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『天下と極道』 ~戦国×任侠=人生は苦難の連続だが、己が信念を貫き我が道を行く~  作者: ダイヤマ


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第24話 独断の代償



 蓮組の事務所を出てから一時間ほどが過ぎた頃、柳智史と長野伸介は水仙組の事務所へ戻ってきた。


 奥の部屋では、組長の柳浩二が新聞を広げ、その向かいに座る加藤勝が書類に目を通していた。


「親父、ちょっと話があるんやけど」


 智史が声をかけると、浩二は新聞から顔を上げた。


「なんや、改まって。伸介まで連れて」


「蓮組の件や。今日、向こうの若頭と話してきた」


 加藤が書類を置いた。浩二も新聞を畳み、息子の顔を見つめる。


「……智史、お前、蓮組へ行ったんか?」


「ああ。伸介にも付き合うてもろた」


「誰の許可を得て行った?」


「誰の許可も得てへん。俺が決めたことや」


 智史は逃げずに答えた。


 伸介は二人の間に立ったまま、落ち着かない様子で視線を動かしている。


「昨日、何て言うたか覚えとるか?」


「覚えとる。勝手に向こうへ接触するな、やろ」


「分かっとって行ったんか」


「せやけど、まず話を聞いてくれ。向こうの若頭、西條いう男と直接交渉してきたんや」


 智史は、店主たちが困っていることを伝え、無理な働きかけを控えるよう求めた経緯を説明した。


 西條は当初、店がどこと付き合おうと自由だと主張していた。しかし、話し合いの末、無理な働きかけは今後控えると約束したという。


「店への出入りを全部やめるいう話やない。そこまでは要求してへん。ただ、嫌がっとる店に無理強いせんいう返事はもろた」


 智史は説明を終えると、父親の反応を待った。


 浩二はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「話は分かった。ほな、今度は俺の話を聞け」


 その声に、伸介が思わず背筋を伸ばす。


「お前は昨日、俺が何で勝手に動くなと言うたか、考えたんか?」


「考えたからこそ行ったんや。店が困っとるのに、いつまでも放っとかれへんやろ」


「それと命令を破ることは別や」


 浩二は声を荒らげなかった。ただ、智史から視線を外そうともしない。


「お前は水仙組の若頭や。向こうからしたら、お前の言葉は水仙組の言葉として受け取られる。勝手に話をまとめて、もし揉めたらどうするつもりやった?」


「揉めんように話してきたんや。向こうの態度がどんだけ悪うても、俺は我慢した。伸介にも余計なこと言わせへんかった」


「そういう話をしとるんやない」


 浩二が新聞の上に手を置いた。


「お前が我慢したから済んだんかもしれん。けど、向こうが怒って話を打ち切っとったら? お前らを帰さんと言い出したら? それでも責任は自分で取る言うんか?」


 智史はすぐには答えなかった。


 蓮組の応接室で、西條が鼻で笑ったときの顔が浮かぶ。腹を立てて席を蹴っていたら、確かに話は違う方向へ進んでいたかもしれない。


「……そんなん、実際には起きてへんやろ」


「起きてから考えるんでは遅いんや」


 浩二はそこで一度言葉を切った。


「俺かて、店を放っといてええとは思うてへん。お前が何とかしたいいう気持ちも分かる。せやけどな、若頭が組長の命令を無視してええんやったら、ほかの連中に何を守れと言える?」


「俺は自分のために動いたんちゃう!」


「分かっとる。せやから余計に厄介なんや」


 思いがけない返答に、智史は眉を寄せた。


「組のためやと思うたら、誰でも勝手に動いてええんか。結果が良ければ許されるんか。そんなことを認めたら、いざというとき誰も俺の言うことを聞かんようになる」


 智史は唇を結んだ。


 父親の言い分がまったく理解できないわけではない。それでも、何もしなければ店が離れていくかもしれないという焦りを、簡単に捨てることはできなかった。


「向こうから約束も取り付けたんや。それでも俺が間違うとった言うんか?」


「交渉の中身まで間違いやとは言うてへん。俺が怒っとるんは、そこやない」


 二人の視線がぶつかったところで、加藤が静かに口を開いた。


「組長、少しよろしいですか」


 浩二が頷くと、加藤は智史へ向き直った。


「若頭が向こうから返事を引き出したんは、無駄やなかったと思います。店のために動いたいう気持ちも分かります。ただ、それと組長の許可を得ずに行ったことは、分けて考えなあきません」


