第2話 告白
高校の授業は今も昔も変わらない。勉強はどちらかと言えば嫌いな部類だ。しかし、世界の惨状を知ると生きている奇跡に感謝の気持ちが湧き、真面目に取り組みたくなった。
「……」
横に五列、縦に四列プラス一席の中心でノートに鉛筆を走らせていると視線を感じる。顔を上げたところ前の席に座る藤雉蓬がこちらに身体を向けていた。
金髪を揺らして首を傾げる様子がえらく可愛い。白いブラウスは胸元が緩く下に腕を置いたら、もにゅんと豊満な胸が変形し谷間から甘い香りを漂わせた。
「藤雉さん、ちゃんと授業を受けてくださーい」
「ほーい」
クラスメイトの注意に返事をする藤雉は、ウィンクで緑色の瞳にいたずら心を浮かばせ姿勢を正す。髪の毛を片方の肩にかけると背中にブラジャーが透けて見えた。
こんなアピールも断絶後に生まれた男はドン引きだとか。色々と飢えた獣に囲まれれば性格も歪む。すっかり、か弱な守る対象になってしまったらしい。
寿命の問題改善に種馬扱いも配慮に配慮を重ねる。過度なストレスで勃起不全も当然と聞くし、男女比の過度な偏りは様々な問題を引き起こした。このクラス限っては結構自由だけど。
放課後になると校舎近くの寮へ直行する。友達と電車を待ったり買い食いしたりの青春は送れず、事実上の軟禁生活だ。そこらをほっつき歩くだけでさらわれる危険性があるし妥当なのだが。男さえいれば儲けにつながる社会は怖かった。
さすがに勉強を1LDKの自室でやる気分にはなれない。楽しめる娯楽はゲームや漫画など過去の遺産だ。どれも価値は高く優遇されてるのがよく理解できる。
そして、今日は済ませておきたい用事があった。パカパカ携帯、通称パカケーで斑柄に連絡を取る。
形は折り畳み式のガラケーだ。ディスプレイは飛び出す絵本のごとく広がり、半透明のウィンドウが離れて浮かぶ。文字を打つときは物理的なボタンが並ぶ操作エリアを使い、スワイプやタップはウィンドウに触れて行えた。
通話兼メッセージアプリのオワイプには、クラス全員のIDが登録されている。
【武達@Takedachi】
『今って暇?』
初めて送ってみたが既読はすぐについた。
【斑柄@Madarae】
『暇ですよ』
【武達@Takedachi】
『誰かが邪魔に入らない場所で話したい』
【斑柄@Madarae】
『私の部屋に来ますか?』
【武達@Takedachi】
『斑柄がいいのなら』
【斑柄@Madarae】
『武達さんが構わないのでしたらどうぞ』
この誘いは果たして罠なのか。男子に対する過度な接触が禁止とはいえ、自ら赴くのは許可を与えたも同じだ。正直、おっかなびっくりだが楽しみでもある。女子からの下ネタ剛速球には中々自分をさらけ出せずにいた。
日常的なパンチラには我慢も限界だ。玄関扉のロックを解除し部屋を出る。短い無機質な通路の先で二枚目の扉もロックを解除、横に開くのを待ち左右に伸びる廊下を確認した。
「人影なし」
寮は二階建てで、自室は女子生徒の部屋に囲まれている。廊下はどちらも上に続く階段だった。窓はなく時間帯によって明るさの変わるライトが、天井の両端から照らす。白と黒で色が分かれる壁は素材不明の硬さだ。
左を進むと再び左右に廊下が伸びる。頭の中で地図を開きこっちのはずと右に行き一つ目の扉でストップ。ルームプレートには斑柄の名前が刻んであった。
インターホンを鳴らすとすぐに扉が開く。
「いらっしゃい」
斑柄はシンプルな白いロンティーにショートパンツの部屋着で姿を見せる。身体のラインがこれでもかと浮かび暴力的な胸に圧倒された。
「入らないんですか?」
「……お邪魔します」
謎に恐縮しながら部屋へ上がる。間取りは同じ1LDKで、家具は木製が多く観葉植物も置かれていた。黒一色の自室とは違い温かみを感じた。
自然とソファーに行きかけたが、並んで座るのに尻込みしてテーブルを選択。斑柄はその間にコップへお茶を注いでくれる。
「話というのは何でしょうか」
正面に座っての睨みさえなければな。ここまで来て一瞬悩むが、ポケットに手を入れて中身をテーブルに出した。
「このパンツが男子トイレに落ちてたけど」
「私の物ですね」
あっさりな反応に拍子抜けだ。いや、むしろ覚悟が決まってるのか?
