2話 不敵な顔
騒々しい電話が切れた。
男は、声が聞こえる黒い板を手にしたまま、その場に立ち尽くしていた。
ほんの数秒前に話した内容だが、あまり電話の内容は頭に入ってこなかった。
「訳がわからん…急に声が聞こえたと思ったら、こちらの声も向こうに伝わっていた…こんな事がありえるのか…」
これまで経験したことのない出来事が、あまりにも立て続けに起こっている。さすがの男も、しばらく呆然とするしかなかった。
男は今起きていることを整理しようと、もう一度目を閉じた。
「そういえば、何か言っていたな。若頭、事務所‥‥
何かオレを呼んでいたな…。」
改めて言われた内容を思い出し、どこかへ行かなければならないのだと男は認識した。
その瞬間、服がどこにあるのか、顔を洗ったり、歯を磨いたり、トイレをしたりする姿が脳裏に現れた。
「まただ、何かをしようとする時頭に直接流れてきおる。うっとうしい限りだ」
「だがこれをしろという意味なのだろうな」
「まぁ何か指図されてる感じがして癪だが
郷に入れば郷に従うってことか‥‥オレは何も知らん。今はその通りにしてやろうか」
ぶつぶつ文句をいいながら男は身支度を済ませる。
頭に流れ込んでくる知識を頼りに服を着替え、顔を洗い、歯磨き粉をつけて歯を磨く。そして最後に用を足した。
その一連の流れが終わった時、
男の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「なんだ、この歯を磨く粉は。口の中が今までにないくらいすっきりしとる」
「それに、トイレという厠。用が終わった後勝手に水が流れおった…」
「面白い、予想だがまだまだオレの知らないことがここにはありそうじゃのう」
そういった男の顔はまるで子供が新しいおもちゃを買ってもらったかのようにニタニタ笑っていた。
「さて用意もできた事だしその事務所とやらに行ってみるか」
そしてドアを開け外に出た瞬間、男はまた立ち尽くした。
見たこともない形の家々が、道の両側に隙間なく並んでいる。でかでかと名前が書かれた店。馬も引いていない鉄の塊が、次々と走り抜けていく。
二つの輪だけで進む奇妙な乗り物にまたがる者もいれば、傘をさして歩く人々もいる。
部屋の中で体験した感覚がまた頭に直接流れ出した。
「何と言ったらいいか…‥これは日の本か‥‥明か‥‥
はたまた別の場所か‥‥」
また頭の中に知識が流れ込んでくる。
見た物がどんな物でどう使うかは瞬時にわかった。
だが分かっただけで到底男には理解ができなかった。
「信じられん‥‥こんな物が外に溢れかえっておるとは…‥」
まさに男は絶句したが、その後大声で笑い出した。
「ハハハ、ふはっはっはっ、あははは」
「なんじゃこれは面白すぎるではないか」
「こんなにも心が震えるのは久方ぶりじゃ」
「これが夢か幻か分からんが、1つ言える。退屈せんで済みそうじゃ」
そう言って、まだ雨が降る中、男は傘を差し、笑いながら水仙組の事務所に向かって歩いていった。




