥へと引っ込んでしまう。男は一体それが何なのかを確認しようとしたが、スコープ越しでは細長いその輪郭が何となく見えるだけであり、上手く姿を捉える事が出来ない。
(一体あれは…そうか!あれは熱を持たない『石』で出来た何かだ。だからサーマルスコープの効果が薄いんだな?かと言って、目視では砂煙が邪魔で視認が出来ない訳か…合理的だが、いやらしい技の組み合わせだ。)
砂煙で目視を出来なくした上で、足元の砂に注意を向けさせ、そこをサーマルスコープに映り難く防弾盾では防ぎ切れない物で死角から不意打ちする。これこそアキトがディアに授けた、お世辞にも正々堂々とは言えない、寧ろ卑怯と言われても仕方の無い妨害作戦であった。
(…どうやら、他の隊にもかなり被害が出ている様だ。聞く限りでは、人が集まっている所を優先的に狙っているらしいな。なら、ここからは単独行動すべきか?いや、フォローが無いのはやはり不安だ。ここで後詰めの到着を待ち、然る後に再突撃だな。)
男の警察無線には、同じく突入した他の仲間の現状が引っ切り無しに伝わって来る。やはり目に見えない攻撃と言うのは辛いのだろう。殆どが隊員の負傷と撤退とを知らせる物ばかりであった。男は取り敢えず今より前線を下げない様にと、他の仲間の到着を待ちつつその場で持ち堪えようと身構える。
(しかし、未だに死者の報告は出て来ない。ここまで居ないとなると、やはり向こうは殺人を犯したくは無いと見える。先程の攻撃も死なない程度に手加減していた様だしな。だが、相手にこちらを殺す気が無いのであれば…こちらとしてはやり易い。)
恐怖と言う物は、人の動きを大きく制限する。ましてや死の恐怖と言うのはその最たる物だろう。しかしアキトが殺人を拒むのなら、攻める方は死の恐怖を考えずに進む事が出来る。殺されないと思い込むだけでも、人は案外動ける様になる物である。現に、今の彼には恐怖が無くなっていた。
(そして導術の相性はこちら側が有利。技術こそ向こうの土導術使いの方がかなり上手だが、それを甘い考えが潰している。これなら、勝てるかも知れない…!)
そして絶望的な状況の中でも一筋の光明が見えた事で、男は前に進む勇気を得た。自らが突き止めたアキト達の弱点を隊長に連絡しつつ、彼は自分一人でも先に進もうとやや浮き立って一歩を踏み出す。しかしその刹那、彼の全身に唐突に妙な浮遊感が走った。
「え…う、うわぁ⁉︎」
次に男の視界が天井側に引っ張られ、身体は床側に引っ張られながら空中に投げ出される。彼等が侵入した出入り口、それはシェルターの比較的上側にあった。つまり彼等の侵入した場所の下には『空き部屋』があったのだ。要は、彼の足元に大穴が突然降って湧いた訳である。
「し、しまったあああああああ‼︎」
土導術を使えば、例え頑丈なコンクリートの床であろうと簡単に破壊出来ると言う事を彼は失念していた。彼は自由落下の恐怖に自らの慢心を呪いながら、一階下のこれまた頑丈な床に手酷く腰を打ち、複雑骨折する。そしてその余りの激痛に気絶し、無事に作戦をリタイヤしたのだった。
「七時の方向が少し危険ですね。軽めの地震で足止めし、足下を崩して落として下さい。」
「キュキュ!」
所変わってシェルターの中心、数ある部屋の中でも一際頑丈に作られた部屋の中に沢山のモニターが並んでいた。そこは緊急時における司令室となる様に作られた部屋であり、アキト達が逃げ込んだ場所であった。
「しかし凄いですね。大使殿の地竜…ディアちゃんでしたっけ?この子の土導術の自由度と正確性は、かなりの訓練を積んだ土導術使いにも匹敵しますよ。幾ら地竜の高導物と言えど、これ程までに育てるのはさぞ苦労したでしょう。」
「え?あ、いえ…実は僕達、出会ってまだ二日目な物で。別に僕がここまで育てた訳では…。」
「ええ?それでは、この技術力はこの子の自前の物であると?はえ〜…こりゃまた凄い導物も居た物ですね。」
