第11話
別れはいつも突然。
「もしもし、私は導力開発総合学園に所属する生徒のアラカミ・アキトと申します。夜分遅くにすみません。実は学園長に折り入って相談があるのです。ええ、至急の要件です。オオカミ学園長は御在宅でしょうか?」
携帯電話で学園長に電話を掛けるアキトを、シルバーナは不安そうに見つめていた。
(敵のスパイが何処に潜んで居るのかわからない以上、いつ襲われてもおかしくありません。先ほどは感激して泣いてしまいましたが、落ち着いて考えて見ればこのまま私と居ればアキト様まで巻き添えに…。それだけは避けねばなりません。アビス貴族の名に恥じぬ為にも…。しかし、普通に断るのではこの方は納得なさらないでしょうし、どうしましょうか。)
しばらく黙ってアキトの横顔を見つめていたシルバーナであったが、あるアイデアが閃いた。
と、そこで丁度アキトが学園長との会話を終えて電話を切り、シルバーナに話し掛けてきた。
「聞いて下さいシルバーナ様。これから学園長の所に行きます。学園長は何も詳しいことは話さず、ただすぐに来いとだけ仰っていました。ですがあの口調は何か知っている様子でしたね…。」
アキトの言葉が終わると、シルバーナは思い切って話を切り出した。
「はい…、わかりました。あと、私事で大変申し上げにくいのですが、体が汚れてしまっているので、このままでは学園長様に大変失礼を致してしまいます。なので出掛ける前に体を拭きたいのです…。」
見ると、シルバーナの体はあちこちが土で汚れていた。女性物の服は、ノーマルなアキトには持ち合わせが無かったが、せめて体を清潔にして行きたいというのは、追われている今の状況を鑑みても女性としては至極真っ当な考えであるとアキトは考えた。
「それは気付かず申し訳ありません。少し待っていて下さい。今お湯と桶を用意します。」
するとアキトは部屋を急いで出て行った。数分後戻ったアキトは、転移召喚を行った。
『ブルーシート、召喚。』
すると、畳四畳半ほどの大きさのブルーシートが現れた。アキトはそれを床に広げ、更にそこに手を置いて再び転移召喚を行った。
『桶、召喚。』
すると今度はお湯がいっぱいに入った大きな桶がブルーシート上に現れた。
アキトは学生寮の共同風呂に入り、周囲の怪訝そうな視線も気にせず大きな桶を召喚し、そこにお湯を入れて周囲に触らないよう注意した後、部屋に戻ってそれを召喚したのだ。
転移召喚は、基本的に対象そのもののみを転移するのだが、例外として、容器ならばその中身も、人ならばその衣服や所有物も一緒に転移する。これを利用してアキトはお湯の入った桶を召喚した。
「はい、これで体を拭いて下さい。背中とか自分で拭けない部分は僕が拭きましょう。」
デリカシーのないアキトの発言にシルバーナは紅潮し、目を反らしながら挙動不審になる。
「いえ!その必要はありません!一人でできますから!…それとも、アキト様は私の貧相な裸体を眺めたいのですか…?アキト様は命の恩人ですし、もしお望みとあるならば…。」
すると今度はアキトが挙動不審になり思わず変な声が出る。
「ふぇ?ち、違います!そんなつもりで言った訳では!」
アキトとして見れば、小さい妹をお風呂に入れるような感覚で言ってみたのだが、少女の反応を見て失言だったと後悔した。
「ええと、それじゃあ僕は部屋の外で待って居ますので、終わったらノックして下さいね。」
かろうじて平静を保ったアキトは、恥ずかしそうなシルバーナにそう告げると逃げる様に部屋を出て行き、後には一人シルバーナが残された。
(とりあえず、上手く一人になれました。)
アキトを騙す様な真似に心が痛んだが、これもアキトを巻き込まないためと言い聞かせた。そしてアキトの机にあったメモ用紙とボールペンを取り、感謝と謝罪の言葉を認め、書き置きとした後、窓を開けた。
(この高さなら、何とか…)
山羊型とは言っても実際にはその身体的特徴は伝説の『悪魔』に類似している。背中にある蝙蝠の羽は伊達ではなく、自在に動かすことが可能で、更に短い時間ならば滑空することも可能であった。足腰も人族に比較して強靭であり、少々高いところから落下しても上手く着地する事も出来る。
「さようならアキト様…。この御恩は一生忘れません…。どうかお達者で。」
アキトへの感謝の言葉を、伝えるべき相手に決して聞こえないように述べると、勢い良く窓の縁を蹴り、夜の闇の中へとシルバーナは消えていった。ただ飛び起つ瞬間、シルバーナの瞳から零れた感謝の心が、月明かりに照らされてダイヤの様に一瞬の輝きを放ちながら、近くの木の葉を濡らしていた。
しばらく後、シルバーナの湯浴みが余りに長いのを心配したアキトはノックしてドアを開け、中を見ない様にして部屋の中に入ると、窓が開いていて何処にもシルバーナがいないことに驚き、机の上の手紙を読んで嘆息した。
「はぁ…、全く、本当に思いやりの有る良い娘ですね…。こんなことされたら、益々助けたくなっちゃうじゃないですか…!。」
気を引き締め、必ずシルバーナを助ける決意を新たに、アキトは唱えた。
『シルバーナ、召喚!』
次の瞬間、涙に赤く目を腫らした銀髪の色白な少女が、呆けた顔をしてアキトの目の前に現れたのだった。
男性が少女に湯浴みさせる事案発生。




