【世界大戦編】違うまま、一つに
剣がぶつかり、火花が散った。
ヴァイスの斬撃を受け流したヴェルディアは、返す刃のようにアヴァリスを振るう。ヴァイスが身を引いた瞬間、その背後へサミエムが踏み込んだ。
左右からの挟撃。
普通なら、どちらかへの対応が遅れる。
だが、ヴェルディアは違った。
自軍の兵士たちの位置を把握し、その配置から二人の次の動きを推測する。ヴァイスが退いた理由も、サミエムが踏み込むタイミングも、戦場に散らばる情報から導き出していた。
ヴェルディアは身体を捻り、サミエムの拳を避ける。
そのままサミエムの腕を掴もうとしたが、サミエムは攻撃を中断し、逆方向へ跳んだ。
直後、ヴァイスの剣がヴェルディアの脇を薙いだ。
ヴェルディアは身を反らして回避する。
刃が衣服を掠めた。
「……なるほど」
ヴェルディアは二人から距離を取った。
「お前たち、先ほどから妙に動きが変わるな」
「そりゃそうだろ。ずっと同じ動きで戦う馬鹿がいるかよ」
ヴァイスが剣を肩に担ぐ。
「俺たちはお前の兵士じゃないんだ」
「同じ動きを繰り返せば、対応される。ならば変化させるのは当然だ」
「だったら、なぜお前たちの動きは噛み合う?」
ヴェルディアの問いに、サミエムは答えなかった。
自分でも、まだ説明しきれない。
ヴァイスが何を考えているのか、すべて分かるわけではない。次にどこへ動くのか、確実に予測できるわけでもない。
それでも、戦える。
ヴァイスが踏み込めば、自分に何ができるかを考える。
自分が失敗すれば、ヴァイスが次の手を選ぶ。
互いの判断が食い違うこともある。
だからこそ、片方の失敗がそのまま二人の敗北になるとは限らない。
「考えても分からないなら、戦って確かめろよ!」
ヴァイスが再び踏み込んだ。
今度は大振りの斬撃。
ヴェルディアは後退しながら、サミエムの位置を確認する。
サミエムは正面から追撃しようとしていた。
このままなら、ヴァイスの剣を避けた先でサミエムと対峙することになる。
ヴェルディアはその展開を読んで、左へ身体を流した。
そこには、サミエムがいる。
――いるはずだった。
「なに?」
サミエムの姿がない。
ヴェルディアが視線を動かす。
その一瞬、ヴァイスが剣を振り抜いた。
ヴェルディアはアヴァリスで受け止めたが、衝撃を殺しきれずに足を滑らせた。
サミエムは、ヴァイスの背後にいた。
攻め込むと見せかけ、あえて追撃を遅らせたのだ。
ヴェルディアがヴァイスを避ける方向へ動くことを狙った、単純な誘い。
だが、その動きを事前に知ることはできない。
サミエムとヴァイスは、互いの動きを完全に決めていたわけではなかった。
ヴァイスが剣を振るう。
その結果を見て、サミエムが動きを変える。
その場で判断し、互いに合わせる。
だからこそ、ヴェルディアの予測から外れた。
「……っ」
ヴェルディアは体勢を立て直すと、二人を睨んだ。
サミエムは息を吐く。
今の一手で、ようやく分かった。
ヴェルディアは自分たちの動きを読む。
しかし、二人が互いに何を見て、何を感じ、どの瞬間に判断を変えるのかまでは分からない。
自軍の位置から推測できるのは、あくまで戦場に現れた結果だ。
その結果を生み出す、一人ひとりの判断までは見えない。
ならば、まだ戦える。
「ヴァイス!」
「分かってる!」
二人は再び攻め込んだ。
今度は、互いの動きをあらかじめ合わせない。
ヴァイスが敵の懐へ入り、サミエムは少し遅れて別の角度から迫る。
ヴェルディアがヴァイスに対応すれば、サミエムが攻める。
サミエムを警戒すれば、ヴァイスが切り込む。
攻撃の順番も、間合いも、二人の判断次第で変化する。