「加藤さんまで、俺が行かん方がよかった言うんか?」


「少なくとも、行く前にもう一度相談するべきでした。若頭が一人で背負える話やありませんから」


 加藤は責めるような口調ではなかったが、智史にはそれ以上言い返す言葉が見つからなかった。


 傍らの伸介は何か言いたげに口を開きかけ、すぐに閉じた。蓮組では智史が自分を止めてくれた。今度は自分が余計な口を挟むわけにはいかない。


 智史は視線を落とし、握っていた拳をゆっくり開いた。


 若頭として動いたことに後悔はない。だが、加藤の言葉まで突っぱねれば、店を守るための話が、ただの意地の張り合いになってしまう。


 しばらくして、智史は小さく息を吐いた。


「……分かったわ。勝手に行ったことは悪かったと思うてる。せやけど、店のために動いたことまで後悔はしてへん」


「それでええ。ただし、次からは必ず俺を通せ。他所の組への接触を独断で決めるんは許さん」


「……分かった」


 智史の返事を聞き、浩二はようやく背もたれに体を預けた。


 加藤は二人の様子を確かめてから、話を戻した。


「ところで若頭、西條さんの返事について、一つ確認させてください。無理な働きかけは控える、いう約束でしたね?」


「ああ。若い衆にも伝える言うとった」


「店への接触そのものをやめるわけやないんですね」


「それはそうや。店が自分から向こうを選ぶなら、俺らが止める話やない」


「なるほど。ほな、しばらく店の様子を見た方がよさそうですな」


 浩二も頷いた。


「約束してくれたんはありがたい。けど、それで店の人らが安心できるかどうかは別や」


「浩介と大河に、引き続き店を回ってもらいましょう。実際にどうなっとるか、聞いてきてもらうのが一番です」


「そうしてくれ」


 智史は二人のやり取りを黙って聞いていた。


 自分が持ち帰った成果を、父親も加藤も無意味だとは言っていない。そのことは分かる。ただ、帰ってきたときに期待していた反応とは、ずいぶん違っていた。


 結局、交渉が役に立ったかどうかは、これからの蓮組の出方次第ということになる。


 翌日、浩介と大河は、その結果を確かめるために水仙組と付き合いのある店を回っていた。


 最初に訪れたのは、古くから顔なじみの小料理屋だった。昼の営業を終えた店内では、店主がカウンターの向こうで食器を片づけている。


「おっちゃん、ちょっとええか?」


「ああ、浩介さん。どうしたんです?」


「この前の件、その後どうなったか気になってな。蓮組の連中、また来とるか?」


 店主は手にしていた布巾を置き、入口の方をちらりと見た。


「……昨日の夕方にも来はりましたわ」


「昨日?」


「ええ。二人で来て、また付き合いの話をされました」


 浩介は大河と顔を見合わせた。昨日の夕方といえば、智史が西條と交渉したあとのことだ。


「何か脅されたんか?」


「いや、前みたいに水仙組さんとの付き合いをやめろとは言われませんでした。ただ、うちとも付き合うてくれへんか、考えといてくれって」


「断ったんやろ?」


「今までどおりでお願いしたいとは言いました。そしたら、また顔出しますわ言うて帰っていきました」


 店主は困ったように笑ったが、その目は入口へ向けられたままだった。


「何もされてへんのに、怖がるんもおかしい話ですけどね」


「おかしないですよ。何回も来られたら、気になるんは当たり前ですわ」


 浩介が答えると、店主は少しだけ表情を緩めた。


 二人は礼を言って店を出ると、続けて別の店へ向かった。


 そこでも、蓮組の人間が今朝顔を出したという話を聞いた。店主によれば、今回は穏やかな口調で付き合いを持ちかけられただけで、直接脅されたわけではないらしい。


「水仙組さんには昔から世話になっとる。できることなら、これからも付き合いを続けたいんや」