ムラクモとアキトは他愛の無い会話を続けながらも沢山のモニターやセンサー等を監視し、状況の推移を見守っていた。砂煙による探知はかなり正確だが、かと言って大多数の敵全てをディア単独で処理出来る程の実力は無い為、時々生じる『抜け』を見付けて指示する事で補助していたのだ。
「ところで、あの小人型導族の…ほら、あの子供の様な顔の…。」
「トース・ノモース卿ですか?と言うか、小人型導族は全員子供の様な顔なんですけど…。」
「そうそうそれです。いや、何と言うか影が薄くって。あの方は確かお仲間を連れて外から包囲網を破り、地下から脱出経路を作れる様に場を整えると仰っていましたが、そちらの首尾の方は如何ですか?」
「カスミ先生からの連絡では、余り芳しく無い様子ですね。包囲網は無事抜けた様ですが、洗脳された部下三名から攻撃を受けているみたいです。その上、木導術使いの警護もかなり厳重にされている為に、厳しい戦いを強いられていると。」
「まあ、向こうは一度同じ手で包囲を破られてますからね。警戒するのは至極当然でしょう。」
トース達は先程キツネを狙った襲撃者が小人型導族らしいとの事で、シルバーナの了解を得て彼を追い掛け、公安捜査局の敷地の外へと先に脱出していた。これには来るべき木導術による包囲網への対策と言う狙いも含まれていたのだが、逆にそれを対策されてしまっているのが現状であった。
「となると今の所一番期待出来るのは、ヒサメっちの言う様に上からの脱出ですかね。」
「ですが、そちらも苦戦しているみたいです。地下に敵戦力の大半を充分に引き付けた後、上に逃げて地上から包囲網を突破する…でしたか。ヒサメさんはああ言っていましたが、果たして大丈夫でしょうか。」
「相手は炎導術使い、氷導術では相性が悪いですからね。しかもそれなりの実力者が複数と来たもんだ。ですが、ヒサメっちなら多少無理をしてでも何とかするでしょう。普段は冷めたフリしていても、意外と負けず嫌いな所が有るんですよ?あいつは。」
「そうなんですか…しかし無茶だけはして欲しく無いですね。危険な戦いにまた巻き込んでしまった僕に、そんな事を言う資格なんて無いのでしょうけど。」
ヒサメはつい先日まで、自らの命を握られながら望まぬ仕事を強いられていた。アキト達がその呪縛から彼を救ったのは確かだが、その恩を盾にして命に危険のある仕事を押し付けたのでは、彼を縛っていた者達と同じ事をしている様な物である。と、少なくともアキトはそう考えていた。
「失礼ながら、それはヒサメっちに対する侮辱ですよ、大使殿。あいつは『自らの意思』で望み、そして戦っている。俺にはそれがわかります。なのに、それに対して勝手に負い目を感じると言うのはただの思い上がりです。」
「あ、あはは…中々に手厳しいですね。」
「当然ですよ。大切な友人を侮辱されて怒らないでいられる程、俺は聖人ではありませんからね。ただ、大使殿に対して無礼な言葉を使った事には謝罪します。その証左として必ずや貴方は守り切りますよ。勿論、それは俺の意思ですよ?」
「え、ええっと…よ、宜しくお願いします。」
「ははは、その意気です。大使殿。」
ディアの尽力もあって思っていたよりも時間が稼げている状況に、アキト達の間には少しだが余裕の雰囲気が出始めていた。しかし、その余裕が何時までも続かない事も彼等は予想していた。そしてディアが不意に吼えた時、その予想が的中した事を知る。
「アキト様。敵の前線が遂に第二防衛線を超えました。ディアちゃんも頑張ってくれていますが、流石に向こうもこの状況に慣れ始めています。そろそろ作戦を次の段階に進めるべきかと。」
「そうですか、わかりました。ですが予想よりも多く時間は稼げましたよ。ディア、よく頑張りました。しかしまだまだ貴方が必要です。お疲れの所申し訳有りませんが、もう少しだけ頑張って下さいね。」
