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【世界大戦編】見えない命令

 西門を奪われてから、戦場の形が変わった。


 敵は、ただ街へ侵入してくるだけではない。


 西門そのものを拠点として利用し始めていた。


 門を抜けた兵士たちは、周囲の建物を確保し、街路へと兵を送り込む。

 そこからさらに別の部隊が伸び、街の中心へ向かってくる。


 まるで、巨大な手が街の中へ指を伸ばしているようだった。


「サミエム、右!」


「分かってる!」


 屋根から飛び降りた敵兵を、サミエムは剣で受け止めた。


 刃がぶつかる。


 力は、こちらが上だった。


 そのまま押し返し、敵兵の体勢を崩す。


「今だ!」


 別方向から飛び込んできた仲間が敵兵を叩き落とした。


 だが。


 倒れた敵兵は、すぐに立ち上がった。


「またか……!」


 サミエムが歯を食いしばる。


 その瞬間。


 ――ピィ。


 短い音が響いた。


 敵兵たちが、一斉に止まった。


「……?」


 戦場から、ほんの一瞬だけ音が消える。


 そして。


 ――ピィ、ピィ。


 今度は二度。


 敵兵が一斉に前へ出た。


「来るぞ!」


 サミエムが叫ぶ。


 だが、敵の動きは今までとは違った。


 前列が突っ込んでくるのではない。


 左右へ分かれた。


 中央を空け、その隙間から別の部隊が進んでくる。


「散開しただと?」


 ヴァイスが屋根の上から戦場を見下ろす。


 その目が細くなる。


「……違う」


「何が?」


「散開したんじゃない。散開させられた」


 ヴァイスの視線が、敵兵たちを追う。


 左へ走る兵士。


 右へ移動する兵士。


 その後ろから進む兵士。


 それぞれの動きは違う。


 だが、その始まる瞬間だけは完全に一致していた。


 合図。


 それがあった瞬間に、動いている。


「なら、合図の直後を狙えばいい」


 ヴァイスは即座に判断した。


「全員、次の音を待て!」


 味方が身を伏せる。


 敵も動きを止める。


 静寂。


 そして。


 ――ピィ。


「今!」


 一斉に攻撃が飛んだ。


 屋根から矢が降る。


 路地から槍が突き出される。


 建物の影から盗賊たちが飛び出した。


 敵の隊列が崩れる。


「取った!」


 誰かが叫んだ。


 確かに、こちらが先に動いた。


 敵は対応できない。


 少なくとも、そう見えた。


 だが。


 ――ピィ。


 次の音が響いた。


「……え?」


 倒れたはずの敵兵が、一斉に身体を起こした。


 そして。


 攻撃してきたこちら側ではなく。


 別の場所へ向かって走り始める。


「何だと!?」


 ヴァイスが目を見開く。


 こちらの攻撃を避けたわけではない。


 最初から、その攻撃が来ることを知っていたような動きだった。


「ヴァイス!」


「分かってる!」


 ヴァイスは歯を食いしばる。


 合図を利用すれば、敵の動きを読める。


 そう思った。


 だが、違う。


 合図そのものが、戦場を動かしている。


 ならば。


 その合図が何を意味するのかを知らなくてもいい。


 重要なのは――。


「……音じゃない」


 ヴァイスが呟いた。


「何?」


 隣にいたサミエムが聞き返す。


「こいつらは、合図の意味を理解して動いているんじゃない」


 ヴァイスの目が敵兵を捉える。


「合図を聞いた瞬間に、動いている」


 サミエムは黙った。


 それだけなら、命令に従う兵士と何も変わらない。


 だが。


 今まで見てきた敵兵たちの姿が、頭をよぎる。


 自分が傷ついていることよりも。


 仲間が倒れていることよりも。


 目の前の勝敗よりも。


 ただ。


 みんなと同じように戦っていた。


「……確かめるか」


 ヴァイスが言った。


「どうやって?」


「一人、捕まえる」


 サミエムは頷いた。


 戦場の隙を突き、二人は敵兵を一人だけ引き離した。


 建物の奥。


 外からは戦場の音が届くものの、姿までは見えない場所。


 敵兵は拘束され、床に座らされている。


 それでも表情は変わらなかった。


「お前たちには、誰が命令している?」


 ヴァイスが問う。


「……」


「さっきの音は何だ?」


「……」


「西門を守れと言ったのは誰だ?」


 敵兵は答えない。


 以前と同じだ。


 ヴァイスはため息を吐いた。


「なら、質問を変える」


 ヴァイスが手を叩いた。


「パンッ」


 敵兵は動かない。


 サミエムが机を叩く。


「ドンッ」


 動かない。


 外から聞こえる戦場の音にも反応しない。


