↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『天下と極道』 ~戦国×任侠=人生は苦難の連続だが、己が信念を貫き我が道を行く~  作者: ダイヤマ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/33

第32話 先陣



 抗争が始まって六日目の朝。


 水仙組の組長室には、柳浩二、加藤勝、林浩介の三人が集まっていた。


 机の上には昨夜までの報告書が置かれている。負傷者の名前が記された紙には、昨日新たに三人の名前が書き加えられていた。


「それで、大河。話っちゅうのは何や?」


 浩二に促され、大河は姿勢を正した。


「親父、今のままやと、うちは負けます」


 浩介が眉を寄せた。


「おい、いきなり何を言い出すねん」


「兄貴も分かっとるでしょう。喧嘩では勝てても、向こうは次から次へと人を出してきます。こっちは怪我人が増える一方です」


 大河は机に広げられた地図へ目を向けた。


「昨日は縄張りからも引きました。付き合いを控えたい言う店も出てきとる。このままやと、守る場所を減らしても追いつかんようになります」


「……そのとおりや」


 加藤が腕を組んだ。


「昨日も配置を組み直したが、動ける人数は限られとる。向こうが攻め続けてきたら、いつかは持たん」


「せやから、戦い方を変えたいんです」


 浩二が大河を見た。


「どう変えるつもりや?」


 大河は一度、三人の顔を見渡した。


「組長、俺に諏訪昇を押さえに行かせてもらえませんか?」


 浩介が椅子から身を乗り出した。


「はあ!? お前、何言うとんねん!」


「蓮組の組長本人を押さえます」


「そんなこと分かっとるわ! 相手が誰か分かって言うとるんか!」


「分かってます」


 大河が落ち着いて答えると、浩介は言葉を詰まらせた。


 加藤が口を開いた。


「諏訪は抗争が始まってから本部にほとんどおらん。居場所を変えながら指示を出しとるらしい。どこにおるかも分からん相手を、どうやって押さえるつもりや?」


「居場所はまだ分かりません。けど、見つける当てはあります」


「当て?」


「はい」


 加藤は続きを待ったが、大河はそれ以上説明しなかった。


     ◇


「仮に居場所が分かったとしてもや」


 加藤は机に肘をついた。


「相手は蓮組の組長や。護衛もおるやろうし、失敗したらお前らが帰ってこられん可能性もある」


「それは覚悟してます」


「覚悟だけで済む話ちゃうぞ」


 浩介が割って入った。


「お前に何かあったら、親父にどう説明したらええねん。俺は反対や」


「兄貴の言うことも分かります。けど、今のままやったら、ほかの組員がもっと怪我することになります」


「せやからって、お前が危ない橋を渡らんでも……」


「ほな、ほかに方法ありますか?」


 大河の問いに、浩介は口を閉じた。


 加藤が報告書を指で叩いた。


「もう一つ聞く。諏訪を押さえたところで、蓮組が抗争をやめる保証はないぞ。向こうの連中が余計に頭に血を上らせる可能性もある」


「それは分かってます。せやけど、今までみたいに向こうの組員を何人追い払っても、状況は変わりません」


 大河は加藤の目を見た。


「まずは諏訪本人を押さえる。それができれば、向こうも今までどおりには動けんようになります。話をするんは、その後です」


「……そこまで考えとるんか」


「はい」


