与えられた幸せ
シャマリー嬢、違った、ヒメネス侯爵夫人から手紙と贈り物が届いたと言われた。
前回贈られてきた物では大変な目にあったので、今度はそうじゃないと良いな……(遠い目)。いや、ひと様からいただいたものに注文を付けるとか、文句を言うとか、そう言う事ではなくてですね……被害を最小限に食い止めたい、切実な願いとでも申しましょうか、えぇ……。
…………いやほんと、お願いシマス。
「ヒメネス夫人は義理堅い方なのね」
私の言葉にセラが苦笑いする。
「……生真面目なのよ」
あー、なんかそれ分かる。
彼女の経歴を見た時、あまりのストイックさに平伏しそうになったし。堕落しててすみませんと謝罪するレベルでした……。
「今回の贈り物は残念ながらバストアップアイテムじゃなさそうよ?」
にやりと笑うセラ。
アウローラが苦笑する。
「セラ、言わないで……」
ただでさえ少ないHPがえぐれるのでお許しいただきたい……。
テーブルに置かれたのは扇子だった。
手にとって広げる。
マザーオブパールにシルクのレースに金糸で刺繍が施された、大変品の良い扇子だった。
何でまた、扇子を……? はてな?
「夜会で会った時、ミチルちゃん、鉄扇だったものね」
アレの所為か!
誤解です、ちゃんとした女子力高めな扇子も持っておりますよ?! 羽根とか付いてふぁっさーな奴とかもあったりします。
とは言え、シンプルで、こう言うの好きです。
ありがたく頂戴します。
もらってばかりも悪いし、こっちにはあるけどあっちにはないものとか送ったら少しは喜んでもらえるだろうか? それが夫人の好きな物だったりしたら尚良いよね。
その事をセラに言うと、笑顔で「良いんじゃないかしら」とオッケーをいただいた。
「調べてお礼の返事と一緒に贈っておくわぁ」
さすがセラ。私の執事とか、大分才能の持ち腐れ感がありますが、私の心身を健全に保つ為にも必須人材なので、どなたにも渡さないですよー。
「それで、ヒメネス侯爵夫人の本当のご用は何だったのかしら?」
セラの動きが一瞬止まった。
じっと見つめると、眉間に皺を寄せてため息を吐く。
「ミチルちゃんって、たまに勘が働くわよね……」
たまにで申し訳ない。
その反応は当たりですかー、そうですかー。
いや、ヒメネス侯爵夫人は生真面目だったり義理堅い人だとも思っておりますよ? むしろ思っているからこそ、バストアップアイテムではなく、扇子だった所にひっかかったと申しますか。
彼女が義理を果たす為に贈り物をしてくるのだとしたら、やはりバストアップアイテムだったと思うのです。
そうじゃなかったのは、急ぎの要件が別にあったんじゃないかなー、なんて思った訳なんだけどネ。
あっちの話をお義父様達から聞いてる訳ですし? そんな時にあっちに住んでるヒメネス侯爵夫人から何かが届いたってなったら疑いますよー、いくら鈍感な私でも。
「アレクシア様がね、ヒメネス侯爵夫人に手紙をお出しになられたの。
家族全員、オーリーの民になりたいってね」
確かフィオニアって、オーリーの監視役って立場だったような? 女皇の命で行ってるのにそれをやっちゃったら、アウトなんでないの?