ヴェルディアは対応し続けた。
アヴァリスが閃く。
サミエムから奪った力が放たれる。
さらに、ヘリオから奪った能力が戦場を覆う。
その力を前に、サミエムの胸が痛んだ。
知っている。
その能力の使い方を、自分は知っている。
けれど、目の前の男は自分が知らない使い方まで見せてくる。
同じ力を持ちながら、まったく違う戦い方をしている。
ヴェルディアは強い。
能力を奪っただけで満足せず、奪った力を自分の戦い方に組み込み、磨き上げている。
その事実は認めざるを得なかった。
だが――。
「お前たちの戦い方は、非効率だ」
ヴェルディアが言った。
「互いの判断に頼り、連携を崩されれば立て直すのにも時間がかかる。最初から統一された動きを身につけていれば、もっと強くなれる」
「そりゃ、お前の軍の話だろ」
ヴァイスが即座に返した。
「全員が同じ動きをすれば、全員が同じ弱点を持つ。そこを突かれたらどうする?」
「弱点があれば、修正すればいい」
「全員分をか?」
ヴァイスは笑った。
「人間は部品じゃねえんだよ。全員を同じ形に揃えたって、全員が同じ状況で同じように動けるわけじゃない」
ヴェルディアの表情がわずかに険しくなった。
「それならば、個々の判断に任せるのか。互いの行動が噛み合わず、戦況を悪化させる可能性を抱えたまま?」
「だから、目的を決めるんだろうが」
ヴァイスが剣を構え直す。
「戦い方まで揃える必要はねえ。どこへ向かうかさえ共有してりゃ、あとはそれぞれが考えればいい」
「……目的」
「ああ。俺たちは西門を取り返す。それだけは全員が分かってる」
ヴァイスは一歩踏み出した。
「盗賊は盗賊らしく、傭兵は傭兵らしく、剣士は剣士らしく戦う。やり方は違っても、目指す場所は同じだ」
サミエムは、その言葉を聞きながら拳を握った。
西門を取り返す。
あの戦場で、仲間たちはそれぞれの方法で戦っている。
誰かが武器を奪い、誰かが敵を引きつけ、誰かが危険を察知して先に退く。
彼らは同じ命令を受けて動いているわけではない。
それでも、共通の目的を見失ってはいない。
だから、戦える。
だから、一人が失敗しても、別の誰かが動ける。
「……そうか」
サミエムは呟いた。
ヴェルディアの視線が向く。
「何が分かった?」
「お前は、俺たちの動きを読んでいる。でも、俺たちが何を考えて動いているのかまでは分からない」
「推測はできる」
「そうだな。だけど、推測と確信は違う」
サミエムはヴァイスの隣に並んだ。
「俺たちは、互いの考えが全部分かるわけじゃない。それでも、同じ目的に向かって動ける」
ヴェルディアは黙っていた。
「お前の兵士たちは、同じだから強いんだろう。でも、俺たちは違うままでも強くなれる」
サミエムは拳を構えた。
「違うからこそ、できることがあるんだ」
その瞬間。
遠くから、短い合図が響いた。
ヴェルディアの目が動く。
彼は自軍の配置を確認し、すぐさま判断を下した。
外の兵士たちが動き始める。
西門へ向かっていた一団が進路を変え、別の一団が空いた場所を埋める。
崩れかけていた陣形が、再び整っていく。
ヴェルディアは戦場の変化に合わせて、軍を動かしていた。
その判断に迷いはない。
配置を読み、状況を推測し、必要な場所へ兵士を動かす。
それだけで、戦場を立て直してしまう。
「……やっぱり、化け物だな」
ヴァイスが小さく呟いた。
サミエムも同じ思いだった。
情報を得る力そのものは、単純なのかもしれない。
自分の兵士がどこにいるのか。
それを知り、戦況を読み、指示を出す。
ただ、それだけ。
けれど、その情報からここまで正確に戦場を組み立てる判断力がある。
