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【暴食の章】世界蛇の影

 飛空艇の内部には、相変わらず機械的なアナウンスが鳴り続けていた。


『高エネルギー反応、減衰傾向』

『シャイニングレイ再発射までの推定時間、延長』


 数字が更新されるたび、状況が少しずつ変化しているのが分かる。


 灰崎は投射水晶に映る戦場を見下ろしていた。


 広場はすでに原形を留めていない。


 石畳は溶け、建物は半壊し、瓦礫の山が至る所に積み上がっている。


 つい数時間前まで、祭りの装飾が風に揺れていた場所。


 音楽と笑い声が響いていた場所。


 それが今では、焦土のような光景へと変わっていた。


 だが、その中心にはまだ一人の男が立っている。


 暴食帝ベルフェゴール。


 無尽弓グラトニアスを構えたその姿を、灰崎はじっと見つめた。


 そして気づく。


「……小さくなっている」


 ぽつりと呟く。


 最初に見た時より、明らかに体格が縮んでいる。


 巨躯だったはずの体が、少しずつ削れている。


 それは錯覚ではない。


 シャイニングレイの代償。


 常人の一か月分の生命エネルギーを一射で消費する技。


 それを連続で放ち続けているのだ。


 ベルフェゴールは確実に消耗している。


 投射水晶の隅に表示された数値も、それを裏付けていた。


『次射予測時間、延長』


 さっきまでは数十秒だった。


 今は数分。


 再発射の間隔が、どんどん長くなっている。


 つまり――


 削れている。


 確実に。


 持久戦は成立している。


 クロノスの狙い通り。


 ウェンディゴで戦場を混乱させ、対軍技を引き出し、エネルギーを吐き出させる。


 そして、消耗させる。


 理屈は完璧だった。


 灰崎は拳を握る。


 勝てる。


 確実に勝利へ近づいている。


 一歩。


 また一歩。


 帝王を追い詰めている。


 それなのに。


 胸の奥にある言い知れぬ不安が、消えない。


 むしろ強くなっている気がした。


 その時だった。


 投射水晶の映像が揺れる。


 ベルフェゴールの周囲の空気が歪んだ。


 魔力の渦。


 次の瞬間。


 黒い影が飛び出した。


 蛇。


 いや、蛇の幻影。


 巨大な頭部が空へ向かって伸び上がる。


「……何だ、あれは」


 灰崎の声が漏れる。


 幻影は地面を這うように広がり、周囲の建物を呑み込んでいく。


 崩れた塔。


 瓦礫の山。


 そのすべてを飲み込みながら、どんどん大きくなる。


 まるで街そのものを餌にしているかのようだった。


 蛇の体は広場を覆い、街路を横断し、建物の屋根を越えて伸びていく。


 影が帝都を覆う。


「なんだあれは……!」


 灰崎は思わず叫んだ。


 あんなもの、見たことがない。


 戦場の規模を完全に逸脱している。


 嫌な予感が背筋を走る。


「……あれも計画のうちなのか?」


 振り返る。


 クロノスを見る。


 だが。


 その顔を見た瞬間、灰崎は言葉を失った。


 クロノスの額に、汗が浮かんでいる。


 冷や汗。


 いつも冷静な男が、明らかに動揺していた。


 小さく、呟く。


「……想定外だ」


 低い声。


 灰崎の背筋が冷える。


「何なんだ、あれは」


 問い詰める。


 クロノスは投射水晶を見つめたまま答える。


「あれは――ヨルムンガンド」


 その名前を聞いた瞬間、灰崎の脳裏に古い伝承がよぎった。


 世界蛇。


 ひとたび現れれば、世界を飲み込むとされる伝説の存在。


 神話の怪物。


 クロノスが続ける。


「ベルフェゴールは過去に一度だけ使っている」


 淡々とした声。


「その時は、巨大な山を一つ飲み込んだと言われている」


 灰崎は投射水晶を見下ろす。


 蛇の幻影はまだ広がり続けている。


 建物を飲み込み、瓦礫を呑み込み、影が帝都を侵食していく。


 山を一つ。


 そんなものを飲み込んだ存在。


 それが、今。


 食都のど真ん中で現れている。


「……おかしい」


 クロノスが呟いた。


 珍しく、思考を声に出す。


「こんな場所で使えば……帝都は終わる」


 復旧不能。


 街の構造そのものが消える。


 それは戦術ではない。


 自爆に近い。


 灰崎の喉が乾く。


「まさか……」


 胸の奥の不安が、形を持ち始める。


「暴走なのか?」


 その言葉が、飛空艇の静かな空間に重く落ちた。

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