第5話 トイレへの襲撃者
朝の七時半。目覚まし時計の音で仕方なく起きる。ベルが二つ付いたレトロさは、見るだけで眠気の三割は吹き飛んだ。
カーテンを開けると自然光を模した人工灯が部屋を照らす。形だけの窓も生活リズムを保つには必要だった。
洗面所で顔を洗って歯を磨けば、さらに三割の眠気が取れる。テーブルでコップにお茶を注ぎのどを潤す。左右にスピーカーが備わるラジカセのスイッチを入れて、頭の覚醒を促した。
『本日のJPE出現確率は……オブバース・ザ・レイディオの時間がやってきま……呪術使いの目撃情報が寄せられて……』
チューニングを適当に合わせて音楽を流す。テレビ放送がなくなった今、ラジオがその代わりを務めていた。ライブの映像媒体としてはパカケーで見れる配信があるものの、収益を得られる仕組みにはなっていないのだとか。完全な趣味の領域だ。
試しにサイトを訪れてみたら、半裸の女性が円周率を呟きながらリフティングをする内容で怖くなる。それ以来、配信は見てなかった。
朝食にはバナナとヨーグルトを頂く。昼食以外は栄養管理などされておらず、好きな物を頼めた。
ぼんやり音楽を聞いてトイレを済ませれば八時過ぎ。制服に着替えて身だしなみを整え、二割の眠気を残したまま部屋を出る。ライトの灯りが眩しいとはいえ、やはり外の空気に触れなければテンションは上がり切らない。
「おはよう、ございます」
「お、おはよう……」
そして、校舎に向かう渡り廊下の手前で錆咬と遭遇する。昨日の今日で身構えたが、特に会話や積極的な触れ合いは起こらず教室に着く。単に目が覚めただけだったな。
クラスメイトと挨拶を交わすも、さすがに二日続けて斑柄との付き合う発言をつつく女子はいない。しかし、軽めのボディタッチは謎に増えた。接触を控えろとのお達しが出たのに一体なぜ。
授業の合間に手つなぎと同等程度の行為を考えるけど、中々難しい。もう口が堅く信用のおけるパートナーを作るのが早い気はした。常に指を絡め合っていれば、多少は耐性がつくはず。問題は対価で俺の尻が狙われる点か。
性欲の化物には困ったものだ。呆れを尿意に替えて休み時間にトイレへ入ったところ……。
「はーい、失礼しますよ」
「っ!」
誰かが個室内へ身体を滑り込ませて後ろ手に扉の鍵を閉めた。正体は教室で前の席に座るギャル系女子、藤雉だった。
「やぁ、武達ちゃん。元気?」
驚きに固まるなか、砕けた調子で満面の笑みを見せる。
「そんな怯えなくてよくない? ちょっとハッピーな提案があってさ」
額を押されて便座のふたに尻をつけた。顔の間近では水色のチェック柄スカートが揺れる。
「今日、どっか遊びに行こうよ」
「いやいや……」
普通に会話を広げられてもな。こっちは叫んで助けを呼ぶかどうかの局面なんだが。
「他の純情ボーイとは違って、武達ちゃんは閉じこもり続けるとストレスが溜まるタイプに思えるんだよね。昔より精神的な健康は重要視するようになったしさ。真上ちゃんに直談判すれば、おっけーもらえるでしょ!」
とりあえず、物腰の柔らかさに危険性は一度横に置く。出かけたい気持ちは確かにあるが……。
「藤雉に頼んだとして、お礼に何を求めるんだ?」
「楽しんでくれたら十分!」
それはそれで怖いな。
「あたしはポイント制に切り替えたから。藤雉ちゃんに優しくされまくれば、抱いてやるぜってなるじゃん?」
ポイントの意味は信頼の積み重ねか。割と正攻法で、関係性が深まれば互いの主張を素直に言い合える。ただ、思い出すのは薄い本だ。こいつが斑柄に渡したんだった。
「どうよ」
「先生への直談判は俺でも……」
「その場合、超肉食獣の真上ちゃんがついてくるね」
「……じゃあ、藤雉に任せる」
「おっけー! 任された!」
突然の襲撃に高まった緊張も、ようやく落ち着いて尿意が戻る。
「で、いつまでいるつもりだ?」
「おしっこなら、ち〇ち〇支えよっか?」
「いらん」
「ほーい。嫌がることは極力しない藤雉ちゃんでした!」
鍵を開けて最後にスカートを翻し、パンチラを見せて個室を出て行く。錆咬よりは意思疎通が取れる相手な気はする。斑柄と付き合った結果、クラスメイトの考え方にも変化が訪れたのか?
まぁ、わざわざトイレに入ってくる必要があるかは疑問だ。二人で話したいのであればオワイプが安心だし。
用を足したあとは、つつがなく授業時間を過ごして放課後になる。昨日と同じく斑柄の部屋にお邪魔し、藤雉とのやり取りを伝えて女耐性向上計画は待ってもらった。
「彼女からメッセージですね」
何でそっちにと思うけど。一緒に教室を出れば横にいることぐらい想像できるか。
「私も付き添うみたいです」
強制デートコースも覚悟していたため、助かる知らせだ。
「では行きましょう」
準備はいいのかと気になるが、制服のまま部屋を離れて校舎に向かう。教室、トイレ、食堂を越えた先で廊下を曲がって突き当たり。初めて来た場所にはエレベーターがあった。
訳も分からず乗り込むと階数を示すボタンは地上と地下の二つだけ。振動は一切なく文明を感じるスムーズさだ。
地下にはすぐ着いて駐車場の雰囲気を持つ広い空間が現れる。そこには藤雉ともう一人、別の女子が待っていた。
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