第14話 力の差
翌日の昼過ぎ、大河は繁華街の外れにある喫茶店で、三人の男と向かい合っていた。
「見つかりましたで、大河さん!」
席に着くなり、真二が得意げに声を上げた。周囲の客が振り返るのも構わず、テーブルへ身を乗り出す。
「昨日話してた紅蓮隊の幹部連中、最近は別の雑居ビルに集まってるらしいですわ!」
「ほう。場所は分かったんか?」
「もちろんです! 知り合いを何人か当たって、ようやく突き止めました!」
大河は満足そうに頷いた。
「よくやった、真二」
「いやぁ、それほどでも!」
「……顔、にやけすぎやろ」
隣で勝人が呆れたように呟くと、真二は嬉しそうな表情のまま言い返した。
「ええやんけ! お前なんか昨日から何もしてへんやろ!」
「俺は余計なことせんようにしてるだけや」
「それを何もしてへん言うねん!」
二人のやり取りを聞きながら、大河は真二から詳しい場所を聞き出した。
目的の建物は、飲食店や風俗店が立ち並ぶ一角にあるという。紅蓮隊の幹部らしき男たちが、ここ数日、頻繁に出入りしているらしい。
「お前ら、その幹部連中とは面識があるんか?」
「俺は何回かありますよ。まぁ、向こうが覚えてるかは分かりませんけど」
真二が答えると、健太郎も静かに頷いた。
「……俺も顔は知ってます。でも、あんまり話したことはないです」
「勝人は?」
「まぁ、顔ぐらいは知ってますけど……できれば会いたくないですねぇ」
「なぜだ?」
「面倒なこと言われるん、目に見えてますやん」
勝人は心底嫌そうに肩を落とした。
三人とも紅蓮隊に所属していたとはいえ、上層部の事情には詳しくない。幹部たちが何を考え、誰の指示で動いているのかまでは知らないようだった。
(ならば、直接聞くしかあるまい)
大河は残っていたコーヒーを飲み干し、席を立った。
「よし、案内しろ」
「えっ、今からですか?」
「場所が分かったのだろう? ならば行かん理由はない」
「いや、そうですけど……」
真二が困ったように笑う横で、勝人が深いため息をついた。
「ほんま、休む暇もないなぁ……」
四人が目的の雑居ビルへ到着したのは、それから三十分ほど後のことだった。
建物の一階には営業前の飲食店が入り、上階へ続く階段の脇には、煙草を吸う若い男たちが三人ほどたむろしていた。
真二たちの姿に気づいた一人が、眉をひそめる。
「おい、お前ら……真二ちゃうか?」
「あっ、どうも」
「どうもやないやろ。お前ら、何しに来たんや?」
男の視線が健太郎と勝人を通り過ぎ、大河のところで止まった。
「……おい、まさかこいつ」
もう一人の男が煙草を地面に落とす。
「クラブミーナでうちの連中やった奴ちゃうんか?」
途端に、その場の空気が険しくなった。
真二が何か言おうとしたところで、大河が一歩前へ出る。
「紅蓮隊の幹部に話がある。通してもらおうか」
「はぁ? 何で俺らがお前を通さなあかんねん!」
「別に暴れに来たわけやない。話をしに来ただけや」
大河の穏やかな口調が、かえって男たちを苛立たせた。
「お前、自分が何したか分かってんのか?」
「分かってますよ。殴りかかってきた連中を返り討ちにした。それだけの話ですわ」
「この野郎……!」
男が詰め寄ってくる。
しかし、大河は退かなかった。相手の目をまっすぐ見据えたまま、静かに言葉を続ける。
「ここで騒ぎを起こしたら、お前らも困るんちゃうか? 上の者に確認してくれたら済む話やろ」
男は舌打ちしながらも、階段の奥へ姿を消した。
数分後、戻ってきた男は不機嫌そうに顎をしゃくった。
「……入れや。上で待っとる」
「おおきに」
大河は軽く礼を言い、階段へ足を向けた。
