第12話 腹の読めぬ男
「そうだな~これから決める」
つい先ほど、自分たちの仕事内容を尋ねた勝人に、大河はそう答えた。
あまりにも頼りない返事だったため、三人は揃って不安を覚えたのだが、当の本人はまるで気にしていない。むしろ何かを思いついたらしく、満足げに頷いていた。
「よし、決めたぞ。お前ら、紅蓮隊の根城へ案内しろ」
「えっ、いきなりですか?」
真二が目を丸くする。
「そうだ。お前らはつい先ほどまで紅蓮隊におったのだろう。ならば、どこに誰がいるかくらいは知っておるはずだ」
「まぁ、知ってますけど……」
「ならば話は早い。行くぞ」
大河が歩き出すと、真二は慌ててその隣へ並んだ。健太郎は黙って後に続き、勝人だけが面倒くさそうに肩を落とす。
「大河さん、ちょっといいですか?」
「なんだ」
「俺ら、さっきまで紅蓮隊にいたんですよ? いきなり戻ったら、裏切り者やと思われません?」
「当然そうなるだろうな」
「当然って……」
真二が苦笑する横で、勝人がぼそりと呟いた。
「だから面倒なんですよ」
大河は足を止め、三人を振り返った。
「何も考えずに正面から乗り込むとは言っておらん。まずは相手の様子を探る。どこに誰がいて、どれほどの人数がおるのか。それを知るだけでも十分だ」
「なるほど! 偵察ってやつですね!」
「声がでかい」
「すんません!」
謝罪の声まで大きかったため、大河は思わず眉間に皺を寄せた。
(こやつは元気だけは有り余っておるな。だが、使い方を誤れば厄介なことになりそうだ)
その隣では、健太郎が相変わらず無言で立っている。
「健太郎、お前はどう思う?」
突然話を振られた健太郎は少し驚いた様子を見せたが、やがて小さな声で答えた。
「……俺たちが一緒にいると、目立つと思います」
「ほう、なぜだ?」
「紅蓮隊の連中は、俺たちの顔を知ってますから」
「なるほどな」
大河は頷いた。
「ならば、近くまでは案内してもらうが、無理に中へ入る必要はない。まずは話を聞くとしよう」
「話を聞くって、誰にです?」
真二の問いに、大河は少し考える素振りを見せた。
「お前らの中で、紅蓮隊の内情に詳しい者はおらんのか?」
「ああ、それやったら丹波さんですね!」
「丹波?」
「丹波望さんです。紅蓮隊の幹部なんですけど、俺らみたいな下っ端にも普通に話しかけてくれるんですよ」
真二は嬉しそうに説明を始めた。
「顔も広いし、何か困ったことがあったら相談に乗ってくれるし、結構ええ人ですよ」
「ふむ。幹部でありながら下の者にも気を配るか」
大河が興味を示すと、それまで黙っていた勝人が口を挟んだ。
「でも、俺はあの人ちょっと苦手ですわ」
「なぜだ?」
「いや、別に何かされたわけやないんですけど……何考えてるんか、よう分からんのですよ」
「お前、丹波さんにそんなこと言うたら怒られるぞ」
「本人には言わんよ。面倒やし」
真二と勝人のやり取りを聞きながら、大河は口元にわずかな笑みを浮かべた。
(同じ人物に対して、これほど評価が違うとはな。なかなか面白そうな男だ)
四人は繁華街を抜け、古びた雑居ビルが立ち並ぶ一角へ向かった。
夕方が近づき、飲食店の従業員たちが開店準備に追われている。路地には酒や煙草の匂いが漂い、店先では若い男たちが笑いながら煙草を吸っていた。
「あのビルです」
真二が指さした先には、看板の色が褪せた五階建ての建物があった。
「二階によく集まってます。全員がいつもおるわけちゃいますけど」
大河が建物を見上げていると、背後から軽い調子の声が聞こえてきた。
「あれぇ? 真二やん。何してんの、こんなとこで」
振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
年齢は三十歳前後だろうか。派手すぎない服装に、どこか人懐っこい笑顔。片手を軽く上げながら、まるで旧友にでも会ったかのように近づいてくる。
「あっ、丹波さん!」
「おうおう。健太郎も勝人も一緒か。珍しいなぁ、三人揃って」
丹波は三人の顔を順番に見た後、大河へ視線を移した。
「ほんで、こちらさんは?」
真二が答えるより早く、大河が一歩前へ出た。
「近藤大河です。水仙組の者ですわ」
「へぇ、水仙組さん」
丹波は一瞬だけ目を細めたが、すぐに柔らかな笑顔へ戻った。
「もしかして、クラブミーナでうちの連中をボコボコにした人?」
「そうですけど、よう知ってますね」