そして、奪った能力を自在に扱う技量もある。
ヴェルディアは、決して簡単に崩せる相手ではない。
それでも。
サミエムは、先ほどよりも明確に理解していた。
自分たちが勝つために必要なのは、ヴェルディアより強い力を手に入れることだけではない。
ヴェルディアの予測を上回り、二人で、そして街で戦う仲間たちと共に、勝てる状況を作ることだ。
ヴェルディアがアヴァリスを握り直した。
「……お前たちは、なぜそこまで違うままでいられる?」
その声には、先ほどまでとは違う響きがあった。
怒りとも、困惑ともつかないもの。
「同じ目的を持つならば、同じ考え方を身につけた方が合理的だ。互いの判断を予測できれば、無駄も減る。失敗も減る」
「そうかもな」
サミエムは否定しなかった。
「でも、同じ考え方をすることと、同じ目的を持つことは別だ」
「……」
「俺たちは、全員が同じ人間になる必要なんてないんだよ」
ヴェルディアの指が、ぴくりと動いた。
サミエムには、その反応の理由までは分からない。
ただ、その言葉が何かに触れたことだけは感じ取れた。
ヴェルディアは、自分の手を見つめた。
そこには、他者から奪った力がある。
ヘリオの能力。
サミエムから奪った力。
どれも、かつては別の誰かが持っていたものだ。
それらを手に入れれば、自分は強くなれる。
誰かが持っているものを手に入れれば、その誰かに近づける。
そう考えてきた。
実際、強くなった。
奪った能力を磨き、使いこなし、他の誰にもできない戦い方を身につけた。
それなのに。
目の前の二人は、互いの力を奪い合うことなく、足りない部分を補い合っている。
自分の持っていないものを、相手が持っている。
だからといって、奪う必要はない。
相手が自分と違うからこそ、その違いを利用できる。
理解できない。
理解できないはずなのに――。
胸の奥が、妙にざわついた。
「……くだらない」
ヴェルディアは吐き捨てるように言った。
その声に、先ほどまでの余裕はなかった。
「違うままで強くなれるだと? そんなもの、ただの不安定な関係にすぎない。いずれ意見が食い違い、互いを裏切り、崩れていく」
「そうなることもあるだろうな」
サミエムは答えた。
「でも、そうならないように戦うことだってできる」
ヴァイスが隣で笑う。
「それに、俺たちが仲良しこよしだと思ったら大間違いだぞ。こいつの判断に腹が立つことだってある」
「お前にだけは言われたくない」
「ほらな」
ヴァイスは肩をすくめた。
「意見が合わなくても、一緒に戦うことはできるんだよ」
サミエムは思わず息を漏らした。
こんな状況で、何を言っているのか。
だが、その何気ないやり取りが、今の自分たちを表している気がした。
互いを完全に理解しているわけではない。
いつも同じ考えを持っているわけでもない。
それでも、共に戦うことを選んでいる。
ヴェルディアは二人を見つめていた。
その目に浮かぶ感情を、サミエムはまだ知らない。
ただ、嫉妬帝の手が、アヴァリスの柄を強く握り締めていることだけは分かった。
「……ならば」
ヴェルディアが顔を上げる。
「その繋がりが、どこまで持つのか見せてもらおう」
再び、力が集まる。
サミエムとヴァイスも構え直した。
まだ終わらない。
ヴェルディアは強い。
そして、彼の中に生まれた感情も、まだ形を持ってはいない。
サミエムは一歩踏み出した。
奪われた力は戻らない。
それでも、自分にはまだ戦う理由がある。
隣に仲間がいる。
西門には、共に戦う者たちがいる。
だから、前へ進める。
その事実を、今度こそヴェルディアに見せつけるために。
二人は、嫉妬帝へと再び挑みかかった。




