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【暴食の章】祝祭は、胃の底で軋む

祭り当日の食都一番街は、狂気じみた熱を帯びていた。


朝から火が入れられた鉄板の匂い。

煮込み、揚げ物、香辛料、果実酒。

甘味と脂と酸味が混ざり合い、空気そのものが“食べ物”になったかのようだ。


人、人、人。


歩くたびに肩がぶつかり、笑い声と怒号と音楽が混線する。

視界の端では、串焼きが舞い、巨大な鍋がかき混ぜられ、樽が次々と空になっていく。


――腹が減っているわけじゃない。


分かっている。


それでも、手は止まらなかった。


甘い焼き菓子を口に放り込み、噛む間もなく飲み下す。

次は、舌が焼けるほど辛い煮込み。

酸味の強い果実酒を流し込み、口内を無理やり洗い流す。


味が、追いつかない。


咀嚼しているのか、詰め込んでいるのかも曖昧だ。


「……っ」


喉の奥が、わずかに詰まる。


だが、止めない。


止まった瞬間、思考が追いついてしまうからだ。


今日が、何の日なのか。

これから、何が起こるのか。


それを考える前に、口を動かす。


甘味。

辛味。

酸味。

苦味。

酒。


次から次へと、飲み込む。


周囲の祭り客と比べても、その様子は明らかに異様だっただろう。


誰もが祝うために食っている中で、

一人だけ、逃げるために食っている。


背中に、視線を感じた。


そして――肩に、手。


「……やめておけ。胃が壊れる」


低く、聞き覚えのある声。


振り返るまでもない。


クロノスだった。


人混みの中でも、妙に浮いた存在感。

いつも通りの無表情だが、その目には僅かな感情が混じっている。


呆れ。

そして、ほんの少しの同情。


「……無理だろ」


そう返すと、クロノスは肩から手を離し、向かいの席に腰を下ろした。


卓上には、食い散らかした皿の山。

串、椀、空になった杯。


「随分と派手にやったな」


「静かにしてると、考えちまう」


「そうか」


それ以上、否定はしなかった。


祭りの喧騒が、二人の会話を包む。

周囲は笑い、歌い、踊っている。


この街が、どれほどの血を内包しているかも知らずに。


「もうじき、演説が始まる」


クロノスが言った。


「……そうか」


「帝王が姿を見せる。

祝辞。

感謝。

繁栄の約束」


どれも、耳障りのいい言葉だ。


「その直後が、山だ」


クロノスは、皿の残骸に視線を落とす。


「成功率は……正直に言えば、限りなく低い」


「だろうな」


即答だった。


そこに、強がりはない。


「だが、それ以上の作戦は思いつかなかった」


静かな声。


言い訳でも、弁明でもない。

ただの事実。


「機械の魔獣は囮だ。

あれがどこまで持つかは分からない」


「持たなきゃ?」


「その時は、その時だ」


あまりにも、淡白な答え。


だが、その裏にある覚悟が伝わってくる。


クロノスは、しばらく黙っていたが、やがて懐から小さな包みを取り出した。


飴。


透明な紙に包まれた、簡素なもの。


「……気休めだ」


そう言って、卓の上に置く。


「食都では、必勝祈願の意味があるらしい」


「らしい、って」


「信じてはいない」


即答だった。


それでも、指先で包みを押し出す。


「だが、気休めは嫌いじゃない」


包みを手に取る。


開けはしない。


指の腹で、紙越しに硬さを確かめるだけだ。


甘いかどうかは、まだ知らない。


今それを口にするには、少し早い気がした。


祝祭の音が、耳を満たす。


その裏で、確かに感じていた。


これは、祝福じゃない。


これは――


俺たちにとっての、開戦の合図だ。

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