私の望みは貴女と共にある事
ルシアン視点です。
頰を上気させ、俺をじっと見つめるミチルに、思わずため息が出る。
カウチに座る彼女の隣に腰掛け、頰に触れる。
「酒を飲んだの?」
テーブルの上に置かれたグラスに入っているのは酒だろう。大して強くはない酒だが、ほんの少量でも直ぐに酔うミチルには十分な強さだ。
量もさほど飲んではいない。
頷くミチルの額に口付けると、眩しいものでも見るように、目を細める。
近頃は甘える仕草を見せてくれるようになったミチルだが、長い時間はそうしていられない。羞恥で逃げようとするのを俺が強引に甘やかすのがいつもの流れだ。それでもその気持ちが嬉しいし、愛しい。
そんな彼女が、甘える為だけに酒を口にしたのは、二度目。
きっと、何も考えたくないのだろう。
兄の事、カーライルの事と、ただでさえ気鬱にさせていると言うのに、アレクシア様の独り善がりの行動は、必要以上にミチルの心にのしかかった。
ゼナオリアの真の要求がミチルにあるからだ。
不愉快極まりない。
あの時、滅ぼすだけの力がマグダレナになかった事が悔やまれる。
「大丈夫」
瞼に、頰に、口付ける。
滑らかな柔肌に、何度も口付けを落とす。
安心させるように。俺の想いが届くように。
不安を隠しきれない瞳が俺を見る。
髪に口付けると、ミチルは身体を預けてくる。
普段なら嬉しく思うのに、彼女の心情を思うと素直に喜べない。
このままぐずぐずに甘やかして、溶かしてしまえば良いと思うのに、父の言葉が思い出されて、そうせずにいた。
『甘やかすだけが愛だと思っているなら、そなたのそれは愛ではないよ』
自分の想いを紛い物と言われたようで不快だった。
不機嫌なままに見返すと、楽しそうに微笑み、父は言った。
『己が想いを真実と証明したいのなら、守り切らないとね』
言われるまでもなく。
そんな事は嫌と言うほどに身に染みている。
「カーライルの兄と連絡を取りました」
俺の言葉にミチルの身体に力が入るのが分かる。
そっと背中を撫でる。
「色々な事が起きて混乱しているでしょうが、一つずつ片付けますから、安心して」
身体を俺に預けたまま、ミチルが頷く。
「お義兄様は……ロシェル様は……どうなるのですか?」
「アルトの後継者になる筈だった者が、そんな簡単にどうにかなる筈がありません。
もっとも、失敗したなら私が引導を渡します」
俺の身体を少し押すようにして離れると、「またそんな事をおっしゃって」と笑いながら言うので、笑い返す。
彼女の顔から笑顔が消える。
「……冗談、ですよね?」
髪を撫でる。
「ミチル、アルトは貴女が思う以上に厳格な家門です。
そうまでして守ってきた家であり、国でした」
アルトは変革の時を迎えた。
ラルナダルトの名を継ぎ、娘はディンブーラ皇国の女皇になると決まっている。
同じではいられない。
「リュリューシュは女皇となり、その血筋はいずれ帝国とも婚姻を結ぶでしょう。そうしてこの大陸を守っていく。
ロシュフォールもアルトとして、ラルナダルトとして、支えていく立場となります」
ミチルの目が俺を見つめる。
「アル・ショテルやゼナオリアと渡り合うだけの力が必要になる」
その為にも兄には成功してもらわねばならない。ここまでお膳立てして失敗するなら、あの人もそれまで。
兄に守る者がいるように、俺にもいる。
「私はアルトの次期宗主として、ラルナダルトの名を継いだ貴女を守る為に、必要があれば兄に見切りをつけます」
全てはミチル。
貴女を守りたいが為に。
俺はアルトの宗主として相応しい力を見せねばならないし、持たねばならない。
泣きそうな顔をするミチルを掻き抱く。強く抱き締める。
そんな顔をしないで。
悲しませたくはない。
「ルシアンは、辛くないのですか?」
「辛くありません。貴女を失う事だけが怖い」
俺の夜着を掴んで彼女が言う。
「…………ゼナオリアが、オーリー神ではなく、マグダレナ様を崇拝するようになるのは、問題があるのですか?」
「ミチルがいないのなら、勝手にさせておくでしょうね」
「私……?」
「……女神を呼び出せる貴女がいるんです。名実共に女神の加護を受けたいと望むでしょう。そうなればイリダも同様な願望を抱く可能性がある」
そうですね、と小さく彼女は呟く。
「けれど、その望みが叶うかは分からない。
この大陸に長く生きるオーリーとイリダの血を引く民達はその加護を受けなかったんですから」
女神は慈悲深い。
己が作りし民には。
民に他の民の血が混じったならばその加護は失われ、気まぐれに加護を持った者が生まれても、その子に引き継がれるとは限らない。
残酷なまでに、己が民にしか慈愛を示さない。
神と人は理が違うと父は言った。
「人は勝手な生き物です。己に都合良く解釈する。
女神の愛し子を通して女神に願い乞うたのに叶わなかった際に予想される反応は、酷いものでしょう。
愛し子と言うのも嘘なのではないか、女神の慈愛を自分達だけが独占したいのではないか──……」
ミチルの眉間に皺が寄る。それを指で撫でると、俺の指を彼女が掴んだ。
想像がついたのだろう。僅かに俯く。
「マグダレナはマグダレナとして、オーリーはオーリーとして、イリダもそうです。
どの民が優れているなどと言う下らないものに振り回される事なく、己の身の丈にあった幸福を望み、努力すべきです」
ミチルの表情の強張りが解けていく。
「その為にもギルドを配したのです。ミチルの協力を得て作る予定の職業訓練所もその為。
国は何かと柵を持つものです。そうではない別の力でならそれが可能になるでしょう。
監視の意味合いも勿論ありますが。
ですから、安心して下さい」
そう言うと、ミチルはやっと微笑んだ。
額に口付けを落とすと、ミチルは目を閉じる。
唇を重ねる。
重ねては離して、また重ねて。
潤んだ瞳を向けるミチルに微笑む。
「愛しています、ミチル。
私の望みは貴女と共にある事です」
微笑むミチルを抱き締める。
全てを俺だけのものにしたい。
こうしていてさえ俺だけのものに出来ないと言うのに。
この上オーリーやイリダにまで邪魔をさせるつもりはない。
ミチルに手を出すなど許さない。
何人も、許しはしない。




