【暴食の章】祭りの止まる刻
熱狂は、音としてはっきり分かれた。
歓声が頂点に達したあと、ふっと息を吐くように弱まり、ざわめきへと変わる。
期待と不安が混じった、均一ではない音。
今か、今かと、誰もが“次”を待っている。
それを聞きながら、演台を見上げる。
地響き。
最初は錯覚かと思うほど微細な振動だった。
だが、二度、三度と続くたび、地面を伝ってくる波が確実に強まっていく。
ざわめきが膨らむ。
笑いが引きつり、叫びが疑問へと変わる。
そして――
山が、立った。
比喩ではない。
演台の向こう、巨体が姿を現した瞬間、視界の半分が塞がれた。
肉の塊。脂肪の層。常人の尺度では測れない質量。
暴食帝ベルフェゴール。
神器を持たずとも、魔力を解放せずとも、そこに「存在している」だけで圧迫感を放つ。
帝王とは、そういう生き物だ。
ベルフェゴールが口を開く。
低く、腹の底から響く声。
演説が始まる――その瞬間を、待っていた。
(――今だ)
思考と同時に、魔力を解放する。
時間停止。
世界が、凍りつく。
音が消え、風が止まり、歓声も恐怖も、すべてが一枚の絵になる。
止めたのは一瞬。だが、その一瞬で十分だった。
転移。
事前に刻んでいた座標へ、機獣たちを一斉に送り込む。
鋼鉄と魔力で構成された、疑似生命体。
魂縛には及ばないが、力だけを見れば帝王の注意を引くには足りる。
叩く。
一気に。
迷いなく。
――そのはずだった。
違和感。
時間を止めた世界の中で、それは異様なほど明確だった。
予定調和のはずの光景に、ひとつだけ“抜け”がある。
(……?)
即座に未来視を発動する。
停止された未来の断片が、視界に流れ込む。
数秒先。
数手先。
そこで見えたものに、思考が一瞬、硬直した。
破壊されている。
機獣の群れの中心で、
ベヒーモス――否、ベヒーモスを模した機獣が、完全に粉砕されていた。
(馬鹿な)
ありえない。
時間は止まっている。
こちら以外、誰も動けないはずだ。
未来視が示す映像が、書き換えられている。
反射的に防御魔法を展開する。
多層、即時、重ねがけ。
その瞬間だった。
空間が、歪んだ。
演台付近の空気が、紙をねじるように折れ曲がる。
座標がずれ、次元が噛み合わない感覚。
見覚えがありすぎる魔法陣。
(……空間転移?)
しかも、この精度。
知っている。
いや、知らないはずがない。
歪みの中心から、影が現れる。
時間が止まった世界の中を、何事もないかのように歩いてくる人物。
服装。魔力の癖。術式の組み方。
リオネル。
三賢者の一角。
空間魔導師。
「……なるほど」
声は出ない。
時間停止中では、音は意味を持たない。
だが、理解はした。
(こいつも……“外”か)
停止された時の中で、視線が交わる。
驚きは、向こうにもあった。
だが、それは一瞬で消え、静かな観測の目に変わる。
互いに、状況を測っている。
時間は止まったまま。
だが、戦闘は始まっていた。
魔法ではない。
剣でもない。
これは――
制度の内側で行われる、殺し合いだ。
クロノスは、次の手を考え始めていた。
時間を、いつ解くか。
誰が、どこまで想定外か。
そして何より。
(……灰崎、無事でいろ)
その願いだけが、停止した世界の中で、奇妙に浮いていた。