「キュイキュイ!」
シルバーナを通してディアからもたらされた情報にもアキトは慌てず、ディアを労いながら再び気を引き締めた。元々水導術と相性が悪いディアの土導術で対応し切れるとは微塵も考えておらず、ムラクモの力も借りる事でその弱点を補うのが本来の作戦であったのだ。
「警部。予定通り施設内は『水浸し』になりました。例の技、行けますか?」
「ええ。思っていたより水量は多いですが、これなら…四十秒も有れば何とかなりますね。」
ムラクモは近くのペットボトルに入った水を導術によって操る。それはスライムの様に動いて部屋の吸気口から外へ出て行き、そして武装警官達が撒いた水に馴染んだ。それは他者が導術に用いた水の制御権を奪って自らの支配下に置くと言う、『奪水』と呼ばれるムラクモが得意な高等技術であった。
「しかし、さぞかし相手も歯痒いでしょうねぇ。この可能性も考慮していたのに、それを使わねばならない状況に追い詰められ、ならば一気呵成にと思い切った攻勢も捌き切られ、更にこれで施設内の水の制御権まで奪われて壁の破壊も難しくなり…ンッフッフッフッフ!」
すると、そこにネットリとした声が聴こえて来る。それは言わずもがな、キツネの声であった。彼の耳障りで不快な嗤い声をシルバーナ達の様な子供に余り聞かせたくない保護者気質のアキトは、その声を遮る様にして言葉を発する。
「それで、貴方は僕に何を仰りたいんですか?キツネさん。」
「いえいえ何も。これはただの賛辞であり、他意は有りません。単純に見事なお手並みと言いたかっただけですよ?アキト君。」
「…そうですか。それはそうとキツネさん。僕が忙しいのを良い事に、アズちゃんに余り変な事を吹き込まないで下さいね?」
アキトはムラクモの様子を横目に視線をずらし、少し離れた所でアズの隣にちゃっかりと居座るキツネを見て冷たく言い放つ。口調こそ丁寧だが、その言葉には静かな威圧感が篭っていた。しかし彼の脅す様な言葉を受けてもなお、キツネは不敵な笑みを返す余裕を見せる。
「失礼ですねぇ。私がいつそんないかがわしい事をしたとでも言うのですか?」
「今までは良くても、これからするかも知れないですからね。その前にしっかりと釘を刺しておこうかと思いまして。」
「やれやれ、疑り深いですねぇ。ですが実に良い心掛けです。目の前にある何かを常に疑う心は、この鬼ばかりが住む世界の中で生き抜く為には非常に重要ですよ。これからも是非とも大事にして下さいねぇ。ンッフッフッフッフ。」
「え、ええ…?いや、疑う事を人に勧めないで下さいよ。ここにはまだ純真無垢な子供だっているんですから。はぁ…本当に貴方って人は…。」
アキトの性格を逆手に取った言葉、そして開き直りにも悪びれずに嗤い続ける態度を取るキツネに対して、アキトは溜息をする事でしか抗議の意思を示せなかった。キツネと関わると碌な事にならないとアキトは心底思い知るが、後悔が先に立たない様に、時間は決して巻き戻りはしない。
「大使殿、こちらは準備完了しました。いつでも行けますよ。」
「ああ、済みません警部。それではお願いします。」
だから今の彼に出来る事は、目の前の敵と戦って生き残る為に全力を尽くす事だけである。キツネの事は一先ず置いておき、作戦を遂行する事に対してアキトは意識を集中した。その様子を見たムラクモは、彼が変に気張り過ぎない様にと声を掛ける。
「大使殿、余り肩肘張らずどうぞ楽にしていて下さい。貴方は守られる側なんです。どーんと構えてれば良いんですよ。掛かる火の粉は、俺が残らず消火しますから。」
「有難う御座います、警部。ですが、僕はただ警部に守られているつもりも有りません。貴方にもしも避けようの無い危険が迫った場合にはすぐに呼び戻しますよ。その為の召喚術です。」
