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【暴食の章】基礎という刃

最終ラウンド。


言葉と同時に、世界が裂けた。


停止していた時間が一斉に奔流へと変わる。

抑え込まれていた重力、音、振動、魔力。

すべてが解放され、演台周辺の空間は歪みきった戦場へと変貌する。


最初に動いたのはリオネルだった。


空間が折れる。


直線距離など意味を失い、彼の姿は一瞬でクロノスの背後へと滑り込む。

圧縮された空間が刃となり、横薙ぎに振るわれた。


遅い。


だが、それは一般的な魔導士基準の話だ。


クロノスの視界では、その一撃はわずかに“引き伸ばされて”見えていた。


ディレイ。


自分に向けられた攻撃魔法、その到達時間を僅かに遅らせる。

完全停止ではない。

ほんのコンマ数秒。

だが、致命的な差だ。


同時に展開される初級防御魔法。

透明な障壁が形成され、圧縮空間を受け止める。


轟音。


障壁は粉砕される。

余波が肩を抉る。

血が飛ぶ。


それでも、致命傷ではない。


「……まだ立つか!」


リオネルが唸る。


次は攻撃魔法の転移。

遠方に放たれた炎弾が、空間転移によって至近距離に再配置される。


回避は不可能。

ならば。


クロノスは、魔弾を放った。


初級魔法。

魔力を圧縮して撃ち出すだけの、最も基礎的な攻撃。


それが炎弾と正面衝突し、相殺する。


爆炎が広がる。

視界が白に染まる。


だが、そこでもう一発。


魔弾。


さらにもう一発。


魔弾。


弾丸の嵐のように、ただひたすら放たれる基礎魔法。


「……ふざけるな!」


リオネルが叫ぶ。


「なぜそれしか使わない!」


空間がねじれ、魔弾は別方向へ弾かれる。

だが、止まらない。


魔弾。

防御。

魔弾。

防御。


血を流しながら、クロノスは同じ術式を繰り返す。


時魔術も、空間大規模干渉も使わない。


ただの、魔導士の基礎。


「基礎しか使わないのは何故だ!」


空間圧縮が直撃し、クロノスの肋骨が軋む。

膝が揺れる。


それでも。


口元が、笑っている。


「……時期に分かる」


不敵な声。


戦況は明らかにリオネル優勢だ。


クロノスは削られ、押し込まれ、血を流している。

一方リオネルは攻勢を保ち、圧力を強め続けている。


なのに。


余裕があるのは、追い込まれている側だった。


焦れているのは、攻め込んでいる側だった。


異様だった。


観客がいれば、間違いなく錯覚するだろう。

優勢なのはクロノスだと。


だが実際は違う。


クロノスは防戦一方だ。


それでも、時間だけが異様に長く感じられる。


一瞬の攻防が、何分にも感じられる。


魔弾が飛ぶたび。

防御が砕けるたび。

血が落ちるたび。


体感時間は伸びていく。


やがて、リオネルの動きに僅かな乱れが生じる。


魔力の波が、わずかに鈍る。


「……?」


クロノスは、魔弾を撃ち続けながら観察していた。


空間転移の精度が落ちている。

圧縮の密度が甘い。


「何を……」


リオネルが息を荒げる。


そこで、ようやく気づく。


魔弾は、すべて同じ軌道ではなかった。


微妙に、角度が違う。

着弾点が違う。

爆発位置が違う。


空間に、歪みが蓄積している。


「まさか……」


クロノスが、初めて一歩踏み込む。


「時魔術は基本的に」


静かな声。


「局所的干渉だ」


世界全体を止めるのは高位術。

だが戦闘で多用するのは、微細な遅延と加速。


「お前は空間を折り、圧縮し、転移させる」


魔弾が、再び放たれる。


「だが、その処理には時間がかかる」


ほんの僅かでも。


「その“処理時間”に、ディレイを重ねた」


リオネルの瞳が見開かれる。


「……蓄積型、か」


「そうだ」


魔弾はただの攻撃ではなかった。


空間演算の負荷を、微細な時間遅延で積み上げるための“釘”だった。


基礎魔法だからこそ、軽い。

軽いからこそ、何百発も撃てる。


そのすべてに、僅かな時干渉を重ねていた。


結果。


空間魔法の演算は、限界を超える。


パキリ、と。


音が鳴った。


目に見えない何かが、割れる。


リオネルの足元の空間が崩壊し、圧縮が暴発する。


血が舞う。


クロノスは最後の魔弾を、至近距離から放った。


直撃。


爆煙。


静寂。


膝をつくのは、リオネルだった。


呼吸が荒い。

だが、まだ意識はある。


クロノスは、ふらつきながらも立っている。


追い込まれていたはずの側が、最後まで冷静だった。


「……基礎を侮るな」


小さく呟く。


「魔導士は、積み上げで死ぬ」


勝敗は、決した。


だが。


その静寂の奥で。


別の気配が、ゆっくりと動き出していた。

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