【世界大戦編】奪われた力
西門から離れた場所にある、古い建物。
その内部へ足を踏み入れた瞬間、サミエムは足を止めた。
静かすぎる。
外ではまだ戦場の音が響いている。
剣戟。
怒号。
崩れる建物。
それらすべてが壁一枚隔てた向こうにあるはずなのに、この場所だけが別世界のように静まり返っていた。
隣に立つヴァイスが剣を構える。
「いるな」
「ああ」
サミエムも拳を握る。
正面。
広間の奥。
そこに、一人の男が立っていた。
嫉妬帝ヴェルディア。
世界を支配する帝王の一人。
そして――。
「……その力」
サミエムの視線が、ヴェルディアへ向けられた。
見間違えるはずがない。
知っている。
何度も見た。
何度も使った。
自分の中にある力。
ヘリオから教えられた力。
その力が、今。
ヴェルディアの手によって使われていた。
「まさか……」
ヴェルディアは笑った。
「気づいたか」
次の瞬間。
ヴェルディアが放った力が、サミエムへ迫る。
サミエムは反射的に同じ力をぶつけた。
二つの力が衝突する。
轟音。
広間の床が震えた。
だが――。
「っ!」
押し負けた。
サミエムの身体が後方へ吹き飛ぶ。
床を転がり、壁際で止まる。
「サミエム!」
ヴァイスが駆ける。
「大丈夫だ!」
立ち上がる。
痛みはある。
だが、それ以上に頭の中が混乱していた。
同じだ。
間違いなく同じ。
自分が知っている力。
ヘリオから教わった力。
なのに――。
目の前の男は、それを自分よりも遥かに正確に扱っている。
「……どうして、お前がその力を」
「奪ったからだ」
あまりにも簡単な答えだった。
ヴェルディアはアヴァリスを見せる。
「この短剣でな」
「……ヘリオから?」
「そうだ」
その名前を聞いた瞬間。
サミエムの胸の奥がざわついた。
ヘリオ。
もういない。
だからこそ、その力を自分が受け継いだ。
教えられた。
自分のものにしてきた。
それを目の前の男は――奪った。
「同じ力でも、使う者が違えばここまで変わる」
ヴェルディアが歩き出す。
「お前はその力を教えられた。俺は奪った」
「……」
「面白いと思わないか?」
ヴェルディアの表情には、どこか楽しそうな色があった。
「同じものを持っているのに、どうして俺の方が強い?」
サミエムは答えなかった。
答えられなかった。
その瞬間。
ヴァイスが横から踏み込んだ。
「だったら、比べてみればいい!」
剣が振り下ろされる。
ヴェルディアは身体を捻って避ける。
剣先が床を削った。
その隙にサミエムも踏み込む。
左右から挟む。
ヴェルディアは二人を見た。
いや。
見ているだけではない。
サミエムには分からなかった。
ヴェルディアが何を見ているのか。
だがヴァイスは違った。
「……まただ」
「何が?」
「俺たちの動きじゃない」
ヴァイスが周囲を見る。
「外だ」
その言葉と同時に、遠くから音が響いた。
短い音。
戦場で鳴る合図。
ヴェルディアは、それを聞いた瞬間に身体を動かした。
サミエムの攻撃を避ける。
ヴァイスの剣を紙一重で躱す。
そして、二人の間を抜ける。
「こいつ……」
サミエムは振り返った。
ヴェルディアは戦っている。
だが、戦いながら別のものを見ている。
外にいる自分の兵士たち。
その位置。
動き。
数。
それだけを頼りに、こちらの行動を読んでいる。
ヴァイスが舌打ちした。
「やっぱりだ。こいつは俺たちを直接見ているんじゃない」
「じゃあ、何を見てる?」
「自分の兵士だ」
その瞬間だった。
サミエムの足元で、小さな何かが跳ねた。
金属音。
「……?」
視線を落とす。
床に、小さな欠片が転がっていた。
黒い金属のような欠片。
だが、ただの金属ではない。
「それは――」
ヴァイスが声を上げる。
ヴェルディアが笑った。
「気づいたか」
広間を見る。
床。
柱。
壁。
至るところに、小さな欠片が散らばっている。
さらに――。
ヴェルディアの兵士たちが、その欠片を手にしていた。
「まさか……」
「アヴァリスだ」
ヴェルディアが答える。
「壊しただけだ。使えるものは、何でも使う」
サミエムの背筋を冷たいものが走った。
ヴェルディアは能力を奪っていない。
まだ。
なのに、この部屋へ入った時点で。
自分たちはすでにアヴァリスに囲まれていた。
「一つ、教えてやろう」
ヴェルディアが言う。
「俺は、まだお前から何も奪っていない」
「……!」
「奪える状態にはしている」
ヴェルディアが一歩踏み込む。
「だが、奪ってはいない」
「何のために……?」
「見たいからだ」
「何を」
「お前たちが、どこまで違うまま戦えるのかを」
その言葉に、サミエムは眉をひそめた。
ヴェルディアは続ける。
「俺の兵士たちは、皆同じだ」
外から、複数の足音が重なる。
