乱暴
扉の開く音にイリスははっと顔を上げた。シリウスが帰ってきたのだ。イリスは無理矢理笑顔を浮かべてシリウスを出迎えた。
「お帰りなさい。シリウス様。」
「イリス…。」
シリウスがイリスに近づいた。イリスは身を強張らせた。何となく、今はシリウスに近づきたくなかった。
「…あ、お茶でも淹れましょうか?少々お待ちください。今、準備しますから…、」
イリスは慌てて茶葉をとろうと棚に向かおうとした。が、そんなイリスの手をシリウスが掴んだ。
「イリス。…さっきの事だがあれは…、」
「だ、大丈夫です。ミハイル様からお聞きしました。分かっています。私…、ちゃんと自分の立場は分かっていますから。」
「ミハイル?…何を聞いたんだ。」
「お、お二人がそういう関係になるのは自然な事ですよね。その…、お似合いだと思います。とても…、」
「待て。イリス。お前、何か勘違いを…、」
「わ、分かってます!私…、私はただのシリウス様の所有物に過ぎないのだということは。私を気にかけて下さるのは…、契約があるからということも…。ちゃんと分かっています!だから、だから…、」
イリスはギュッと自分の服の裾を掴んだ。そして、懇願するようにシリウスを見上げた。
「これまで通り…、傍に置いてください。お願いします…。船長に私を差し出したりしないで下さい。」
シリウスは目を瞠った。やがて、スッと目を細めると、怒りを孕んだ声で言った。
「…何だと?」
「シリウス様が船長を大切に想っていらっしゃっているのは知っています。船長の命令に逆らわないことも。でも、それでも…、嫌なんです。私…、あんな形で殺されたくない!死にたくないんです!」
イリスは叫んだ。脳裏に浮かぶのはあの時、拷問で殺された哀れな女性と捕虜として嬲り殺された男。イリスもあれと同じ目に遭わされるのかと思うと恐ろしく堪らなかった。
「お前は俺が船長に命じられればそのまま素直に差し出すと本気で思っているのか?」
「それは、だって…、船長はシリウス様の恋人なのですし…。」
イリスはシリウスの顔を見れなかった。だから、シリウスがどんな顔でイリスを見ていたか気づかなかった。
「私は確かにシリウス様にとって替えのきく存在かもしれません。でも、私は…、」
イリスは俯いた。
「私は…、船長の代わりにはなれないんです…。確かに立場上、船長に逆らえないのも分かりますけどだからといって、こんなやり方は間違っていると思うんです…。」
「…代わり、だと?」
「ずっと変だと思っていたんです。あの時は助かりたい一心で私はシリウス様の要求を呑みました。でも、よく考えたら普通はここまでしないと思うんです。私を生かして捕まえたのも本当は…、船長への意趣返しだったのではないですか?船長には従順で逆らえないから…、だから、その溜まった鬱憤を私で…、晴らそうとしたのではなかったのですか?」
「…。」
「わ、私は…、シリウス様の事をよく知りません。だから、あなたの事情も知らないし、何を考えているのかも分かりません。でも、私は…!」
「ハッ…、」
急に乾いた笑い声がした。驚いて見上げると、彼は額に手を当てておかしそうに笑っていた。けれど、いつもと様子がおかしい。イリスはそう感じた。出会った頃は無表情で笑顔などほとんど見せたことがなかったが最近では笑う顔も見せるようになった。でも、あの時の笑顔と違う。満面の笑顔とはいえないが笑うと、柔らかい表情を浮かべてくれるのだ。なのに、今は…、笑っているのにその目は笑っていない。暗い愉悦を含んだ笑みだった。やがて、シリウスはイリスを見下ろした。
「シリウス…、様?」
「言いたいことはそれだけか?」
「あ、あの…、私…、」
「…そうだな。俺は海賊だ。冷酷非道で卑怯で下劣な腐った男だ。平気で人を騙すし、嘘も吐く。利用できる者は利用するし、役に立たなければ捨てる。そういう男だ。…まさか、忘れたのか?イリス。俺と出会った頃の事を。あの時で俺がどんな男なのかは身に沁みて理解している筈だ。」
怒っている。イリスはシリウスの表情からそう理解した。やはり、失言だっただろうか。でも、どうしても言わずにはいられなかった。私は道具でも物でもない。誰かの代用品でもない。それを彼に分かって欲しかった。それとも、それが悪かったのだろうか。
「船長の代わり…?替えのきく存在?自分の立場をよく分かっているな。…忌々しい位に。」