「やっぱり、何でもいいわけじゃない」


 サミエムが呟く。


 ヴァイスは敵兵をじっと見つめた。


「もう一度だ」


 短く息を吸う。


「――ピィ」


 何も起こらない。


「……違うか」


 ヴァイスが首を傾げる。


 その瞬間。


 敵兵の指が。


 ほんの僅かに動いた。


「……!」


 サミエムが息を止める。


 敵兵自身も、自分の手を見る。


「今……」


「動いたな」


 ヴァイスが即答した。


「俺が?」


「ああ」


 敵兵は不思議そうに自分の指を見つめる。


「……分からない」


「何が?」


「今、動かそうと思っていなかった」


 サミエムの背中に、嫌な感覚が走った。


 ヴァイスも同じだったらしい。


 敵兵の手を掴み、指を確認する。


 傷はない。


 麻痺しているわけでもない。


 ただ。


 自分の意思とは関係なく。


 ほんの一瞬だけ動いた。


「もう一度」


 ヴァイスが音を鳴らす。


 今度は何も起こらない。


 別の短い音。


 反応なし。


 さらに別の音。


 敵兵の肩が僅かに跳ねた。


「……!」


 サミエムが立ち上がる。


「今のも?」


「ああ」


 ヴァイスは敵兵の肩を見た。


「でも、本人は動かしていない」


 敵兵は怯えたように首を振った。


「違う……俺は何もしていない」


「分かってる」


 ヴァイスは低く答える。


「お前自身が知らないんだ」


 その言葉に、敵兵は黙った。


 そのとき。


 外から、短い音が聞こえた。


 ――ピィ。


 敵兵の膝が。


 ほんの僅かに前へ動いた。


「……っ!」


 サミエムが後退する。


 ヴァイスも反射的に敵兵から距離を取った。


「今のは……」


「身体が反応した」


 ヴァイスが答えた。


「命令を聞いているんじゃない」


 敵兵を見る。


「命令を理解しているんでもない」


 ヴァイスの声が低くなる。


「身体そのものが、何かを受け取っている」


「身体が……?」


 サミエムは自分の腕を見る。


 自分の身体は、自分の意思で動いている。


 剣を握るのも。


 走るのも。


 敵を斬るのも。


 全部、自分が決めている。


 だが。


 目の前の兵士は違う。


 本人が知らないところで。


 身体だけが反応している。


「そんなことが……」


「できるかどうかは、今考えることじゃない」


 ヴァイスが立ち上がる。


「できている」


 その言葉が、何より不気味だった。


 そのとき。


 外から、再び音が鳴った。


 ――ピィ、ピィ。


 敵兵の身体が動いた。


 今度は指だけではない。


 肩が動き。


 足が床を蹴る。


「止めろ!」


 サミエムが押さえ込む。


 だが敵兵の身体は抵抗する。


「俺じゃない!」


 敵兵が叫んだ。


「俺が動かしてるんじゃない!」


 サミエムは必死に押さえつける。


 敵兵の身体が震える。


 まるで、自分の意思と身体が別々になっているようだった。


「ヴァイス!」


「分かってる!」


 ヴァイスが敵兵の耳を塞ぐ。


 だが。


 身体の動きは止まらない。


「音を聞かせなくても……?」


 サミエムが呟く。


 ヴァイスの顔から、血の気が引いた。


「……そういうことか」


「何が?」


「合図そのものが命令じゃない」


 ヴァイスは敵兵を見つめた。


「合図は、ただの引き金だ」


 それ以上は言わなかった。


 まだ、確信がない。


 何が身体を動かしているのか。


 どうやって伝わっているのか。


 誰がそれを仕込んだのか。


 何も分からない。


 ただ一つ。


 分かったことがある。


 敵兵たちは、自分の意思だけで戦っているわけではない。


 その身体の奥に。


 自分たちの知らない「命令」が入り込んでいる。


 そして。


 それを操っている者の姿は、どこにもない。


 その直後。


 外から、三度の短い音が響いた。


 ――ピィ。


 ――ピィ。


 ――ピィ。


 拘束された兵士の身体が、再び動いた。


 サミエムはその動きを見ながら、剣を握り直す。


「……敵は、人間そのものを戦場にしている」


 ヴァイスは答えなかった。


 ただ窓の外を見る。


 西門から街へ侵入してくる敵兵たち。


 その一人一人が、自分の意思で戦っているように見える。


 だが。


 誰かが合図を送れば。


 同じように動く。


 同じように止まる。


 同じように進む。


 まるで。


 街全体が、見えない何かに繋がれているようだった。

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