「大河さん、ようあんな普通に話せますね」
後ろから真二が小声で尋ねる。
「何がや?」
「いや、相手は紅蓮隊ですよ?」
「知っておる」
「怖ないんですか?」
大河は振り返り、少し笑った。
「怖がる理由があるんか?」
その答えに、真二は思わず言葉を失った。
三階の部屋へ案内されると、煙草の煙が鼻をついた。
中央には大きなテーブルが置かれ、その周囲に数人の男が座っている。壁際にも若い構成員が立ち、入ってきた四人を値踏みするように眺めていた。
「お前が近藤大河か」
奥の椅子に座っていた男が口を開いた。
「そうですけど」
「うちの連中をボコボコにして、今度は何の用や?」
「少し聞きたいことがありましてな」
大河は勧められるのを待たず、空いていた椅子へ腰を下ろした。
その振る舞いに、幹部たちの表情が険しくなる。
「誰が座ってええ言うた?」
「立ったままやと話しにくいでしょう」
「……舐めとんのか?」
「いえ。話をしに来たと言うたはずです」
大河は相手の怒りを受け流し、クラブミーナの件を切り出した。
「あの店への嫌がらせ、誰の指示でやったんや?」
幹部たちは互いの顔を見合わせた。
「……何の話や?」
「とぼけんでもええ。ひと月も嫌がらせを続けて、金も要求せん。何か理由があるんやろ?」
奥に座っていた男が、苛立たしげに机を叩いた。
「お前に関係あるんか!」
「ありますよ。今は僕があの店の担当ですから」
「水仙組の人間やったな、お前」
「ええ、そうです」
男は鼻で笑った。
「水仙組の下っ端が、偉そうに口出しすんなや。お前らみたいな弱小組織が、うちに何を言うつもりやねん」
周囲からも嘲るような笑いが漏れる。
しかし、大河は怒るどころか、興味深そうに男たちの顔を眺めていた。
(なるほど。こやつらにとっては、組織の名と人数が力のすべてというわけか)
大河は椅子に座り直すと、穏やかな口調で続けた。
「僕からの要求は二つだけです」
人差し指を立てる。
「一つ。今後、クラブミーナには一切手を出さんこと」
続けて中指を立てた。
「二つ。誰の指示であの店に嫌がらせをしていたのか、説明してもらうこと」
「……それだけか?」
「ええ。この二つを守ってもらえるなら、これ以上揉めるつもりはありません」
幹部の一人が、呆れたように笑い始めた。
「ハハハ! お前、ほんまに頭おかしいんちゃうか?」
別の男も椅子から立ち上がる。
「お前、ここがどこか分かって言うてんのか?」
「分かってますよ。せやから、こうして話をしに来たんです」
「舐めとんのか!」
怒鳴り声が部屋に響き、真二が思わず前へ出ようとした。
だが、その腕を健太郎が掴む。
「……真二、待て」
「でも、あいつら……!」
「真二、まだ動くな」
大河は振り返ることなく告げた。
真二は歯を食いしばったものの、それ以上は動かなかった。
その様子を見た幹部が、今度は三人へ視線を向ける。
「そういや、お前らもおったな」
男は真二を指さした。
「お前ら、誰の許可を取って紅蓮隊を抜けたんや?」
「……別に、あんたらの許可なんかいらんでしょ」
「何やと?」
真二は一瞬ためらったが、大河の背中を見てから言葉を続けた。
「俺らはもう、あんたらの言うこと聞くつもりありません」
「裏切り者が偉そうに!」
幹部の一人が椅子を蹴り飛ばし、真二へ殴りかかった。
その瞬間、大河が動いた。
男の拳が真二へ届くより早く、大河の手がその手首を掴んでいた。
「……何っ?」
男が驚いて腕を引こうとする。
しかし、大河は離さない。
「話し合いは、ここまでということやな」
先ほどまで浮かんでいた笑みが、大河の顔から消えた。