アレクシア様がって事は、フィオニアと相談せずに出しちゃったの? 手紙。
……それ、立場的に亡命扱いになるんじゃないの……? 政治とかオトナな事はよく分からないけども。
ちらりとセラの顔色を伺うと、困ったように微笑まれてしまった。
「皇女シンシアで進めようとしていたんだけどね、アレクシア様の勝手なお振る舞いに大旦那様がご立腹なの。
…………アレクシア様とフィンは離縁する事が決まったわ。ジェイデン──フィンとアレクシア様の息子はサーシス家預かりになるの。
フィオニアは、イリダに行くのよ」
こんな事言っては何ですが、魔王様に逆らって命がまだあって良かったデス……。
アレクシア様って、怖いもの知らずって言うか、私並みに考えが浅いって言うか……。聞いてるこっちの肝が冷えますヨ……(震)
ゼナオリアの王妃になるかどうかはさておいても、離縁と息子と引き離されるのは確定なのか……。
「仕方がないわ。止められないフィンも未熟だし、アレクシア様も浅慮だったのよ……」
祖母もゼファス様も怒るだろうなぁ……。
あの二人が怒った所って、実は見た事ないんだけど想像だけで怖い。
「……そうなのね……」
これに関して私がとやかく言える事はない。
約束を反故にしたのはアレクシア様なのだから。
なんとなくすっきりしない気持ちのまま、捧歌の時間を迎える。
至星宮で祈りを捧げる正式な場所は、宮の屋上になる。
高台の上にある至星宮の中で最も高い場所にある屋上は、夜になると頭上に星が瞬いて、手を伸ばせば届くんじゃないかと錯覚してしまう程だ。
その分寒いんですけどね。
こんな状態での捧歌って、マグダレナ様に申し訳ない。でも、私的には少し気持ちが楽になります。
魔素はゼナオリアとアル・ショテルに存在するようになったと言う。
その所為でヒメネス侯爵夫人達の心の傷が開いてしまったりしないだろうか? 彼女達はやっと自分達の生きる道を見つけたって言うのに。
ラトリア様達の事。
アレクシア様やフィオニアの事。
ここの所ずっと私の心を占拠している。
歌い終えると、背後から拍手が聞こえた。
振り向くとモニカだった。
「ここに来てから、何度となくミチルの歌を拝聴しておりますけれど、その度に胸に沁み入ります」
「過分な褒め言葉です」
本当に、褒め過ぎです。
歩いて来て私の前まで来たモニカが、私に一輪の花を差し出した。宮の庭に咲く花だ。
「私達がまだ学生であった頃、ジークは力の無さを嘆いていたのです」
「そうなのですか? いつも堂々となさってるではありませんか?」
ふふ、とモニカが微笑む。
「王太子の意地と言う奴なのでしょう。皆の前では見せませんね。
人の上に立つのだから、何事も秀でていなければならぬと思い込んでいらしたの」
無能だと侮られてしまうから、その気持ちは理解できる。なまじ殿下は努力の結果がすぐ出るから余計にしんどかったのではなかろうか。
「私の父は欠けた方にこそお仕えしたいと申していました。ある程度は能のある方でなければお話にならないのでしょうけれど、完璧でない主を支え、その力となれていると感じられた時、やり甲斐を感じると」
なるほどー。
それでいくと、私の周囲の人達はめっちゃやり甲斐があるのかな……むしろやり甲斐の搾取みたいになってたらどうしよう。
モニカが歩き出したので、私も歩き出す。
屋上の端、落下防止用に設置された美しい装飾の柵の前でモニカは立ち止まった。その横に並んで立つと、宮を取り囲む自然が視界に飛び込んでくる。
森の緑は濃く、深く、湖の周りに花が咲き乱れているのが見える。
風が吹くと花が一斉に同じ方向に揺れ、湖の水面がさざめいて音をさせる。
「前女皇陛下の事、聞き及びました。それからお義兄様の事」
「……そうですか」
「見守るだけの立場は辛いもの。戦う方達が傷付くのではないかと不安になりますもの」
頷く。
「たとえ辛苦からその時は逃げおおせても、必要なものであれば必ず別の形で立ちはだかるのだと言います」
必要な苦難。
「小国の王太子妃如きが何を生意気にと笑われるでしょうが……私には、前女皇陛下──アレクシア様にその時が来たのではないかと思えるのです」
モニカの言葉が深い所に入ってくるのを感じる。
きっと、これはアレクシア様だけでなく、ラトリア様もそうなんだろう。
お義父様の後継など自分には無理だと、こう言ってはなんだけど、弟が望んだのをこれ幸いと逃げた。その結果、逃げられない状況になってしまった。