 大河はそれ以上、言葉を続けなかった。


 浩二は黙って二人のやり取りを聞いていたが、やがて報告書を手に取り、負傷者の名前に目を通した。


「勝。今のまま続けたら、あと何日持つ?」


「はっきりとは言えません。ただ、今日も昨日と同じだけ怪我人が出たら、明日はさらに厳しくなります」


「守る場所をもっと減らしたらどうや?」


「多少は持ちこたえられるでしょう。ですが、結局は別の場所が狙われます」


 加藤は地図に視線を落とし、疲れたように眉間を揉んだ。


「……正直、もう手が足りません」


 浩二はしばらく黙っていた。


 机の上には、先代の頃から付き合いのある店の名前も並んでいる。そこを守るために組員を出せば、別の場所が手薄になる。かといって人を引けば、今度は店が離れていく。


「……大河」


「はい」


「わしはな、組員を死なせるために組をやっとるんちゃう。お前も同じや」


「はい」


「せやけど、このままやったら、もっと多くの連中を危ない目に遭わせることになるんやな」


 浩二は大河を見据えた。


「無理やと思ったら引くんやぞ。諏訪を押さえることより、お前らが生きて帰ってくることを優先せえ」


「分かりました」


 浩二はゆっくり頷いた。


「……行ってこい」


「親父!」


 浩介が思わず声を上げたが、浩二は首を横に振った。


「このまま何もせんかったら、みんな潰れてまう。せやけど、大河。必要以上に相手を傷つけるなよ」


「はい。ありがとうございます」


 大河は深く頭を下げた。


     ◇


 事務所へ戻った大河は、健太郎と真二、それに同行する組員三人を集めた。


「今から蓮組の組長、諏訪昇を押さえに行きます」


「……え?」


 真二が目を丸くした。


「諏訪昇って、あの蓮組の組長ですか?」


「ほかに誰がおんねん」


「いや、そうですけど……ほんまに行くんですか?」


「親父の許可はもろた」


 真二は健太郎を振り返った。健太郎は大河を見たまま、静かに頷いた。


「……俺も行きます」


「俺かて行きますよ!」


 真二がすぐに続く。


 ほかの組員たちも顔を見合わせ、覚悟を決めたように頷いた。


「けど、大河さん。俺らだけで行くんですか?」


 同行する組員の一人が尋ねた。


「せや。ほかの連中は今も縄張りを守っとる。これ以上人を抜いたら、残った仲間にしわ寄せがいくからな」


 大河は全員の顔を見た。


「危険な仕事や。相手も黙って諏訪を渡してくれるわけちゃう。せやけど、俺が先頭に立つ。みんなを置いて、自分だけ後ろに隠れるつもりはない」


「そんなん、俺らも同じですわ」


 真二が笑った。


「大河さんだけ格好つけさせませんよ」


「……守ります」


 健太郎の短い言葉に、大河は小さく笑みを浮かべた。


 出発しようとすると、浩介が近づいてきた。


「大河」


「はい」


「……絶対、帰ってこいよ」


「兄貴も心配性ですね」


「誰のせいやと思っとんねん」


 浩介は大河の肩を強く叩いた。


「頼むで」


「はい。行ってきます」


     ◇


 車が事務所を離れてから、しばらく経った。


 運転席の組員が前を見つめる横で、大河は窓の外を眺めていた。


 後部座席では真二が落ち着かない様子で足を動かしている。


「大河さん、ほんまに諏訪の居場所、分かるんですか?」


「まだや」


「まだって……俺ら、どこ向かっとるんです?」


「もうちょい待ってくれ」