怖い。シリウスの目は冷然としていて、底知れない闇のようだった。イリスは思わずその場を逃げ出そうとしたがシリウスはイリスの腕をガッと掴んだ。
「ッい…!?」
「どこへ行くつもりだ?まだ話は終わっていないぞ。」
「し、シリウス様…。い、痛い…!手を放して下さい…!」
まるで腕が折れそうな位に腕を強く掴まれ、イリスは懇願するがシリウスは放すどころか更に腕の力を強めた。ギリリ、と腕が軋むような音がする。
「あ…!いッ…!」
「お前のそんな表情は久し振りに見るな。そういえば、初めて会った頃はそんな風に恐怖と苦痛に歪んだ表情を浮かべていたな。…悪くない。」
シリウスの冷たい笑みにイリスは涙を溢れさせた。痛い。怖い。混乱するイリスに構わずシリウスはそのままイリスの身体を突き飛ばした。
「きゃ!?」
背後にベッドがあり、イリスはそのままベッドに押し倒される。見上げればシリウスの怒りを孕んだ目がイリスを見下ろしていた。いつの間にか両手を押さえつけられ、覆いかぶさっているせいで足も動かせられない。
「シリ、んう!?」
気が付けば目の前にシリウスの顔があった。そして、唇に感じる柔らかい感触…。シリウスに口づけをされていた。慌てて、ジタバタと手足を動かして抵抗しようとするがシリウスに腕や足を押さえつけられ、顎を掴まれて固定され、彼にされるがままだ。それどころか、始めは唇を重ねるだけだったのに次第にそれは深く濃厚な口づけへと変わっていく。激しく、貪るような口づけにイリスは息ができない。舌を絡めとられ、そのまま口腔内を犯される。零れ落ちた唾液が口の端から伝っていく。やがて、くたりと身体の力が抜けたイリス。はあはあ、と肩で息をするイリスをシリウスは見下ろした。ぺろりと赤い舌で唇を舐めとる姿が扇情的でイリスはこんな状況なのにぞくりとした。
「キスだけでこの有様か…?先が思いやられるな。」
「シリ、ウス様…。ど、どうして…、」
「どうして?お前が望んだことだろう。」
「…わ、わたしが?そんな事…!」
「ああ。そうか。鈍いお前にはそう言っても、分からないだろうな。」
シリウスは嘲笑うようにイリスの頬に指を這わせる。
「…お前はいつもそうだ。無意識に男を煽り、誑かす。ある意味、船長よりも性質が悪い女だな。」
そのまま、イリスの口に指を突っ込んだ。イリスは苦痛に顔を歪めた。シリウスの細い指がイリスの口の中を無遠慮に掻き回す。喉の奥にまで指を入れられ、イリスは生理的に涙が浮かんだ。
「…そこまで言うのなら…、望み通り船長の代わりにしてやる。」
そのままシリウスはイリスの両腕を縄で拘束した。ギリ、と強い位に縄で縛られる。
「いっ…!や…、シリウス様…!」
シリウスはイリスの言葉を無視して、服の隙間から手を差し込み、胸を鷲掴みにした。
「やあ…!」
首筋に顔を埋められる。唇を這わせられ、強く吸い付かれる。次いでチクリ、とした痛みが走った。
「やめて…!やめて…!シリウス様…!」
泣き叫んでもシリウスは手を止めない。ばかりか、イリスの太腿にまで手を這わせた。ビクン、と身体を震わせる。
「いやー!」
今までにない程に泣き叫ぶイリスの声にシリウスが手を止めた。ハッとしたように目を見開き、イリスを見下ろした。両腕を拘束されたイリスは泣き顔を隠すこともできずにヒック、ヒックと嗚咽を漏らして泣いていた。
「もう…、もう…、やめて。お願い。」
シリウスは愕然とした表情をしていたがやがて、イリスの声に我に返ったように
「イリス…。」
頬に触れようとするがイリスはびくり、と大きく身体をびくつかせた。その反応にシリウスはピタリと手を止めた。カタカタと身体を震わせるイリスにシリウスは触れずにその手を下ろした。やがて、彼はそっとイリスの両腕を拘束した縄を解いた。
「…悪かった…。もう二度としない。だから…、そんなに泣くな。」
そして、ふわりと毛布が被せられる。イリスがシリウスを見上げると、彼はどこか傷ついたような顔をしていた。
―どうして…、そんな顔を?傷つけられたのは私なのに…、どうして、シリウス様がそんな表情を…、
イリスが疑問に思う間もなく、彼は背を向けてその場を立ち去った。あ…、と呼び止める間もなく、シリウスはそのまま部屋を出て行ってしまった。そのまま彼は部屋に戻ってこなかった。