「了解。ではそちらに危険が迫った場合でも無理をせず、すぐに俺を戻して下さい。それもまた召喚術なんですからね。」
「ええ、約束します。」
アキトはディアの方を向いて頷くと、ディアは軽く吼える。するとムラクモの足下に大きな穴が空き、敵は居ないとわかっている真下の部屋の中へと彼は消えて行った。その穴が閉じた後、アキトはシルバーナとディアの側に寄る。
「さあ、ここからは全力で警部を援護しますよ。やる事は先に話した通りですが、準備の方は良いですか?」
「はい!私もディアちゃんも行けます!」
「キュルッピィ!」
「良い返事です、頼りにしてますよ。それじゃあカスミ先生、警部との連絡をお願いしますね。」
その言葉にアキトの掌からスライムが出て来てウネウネと動いた。これはディアが砂煙から得た情報をシルバーナが翻訳し、それをカスミを通じてムラクモに伝える事で連携を取る形である。またムラクモの行く先の地形を変える等で戦い易い状況を作る為にも、この連携は重要であった。
「それでは…作戦第二段階、開始します。」
アキトの冷徹な声が部屋に静かに響く。それは今までの足止めと敵戦力消耗主体の守りの戦術とは違い、攻められ奪われた区画を取り返す為の反転攻勢の合図であった。
「向こうの状況はどうだった?」
アキト達が行動を起こし始めた頃、彼等が立て籠もる場所から上に続く階段の在る付近まで、武装警官隊が接近しつつあった。ここを封鎖されると司令室から上に行けなくなる、つまりアキトを完全に袋の鼠状態にする事が可能となる為、優先的に制圧すべき場所の一つとされていた。
「制圧目標近くまで罠らしき物は無し。後はこの直線を進むだけです。尤もそれを報告した者は、不意に飛んで来た壁の一部に怯んだ隙を石鞭で叩かれ、気絶してしまいましたが。」
「仕方あるまい。だが、先程から石鞭の動きが明らかに鈍っているし、砂煙も晴れつつある。恐らく周辺が導術由来の水で満たされている為だろう。後は床、壁、天井を気にして進むだけだ。それと地震もだったな。」
「これだけの導術を使えば、そろそろ導子切れを起こしてもおかしくない頃合いなんですけどね。奴等の仲間の土導術使いは、もしかして化け物なんじゃないですか?」
「全くだな。だが、本当の化け物ならこんな風にこそこそ隠れたりせんよ。攻撃を受ければやられる、だから隠れるのだ。ならばこんな俺達でも倒せるだろうさ。」
その最前線で戦う二人の警官は、遅々としながらも堅実な立ち回りで、着実にその場所まで近付きつつあった。だが度重なるディアの土導術による攻撃で手や足に少なからず怪我をしており、また疲れの色も濃くなっていた。
「そう言えば、下の部隊は目標の居る部屋に攻勢をかけようとして返討ちにあった様ですね。」
「ああ。奴等にとっての一番の急所だったからこそ、その反撃も凄かったのだろう。だが、お陰で俺達の方には攻撃の手が緩く、ここまで無事に来れたとも言える。」
「ならば意地でもこの作戦、成功させねばなりませんね。ですがどうします?俺達の今の状態を考えれば、行けば恐らくやられますよ。」
「だろうな。あそこは奴等にとっての要衝の一つだ。取れば必ず優先して取り返しに来るだろう。対してこちらは満身創痍、確実にやられるな。」
「それでは、ここで他の仲間が来るまで待ちますか?」
その内の一人の警官がもう一人の警官に問い掛ける。しかし彼は相棒がこんな所で二の足を踏むような軟弱者ではない事を知っていた。だからこそ、それは答えのわかり切っている質問であった。それと知って、相棒の警官は笑みを浮かべる。
「いや、このまま前進だ。でなければここまで来た意味が無い。倒れて行った仲間に合わせる顔もな。次はこちらに奴等の攻撃を誘導し、仲間が攻める為の時間稼ぎをしよう。だが、ただでは負けてやらんぞ。一矢でも二矢でも報いてやるさ。」
「そう言うと思いましたよ。それじゃ、俺も付き合いますか。どうせやられるのなら、思いっ切り盛大にやってやりましょう。」
