三十一日。
「ひまりぃー……」
寝起きのふにゃふにゃするお姉ちゃんの声が聞こえる。夕寝?のおかげで、いつもより段違いに疲れそうな声色だった。
「おねーちゃん…おきたよぉー…?」
声はがさがさで、息漏れも酷くて、発音も甘々。熱のせいもあるだろう。
「こんばんは。もうすぐまた寝る時間だよ。」
「えー…やだぁー…」
朝から熱に浮かされて、思考が飛行船みたいに宙を悠々と流れていたいたお姉ちゃんは、後先考えず眠いから寝て、起きて、もうすぐ寝る時間を迎える。
「じゃあ夜更かしする?」
「陽鞠も一緒なの?」
「寝るに決まってるじゃん。」
「うちの妹が冷たくなっちゃったー…ぜーんぶ、あいつのせいだなぁー?私の天使になんってことをしたんだー!許せないっ。」
寝起きがさがさの声で叫んだせいで、喉を痛めたらしく、少し顔を顰めて喉に触れる。
全く未練なお姉ちゃんだ。
「お水。」
「うぅー…やっぱりお姉ちゃん、陽鞠には誰とも付き合わないで欲しいなぁ……顔も名前も知らない人に優しくする陽鞠なんて、見たくない…」
「無理なのそれが。」
水をがぶがぶ飲んで、服を濡らすお姉ちゃんと、仕方なくそれを拭く私。
なんだか、懐かしい気持ちがする。
「人の気持ちは凄く脆いもんだから。」
昔は逆だった。私が熱に浮かされて、お姉ちゃんがまともで、私がお姉ちゃんに縋り付いて、お姉ちゃんが冷たく突き放して。
「恋心はもっともろくて、砂のようなものなの。どれだけ頑丈に築いても、波に攫われてしまう。」
少しだけ、優越感を覚える。
「家族は別れるのが運命なんだよ。人生は、赤の他人との重なり合いなんだから。家族同士でずっと固まってたら、すぐに崩れちゃうの。」
「でもぉ…」
「お姉ちゃんも知ってるでしょ?」
かつて聞いた言葉をそのまま返しただけで、かつて私が浮かべたはずの表情のお姉ちゃんを見るだけで、自分が大人になったと勘違いしてしまう。
やってることは、あの頃のお姉ちゃんの真似事に過ぎないのに。
「訪れる別れを気にして今を見落とさないようにって。お姉ちゃん、言ってたよね。」
「…ぅん。」
「じゃあ、大好きな妹に看病されてる事をいっぱい楽しみなさいよ。」
お姉ちゃんも、おばあちゃんも、似たような考え方をしていた。
「人生は期間限定なの。」
いや、おばあちゃんと同じ言葉を口にするだけで、心からはそう思わないのかも知れない。
「知ってるよ。知ってるもん…」
拗ねたような、諦めたような、どこか寂しい顔になるお姉ちゃんのほっぺたをつんっと刺した。
「短い人生、都合よく考えるのが楽なの。お姉ちゃんは私が誰かに奪われるって思うから嫌なの。」
期間限定はおばあちゃんの言葉で、訪れる別れを惜しむながお姉ちゃんの言葉で。
「もっと、都合よく考えようよ。お姉ちゃんの面倒を見るために、お嫁修行をしてくるとか。」
都合よく、それが私の言葉だ。