「同じ場所へ集まり」
足音が止まる。
「同じ敵へ向かい」
再び動き出す。
「同じように戦う」
ヴェルディアがアヴァリスを構えた。
「だから俺には分かる」
サミエムとヴァイスの背後。
兵士が動いた。
ヴァイスが振り返る。
剣が閃く。
兵士の手から何かが弾き飛ばされた。
その瞬間。
ヴェルディアが動いた。
「今だ」
アヴァリスが振られる。
「させるか!」
サミエムが割り込んだ。
短剣と拳がぶつかる。
――甲高い音。
ヴェルディアの口元が僅かに上がった。
「まだだ」
「何……?」
ヴェルディアは退いた。
奪わない。
まただ。
条件は整っているはずなのに。
それでも奪わない。
「お前は、力を奪われることを恐れている」
ヴェルディアが言う。
「違うか?」
「……」
「だから俺は奪わない」
その言葉に、サミエムは目を見開いた。
「奪わないことで、お前は力を使い続ける」
ヴェルディアの目が細くなる。
「使えば使うほど、俺には分かる」
「何が……?」
「お前が、どれだけその力を自分のものにしたのかがな」
サミエムは拳を握った。
怖い。
目の前の男は、力を奪うだけじゃない。
奪うために戦っているわけでもない。
相手を見ている。
戦い方を見ている。
仲間との繋がりまで見ている。
そして――。
最も効果的な瞬間を待っている。
「だったら!」
サミエムは踏み込んだ。
力を使う。
ヴェルディアも同じ力を使う。
二つがぶつかる。
今度はサミエムが押し切った。
「何っ!」
ヴェルディアが僅かに後退する。
サミエムは追撃する。
力だけじゃない。
踏み込み。
身体の向き。
次の動き。
ヘリオから教わったもの。
それだけではない。
これまで戦ってきた仲間たちから受け取ったもの。
失ったもの。
迷った時間。
全部を背負って、今の自分がいる。
「この力は……!」
サミエムが叫ぶ。
「奪っただけじゃ、俺と同じにはならない!」
拳が迫る。
ヴェルディアが避ける。
しかし、その先にヴァイスがいた。
「逃がすか!」
剣が横薙ぎに振られる。
ヴェルディアが後退する。
さらに外から兵士の叫び声。
ヴェルディアが一瞬だけそちらを見る。
その一瞬を――。
サミエムは見逃さなかった。
「今だ!」
踏み込む。
ヴェルディアの目がサミエムを捉える。
そして。
初めて。
その顔から余裕が消えた。
「……そうか」
ヴェルディアが呟く。
「お前は、そう使うのか」
アヴァリスが翻る。
サミエムの腕を狙う。
避ける。
だが――。
足元に落ちていた欠片が跳ねた。
ヴェルディアの兵士が投げたのだ。
サミエムの身体に、アヴァリスの欠片が触れる。
「――!」
ヴェルディアが笑った。
「ようやく、条件が揃った」
アヴァリスが輝く。
サミエムの身体から、何かが引き抜かれる感覚。
力が。
自分の中から。
強引に奪われていく。
「サミエム!」
ヴァイスの声が響く。
だが、もう遅い。
ヴェルディアの手に、サミエムの力が収束する。
ヴェルディアはそれを見つめた。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
「……なるほど」
小さく呟く。
「確かに強い」
奪った力を握りしめる。
サミエムは膝をついた。
力が抜けていく。
視界が揺れる。
だが。
ヴェルディアの顔に浮かんでいたのは、勝者の笑みではなかった。
困惑。
そして――。
僅かな苛立ち。
「……なのに」
ヴェルディアは、自分の手を見る。
「どうしてだ?」
その問いに答える者はいない。
「これだけ奪っても……」
ヴェルディアの指が震える。
「どうして、俺のものになった気がしない?」
サミエムは顔を上げた。
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥に、奇妙な感覚が生まれた。
奪われた。
確かに奪われた。
だが――。
ヴェルディアが手に入れたものと、自分が積み重ねてきたものは。
同じではない。
それだけは、なぜか分かった。
サミエムは震える足で立ち上がる。
力は減った。
それでも。
まだ、立てる。
「……ヴェルディア」
呼びかける。
帝王が顔を上げる。
「それは、お前が奪ったからだ」
「……何?」
「その力は……誰かから奪えば、自分のものになるようなものじゃない」
サミエムは構える。
ヴァイスも剣を握り直す。
「俺が教わったものは」
一歩。
「俺が戦ってきたものは」
もう一歩。
「俺が仲間と積み重ねてきたものは――」
拳を握る。
「奪われたくらいで、なくならない!」
ヴェルディアの目が見開かれた。
そして。
嫉妬帝は初めて。
自分が欲しかったものが、力ではないのかもしれないと。
ほんの僅かに、気づき始めていた。