「そう来なくてはな。頼りにしているぞ。」
数々の仲間の犠牲(死んではいない)と引き換えに辿り着いた場所で、彼等は後から来る仲間に繋げる為の一歩を踏み出す。それが例え自らの犠牲(恐らく死なない)を伴う物であろうと、友の進む道を切り拓く為の礎となるのであれば、その歩みに躊躇いを残してはいけないのだ。
「……よし、行くぞ!」
そして一面水浸しとなり最早動く事の叶わない憐れな砂を、勇ましくその足で踏みしめた、その時であった。
「「おわあああああ⁉︎」」
二人は盛大にすっ転んだ。ディアの撒いた砂の所為かとも一瞬考えたが、水浸しとなったそれが動く筈が無い。それでは何故だと考えたが、答えはすぐにわかった。何故ならいつの間にか砂煙が消え、目の前にその犯人が立っているのをはっきりと見る事が出来たからだ。
「ム、ムラク…があ⁉︎」
「げは⁉︎」
「次は宣言無しで攻撃すると言ったな。だから約束通り、不意打ちさせて貰ったよ。」
それはムラクモであった。彼は水浸しとなった床の水の制御権を奪い取り、それを操って彼等の足を滑らせたのだ。そして転けて無防備な姿を晒す、二人の頭目掛けて強烈な後ろ回し蹴りからの回し蹴りを放ち、二人まとめて意識を刈り取る。
「配達御苦労、お二人さん。」
気絶した二人から水浸しの銃を回収すると、ムラクモはニヤリと笑う。それらは既に全滅した先発隊所属の男より助言を受けて、水で覆って持ち込まれた物であった。ディアの砂から守られていたそれは未だ正常に稼働する。つまり、ムラクモは縁絶鋼による攻撃手段を得た事になる。
『おい!何の音だ!何かあったのか!』
その時、二人の警官の持っていた無線が異変に気付いてうるさい音をたて始めたので、ムラクモは水を操って無線を水没、耐水性のそれをいとも容易く破壊した。すぐに騒ぎを聞き付けた警官隊が集まって来るだろう。多勢に無勢ではあるが、しかし彼はどこかその状況を楽しんでいた。
「さて、一丁やってやりますか。」
気絶した男達を近くの部屋の中に拘束すると、ムラクモは左手を仰向けに伸ばす。何らかの紋様が描かれたその手には、次の瞬間、閃光手榴弾が握られていた。彼はピンの抜いたそれを廊下の向こうへ投げると、遠くで大きな音が上がる。即座に部屋の中に隠れると、それまで彼の居た場所に沢山の銃弾が降り注いだ。
「やれやれ、仲間が居ても御構い無しか。犯人を追い詰める警官としては正解なんだろうが、やっぱ気に入らないやり方だな。」
『そもそもこんな不正に手を貸す事自体が不正解ですわ。矜持の無い権力などただの暴力。唾棄すべき不埒にして憎むべき悪行。捌いて塩して天日に当てて、悪しき水分を残らず絞り出してやりますわ!』
「はは、違いないな姐御。それじゃあ俺は奴等が隠し事をせず腹割って話せる様に、綺麗な二枚おろしにしてやりますかね。んじゃディアちゃん、予定通りに宜しく!」
そして、ムラクモは水導術で音も無く水の上を滑りながら部屋の壁に突撃する。すると彼がぶつかりそうになった壁から次々に消えて行く。そのまま複数の部屋を超えると、いつの間にか銃撃を続けている四名の警官達の背後に回っていた。そして悠々と彼等に奇襲を仕掛ける。
「そうらよ!」
タイミングを測って投げた閃光手榴弾が、彼等の耳を予想外の方向から激しく攻撃した。それにより彼等は怯み、それを立て直す前にムラクモが苛烈に攻め立てる。まずは少し離れた一人目の無防備な足へ銃を撃ち、反動を利用して近くの二人目の側頭部に銃のグリップを当てて気絶させた。
「あぁらよっと!」
逸早く立て直した三人目が背後から撃とうとしたので、ムラクモは腰を屈めてその射線を避けつつ右足を後ろに上げ、その銃を蹴飛ばして前方に宙返りする。そして足元の水を操って仰向けに転けさせた四人目の鳩尾の上に右足で着地しながらスピン、振り向きざまに三人目の足を正確に撃つ。
