【暴食の章】混戦の第二幕 ― 雷鳴と鉄の号令 ―
歓声が、空を裂いていた。
帝都広場を埋め尽くす民衆は、演台の上に立つ皇帝――
**ベルフェゴール**へと、熱狂の視線を一身に注いでいる。
旗が振られ、紙吹雪が舞い、祝祭の音楽が鳴り響く。
誰一人として、空を見上げていなかった。
巨大な影が、雲の裏を滑る。
鉄と骨と魔導回路で組み上げられた忌まわしき兵器――機獣。
だが、その異様さに最初に気付いたのは、民衆でも騎士でもない。
皮肉にも、襲撃対象その人だった。
ベルフェゴールの視線が、わずかに上へと向く。
演説の流れを崩さぬまま、指先だけが動いた。
「……来たか」
低い呟き。
次の瞬間、彼の背後に魔法陣が展開される。
重厚な光が地面に刻まれ、空間が歪む。
そこから這い出るのは、巨大な影。
筋肉の塊。
鈍色の牙。
戦場を蹂躙するために生まれた怪物。
オークロード。
一体、二体、三体――
眷属が次々と召喚される。
ざわめきが、まだ歓声の中に溶けている。
「騎士団に伝達。戦闘準備」
ベルフェゴールは振り返らない。
だが、その声は近衛騎士たちに鋭く届く。
「民衆を下げろ。陣形を展開しろ」
しかし。
今日は祭りだ。
騎士団の多くは非番。
鎧も剣も、今は城にある。
広場にいるのは儀礼用の軽装のみ。
そのわずかな空白を、機獣は見逃さない。
空が裂ける。
轟音と共に、巨体が落下する。
石畳が砕け、衝撃波が群衆を吹き飛ばす。
悲鳴が、ようやく祝祭を切り裂いた。
「な、なんだ――」
「逃げろ!」
混乱は瞬時に広がる。
押し合い、転び、踏みつけ合う。
機獣は無差別だった。
鋼の脚が振り下ろされ、民衆が弾け飛ぶ。
魔力砲が唸り、建物の壁が崩壊する。
血と砂煙が舞う。
地獄絵図。
その混乱に紛れ、一つの影が疾走する。
サミエム。
群衆の波を縫うように、一直線に演台へと駆ける。
(今だ)
帝王は護衛を指示したばかり。
陣形は未完成。
視線は機獣へ向いている。
無防備に近い。
踏み込み。
剣が閃く。
「――つばめ返し」
一度目の斬撃。
ほぼ同時に、逆方向からもう一閃。
時間差を殺した二重斬撃。
さらに。
「雷装・重ね掛け」
剣身に走る紫電。
エンチャントが最大出力で発動する。
雷鳴が轟く。
空気が焦げる。
この一撃が決まれば、戦況は一気に傾く。
皇帝を失えば、帝都は瓦解する。
刹那。
視界の端に、影が割り込んだ。
鋼の衝突音。
雷を纏った刃が、巨大な剣に受け止められる。
衝撃波が四方へ爆ぜる。
「……間に合ったか」
低く、重い声。
立っていたのは、騎士団長。
ヴァルド。
重厚な鎧に身を包み、儀礼用とは思えぬ大剣を握る。
雷撃を真正面から受け止め、足を一歩も引いていない。
「皇帝陛下に刃を向けるとは」
次の瞬間。
大剣が振り抜かれる。
衝撃。
サミエムの身体が宙を舞う。
石畳を転がり、瓦礫に叩きつけられる。
肺の空気が強制的に吐き出される。
(……重い)
単純な力。
だが、鍛え上げられた騎士の極致。
ヴァルドは振り返らない。
「第一小隊、皇帝護衛!」
「第二小隊、機獣を足止め!」
「非番の者は民衆を退避させろ! 装備を取りに戻れ!」
怒号が飛ぶ。
統制が戻る。
騎士たちの目が変わる。
祝祭の空気は、完全に戦場へと塗り替えられた。
機獣が咆哮する。
オークロードが吼える。
剣と魔法が交錯する。
瓦礫の向こうで、サミエムが立ち上がる。
口元の血を拭い、笑った。
「……いいね」
皇帝は無傷。
騎士団長も健在。
混乱は広がり、民衆は逃げ惑う。
完璧ではない。
だが、最悪でもない。
それでも。
混戦は、これからだ。
空では機獣が旋回し、
地上では騎士と怪物が激突する。
帝都の中心で、第二幕が上がる。
祝祭は終わった。
ここからは――戦争だ。




