【世界大戦編】奪われても残るもの
奪われた。
自分の中にあった力が、確かに奪われた。
身体の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚。今まで当たり前のように扱っていた力が、手を伸ばしても届かない場所へ移ってしまった。
サミエムは震える拳を握り締めた。
「……っ」
立っているだけで精一杯だった。
それでも、目の前の男から視線を逸らすことはできない。
嫉妬帝ヴェルディア。
彼は今、サミエムから奪った力を確かめるように、ゆっくりと指を動かしていた。
「なるほど。扱い方に癖があるな」
次の瞬間、ヴェルディアの周囲に力が集まった。
サミエムは反射的に身構える。
来る。
そう思った時には、もう遅かった。
放たれた力が広間を駆け抜け、サミエムの身体を襲う。
「サミエム!」
ヴァイスが横から割り込んだ。
剣を振るい、攻撃の軌道を逸らす。衝撃が壁へと抜け、石材が砕け散った。
だが、ヴァイスの表情は険しい。
「おい、立てるか!」
「ああ……なんとか」
「なら、下がるなよ。俺一人じゃ面倒だ」
軽口を叩いているが、余裕があるわけではない。
サミエムにも分かっていた。
今の攻撃は、奪われる前に自分が使っていたものと同じだった。
だが、出力だけの問題ではない。
無駄がない。
力を集める時間も、放つまでの動作も、攻撃を終えた後の隙も。すべてが研ぎ澄まされている。
まるで、最初からその力を自分の身体の一部として使ってきたかのようだった。
「驚いたか?」
ヴェルディアが尋ねる。
「お前が時間をかけて身につけたものを、俺は今、手に入れた。なのに、俺の方が上手く使える」
「……」
「お前が積み重ねた時間は、俺には必要なかったらしい」
その言葉が、胸に突き刺さった。
違う。
そう言い返したかった。
だが、何が違うのかを、今のサミエムはうまく言葉にできなかった。
ヴェルディアが再び動く。
今度はサミエムではなく、ヴァイスへ向かった。
「くっ!」
ヴァイスが剣を振るう。
ヴェルディアはそれを避けながら、先ほど奪った力を放った。
ヴァイスは攻撃を中断し、身を捻って回避する。
その隙に、サミエムが横から踏み込んだ。
「そこだ!」
拳を突き出す。
ヴェルディアは振り返りもせずに身を沈めた。
拳が頭上を通り過ぎる。
そして、ヴェルディアはサミエムの懐へ入り込んだ。
「なっ――」
腹部に衝撃が走った。
サミエムの身体が浮き上がり、床を滑る。
ヴァイスが追撃を仕掛けるが、ヴェルディアはすでに距離を取っていた。
「今の連携は悪くなかった」
ヴェルディアは二人を交互に見る。
「片方が攻め、もう片方が逃げ道を塞ぐ。互いの動きを理解していなければ成立しない戦い方だ」
「だったら、素直に褒めてろ!」
「褒めているさ」
ヴェルディアは微笑んだ。
「だからこそ、次に何をするかも分かる」
その言葉と同時に、遠くから短い合図が響いた。
ヴェルディアの視線が、わずかに横へ動く。
外にいる自軍の位置が変わったのだろう。
彼はその変化から、二人の狙いを読み取っている。
サミエムたちが連携を深めるほど、ヴェルディアに与える情報も増えていく。
単独では勝てない。
だから連携する。
だが、その連携さえも利用される。
「……厄介な相手だな」
ヴァイスが吐き捨てた。
「戦っている俺たちだけを見ているわけじゃない。外の兵士の配置から、こっちの動きまで読んでいる」
「ああ」
サミエムは立ち上がった。
足に力が入らない。
それでも、考えなければならない。
どうすれば、この男に届く。
どうすれば、奪われた力に頼らず戦える。
その答えを探している間にも、ヴェルディアは攻撃を仕掛けてくる。
サミエムは避ける。
避けきれない攻撃を、ヴァイスが弾く。
ヴァイスが踏み込めば、サミエムが援護する。
だが、決定打にならない。
ヴェルディアは二人の動きを読み、最も危険な攻撃だけを確実に潰していた。
それでも、二人は攻め続けた。
何度も。
何度も。
やがてサミエムは、あることに気づいた。
ヴェルディアは自分たちの動きを予測している。
しかし、その予測は決して未来を見通すようなものではない。
自軍の位置が変わった時、彼は必ず一瞬だけ意識をそちらへ向ける。
そして、その変化を基に次の行動を選んでいる。
つまり――。
彼は情報を得ているだけだ。
情報から答えを導き出している。
ならば、その答えが正しいとは限らない。
「ヴァイス!」
「分かってる!」
ヴァイスが叫んだ。
「こいつの予測を外せばいいんだろ!」
彼は大きく踏み込むと、あえてヴェルディアの正面から斬りかかった。
当然、ヴェルディアはそれを避ける。
その先へ、サミエムが回り込む。
ヴェルディアはさらに身を翻し、二人の間を抜けようとした。
だが、その瞬間。
ヴァイスは追わなかった。
代わりに、剣を床へ突き立てる。
砕けた石片が飛び散った。
「何を――」
ヴェルディアが眉を動かす。
サミエムは、その意味を理解した。
ヴァイスは追撃を捨てたのだ。
ヴェルディアを倒すための最短手ではない。
しかし、ヴェルディアの判断を狂わせるための一手だった。