「てめぇ、離せや!」
男が空いた手を振り上げた。
大河はその動きに合わせて身体をずらし、男の勢いを利用して床へ倒した。
鈍い音が響く。
「ぐあっ!」
あまりにも一瞬の出来事だったため、周囲の男たちは反応が遅れた。
「こいつ!」
「やってまえ!」
二人の男が同時に飛びかかってくる。
大河は椅子から立ち上がり、一人目の拳をかわすと、相手の懐へ踏み込んだ。腹部へ短い一撃を入れられた男が身体を折り曲げる。
続く男が横から殴りかかるが、大河はその腕を受け流し、体勢を崩したところへ足を払った。
男は机の端にぶつかり、そのまま床へ転がった。
「な、何やこいつ……!」
部屋の空気が一変した。
人数では圧倒的に有利なはずだった。
ところが、目の前の男は慌てる様子もなく、次に動く相手へ視線を移している。
大河にとって重要なのは、相手が何人いるかではなかった。
誰が先に動くのか。誰が怯み、誰が勢いだけで突っ込んでくるのか。
それを見極めれば、狭い室内で全員を同時に相手取る必要はない。
「うおおっ!」
真二も飛び出した。
襲いかかってきた男の拳を受けながらも、構わず前へ踏み込み、強烈な一撃を叩き込む。
「おらぁ! さっきから偉そうにしやがって!」
倒れた相手をさらに追いかけようとしたところで、健太郎がその肩を掴んだ。
「……真二、もうええ」
「離せや! まだこいつ……!」
「もう倒れてる」
健太郎の低い声に、真二はようやく足を止めた。
一方、勝人は戦いが始まった時点で、すでに部屋の隅へ移動していた。
「はぁ……やっぱりこうなるんか」
面倒くさそうに呟きながら、倒れた椅子を避ける。
そのとき、壁際にいた男が健太郎の背後へ回ろうとした。
「あー、健太郎。後ろ」
気の抜けた声だったが、健太郎はすぐに振り返った。
殴りかかってきた男の腕を受け止め、そのまま押し返す。男は後ろによろめき、壁に背中をぶつけた。
「……ありがとう、勝人」
「ええよ。俺まで巻き込まれたら嫌やし」
勝人はそう言うと、再び壁にもたれかかった。
それから数分も経たないうちに、部屋の中は静まり返った。
床には倒れた男たちが呻き声を上げ、立っている者も大河へ近づこうとはしない。
大河は乱れた服を整えながら、奥にいた幹部へ歩み寄った。
「さて、もう一度聞こうか」
幹部の顔から、先ほどまでの余裕は消えていた。
「クラブミーナへの嫌がらせは、誰の指示や?」
「……知らん」
「本当に知らんのか。それとも言えんのか?」
「……」
男は唇を噛み、視線を逸らした。
大河はしばらく待ったが、それ以上追及することはしなかった。
ここで無理に口を割らせたところで、得られる情報が正しいとは限らない。それに、今の男たちがすべてを知っているとも思えなかった。
「ならば、話は簡単や」
大河は男の前で腰を落とした。
「お前らが答えられんのやったら、頭に聞くまでや」
「……頭?」
「紅蓮隊のリーダーや。会わせてもらおうか」
男の表情が強張った。
「そ、それは……」
「何や、まだ話し合いが必要か?」
大河が静かに尋ねると、男は慌てて首を振った。
「分かった! 連絡する! せやから、もう手ぇ出さんといてくれ!」
「最初からそうしてくれたら、こんなことにはならんかったんやけどな」
大河は立ち上がり、三人を振り返った。
「お前ら、怪我はないか?」
「俺は大丈夫です!」
真二が元気よく答える。
「……俺も平気です」
健太郎も頷いた。
最後に勝人へ視線を向けると、本人は退屈そうに欠伸をしていた。
「俺は何もしてへんので」
「そうか」
大河は小さく笑った。