 真二が何か言いかけたとき、大河の携帯電話が鳴った。


 大河は画面を確認し、電話に出た。


 車内が静かになる。


 大河は何も言わずに相手の話を聞いていたが、やがて短く答えた。


「分かった」


 通話が切れる。


「誰ですか?」


 真二が尋ねた。


 大河は答えず、運転席の組員に声をかけた。


「行き先が決まった。ちょっと道変えてくれるか」


「はい」


「えっ、今ので分かったんですか?」


「せや。行くで」


 真二は不思議そうに首を傾げたが、それ以上は尋ねなかった。


     ◇


 その頃、諏訪昇は市内の一角にある建物で、組員からの報告を受けていた。


 抗争が始まってから、諏訪は本部に留まらず、場所を変えながら指示を出していた。自分が倒れれば、組全体に影響が及ぶことを理解していたからだ。


「水仙組は昨日、二か所から引いたそうです」


 報告を聞いた諏訪は頷いた。


「怪我人は?」


「向こうも増えとるようです。うちの連中も何人かやられましたが、交代させてます」


「無理に追いかけさせるな。こっちまで怪我人を増やす必要はない」


「はい」


「向こうが引いた場所は、しばらく様子を見とけ。余計な揉め事は起こすなよ」


 組員が頭を下げて部屋を出ると、諏訪は机の上の書類へ目を戻した。


 水仙組の抵抗は予想以上に激しかった。それでも、人数の差は埋まらない。各地で衝突を繰り返すうち、相手の動きが鈍くなっていることも報告から分かっていた。


 諏訪は次の報告を待ちながら、湯飲みに手を伸ばした。


     ◇


 大河たちが到着したのは、人通りの少ない通りに面した建物だった。


 車を降りた真二が、建物を見上げる。


「……ここですか?」


「せや。諏訪昇はここにおる」


 大河が答えると、同行した組員の一人が息を呑んだ。


「ほんまに組長がおるんですか……」


「確かめに行く」


 大河は建物へ目を向けた。


「無理はするな。怪我した仲間がおったら、まず助けるんや」


 健太郎が頷き、真二も表情を引き締める。


 大河は仲間たちを振り返った。


「ほな、行こか」


 そう言って、先頭を歩き始めた。


     ◇


「何や、お前ら!」


 建物の中へ入った大河たちを見て、蓮組の組員が声を荒らげた。


「水仙組の近藤大河です。諏訪組長に用があって来ました」


「ふざけんな! 帰れ!」


 男が大河の胸ぐらを掴もうとした瞬間、健太郎が間に入った。


「……やめてください」


「邪魔すんな!」


 振り上げられた拳を健太郎が受け止める。しかし、奥から現れた別の男が横から殴りつけ、健太郎の身体が壁にぶつかった。


「健太郎!」


 真二が飛び出し、男の腹へ拳を打ち込む。その背後からも組員が駆けつけ、廊下に怒号が響いた。


「組長に近づけるな!」


 護衛たちは狭い廊下に並び、大河たちの行く手を塞いだ。


 大河が前へ出ようとすると、男の一人が掴みかかってきた。腕を振りほどいたところで、別の男に肩を押され、壁際へ追い込まれる。


 同行した組員が助けに入ったものの、その男も殴られて床に膝をついた。


「大丈夫か!」


「はい……何とか!」


「無理すんな。健太郎、こっち頼む!」


「……はい!」


 健太郎が負傷した仲間の前に立った。


 大きな身体は狭い廊下で相手の進路を塞ぐのに役立ったが、そのぶん味方も前へ出られない。護衛たちは健太郎を避けるように両脇から手を伸ばし、背後の組員を引きずり出そうとした。