 そう言ってから、店主は声を落とした。


「せやけど、蓮組さんが何度も来はったら、うちも商売があるから……」


 言いかけたところで、入口の扉が開いた。店主は反射的にそちらを向いたが、入ってきたのは昼食を取りに来た客だった。


「いらっしゃいませ!」


 店主はすぐに営業用の笑顔を浮かべ、客を席へ案内した。


 大河はその様子を黙って見ていた。


 客が注文を済ませると、店主が再び二人のところへ戻ってきた。


「すんませんな。こんな話ばっかりで」


「気にせんといてください。おっちゃんらが悪いわけちゃいます」


 浩介は首を振った。


「無理せんといてください。店のことが一番大事ですから」


「……すんません。ほんまは、こんなことで迷いたないんですけど」


「分かってます。長い付き合いやからこそ、無理は言いたないんです」


 店主は頭を下げた。


 大河は、浩介がそれ以上引き止めず、店主に礼を言って席を立つのを見て、自分もあとに続いた。


 しばらく歩いたところで、浩介が不満そうに息を吐いた。


「若頭が直接話つけたいうのに、まだ店を回っとるんか……」


「せやけど兄貴、話の内容は変わっとるみたいですね」


「まあな。前みたいに付き合いやめろとは言うてへんらしい」


「ほな、約束を破ったとも言い切れませんわ」


「そうやねん。そこが厄介なんや」


 浩介は足を緩めた。


「店にしたら、何回も来られるだけで十分困る。せやけど向こうは、ただ商売の話をしとるだけや言うやろな」


 大河は頷いた。


 昨日、智史が何を話したのか、詳しいやり取りまでは知らない。それでも、若頭同士で話をつけたあとに、蓮組の人間が店を訪れ続けているという事実は気になった。


「兄貴、向こうは最初から、うちらを相手にしてへんのとちゃいますか」


 浩介が足を止めた。


「……どういうことや?」


「若頭が直接行って話したんですよね。それでも、向こうは店を回り続けとる。言い方だけ変えたら問題ないと思うてるんやったら、うちらが何言うても大して気にしてへんのかもしれません」


「水仙組なんか怖ない、いうことか」


「そこまでは分かりません。せやけど、少なくとも向こうが引く理由にはなってへんのとちゃいますか」


 浩介は答えず、通りの向こうへ目を向けた。


 蓮組と水仙組では、抱えている人間の数も組織の規模も違う。腹が立つからといって、簡単に喧嘩を売れる相手ではなかった。


「……難しい話やな」


「そうですね」


 大河は、先ほどの店主が客を迎えたときの笑顔を思い出した。


「兄貴、あのおっちゃんら、蓮組が怖いんはもちろんですけど……うちらがほんまに守ってくれるんか、それも心配なんとちゃいますか」


 浩介は大河を見たが、すぐには返事をしなかった。


「昔から付き合うてくれとる店や。簡単に離れたいわけやないと思います。でも、うちらと付き合うとるせいで商売に差し障りが出るんやったら……」


 大河はそこで言葉を止めた。


 浩介はしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。


「……そら、店の人間かて考えるやろな」


 二人の横を、買い物袋を提げた人々が通り過ぎていく。


 大河は、先ほど訪れた店の方へ振り返った。


 智史が直接交渉しても、蓮組の足は止まらなかった。長年の付き合いがあるというだけでは、店主たちの不安を取り除けないのかもしれない。


「兄貴……このままやったら、店の人ら、いつまで待ってくれるんでしょうね」


 浩介は答えなかった。


 ただ、険しい表情のまま、しばらく店のある通りを見つめていた。



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