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【世界大戦編】見えざる戦場

 西門を奪い返す。


 ヴァイスが掲げたその目的は、兵たちの動きを変えた。


 盗賊は盗賊のやり方で。

 傭兵は傭兵のやり方で。

 剣士は剣士のやり方で。


 誰もが違う。


 それでも、向かう場所だけは同じだった。


「西門を取り戻せ!」


 ヴァイスの声が戦場を走る。


 屋根の上を盗賊たちが駆け抜け、敵兵の背後へ回る。

 正面では傭兵たちが敵の隊列へ食らいつき、隙が生まれた瞬間には別の場所から剣士が突っ込む。


 統率された軍隊とは程遠い。


 だが、それでいい。


 これが、この街の戦い方だ。


 サミエムは敵兵を一人斬り伏せながら、前方へ視線を向けた。


 西門。


 そこには敵軍が築いた臨時の拠点がある。


 門を占領し、そこを中心に兵を展開している。

 ここを奪えば、街の外へ敵を押し返すことができる。


 戦況は、確実に動いていた。


「押してる……!」


 誰かが叫ぶ。


 実際、敵軍は後退していた。


 先ほどまでなら、こちらが一つ動けば、それに合わせて敵も動いていた。

 まるで戦場そのものを見下ろしているような動きだった。


 だが今は違う。


 こちらが複数の方向から同時に攻めているためか、敵の対応に僅かな遅れが生まれている。


 サミエムはその隙を見逃さなかった。


「ヴァイス!」


「分かってる!」


 二人は同時に走った。


 西門へ。


 このまま押し切る。


 そう思った。


 だが――。


「……止まれ」


 ヴァイスが足を止めた。


 サミエムも止まる。


 目の前。


 敵兵が、突然動きを変えた。


 撤退していたはずの兵が左右へ散る。


 そして、中央に一本の道が生まれた。


 まるで。


 こちらがそこを通ることを、最初から知っていたかのように。


「……またか」


 ヴァイスが呟いた。


「何が?」


「俺たちが西門へ向かうことを、あいつらは分かっている」


「でも、今までとは違う」


「ああ」


 ヴァイスは敵兵を見た。


 その目が、鋭くなる。


「こいつらは、俺たちを見ているんじゃない」


「……?」


「じゃあ、何を見てる?」


 サミエムは戦場を見渡した。


 敵兵。


 敵兵。


 敵兵。


 どの兵も、こちらを直接見ているようには見えない。


 それなのに、こちらの動きに対する反応だけは異常に速い。


 まるで、敵兵一人一人が目になっている。


 だが――。


「……違う」


 サミエムは呟いた。


「目じゃない」


「何?」


「こいつらは、俺たちを見てない」


 敵兵の位置を追う。


 西門。

 中央通り。

 屋根の上。

 広場の外周。


 その配置。


 その距離。


 その数。


「こいつら自身の位置を……見てる?」


 ヴァイスが目を見開いた。


「……そういうことか」


「分かったのか?」


「いや」


 ヴァイスは笑った。


 戦場の真ん中だというのに、その笑みには興奮が混じっていた。


「分かったんじゃない。ようやく、相手が何をしているのか見えた」


 ヴァイスは周囲の敵兵を指差した。


「こいつらは、俺たちの位置を知ってるんじゃない」


「じゃあ……」


「自分たちの位置を知ってる」


 サミエムは眉を寄せた。


「それだけ?」


「ああ」


「それだけで、俺たちの動きを読んでるのか?」


「違う」


 ヴァイスが言った。


「読んでるんじゃない。割り出してる」


 戦場には、無数の兵がいる。


 その兵がどこにいるのか。


 どこからどこへ移動したのか。


 どこが空いているのか。


 どこに兵が集中しているのか。


 それを知れば、敵が何をしようとしているのかはある程度分かる。


 西門へ向かう兵が増えれば、西門を狙っている。


 中央から兵が離れれば、別の場所へ戦力を回す。


 右翼が薄くなれば、そこを狙う可能性が高い。


 つまり。


 敵は俺たちの作戦を知らない。


 知らないからこそ。


 自分たちの配置から、俺たちが次に何をするのかを推測している。


「……たった、それだけ?」


 サミエムの背中に寒気が走った。


 敵は何もかも知っているわけではない。


 未来が見えているわけでもない。


 こちらの会話を盗み聞きしているわけでもない。


 ただ。


 味方の位置を知っている。


 それだけだ。


 なのに。


 それだけの情報で、戦場を支配している。


「化け物だな」


 ヴァイスが呟いた。


 サミエムも否定できなかった。


 これまで戦ってきた相手とは違う。


 圧倒的な力で押し潰すわけでもない。


 巨大な魔法で街を焼くわけでもない。


 ただ、戦場にある情報を一つだけ拾い上げる。