「そら知ってるよ。うちでも結構な騒ぎになってるからなぁ」
丹波は笑いながら三人を見渡した。
「なるほどなぁ。ほんで、こいつらが今は大河さんについてるわけか」
「ええ。今日から僕の下で働いてもらうことになりました」
「そうなんや。まぁ、三人とも悪い奴らちゃうし、よろしくしたってください」
敵対する組織の人間とは思えないほど、丹波の態度は気さくだった。
しかし、大河はその笑顔の奥にあるものを探るように、じっと相手を見つめていた。
「丹波さん、少し聞きたいことがあるんですけど、よろしいですか?」
「ええよ。俺に分かることやったら何でも聞いて」
「クラブミーナの件です」
その言葉を聞いても、丹波の表情は変わらなかった。
「やっぱりそれかぁ。まぁ、そうなるわな」
丹波は近くの自動販売機へ歩き、缶コーヒーを一本買った。
「立ち話も何やけど、ここでええ?」
「構いません」
缶の蓋を開けた丹波は一口飲み、何でもないことのように話し始めた。
「あの店の件な。どうも外から頼まれた仕事らしいで」
「外から?」
「そうそう。うちの連中が勝手に始めたわけやないみたいや」
大河は黙って続きを待った。
「詳しいことまでは知らんけど、どうも店の経営権が絡んでるらしい。あの店、そこそこ繁盛してるやろ?」
「なるほど。店を奪うために嫌がらせを続けていた、と」
「まぁ、そんなところちゃうかな」
丹波は曖昧に笑った。
「依頼したんも、別の半グレ組織に関係ある人間らしいしな」
「その組織の名前は?」
「さぁ、そこまでは聞いてへんわ」
大河は丹波の顔を見たまま、少しだけ首を傾げた。
「一つ聞いてもええですか?」
「何やろ?」
「店を奪うつもりなら、なぜ金銭や経営権を要求しなかったんでしょう?」
丹波の手が、缶を持ったまま一瞬止まった。
「……どういうこと?」
「クラブミーナでは、ひと月ほど嫌がらせが続いていたそうです。ところが、金を出せとも店を譲れとも言われていない。それでは、いつまで経っても店は手に入りませんやろ?」
大河の口調は穏やかだった。
しかし、その目は丹波から離れない。
丹波は少し考えた後、肩をすくめた。
「さぁなぁ。店の評判を落として、客が来んようにしたかったんちゃう?」
「そういうやり方もあるでしょうな」
「せやろ?」
「ただ、それなら店を閉めさせた後、どうやって手に入れるつもりだったんか、気になりますね」
丹波は笑った。
「大河さん、細かいところまで気にする人やなぁ」
「仕事ですから」
「なるほどなぁ」
二人の間に、短い沈黙が流れた。
真二は会話についていけず、健太郎は黙って立っている。勝人だけが、退屈そうに欠伸を噛み殺していた。
(妙だな)
大河は内心で考える。
(この男、知らぬと言いながら、随分と詳しい。しかも肝心なところになると曖昧になる)
もちろん、丹波が嘘をついていると決まったわけではない。単に聞きかじった話を伝えているだけかもしれない。
だが、そうであればなおさら、情報の出どころを確かめる必要があった。
「丹波さん。その話は誰から聞いたんです?」
「ん? まぁ、いろんな奴からやな。俺、顔だけは広いから」
「そうですか」
大河はそれ以上追及しなかった。
丹波は缶コーヒーを飲み干すと、何かを思い出したように口を開いた。
「ああ、そうや。紅蓮隊のこと調べてるんやったら、もう一つ教えたろか」
「お願いします」
「ここ以外にも、連中がよう集まる場所があるねん。駅の反対側に古い倉庫があるやろ? あの辺りや」
「倉庫ですか」
「そう。夜になったら何人か集まってることがある。まぁ、今日もおるかは知らんけど」
丹波は気軽な調子で場所を説明した。
「ただ、あそこに行くんやったら気ぃつけや。気の荒い奴もおるからな」
「ご親切にありがとうございます」
「ええって、ええって。俺も無駄な揉め事は嫌いやし」
大河が軽く頭を下げると、丹波は三人に向かって手を振った。
「ほな、またな。お前らも元気でやれよ」
「はい! 丹波さんも!」
真二が元気よく返事をすると、丹波は笑いながらビルの方へ歩いていった。
その後ろ姿を見送り、大河はしばらく何も言わなかった。
「大河さん、丹波さん、ええ人やったでしょ?」
真二が得意げに尋ねる。
「そうだな。随分と親切な男だった」
「でしょ!」
「ただし、親切な者が必ずしも正直とは限らん」
「え?」
大河は丹波の消えた建物へ視線を向けた。
