7話 戦後処理
チンピラとの争いが終わり、少し時間が経った。
泣きじゃくっていた怜香もようやく落ち着きを取り戻し表情にも少し余裕が戻ってきた。
「怜香さん。もう大丈夫ですか?」
「ありがとう。だいぶ落ちついたから、もう平気よ。」
「そうですか、よかったよかった。」
男は安心したように頷く。
そして少し言いにくそうに続けた。
「実はちょっとトイレに行きたくなってまして、そろそろいいかなぁって思ってて…」
「‥‥‥‥‥‥」
怜香は呆気に取られた顔で大河を見る。
ついさっきまで自分を抱き寄せ、何も言わずに泣かせてくれていた男の口から出た言葉とは信じられないといった様子の顔だった。
「あーそーですか。トイレでもお店でもどこなと行って下さい。」
「うわっ」
そう言うと怜香は少し頬を膨らませながら、ドンと大河を押し退けた。
「すいません。すぐ戻るんで」
男はそそくさとその場を離れる。
(ああでも言わんと離れてくれそうになかったからな‥‥)
もっとも、それだけではない。
本当に限界が近かった。
トイレへ向かいながら、男は携帯を取り出した。
順応性が高いおかげで男にとって携帯はもうかなり扱いやすい道具になっていた。
浩介にクラブで起こったことの報告をしておかなければならない。
画面を操作しながら改めて男は感心する。
(本当にこれは便利だ。これが元いたところにあれば情報伝達の在り方そのものが変わるぞ。)
電話をかけようとして、男の指がある表示の上で止まる。
スピーカー
何の為に使うのかはなんとなく身体が覚えていた。
試しに押してみる。
(ほう、こんなものまであるのか)
数回の呼び出し音の後、浩介が電話に出る。
「兄貴、お疲れ様です。」
「おお、大河か、どないしたんや?」
(これなら持っておく必要がないのか。ますます気に入った。)
男は携帯をそのまま置き、用を足しながら
会話をし始める。
「色々ありまして会って話したいんですが、大人数乗れる物で来てくれますか?今、クラブミーナにいてます。」
その間も、一定の音が響き続けていた。
「んっ‥‥‥?」
「できれば早めにお願いします。」
「あ、ああ‥‥‥分かったわ。ちょうどこっちの用事も終わったから大きい車でそっち向かうわ」
「ありがとうございます。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
妙な間が空いた。
「大河」
「はい?」
「なんかさっきから変な音聞こえてるけど何かしてるんか?」
「しょんべんしてまして」
「‥‥‥‥‥」
少しの沈黙。
「‥‥お前っ!! トイレ終わってから電話かけろっ」
ブツっ。
一方的に電話が切れた‥‥。
男は用を足し終え、切れた携帯を、首をかしげながら見つめる。
(なぜ浩介は怒っていたんだ…分からん。)
そう男が思いながらスピーカーの表示をもう一度みる。
(これも便利だな。持ってなくても会話ができるのか、実に効率がいい)
男は携帯の機能に夢中になり、怒られた理由など理解せず、右から左に浩介に言われた言葉は抜けていった‥‥‥。
トイレから戻ると、怜香はまだ不機嫌そうな顔をしていた。
「もう帰ってきたの。別に帰ってこんでも良かったのに。」
明らかに言葉に棘がある。
「怜香さん、なんか怒ってます?僕、なんか怒られるようなことしました?」
(何を怒ってるんだこの女は?いつの世も女の考えていることはよく分からんな。)
男はつくづくそう思った。
「別にっ。もう私の事なんてほっといてっ。」
(‥‥‥面倒だな)
「あっ、その顔!!今、めんどくさいって思ってるやろ」
「いやいや、全くそんなん思ってませんよ。お願いですから機嫌直して下さいよ…」
「じゃ今度私とデートしてよ」
「デートって‥‥デートですか?いいですよ。いきましょう」
(なんかわけが分からないが、取り敢えず了承しとくか)
「約束やよ。絶対やからね」
怜香の顔に、先ほどまでの不機嫌さが嘘のように笑顔が戻った。
その時いつもの様に情報が流れてきた。
「ああ、なるほど逢引のことか。今の時代の言葉は覚えることが多いな」
「大河君。急にどしたの?」
(しまった。口に出ていたか)
「いやいや、独り言ですんで気にせんといて下さい。
「また変なこと言ってる」
「そんな事より僕ちーとそこで伸びてる人に聞きたい事あるからちょっとここ離れますね。すぐ戻ってくるんで。もしなんかあったら呼んで下さい。」
「う、うん‥‥‥」
そう言うと男は床に倒れてるチンピラ1人を捕まえて別の部屋へ連れていった。
男はコップに水を入れてチンピラの頭に勢いよくかけた。
「うっっ。イテテっ」
チンピラが顔を歪めながら目を覚ます。
その瞬間、男の顔から先ほどまでの穏やかさが消えた。
怜香の前で見せていた近藤大河の顔ではない。
「おいっ誰の指示で怜香を襲った?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「聞こえなかったか?」
「お、俺らのリーダーの指示です。」
「そのリーダー今どこにおるねん?」
「分からないです。今どこにいるかまでは‥‥‥‥連絡してみないことには…」
「そうか。連絡先は分かってるんだな?」
「はい。知ってます。今回の事が終わればこっちから連絡することになってたんで」
男は少し考えた。
そしてチンピラの前へしゃがみ込む。
「よし、分かった。今から貴様ら全員、水仙組の事務所へ連れていく」
「く、組の事務所‥‥‥‥?」
チンピラの顔から血の気が引いた。
「そこで今日の指示の内容と、場合によってはその場でリーダーに電話かけてもらう。いいな?俺らの言う通りしたら悪いようにはせん。」
「分かりました。言われた通りにしますからこれ以上殴ったりせんといて下さい。」
「約束を守るなら、俺もこれ以上痛めつけるつもりはないから安心しろ。」
男はそこで一度言葉を切った。
「本来なら牢に入れるか、首をはねるところだがな。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?」
チンピラは目を丸くした。
男の言ってる言葉の意味が理解できず半ば呆然としていた。
ただ1つ分かるのは、目の前の男はどう考えても普通ではないということだけだった。
その時。
店の外から車が止まる音が聞こえた。
ほどなくして、店内に聞き慣れた声が響く。
「大河ーー!! 来たぞー!!」
浩介がクラブミーナに到着した。
男は立ち上がり、チンピラへ最後に一言告げた。
「余計なことはするな」
「は、はい‥‥‥‥」
そう言って男は浩介のところへ向かっていった。