「健太郎、右や!」


 真二の声に健太郎が身体を向ける。その隙に反対側から拳を浴び、額に血が滲んだ。


「血ぃ出とるぞ!」


「……大丈夫」


 真二も男の一人を殴り倒したが、すぐに別の男が飛びかかってきた。肩から扉にぶつかり、蝶番が軋む音が響く。


「くそっ、次から次へと!」


 廊下には倒れた男や負傷した組員が入り乱れ、足の踏み場も少なくなっていた。


 大河たちが一歩進めば、護衛たちはそのぶん押し戻してくる。


 騒ぎは奥の部屋にも届いていた。


「何の騒ぎや!」


 諏訪の怒声が響く。


「組長! 水仙組の連中です!」


「水仙組やと?」


 護衛たちに守られながら、諏訪が部屋の入口に姿を見せた。その視線が廊下で争う大河を捉える。


「諏訪昇さんですね」


「何しに来た」


「諏訪さんを押さえに来ました」


「……何やと?」


「俺らも、これ以上仲間を傷つけられるわけにはいかんのです」


 諏訪は大河を睨みつけた。


「たったそれだけの人数で、わしを押さえられると思っとるんか!」


 諏訪が護衛たちへ目を向ける。


「お前ら、何しとる。組長の前で情けないところ見せるな!」


 護衛たちは再び大河たちへ向かってきた。


 大河も腕を掴まれ、強く引っ張られる。踏みとどまろうとしたところへ拳が飛び、頬に鈍い痛みが走った。


「大河さん!」


 真二が助けに入ろうとしたが、別の男に行く手を阻まれる。


 健太郎も負傷した組員を背後にかばいながら、相手の攻撃を受け止めていた。


 大河は口元を拭い、諏訪へ目を向けた。


 諏訪の前にはまだ護衛がいる。このままでは、いくら戦っても本人に近づけない。


 そのとき、負傷した組員の一人が再び殴られ、壁際に崩れ落ちた。


「おい、しっかりせえ!」


 健太郎が駆け寄ろうとすると、真二が叫んだ。


「健太郎! そいつは俺が見る! お前は大河さんのほう頼む!」


 真二は目の前の男を振り切り、倒れた仲間の前に立った。


 健太郎は一瞬だけ振り返ったが、真二が頷くのを見ると、大河のもとへ向かった。


 護衛の一人が大河に殴りかかる。


 健太郎はその腕を受け止め、相手を壁際へ押し込んだ。大河はようやく身体を自由にすると、奥へ向かって踏み出した。


「組長を守れ!」


 護衛の男が叫ぶ。


 諏訪の前にいた男が大河を止めようとしたが、背後で仲間が倒れたのを見て、一瞬だけ振り返った。


 その隙に真二が男の前へ飛び込み、進路を塞いだ。


「大河さん、今です!」


 大河は駆け出した。


 もう一人の護衛が前に立ちはだかる。大河は相手の拳をかわしたものの、肩を掴まれて足を止められた。


 そこへ健太郎が追いつき、男の腕を掴んだ。


「……行ってください!」


 健太郎が護衛を引き受ける。


 大河はそのわずかな隙を逃さず、諏訪へ踏み込んだ。


「……っ!」


 諏訪が身を引いた。


 大河は伸ばされた腕を掴み、抵抗する諏訪の身体を壁際へ押しとどめた。諏訪も自由な手で大河を突き放そうとしたが、大河は肩を寄せて身動きを封じる。


「離さんかい!」


 諏訪が身体を捻る。


 大河も足を踏ん張り、掴んだ腕を離さなかった。


「諏訪さん。もうええでしょう」


「貴様……!」


 護衛の一人が駆け寄ろうとした。


 大河は諏訪を押さえたまま、その男へ目を向けた。


「動かんといてください!」


 護衛が足を止める。


 諏訪の身体は壁と大河の間に挟まれ、無理に引き離そうとすれば、諏訪自身が傷つくおそれがあった。


「組長!」


「動くな!」


 諏訪が怒鳴った。


 護衛たちの視線が一斉に集まる。


「わしを押さえとるんが見えんのか!」


 男たちは歯を食いしばりながらも、それ以上近づかなかった。


「みんな、もう手ぇ出さんでええ!」


 大河が告げると、真二は拳を下ろした。健太郎も相手から手を離し、負傷した仲間を助け起こす。


 荒い息遣いだけが廊下に残った。


     ◇


「……どうやって、ここが分かった」


 諏訪が低い声で尋ねた。


 大河は答えなかった。


「わしがここにおることを、どこで知ったんや」


「それは答えられません」


「ふざけるな。人のところへ乗り込んできて、何のつもりや」


 諏訪は身体を押さえられたまま、大河を睨んでいる。


 周囲には負傷した組員たちが立ち尽くし、健太郎と真二も大河のそばで息を整えていた。


 諏訪を押さえることには成功した。


 だが、各地では今も水仙組と蓮組の抗争が続いている。組長一人を押さえたからといって、蓮組の九十人が消えるわけではない。


 それでも、これまで水仙組を追い詰めてきた諏訪自身が、今は大河の目の前にいる。


「……近藤大河、やったな」


「はい」


「わしを押さえて、これからどうするつもりや?」


 諏訪の問いに、大河はすぐには答えなかった。


 諏訪も目をそらさず、返事を待っている。


 やがて大河は、静かに口を開いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。