「武達さん、上着は閉めた方がいいですよ」
「え?」
「鎖骨に興奮する女性は多いので」
「……」
静かに部屋着のジャージをきっちり閉める。
「コールドスリープから目覚めて一週間でしたか?」
「それぐらいだな」
「もう少し用心してくださいね」
俺は断絶で世界が混乱するさなか、男抹殺ウィルスの脅威から逃れるためコールドスリープで眠りについた。研究施設近くに居合わせた五体満足、加えて若い男の健康体はもれなく未来へ託されたわけだ。確立前の解凍手段と共に。
しかし、人類の進歩が後退した結果、ロストテクノロジーと化す技術ばかり。コールドスリープの解凍成功は一例にとどまっている。現在は経過を見守られつつ世間を教えられつつだ。露出における変態ラインなどの実体験は乏しかった。
席を立った斑柄は何かを手に戻ってくる。
「藤雉さんにもらいました」
三冊の薄い本がテーブルに並んだ。表紙はベッドの上で目隠しに繋がれる少年、高級車の上で自動洗車機にかけられる少年、手術台の上でおっぴろげな少年か。あのギャルめ、なんてコレクションを持ってんだ。
「中身は……全部、尻の穴を遊ばれてるんだが?」
「一般的な性癖ですよ」
「純愛ものは?」
「滅多にありません」
平常運転がこれはひどい。狂った貞操観念の影響がここにもか。今を生きる男たちには同情する。
安易な誘いは尻が危ないんだな。どの女子も鍛えてて組み伏せられる自信があるし。はっきり無理と言える関係性が大事だ。それは目の前にいる斑柄も一緒で……。
「心配いりません。武達さんには伝えておきますけど、実は私が好きなのは女性なんです。トイレのパンツもそれが理由でした」
話がパンツに戻った。比率を考えたら割とありがちなのかもしれない。
「男は興味なし?」
「はい。ですが私の身体ならいつでも使ってください」
「……」
胸を持ち上げて指を沈みこませる動きが非常に助かる。お願いしますと前のめりになるのは我慢だ。男を求める猛獣がいるのに、わざわざ嫌々相手をしてもらうなんてな。できる限り降って湧いた立場の利用は控えたかった。身勝手な振る舞いは逆に報いを受けるものだ。
「で、パンツが何?」
「訓練時は皆と同じ空間で服を着替えます。女の子たちが半裸になっちゃうともう、びしょびしょに濡れてしまうんです」
険しい表情でとんだ発言が飛び出す。でも自分がそこにいれば似た状況に陥るか。つまり、こっそりパンツを穿きかえるための男子トイレだったと。
「冷静さを保つのが大変で困ってます」
「もしかして、その……」
「笑顔と涎がこぼれそうで顔に力を入れないと耐えられません」
斑柄は頬に両手を当て揉むと無表情になるが、すぐムキりと眉間にしわが寄った。こいつ、クセになってやがる。
「クラスメイトを襲う前に耐性をつけたいんです。良い方法ってありますか?」
パンツを渡しに来たら、つよつよ性欲を抑える相談をされるとは。予想外の展開だった。
「まぁあれだ、手をつないだり簡単なことから……」
青春未経験ではろくなアドバイスも浮かばずに口ごもる。
「急に手をつなぐと不審がられます」
「そこは笑顔で乗り切れ」
「難しいです。鼻血が出ます」
理屈は分からんが鼻血はマズいか。
「武達さんは女性が好きなんですよね?」
「人並みにはな」
「いえ、今の社会における人並みとは異なります。その態度だと遅かれ早かれぶち抜かれるでしょう」
尻を? 何それ怖い。
「よければ私と付き合いませんか?」
急な提案に思考がフリーズする。斑柄は頬を揉んで笑顔を作るのだった。
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