真二は勢いがあり、健太郎は周囲をよく見ている。そして勝人は、どうにも掴みどころがない。
まだ三人を十分に理解したわけではないが、少なくとも同じように扱うべきではないだろう。
その頃、別の場所にいた丹波望のもとへ、一件の電話が入っていた。
『丹波さん、大変ですわ!』
「何や、そんな慌てて」
『近藤大河が、幹部連中のところに乗り込んできまして……!』
「へぇ」
丹波は椅子に深く腰掛けた。
「ほんで?」
『話し合いにならんで、喧嘩になったんですけど……幹部連中、みんなやられました』
「……ほんまに?」
『はい。しかも、あいつらリーダーに会わせろ言うてます』
丹波は一瞬黙り込んだ後、声を上げて笑った。
「ハハッ! もうそこまで行ったんか!」
電話の向こうの男は、丹波の反応に戸惑っているようだった。
『笑い事ちゃいますって!』
「いやいや、すまんすまん。それで、誰か大怪我でもしたん?」
『いや、そこまでの怪我はないみたいですけど……』
「ほな、ひとまずええやろ。詳しい話は後で聞くわ」
通話を終えると、丹波は携帯電話を机へ置いた。
大河が幹部たちの居場所を突き止めること自体は、予想していた。
だが、これほど早く直接乗り込み、しかも相手を倒してしまうとは思っていなかった。
「近藤大河……なかなか無茶するやん」
丹波は笑みを浮かべたまま、窓の外へ目を向けた。
喧嘩が強い人間なら、紅蓮隊にも何人かいる。
しかし、聞いた話が正しければ、大河は最初から暴れるつもりで乗り込んだわけではないらしい。
交渉を持ちかけ、相手が拒絶した末に衝突となった。
そして勝った後も、幹部たちを必要以上に痛めつけず、リーダーとの面会を要求したという。
「腕っぷしだけの男やないみたいやな」
もっとも、今回の出来事だけで大河の器を判断するつもりはなかった。
弱い相手に勝つことと、組織を動かすことは別の話だ。
紅蓮隊の今後について思うところはあっても、丹波にとっては今の地位も居場所も、簡単に捨てられるものではない。
「さて、次はどうするんやろなぁ」
丹波は楽しそうに呟き、机の上の缶コーヒーへ手を伸ばした。
一方、大河たちは雑居ビルを出たところだった。
幹部からは、リーダーへ連絡を入れるという返事を取りつけている。
ただし、いつ、どこで会えるかについては、まだ返答がない。
「大河さん! あいつら、思ったより大したことなかったですね!」
真二が興奮した様子で拳を握った。
「そうかもしれんな」
「次はいよいよリーダーですね!」
「ああ」
大河は通りの向こうへ目を向けた。
紅蓮隊の幹部たちは、人数と組織の威勢を頼みにしていた。
だが、その上に立つ者まで同じとは限らない。
どのような人物が組織を率いているのか。それを見なければ、紅蓮隊という集団の本当の姿は分からないだろう。
「……これで終わってくれたらええんですけどねぇ」
勝人がため息交じりに呟いた。
「何や勝人、もう帰りたいんか?」
「当たり前やろ。昨日から歩き回って、今日は喧嘩までして……俺、何でこんなことしてるんやろ」
「お前、ほとんど戦ってへんやんけ!」
「せやから疲れたくないんや」
真二が呆れた顔をすると、健太郎が小さく笑った。
大河もそのやり取りに口元を緩めたが、すぐに表情を引き締めた。
「次は、紅蓮隊の頭や」
三人が大河へ視線を向ける。
「さて、どんな男が出てくるんやろな」
その声には、恐れも焦りもなかった。
ただ、まだ見ぬ相手への興味があった。
紅蓮隊との争いは、いよいよその頂点へ近づこうとしていた。
そして大河は、まだ知らない。
自分がこれから対面する男が、想像しているような人物とは大きく異なることを。