「うおらぁあ!」
ムラクモの叫びと共に彼の左足裏から水が噴き出し、その激しい勢いで飛び出しながら強烈な左膝蹴りを三人目の額にぶつける。そして右足で彼の肩を踏み台にして跳躍すると、そのまま一人目の頭に右足であびせ蹴りを当てて床に叩きつけた。(水を操って衝撃はある程度殺している。)
「うし!一丁上がり!」
『お見事ですわ。少しは腕を上げた様ですわね。』
「そりゃあもう、毎日師範代に扱かれてますからね。それと最近はナツっちの戦い方も参考にする様にして見てるんですが、姐御的にどっすかね?」
『その評価は全て終わった後で総合的に評価しますわ。少なくとも無駄口を叩くとその分減点ですので、今後はその辺りを気を付けなさいな?』
「うへえ…。」
彼は気絶した四人から武器を剥ぎ取ると、やはり近くの部屋の中に運び、応急処置と拘束を施す(縄と手錠はアキトから転送)と、砂煙の晴れた部屋の外を注意しながら見回す。しかし近くの警官達は先の四名だけだった様で、他に人影らしき物は見当たらない。
「さて、ここら辺りの掃除は完了ですか。お次はどこを掃除しやしょう?」
『ワタクシが案内致しますわ。状況は圧倒的にこちらに有利ですが、相手はそれでも未だ十名以上が健在ですの。ムラクモさん、どうぞ油断なさらなぬよう。』
「姐御の見ている前で無様な姿は見せられませんよ。後が怖い。」
『あらあら、どう言う意味かしら?それは後で問い質すとして、今は取り敢えずそのまま気張りなさい…ん?』
その時、急にカスミのスライムの様子がおかしくなる。それと同時に辺り一帯に不審な地震が生じるが、それはディアの起こした物では無かった。
「この揺れ…まさか!」
『ええ、どうやら相手の木導術部隊が行動を開始した様ですわ。ムラクモさん、急ぎなさい。』
それは、シェルターを囲む木の根による攻撃であった。木導術は攻撃力は余り高く無いものの、水導術と土導術の双方に対して有利が取れるので、いつかは使って来るだろうとアキト達も考えていた。しかしその使用はもう少し後になるだろうとも踏んでいた為、同時に意表を突かれてもいた。
「クソ!奴等、まだ仲間が中に残っている筈なのに!」
『だからこそでしょう。ワタクシ達が彼等を見殺しに出来ないと、そう判断した上での無差別攻撃ですわね。奴等の首魁はあのサイギ刑事、奴なら息する様に部下を見捨てますわ。この状況も想定の内ですわよ。』
「ド畜生が!性根の芯まで腐ってやがるなあのメガネ野郎!後で覚えとけよ!」
盛大に悪口を吐きながらも水導術を活用し、またディアの土導術による支援を受けながら、ムラクモは逃げ遅れていた警官達を救助して行く。しかしその間にも周囲の壁や床にヒビが入り、施設内に侵入して来た木の根が所構わず破壊して行った。その速度は想定より早く、ムラクモは少し不安に駆られた。
「奴等も本気ですね…。これ、間に合いますかね?」
『ディアさんと貴方の実力ならば、本気を出せば充分に間に合いますし、何ならお釣りも出ますわね。』
「そうですか?そんじゃあ俺、張り切っちゃいますよ!水操導術・拐水巡!」
カスミの激励にムラクモは調子に乗る。そして彼は司令室の目の前で、施設内に満たされた水の殆どを使用する。彼の全力の水導術でアキト達の居る部屋以外の全ての通路、部屋を水で遍く満たして、総ざらいしようとしたのだ。しかし、途中にある銃弾にそれがぶつかると術が解除されてしまった。
「ぐ…縁絶鋼か、こいつは面倒臭いな…。」
『銃弾は宙には浮かびませんわ。ならば、水を宙に浮かせば良いだけ。人だけを拐い、銃の中の弾に接触しない様に水を操りなさい。』
「ははは…相変わらず簡単に言ってくれるよなぁ…。」
『愚痴れる精神力があればまだ大丈夫ですわね。さぁ、もう一度挑戦ですわ。』