 そして、それだけで相手の行動を予測する。


「なら……」


 サミエムは敵兵を見た。


「逆に利用できる」


「そうだ」


 ヴァイスが即答した。


「こいつらが知っているのが、本当に自分たちの位置だけならな」


 ヴァイスは振り返った。


 戦場の兵たちを見る。


「全員に伝えろ」


 近くにいた兵士が駆け寄る。


「何をすれば?」


「戦い方は変えるな」


 兵士が頷く。


「ただし――西門へ向かっているように見せろ」


「……!」


「できるか?」


「任せろ!」


 兵士が走っていく。


 その直後だった。


 街の各所で動きが変わった。


 盗賊たちはわざと西門へ向かう。


 傭兵たちも、敵に見えるように進路を変える。


 屋根の上でも、複数の兵が西へ走った。


 敵軍が反応する。


 西門へ敵兵が集中していく。


「来た」


 ヴァイスが笑った。


「やっぱりだ」


 敵は動いた。


 こちらの戦力が西門へ集中したと判断したのだろう。


 その結果、別の場所が薄くなる。


 中央。


 そして、街の奥へ続く道。


 ヴァイスはそこを見た。


「サミエム」


「ああ」


「俺たちだけ、逆へ行く」


「敵本陣へ?」


「そうだ」


 迷いはなかった。


 二人は走り出した。


 西門へ向かう兵たちとは逆。


 敵が手薄になった街の奥へ。


 当然、敵兵が立ちはだかる。


 だが、二人を止めようとする兵は少ない。


 敵軍の大半が、西門へ向かっているからだ。


 サミエムは迫る敵を斬り伏せる。


 ヴァイスはその横を抜ける。


 振り返らない。


 ただ前へ。


 敵の戦略拠点。


 そのさらに奥。


 指揮を出している者がいる場所へ。


 走りながら、サミエムは妙な感覚を覚えていた。


 これまで戦場のどこにいても、敵に先回りされていた。


 なのに今は違う。


 敵が、自分たちを見失っている。


 いや。


 正確には。


 見失わせている。


「……本当に、これでいいのか?」


 サミエムが呟く。


「いい」


 ヴァイスは即答した。


「相手が知っているのは、味方の位置だけだ」


「なら、位置を偽ればいい」


「ああ」


 敵の兵がどこにいるか。


 それだけを頼りに戦場を読んでいるのなら。


 その兵たちを囮として動かせばいい。


 こちらの本当の狙いを知らない以上、敵が見ている景色そのものを偽ればいい。


 街の奥へ進む。


 敵兵が減っていく。


 そして――。


 二人は一つの建物の前で足を止めた。


 周囲には、異様なほど敵兵が少ない。


 それなのに。


 建物の前だけは、空気が違った。


 静かすぎる。


「ここだ」


 ヴァイスが言った。


「敵本陣……」


 サミエムが建物を見上げる。


 そこには旗があった。


 これまで何度も見た、嫉妬帝軍の旗。


 だが。


 その下には、誰もいない。


 門番すらいない。


「……罠か?」


「かもしれない」


 ヴァイスは剣を抜いた。


「でも、行くしかない」


 サミエムも構える。


 二人で扉へ向かう。


 一歩。


 また一歩。


 その瞬間。


「――止まれ」


 声がした。


 低い。


 静かな声だった。


 建物の中から。


 サミエムの足が止まる。


 ヴァイスも動かない。


 扉の向こう。


 そこに誰かがいる。


「面白いな」


 声だけが響く。


「自分たちの位置を隠すために、私の兵を動かしたか」


 サミエムの心臓が跳ねた。


 違う。


 こちらの作戦は読まれていない。


 だが――。


「……最初から、分かっていた?」


 ヴァイスが問う。


 返事はない。


 代わりに。


 建物の奥から、足音が一つ。


 ゆっくりと近づいてくる。


「君たちがここへ来ることを、私は知らなかった」


 声の主は言った。


「だが」


 一歩。


「兵の位置が変わった」


 また一歩。


「ならば、そこから考えればいい」


 そして。


 扉の向こうに、人影が立った。


「戦争とは、そういうものだろう?」


 サミエムは息を呑んだ。


 ようやく。


 その姿を見た。


 嫉妬帝――ヴェルディア。


 敵本陣にいたのは。


 戦場を見下ろす怪物ではなかった。


 たった一つ。


 味方の位置を見る。


 それだけの男だった。


 それだけなのに。


 その一つだけで、戦場の全てを読んでいる。


 ヴェルディアは、ゆっくりと笑った。


「さて」


 その瞳が、サミエムとヴァイスを捉える。


「ここまで来た二人には――どれほどの価値があるのかな?」

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