「お前ら、今の話をどう思う?」
真二は腕を組んで考えた。
「どうって……別の組織がクラブミーナを狙ってるんですよね?」
「それは丹波が言ったことだ。事実かどうかは分からん」
「でも、丹波さんが嘘つく理由なんて……」
「理由が見えぬからこそ、確かめる必要がある」
真二は納得できない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。
大河は続けた。
「真二、お前はあの倉庫について何か知っておるか?」
「いや、俺は行ったことないですね。そんな場所があるんも初めて聞きました」
「健太郎は?」
健太郎は静かに首を横に振った。
「……俺も知らないです」
「勝人、お前はどうだ?」
「俺も知らんですね。まぁ、紅蓮隊の全部の場所を知ってるわけちゃいますし」
「そうか」
大河は腕を組んだ。
(幹部の言葉を信じて動けば、こちらの行動を読まれる可能性もある。だが、嘘と決めつけて無視するのも愚かだ)
丹波が何を考えているのかは分からない。
ただ、あの男が自分たちに情報を与えたことには、何かしらの意図があるように思えた。
「よし。まずは倉庫のことを調べるぞ。ただし、丹波の言葉をそのまま信じるな。実際に何があるのか、自分たちの目で確かめる」
「了解です!」
「真二、声を抑えろ」
「……了解です」
今度は小声で返事をした真二を見て、大河は思わず笑いそうになった。
「健太郎と勝人も、何か気づいたことがあれば遠慮せず言え。どんな些細なことでも構わん」
「……はい」
「分かりました」
三人の返事を聞き、大河は歩き始めた。
その背中を追いながら、勝人が小さく呟く。
「ほんま、面倒なことになってきたなぁ……」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもないです」
勝人は気の抜けた返事をしながら、ゆっくりと後に続いた。
一方、その頃。
雑居ビルの二階では、丹波が窓際に立っていた。
眼下の通りには、先ほど別れた大河たちの姿が見える。
「近藤大河、か……」
丹波は独り言のように呟いた。
紅蓮隊に入ってから、それなりの年月が経つ。
幹部という立場は居心地がよく、下の者たちからも慕われている。多少の面倒事はあるものの、今すぐ組織を離れたいと思うほど不満があるわけではなかった。
しかし、紅蓮隊がこれ以上大きくなるとは、以前から思っていなかった。
目先の金と喧嘩ばかりを追いかける連中に、どれほどの将来があるのか。
それでも丹波が組織に残っているのは、今の立場を捨ててまで移る価値のある場所が見つからなかったからだ。
「さてさて……どう動くんやろなぁ」
丹波は口元に笑みを浮かべた。
先ほど大河に伝えた話には、確かな情報もあれば、そうでないものもある。
それをどう受け取り、どこまで自分で確かめようとするのか。
何も考えずに飛びつくようなら、それまでの男ということだ。
だが、もし与えられた情報の中から矛盾を見つけ、真相へ近づいていくのなら――。
「ちょっとは楽しませてくれそうやな」
丹波は窓から離れ、空になった缶をゴミ箱へ放り込んだ。
今のところ、近藤大河という男に賭けるつもりはない。
ただ、少しばかり興味が湧いた。
紅蓮隊の幹部と、水仙組の下っ端。
本来なら交わることのなかった二人の男が、この日、初めて互いの存在を意識した。
そして大河は、丹波から得た情報を手がかりに、新たな調査へ踏み出そうとしていた。
その情報が真実なのか、それとも自分たちを惑わせるためのものなのか。
答えは、まだ誰の目にも見えていなかった。
【今後の執筆方法についてのお知らせ】
いつも『天下と極道』をお読みいただき、ありがとうございます。
これまで本作品は、作者自身が本文を執筆してきましたが、今後は執筆方法を一部変更することにしました。
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一方で、本文の文章化については生成AIを活用し、作者が内容を確認・修正しながら制作する方式へ移行します。
物語の方向性や、作品に込めた思いが変わるわけではありません。
これからも『天下と極道』を楽しんでいただければ幸いです。
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