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【暴食の章】未来に囚われた者

崩れた空間の残滓が、まだ空気を震わせている。


膝をついたリオネルの前に、クロノスはゆっくりと歩み寄った。


一歩ごとに、靴底が血を踏む。


止まった時間の中で流れた血は、奇妙な静けさをまとっている。


魔導士の素養は代えられない。


生まれ持った魔力量、演算速度、適性属性。

それは確かに才能だ。


だが。


「だからこそ、基礎を伸ばす」


独り言のように、呟く。


「盤石な土台がなければ、どれだけ高い塔も崩れる」


師匠が最初に教えた言葉だ。


まだ幼かった頃。

三人で並んで基礎魔法を反復していたあの日。


何百回と魔弾を撃たされ、何百回と防御を張らされた。


派手な魔法を教えてくれとせがんだリオネルに、師匠は笑って言った。


――焦るな。塔は地面からしか建たない。


クロノスの視界が滲む。


「お前は、一番才能があった」


リオネルの肩が僅かに震える。


「だからこそ、土台が必要だった」


才能は、積み上げを怠らせる。


成功体験は、慢心を生む。


「お前は昔から聞かん坊だったからな」


懐かしむように、微笑う。


頬を伝うものがあると気づいたのは、その後だった。


温かい雫が顎から落ちる。


リオネルが、目を見開いた。


「……泣いているのか?」


驚きと、理解できないものを見る目。


「俺たちのことなんて……眼中になかったのではないのか」


かすれた声。


「クラウソラスが死んだ時も、お前は……」


言葉が続かない。


クロノスは、静かに首を振った。


「誰よりも、失うことを恐れたのは俺だ」


それは事実だった。


未来視を持つがゆえに。


何通りもの“失う未来”を見てしまった。


誰かが死ぬ未来。

国が崩れる未来。

守れない未来。


「だから……」


リオネルの目が揺れる。


「じゃあ何故、国を滅ぼそうとする!」


怒りとも悲鳴ともつかない叫び。


時間が止まった世界に、声だけが震える。


クロノスは答える。


「守るためだ」


「……何を」


「新しい世界を作る」


迷いはない。


「そのために、力が必要だった」


力。


リオネルの目が鋭くなる。


「力? 権力のことか?」


血を吐きながらも睨み上げる。


「国の最高幹部以上……王にでもなるつもりか」


少しだけ、クロノスは笑った。


「それも悪くない」


だが、首を振る。


「もっとシンプルな力だ」


怪訝な表情。


理解が追いつかないという顔。


クロノスは静かに続ける。


「俺は未来に囚われた」


未来視。

見えてしまう可能性。


避けるために、先回りし、削り、排除する。


「お前は、この場所に囚われた」


師匠との思い出。

この国で過ごした日々。

守れなかった過去。


どちらも、囚われている。


だが方向が違った。


クロノスは未来へ逃げ、

リオネルは過去へ縋った。


「……それでも」


リオネルが息を荒げる。


「お前は、越えてはならない一線を越えた」


機獣。

魂縛石。

そして今日の奇襲。


クロノスは肯定も否定もしない。


ただ、右手をかざした。


初級魔法。


魔弾。


基礎の結晶。


「……さらばだ」


短い言葉。


魔弾が放たれる。


至近距離。


回避も、防御も、ない。


閃光。


音はない。


止まった時間の中、すべては無音で終わる。


リオネルの身体が崩れ落ちる。


クロノスはしばらく立ち尽くしていた。


やがて、視線を逸らし、路地裏へと歩く。


誰にも見られぬ場所。


壁に手をつく。


深く、息を吐く。


そして。


時間停止を、解いた。


轟音が戻る。


演説の声。

群衆のざわめき。

地響き。


世界が一気に動き出す。


「……さて」


かすれた声。


「さっさと回復しなくては」


血が、止まらない。


時空魔法と負傷の反動。


身体が軋む。


一歩踏み出した瞬間。


膝が崩れた。


視界が傾く。


石畳に倒れ込む。


空が遠い。


「……まだ、終わっていない」


掠れた呟き。


意識が闇に沈む直前。


祭りの歓声が、やけに遠く響いていた。

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