10話 思わぬ展開
大河と怜香は水仙組の事務所を出て駐車場に停めてある浩介の車に向かった。
「こちらへどうぞ、お嬢様」
大河がそう言って助手席のドアを開け、怜香をエスコートする。
「あら、気が利くじゃない。ありがとう王子様」
2人は他愛もない冗談を言い合いながら車に乗り込んだ。
「怜香さんの家、どの辺ですか?こっから近いんですか?」
大河が尋ねる。
「そうねぇ~だいたい10分くらいかしら。住所言うからナビに入れてくれる?」
その言葉を聞いた瞬間、男の思考が止まる…
(住所を言うから、ナビに入れる‥‥‥?また俺の分からん言葉だな。)
すると、その瞬間いつものアレがきた。
「‥‥‥‥分かりました。ちょっと待って下さいね~」
(ほう‥‥‥住んでいる場所まで案内してくれる地図のようなものか。面白いな)
「じゃ言うからね。○○○○○○だよ」
「了解です。入れますね。」
ナビに怜香の住所を入力し、車を発進させる。
ほどなくして二人は怜香の自宅へ到着した。
「怜香さん。着きましたよ」
「大河君。ありがとう」
「いえいえ」
それから、なぜか少しの沈黙が流れた。
大河は不思議に思い、怜香を見る。
「あれ?怜香さん、降りないんですか?」
「んっ‥‥‥大河君も降りないの?」
(どういうことだ…なぜ俺も降りないといけない…‥
)
「えっと‥‥‥‥どういう意味ですか?」
「え~もうバイバイするの?家寄っていったら~?」
「いや~事務所で兄貴が待ってるし‥‥早く帰らないといけないので、今回はえんりょーー」
大河が断ろうとした瞬間、矢継ぎ早に怜香が言葉を被せた。
「ちょっとお茶飲むぐらい、いいじゃん。来て来て」
その勢いに圧倒され、大河は諦める。
(また機嫌を損ねるのも面倒やし…‥仕方がない)
「分かりました。少しだけなら…」
「じゃあ行こう~」
怜香は嬉しそうな顔で車を降りた。
大河も続けて車を降りる。
そして怜香の自宅に入った。
「お邪魔しまーす」
部屋の中は綺麗に整理整頓されていた。
家具や小物も洒落た物が多く、男がこれまで目にしてきた部屋とは何もかもが違っている。
「大河君、コーヒーでいい?砂糖とミルク入れる?」
「あ、はいお願いします」
(コーヒー‥‥‥?分からんがまぁ飲み物だろうな)
「じゃそこに座って待ってて」
言われた通り座ったものの、自分の知らない物だらけの空間に興味を引かれ、男は部屋の中を見回した。
そんな様子に気づいた怜香が声をかけてくる。
「どうしたの~?あっ、大河君、もしかして女の子の家入るの初めて?キョロキョロしてるし、緊張してるの?」
「そうじゃないんですけど、ついつい癖で色々見てしまうんですよ」
「癖‥‥?大河君、変わってるね」
「まぁ、それはよく言われます」
「はい、コーヒーお待たせ~」
「ありがとうございます」
差し出されたカップを受け取る。
(以前のコーラという飲み物の時も驚かされたからな。少し構えておいた方がよさそうだ)
大河は慎重にカップを口へ運んだ。
「おおっ~!!すごく美味しいです!!」
(このコーヒーという物も、なかなか旨いな)
「大げさだよ~普通のインスタントコーヒーだよ」
そう言って怜香は自分のコーヒーを手に持って大河のすぐ隣に座った。
(‥‥‥‥やけに近いな)
「怜香さん、ちょっと近くないですか?」
「んっ、そうかな?普通だよ~」
「そうですか。それならいいですけど…‥」
唐突に怜香が聞いてきた。
「大河君ってさ~、二重人格?」
「ん…‥二重人格?」
(なんだ、その二重人格とは?‥‥‥)
いつもの様に情報が流れてくる。
「なんか私と初めて会った時とその後、私を助けてくれた時とで、ぜーんぜん違ってたから」
(そういうことか。まぁ、少しやり過ぎたからな‥‥‥)
「ああ、そらあれですよ。男が女の子守ろうとしたら、本気になって変わりますよ」
「ふーん…まぁそういうことにしといてあげる」
「そういうこと、そういうこと」
怜香はまだ少し疑っているようだったが、それ以上は追及してこなかった。
それから2人は他愛もない話をしながら時間を過ごした。
しばらくして、大河が時計を見る。
「怜香さん、僕もうそろそろ事務所帰りますわ。兄貴も待ってるんで」
「え~もう帰るの~?もう少しいててもいいじゃん」
「いや~流石にこれ以上は僕も兄貴に怒られるんで」
「そっかぁ…‥分かった。じゃ玄関まで送るね」
2人は立ち上がり玄関の方へ向かった。
「大河君。今日は本当にありがとう。大河君いてなかったら、私どうなってたか…‥‥」
先ほどまでの明るい声とは少し違っていた。
「いえいえ、ほんまに無事で何よりです。また何か困ったことあったら、すぐ連絡して下さいね」
「うん。何かあったら連絡するね」
怜香の表情に笑顔が戻る。
「あっ、あとデートの件忘れんといてよ。またそれに関しても連絡するからね」
(ああ、すっかり忘れてた。そういえばそんな約束もしたな)
「デートの件、了解です。ちゃんと覚えときます。じゃ僕これで失礼しますね」
大河が玄関のドアを開けようとした、その時だった
「大河君!!」
「ん?」
呼ばれて振り返る。
その瞬間ーー。
怜香の顔が目の前まで迫った。
唇に、柔らかな感触が触れる。
「今日のお礼」
怜香は悪戯っぽく笑った。
「またね、バイバイ」
「‥‥‥‥‥」
大河は突然の出来事に、しばらく思考が固まった。
そしてそのまま駐車場へ向かい、浩介の車に乗り込む。
そして運転席に座ったまま、しばらく動かなかった。
(‥‥‥‥‥)
「‥‥‥‥‥‥接吻か」
誰もいない車内で、1人呟く。
それから、自分の唇にそっと触れる。
(この時代の女は、随分と大胆なんだな)
男は困惑したまま、車のエンジンをかけた。