ムラクモは気合を入れ直し、ディアの情報を基に再び同じ導術を使用した。額に汗を掻きつつ有りっ丈の集中力を込めると、今度は上手く行ったのだろう、まだ助け出せていない警官達全員が『窒息死寸前』の状態で流れて来た。
「あっ…やっべ、集中するのに必死でそっちまで気が回らなかった…。」
『まだ死んでは居ないので良しとしますわ。それに、彼等にも良い薬となったでしょう。さっさと水を吐き出させ、拘束なさい。蘇生はワタクシが行いますわ。』
溺死寸前の彼等の肺からムラクモが導術で水を抜くと、カスミのスライムが手早く蘇生処置を施して行く。その間にムラクモは彼等を拘束して司令室の中に放り込み、ディアが作った大きめの檻の中に閉じ込める。
「よし、何とか間に合った!」
『ですが、もう余り時間が有りませんわ。さぁ、作戦第三段階の開始ですわよ。』
「了解!」
そしてムラクモは、アキト達と共にレンの作った方の檻の中に逃げ込む。次にディアが檻の中で大きく吼えると、司令室を含めたシェルター内全ての壁、床、天井全てが粉々に破壊された。残ったのはアキト達が居る檻と警官達を閉じ込めた檻だけである。その二つは暗闇の中を自由落下しながら、木の根の針山の上に落ちて行く。
「警部、お願いします!」
「そら来た!任せろ!」
アキトの合図で、ムラクモが檻の中から飛び出す。彼の手には機関銃が握られていた。それは公安捜査局に置いてある武器の一つであり、その弾倉は勿論『縁絶鋼製銃弾』である。彼は両足から水を噴射して空を飛びながら、それを下に向けて乱射した。
「うおおおおおおお!」
木導術に対して『縁絶鋼』は相性が良い。と言うのも、縁絶鋼が食い込んだ木はその全体が操作出来なくなる為、一発の銃弾が一本の根に当たれば、枝分かれした他の根まで一度に行動不能となるのだ。その為、彼の適当に撃った弾だけでかなりの部分の根が動かなくなってしまう。その上に二つの檻は軟着陸した。
「ルビィ!行きますよ!」
「はい!アキト様!」
アキトは檻の窓が真横に来て尚且つ開いた状態になる様に『再填召喚』すると、そこから身を乗り出して複数の照明弾を召喚しては辺りに撃ち、光源を確保する。それと同時にシルバーナは木の根を『導子引導』で観察し、まだ動く木の根、つまりは『導術が発動している部分』を見つけてはライトで指し示す。
「そこか!」
そしてそれをムラクモが狙い、撃ち漏らした木の根を次々に仕留めて行く。一方向が粗方終われば別の方向に檻を召喚し直し、同様の事を繰り返す。そしてしばらくすると、辺り一帯の木の根は残らず動かなくなっていた。
「警部、戻って下さい!ディア、お願いします!」
「ルガオオオオオオオッ‼︎」
ムラクモと入れ替わる様に檻の外に飛び出したディアが尻尾を長く鋭利に伸ばし、それを勢い良く振り回して木の根を薙ぎ倒して行く。導術で動いていない木の根ならば、土導術でも容易に叩き潰せるのだ。やがて所狭しと生い茂っていた木の根は、充分な移動が出来るまでに伐採される。
「さぁ、ここからは時間との勝負です。キツネさん、ディア、走りますよ!警部、シルバーナ様とアズちゃん、それとあっちの警官の方達を頼みます!」
「了解。御武運を、大使殿。姐御、大使の事を頼みましたよ。」
『任されましたわ。』
そしてライトを持ったアキトとキツネは、ディアが作った石の道を走り出した。木導術使い達の木の根の包囲網を潰し、彼等が新しい木を支配し再びこちらに差し向けるまでの間に、地下から道を作って外に逃げ出す。これこそが一連の作戦の最終段階であったのだ。
(ンッフッフッフッフ。木の根が襲撃する瞬間、それこそがアキト君が狙っていたチャンスだった訳です。土の中に隠れている状態では、縁絶鋼では攻撃出来ませんからねぇ。攻撃する為に姿を現したのが悪手でしたねぇ。)