サミエムは、その隙に踏み込む。
拳を握り、身体を捻る。
力は足りない。
それでも、今できる最大限の一撃を放つ。
ヴェルディアは腕を交差させ、受け止めた。
衝撃が広間を揺らす。
彼の足が、半歩だけ後退した。
「……!」
サミエムは目を見開く。
届いた。
ほんの僅かだ。
だが、確かに届いた。
ヴェルディアは自分の腕を見下ろし、それからサミエムを見た。
「今のは、俺の予測を外したのか?」
「……ああ」
「なぜだ」
「お前が、俺たちの動きを全部分かっているわけじゃないからだ」
サミエムは息を整える。
「お前は、自分の兵士の位置から俺たちの行動を考えている。なら、その位置から導き出せない行動をすればいい」
「それが、今の一撃だと?」
「そうだ」
ヴェルディアはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「なるほど。面白い」
その表情には、先ほどまでの余裕が戻っていた。
「だが、一度成功した程度で何が変わる?」
ヴェルディアが腕を振るう。
サミエムが放った力が、今度は彼の手から解き放たれた。
サミエムは横へ跳ぶ。
攻撃が背後の壁を砕く。
続けてヴァイスが斬り込むが、ヴェルディアはそれを受け流し、反撃を放つ。
ヴァイスは防御を余儀なくされ、体勢を崩した。
ヴェルディアは追撃しなかった。
ただ、サミエムを見つめている。
「お前は、まだ勘違いしている」
「何をだ」
「予測を外すことと、俺を倒すことは違う」
その通りだった。
今の一撃は届いた。
だが、ヴェルディアにはまだ余裕がある。
サミエムから奪った力も、ヘリオから奪った能力も、彼の手の中にある。
それらを組み合わせ、状況に合わせて使い分ける。
サミエムが知っている戦い方だけでは、到底追いつけない。
「お前は、俺から力を奪われた」
ヴェルディアが告げる。
「だが、それだけじゃない。お前は今、自分が何を失ったのかを考えている」
「……」
「失ったものを取り戻そうとしている限り、お前は俺に勝てない」
サミエムは拳を握った。
確かに、考えていた。
奪われた力。
ヘリオから受け継いだもの。
自分がこれまで積み重ねてきたもの。
それらが失われたのではないかと、恐れていた。
だが――。
「……違うな」
サミエムは顔を上げた。
「俺は、失ったものを取り戻そうとしていたんじゃない」
「ほう?」
「俺が今まで積み重ねてきたものまで、奪われたと思い込んでいたんだ」
ヴェルディアの表情がわずかに変わる。
サミエムは自分の拳を見つめた。
ヘリオから教わった技術。
戦いの中で身につけた経験。
仲間と共に乗り越えた苦難。
確かに、能力は奪われた。
しかし、教わったことまで消えたわけではない。
戦ってきた記憶も。
仲間を信じた経験も。
自分自身が選び取ってきた道も。
何一つ、ヴェルディアの手には渡っていない。
「お前が奪ったのは、俺の力だ」
サミエムは一歩踏み出した。
「俺がその力を使ってきた時間までは、奪えない」
ヴァイスが隣に並ぶ。
「ようやく分かったか」
「……ああ」
「なら、いつまでも立ち止まってるなよ」
ヴァイスは剣を構えた。
「俺たちは、まだ西門を取り返してないんだ」
その言葉で、サミエムの意識が戦場へ戻る。
そうだ。
自分たちの目的は、ヴェルディアに勝つことだけではない。
西門を取り返すこと。
街を守ること。
そして、そこにいる仲間たちを生きて帰すこと。
目の前の敵に意識を奪われ、その目的を見失いかけていた。
「……悪い。もう大丈夫だ」
サミエムは構え直した。
ヴェルディアは二人を見つめていた。
その顔から、笑みが消えている。
「力を奪われても、まだ戦うか」
「ああ」
「勝てる保証もないのに?」
「そんなもの、最初からなかった」
サミエムは答えた。
「それでも俺たちは戦う。勝つために考えて、仲間と力を合わせて、できることを探す」
「……」
「お前に奪われたものばかり見ていたら、今ここにいる俺たちまで見失うからな」
ヴェルディアの指が、アヴァリスの柄を強く握った。
彼は強い。
圧倒的な力を持っている。
他者から奪った能力を使いこなし、戦場の情報を読み、敵の行動を先回りする。
それでも。
目の前の二人は、まだ立っている。
力を奪われたサミエムと、何度予測を外されても戦い続けるヴァイス。
彼らは失ったものに縛られず、次の一手を探していた。
その姿が、ヴェルディアには理解できなかった。
なぜ、そこまで戦える。
なぜ、失ったものを嘆くだけで終わらない。
なぜ、他人から奪わずとも、前へ進める。
胸の奥に、言葉にできない感情が生まれる。
それを認めたくなくて、ヴェルディアはアヴァリスを構え直した。
「ならば、見せてみろ」
嫉妬帝が告げる。
「お前たちが、その力なしでどこまで戦えるのかを」
サミエムとヴァイスは、同時に踏み込んだ。
再び、戦いが始まる。
今度は、奪われた力を取り戻すためではない。
自分たちが持っているものを、証明するために。
そしてヴェルディアは、まだ知らなかった。
他人の力を奪うことでしか強くなれなかった自分が、今まさに、自分にはないものを目の前にしていることを。