アレクシア様も全く責任とかを負ってないとは思わないけど、何処かで逃げていたんだろうと思う。
皇位を退いて、幸せになって、その幸せを失いたくなくて大事なものを見失った。
私もあるんじゃないだろうか。って言うか逃げ回ってる自覚しかないんですけど……。
それが今回のゼナオリアの件なのだろうか……。
「先日、ジークの飾りがカーライルに向けて送られました」
海底から見つかった王太子の飾りと言う奴ですね。
ラトリア様の元に送られて、悪玉の鼻先にぶら下げる餌にすると教えてもらった。
「私も、忙しいからと母である事をかまけておりました。ここに来て家族で過ごせた事で、色々と考えさせられましたのよ。
王太子妃なのだから仕方ないと自分に言い訳をしておりましたの。子にとって、私達の替えはないというのに」
風が強く吹く。
葉や花びらが風によって舞い上げられ、飛んで行くのが見える。
今日は、いつもより風が強い。
「教育などは他の者でも出来ますし、心を育てる事も可能です。けれど、親だからこそ優先して子の心にあげられるものがある事を知りました」
いくつになっても親からの愛情を求める人もいると言うし。親子だからこそ、と言うような事はよく聞く。
ロシュフォールとリュリューシュの顔を思い浮かべる。
「決して、王太子、王太子妃としての責務を軽んじている訳ではありませんでしたが、改めて、その責務の重さを痛感しました」
そう言ってモニカは悲しそうに微笑んだ。
王太子妃としての責任。
母としての思い。
限られた時間の中でどちらにも心を配るのは大変な事だろう。
「だからこそ、私はアレクシア様が許せないのです」
突然の強い言葉にびっくりする。
モニカの目を見ると、静かに怒っていた。
「己の幸せだけを望み、愛する夫と子を安易に不幸になるように仕向けてしまった彼女の行いが、どうしても許せずにおります」
下手をすれば全員、口にするのも憚られるような目に遭う可能性もあった。それも先んじて知らされていたのに、アレクシア様は子供のように駄々を捏ねてしまった。
「……彼女の不幸は、愛情を知ってしまった事なのでしょうね」
修道院で生まれ育ち、孤独だった子供時代。
政争に巻き込まれる形で実の血を分けた親族と出会い、初めて愛情を向けられた。
それが孤独だった彼女にとってどれだけのものなのかは想像でしか分からないけど、執着してしまうのも仕方がない気がする。
でも、だからこそ、むしろその所為で子を手放したくなかったのかも知れない。自分と同じ孤独な思いをさせたくなくて。
「……何が正しいのか、分からなくなるのです」
間違えたくてする人なんていないだろうと思う。
わざと失敗しようとする行為そのものも、当人にとっては正解なんだろうから。
アレクシア様にとって、あれが彼女の精一杯の正解。
悲しい事に、それが大切な存在を不幸にしてしまう。
右を見てもかぼちゃ、左を見てもかぼちゃ。
前を見ても当然かぼちゃ。
かぼちゃ、かぼちゃ、かぼちゃ。
かぼちゃ尽くしの収穫祭という名のお食事会さ!
仮装は諦めたさ!
空気がそれ所じゃないし、私もそんな気になれないし!
サラダ三種。
コロッケ。
グラタン。
スープ。
キッシュ。
チーズケーキ。
プリン。
ぜーんぶかぼちゃ入りさ!
自棄になったのでこのメニューをオーダーしました。
ちなみに立食スタイルです。
「そなたはまた、極端な……以前はここまでかぼちゃ尽くしではなかっただろう」
呆れ顔のゼファス様の皿に、近くにあったかぼちゃコロッケをひょいひょいのせる。
知ってますよ、ゼファス様がかぼちゃコロッケ好きな事は。さぁ、食べたまえよ。
ルシアンはお義父様に捕まっている。無表情だけどアレ、大分イラっとしてると思う。
「そなたが何と言おうと、罰は免れない」
それは、アレクシア様の事。
「分かっております」
ひと口サイズのコロッケを口にする。適度な食感。程よい甘さにさっくりした衣。美味し。
もう一つ食べる。
「申し訳ありません、ゼファス様」
私が謝ると思っていなかったんだろう。ゼファス様はちょっと驚いたようだった。
「ゼファス様も、お祖母様も、お義父様も……アレクシア様の事を慮ってあのような配慮をいただいていたのでしょう」
アレクシア様はきっと、自分の幸せを与えてもらったものだと思っていない。今回の事だって奪われると思ってあんな事をしたんだろうと思う。
「為すべき事をなさって下さいませ」
「…………分かってる」
今日は、後でルシアンに甘えよう。
駄目だけどお酒飲んで、うんと甘えるんだ。




