【暴食の章】剣の壁
背後で魔力の奔流が膨れ上がる。
振り返らない。
振り返る必要もない。
あの魔力の質は見間違えようがない。
(成功したな……灰崎)
口元が僅かに吊り上がる。
あいつはそういう奴だ。無茶をすると決めたら最後までやり切る。限界だろうが命を削ろうが、結果だけは必ず掴み取る。
だからこそ、俺は目の前に集中できる。
「……やるじゃないか、魂術師」
小さく呟く。
友人であり、ライバル。
常に意識してきた相手。
その灰崎が一つ壁を越えたのなら、次は俺の番だ。
視線を戻す。
対峙するのはヴァルド。
帝都最強の剣士。
剣を持ち、ただ立っている。
構えすら自然体。
だが、その静けさが異様だった。
隙がない。
一歩踏み込めば斬られる。そんな確信だけがある。
「来ないのか、サミエム」
低い声。
挑発ですらない。ただの確認。
舌打ちを飲み込む。
(化け物め)
脳裏に兄の姿が浮かぶ。
アレクシエル・レイサム。
誰よりも努力し、誰よりも剣を振った男。
そして、同じサミエムの名を持ちながら、俺よりも遥か先を歩いていた兄。
その兄でさえ追いつけなかった相手。
それが目の前にいる。
地を蹴る。
先手は譲らない。
一閃。
――弾かれる。
速い。
いや、違う。
読まれている。
返しの一太刀が迫る。辛うじて受けるが、衝撃が腕を痺れさせる。
(重い……!)
力任せじゃない。完璧な体重移動と剣筋。無駄がない。
距離を取る。
呼吸を整える。
額から汗が落ちる。
「どうした。サミエム家の剣はその程度か」
感情は揺れていない。
侮りでも怒りでもない。
ただの評価。
歯を食いしばる。
(泣き言言ってられる状況かよ)
灰崎は成功させた。
あいつは前に進んだ。
なら俺も進むだけだ。
兄が届かなかった壁?
だからどうした。
超える。
兄を。
家を。
そして、この男を。
剣に魔力を流す。
雷。
青白い光が刀身を走る。空気が焦げる匂い。
ツバメ返し。
一の太刀を囮に、同軌道を二度斬る必殺。
踏み込み。
振る。
弾かれる前提で、返す。
雷光が炸裂する。
視界が白に染まった。
(入った――!)
確信。
だが。
光が晴れた先。
ヴァルドは立っていた。
微動だにせず。
無傷。
「……悪くない」
静かな声。
胸の奥が冷える。
今のは渾身だった。
現時点での全てを叩き込んだ。
それが――届かない。
腕が震える。
だが、剣は落とさない。
(まだだ)
膝は折れない。
灰崎は前に進んだ。
なら俺も進む。
友人だからじゃない。
ライバルだからだ。
あいつにだけ先に行かせるわけにはいかない。
たとえ今は。
ヴァルドに、ノーダメージだったとしても。




