【世界大戦編】勝利の足場
西門の方角から、金属のぶつかり合う音が響いた。
一度ではない。
短い間隔で何度も繰り返され、そのたびにヴェルディアの兵士たちがわずかに位置を変えていく。
ヴェルディアは俺たちから目を離さなかったが、その意識の一部は確実に西門へ向けられていた。
「……動いたか」
彼が呟く。
自軍の配置を見て、何が起きているのかを推測しているのだろう。
俺には、遠くで戦う仲間たちの姿は見えない。それでも、ヴァイスの表情を見れば、何かが起きていることは分かった。
「上手くいってるのか?」
「まだ分からねえ。だが、あいつらは動いてる」
ヴァイスは剣を構えたまま答えた。
「なら、俺たちがやることは一つだ。こいつを、あっちへ行かせねえ」
ヴェルディアが小さく笑う。
「仲間を信じる、か。実に分かりやすい」
「そう思うなら、試してみろよ」
「言われるまでもない」
ヴェルディアが踏み込んだ。
速い。
俺は剣を掲げて受け止めようとしたが、刃が触れる寸前、相手の手首がわずかに動いた。攻撃の軌道が変わり、俺の防御をすり抜けてくる。
身をひねって避ける。
直後、ヴェルディアの足が俺の腹部へと迫った。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされる寸前、俺は後ろへ跳んで衝撃を逃がした。地面を転がり、すぐさま立ち上がる。
追撃が来る。
そう判断した瞬間、ヴァイスが横から割り込んだ。
剣と短剣がぶつかり、甲高い音が響く。
「お前の相手は俺だ!」
「ならば、お前から片づけよう」
ヴェルディアが短剣を振るう。
ヴァイスは正面から受け止めず、刃を滑らせて攻撃を逸らした。さらに一歩踏み込み、相手の懐へ剣を突き出す。
しかし、ヴェルディアはその動きを読んでいた。
身体を半歩ずらし、剣先を避ける。そのままヴァイスの腕を狙って短剣を振り下ろした。
ヴァイスは剣を引き戻すことで、かろうじて攻撃を防ぐ。
「ちっ……!」
俺も加勢しようとしたが、別の兵士が立ちはだかった。
剣を弾き、相手の懐へ踏み込む。だが、背後からもう一人が迫っている。
前に出れば挟まれる。
後ろへ退けば、ヴァイスへの援護が遅れる。
俺は一瞬だけ迷い、それから敵兵の剣を受け流した。
そのまま相手の肩を押し、進路をずらす。空いた隙間を抜け、ヴァイスのもとへ走った。
「遅えぞ!」
「悪い!」
「謝る暇があったら、次を見ろ!」
ヴァイスの声に反応し、俺は反射的に身を屈めた。
頭上を短剣が通り過ぎる。
ヴェルディアの攻撃だった。
俺を狙った一撃を避けたことで、今度はヴァイスの身体が空いた。ヴェルディアは即座にそちらへ刃を向ける。
だが、ヴァイスはその隙を見逃さなかった。
あえて後退し、ヴェルディアを広場の端へ誘導する。
俺は反対側へ回り込んだ。
挟み込むためではない。
ヴェルディアが西門へ向かおうとしたとき、その進路を塞ぐためだ。
俺たちが何を狙っているのか、ヴェルディアには分かっているはずだった。
「二人で俺の進路を制限するつもりか」
彼は俺とヴァイスを交互に見た。
「だが、そのためには互いの位置を維持する必要がある。片方が崩れれば、もう片方も動かざるを得ない」
その言葉どおり、ヴェルディアは俺たちの間へ踏み込んだ。
片方を攻めれば、もう片方が助けに入る。
助けに入れば、攻撃のために空けた場所が塞がれる。
その繰り返しを利用し、俺たちの動きを少しずつ狭めていく。
やはり、強い。
能力だけではない。
戦場で何を見て、何を優先し、どの瞬間に動くべきか。その判断が恐ろしいほど正確だった。
俺たちが一手を考えている間に、ヴェルディアはその先まで考えている。
しかも、彼には奪った力がある。
ヘリオから奪った能力を、俺が使うよりも巧みに操る。
俺から奪った力も、戦いの中で迷いなく使いこなしていた。
俺が長い時間をかけて覚えたことを、彼は短い時間で自分のものにしている。
それを目の前で見せつけられるのは、やはり悔しかった。
だが、悔しさに囚われている暇はない。
「サミエム、左!」
ヴァイスの声に従い、俺は左へ跳んだ。
直後、ヴェルディアの攻撃が俺のいた場所を通り過ぎる。
俺はその隙に剣を振るった。
ヴェルディアは身を引いて避ける。
その間に、ヴァイスが前へ出た。
ほんの一瞬。
それだけの隙だったが、俺たちは確かにヴェルディアの進路を押し戻した。
彼は退いた自分の足元を見て、それから俺たちを見た。
「……なるほど」
感心したような声だった。
「俺を倒すのではなく、ここに留めることを優先したか」
「お前が西門へ向かえば、あっちの仲間が危なくなる。だったら、俺たちがここで止める」
俺は答えた。
「それだけだ」
「それだけ、か」
ヴェルディアは笑わなかった。
「お前たちは、自分たちが勝てない可能性を考えないのか?」
「考えてるさ」
ヴァイスが答える。
「だからって、最初から勝てねえと決めつける理由にはならねえだろ」
「勝てないと分かっていても、仲間のために戦う。それが、お前たちの答えか」
