第9話 たこ焼きと人の頭は似ている
「あー、すっきりしたぜ!」
路面電車を降りると活気が聞こえてきた。車両基地のベースよりも遥かに人通りが多いにもかかわらず、巳家はスカートの中に手を入れる。パンツをブーツに引っかけつつも脱ぐと、なぜかびしょびしょに濡れたそれをごみ箱に捨てた。拾いに行こうとする斑柄を押さえるのも必死だ。
「結局さー、あたしは後ろでパンパンやってただけじゃーん!」
「帰りもあるだろ? そっちは満員電車だぞ、たぶん」
「満員、満員かー……」
他の乗客がいる場で痴態を繰り広げるのはマズい。その時は、俺男なんですけどと拒否権を発動しよう。
片側一車線のアスファルトを越えて歩道に上がる。七階か八階建てのビル群に囲まれた街並みは、傾きかけた日差しが入りにくい。細い電柱ばかりで緑はまったくなかった。
ここも女だらけで気まずくなる。シャツとジーパンにスーツやジャージ、軍服風中華風に加えて世紀末もかくやの肩当てなど。ファッションはカオスさながらだ。
走る車はまばらでスケートボードやキックボードの方がまだ目につく。自転車も少ないが三輪で後ろに台車をつなぎ、人を運ぶ様子が見られた。
薄っすら漂う蒸気は温泉街と異なって何か重い印象を受ける。そこに映えるネオン管の灯りがまた退廃的なイメージを強めた。
「だいぶ景色が変わるな」
「エリアに比べると、どこもこんなもんだ。おれは好きだぜ? こっちで住みたくなる気持ちもわかる」
同じ街並みに息が詰まることはあるか。周りのテンションで居心地の良さは伝わった。まぁ中にはタバコを吸って座り込む輩もいるが。本当にタバコか?
「どうよ武達ちゃん、息抜きになりそう?」
「歩くだけでも楽しめるな」
正直、電車内は散々で放課後を過ごす青春に程遠かった。しかし、海外どころか異世界とすら思える体験は貴重だ。
「抜くなら息よりもっと最高なやつがあるんじゃねーの?」
「はい、セクハラでポイントマイナスねー」
相変わらずの下ネタは聞き流し先を進む。ビデオやパチンコの文字が懐かしく、椅子とカウンター付きの屋台を横目にお腹が空いてきた。
「すぐそこが商店街だよ」
少し広がった道に巨大なアーケードが現れる。アーチの看板には猫福の文字が掲げられていた。
「猫福横丁はほとんどの物が、っておい。クソみてーな車だな」
入り口横に黒塗りの車が二台も駐めてあり、巳家が近づいてキックを決める。
「ちょ……!」
「どうせ、誰も手が出せないと高を括るカスがこれ見よがしに乗り付けてんだ。社会貢献にぶっ壊しとくか?」
さすがに乱暴が過ぎる。もし犯罪者の所有物だったとて、警察に任せるのが筋だ。機能してればの話だけど。
「もー、武達ちゃんがいるんだからさ。平和にいくよ!」
周りには何をやってんだとの視線を向けられる。女装がバレると困るし注目を集めるのは避けたかった。
「平和は得意分野だ。正義は我慢するか」
「我慢の時点で得意と真逆なんだよなー」
とりあえず、落ち着いてくれたので商店街の猫福横丁とやらに入る。好戦的なのも場合によっては助かるが、今は斑柄を見習い大人しく頼む。
通りの混雑具合は、ぼーっと歩いてるとぶつかるほどだ。食料品店に飲食店から雑貨店など、豊富な専門店が並ぶ。天井には逆さ鳥居や深海魚っぽい作り物が吊り下がり、猫の像が至る所に置かれていた。
「気になるとこがあったら言いなよ!」
そういえば、しばらくラーメンを食べてないしクレープの文字も魅力的に映る。百均の品揃えや文房具事情にも興味を惹かれた。
「ここは……?」
まるで路地かと思える狭さの横道は別の建物なのか天井が低い。
「みんな集客目当てにつなげちゃうんだろうね」
そんな勝手な真似が許されるとは、懐が深いで済む問題か?
「こういう場所は、発掘屋が開発放棄区域のゾーンで拾ってきたもんを売る闇市が多いぜ」
なるほど、過去のゲームや漫画で生計を立てるんだな。片付けすら諦めた都市だと、ジャムどころか崩落の危険性もあった。
「あの赤いのは……」
遠くに赤い飾りが見えて目を凝らすと、タコの形でこれはと狭い通りを進む。側まで行くと黄色い店舗用テントに赤色でたこ焼きの文字が躍っていた。
「武達ちゃんが物欲しそうにしてるー」
「買うのはおれに任せろ」
小遣いは支給されておらず、お願いしますと頼るしかない。六個が三百円の安さも工程を眺める限りはまともだった。
「ほら、食えよ」
購入した巳家がたこ焼きをつまようじで持ち上げ、顔の前に近づける。
「次、あたしがやるー!」
食べさせてもらうなんて経験は初めてで緊張するが、ノーメイクの口元を遮る壁になると取り繕った。
「あーん、ってな」
マスクを外し口を開く。熱々のたこ焼きを放り込まれて悶絶しかけたものの、耐えて男らしい声を抑えた。
「いやいや、ちょっとは冷ましてあげないと大やけどじゃん」
「苦しむ表情が子宮にくるんだろ?」
「可愛い女の子には優しくしなきゃ。ふーふー……はい、武達ちゃん!」
藤雉がたこ焼きに息を吹きかけ食べさせてきた。それはそれで子ども扱いだな。さっきに比べ味わえるのは確かで、ふわとろの生地に甘いタレの味は記憶と結びつく。エリアの外でも飲食のレベルは十分に保たれていた。
「あんたたち、そんなのここで出さないでくれよ!」
「商品は手に取らなきゃわからんっしょ?」
いざこざが聞こえて斜め後ろに視線を移す。そこはレトロな射的屋で、四人の黒服を着た女たちが店員の前に立つ。
台へ置く開けられたハードケースの中には大きめの銃が入る。あれは大丈夫なのかと巳家を見たらニヤリと笑われた。
さらに、やれやれと首を振る藤雉が持っていたギターケースから拳銃とマガジンを取り出す。挿し込みには小気味よくカチャリと鳴り、流れる動作で上部をスライドさせて構えた。
「正義の執行だ」
爆竹のような発砲音が何度も響き渡る。黒服の女が一人、二人、三人と抵抗前に、頭からタコよりも鮮やかな緋色の血を噴き上げた。
「くそ! クラスの連中だ!」
四人目は地面に足を引っかけながら商店街のメインストリートへ走るが、巳家は容赦なく狙いを完璧に引き金を引いた。
「ちっ、もう一人向こうにいやがった。逃がしたな」
銃と血を流し倒れる人の姿は、まさに映画のワンシーンで現実味が薄い。しかし、前へ被さる斑柄越しに聞こえてくる悲鳴で心臓がバクバクと音を立てた。
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