これまでの作戦の目的は、警官達の焦燥感を煽り、彼等の最後の手段である木導術を使わせる事にあった。木の根を使って攻撃して来た瞬間、それを縁絶鋼で全て潰せば再び包囲するまでに時間が掛かる。その間はディアが大いに活躍出来ると言う訳である。
(そして、木導術使いを守る為に遠くに配置したのが仇となりましたねぇ。お陰で逃げる為の時間は充分に取れます。そして、そろそろカスミ殿の拘束も限界になる頃…ンッフッフッフ、奴等の焦る顔が目に見える様ですよ。)
やがてアキト達は壁に到着した。ここで四方の避難経路とは別の方向に広めのトンネルを作り、そこから召喚した車に全員で乗り込み、一気に包囲を突破する。これでアキトの脱出作戦は完了となる。念の為、アキトはディアに先に壁の中を探る様に命じると、ディアは颯爽と潜って行った。
「ふう…これで、やっとここから出られますね。」
「おや?まさかもう安心しているのですかねぇ?油断は大敵ですよ。勝って兜の緒を締めよ。家に帰るまでが遠足です。」
「あ、いえ…決してそんなつもりでは…。」
「なら良いのですがねぇ。どうにも私は心配症でしてねぇ?奴等がこの程度の事で諦めるとは到底思えないのですよ。」
キツネの言葉には、どこか確信めいた雰囲気が漂っていた。『思えない』などと濁してはいたが、明らかに『何か仕掛けて来るだろう』と言っている様にアキトは思えた。
「奴等…ですか。キツネさん、貴方は本当に『あの方達』の事を…」
そして丁度良い機会だと、アキトが昼間から気になっていた事の核心を聞き出そうとした、その時であった。カスミのスライムがいきなり、しかも焦りながらアキトの体内から出て来たのだ。
『アキトさん!ディアさんを召喚なさい!』
その言葉に、アキト反射的にディアを召喚した。見た所は怪我も無かったが、しかし酷く怯えている様子だった。只ならぬ状態にアキトは訳も聞かずにキツネとディアを連れて急いで壁から離れ、同時にムラクモと盾を召喚して身構えた、その次の瞬間であった。
「うわっ⁉︎」
突然、土壁が破壊されたのだ。そして、その中から一人の人物がゆっくりと歩いて来る。その人物が周囲の照明弾の灯りに照らし出された時、人とは明らかに異なる部分をアキトは目撃した。現れた三十代位の男の頭には、緑色の髪と大きな『鹿の角』があったのだ。
「…鹿型導族。」
「おいおい、やめてくれないか。その呼び名は嫌いなんだよ。それとも、亜人には人の言葉は理解出来ないかね?」
「ンッフッフ。今貴方が使っている言葉が、正にその亜人の言葉なんですがねぇ。それと今私達は忙しいので、面会はまた日を改めてお願いしますねぇ。」
「フッ…減らず口を。人がわざわざ亜人供の知能に合わせてやっているのに、その厚意を無下にするか。全く、これだから亜人供は気に食わんのだ。」
キツネの言葉を受けて、鹿型導族の男は彼を睨む。勿論、キツネはその憎たらしい程に嫌らしい笑みを浮かべていたので、その怒りは更に掻き立てられたが、彼は何とか堪える。
「ヨミ国外務事務次官キツネ・イズナだな?悪いとも思わんが、俺に着いて来て貰うぞ。」
「そう言う貴方はアビス王国貴族、ロクドオン伯爵家所縁の方とお見受けします。しかし、貴方との面会の約束は無い筈ですが?」
「…どうやら、痛い目を見ないと気が済まない様だな。」
「ンッフッフッフ。作法も知らない幼稚な方に、会わせる顔など無いと言うだけですよ。大人になってから出直しなさい。」
しかし、キツネの挑発に耐える程の精神力は持ち合わせてはいなかった。男は髪が逆立つ程に激怒すると、手から蔦を生やしつつ、貫く程にキツネを凝視して叫んだ。
「……ぬかしたな亜人風情が!その言葉、じっくりと後悔させてやる!」
彼の大きな声はシェルターがあった空間内に響き渡った。それは、アキト達に新たな戦いの開始を知らせるゴングとなった。アキトは不安が的中した事を嘆きながらも、淡々と頭を切り替える。彼の冷徹な瞳は、冷静に目の前の敵を射抜いていたのだった。