「違うな」
ヴァイスは剣を肩に担いだ。
「勝てるかどうかは、最後まで戦ってみなきゃ分からねえ。俺たちは、その可能性を残すために戦ってるんだ」
ヴェルディアの目が細くなる。
そのときだった。
西門の方角から、ひときわ大きな音が響いた。
今度は、金属音ではない。
何かが崩れ落ちるような轟音だった。
続いて、敵兵たちの配置が大きく変化する。
西門へ向かっていた部隊の一部が、進路を反転させた。広場の外周にいた兵士たちも、次々と移動を始めている。
ヴェルディアがそちらを見た。
ほんの一瞬だった。
だが、彼の表情から余裕が消えた。
「何をした……?」
誰に向けた言葉なのか、俺には分からなかった。
ただ、彼の兵士たちが動いた理由は、きっと一つではない。
西門を守る敵の配置が変わり、これまで塞がれていた道が開いたのだろう。
あるいは、敵が守りを優先せざるを得ない状況になったのかもしれない。
どちらにしても、ヴァイスの仲間たちは前へ進んでいる。
「ヴァイス、これって……!」
「ああ。やったんだよ、あいつらが」
ヴァイスの顔に笑みが浮かぶ。
「自分で考えて、自分で動いて、道を作ったんだ」
彼はすぐに表情を引き締めた。
「だが、まだだ。ここで浮かれるな。道が開いたからって、西門を取り戻したわけじゃねえ」
その言葉は、俺にもよく分かった。
今、仲間たちが得たのは勝利そのものではない。
勝利へ向かうための足場だ。
そこから先へ進めるかどうかは、まだ分からない。
ヴェルディアが再び俺たちへ向き直った。
「一部の兵士が道を開いた程度で、戦況が変わったと思うな」
「思ってねえよ」
ヴァイスが即答した。
「だから、これから変えるんだ」
ヴェルディアは短剣を握り直した。
「ならば、ここで終わらせる」
彼の身体から、再び圧力が放たれる。
俺は剣を構えた。
次の攻撃は、今まで以上に激しくなるだろう。
西門の状況が変わった以上、ヴェルディアは自分の予測を戦場へ反映させるため、さらに強引な手を打つはずだ。
俺たちがここで崩れれば、せっかく開いた道も閉ざされる。
だから、退けない。
ヴェルディアが踏み込む。
俺はその動きを見据えた。
力の差は埋まっていない。
技術でも、戦況を読む能力でも、俺たちはまだ彼に及ばない。
それでも、俺たちがここで戦っている間に、仲間たちは前へ進んでいる。
俺たちが一人で勝つ必要はない。
俺たちがここで勝利への道を繋げればいい。
そのために、俺は剣を振るった。
◇
戦場を見渡すヴェルディアの目に映るのは、自軍の兵士たちの位置だった。
どこに誰がいるのか。
どの部隊が動き、どの部隊が留まっているのか。
その情報をもとに、敵が次に何を狙うのかを推測する。
それが彼の戦い方だった。
敵の行動を直接知ることはできない。
だが、兵士の配置が変わる理由を考えれば、敵の狙いは見えてくる。
西門へ向かう部隊が後退した。
ならば、敵は西門を奪還するための隙を作ったのだろう。
広場の外周にいた部隊が動いた。
ならば、別の場所で敵が仕掛けた可能性が高い。
そうやって、彼は戦場を読み続けてきた。
そして、その予測は多くの場合、正しかった。
今も、彼の分析そのものは間違っていない。
敵は西門を狙っている。
兵士たちの動きは、その目的に沿っていた。
それなのに、結果が思いどおりにならない。
誰かが予想外の行動をしたからではない。
個々の行動だけを見れば、彼の予測から大きく外れているわけではなかった。
それでも、全体として見ると、戦場の形が変わっている。
敵兵たちは、仲間を救うために予定していた進路を変える。
その結果、別の場所で新しい隙が生まれる。
別の者が、その隙を見つけて利用する。
最初に動いた者の判断と、後から動いた者の判断が重なり、予測していたものとは違う結果が生まれていく。
ヴェルディアは、それを理解できないわけではなかった。
理解できるからこそ、腹立たしかった。
誰かが一つの命令に従って動くなら、次の行動も予測できる。
同じ目的のために動くなら、その目的から外れないように誘導すればいい。
それが、これまでの彼の戦場だった。
だが、目の前の敵は違う。
彼らは同じ目的を持っている。
それなのに、全員が同じ行動を取るわけではない。
互いに異なる判断を下しながら、それでも結果として一つの目的へ近づいていく。
そんな戦い方が、本当に成立するのか。
ヴェルディアは短剣を握り締めた。
「……認めるものか」
小さな呟きは、戦場の喧騒にかき消された。
彼は再び兵士たちの位置を確認する。
まだ、戦況を覆す手段はある。
敵の動きが読めないのなら、読める状況を作ればいい。
敵が選択できる道を狭め、どの道を選んでも自分の予測へ収束するように、戦場そのものを組み替える。
そうすれば、必ず制御できる。
必ず、自分の思いどおりになる。
ヴェルディアはそう考え、前へ踏み出した。
西門の奪還は、まだ終わっていない。
サミエムとヴァイスも、まだ倒れていない。
ならば、戦いは続く。
彼はその事実を、自分の力で覆そうとしていた。




